リリカルなのはvivid―アナザーメモリーズ― 作:NOマル
学院の昼休み。本当なら、ディアーチェが作ってくれた弁当を食べ、親友二人と一緒に自由時間を過ごす筈だった。
しかし、ネクサスは今、一人で中庭に来ていた。茂っている草を踏み、目の前にある一本の木に近付く。そこは校庭の端に位置する場所で、人通りは少ない。
その木に背を向け、預ける様にもたれる。
「……それで、話って何?」
独り言の様に呟き、上を見上げる。
紅い瞳と、目が合った。
蝙蝠らしく、木の枝にぶら下がっているキバーラ。折り畳んでいた翼を開き直し、また折り畳む。
「――――そうねぇ……。昨日、あなたが助けた女の子。確か、アインハルトって言ってたわよね?」
「それが何?」
「単刀直入に言うわ――――その子と縁を切りなさい」
「……はっ?」
一瞬、言葉の意味が分からなかった。思わず、間の抜けた声を出してしまう。
しばらくして、言葉の意味を理解し、表情を険しくする。対して、キバーラは何事もなく、顔色一つ変えずに見つめ返していた。
「どういう事?」
「言葉通りの意味よ。その子から離れなさい、と言ったの」
「……ふざけてるの?」
「冗談に見える?至って真剣に言っているのだけど?」
さも当然の如く、キバーラは答えた。無表情のまま、少年に語りかける。
その無の中に、冷淡な雰囲気が漂っていた。
訳の分からないまま、突然、友人と縁を切れと言われ、ネクサスは更に憤りを感じる。
「どうしてだよ。アインハルトさんは、僕のクラスメイトで、大事な友達だ。なのに、何で――――」
「“覇王”って、知ってるわよね?」
「…………」
キバーラは木の枝から離れ、翼を羽ばたかせる。ネクサスの前まで降下し、彼の琥珀色の瞳を見つめる。
「覇王イングヴァルト。聖王に並んで、古代ベルカの時代に名を馳せた、王の一人」
「それが、どうしたんだよ……」
「彼女は、その覇王の末裔よ」
その言葉に、ネクサスは瞳を大きく見開く。驚愕、という二文字の表現が、今の彼に相応しい。
キバーラは構わず続ける。
「あの髪といい、微かに見えた
「でも、そんなのただの見――――」
「見間違いだと思っているなら、それこそ大間違いよ?たった十数年しか生きてないあなたと違って、こっちは“直接見た”んだから」
魔皇力の扱いに長け、尚且つ人間よりも長寿であるキバット族。その一員である彼女も、例外ではない。
かつて、当時のファンガイアのキング、自らの父や兄と共に、王達と会合した事があった。
その際、覇王と顔を合わせている。無論、聖王とも。
やや威圧のかかった言葉を耳にし、ネクサスは思わず顔を反らす。
「そもそも……あなた、“気づいてた”んじゃないの?」
「…………」
「あの子が、覇王に連なる者だって事」
「…………」
尋問する様な問い掛けに、ネクサスは一切、口を割らない。頑なに言葉を出さない彼を見て、キバーラは確定した。長年、共にいた者――または保護者――として、多少なりとも表情の変化で理解できる。
暫し無言が続き、ついにネクサスは語り出す。
「……何となく、かな。キバーラが言った通り、髪と瞳の色。それと、格闘技を習ってるって……」
彼女と初めて会ってから、暫く経った頃。会話している中、武を嗜んでいるという事を聞く。純粋な興味から、ネクサスは彼女に、少しだけ披露してくれないだろうか?と頼んだ。
少し悩むアインハルトだったが、唯一の友人であるネクサスの頼みを、何とか引き受けた。
制服から動きやすい服装へと着替え、簡単な正拳突き等の、型を見せる形となった。
彼女からすれば、いつも通りやっている鍛練をしているだけなのだろう。しかし、ネクサスは目を奪われた。
隅々まで研ぎ澄まされた、美しい動作。強く、鋭く、正確に行われている。数え切れない程の努力を積み重ねて来たのだろう。いつの間にか、ネクサスは夢中になっていた。
そんな視線に恥ずかしく感じながらも、アインハルトは嬉しく思う。琥珀色の瞳を輝かせ、夢中になっている友人。無垢な笑顔が、どこか子供っぽいというか、可愛いと思ってしまった。そんな思考になってしまった自分に対し、思わず赤面する。
――――もっと褒めてもらいたい。
不意に思ってしまった。期待に応えたいとも思った。
そして彼女は使った。“覇王流の技”を――――
「最初、目を疑ったよ。書物や話に聞いてただけの流派の技が、目の前で披露されたから」
「なるほどね。それで?」
「……うん。確かに、アインハルトさんが覇王の末裔だっていうのは……間違いないかも、しれない」
俯きながら、肯定した。そんな彼の姿を見て、キバーラは溜め息をつく。
「あのねぇ、少しくらい話そうとか思わなかったの?」
「学校の話は、時々してるだろ」
「授業とか、男友達とかの話はね。でも、その子の事も話してくれたっていいじゃない」
「まだ確証がなかったんだ。それに、女の子の話をしたら、からかわれると思って……」
「またまた~、からかいやしないわよ~~――――多分ね」
「うん、言うと思った」
その多分は、ほぼ確実と言っていいだろう。ネクサスはジトッと見るも、キバーラはヒラリと受け流す。
(それに、“あの子達”がどういう反応するか見てみたかったけどな~……)
家で待っているであろう、家族である四人の少女達。ネクサスが楽しそうに話している際、表面上は笑みを浮かべて対応している。しかし、どこか面白く無さそうにしてたり、やや不機嫌になっていたり、という光景が頭に浮かぶ。
その微笑ましい想像を頭の片隅に片隅に置き、キバーラは再度、氷の様に冷たい表情に変わる。
「それはそうと……尚更、その子と関わらせる訳にもいかなくなったわ」
「……何でだよ」
「あら、理由くらい分かるでしょう?」
「…………」
「そう、魔王と覇王は会ってはいけない……何故なら――――」
◇◆◇◆
雷が轟き、激しい豪雨が荒野に降り注ぐ。
見渡す限り、何もない。正に、戦場という言葉が相応しい。
その場に、二人の戦士が相対していた。二人の姿を、雨水が濡らし、雷光が照らす。
一人は、碧銀の髪で精悍な顔つきをした青年。白を基調とした戦闘装束を身に纏い、鍛え上げられた上腕が目に写る。
彼の名はクラウス・G・S・イングヴァルト。覇王と呼ばれる存在。
武勇に優れ、民にも慕われたと言われている。聖王オリヴィエを止められなかった事を悔い、彼は“守る為の強さ”を欲した。
戦場で戦い続け、短い生涯を終えたと言われている。
そして、今日が彼が生きる最後の日となる。
彼の胴体が、“貫かれた”。
口から夥しい程の血を吐き、地面に溜まった水と混じり合う。彼の胸元に突き刺さり、背中まで突き抜けている、赤黒い籠手。降りかかる雨とクラウスの血が、指先から地へと滴り落ちる。
クラウスは、朦朧とする意識の中、光を失った瞳で、目の前の相手を見つめた。
雷鳴と共に、その姿は眩しく照らされる。
エメラルドの複眼、翼を開いた蝙蝠を彷彿とさせる仮面。色鮮やかな――同時に“闇”を思わせる――ワインレッドに染まった鎧。暴風で靡く、漆黒のマント。
“闇の鎧”を纏いし魔王は、クラウスの胴体から、腕をゆっくりと引き抜いた。それから、数歩ほど後に下がる。
再度、吐血するクラウス。こちらもよろめきながら、後退する。しかし、視線は反らさない。しっかりと見据えている。
対して、魔王は立ち尽くしたまま、微動だにしない。
「――――何故、こうなってしまったんだろうな……」
「…………」
「二度と……後悔しない為に……力を、身に付けようと、したのに……!」
「…………」
「いつからだ……いつから……
「…………」
激痛に耐えながら、嗚咽を噛み締め、言葉を溢していくクラウス。魔王は一言も発せず、立ったままだ。
「はぁ、はぁ……っ……ごほっ……がはっ……!」
「…………」
「僕は……僕達は………!」
小刻みに震える体。クラウスは、右手を魔王の目前にまでゆっくりと上げた。何かにすがる様な、何かを掴む様な、とても脆く、今にも壊れそうな姿だった。
一歩、また一歩と、魔王に近づいていく。届きそうで、届かない。距離にしたらほんの数メートル。それがとても長く感じられる。それでも、クラウスは前に進んでいく。歯を噛み締め、息も絶え絶えになりながらも、足を止めない。
魔王は、その様子をただじっと眺めていた。何もせず、ただただ、見つめていた。
徐々に差が縮まっていき、クラウスの右手が、鎧の胸元に触れる――――
「――――
寸前、覇王は、地に落ちた。
膝から崩れ落ち、そのまま雨に濡れた地面に体全体が触れ合う。胸元から血が溢れ出てきており、瞬く間に溜まった水が鮮血で染まっていく。
呼吸が段々と遅くなり、豪雨の影響もあってか体の温もりも無くなっていく。
霞んでいく視界に写り込む、鎧に身を包んだ親友の姿。目の前が滲み、潤んで、姿をしっかりと認識できない。両方の瞳から流れ落ちる涙が、頬を濡らしていく。
やがて、見ているもの全てが闇に覆われ、瞼がゆっくりと閉じられた。
自分を見下ろす、親友の姿。それが、最後に目にした光景。
今、この瞬間、覇王の命は絶やされた。
「…………」
命の灯火が消え去った覇王。それを見下ろし、佇む魔王。何もする訳でもなく、しかし、その場から離れる事はなかった。
複眼から一筋の雫が流れ、冷たくなった王の頬に溢れ落ちた――――