リリカルなのはvivid―アナザーメモリーズ― 作:NOマル
聖王教会本部の一室。その部屋にある寝台に、一人の少女が眠りについていた。
古代ベルカ、ガレアの冥王【イクスヴェリア】。かつて、マリアージュ事件の主要人物として、長年の眠りから目覚めた少女。機動六課の一人である少女と親友になった彼女は今、いつ目覚めるか分からない眠りについている。
寝台の上で横になり、その姿は正に童話の眠り姫。身の周りの世話などは、教会のシスターが行っている。
寝台の近くにある棚には、綺麗な花が添えられていた。色彩豊かな花束が可愛らしい花瓶に収まっている。
その花を替えた少年――――ネクサスは、寝台の側にある椅子に腰かける。
「こうして見ると、歴史の本に書いてあった人とは思えないな。どう見ても、普通の女の子だ」
「歴史に書かれてる書物なんて、そんなものよ。本当の事が書いてあったり、所々、改竄されてるものもある。まっ、私には必要ないけどね」
ネクサスの横でパタパタと翼を羽ばたかせているキバーラ。彼女からすれば、歴史の書物などただの紙切れ同然のものらしい。それもその筈、“実際に見てきた”訳で、今更読んでも結末が分かっている。見終わった本をまた見るようなものだ。
じゃあ何歳なの?という質問はしてはいけない。
「あんたもよく来るわよね~。確かに前は仲間だったけど、今は敵対しているのよ?」
「だから、それは大昔の事でしょ?今とは違うんだから」
(生意気言っちゃって……やれやれ)
呆れて肩を竦める様に、キバーラは溜め息をつく。
ネクサスはイクスヴェリアに毛布をかけ、その寝顔をじっと見つめる。
「ねぇ、キバーラ」
「ん?」
「この子……目覚める方法とか、ないかな?」
「出たわ……唐突に実現不可能な事を発言するその癖。マジで直した方が良いわよ?」
「それは……その……。でも、何とかしてあげたいんだ……」
ネクサスはキバーラと向き合う。琥珀色の瞳と、深紅の瞳が交差する。真剣な眼差しを送る少年に対し、彼女は至って自然に答えた。
「はっきり言うわ、無理よ。手駒であるマリアージュもいないし、それを操作する能力もない。“あの事件”で目覚めるという事自体が本当に想定外だったのよ?この子がこうして眠っているのは、ある意味当然の事なの」
「でも……」
「甘い考えは捨てなさい。そんな綺麗事ばかりが通用するとは思わない事ね。何より、あんただって、そのせいで過去“痛い目に遭った”じゃない」
「それは……」
「気持ちは分からないでもないけど、出来ないものは出来ないの。今となっては、この子も“赤の他人”で、助ける理由もないでしょ。我儘を言うのも大概にしなさい」
「…………」
キバーラからの重く、冷たい現実的な言葉に、ついに無言になってしまった。何も言い返せなかった。
自分自身が、改めて無力だという事を実感した。彼女の言うことも、もっともだ。
しかし……それでも……。
「でも……僕は……」
「……ここまでにしておきましょう。今日はもう帰るわよ」
「……うん、ごめん。ちょっと、熱くなり過ぎた」
「ううん……私も、少し言い過ぎたわ」
お互い、感情的になってしまった様だ。
苦笑いを浮かべながら、両者は謝罪する。
「じゃあ、そろそろ帰ろうか」
「先に行っててくれる?私も、もうちょっと寝顔を拝見しておきたいから」
「……なんだかんだ言って、自分も心配なんじゃないの?」
「うっさいわね。ほら、行った行った」
「はいはい」
そう言い残し、ネクサスは部屋を後にした。
残ったキバーラは、眠り姫の寝顔をじっと見つめている。
「本当、可愛い寝顔……。やっと、自由になれたのにね……イクス」
娘を思いやる母の様な、優しい眼差しを向けていた。
大昔、聖王達と交じり、楽しく談笑していた事を思い出す。キバーラとイクスヴェリアとの仲は、ネクサスも知っている。
だからだろうか、目覚める方法がないか?と聞いたのは。
ようやく兵器の呪縛から解放されたこの子に、自由な暮らしをさせてあげたい。
何より、自分を見守ってくれた
「まったく……両親に似てお節介なんだから」
やれやれ、と溜め息をつくキバーラ。しかし、嬉しいとも思った。今は亡き二人の宝物である少年。その子は、優しさを引き継いでいる様だ。
「さて、どうしようかしら」
先程、ネクサスには言った。目覚めさせる方法はない、と。
“普通なら”、ない。
少し唸った後、キバーラは寝台から視線を反らし、前を向く。
窓際にある、木製のハンガーラック。やや小さめのサイズで、そこには一着の“長袖のフード付きのパーカー”がかけられていた。
「“ナイト”、“ポーン”、ちょっと来てくれる?」
そのパーカーに向かって、キバーラは呟いた。
すると、不意にパーカーが動き始めた。まるで幽霊の様に浮遊し、キバーラの元まで向かう。
「――――ふむ、キバーラ殿。我等に何か用ですかな?」
「――――鎧の調整以外で呼ぶなんて、珍しいね?」
そのパーカーから、二つの声が発せられる。同時に、マフラー付きのフード、長袖のハイネックコート、と二つに分離した。
かつて、キバの鎧を製作した功績によって、チェックメイトフォーの称号である、【ナイト】、【ポーン】の名を与えられた双子の兄弟。王室付きの匠として勤めていた。
鎧の調整に来る際、いつもこの二人に頼んでいる。
魔法使いの様な、アイボリー色のフードに、付属している長めの黒いマフラーが手の様に動いている。少し垂れ目なゴーストが、弟であるポーン。
生地の色は黒鉛を基調とし、肩のライン部分や背中に描かれている菱形模様が、白に彩られている。ファスナーが開いており、ややつり上がった目が胸元部分に浮かんでいるゴーストが、兄のナイト。
二人とも、元々はファンガイア族としての姿をしていた。しかし、その技量の腕を恐れた敵勢力に狙われ、命の危機に晒される事となった。
二人はこの事を予見しており、魔族の一つである“ゴースト族”の能力を研究していた。その結果、予め用意していた特殊な衣服に自分達のライフエナジーを憑依させる事によって、瀕死の状態から生き永らえる事が出来た。
「ええ。急で申し訳ないんだけど、早速本題に入らせてもらうわ」
「もしや、先日“仰っていた件”について、ですか?」
「本気でやるんだね?」
「話が早くて助かるわ……その通りよ」
前回、鎧の調整の際に、キバーラから“ある提案”が持ち掛けられた。これには、二人とも絶句した。
成功するかどうかも分からない上、失敗すれば自分達も巻き添えを食らい、取り返しのつかない事になる。無論、二人は反対した。
「しかし、いくらなんでも危険過ぎではありませぬか?下手をすれば、イクスヴェリア様の意識は永遠に――――」
「分かってる。私だって、何の準備もなしに無謀な事をやらないわよ。だからこそ、毎回“アレ”を欠かさずにやってるんだから」
「とはいえ、効果は雀の涙程度でしょう?成功率を上げる為とはいえ、効果は期待できないのでは……」
「それも承知の上よ。でも、何もやらないより遥かにましだわ。違う?」
頑なに折れないキバーラに、ナイトは頭を悩ませる。その二人の会話に、弟も参加する。
「兄さん、こうなったらもう止まらないよ。イクスヴェリア様の目覚めを待っている人はたくさんいる。キバーラ様だって、その為に少しずつ頑張ってきたんだ。僕達も協力しようよ、ね?」
「簡単に言ってくれるな弟よ。我々が手を貸した所でだ、成功する確率が上がる保証などないのだぞ?」
「確率とか保証とか堅いこと言ってる場合じゃないよ。僕と兄さんとキバーラ様が力を合わせれば、きっと上手くいくって」
「弟よ、お前は楽観的すぎる!失敗したらどうするつもりなのだ!?悲しみに染まる方々に顔向けできん!」
「最初から諦めてどうすんのさ!何事も失敗を恐れずにやり通せって言ったのは兄さんじゃないか!」
「それとこれとは話が別だ!」
「なんだい!兄さんのわからず屋!」
「やかましいわ!このおっちょこちょい!」
「何を~!この頭でっかち!」
「頭はお前だろうが!この首なしお化け!」
「兄さんに言われたくないよ!石頭!」
「ガリガリ!」
「チョビヒゲ!」
「デブ!」
「ハゲ!」
互いに罵声を浴びせ合い、騒ぎ立てる二人のゴースト。あまりにも低レベルな言い争いをしている。
実に騒がしい喧嘩に、白い蝙蝠の額に、青筋が立つ。
「「ぐぬぬぬぬぬぬぬ!!」」
「――――黙りなさい」
「「っ!?」」
氷河期が到来したのか。その部屋を冷たい空気が包み込む様な、そんな錯覚に見舞われる。
ビクッ!?と肩を震わせ、恐る恐る横を見るナイトとポーン。
紅の瞳を刃物の如く研ぎ澄ませ、鋭く睨み付けている。幻覚だろうか、キバーラの後ろに、魔王の鎧が浮かび上がっていた。
「さっきからギャーギャー煩いったらありゃしない……二人して下らない口喧嘩してんじゃないわよ……イクスの安眠妨害するって言うなら今すぐここで“
「キ、キキキキキキバーラ殿!そ、そ、それだけは……!?」
「う、うん!僕らもう喧嘩しないから!だから、そのハサミしまってぇ!?」
二人して抱き合い、凄まじい威圧に萎縮してしまう。キバーラはいつの間にか翼に持っていた鋏で、チョキン、チョキン、と空を切っている。
「はぁ……もういいわ。今日はこの位にしておくから。後日、また会いに来るわね」
「そ、そうでありますか……」
「りょ、了解~……」
「じゃ、もう戻って良いわよ?ほら、しっしっ、ハウスハウス」
「なっ、キバーラ殿!我々は犬などでは――――」
「そうだよ!いくらなんでもそれは――――」
「あぁ!?」
「「ワンワン!」」
忠実に、従順に、二人の駒はパーカーとして一つとなり、ハンガーラックに引っ掛かる。
(お、恐ろしい……!二世様が存命の時よりも遥かに増している……!)
(こ、怖すぎる……!三世が言っていたよりも遥かにヤバすぎる……!)
ガタガタと、未だに震えが止まらない。
同時に、二人は思った。
(ホロン……強く生きるのだぞ……)
(ホロン……君凄いわ、色んな意味で)
今、この場にいないゴーストに、念を送る二人であった。
◇◆◇◆
その頃。
「ん?ホロン、どうかしたの?」
「くしゃみ、ですか?」
「意外ですね、あなたにもそういう現象が起こるとは……」
「どこぞの輩がお主の噂をしておるのやもしれんな」
四人の少女達の前で、突如、くしゃみをするゴースト。頭上に?マークを浮かばせ、首を傾げる。
二人のゴーストからの念が、届いたのかも、しれない。
◇◆◇◆
二人をハウスさせた後、キバーラは、ふぅ……と深呼吸する。
そして、今も尚眠りについている少女の首元に、そっと近づいていく。
「今日も失礼するわね――――カァ~プッ」
白く穢れのない首筋に小さい牙が突き刺さる。キバット族は皆、魔皇力の操作に長けている。父や兄ほどではないとはいえ、キバーラもその一人。こうして、自身の魔皇力――所謂、ライフエナジー――を分け与える事によって、彼女の生体機能を活性化させ、眠りから目覚めさせる、という彼女が発案した方法。
しかし、イクスヴェリアには何の反応もない。そもそも、これで目覚める確立があるとも言えない。
時間にして、約一分といった所か。ようやく、キバーラは口を離す。息を少しだけ荒くし、額には一筋の汗が微量に流れていた。人間と違い、体の小さいキバーラ。ライフエナジーを与えるというのは、正に身を削る様な行為である。よって、一分が限界なのだ。
「…………」
「……今日も変わりなし、か。まあ、当然よね。そんな上手くいってれば、今頃この子だって」
期待はしていない。しかし、心の何処かでは、落胆してしまう。約一年、この治療を行っている。だが、何の進歩もなく、ただただ時間が過ぎていくだけであった。
「ごめんね、イクス。何もしなくても、いつかは目覚めるかもしれない」
だが、もし永遠に目覚めなかったら?
目覚めたとしても、彼女が知っている人達がいない時代になっていたら?
もう、会えなくなってしまったら?
「千年以上も待ち続けたわ……もう、待つのだけは嫌なのよ」
イクスヴェリアの頬に、軽く接吻するキバーラ。じゃあね、と呟き、名残惜しそうに、寝台から離れる。
(はあ……何だかんだ言って、私もつくづく甘いわね。まったく……)
皮肉気に溜め息をつき、扉を開ける。そして半開きのまま、横目で眠り姫を見る。
「いつか必ず……絶対に目覚めさせる……待っててね、イクス」
そう言い残し、扉を閉めた。
誰もいなくなり、二人のゴーストも眠りについている。
眠り姫も、安らかな寝息を立てている。
――――少女の指先が、微かに動いた。