リリカルなのはvivid―アナザーメモリーズ― 作:NOマル
覇王の一撃が炸裂した。
「はあ……はあ……」
手応えを感じ、拳を突き出したまま、立ち尽くすアインハルト。荒い息を整えながら、徐に、顔を上げる。
「――――えっ」
驚愕のあまり、虹彩異色の瞳が見開かれた。目の前にいるのは、“敵”ではなく、“友人”だった。
「ぐっ……ぅ……!」
突き出された正拳突きを、両手で押さえ込む様にして、受け止めたネクサス。いつの間にか、上半身に“灰色のパーカー”を着込んでいた。その衣服は淡い光を帯びており、特に両腕に集中している。
生身では防ぎきれず、拳は胴体にめり込んでいた。
肺が圧迫された様に息苦しく、胸元を中心に強烈な痛みが迸る。
苦痛に表情を歪ませるネクサスの姿を見て、我に帰ったアインハルト。慌てて拳を離し、後退しながら武装を解く。顔面蒼白、全身の震えが止まらない。
――――危うく、大切な友人の命を奪う所だった。
その事実に恐怖し、アインハルトは崩れ落ちて、その身を抱き締める。
「ネクサスッ!」
「キ……バァ、ラ……」
「あんたって子は……もう!」
怒り、悲しみ、安堵が混じった状態で、ネクサスの傍に寄るキバーラ。普段では見られない、狼狽えた様子を見せている。
「ホロンも、ありがとう……」
胸元をぎゅっと握り、補助をしてくれた“ゴースト”に礼を言う。
「そ……そんな、どうして……?」
未だに震えが止まらない口で、漸く声を出したアインハルト。しかし、頭の中は様々な情報で滅茶苦茶になっていた。
覇王の敵であるキバ。憎き相手に一撃を与えた――――筈が、何故か、友人の姿がそこにあった。しかも、彼の傍で羽ばたいている、“一匹の蝙蝠”。
「ネク、サスさん……あなたは、一体……」
「…………」
彼女自身、何となしに、確信は付いていた。だが、万が一という事もある。聞きたくはないが、聞かなければならない。
せめて、間違いであってほしい。刹那に願いながら、彼に問いかける。
これ以上は、隠し通せない。否、誤魔化せない。キバーラを横目で一瞥する。
彼女は、何も言わない。
意を決し、ネクサスは、口を開いた。
「アインハルトさん……君が見た通りだよ――――僕が“キバ”だ」
言葉を失った。
どうして、気づかなかったのだろうか。友人として、理解し合えていると、そう思っていた。しかし、現実はこうだ。
「う、嘘、ですよね……?い、今のは、私の見間違いです……そう、そうです!」
「アインハルトさん、僕は」
「きっと、何か、事情があるんですよね?そうですよね、ネクサスさん?そうで――――」
「アインハルトさん!」
必死に紡ぐ言葉を、大声でかき消す。
ビクッ!と震え、沈黙するアインハルト。それを見計らい、ネクサスは俯いていた顔を上げる。
アインハルトは、目を見開いた。
琥珀色の瞳、右側の眼が、赤黒く――白目部分が黒、黒目が紅に――変色。
「僕は、君の言う“魔王の末裔”。そして、キバの鎧の継承者」
「…………」
「ごめんね……今まで、黙ってて」
深く、頭を下げるネクサス。彼女からの言葉は、返ってこない。顔を上げると、ネクサスは目を見開いた。
塞き止めていたものが溢れ出るかの様に、彼女の両頬を、大粒の涙が濡らしていく。徐に、表情が悲しみに歪んでいき、嗚咽が聞こえ始めた。
「ア、アインハルトさん――――」
「っ!」
耐えられなくなったのか、アインハルトは踵を返し、その場から走り去っていった。
呼び掛けようとした瞬間、逃げられてしまい、その場に立ち尽くすネクサス。
「あ~あ、だから言わんこっちゃない」
翼を羽ばたかせ、キバーラはネクサスの傍に寄る。目を細め、呆れた様にため息をつく。
「これで分かったでしょ?もう、あの子と会うのはやめなさい。いいわね?」
「…………」
「ちょっとネクサス――――はぁ……」
彼女の声を耳に入れない様に、ネクサスは顔を反らした。自棄になった様子を見て、キバーラはまたも重いため息をつく。
そして、その寂しげな後ろ姿を、沈痛な面持ちで見つめていた。
◇◆◇◆
今はもう、廃墟と化している一棟ビル。外装もボロボロで、地上には立ち入り禁止と書かれた規制線も設置されている。無論、建物内は誰もいない――――筈だった。
「ふむ、一人やられたか」
ボロボロのデスクに腰掛けながら、一人で呟く人物。機械式のマスクを指でなぞり、顎に添えた。
「まさか、やられると分かって行かせたんじゃないだろうな?」
「いやいや、私にそんな予測なんて出来やしない」
「どうかしらね」
二人の男女は、目の前の人物を睨み付けている。二人にとって、同志と言える者が、一人やられた。それも、この男の指示に従った上で。
目前の男は、平常そのもので受け流す。
「考えてもみなよ。紛い物とは言え、相手は“あのキバ”だ。警戒は怠るもんじゃない。まあ、彼は見た所、頭で動く様なタイプじゃなさそうだったし、思考能力が欠けてたんじゃないかな?」
キャスター付きの椅子に座り、クルクルと動き回る。
「さて、君達はどうかなぁ?」
「貴様……我等を愚弄するかっ!?」
「まあ、待って。落ち着きなさいよ」
一つ一つの動作が、相手を小馬鹿にしている様に感じ、男が憤りを露にしながら詰め寄る。
それを宥める様にして、女が間に割り込んだ。少し下がらせ、相手に顔を向ける。
「言っとくけど、私達の目的はあくまで“覇王の命”。情報提供してくれたあなたの考えは、詮索しないでおいてあげる。だけど、くれぐれも、邪魔はしない事ね」
「……肝に銘じておきますよ、レディ?」
両手の指先を合わせ、椅子にもたれたまま、承諾。
慇懃無礼な態度を目にし、心中で舌打ちしながら、女は踵を返す。男も、睨んで一瞥した後、その場を後にした。
「やれやれ……ああいう連中は扱いに困る」
腕を組み、足も組んで、更に体重をかける。何もない天井を見上げ、視線を正面に戻した。
「今も“昔”も変わらないなぁ……害虫共め」
ふん、と鼻を鳴らし、忌々しげに呟いた。
◇◆◇◆
学校が始まる月曜日。自分のクラスの教室で、ネクサスは席についている。隣の席には、“誰もいない”。
あの後、アインハルトと別れてから、家に帰宅したネクサス。レヴィから聞いた上、ネクサス達の様子を見て、ディアーチェ達も察した。
念の為、ゼラムとゴースト族達にも報告。なにせ、自分の正体をばらしてしまったのだ。これからどうなるか分からない。通信越しに相談した結果、取り敢えずは、様子見という事になった。ゴースト族の一同としては、直ぐにその少女の元へ向かうつもりだったのだが、ネクサス――そしてゼラム――に断固として止められた。
これ以上、友達――そして生徒――に負担をかけたくない――――との事。
「…………」
頬杖をつきながら、ぼんやりと窓を眺めているネクサス。今朝から、ずっとこの調子だ。親友二人に対しても、ぎこちない笑みで挨拶を返し、不審がられる有り様。
「――――ネクサス君」
「…………」
「ネクサス君!」
「っ!な、えっ?」
「授業、おわったよ?」
時計を見れば、もう授業は終わり。いつの間にか、下校時間となっている。
隣に来ていたユミナが声をかけてくれるまで、全く気が付かなかった。
「どうしたの?ぼ~っとしちゃって」
「ああ、うん……ちょっと、ね」
「もしかして、アインハルトさんの事?」
「………………どど、どうして?」
(分かりやすいな~)
顔を反らし、頬を引きつらせながらの無理矢理作った笑み。どう見ても動揺している。
あまりにもバレバレな光景に、苦笑してしまうユミナ。
「うん、ユミナさんの言うとおりだよ……」
「もしかして……喧嘩しちゃった?」
「似た様な、もんかな?まあ、僕が悪いんだけどね……」
「えっ?」
「隠し事してて……それで、アインハルトさんを傷つけちゃってさ」
魔王と覇王。両者の間にある因縁が、今の二人の関係に亀裂を生じさせた。
隠しきれていれば、今この時も、平穏に過ごせたかもしれない。だが、必ずしもバレないとも限らない。今回の場合、あまりにも唐突で、勢いに任せて言ってしまった部分がある。
当分、心の整理が必要だろう。
「そう、なんだ」
「うん……」
「その隠し事って、よく分かんないけどさ……でも、誰だって、人に言えない事くらいあると思うよ?友達でも、秘密にしておきたい事も、あるし」
「……ユミナさんも、あるってこと?」
「うん、あるよ?」
「えっ、なに?」
「教えな~い」
つい、聞いてしまった。意地悪そうな笑みを浮かべながら、質問を濁らせるユミナ。ネクサスもネクサスで、苦笑していた。
確かに、言ってしまえば秘密ではなくなる。
だが、こうしてユミナに相談する事で、どこか心が軽くなった。
「話を聞いてくれて、ありがとうユミナさん」
「どういたしまして」
「今日、ちょっと様子を見に行ってくるよ。やっぱり、心配だしね」
「なら、私もついて行こうか?」
「いや、大丈夫だよ。これは、僕がやらないといけない事だから」
「そっか……」
「それじゃあね、ユミナさん」
「うん、また明日」
相談に乗ってくれたユミナに礼を述べ、ネクサスは立ち上がる。鞄を背負い、教室を出た。
その場に残ったユミナ。後ろ姿を見送った後、ネクサスの机に視線を向ける。
そっと、手を伸ばし、添える様にして触れる。
「一生懸命だったなぁ……ネクサスくん」
友達の為に、あそこまで親身に接してくれる少年は、中々いないだろう。
しかし、今回はどうだろうか?本当に、“友達”として、助けになろうとしているのか?それとも……。
「アインハルトさん、ちょっと羨ましいかも……」
ため息をつき、窓の外を眺めるユミナ。
ネクサスに秘密にしている“あること”。それは、何れネクサス自身に告げる事で、彼も知る事になる。だが、今はそっと心の奥にしまっておこう。彼の行動を邪魔する訳にはいかないし、まだまだ友達として見られているだけかもしれない。
でも、いつかは……。
「頑張ってね、ネクサス君……」
淡い想いを胸に秘めながら、彼にエールを送った。