【短篇集】明星の虚偽、常闇の真理   作:長閑

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弟が目を覚ました時の話
本編の十年と少し前の軸


薄明

 目を覚ました。

 視界に広がったのは真っ暗な闇。一瞬、自身がいる場所をあのゼロ領域と同質に感じ、咄嗟(とっさ)に身構えた。

 けれどそれは裏切られた。

 ここにはゼロ領域のような冷たく空虚なものはなくて、重く真っ暗であることは変わらないのに、どこか柔らかくてあたたかくて……“なぜか”と答えられないのに、やさしさのようなものを感じた。

 自身の両手に視線を下ろす。

 闇を照らす光はないのに、自身の身体はハッキリと見ることができる。両手、両足。間違いなく五体満足で胴体に繋がっていて、きちんと自身の意思通り動かすことができる。自身の髪を少し引っ張って視界に入れる。

 兄とは違う白色と兄と同じ赤色が混ざりあった髪。

 

――――僕は……ルウ。ルウ・ルレイスフォーン……

 

 自身の名前を思い出せる。

 

――――ウォルター……、ッ、そうだ、ウォルター……ッ、ウォルターは……!!

 

 兄の名前を思い出して、ルウは自身の最後(・・)のことを思い出そうとする。

 自身が滅びようとした(・・・・・・・)寸前、兄にはなんと言ったのだったか。兄はなんと言ってくれたのだったか。ウォルターはいまどこにいるのか? 自身はどこにいるのか?

 あのとき、ゼロ領域に精神を暴かれたルウは間違いなく死ぬはずだった。

 イグナシスの策略に嵌められ、ウォルターより一歩早くゼロ領域に落ち、彼が助けに来てくれたとき、ルウはすでに崩壊寸前だった。彼に……そう、彼に、なにかを言いたくて、伝えたくて……なにを、伝えたかったのだったか。伝えられたのだったか。

 思い出せない。

 

――――いまは、あれから……どれだけ経ったんだ……? ここは……

 

 ルウの身体は自由だ。拘束されているわけではない。真っ黒な空間の中にポツンと浮かんでいる。

 けれどこの場所は普通の場所ではないことは理解している。ゼロ領域のような様式をしているのに、ゼロ領域ではない。明確な光源もなく自身の身体を見渡すことができて、思考ははっきりしている。はっきりしていないのは状況だけだ。

 周辺はどうなっているのか? ルウがそう疑問に思い、周囲に視線を改めて巡らせると、周囲の闇がほどけるように揺れ、ルウの前方に映像を映し出した。

 荒野だ。青々とした草木一本ない、岩、砂、崖。どこからか、大きな機械が動く音も聞こえだし、吹きすさぶ砂塵を含む風の音も耳のそばを掠めていく。ツンと鼻の奥を焼くような痛みを錯覚し、思わず鼻を押さえた。

 ルウが荒野にいるわけではない。この視界が映し出した映像を、外部のなんらかの器官が拾い上げていて、あたかもルウが体感するようにこの闇の中へ伝えてきている。

 振り向いても同じ視点の映像だ。闇へ伝えてきている入力器官が見ているものを伝えてきている。

 

――――これじゃ現状把握にならない。もっと……そうだ、俯瞰的な視点で見れないのかな……

 

 視点が切り替わる。

 ルウの眼前に映る映像は、地面を上から見下ろすような視点だった。視点が切り替わると、代わりに音やにおいという情報は消えてしまった。俯瞰視点では、入力器官となっているものとは切り離されてしまっているということだろうと見当をつけ、そうしてルウは自身の眼の前に映し出された荒野の真ん中に横たわる人形(ひとがた)のなにかに視線を向けた。

 人形(ひとがた)のすぐそばには巨大な異形が転がっていた。山のように巨大なそれは、大量の体液を吐き出して地面に横たわっていて、ほぼ間違いなく生きてはいないだろうことが伺えた。

 改めて人形(ひとがた)に視線を向ける。分厚い真っ黒で無骨なスーツ、シンプルながらきちんとした意匠が彫られたヘルメット。スーツの胸部は引き裂かれ、布の隙間から多量の血を吐き出している。その余波か、ヘルメットのガラス部分は砕けていて、顔の周辺や地面にガラスが飛び散っている。割れたガラスの隙間から覗く装着している中の人形(ひとがた)の……いいや、人間の口の端には血が滲んでいる。その人間はか細い呼吸を繰り返していて、小刻みに胸が上下している。吹き荒れる風が、割れたガラスの隙間からヘルメット内部へと吹き込み、黒と赤の束を揺らす。

 ルウは息を呑んだ。

 

「ッウォルター!!」

 

 ルウが見下ろしている人物はウォルターだ。

 手を伸ばして触れようとするが、触れられるはずもない。突き抜けて地面に埋まりかけて、ルウは慌てて引き返す。ウォルターの横に膝をつき(・・・・・・)、いまにも死の淵から転がり落ちてしまいそうなウォルターの名前を必死に呼ぶ。

 

「ウォルター、しっかりして、ヤだ、死なないで……!」

 

 どうしてウォルターがこんな目に。

 自分が目を覚ますのが遅かったから? 自分がなにもできなかったから?

 自分が役立たずだから、ウォルターはいままさに命を潰えさせようとしてしまっているのか?

 

「い、嫌だ、嫌だ、ウォルター……!」

 

 眼の前の事象を、全身全霊を持って『拒絶』した。

 ルウ自身が、正真の異民として持つ絶対の異界法則。それは間違いなく眼の前の状況を打破する。

 はずだった。

 ルウの『拒絶』は弾かれている。

 そう感じた。この闇の中から、外に影響は露出していない。

 眼の前に(・・・・)いるのに。

 

「ウォルター! ウォルター!! ックソ、どうして……!」

 

 ルウならば救えるのに。この異界法則なら、ウォルターを決して損なったりしないのに。

 『拒絶』が通らない。

 

「ウォルター、目を開けて、僕を見て!!」

 

 直感でルウはそう告げた。

 ここが、あの視点がウォルターのものであったなら。ここが、ウォルターの『中』だというなら、ウォルターの認識が関わっているのではないか、そう思った。

 だから呼んだ。

 大声で、触れられもしない、いままさに眼の前で死を迎えようとしているひとを。

 命よりも大切な、大好きな、ただひとりの兄(ウォルター)を。

 

「ウォルター……ッ!!」

 

 

 

 

 耳を声に似た音が掠めた気がした。

 喉の奥からヒュウヒュウと呼吸が脆弱に音を立てた。

 死ぬ。そう思った。

 グレンダンに久方ぶりに現れた老生体は強敵で、決して外縁部には近寄ろうとしなかった。

 結果、エア・フィルターの外で戦わざるを得ず、ちょうどくじ引きで当たったウォルターが対応をすることになった。その結果がこれだ。老生体を絶命させたは良かったが、絶命寸前の最後の攻撃で深手を負いヘルメットを割られ、このザマだ。

 目的のために、自身の異界法則で中途半端に不老不死になりはしたが、それがどの程度有用か、未だに判明していない。蘇生までに時間がかかるのか、死にかけなのに死なないのか。

 ああ、とかく呼吸が苦しい。

 汚染物質が皮膚を焼き、肺を焼く。呼吸器官へと入り込んだ汚染物質が内蔵を焼く。身体の前面を割るように食い込んだ爪による損傷は内力系活剄で多少しのげるだろうが、グレンダンの救援が着くのはいつになることやら。

 以前、白炎都市メルニスクと学園都市ツェルニ、ツェルニ滞在中の事件をともに駆け抜けたディック……ディクセリオは、死ぬようなケガを負ったところで絶命することはなかった。

 この世界ができる前の錬金術師(アルケミスト)たちに作り上げられた、人工生命体。人造の人間。非道な実験の果てに生まれた価値のない物体の塊。

 それがウォルターだった。

 アイレインたちと亜空間を移動していた間にも、自律型移動都市に来てからも、ひどいケガを負ったことは何度もあるが、それでもここまで死ぬかもしれない状況に直面したのは初めてだ。

 ウォルターはディクセリオのように生き延びることができるかと聞かれたら、その答えは否だ。

 これで本当に死ぬのかと聞かれたら、答えることはできない。

 人間の寿命というものはとっくの昔に超えている。元々この世界の創生の前から生きていて、アイレインたちに会う前も長く生きてきていた。異界法則との兼ね合いもあって、身体が破壊されるだけで死ねるのか、ウォルターには分からなかった。

 

――――……こんなところで……

 

 ルウもまだ目覚めていないのに、四肢にはすでに力が入らない。

 ここに汚染物質さえなければ後詰の人間か、もしくはグレンダンの人間が来てなんとかなるだろうが、汚染物質に長く晒されて焼かれれば大体の人間は死ぬ。活剄を巡らせているが、現状では出血多量で先に死ぬかもしれない。

 アイレインとの約束も果たせていない。サヤとの約束も。

 結局、ルウを眼の前で失いかけたあの時から、ウォルターはなにひとつ変わっていないのだ。

 なにも、なにひとつ成長出来ていない。

 だからあの都市で出会った彼も死んでしまった。

 自分に関わったせいで、狼面衆に目をつけられ、死んでしまった。

 助けられたのに、助けられなかった。

 『箱』に収容したルウは目を覚まさない。

 死の刹那で救えたと思っているのは、きっとウォルターだけなのだろう。

 この『箱』に中にあるものは、(ルウ)だったものの残滓で、残骸で、遺骸なのだろう。

 また会えるはずもない。どれだけ待っても、目を覚ますはずもないものなのだろう。

 

(……ター……! ……ウォルター……!! ……!)

 

 耳元(・・)で待ちわびた声が響いている。

 ずいぶんと都合のいい走馬灯だ。願ったものの声を届けてくれるなんて。ゼロ領域ですら、マトモには叶えなかった。いや、あれはそういうものだった。

 どうでもいいことが漠然と脳みその中を回る。四肢の感覚は消えていくのに、肺を焼く強烈な痛みだけが身体に熱を持たせる。

 ウォルター・ルレイスフォーンという作り物の塊には、ふさわしい無様な死だ。

 ただひとりの家族(・・)すら守れず、友人の約束も果たせない情けない物質にふさわしい。

 

(……目を開けて、僕を見て!!)

 

 耳を打つ。痛みを訴える肺が、身体と思考を現実に引き戻す。

 幻聴ではないらしい、ということを痛みと気だるさにまぎれて脳が理解する。

 では、この声はどこから? 耳にではなく、まるで内部から響くような、頭に直接届くような、この待ちわびた音はいったいどこから……?

 

「……ル、……?」

 

 汚染物質で焼けた喉が吐き出した音はおおよそ言葉としての体裁を保てていなかった。

 けれど認識する。これは間違いなくウォルターの弟のルウだ。音は間違いなく、ウォルターの『中』からで、『箱』からだ。

 次の瞬間、身体の痛みが消えた。

 

 

 

 

 出血が多いことは、ウォルターを見ればすぐに分かった。

 けれどおそらくそれが一番の要因ではなかった。ウォルターはなにかしらの技術で傷を塞ぐ手立てがある。傷の大きさに対して出血が少ないことに気づき、ルウはそう思い至った。

 ウォルターはどうしてこんな厚手のスーツを着ているのか? ヘルメットを装着しているのか? どうして、ウォルターが倒れている場所はこれほど荒廃しているのか?

 昔ルウたちがいた亜空間は、資源枯渇によって元々人間が住んでいた地球が住めなくなってしまい、新たな居住空間を求め……そして、あらゆる要因が絡み合って生み出されたものだった。その亜空間の中には、大きな戦争をして結局亜空間をダメにしてしまった場所もあり、その際には凶悪な兵器が導入されたこともあった。

 目覚めたばかりのルウの知識に、この亜空間(・・・・・)の知識はない。

 けれど大地を荒廃させ、人間を『拒絶』する場所を作るかつての兵器のことはあった。

 毒ガス兵器。それに類似したなにかよって人間の身体が死ぬなにかがこの世界には充満している。

 そう考えた。

 だからルウはウォルターのケガの『拒絶』と、ウォルターを傷つけているものすべてを『拒絶』する領域を彼の周りに展開した。

 ルウの予想のすべてが的中したわけではなかったが、やろうとしたことは正解だった。

 実際ウォルターの肺を焼いていたなにかは排除され大量に血をこぼしていた傷はあっという間に消え失せた。

 

「……よかった……」

 

 茫然と言葉を零す。

 ウォルターを失うかもしれないと思った恐怖から震えた両手を握りしめ、ルウは深呼吸を繰り返した。

 状況が飲み込みきれていないウォルターも茫然と身体を起こし、自身の身体の傷があった場所に触れていた。

 

 

 

 

 

「……傷が……ない?」

 

 肺を焼く汚染物質の感覚もない。ウォルターの身体は、傷を負ったという事実すらなかったかのような状態。

 上体を起こして身体に触れて確かめる。間違いなく、傷跡はなくなっていた。

 この感覚には覚えがある。けれど……本当に? 本当にそうなのか、と疑ってしまう。実際にこの身で体感しているのに、突然のことで理解が追いつかなかった。

 

(……よかった、よかったよ……! ウォルター……!)

「……ルウ……?」

(うん、うん……っ! 僕だよ、ルウだよ……!)

「……ほ、……本当……に?」

(うん、そうだよ……!)

「……幻聴じゃなく……」

(ふ、あはは! 現実だよ、ウォルター。……僕もいま起きて、なにがなんだか全然わかんないんだけどね、えへへ、ウォルター、を、……助けれて……本当によかった……)

 

 姿は見えない。頭の中に響く音には間違いなく覚えがあった。懐かしくて、嬉しくて……ウォルターがずっと待ちわびていたものだった。

 ずっと待ちわびていたから、ウォルターが作り出してしまったなにかなのかとも思ってしまう。

 都合のいいなにかのように。

 

(……ウォルター)

 

 懐かしむように、噛みしめるように、ウォルターの名前を声が呼ぶ。

 

(……僕……ウォルターの話、聞きたいよ。僕が目を覚ますまでの、ウォルターのこと)

「……話……」

(この世界のことも、聞きたい。いまの僕にはわかんないけど、教えてもらえればウォルターのちからになれるし)

「……オレの、……」

 

 やわらかい待ちわびた声がウォルターの頭に響く。

 あの時のような、悲鳴にも似た声などではなかった。苦しさと辛さに満ちた声などでは決してなかった。

 ウォルターが待ちわびた、大切な家族(ルウ)の声だ。

 ただ聞いた音をそのまま返すだけになってしまっているウォルターに、ルウは優しく笑って声を出していた。

 

(ね、大丈夫。『拒絶』の異界法則、ちゃんと機能してるでしょ)

 

 そう言われて自身の身体を見る。

 そのとおりだ。この身体に、先程負ったケガはもう存在しない。自身の周囲に、汚染物質は存在しない。ガラスが割れて外気を直接取り込むヘルメットの中に流れ込んでくるのは、汚染物質のない、エア・フィルターの中と同じ大気だった。

 ルウの声も雰囲気はウォルターの脳の中で生み出せたとしても、『拒絶』の異界法則は“ルウ”でなければありえない。

 その異界法則こそが、ウォルターからは姿を見ることの出来ない、ウォルターの大切な存在が間違いなくこの自律型移動都市に現れた証明だった。

 

「……うん……」

(でしょ。これは僕だけのものだよ)

「……うん……」

(……ごめんね、僕、ウォルターを長くひとりにしちゃったんだね)

「そンなことは……、……」

 

 ない。気にしなくていい。どの言葉も心の底から伝えたかったのに、喉の奥で引っかかって出てこなかった。

 それを察したルウは『箱』の中で苦笑したような雰囲気を漂わせて、そうして細く息を吐く。

 

(ごめん。本当にごめんね。……でもこれからは、僕もいるから。遅くなっちゃったし、ウォルターにはたくさん大変な思いをさせちゃったし、……きっと……、……でも、これからは僕がいる。『拒絶』の異界法則は、絶対にウォルターの役に立つ)

 

 ルウは、いまのウォルターがなにを成そうとしているのか、なにを目的に動いているのかは知らない。けれどそれはルウにとっては些末な問題だった。

 

(……僕からしかウォルターのことを見れないから、きっと不安になっちゃうと思う。でも本当に僕だ。キミが生み出した妄想のなにかでも、脳の幻覚でもないよ。いまの僕にできる証明は、僕が有する異界法則の『拒絶』ひとつしかない。それでもこれは間違いなく僕しか持たないものだ)

「……ああ……」

(全部すぐに信じてって言うのは無理だと思うし、僕もそうだ)

「……うん……」

(ね、……ウォルター、話をしようよ。僕……あの亜空間でのこと、ウォルターに謝れてないから……)

「……ああ……」

 

 少しずつ実感が湧く。顔は見えないけれど、間違いなくルウだった。

 『箱』に収容する前も、会えなかった時間は長かったけれど。(ウォルター)(ルウ)もずいぶん変わってしまっただろうけれど。

 それでもウォルターには分かった。正しくウォルターの片割れであり、ウォルターの大切な家族だった。

 

「……ルウ……」

(うん。……なぁに?)

「……ルウと、また会えて(・・・)……、本当に、嬉しい……」

(うん。……僕も嬉しい)

「お前に……ルウに、話したいこと……たくさんあるぜ。いろんな亜空間で出会った人間の話とか、……この自律型移動都市の人間たちのこととか、……これからやらなくちゃいけないこと、とか……」

 

 ウォルターが最後の言葉を少し控えめに言うと、ルウは『箱』の中で声をあげて笑った。

 

(ウォルターは気にしなくていいのに! ……もちろん協力するよ。ウォルターのちからになれるなら、いくらでも手を貸す。……今度こそ、ちゃんと、正しく)

「……ありがとな……」

(ふふ、どういたしまして!)

 

 荒野の真っ只中に座り込み、ヘルメットを外す。深く息を吸い込んでも、ウォルターの肺を汚染物質が焼くことはない。荒野に吹きすさぶ風は決して穏やかではなかった。

 それでもこの分厚くて重たいヘルメットが濾過した空気よりはずっと清々しくて、ずっと呼吸がしやすかった。

 この世界を跋扈する危機の去った荒野は、未だ汚染物質で重たく濁った色の空の下にある。けれどそんなことは大したことではなかった。この世界も亜空間のうちの一つであるけれど、あのオーロラが埋め尽くす世界と比べれば、じゅうぶん過ぎるほどいい天気だった。

 背後から鈍く重たい音が聞こえてくる。ウォルターにはもう聞き慣れた槍殻都市グレンダンの足音だ。

 

(……なんかさっきからウォルターの聞いてる音拾うとさ、このでっかい音聞こえてるんだけど……この音なに? 近づいて来てるみたいだし……これ、大丈夫?)

「……ああ、大丈夫。いまオレが住んでる場所の音だ」

(す、住んでるところがこんな大きい音するの……? ええ、なんでとか色々あるけど、なんか不安だなぁ、大丈夫? 眠れてる?)

「大丈夫、案外慣れるモンだぜ」

(そうなの? ……本当かなぁ……)

 

 不安そうにというよりは、ウォルターの睡眠事情を心配した様子で『箱』の中で息を吐いたルウに力を抜いて笑う。

 グレンダンの方角から、ランドローラーの音が迫って来ている。もう間もなく、同じ天剣授受者であるデルボネが要請した救援が到着するのだろう。立ち上がり、音の方角へと視線を送った。

 

「ああ、案外な。……さて、ルウ。一緒に戻ろうぜ」

(……うん、そうだね! ウォルター!)

「戻ったら、とりあえず……しばらく休暇もらうか……。積もる話があるからな」

(いいね、そうし……、……待って、ウォルターは休暇もなく働き続けてたの? は? ウォルターのことなんだと思ってるの? そいつら?)

「お、おお、久しぶりだなその感じ……」

 

 そう口にしたウォルターにルウが、だってさあ! と憤った様子で大きな声を出す。

 久方ぶりのやりとりに、ウォルターは思わず笑った。

 

「っはは!」

(えっ? ウォ、ウォルター? どうしたの……)

「は、あはは……! ……ああいや、懐かしいなぁって……思って」

(……うん、そうだね、懐かしいね……)

「ああ、本当に……」

(……これからはずっと一緒にいるから、懐かしくなったりしないよ)

 

 グレンダンから疾駆してくるランドローラーを目視する。

 死の荒野でヘルメットを外して笑う天剣授受者を瞠目した救援部隊の人間が大慌てで加速してこちらに来るのを見ながら、ウォルターは笑って頷いた。

 

「ああ、……そりゃいいな、最高だ!」

 

 

 

 

 

 

 そうしてグレンダンに帰還したウォルターは、救援部隊の人間に現在のウォルターの状況について詰め寄られ、後詰めの真面目な天剣授受者に問い詰められて面倒くさくなって足早に王城に上がり、早々にアルシェイラに休暇を申請した。

 さんざん駄々をこねられ、文句を言われ、暴れまわられ。それをなだめになだめ、たまにキレそうになるルウをなだめ、アルシェイラをなだめすかして数日の休日を獲得した。

 ルウと夜遅くまでたくさん話をした。

 亜空間でルウと会うまでの旅路のこと。

 ルウが眠ってからのこと。

 この都市でのこと。

 そうしてベッドに寝転がり、カップに口をつける。ほんのりあたたかく、甘くてほろ苦いカフェオレが喉を通り抜けていく。カーテンの隙間から細く部屋へと刺さる光に気づいて、ウォルターは身体を起こしてカーテンを持ち上げ、外を見る。

 歪な地平の向こうから、煌々とした光線が放たれている。この世界にも存在する、朝を告げる巨大な光の塊。

 話をしながら、再び二人でいられる幸福を噛み締めながら、ウォルターとルウはかすかに歪む同じ薄明を見つめ、今日の朝食はなににしようか、と頬杖をついた。





 ルウのいる『箱』のイメージは全方向が画面仕様のコクピットのイメージです。
 現在のルウは『箱』の使い方を熟知しているので、基本は俯瞰視点にして、一部ウォルターと感覚器官を共有し周囲の音やにおいなどを感知したりしています。
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