リリカルなのはvivid―アナザーメモリーズ― 作:NOマル
買い物を終え、帰路につくネクサスとアインハルト。それぞれ、片手ずつ持っている。ネクサスが両方持つ、と言ったのだが、アインハルトがそれを断った。少しでも、手伝いをしたいとの事。
真面目な彼女らしいと、ネクサスは頬を緩ませる。
「ごめんね、アインハルトさん。買い物まで付き合わせちゃってさ」
「いいえ。お気になさらないで下さい」
いつも無表情だが、ほんの一瞬だけ微笑むアインハルト。空は橙色に染まり、今はもう夕暮れ時。夕陽を背景に映るその笑顔は、とても魅力的だった。
「ネクサスさん?」
「へっ?」
「どうかなされましたか?」
「いや、なんでも、ないよ?うん」
見惚れていた所を急に呼ばれ、素っ頓狂な声を出してしまった。ゴホン!とわざとらしい咳をし、落ち着きを取り戻すネクサス。
彼の様子に、無自覚ながら、可愛らしく首を傾げるアインハルト。
(い、いけないいけない。変な所を見せちゃったよ)
今思えば、時間も時間なのか、付近には誰もいない。つまり、二人きりなのだ。
ついつい、意識をしてしまう。歩いている最中、視線はアインハルトの横顔。そして、空いている手に向けられた。
アインハルトは右手に買い物袋を持っており、自分は左手。互いに反対の手が空いている。
その事に気づき、更に顔が熱くなる。
(……って無理無理!僕なんかが出来る訳ない)
こちらから手を繋ぐ、というハードルを越える事が出来ず、すぐに煩悩を退散させるネクサス。彼女から繋いできた事はあるが、こちらからは全くない。とんだヘタレだ。
思考を切り替え、話題を振る。
「と、所でさ!もうすぐだよね?ヴィヴィオちゃんとの模擬戦」
「……はい」
その返事は、どこか不安な声色だった。
初めての模擬戦以来、アインハルトは落胆した様な雰囲気を漂わせていた。
「……アインハルトさんは、ヴィヴィオちゃんと戦いたくない?」
「それは……」
「こんな事言うのは、なんか変かもしれけど……僕は、“向き合って”ほしいかな」
えっ?と、ネクサスの方に顔を向けるアインハルト。
「話で聞いただけだけど、ヴィヴィオちゃんも、友達の二人も、
図書室などで会話する際、とても楽しそうに話している彼女達。好きでなければ、ここまで明るく話せはしないだろう。
「だから、その……ほんの少しだけでも、ヴィヴィオちゃんの話を、聞いてあげてくれないかな?」
「……その子とは、親しいんですか?」
今度は、アインハルトが問いかけてきた。突然の事に目を丸くするも、ネクサスは答える。
「ああ、うん。昔、“色々あって”ね……無限書庫に通ってた時期があってさ。その時、出会ったんだ」
選んだ本を取ろうとした時、互いの手が触れたという、ありがちなシチュエーションだ。
最初は、恥ずかしさのあまり、お互いに慌てていたが、その近くにいた“司書長”が駆けつけてくれた。
ネクサスにとって、その人は恩人の一人であり、尊敬できる人でもある。心を閉ざしかけた自分に対し、優しく接し、元気をくれた。充分に魔法が扱えない自分に、魔力の扱いを分かりやすく、丁寧に教えてくれた。謂わば、師匠と云っても過言ではない。
司書長は、ヴィヴィオとも知り合いとの事。そういう繋がりで、会話をする仲になったのだ。
「だから、アインハルトさんとは、良い関係になれるんじゃないかな。同じ格闘技をやっている同士で」
「…………そうですか」
楽しそうに後輩の事を話すネクサス。本当に、楽しそうだ。
しかし、アインハルトは、楽しくなかった。自分の知らない所で、知らない女子と談笑している彼。想像したら、心がざわつく。
本音を言えば、嫌だ。
その心情が露になったのか、表情が少し険しい。ネクサスはそれに気づき、声をかける。
「アインハルトさん?どうか、した?」
「何でもありません」
「いや、何か怒ってる――――」
「何でもありませんっ!」
つい、大声を上げてしまった。
目を丸くするネクサス。しまった、とアインハルトも口をつぐむ。そのまま、俯いてしまった。
「す、すみません…………」
(ど、どうしたんだろう……僕、何か怒らせちゃったかな……?)
自分としては、後輩の事を話しただけなのだが。訳が分からず、途方に暮れるネクサス。その場に、気まずい雰囲気が流れている。
その時、
「っ!?」
馴染みのある気配。
そう、ネオファンガイアだ。
確信した直後、ネクサスは瞬時に動いた。
「アインハルトさんっ!!」
突然、ネクサスは隣にいたアインハルトを抱き寄せ、その場から飛び退く。二人がいた場所の地面に衝撃が走り、ヒビが入る。
「大丈夫っ!?」
「えっ、は、はい……」
茫然とする彼女に対し、ネクサスは体勢を整えて、周囲を見渡す。
そして、目の当たりにした。海から伸びている、数本の触手を。意志がある様にうねりながら、手すりに掴まる。勢い良く海面が爆ぜ、“何かが”飛び出した。
青色のステンドグラス状の体皮。無数に生えた触手。蛸、或いは烏賊を思わせる姿をネオファンガイア――――クラーケン。海水が体からポタポタと滴り落ち、その眼差しは標的から反らさない。
(まずい、こんな時に出てくるなんて……!)
アインハルトと二人で出掛けている為、キバーラはここにいない。それは、キバの鎧で戦う事が出来ないということ。
何とか出来ないか……、そう考えていると、アインハルトが前に出る。
「ネクサスさん、逃げてください」
「なっ、何を言って――――」
「相手の狙いは、恐らく私。何とか時間を稼ぎますから、その隙に逃げてください」
ネクサスを庇う様に、前に立つアインハルト。彼女の足元に、ベルカ式の魔法陣が出現、武装形態となって構える。
「だ、駄目だよ!そんな事できる訳――――」
「相手は人間を襲う危険な存在です。ですから、早く逃げて」
「で、でも……」
彼女を見捨てられる訳ない。頑なに拒否するネクサス。キバーラがいれば……!と、拳を握り締める。
彼の心境を知らずか、アインハルトは困った表情を浮かべる。心配してくれるのは有り難い。しかし、今はそんな事を言っている場合ではない。どうにかして、彼を避難させなければ。
「――――ッ!」
唸り声を上げ、クラーケンは駆け出した。両手の触手を振り回しながら、距離を縮めていく。
アインハルトも、反撃の姿勢に入る。
同時に振り下ろされた、二つの触手。アインハルトはそれを両腕で受け止める。重みのある一撃に顔を歪めるも、何とか耐えきる。すかさず腹部に蹴りを打ち込み、距離を取ろうとする。
しかし、手応えはまったくと言っていいほどない。まるで、水面を思い切り蹴った様な感覚。
弾力のある肉体で衝撃を殺したおかげで、ほんの少し後退するだけで済んだクラーケン。またも距離を詰め、襲いかかってくる。
「はあっ!!」
上、右横から迫り来る触手をかわし、拳を数発打ち込む。だが、先程の蹴り同様、何の効果もない。何度も何度も攻撃を繰り出すも、相手は苦にもなっていない。
必死になっている彼女を嘲笑うかの様に、クラーケンは触手で彼女の手首を拘束。空いた右の触手で、アインハルトの顔面に振るう。
「ぐっ……!」
何とかガードするも、そのまま手摺にぶつかるアインハルト。またも唸り声を上げ、今度は両方の触手で、彼女の首を締め上げる。何重にも巻き付き、徐々に力を強めていく。アインハルトも必死に抵抗するが、ファンガイアの力には敵わない。更には、残りの触手によって身動きを封じられ、両腕を左右に広げられる。
「がっ!あ、ぁぁ……!」
「アインハルトさんっ!」
十字架の様に拘束された彼女を目の当たりにし、居ても立ってもいられず、ネクサスは走り出した。
「この……っ!!」
触手に掴みかかるネクサス。しかし、力では歯が立たず、びくともしない。
「くそっ、離、せ……!」
ネクサスは諦めず、顔を歪ませながら、触手を引っ張る。その行動が煩わしくなったのか、クラーケンは触手の一本を、ネクサスに巻き付ける。
「うわっ!?」
「ネクサス、さん……!」
全身に巻き付けられ、そのまま宙に浮かばせられる。何とかもがくも、脱出する事が出来ない。
首の圧迫感に苦しみながら、アインハルトは手を伸ばす。小刻みに震える手。伸ばそうとするが、届きはしない。
クラーケンは振り上げ、ネクサスを放り投げた。弧を描かずに、近くにあった木へと真っ直ぐ飛び、背中からぶつかった。
「がはっ……!」
地面に倒れるも、何とか意識を保つ。力を振り絞り、立ち上がった。
同時に、アインハルトの腕が、力なく落ちた。一切の抵抗が、なくなってしまった。
目を見開くネクサス。急いで救出しなければならない。
「ネクサスッ!!」
「キバーラっ!?」
そんな時、彼女が現れた。白い翼を素早く羽ばたかせながら、飛んでくる。
ネクサスは咄嗟に、右手を空へ上げる。キバーラは、口を開け、噛み付いた。
「カァ~プッ!」
ネクサスの腰回りに、紅のベルトが出現。同時に、ネクサスは駆け出した。
「変身っ!!」
キバーラはベルトに装着。ネクサスの体はキバの鎧を身に纏う。
予想だにしていなかったのか、クラーケンは動揺している。構わずに、キバは距離を詰め、顔面目掛けて拳を振り抜く。少女を拘束している触手を掴み、手刀で切り裂いた。
「ギッ!?」
「っ!!」
続いて、数発拳を入れ、最後に蹴りをお見舞いする。吹き飛ばされ、地面の上を転がるクラーケン。
触手が外れ、崩れ落ちるアインハルト。彼女の体を支え、ゆっくりと手摺にもたれさせる。
「うっ、ぁぁ……」
やや荒いが、息はある。それを確認した後、キバは相手と向き合い、戦闘に入る。
「ギィ……!」
「…………」
「ギィヤァッ!!」
唸りながら、クラーケンは走り出す。対して、キバはゆっくりとした動作で、歩み寄る。
左右から振り回される、触手の連撃。キバはそれらを全て受け流し、拳をぶつける。怯むクラーケン。再度、攻撃を繰り出すも、キバは容易にかわし、背後に回って蹴りを食らわせる。
「ギッ!」
「……っ!」
キバは転がるクラーケンに近づき、無理矢理立たせる。数発、腹に膝蹴りを入れ、顔を殴り、裏拳でまたも倒れさせる。
「ギィヤァ……!」
キバの攻撃によって、確実にダメージを与えられているクラーケン。膝をつき、唸り声も弱々しい。
その様子を目にし、キバは止めを刺すべく、一気に距離を詰める。
約一メートルにまで近づいた――――その時、クラーケンが顔を上げた。
「ギャシャアッ!!」
「ぐっ……!?」
口から飛び出したのは、黒い液体。イカ墨に似た液を至近距離で浴びせられ、動きを止めてしまう。
それを逃さず、クラーケンは二本の触手で、キバの両足を掴み、引っ張りあげる。
「うあっ!」
「ギャシャッ!!」
体が浮いたかと思えば、瞬く間に、地面の上に背中から落ちる。その間に、クラーケンはキバに股がる。
抵抗出来ないよう、触手で腕を固定し、残った腕で、ひたすらキバを殴り続ける。
先程の弱々しい様が嘘の様に、クラーケンは無我夢中で叩きつけてきた。
キバも必死に防ごうとするも、あまり効果は見られない。
「こんのイカもどきめぇ……!」
されるがままでは、黙ってられない。キバーラはベルトから外れ、付属されているフエッスルの一つ――――水色のフエッスルを口に咥える。
「バチバチっと、切り裂いちゃって!」
笛の音が、鳴り響いていく。