リリカルなのはvivid―アナザーメモリーズ― 作:NOマル
学校の帰り道、ネクサスは友人二人と歩いていた。相変わらず、元気な姿を見せるジャン。ほとんど、会話は彼から始まっている。アイザは、無表情で適当に相槌を打っている。実に、興味無さげにしていた。
こういう何気ない登下校でも、ネクサスは楽しんでいた。友達と過ごす、この時間を。
だからこそ、“もう一人の友達”とも、きちんと話し合わなければならない。
「じゃあ、僕こっちだから」
「おう、またな!」
「うん、また明日」
ジャンに声をかけ、次はアイザ。すると、彼はこちらをじっと見据えていた。
「アイザ?どうかしたの?」
「お前さ……最近、大丈夫なのか?」
突如、自分にかけられた、心配の声。普段の彼にしては、やけに珍しい。無表情で、こちらを見ているアイザ。どこか、確かめている様にも見える。
茫然としつつも、ネクサスはすぐに笑みを浮かべる。
「大丈夫だよ。心配ないって」
「…………そうか」
「うん!それじゃあね」
「ああ、じゃあな」
あっさりと返事をし、踵を返す二人。ネクサスは一人で、アイザはジャンと合流する。
「どしたんだ?」
「……別に」
素っ気なく返すアイザ。徐に、顔を反らす。
興味が失せたのか、話さないだろうと決めつけて諦めたのか、ジャンはそれ以上追求しなかった。
一方、アイザは、横目で後方を見ていた。その場には、もう親友の姿はない。
(あいつ、また一人で……)
その表情は、どこか曇っている様に見えた。
◇◆◇◆
ネクサスは今、玄関の前にいる。友人である少女が住んでいる、家の玄関の前だ。
この時、ネクサスは“初めてここに来た時”以上の緊張感を持っていた。
家にいるだろうか?否、留守だろうか?
どっちにせよ、会わなければ話にならない。
「……よし」
意を決し、視線を向けていたインターホンに、指を伸ばす。繊細な物を取り扱う様に、慎重に、丁寧に、ゆっくりと、近づけていく。
指先が、そっと触れる――――。
「――――ネクサスさん?」
「ほわぁっ!?」
静かな声音を耳にし、大声で変な悲鳴を上げてしまった。思わず体をのけ反ってしまい、その場から後退する。
少女――――アインハルトは、ジャージ姿で、目を丸くしながら見ていた。
「ア、アアアア、アインハルトさん、ど、どどどどどうもこんにちはでごじゃりまする!?」
「こ、こんにちは……」
「いやぁ、今日は良い天気とお日柄で何よりでございますなぁ!わっはっはっはっは!」
「は、はぁ……」
頬をひきつりながら、訳の分からない事を口走る。端から見れば、変人扱いされてもおかしくない。
結果、ネクサスはパニック状態に陥っていた。これには、“鞄の中にあるパーカー”も呆れてしまう。
「それで、その……えぇと……」
「ネクサスさん」
「は、はい……」
声をかけられ、直立不動となる。
対してアインハルトはというと、最初は戸惑っていたものの、今は完全に冷静だ。感情が読めない、無の表情で、こちらを見ていた。
「……私も、あなたに会わなければならないと思っていた所です」
交差する虹彩異色の瞳と、琥珀色の瞳。
「場所を移しませんか?」
淡々と紡がれる言葉。何の感情も込められていない様にも聞こえる。
無論、自分も、彼女に用があって来たのだ。
「――――分かったよ」
その言葉に、応じる事にした。
◇◆◇◆
夕暮れ時の道中、会話が一切ない。
同じクラスメイトとして、教室で楽しく話し合っていた頃の面影がまったくない。第三者が見れば、非常に重い空気だっただろう。
沈黙の中、二人が来たのは、人気のない広場。中央付近にまで近づくと、アインハルトは徐に立ち止まる。それに続き、ネクサスもその場に留まる。
「……あれから、ずっと考えていました。自分が、どうするべきか」
「…………」
「私は、覇王の悲願を果たさなければならない。それが、私の存在理由。どんな壁が立ちはだかろうとも、変わりません」
不意に、彼女の足元にベルカ式の魔法陣が浮かび上がる。思わず身構えるネクサス。
振り向く、と同時に、武装形態へと姿を変えるアインハルト。友に向けられる、鋭い眼光。最早、敵に向ける視線だ。拳を構え、完全に臨戦態勢に入っている。
どうやら、彼女は、“覇王の使命”を取った様だ。
「まずは、あなたを――――“
「……本気、なんだね」
はい、と即答で応えるアインハルト。ネクサスは、一瞬だけ悲壮な表情を浮かべるも、すぐに気持ちを引き締める。
彼女は本気だ。最早、言葉では止められない。
ならば、やるべき事は“拳で語る”だけ。ただ、それだけだ。
「……ホロン」
主の呼び掛けに応じ、
「【ユニゾン・イン】」
ゴースト族の特性を基に作られた“融合型デバイス”ホロウ・ファンタジア。
ホロンは宙を舞い、そのまま主の元へと急降下。上半身に身に付くと、ネクサスの服装も、バリアジャケットへと変換される。
両手には、銀色の籠手。下半身は黒色のズボンに、ロングブーツ。顔は、灰色のフードで隠れている。
やや俯いており、まるで、幽霊に憑依された者の様だ。徐に、顔を上げるネクサス。そして、片手でフードを脱いだ。
すぐ戦闘の構えを取り、対峙する両者。片や覇王の末裔。片や魔王の子孫。何千年もの時を越え、その血を引く者同士が、拳を交える。
「「…………」」
頭上、空は黒い雲が覆っている。雲行きが怪しい。日の光は隠され、風景に暗色が加わった。
だが、二人は互いに睨み合い、微動だにしない。
――――ポツリ、と一粒の滴が、地面に溢れ落ちる。
「「っ!!」」
両者の拳が、激突した。
◇◆◇◆
ローライト邸のリビングにて、一匹の蝙蝠を中心に、四人の少女が円を描く様にして、椅子に腰かけていた。
皆が皆、深刻な面持ちでいる。
「さて皆、知っての通り、例の彼女にネクサスの正体がバレてしまった。よって、これからどうするか」
キバーラの問いに、少女四人は思考する。
「中々、難しい問題ですね……」
「長きに渡る因縁が、ここまで大きくなるとはな」
「せっかく友達になれたと思ったのにな~」
「ネクサスの事もそうですけど、アインハルトさんも、大丈夫でしょうか……」
どうしたらいいのか。全くもって、良案が思い浮かばない。
キバの正体は、外部に漏らす訳にはいかない。にも関わらず、
彼女の性格からして、他人に言いふらしたりはしないだろうとは思う。しかし、知ってしまった以上、対処は必要だ。
「かくなる上は……あの子を排除するしか」
キバーラが小さく呟いた。それは、少女達の耳に入り、物騒な言葉に反応したのか、その内の一人が立ち上がる。
「ちょ、ちょっと待って!ハイジョ、てキバーラ何するつもりだよ!」
「言葉通りの意味よ」
レヴィはテーブルを叩き、身を乗り出してキバーラの方を向く。対し、キバーラは淡々と、述べた。
「
「そんな……」
「本気で、言ってるの……?キバーラ」
「冗談を言っている様に見える?」
小さな体躯でありながら、紅色の瞳から感じられる鋭い眼光は、抗う気力を奪う程のものだった。
圧力に負け、レヴィとユーリは、何も言えなくなってしまった。
「二人とも、そう気落ちするな」
「「えっ?」」
「まだ答えが出た訳じゃない、という事です」
残る二人、ディアーチェとシュテルは取り乱す事なく、冷静に言葉を紡いでいく。
「覇王が“本当に”私達の脅威になり得る存在なるなら……ですよね?」
「つまり、“そうなる前に対策を立てる”、という事だろ?」
横目で、キバーラへ視線を向けるシュテルとディアーチェ。当の本人は、小さなため息をつく。
「そりゃあ私だって、
「キバーラ……」
「もぉ~、びっくりさせないでよぉ……」
穏やかな声音を聞き、肩の荷が下りた二人。あまりにも回りくどい言い方になってしまったが、キバーラも手荒な真似はしたくない、というのが本音だ。
「と、いう訳で皆、何か良案ない?」
「言うと思ったわ」
「その為の会議なのですね」
「と、言われましても……」
「う~~ん」
立ちはだかる難題に、頭を悩ませる四人と一匹。
「ねぇ、ホロン。あなたも何か……ん?」
少しでも意見を聞こうと、ホロンに声をかけるキバーラ。顔を向けると、いつもいる筈の定位置ー壁に設置されているハンガーーに、その姿はなかった。
「……ねぇ、みんな。ホロン、知らない?」
「むっ?そういえば見ていないな」
「顔も合わせてませんね」
「全然気付かなかったよ」
「お散歩でしょうか?」
四人も、心当たりはない様子。
それに加え、ネクサスの帰りがやけに遅い。もう帰ってきても良い時間帯だ。
「まさか……!?」
翼を羽ばたかせ、キバーラは窓から飛び去る。
唐突の行動に追い付けず、四人は茫然と、その後ろ姿を見送った。
◇◆◇◆
三日月が浮かび上がる夜。少年と少女が、拳と拳をぶつけ合っていた。
「はあっ!!」
「っ!!」
覇王の末裔、アインハルト。
魔王の末裔、ネクサス。
両者、一歩も譲らない戦いとなっていた。
武装形態により、大人の姿になっているアインハルト。対して、ネクサスは
大人と子供の体格の差、彼女の内に秘められし武術の才、更に鍛練で身に付けた技術が加わり、確実にネクサスを圧倒している。
拳による連撃が、ネクサスを襲う。それをかわし、繰り出された拳が、蹴りが空を切り裂いた。次から次へと繰り出される連撃に、ネクサスは防戦一方。受け流す事で回避していたが、アインハルトが急に拳を振り上げた。それにより、交差していた腕が弾かれ、懐ががら空きに。
「っ!!」
好機、と言わんばかりに、アインハルトは構え直し、正拳突きを放つ。覇王の重い一撃が、ネクサスの胴体を捉えた。
「ぐぅっ……!」
まともに食らい、何度か地面の上をバウンド。何とか体勢を整えるも、すぐに膝をついてしまった。息切れながら、アインハルトから目を反らさない。
獲物を見据え、隙を逃さずに狩る豹が如く。彼女の瞳に、学院で
ネクサスは、哀しみの色を隠せずにいた。
対しアインハルトは、尚も追撃に入る。拳を構え直した――――途端、腹部に痛みが生じ、思わず膝から崩れ落ちた。
(まさか、私の拳が直撃したと同時に……)
困惑するも、すぐに答えを見出だした。アインハルトの読み通り、ネクサスは正拳突きを食らった、と同時に、跳んだのだ。地面から少し離れた状態で、アインハルトの拳を食らう。腹部めがけて蹴りを“二発”打ち込んでおり、その勢いで後方へ跳ぶ事により、威力を殺した。だが、直撃は免れなかった。
(回避と同時に、攻撃を仕掛けるなんて……!)
鳩尾は外れているものの、踞るには十分なダメージを与えられてしまった。膝立ちになり、歯を食い縛って堪えるアインハルト。
こちらが震える呼吸を整えている間、ネクサスはというと、既に立っていた。
(そんな……確実に決めた、筈なのに……!)
茫然とするアインハルト。ネクサスは手首や肩を回し、異常なしと判断。全く疲れた様子を見せずに、こちらに目を向ける。
「……まだ続ける?」
「っ!」
ギリッ!と、噛み砕けるか、と思わせる程、歯軋りする。挑発に聞こえ、思わず憤りかけるも、すぐに落ち着きを取り戻す。ペースを乱しては駄目だ。冷静に、慎重に。
一呼吸置き、その場に暫しの間が空く。
「……ネクサスさん。はっきり言って、あなたは、格闘技とは縁のない人だと思っていました」
ポツポツと、小さく呟き始めるアインハルト。こちらの耳にも届き、ネクサスは立ち尽くし、静聴する。
「頭が良くて、穏やかで、優しくて……でも、運動が苦手で、慌てん坊な所もあって……一人だった私に声をかけてくれて、友達になってくれた」
とても、嬉しかった。懐かしむ様な声音で答える。
そして一瞬。ほんの一瞬だけ、アインハルトの口元に笑みが浮かんだ。
「でも……現実は違った」
少女の拳が、地面に振り下ろされた。鈍く、重い音が、こちらにまで伝わってきた。
口元が、一文字に閉ざされている。
「本当のあなたは、魔王の末裔であり……キバであり……私の……敵……」
呟きが、段々と小さくなっていく。よく見たら、肩が震えていた。何かに怯えている様な、とても弱々しい。
少女は、徐に顔を上げた。
「どうして……どうして、貴方が……“
消え入りそうな声音で、今にも泣き崩れそうな面持ちで、彼女は問いかけた。今の外見は大人でも、心はまだまだ幼い。
大事な友人を、倒さなければならないという現実に、彼女は悲しみを隠しきれずにいる。
「それは……僕が選んだからだよ」
その問いに、無表情で、淡々と答えるネクサス。
「誰に何と言われようと、僕はキバとして戦う。それは変わらない。それが、僕に課せられた使命――――“罰”だから」
「……そう、ですよね」
その冷たい声音は、少女の耳に届いた。
俯きながらも、アインハルトは立ち上がる。もう、言い残す事はない。ここから先、言葉は不要。
これで、漸く“闘える”。
「でしたら、お願いがあります」
決意のこもった覇王の瞳。睥睨し、鋭い眼光を相手に向ける。
「本気で来て下さい。私は、全力で貴方と戦いたい」
言葉を発せられ、暫しの沈黙。
ネクサスは、拳を握り締め、徐に胸の前で交差する。
「ホロン、
『Boost・up』
デバイス音声と共に、ネクサスの足元に白銀色の魔法陣――ミッド・ベルカ混合式――が浮かび上がる。交差した腕を、外側に開いたと同時に、魔法陣がネクサスの体を下から上へと突き抜けた。
それにより、ネクサスの体は、少年の体ではなく、青年へと変化。
長い腕には、頑丈な銀の籠手。黒色のズボンとロングブーツ。違いがあるとすれば、所々に白い炎を表す模様が描かれている。
最後に、またも顔を覆い隠していたフードを、片手で脱いだ。
肩甲骨にまで伸びた白髪は、一つに結われており、年相応の精悍な顔付きに。ゆっくりと開かれた瞳は、右目が金、左目が銀色へと変わっていた。
――――
姿が変わり、魔力にも変化が。それを感じ取り、アインハルトは警戒を怠らない。じっと相手を見据えている。
ネクサスもまた、腰を低くし、構えを取る。
「――――参ります、“ネクサス”」
「――――行くよ、“アインハルト”」
友の名を呼び合い、覇王と魔王の戦いの火蓋が、切って落とされた。