リリカルなのはvivid―アナザーメモリーズ― 作:NOマル
学院が終わり、並んで道を歩く少年と少女。ネクサスとアインハルトは、何も話さないまま、目的地に向かう。
不意に、アインハルトから口を開いた。
「すみません、ネクサスさん。私事に巻き込んでしまって……」
「いや、別に気にしなくていいよ」
笑顔で答えるネクサスに、アインハルトは安心する様に、胸を撫で下ろす。
「所で、アインハルトさん……ゼラム先生の言ってた事、なんだけど」
「…………」
「噂で言ってた、通り魔って……」
「……はい、私です」
観念したのか、アインハルトは全てを話した。
自分が、覇王の末裔である事。今回の件に関しては、自分の強さを証明する為、古代ベルカの王を探す為に行ったという。
更には、
「そう、だったんだ」
「はい……」
話し終えた後、またも沈黙が続く。
通り魔の件に関しては、ゼラム経由で何となく耳にしていた。覇王と名乗るストリートファイター。そのワードに引っ掛かり、もしかしてと思った結果、案の定だった。
アインハルトは、俯いたまま、何も言わない。時折、様子を窺う様に隣を見ているが、すぐに目を反らす。
幻滅されただろうか。
怖がられただろうか。
そんな不安を抱いていた。
「ねえ、アインハルトさん」
「……何でしょうか?」
「辛く、ないの?」
ネクサスは心配するように、アインハルトに問い掛けた。
「そんな事は言ってられません。私は、自分の強さを確かめ、覇王流の強さを証明しなければならないのですから」
「で、でもさ、それってアインハルトさんがしなきゃいけない事なの?自分でやりたいと思っている事なの?」
次々と言葉を紡いでいくネクサス。心の底から、彼女の事を心配しているのだ。
「このままじゃ、アインハルトさんが傷つくだけだよ」
「ネクサスさん……ありがとうございます。心配してくださって」
どこか申し訳なさそうに、困った表情を浮かべながら、礼を述べるアインハルト。
「ですが、これが“今の私”がしたい事なんです」
「…………」
初等部の頃から見てきた、彼女の瞳。こちらをしっかりと見据え、揺れる事のない意思がこもっていた。
それを目の当たりにし、ネクサスはそれ以上、何も言えなかった。
(……僕は、何も出来ないのか)
説得する事すら叶わない。そんな自分を情けなく感じ、小さく歯噛みする。
そのまま、無言の状態が続き、目的地へと到着。
ミッドチルダにある喫茶店。そこに、待ち人達がいた。
「失礼します。ノーヴェさん、皆さん。アインハルトストラトス、参りました」
出会い頭に、挨拶を述べるアインハルト。
まず、短い赤毛のボーイッシュな女性【ノーヴェ・ナカジマ】。昨日、アインハルトと遭遇し、今回の待ち合わせを提案した人物。その他にも、彼女の姉妹である、ナカジマ家。その一人であるスバル・ナカジマの友人にして、執務官でもあるティアナ・ランスター。
しかも、そこにはネクサスも見知った顔がいた。
「あっ、ネクさん!」
「あれ、ヴィヴィオちゃん?」
両者は、共に目を丸くして驚いていた。ヴィヴィオの友達でもあるリオとコロナも同様だ。
「先輩、どうしてここに?」
「いや、僕はアインハルトさんの付き添いで……」
「あ~、そういや、友達を一人連れてくるとか言ってたな」
思い出したかの様に、ノーヴェは呟いた。
「ネクサスさん、知り合いなのですか?」
「うん、前に話してなかったかな。後輩の高町ヴィヴィオちゃん」
「えと……はじめまして!」
「ミッド式のストライクアーツをやってます。高町ヴィヴィオです」
「……“ベルカ古流武術”、アインハルト・ストラトスです」
差し伸べられた手を取り、握手を交わす。
小さな手、脆そうな体。しかし、この
「あの……アインハルトさん?」
「ああ、失礼しました……」
「あ、いえ!」
我に帰り、慌てて返事を返すアインハルト。そんな彼女を、傍で見ているネクサス。
「まあ二人とも格闘技者同士。ごちゃごちゃ話すよりも、手合わせでもした方が早いだろ」
ノーヴェの計らいにより、一同はジムへ行く事にした。
場所は変わり、区民センターのスポーツコート。
それぞれ動きやすい服装に着替え、両手足にプロテクターを着用。
体をほぐし、ネクサスを含めたギャラリーの前で、相見えるヴィヴィオとアインハルト。
「じゃあ、アインハルトさん!よろしくお願いします」
「――――はい」
(大丈夫かな……)
ヴィヴィオに対し、アインハルトの表情はどこか浮かない。覇王の記憶が、今も彼女の中にある。
ネクサスは、心配そうな面持ちで、彼女を見守っていた。
「それにしてもネクサスさん、アインハルトさんとお知り合いだったんですね」
「うん、クラスメイトなんだ」
後輩二人と会話するネクサス。ここに来る道中、他の全員と自己紹介を済ませている。
「んじゃ、スパーリング4分、1ラウンド。射砲撃と
――――レディ・ゴー!
審判であるノーヴェの号令で、試合は始まった。
構える両者。仕掛けてきたのは、ヴィヴィオ。一瞬で懐に入り込み、打撃を打ち込む。アインハルトはすかさず防御する。
それから、ひたすら拳による連撃を繰り出すヴィヴィオ。アインハルトは冷静に、回避し、防御し、観察を行っている。
(ヴィヴィオちゃん、前に見た時よりも成長してる)
他の一同同様、ネクサスも驚いていた。
(まっすぐな技……きっとまっすぐな心)
一撃をかわし、構え直すアインハルト。
(だけどこの子は、だからこの子は――――)
ヴィヴィオの懐に、掌底。ズドン!と、凄まじい威力を放つ。もろに食らってしまい、ヴィヴィオは後方に吹き飛ばされてしまう。
すかさず、オットーとディードが動き出す。
しかし、二人よりも先に動いた人物がいた。
「うぐっ!?」
「きゃっ!」
勢いを殺しながら、壁に触れる直前で受け止めたネクサス。静止した直後、横向きに倒れ、後輩の尻が腹の上に置かれる。
茫然としていたヴィヴィオは、自分がネクサスを下敷きにしていた事に気づいた。
相手のアインハルトも、慌ててネクサスの元に駆け寄る。
「ご、ごめんなさいネクさん!」
「大丈夫ですか!?」
「う、うん……平気だよ」
慌てて立ち上がり、ネクサスから退くヴィヴィオ。ズキズキと痛むお腹を押さえ、アインハルトの手を借りて立ち上がるネクサス。
「ヴィヴィオちゃんこそ、大丈夫?怪我はない?」
「は、はい……」
「なら、よかったよ」
無事を確認し、安堵するネクサス。恥ずかしがりながら、礼を述べるヴィヴィオ。
「ね、ねぇ、ネクサスさんって……」
「さっきまで、隣にいたよね?」
リオとコロナが、顔を見合わせる。
先程、自分達の側にいた筈のネクサス。何メートルも離れていた距離。だというのに、一瞬でヴィヴィオの元に辿り着いた。予め、こうなる事を予測していた?或いは、咄嗟に動き出した?
何にせよ、二人の疑問が晴れる事がなかった。
(ネクサス・ローライト、だったか……)
目を細めて、ネクサスを観察するノーヴェ。一瞬、ほんの一瞬だが、ヴィヴィオを受け止めた際、それを見た。
全員の視線が集まる直前、既にネクサスは移動していた。そしてヴィヴィオを受け止め、その勢いを受け流していた。
普通の動きじゃない、と詮索するも、すぐに止めた。深くは考えまいと。
優しく微笑むネクサス。照れながら笑みを浮かべるヴィヴィオ。そんな二人の様子を、じっと眺めていたアインハルト。
何か――――嫌だった。
焦燥感に駆られ、やや強引に二人の間に割って入り込む。
「お手合わせ、ありがとうございました」
そう言うと、ネクサスの手を引く。離すまいと、やや強めに握りながら。
「えっ……と」
「行きましょう、ネクサスさん」
「あ、あのっ!」
呼び止めるヴィヴィオ。アインハルトは足を止め、バランスを崩しながらもネクサスも止まる。
「すみません……私、何か失礼を……?」
「いいえ」
「じゃ、じゃあ、あの……わたし、弱すぎました?」
「いえ、趣味と遊びの範囲内でしたら、充分すぎるほどに」
淡々と紡がれた言葉に、悲しい表情を浮かべるヴィヴィオ。頭をかき、ネクサスも戸惑う。
「申し訳ありません。私の身勝手です」
「あのっ!すみません……不真面目に感じたなら謝ります!」
立ち去ろうとするアインハルト。それを止めるネクサス。思わず彼の顔を見ると、真剣な表情で、こちらを見ていた。
――――ちゃんと向き合おう、と。
「今度はもっと真剣にやります。だからもう一度、やらせてもらえませんか?」
必死に言葉を投げ掛けるヴィヴィオ。尚も暗い表情を浮かべるアインハルト。
「今日じゃなくてもいいです!明日でも……来週でも!」
困った様に、アインハルトはノーヴェに視線を向ける。それに気づき、口を開く。
「そんじゃまあ……来週またやっか?今度はスパーじゃなくて、ちゃんとした練習試合でさ」
ノーヴェにより、練習試合が来週に設けられた。
「――――分かりました。時間と場所はお任せします」
「あ、ありがとうございます」
一同に頭を下げ、今度こそアインハルトはその場を後にする。彼女に引っ張られる中、ネクサスは申し訳なさそうに、ヴィヴィオの方を振り返る。
(ごめん、ヴィヴィオちゃん……アインハルトさんも、悪気はなくて)
(全然、私の方が“ごめんなさい”ですから)
頭を下げるネクサスに、笑みを浮かべながら手を振るヴィヴィオ。
横目で、二人のやりとりを見ていたアインハルト。視線を前にし、唇を噛み締める。
そして、足早に去っていった。
◇◆◇◆
ノーヴェ、スバル、ティアナの三人と、途中まで歩き、分かれたネクサスとアインハルト。二人を見送り、その場に残った三人。
「ねぇノーヴェ。アインハルトの事も心配だけどさ、ヴィヴィオ今日の事ショック受けたりしてないかな?」
「そりゃまあ、多少はしてんだろうけど」
鞄を担ぎ直し、笑みを浮かべるノーヴェ。
「さっきメールが来てたよ。あたしの修行仲間は、やっぱりそんなにヤワじゃねぇ。今からもう来週目指して特訓してるってよ」
スバルに対し、自信満々に言うノーヴェ。姉であるスバルも、笑みを浮かべる。
「それから……ネクサスについてだけど」
「ああ、アインハルトの彼氏?」
「いや、友達だって言ってたぞ」
「そうだっけ?」
呆れながらも、ノーヴェは歩みながら思考する。
練習試合を行う前、喫茶店から移動する際の事。パッと見は、大人しそうで、温厚な草食系男子。女子多数の中、男子一人だというのに、顔立ちのせいか、女性陣の中にいても何の違和感がない。
クールなアインハルトと比べれば、友好的で礼儀正しい印象を与える。
「ヴィヴィオから、話には聞いてたんだ。学校の先輩だって」
トレーニングの休憩中、楽しそうに話しているヴィヴィオ。休みなく会話に出している優しい先輩。ふと、ノーヴェは問い掛けた。
「お前、そいつの事好きなのか?」
一瞬で動きが停止。数秒後、顔が瞬く間に赤くなっていく。
「ち、違うよ!そりゃ、先輩とは無限書庫の頃からの知り合いで、優しくて、話もちゃんと聞いてくれるし、良い人だけど……」
もじもじし始め、声の音量が段々と小さくなっていく。
この様子を見て、なるほど……と、ノーヴェは何となく察した。
「にしても、あの動き……」
試合中、アインハルトに吹き飛ばされたヴィヴィオを受け止めたネクサス。その時、胴体を受け止め、“立っていた”のだ。やや後方に下がりながら、受け止めた後、何故か慌て出していた。
そして、ノーヴェ以外の全員の視線が集まる直前、バランスを崩し、仰向けに倒れる。まるで、誤魔化すかの様に。
格闘技はもちろん、運動も苦手だという事を、ヴィヴィオから聞いている。しかし、この目で目にしてしまっては、それを疑わしくなる。
(あいつ……一体……)
隣でスバルが首を傾げる中、ノーヴェは暫く顔を険しくしていた。
◇◆◇◆
夜空の下を歩く、ネクサスとアインハルト。隣同士、手を繋いで歩いている。
そう、試合が終わり、一同と分かれてからずっとだ。女性陣は皆、気まずそうな表情を浮かべており、ネクサスも頬をかいていた。
「あ、あの、アインハルトさん……?」
「…………はい?」
「その……どうかした?」
「いえ、何でも」
気まずい。実に気まずい。
言い出そうにも、中々口に出せない。恥ずかしいのだが、この手を握られているというこの現実。その余韻に浸りたいが為に、自らの邪な望みが、口を閉じらせる。
(アインハルトさんの手……柔らかいな)
格闘技を嗜んでいるとは思えないほど、綺麗で華奢な手。彼女の事情は、キバーラの話から、察している。
彼女には、傷ついてほしくない。その願いは、届く事がないのだろう。それほど、彼女が抱えているものは重い。
そうこうしている内に、家の近くに到着。
「あ、アインハルトさん……」
「何でしょうか?」
「僕……家が、こっちなんだけど」
「……あっ!」
漸く、ここに来て漸く、気づいたというのだろうか。手を握っているという事実に。
直ぐ様離し、頭を下げるアインハルト。
「す、すみません!全然、気づかなくて……」
「い、いや、気にしてないから……」
二人とも、顔を赤くし、そのまま黙ってしまう。手を握っただけでこの反応。実に初々しい。
「あっ、でも、夜中は危ないから、家まで送るよ」
「い、いえ、私は大丈夫ですから」
「いや、家の人も心配――――」
そこで、ネクサスは口を閉じる。
アインハルトは、一人暮らしだ。家には、誰もいない。失言だったと、慌てるネクサス。
「私は、一人ですから……」
「…………」
「今日は、付き合って下さり、ありがとうございました」
「…………」
「では、失礼します」
無理に作られた笑顔。頭を下げた後、踵を返す。その最中、表情が悲しみに変わるのを、ネクサスは見逃さなかった。
――――彼女の手を掴んだ。
「ネクサス、さん……?」
振り返り、目を丸くするアインハルト。
対するネクサスは、俯いている。
――――魔王と覇王は、会ってはならない。
その言葉を、頭の片隅に追いやった。
もう、黙ってはいられない。勇気を振り絞り、ネクサスは口を開いた。