リリカルなのはvivid―アナザーメモリーズ― 作:NOマル
噴水公園の様な、学院内の中庭。ネクサスの親友である二人の少年は、並んで歩いていた。
「ネクの奴、昼休みいなかったけど、何かあったのか?」
「さあな」
頭の後ろで手を組み、空を見上げるジャン。アイザはポケットに手を入れながら、相槌を打つ。
「体育の成績が悪くて、先生に呼び出しくらったりしてな」
「成績が悪くて呼び出しを食らうのはお前くらいだろ。一体、何度呼ばれたことか」
「自慢じゃねぇけど、もう二桁越えてるぜ!」
「全然自慢じゃないな」
アイザの言うとおり、決して胸を張って誇れるものではない。体育に関しては、満点という成績を叩き出す肉体派のジャン。しかし、筆記に関する問題は壊滅的と言っていい程よろしくない。
これには両親も頭を悩ませ、妹も呆れてものが言えないくらいだ。日頃の態度も重なり、妹にすら頭が上がらない――怒らせたら“炎雷砲”の的となる――始末。
「でもさ!俺もさ!頑張ってはいるんだ!なのに、いつもいつも難しい問題ばっか出してくんだよ!」
「クラス全員同じ問題だっつの」
「いやいやそういう問題じゃないんだ。授業の時だって、いつも俺が呼ばれるしさ」
「いつも寝てるしな、お前」
「絶対に目の敵にしてるって、あの“無愛想教師”め!」
「授業態度悪いからだろ」
所々言葉をかけるが、まったく耳に入っていない様だ。訳も分からず熱弁するジャンを見て、暑苦しいと、うんざりな表情を浮かべるアイザ。
「だけど、それもここまでだ!俺は……俺は自由になれたんだ!」
「クラス替えで、担任も変わったしな」
「ニシシ……ようやく、あの口うるさくて、目付きが悪くて、堅物な野郎教師に指図される事はなくなったって訳だ!」
ワッハッハ!と、声高らかに上げるジャン。
対するアイザはというと、無口のまま、ジャンから数歩程離れる。ジャンの“後ろにいる人物”から目を反らしながら。
「ん?おいアイザ、何でそんなに下が――――」
「成程、お前の気持ちはよく理解したジャン」
ピタッ……と、ジャンの笑みが固まった。聞き覚えのありすぎる声音。
数回、瞬きをし、ゆっくりと振り向く。
その瞬間、頭に何かが叩き落とされ、激痛が走る。
「いってぇええええ!!?」
「教師の前で堂々と陰口を叩くとは、良い度胸してるな?」
脳天に落としたであろう、出席簿を手に、一人の青年は、のたうち回っているジャンを見下ろす。
髪は、肩に届くか届かないくらいの長さ。切れ長の瞳に、精悍な顔立ち。高身長で、半袖の白シャツとスーツを着こなしている。
彼の名はゼラム。かつて、ネクサスと同様、ジャンとアイザの担任を受け持っていた事があり、見知った仲だ。
「ちょっ、暴力反対!それでも教師か!?」
「心配するな、お前は石頭だから割れる事はないだろう。恐らくはな」
「ヒビが入ったらどうすんの!その内訴えてやるからな!!」
「お前の両親から了承済みだ。“好きな様にしてください”と」
「はあっ!?」
「それと妹から“ビシッ!ビシッ!しごいてやってください”とのこと」
「リ~オ~……」
妹にすら見捨てられるとは……。ジャンは両手と膝を地面に着け、その場で項垂れる。
「コルフォード、新しいクラスはどうだ?」
「ええ、まあ……上手くやっていけてますよ」
「……そうか」
どこか冷めた様な雰囲気で返事をするアイザ。少し参った様に、息をつくゼラム。
「その内、慣れてくるだろう。なんせ、遠慮なく人の輪に入っていける奴がここにいるわけだからな」
「……でしょうね」
二人はジャンに視線を向ける。当の本人は、かなり痛かったのか、頭を擦っている。
「お気遣い、ありがとうございます。それでは、失礼します」
「ああ、頑張れよ」
「はい。ほら、行くぞ」
「いてて……」
首根っこを掴み、そのまま連れていくアイザ。大人しく引き摺られていくジャン。
「見てろよ!いつか頭良くなって、ドドンと驚かせてやるからな~~!!」
「ふん、やれるもんならやってみろ」
ズルズルと引き摺られながらも、ジャンは叫び続けた。それを素っ気なく返す
やがて姿が見えなくなり、ゼラムは踵を返す。
「――――楽しみに待っておくか」
不意に、口元が微かに曲がっていた。
◇◆◇◆
生徒二人と別れ、ゼラムは教会内の廊下を一人歩く。度々、学院の生徒や教会のシスターとすれ違い、挨拶を交わす。
生徒からは元気な声を、そして羨望の眼差しを向けられる。
教会にいるシスターからは、優しい微笑み、尚且つ熱い視線を感じる。
(まただ……何か気になる所でもあるのだろうか?)
身だしなみが気になるのだろうか?と、ゼラムは自分の体を見る。特に汚れた所もない。それに、今は夏服でもいい筈。
にも関わらず、シスター達は自分にチラチラと視線を向けてくる。挨拶をしようとすると、何故か視線を反らされたり、返事をしてくれる時も恥ずかしそうにしている。
(分からんな……“彼女”に直接聞いてみるとするか)
暫く歩いていき、目的地である部屋の扉の前に立つ。
そして、コンコンとノックする。
「どうぞ」
「失礼します」
許可を貰い、入室する。
内装は洋風で、清楚な印象を与える。ここは執務室であり、窓際にあるデスクには一人の女性が座っていた。
綺麗なブロンドの長髪に、黒色の祭服を身に付けている。柔和な笑みを浮かべ、穏やかな雰囲気を纏っている女性――――カリム・グラシア。
教会騎士団の騎士であり、管理局の理事官でもある彼女に呼ばれ、ゼラムはやって来た。
「どうぞ、お座り下さい」
「はい。それで、騎士カリム。話というのは?」
「例の、町の住民達が襲われるという怪事件についてです」
彼女が言っているのは、ネオファンガイアによる事件の事だろう。
その場に居合わせ、対峙した局員達は、いずれも重傷。最悪、死に至る者達も多い。
過去、ミッドチルダを脅かした二つの大事件。それらが解決し、一時の平穏を得た矢先、この様な事態が起こってしまった。これまでの事件と違い、長き戦いになる予感がしていた。
そんな矢先、奇妙な出来事が起きた。
ほんの少しずつだが、その怪人達による被害が減少しているのだ。町の警備体制も高くなっており、怪人が出現した際には、警報が鳴るシステムも開発されている――まだ試験段階で、一部にしか設けられていない――。
武装隊員が指定エリアに着き、怪人と交戦する。しかし、いずれも結果は無惨なものだった。そんなある日の事、またも出現した場所に急行した。
そこで目にしたものは、瀕死の状態になっていた例の怪人だった。
自分達が苦戦し続けた相手が、満身創痍の姿を晒している。この現実に隊員達が驚く中、その怪人――ネオファンガイア――は、地面に崩れ落ちた。そして、小さく呟いた。
――――“キバ”、と。
それが遺言となり、ステンドグラス状に崩れ去る。その後、隊員達はまたも目にした。
霧に紛れ、全貌が把握できないが、確かに存在していた、鎧を纏いし仮面の戦士の姿を。
この怪事件に、新たな手がかりが加わる事となった。
「キバ……ですか」
「はい。古代ベルカの時代に、数々の王達と並び立ち、その力を見せつけた存在……魔王キバ」
「そのキバが、例の怪人達を倒した……と?」
「分かりません……。ですが、実際にこうして、姿を現しているのです」
そう言うと、カリムは小さめのディスプレイを表示させる。ゼラムもその画面に目を通す。
そこには、話に出ていた仮面の戦士が写っていた。
「敵なのか、それとも味方なのか」
「……騎士カリム、貴女はどちらだとお思いですか?」
「それは、何とも言えません」
「…………」
「ですが私は、味方だと、信じてみたいです」
こちらの目を見て、ぎこちない笑みを浮かべて答えるカリム。
「ゼラムさんは、どうですか?」
「私も同意見です。敵味方どちらかは分かりませんが――――きっと、“味方”でしょう」
「因みに、根拠は?」
「…………何となく、ですかね」
その言葉に、目を丸くするカリム。生真面目な性格である、いつもの彼らしからぬ発言。応答に戸惑っていると、ゼラムはまたしても、普段通りの無表情で口を開いた。
「所で、何故この様な話を私に?」
「はい。“あの方達”から、貴方に何か情報が得られていないかと思ったので。あの方も、キバに通じる人ですから」
「……成る程」
彼女が言っているのは、ゼラムと通じている存在の事だろう。
その存在とは、人ではない。否、生物とも言えない。かつて、絶滅したと言われている“ゴースト族”達の事だ。この事は、管理局、聖王教会一部の人物にしか知られていない。
歴史の表舞台から姿を消したとされる魔族の一つ、ゴースト族。実は、絶滅から逃れており、今も人間社会に紛れて生活しているのだ。普段は単独で動くパーカーの様な姿だが、長年の時を経て、人間と同じ姿を取るという進化を遂げた。
その唯一と言っていい魔族と通じている者として、ゼラムにも情報があるのではないか、という考えで、彼を選んだ。
別に自分でなくても良いのでは?と思ったが、今でもゴースト族の存在は秘匿とされている。尚、ゴースト族の中には、“偉人”と同レベルとも言える存在もおり、社会で多忙の上、中々面会できる機会は少ない。
その点、教会が運営している学院の教師である自分は、教会の騎士である彼女と比較的、会話する仲である。情報交換の相手として選ばれたのか、と解釈するゼラム。
「しかし、私も詳しくは理解しておりません。出来る事となれば、社員の方々からの情報を待つ位しかないでしょう。何より私は“ただの教師”なので」
「そう、ですか……」
“ただの教師”
このワードに、カリムは引っ掛かっていた。彼はこう言っているが、彼女は知っている。彼はただの教師ではないということを。
その気になれば、武装局員のトップにつける筈。それほどの実力を持っているのが、彼だ。
「話は、以上ですか?」
「いえ、それからもう一つ。腕の立つ人達ばかりを狙う、通り魔の事についてです」
「それが、何か?」
「……今朝方、その犯人が判明しました」
「本当ですか?一体、誰が?」
質問すると、何故か口ごもるカリム。言い出しにくそうに、少し俯く。中々言い出さない彼女を見て、眉をひそめるゼラム。
そして、カリムは答えた。犯人の名前を。それを聞き、目を見開くゼラム。そして、ゆっくりと瞼を閉じる。
「まさか、あの子が……」
「はい……」
「……申し訳ありません。私が気付いていれば」
「い、いえ!ゼラムさんのせいでは……」
深々と頭を下げるゼラム。慌てて、頭を上げる様に促すカリム。
薄々だが、アインハルトの行動は気にはなっていた。生徒として受け持つ様になったのは、今年に入ってから。それから、何となしにだが、人となりを理解できる様にもなっていた――――と、思っていた。
しかし、結果はこうだ。彼女なりに悩みを抱えていたのだろう。時折、声をかけたりしていた。しかし、返ってくる言葉は「大丈夫です」の一言。納得できてはいなかったが、いざという時は、生徒の力になろう。
だが時既に遅し。この様な結果になってしまった。
あの時、時間を取ってゆっくり話し合っていれば……。そんな後悔が頭を過る。
自責していると、カリムが優しく声をかけた。
「そんなに、自分を責めないで下さい」
「騎士カリム……」
「今回の事は、仕方がありません。それに、そこまで生徒の事を想い、責任を持つという心構えは、誰にでも出来る事ではありません」
「…………」
「あなたは、立派な教師です。もっと、自信を持ってください」
穏やかな微笑みを浮かべるカリム。そして、自分にかけられた優しい言葉。
後悔ばかりしていられない。だったら尚更、生徒と向き合っていこう。自分に言い聞かせ、心構えを改める。
「ありがとうございます。少し、気が楽になりました」
「いえいえ、お気になさらないで下さい」
彼の表情から陰がなくなった事を見て、カリムは安堵する。
そうとなれば、今度時間を作って話をしてみよう。ゼラムはそう決意した。
「では、騎士カリム。失礼します」
「あっ、少し待ってください」
一礼し、扉の前まで来たゼラムを、慌てて呼び止める。怪訝に思っていると、カリムは小さめのバスケットを持っていた。中には、色とりどりのクッキーが入っている。
「その、良かったらですけど……これ、どうぞ」
「私にですか?」
「はい……あまり、上手くはないのですけど……。あ、でも!別に無理にと言うわけでは」
「とんでもないです。助言して下さった上に、この様な洋菓子まで。なんとお礼を言えばいいか」
「い、いえ!とんでもございません!こちらこそ、ゼラムさんには、日頃から御世話になっていますし、これは、その、ほんのお礼です!」
先程、落ち着いて会話していた彼女とは思えない程の慌てぶり。気が高揚しすぎたのか、微かに頬が赤く染まっていた。
「有り難く頂戴致します。それでは」
「は、はい。お気をつけて」
再度、礼を述べてから、ゼラムは部屋を後にしようとドアに手をかける――――所で、止まった。
「そうだ、少しよろしいですか騎士カリム」
「何でしょう?」
ゼラムは、カリムに相談した。
曰く、時折、シスター達からの視線を感じると。
曰く、挨拶をしようとすると、何故か恥ずかしそうにしたり、後で嬉しそうな悲鳴を上げていると。
「私の何がいけなかったのでしょうか?何処か、気を付けねばならない所があるのか……?」
「……まさか、ここまでとは」
「ん?」
「い、いえ!た、多分、教会の皆様は、何も気にしていないかと」
「そう、なのでしょうか」
「ええ!ゼラムさんは、そのままでいいのですよ」
「はあ……」
目を丸くし、曖昧な返事をするゼラム。
対して、カリムはこちらに背を向け、何か呟いている。
「もしかして、シスター達全員……?いえ、決めつけるのはまだ早いわ……でも、もしかしたら局員の中にも……な、なんて事なの……!」
何やら、気を詰めすぎているようだ。
我ながら、無理な質問を投げつけてしまったか。
「すみません、騎士カリム。逆に困惑させてしまったようだ」
「あっ、いえいえ!そんな事ないですよ!相談であれば、いつでも乗りますから!」
「ありがとうございます。それでは、失礼します」
「は、はい!」
今度こそ、ゼラムはその場を後にした。
その道中、またも熱い視線を感じる事となった。
足音が聞こえなくなり、数秒経った途端、その場にへたりこむ騎士。
「はぁ……今度こそ、落ち着いて会話が出来ると思ったのに……。仕事の話なら平気で、なんで普通の会話だと……」
彼女の頬は、尚も赤みを帯びたままだ。恥ずかしさもあるが、同時に嬉しさもあった。
菓子作りを趣味としている義弟に教わり、クッキーを焼いてみた。正直、不安もあったが、彼は喜んで受け取ってくれた。
その事だけで、胸の中がいっぱいになる。
今回、ゼラムを呼んだのは、もちろん仕事に関する事もある。と、同時にだ。自作の差し入れを渡す、という目的もあった。秘書であるシスターが提案し、義弟がそれをサポートする。二人とも、自分なりに彼女の恋路を応援しているのだ。
そしてもう一つは――――“彼と話したかった”から。
「いけないいけない……よしっ!」
熱を冷まし、心を入れ替える。
しかし、心の高鳴りは中々収まってくれそうにない。
「うぅ……まだ書類仕事があるのに……。でも、渡せて良かった」
自分だけしかいない執務室。窓から外を眺めながら、一人の騎士――――否、乙女は微笑んだ。
騎士カリムの性格、こんな感じで良かったかな……?
次回も、よろしくお願い致します。
1/6日、色々と変更しました。