リリカルなのはvivid―アナザーメモリーズ―   作:NOマル

5 / 28
passing―警告―

 

 

学院の昼休み。本当なら、ディアーチェが作ってくれた弁当を食べ、親友二人と一緒に自由時間を過ごす筈だった。

 

しかし、ネクサスは今、一人で中庭に来ていた。茂っている草を踏み、目の前にある一本の木に近付く。そこは校庭の端に位置する場所で、人通りは少ない。

 

その木に背を向け、預ける様にもたれる。

 

「……それで、話って何?」

 

独り言の様に呟き、上を見上げる。

紅い瞳と、目が合った。

蝙蝠らしく、木の枝にぶら下がっているキバーラ。折り畳んでいた翼を開き直し、また折り畳む。

 

「――――そうねぇ……。昨日、あなたが助けた女の子。確か、アインハルトって言ってたわよね?」

「それが何?」

「単刀直入に言うわ――――その子と縁を切りなさい」

「……はっ?」

 

一瞬、言葉の意味が分からなかった。思わず、間の抜けた声を出してしまう。

 

しばらくして、言葉の意味を理解し、表情を険しくする。対して、キバーラは何事もなく、顔色一つ変えずに見つめ返していた。

 

「どういう事?」

「言葉通りの意味よ。その子から離れなさい、と言ったの」

「……ふざけてるの?」

「冗談に見える?至って真剣に言っているのだけど?」

 

さも当然の如く、キバーラは答えた。無表情のまま、少年に語りかける。

その無の中に、冷淡な雰囲気が漂っていた。

 

訳の分からないまま、突然、友人と縁を切れと言われ、ネクサスは更に憤りを感じる。

 

「どうしてだよ。アインハルトさんは、僕のクラスメイトで、大事な友達だ。なのに、何で――――」

「“覇王”って、知ってるわよね?」

「…………」

 

キバーラは木の枝から離れ、翼を羽ばたかせる。ネクサスの前まで降下し、彼の琥珀色の瞳を見つめる。

 

「覇王イングヴァルト。聖王に並んで、古代ベルカの時代に名を馳せた、王の一人」

「それが、どうしたんだよ……」

「彼女は、その覇王の末裔よ」

 

その言葉に、ネクサスは瞳を大きく見開く。驚愕、という二文字の表現が、今の彼に相応しい。

 

キバーラは構わず続ける。

 

「あの髪といい、微かに見えた虹彩異色(オッドアイ)。それから体内に流れる魔力。あれは確かに、覇王と同じものだったわ」

「でも、そんなのただの見――――」

「見間違いだと思っているなら、それこそ大間違いよ?たった十数年しか生きてないあなたと違って、こっちは“直接見た”んだから」

 

魔皇力の扱いに長け、尚且つ人間よりも長寿であるキバット族。その一員である彼女も、例外ではない。

かつて、当時のファンガイアのキング、自らの父や兄と共に、王達と会合した事があった。

 

その際、覇王と顔を合わせている。無論、聖王とも。

 

やや威圧のかかった言葉を耳にし、ネクサスは思わず顔を反らす。

 

「そもそも……あなた、“気づいてた”んじゃないの?」

「…………」

「あの子が、覇王に連なる者だって事」

「…………」

 

尋問する様な問い掛けに、ネクサスは一切、口を割らない。頑なに言葉を出さない彼を見て、キバーラは確定した。長年、共にいた者――または保護者――として、多少なりとも表情の変化で理解できる。

 

暫し無言が続き、ついにネクサスは語り出す。

 

「……何となく、かな。キバーラが言った通り、髪と瞳の色。それと、格闘技を習ってるって……」

 

彼女と初めて会ってから、暫く経った頃。会話している中、武を嗜んでいるという事を聞く。純粋な興味から、ネクサスは彼女に、少しだけ披露してくれないだろうか?と頼んだ。

少し悩むアインハルトだったが、唯一の友人であるネクサスの頼みを、何とか引き受けた。

制服から動きやすい服装へと着替え、簡単な正拳突き等の、型を見せる形となった。

 

彼女からすれば、いつも通りやっている鍛練をしているだけなのだろう。しかし、ネクサスは目を奪われた。

 

隅々まで研ぎ澄まされた、美しい動作。強く、鋭く、正確に行われている。数え切れない程の努力を積み重ねて来たのだろう。いつの間にか、ネクサスは夢中になっていた。

 

そんな視線に恥ずかしく感じながらも、アインハルトは嬉しく思う。琥珀色の瞳を輝かせ、夢中になっている友人。無垢な笑顔が、どこか子供っぽいというか、可愛いと思ってしまった。そんな思考になってしまった自分に対し、思わず赤面する。

 

 

――――もっと褒めてもらいたい。

 

 

不意に思ってしまった。期待に応えたいとも思った。

そして彼女は使った。“覇王流の技”を――――

 

「最初、目を疑ったよ。書物や話に聞いてただけの流派の技が、目の前で披露されたから」

「なるほどね。それで?」

「……うん。確かに、アインハルトさんが覇王の末裔だっていうのは……間違いないかも、しれない」

 

俯きながら、肯定した。そんな彼の姿を見て、キバーラは溜め息をつく。

 

「あのねぇ、少しくらい話そうとか思わなかったの?」

「学校の話は、時々してるだろ」

「授業とか、男友達とかの話はね。でも、その子の事も話してくれたっていいじゃない」

「まだ確証がなかったんだ。それに、女の子の話をしたら、からかわれると思って……」

「またまた~、からかいやしないわよ~~――――多分ね」

「うん、言うと思った」

 

その多分は、ほぼ確実と言っていいだろう。ネクサスはジトッと見るも、キバーラはヒラリと受け流す。

 

(それに、“あの子達”がどういう反応するか見てみたかったけどな~……)

 

家で待っているであろう、家族である四人の少女達。ネクサスが楽しそうに話している際、表面上は笑みを浮かべて対応している。しかし、どこか面白く無さそうにしてたり、やや不機嫌になっていたり、という光景が頭に浮かぶ。

 

その微笑ましい想像を頭の片隅に片隅に置き、キバーラは再度、氷の様に冷たい表情に変わる。

 

「それはそうと……尚更、その子と関わらせる訳にもいかなくなったわ」

「……何でだよ」

「あら、理由くらい分かるでしょう?」

「…………」

「そう、魔王と覇王は会ってはいけない……何故なら――――」

 

 

 

 

 

 

覇王(クラウス)の命を奪ったのは、魔王(キバ)なのだから――――

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

雷が轟き、激しい豪雨が荒野に降り注ぐ。

見渡す限り、何もない。正に、戦場という言葉が相応しい。

 

その場に、二人の戦士が相対していた。二人の姿を、雨水が濡らし、雷光が照らす。

 

一人は、碧銀の髪で精悍な顔つきをした青年。白を基調とした戦闘装束を身に纏い、鍛え上げられた上腕が目に写る。

彼の名はクラウス・G・S・イングヴァルト。覇王と呼ばれる存在。

 

武勇に優れ、民にも慕われたと言われている。聖王オリヴィエを止められなかった事を悔い、彼は“守る為の強さ”を欲した。

 

 

戦場で戦い続け、短い生涯を終えたと言われている。

 

 

 

 

 

そして、今日が彼が生きる最後の日となる。

 

 

 

 

 

彼の胴体が、“貫かれた”。

 

 

 

 

 

口から夥しい程の血を吐き、地面に溜まった水と混じり合う。彼の胸元に突き刺さり、背中まで突き抜けている、赤黒い籠手。降りかかる雨とクラウスの血が、指先から地へと滴り落ちる。

 

クラウスは、朦朧とする意識の中、光を失った瞳で、目の前の相手を見つめた。

 

雷鳴と共に、その姿は眩しく照らされる。

 

エメラルドの複眼、翼を開いた蝙蝠を彷彿とさせる仮面。色鮮やかな――同時に“闇”を思わせる――ワインレッドに染まった鎧。暴風で靡く、漆黒のマント。

 

“闇の鎧”を纏いし魔王は、クラウスの胴体から、腕をゆっくりと引き抜いた。それから、数歩ほど後に下がる。

 

再度、吐血するクラウス。こちらもよろめきながら、後退する。しかし、視線は反らさない。しっかりと見据えている。

対して、魔王は立ち尽くしたまま、微動だにしない。

 

「――――何故、こうなってしまったんだろうな……」

「…………」

「二度と……後悔しない為に……力を、身に付けようと、したのに……!」

「…………」

「いつからだ……いつから……(たが)えてしまった……!?」

「…………」

 

激痛に耐えながら、嗚咽を噛み締め、言葉を溢していくクラウス。魔王は一言も発せず、立ったままだ。

 

「はぁ、はぁ……っ……ごほっ……がはっ……!」

「…………」

「僕は……僕達は………!」

 

小刻みに震える体。クラウスは、右手を魔王の目前にまでゆっくりと上げた。何かにすがる様な、何かを掴む様な、とても脆く、今にも壊れそうな姿だった。

 

一歩、また一歩と、魔王に近づいていく。届きそうで、届かない。距離にしたらほんの数メートル。それがとても長く感じられる。それでも、クラウスは前に進んでいく。歯を噛み締め、息も絶え絶えになりながらも、足を止めない。

 

魔王は、その様子をただじっと眺めていた。何もせず、ただただ、見つめていた。

 

徐々に差が縮まっていき、クラウスの右手が、鎧の胸元に触れる――――

 

「――――親友(とも)よ……」

 

寸前、覇王は、地に落ちた。

 

膝から崩れ落ち、そのまま雨に濡れた地面に体全体が触れ合う。胸元から血が溢れ出てきており、瞬く間に溜まった水が鮮血で染まっていく。

 

呼吸が段々と遅くなり、豪雨の影響もあってか体の温もりも無くなっていく。

 

霞んでいく視界に写り込む、鎧に身を包んだ親友の姿。目の前が滲み、潤んで、姿をしっかりと認識できない。両方の瞳から流れ落ちる涙が、頬を濡らしていく。

やがて、見ているもの全てが闇に覆われ、瞼がゆっくりと閉じられた。

 

 

自分を見下ろす、親友の姿。それが、最後に目にした光景。

 

 

今、この瞬間、覇王の命は絶やされた。

 

 

「…………」

 

 

命の灯火が消え去った覇王。それを見下ろし、佇む魔王。何もする訳でもなく、しかし、その場から離れる事はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

複眼から一筋の雫が流れ、冷たくなった王の頬に溢れ落ちた――――

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。