リリカルなのはvivid―アナザーメモリーズ― 作:NOマル
「――――ここ…は…?」
気怠そうに呻きながら、重い瞼を開ける。薄暗い内部で、付近にあるものから物置小屋だと推理。上半身を起き上がらせようとする際、両手に異変を感じる。
当然というべきか、逃げられない様、後ろ手に鎖で固く拘束されていた。もがくも、全く外れる様子がない。鎖が擦れ、金属音が小さく鳴るだけ。苦虫を噛んだ様に顔を歪ませ、抵抗を止める。
「……ネクサスさん」
この場にいない、友人の名を呟く。あの人は、無事だろうか。決闘の最中、ネオファンガイアによる襲撃を受けた。その際、彼は身を挺して自分を庇ってくれた。結果、彼は傷を負い、地に倒れた。最後の最後まで、こんな自分の事を助けようとしてくれた。アインハルトは、懺悔の意と共に、友人の無事を祈る。
ガチャ――と、唐突に扉が開かれた。射し込む光に照らされ、驚きながらも、扉方面に視線を向ける。
「我等がマスターがお呼びだ」
「行くぞ」
いたのは、二人の人物。体格や声音からして、男性だろうか。どちらも、顔には無機質な印象を与える白い仮面、黒を基調とした戦闘衣を身に付けており、実に似通った姿をしている。双子、といっても不自然じゃない。
その内の一人が、アインハルトに近づき、軽々と持ち上げ、肩に背負う。抵抗出来ず、そのままどこかへと連行されるアインハルト。
コツ、コツ、と靴が地面に触れる度に、音が木霊する。暫く歩いた後、とある部屋に辿り着く。
「失礼致します」
「捕虜を連れて参りました」
その場にアインハルトを降ろし、二人は揃って整列する。向かいにいるのは、椅子に腰かけた謎の人物。闇を思わせる紫色のロングコートに身を包み、顔を覆っているメカニカルなマスク。腕と足を組みながら、その人物は、こちらに顔を向ける。
「ふむ、ご苦労。二人共、下がりたまえ」
「「はっ」」
一礼し、言葉通り、数歩下がる二人の従者。
椅子にもたれかかったまま、アインハルトと向かい合う人物。やや前屈みになり、地面に横たわるアインハルトを間近で見る。
「虹彩異色……魔力資質……DNA……フフフ、間違いない」
丸いバイザー越しに、不気味な笑いを溢す。そのバイザーには、いくつもの数列が表示されている。何かの解析を行っているかの様。
そこには、アインハルトが反射して写っており、その表情は恐怖に染まっていた。自分を見るや否や、興奮気味に笑う相手に恐れを抱いてしまう。
「おっと、失礼。何千年もの時を経て、漸く巡り会えたんだ。ついつい、喜びを抑えきれなくてねぇ……クハ、ハハハハハ!!」
突如、目前の男は不気味な笑い声を上げる。
思わず、目を反らすアインハルト。形容しがたい、悪意が相手から滲み出ている。今すぐ、この男の前から逃げ出したい。声も聞きたくない。初対面だというのに、ここまで背筋が凍る思いをしたのは初めてだ。
「一応、自己紹介をしておこうか。私の名は【イデア】。よろしくね、アインハルト・ストラトス」
「ど、どうして、私の名前を……」
「そりゃあ、調べたからに決まってるだろう?」
仮面の男――――イデアは、手をかざし、横に振る。すると、目の前に幾つかのディスプレイが表示される。そこには、何れもアインハルトの姿が写し出されていた。ずらりと並べられた写真を目にし、監視されていたと気づき、顔を青ざめる。
「おい、貴様っ!」
そこへ、一体の怪物が現れる。
自分と友人を襲撃した、二体のネオファンガイアの一人。ミノタウロスファンガイアは、憤りを露にしながら、イデアに詰め寄る。
「おや、どうかしたのか?」
「どうもこうもあるかっ!我々の邪魔をしやがって!」
「邪魔?一体何の事やら」
「とぼけるな!あの奇妙な力は、お前しか使えない筈だろっ!!」
ネクサスとアインハルトの動きを封じ込めた、正体不明の物質。小さな塵の様な物が重なりあい、長い胴体を持つ怪物へと変化。ネクサスを吹き飛ばし、アインハルトを飲み込んだ謎の生命体。
怪物が声を上げ、対するイデアはというと。
「……で?」
「はっ?」
「それが何か?」
もし、表情が出るのであれば、相手は真顔でいるだろう。そう思える程、無感情な声音だった。
ふるふると、小刻みに震えるミノタウロス。恐怖からではなく、苛立ちからだ。
「言った筈だよなぁ……!?邪魔をするなとぉっ!!」
憤りを抑えきれず、ミノタウロスは拳を振るう。大きな豪腕から繰り出される殴打が、イデアを襲う。
しかし、その拳が届く事はなかった。
「なっ!?」
一瞬。ほんの一瞬の隙に、部下である仮面の男が、イデアを庇う様にして、ミノタウロスの豪腕を片手で受け止めた。
驚愕するミノタウロス。見た所、人間と変わらない容姿をした相手だ。それなりの筋力はあるようにも見える。だが、まさか自分の拳を防がれるとは。
「我が主に手出しはさせん」
淡々と呟き、掴んでいた腕を払い、腹部に掌底を放つ。想像以上の衝撃を食らい、ミノタウロスは大きく後退し、膝を付いて、悶え苦しむ。
「ぐっ!?」
「捕縛完了」
それだけではない。動けない隙をつかれ、魔力の鎖が全身にまとわりつく。魔法陣から出現しており、その鎖の数は約四本。一見、引きちぎれそうな程、細く脆い造りに見えるが、ミノタウロスはピクリとも動けなかった。強度はかなりの物と見える。
「よくやった。ファウスト、メフィスト」
拳で制した仮面の男――――ファウスト。魔力の鎖で拘束している、もう一人の仮面の男――――メフィスト。
二人共、イデアが造り出した、忠実なる部下。労いの言葉を投げ、イデアはゆっくりと、ミノタウロスに近づく。
「無様だなぁ?先程の威勢は何処へ行ったのやら。ネオファンガイアともあろう者が、この程度とはねぇ」
「ぐっ……っっっっっっ!!」
煽る様に、蔑みの言葉を投げ掛けるイデア。
鼻で笑われ、ミノタウロスは耐え難い屈辱を味わう。歯軋りし、大きく唸る。威嚇するも、イデアは物ともしない。
「大体、この私がお前達の様な害虫共の要求を飲む訳がないだろう。第一、せっかく情報を提供してやったと言うのに、悉く敗れるとは情けない」
やれやれ、と言わんばかりに首を振る。不意に、イデアはミノタウロスの頭を掴む。今も尚、睨まれているが、最早何の意味もない。
「まあ、お前だけでも最後の役に立ってもらおうか」
「ぐっ……」
「最初から私の傀儡にする事も出来たんだ。何故、今まで自由にさせてあげたと思う?」
「な、何を……!」
「それはねぇ……“ザギル”に頼まれたからだよ」
――――ザギル。その名を耳にした途端、ミノタウロスは固まった。先程の怒りは勢いを無くし、焦燥に駆られる。
「独断専行を気づかれていないと思っていたのか?彼は、君達に最後のチャンスをあげていたんだよ。組織を勝手に抜け出し、覇王の力を独占しようとする君達に。だが、挙げ句の果てには失敗し、この様とは……呆れたな」
「そ、そんな……まさか……
「無論、君達の失態は彼に報告済み。そして、彼は言った。“もういい、好きにしろ”とね」
「お、お前も……組織の者だったのか!?」
「その通り。まあ、自分から顔を出した事は一度もないがね。私にも私の都合があるからな。あくまで私の役目は彼の補佐。裏でメンバーの監視」
イデアはミノタウロスの角を掴み上げ、耳元で呟く。
「そして……裏切り者、或いは任務に失敗してしまった者の始末」
またも、体を震わせるミノタウロス。その様子は、完全に恐怖に呑まれていた。
「お、お前……あなたは、もしや……“カーディナル”っ!?」
「組織の中では、そう呼ばれている」
カーディナル。組織――――ラストアークの内部にて、その名を知らぬ者はいない。
その恐怖が、今、目の前にいるという事実に、ミノタウロスは言葉を失った。
「当然、私が何をすべきか、お前にも分かるよなぁ?」
「お、お許しを……どうかっ…じ、慈悲を……」
「役立たずの害虫にかける慈悲などない」
冷たい声音と共に、イデアはミノタウロスの頭部を掴み直す。すると、その片手に電流が迸った。
「ガァアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」
怪物の雄叫び、否、悲鳴が廃墟に響き渡る。もがき苦しむ様を目にするアインハルト。
同時に、強烈な頭痛が生じる。
「っ……ぁぁっ…!?」
脳に直接流されている様に、映像が脳裏を過る。
それは、いつも夢に出ている先祖の記憶。聖王、親友達との楽しい思い出。戦に身を投じた記憶。
かつて、親友であった魔王と相対し、敗れ、この世を去った。
ここまでは、いつも通りだった。
そう、“ここまでは”。
◇◆◇◆
そこは、暗闇に包まれていた。明かりは、外壁に設置されている蝋燭の灯火のみ。所謂、城の内部にある地下道。
その場で、二人の人物が向かい合っていた。
「全て……全て貴様が仕組んだ事だったのか!」
怒りを露にし、相手に向かって叫ぶ青年。覇王ことクラウスは、眼前の人物を睨み付ける。
対する、黒いローブに身を包んだ謎の人物は、ただただ立ち尽くすだけだ。
「答えろ、イデアッ!」
「……答えるまでもない」
漸く、口を開いたイデア。その声音は、どこか小馬鹿にしている様な、蔑みの感情が込められていた。
「正直、私自身ここまで全てが上手く運んだ事に驚いてるんだよ。人間の王族はともかく、ファンガイアのキング。そしてレジェンドルガのロードを言いくるめるのはヒヤヒヤしたが、良い結果となってくれた」
肩を揺らしながら、笑いを堪えるイデア。その様子を見て、覇王は拳を強く握り締める。
「“アイツ”は……お前を信じていたんだぞ……!種族の壁を越え、共存の道を歩む!その夢に共感し、力を貸してくれたのではなかったのか!?」
「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!」
クラウスの言葉を高笑いで一蹴する。茫然とする覇王を前に、イデアは尚も笑い続ける。やがて、段々と笑い声が収まり、大きく息を吐いた。
「……どいつもこいつも、馬鹿な連中ばかりで助かるよ。だが、ここまで来れば呆れて物が言えない」
「っ!!」
「種族の壁ぇ?共存の道ぃ?笑わせるなよ青二才の若造がっ!真に心と心が通える日など来ない。永遠になぁ?
大声を張り上げ、抗弁を垂れる。肩を上下させるも、我に帰ったのか、落ち着きを取り戻す。
「だから、人間なんかと仲良くなんかしないで、化け物は化け物らしく、振る舞うべきなんだよ。そして、私が計画の一部として利用してやるのさ」
「何だとっ……!」
「本当、使いやすい駒で助かったよ。レジェンドルガに、ファンガイア……“お前の親友達”もなぁ?」
プツン――――と、何かが弾けた。
「イデアぁぁあああああああっ!!!」
雄叫びを上げ、覇王は駆ける。地面を蹴り、目の前の敵目掛けて一直線に。拳を力一杯に握り締め、顔面目掛けて繰り出そうとする。
「ウオオォオオオオオオオ!!!」
「愚かな王よ」
見計らったかの様に、イデアは“罠”を起動させた。
「なにっ!?」
クラウスの拳は、イデアの顔面に吸い込まれていく。しかし、それが当たる事は叶わなかった。
突然、イデアの体から無数の黒い塵の様な物質が溢れ出した。それは、まるで庇う様に収束、覇王の拳を受け止めた。靄の様に見えるが、拳から伝わる感触は、まるで金属の壁を殴っているかの様であった。
「不用意に突っ込むのは、無謀という物ですよ、“若”」
パチン、と指を鳴らすと、その黒い物質はクラウスにまとわり付いていく。
クラウスは急いで抵抗するも、効果は見られない。その物質は、大蛇、蛸、触手の様な形状に変化し、覇王の体を締め付けていく。必死の抵抗空しく、クラウスは膝を付いた。体のほとんどが、黒く埋め尽くされており、膝立ちの状態で、顔だけー他にも所々体が見え隠れしているーが露となっている。
「くっ、くそっ!!」
「如何ですかな?我が忠実なる手足、【ジェノサイド・ヴェノム】。略して【ジェノム】は」
締め付けられ、苦悶の表情を浮かべるクラウスの周りを、ゆったりとした足取りで回る。
「覇王と言えど、これでは文字通り、手も足も出ない。ああ、嘆かわしや……」
芝居染みた台詞を吐き、クラウスの神経を逆撫でする。そして、背後から両肩に、手を置き、耳元で囁いた。
「だが、それは別に関係ないか――――大事な聖王の姫君を、お前は守れなかったんだからなぁ?」
脳裏に、
「お前は頼れる存在ではなかった。だから、共に行けなかったんだ」
「――――まれ」
「彼女より弱かったから。そのせいで彼女は“ゆりかご”に乗ってしまい、全てを失う羽目となった」
「黙れ……」
「お前は何も守れない。国も、民も、仲間も、親友も、家族も――――愛する者さえも」
「黙れ……!」
「全てはお前が無力だから……お前が弱いからだっ!!」
「黙れぇええええええ!!!」
悪魔の囁きをかき消すかの如く、一心不乱に叫び、拘束を解こうとする。しかし、どれだけ叫んでも、言葉は心に残る。どれだけ抗っても、体の自由は訪れない。
無力、後悔、哀しみ、怒りといった負の感情が、覇王の心を蝕んでいく。
「いやはや、焚き付けておいてなんだが、見るも哀れなものよ」
「ああああああ!!ああああああああ!!」
「安心したまえ。私が“一時的に強く”してあげよう」
そう言うと、イデアはクラウスの頭を掴む。
「な、何をするっ!?」
「聖王がいなくなった今、警戒すべき人間の王は、もうお前しかいない。無論、消すつもりだが、これでもお前に“仕えていてやった”身だ。最後くらいは、役に立ってあげよう、と思ってね」
「は、離せっ!!」
「そう言うな。覇王の最後に彩りを加えてあげようと言ってるんだよ。やはり、戦いの中で終わらせないとな。勿論、相手は凄腕の強者……君の親友がいいな」
クラウスの脳裏に、最悪の事態が想定される。否、この悪魔が何をしようとしているのか、直感で理解してしまった。
「人生最後の戦場、魔王となった親友との殺し合い。うん、実に良い
「この、悪魔めっ……!」
「しかし、今のままだと面白味に欠ける。そこで、だ……お前の頭を少し弄る事にするよ」
「なにっ!?」
「ああ、心配するな。少し“やる気を出させる”だけ。まあ、周りから見れば、洗脳に近いやり方だが、これがまた面倒でな。まず、対象者の脳に刺激を与え、人格を破壊しなければならない。並みの人間なら、頭が破裂。生きても、廃人同然となってしまうのだからな」
「おい、よせっ!やめろっ!!」
「さて……お前は、どこまで耐えられるかなぁ?」
「やめろぉおおおおおっ!!」
「さらばだ、覇王よ」
悪魔は、洗礼を執行。
同時に、若き青年の悲痛な悲鳴が、悪魔の不気味な笑い声が、地下道に響き渡った。