リリカルなのはvivid―アナザーメモリーズ― 作:NOマル
自分を保護してくれたノーヴェ達と別れ、アインハルトは学院へと登校していた。時間としては、もう昼を過ぎている。
「…………」
登校している彼女の顔は、どこか優れない。
此度の通り魔による一件。これらは全て、彼女によるものだったが、被害届が出ていない為、事件にはなっていない。
今回も、ノーヴェ・ナカジマが喧嘩両成敗という形に収めてくれたおかげで、事なきを得た。
今回の一件を起こした理由は、ただ一つ。
“覇王の強さの証明”。
碧銀の髪に、虹彩異色。
聖王にして、親友である
弱い拳では何も守れない。
もっと強くならなければ……。
(でも……この世界に、私の拳をぶつけられる人は、いるんだろうか?)
校内の渡り廊下を歩きながら、ふと思うアインハルト。視線を落とし、ぎゅっと握りしめた拳を見つめる。
その表情は、尚も暗いままだ。
「あれ、アインハルトさん?」
「……ネクサスさん」
その場に立ち尽くしていると、向こう側から見知った少年がやってきた。ネクサスは廊下を歩き、こちらに近付いてくる。
「今日、てっきり休みなんだと思って。何かあったの?」
「いえ、その……」
そう問い掛けるネクサス。その問いに、言葉が詰まるアインハルト。
覇王の強さを証明する為、様々な格闘家と戦ってきた。しかし、互いに了承したとはいえ、見境なしに力を振るったのは事実。
どうしても、彼には知られたくなかった。知られたらどうなる?幻滅し、怖がられるだろうか。
彼とは、初等部に入ってからの付き合いだ。人見知りで、人と話すのが苦手だった自分に、彼はよく気にかけてくれた。中等部の今でも友達としている。
唯一、心を開ける存在。彼の前では、“覇王”ではなく“一人の少女”として接したいと願っている自分がいる。
「す、少し、体調が悪くなりまして……」
「そうだったんだ。もう大丈夫なの?」
「は、はい。今は問題ありません」
「そっか。体には、気を付けてね」
安心した様に微笑むネクサス。
心配してくれる彼に感謝しつつも、小さな嘘をついてしまっている事に罪悪感を抱いてしまう。
しかし、こうして彼と話しているだけでも、心が安らぐ。自分の全てを受け入れてくれる様な。
(あなたが、私の拳を受け止めてくれたら……)
そんな思いが過ったが、それは出来ない。
彼を傷付けたくないから。
それからアインハルトは、口を開いた。
「あの、ネクサスさん。ちょっとよろしいですか?」
「なに?」
「実は……」
話によれば、昨日格闘に携わる女性と知り合ったアインハルト。その女性と話をしている中、その人は“とある少女達”のコーチをしているという。
失礼ながら、人見知りな彼女に知り合いがいたという事実に驚いているネクサス。
「それで、その……ネクサスさんも、一緒に来ていただけませんか?」
「僕も?」
「私だけでは、不安なので……勿論、友人を連れてきてもいいと言われていますから、大丈夫です」
「そう……僕は、全然構わないよ」
「ありがとうございます」
恐る恐るといった雰囲気から、安堵の息をつく。もし拒否されたらどうしよう。そんな心配も、杞憂に終わった。
見知った人が一人いるだけでも、心強い。頭をかきながら、照れ臭そうにしているネクサス。何故か頬を赤くしていたが、自分の願いを聞いてくれた彼に、感謝するアインハルト。
(ちょっとは、安心してくれたかな)
対するネクサスは、寧ろもっと頼ってくれてもいいという考えだった。友人の一人である彼女の頼み。断らない訳がない。
例え、魔王と覇王が袂を別ってしまったとしても、自分が彼女を見捨てるつもりはない。
友人として……“大切に想っている”人だから。
「二人とも、こんな所にいたのか」
「ゼラム先生」
声が聞こえ、その方向を振り向くネクサスとアインハルト。自分達の担任であるゼラムが、こちらにやって来た。
「もうそろそろ、午後の授業が始まるんだが?」
「「あっ……」」
慌てて時計塔を見てみると、長針が始業時間の五分前を指していた。
話に熱中しすぎたせいで、まったく気づかなかった様だ。二人は恥ずかしそうに俯いている。
「それから、ストラトス」
「は、はい……」
「……“話”は、全て聞かせてもらった」
その言葉に、顔を強張らせる。目の前の担任は、知っているのだろう。
口元を震わせ、少し、横目でネクサスの表情を伺った。彼は分かってないのか、目を丸くして、担任と友人を交互に見ている。
出来る事なら、彼に知られたくなかった。しかし、いつまでも隠し通せる訳でもない。ぎゅっと目を瞑る。
「……まあ、大事にならなかったから良かったものの、行き過ぎた行動は慎んだ方がいいぞ」
「はい、すみませんでした……」
詳しくは言わず、そのまま黙るゼラム。アインハルトは深く頭を下げた。
それから、気まずそうにしていたネクサスが、口を開いた。
「と、とりあえず、授業遅れちゃうから、行こうアインハルトさん?」
「は、はい……」
「そ、それじゃあ、先生」
「ああ。っと、そうだ――――すまなかったな」
先程の重い雰囲気から一変。何故かゼラムから謝られた。不思議に思い、首を傾げるネクサスとアインハルト。
「いや、二人の邪魔をしてしまったか、と」
「はあっ!?ちょ、何を言ってるんですか!?」
「す、すまん、てっきりそういう間なのかと……」
「っ……!?」
真顔で答えるゼラム。何を言っているのかこの教師は。
ネクサスは顔を真っ赤にして大声を出し、アインハルトも赤くなった顔を隠す様に俯いてしまった。
「し、失礼します!」
「ア、アインハルトさん!?ああもう!!」
恥ずかしさからか、その場から逃げるように立ち去るアインハルト。ネクサスも慌てて、その後を追い掛ける。
その場に取り残された担任教師。腕を組んで、暫し唸る。
「ふむ、正直に言ってみただけなのだが……何が悪かったんだ?」
この教師には学ばなければならない事が山程ありそうだ。
◇◆◇◆
その一部始終を、物陰から密かに観察していた一匹の蝙蝠。
「まったく、あんのKY若手教師が。余計な事してくれちゃって」
キバーラは呆れた様に、ジト目でゼラムに視線を送る。彼も彼で、何故二人の生徒が慌ててしまったのか、未だに分からずにいる。
まあ、これは置いておくとしよう。
さっきまで、いい雰囲気になっていた二人の間に突如乱入――悪気はない――してきたゼラム。
「いぃよっしゃあ!ナイスゼラムッ!グッドタイミングよっ!!」
大きく称えていたキバーラであった。しかし、二人の去り際に何かを言ったらしい。
「前言撤回、バッドタイミング。言葉くらい選びなさいよあのクソッタレ」
忌々しげに、チッ!と舌打ちをする。先程から汚く罵る彼女は、重いため息をつきながら、木の枝に逆さに掴まる。
「不味いわね……これは由々しき事態だわ……!」
翼の端を噛み締め、ぐぬぬ……!と唸り出すキバーラ。
眠り姫の見舞いを終えて、ネクサスの後を追おうと探索していた。その矢先、ネクサスがアインハルトと会っている場に遭遇してしまった。
思わず陰に隠れてしまった。
「まったくも~!なぁにがクラスメートよ!なぁにが友達よ!完全に“ホの字”じゃない、あんのガキんちょめ~!」
キィ~~!と、どこから取り出したのか、小さいハンカチを噛み、悔しそうに伸ばすキバーラ。
彼女と会話をしている時のネクサス。基本、普通に接しているが、アインハルトから何やら頼み事を言われた様子。それを聞いた途端の、あの顔と来たら。
頼られて嬉しいのか、頬を赤くし、照れ臭そうにしている。アインハルトはホッとして顔を俯かせていたため、ネクサスの表情は見えていない。
対するアインハルトも、何やら嬉しそうな顔をしている。無表情ながら、どこか穏やかに見える。
長年生きてきた“女の勘”により、察してしまった。
「あぁ……恐れていた事が起きてしまったわ……」
弟、或いは息子の様に大事に見守ってきた少年。その少年が、想いを寄せているであろう、一人の少女。その少女は、キバと因縁がある覇王の末裔。
何という事だろうか。
正に、“禁断の恋”――――
「なぁんて言ってる場合じゃないわ!落ち着けキバーラ、落ち着くのよぉ……!?」
深呼吸を行い、気持ちを整えるキバーラ。
「何とかして、二人を引き剥がさないと……」
頭の中で、色々と画策していく。
本当なら、初恋であろう息子の恋路。応援してあげるというのもセオリー。
しかし、キバーラはそうじゃない。
理由は二つ。
一つ目は、相手が絶対に関わらせてはいけない相手だから。何度も言うように、二人――魔王と覇王――の間には溝が出来てしまっている。もし、彼女が魔王の事を知っているとなると、覇王の悲願を叶える為、と拳を振るう可能性がないこともない。
そして二つ目は……。
「ネクサスがお嫁に行っちゃう~~!そんなのヤダ~~!!」
彼女は、所謂“親バカ”だ。可愛がってきた子故に、手放したくないのだろう。お嫁ではなく、正確には“もらう”方だと思うが。
地面に倒れ、子供の様に駄々をこね始める。いい年した蝙蝠――しかも名門であるキバット族――が、何という醜態を。
「と、こんな事してる場合じゃなかったわ!早速、作戦を立てなくちゃ!」
その場から飛び立ち、キバーラは天高く羽ばたいていった。
「悪く思わないでね、ネクサス……これは、貴方の為――――」
もう、あなたが傷つくのを見たくないの……。
◇◆◇◆
二人を見届けた後、ゼラムはその場から移動する。人気の少ない、校舎の裏。そこに着くと、懐から通信端末を取り出す。
そして、連絡を入れる。
『ゼラム、何用だ?』
「すまない。少しよろしいでしょうか?」
連絡の相手は、自分を育ててくれた親であり、大先生でもあるゴースト、通称【ムサシ】
『教会で、何か新しい情報が?』
「いや、管理局の方も、今の所は進展がないとの事です」
『そうか……』
「そっちはどうでしょう?」
『こっちもまずまずといった所だ。今も尚、ネオファンガイアによる被害が続出している』
その言葉に、ゼラムは苦い表情を浮かべる。
怪人の対策として、町の警備や局員の体制も固められている。しかし、それでも被害が減少するといった結果には及ばなかった。
『やはり、我々も出た方が――――』
「何を仰いますか。今の貴方達には、やるべき事があるでしょう?」
『だが、“ノブナガ殿”や“ヒデヨシ殿”、“イエヤス殿”がいれば……』
「それでも、大切な貴方達を失う訳にはいかない。どうかご理解下さい」
ネオファンガイアによる事件はこれからも勢いを増していくだろう。それこそ、次元世界を脅かす大事件に発展する可能性も否定できない。
そんな中で、唯一となったゴースト族。少数ながらも強力な仲間を失う訳にはいかない。彼らがいなければ、大打撃を食らうのは確実。何より、“大事な家族”を死なせる訳にはいかない。
『だが……あの子は、ネクサスはどうなんだ?』
「…………」
『あの子とて、本当ならば普通の子供様に、生きる事が出来た筈だ。学校に行って、友達と遊んで、楽しい日々を過ごしていいもの。なのに……!』
「……」
『父と母を同時に失い、辛い思いをしたあの子に……拙者は、何もしてやれなかった……。それどころか、命の危険に関わる役目を押し付けてしまった……!本当なら、我々が請け負う筈だったというのに!』
端末から耳に流れる、ムサシの言葉。どれもが、悔恨の思いが込められている。
本当なら心の癒しが必要な子だ。だというのに、
「ムサシ殿、そんなに自分を責めないで下さい。あの子だって、きっとそう思う筈だ。とても優しい子だというのは、貴方だって御存知の筈」
『ゼラム……』
「それに、ネクサスは一人じゃない。四人の家族に、一人のゴースト。一匹の蝙蝠もいることだしな」
いざとなれば、自分も――――。
心中で、ゼラムは答える。与えられた使命など、そういう事ではない。自分自身も、ネクサスの事を家族同然に思っている。もうこの世にはいない、“親友”の宝物を、死なせてなるものか。
『……すまない、ゼラム。少し取り乱してしまった。あの子の前では、いつでも強い俺でいなければならないのに』
「お気になさらず。時には、心の内を吐き出す事も必要でしょう」
幽霊といえど、心は人間と同じ。悩みもするし、傷つきもする。
少し和らいだのか、ゼラムに礼を言うムサシ。
すると、ゼラムは顔を引き締める。
ここからが、本題だと言わんばかりに。
「――――“例の件”について、どうですか?」
『ああ。科学班――――“エジソン殿”達が総出で取り組んでいる。その甲斐あって、順調に進んでいるとの事』
「そうか」
『完成まで、あと一週間はかかるそうだ』
その言葉を聞き、ゼラムは壁にもたれかかる。その表情は、どこか決意を固めた様にも見える。
そして、口を開いた。
「……完成したら、すぐ連絡を入れてもらえませんか?」
『連絡?――――お主、まさか……』
「何事も、“準備”は必要でしょう?」
ゼラムの言葉を察したのか、通話の向こうの声音はどこか震えていた。
『し、しかし、必ずしも適合するとは限らない。聞いた話によれば、“装着者”の肉体には、かなりの負担がかかるんだぞ?』
「構わない」
『なっ!?簡単に言うな!下手をすれば無事では済まないかもしれないのだぞ!?』
「だとしても、俺はやらなければならない」
警告し、声を張り上げるムサシ。ネクサスの事も大事だが、ゼラムの事も大切に思っている。育ての親として、心の底から心配しているのだ。
しかし、ゼラムは真剣な面持ちで、静かな声音で答えた。
「一人の生徒が、戦いに身を投じているんだ。だというのに、教師である俺がただ見ているだけというのが我慢ならない」
『…………』
「皆さんだけじゃない。俺だって、あの子の事が心配なんだ。お願いします」
覚悟はもう決めている。
そう言いたげに、ゼラムは言い終えた。
電話の向こうで、暫し沈黙する。
やがて思考が終えたのか、重い口を開いた。
『…………完成次第、連絡をする。準備は、科学班と相談してからだ』
「ああ、分かった」
『はぁ……あまり心配事を増やさないでほしい所なんだがな』
「心配は無用。俺より、ネクサスの事を気にかけてやってもらいたい」
『分かっている。だが忘れるな?お前だって、大事な家族なんだ。不安にもなる』
「案ずるな、必ずやり遂げてみせる。貴方が鍛えてくれたのだから」
『ああ……頼んだぞ』
返事をし、通信を切る。
ふぅ……、と息をつき、空を見上げる。雲一つない、澄み渡る快晴の青空。太陽の光を浴びながら、ゼラムは歩き出す。
「ネクサス、お前が一人で戦う必要はない。これ以上、傷つく必要はないんだ」
かつて、守りたいと誓った“虹”と同じ様に、新たに決意を固める。
――――返り血で汚れるのは、俺だけで充分だ。
その瞳は、どす黒い闇に染まっていた。
全然、キバの出番がありませんね……。それに、原作の方もあまり関わってないし。
これから、少しずつ関わらせていく様にしていきたいと思っております。
次回もよろしくお願い致します。