夏が来る。
夏季帯が迫るにつれて、生徒たちはなんだかウキウキソワソワ、落ち着きなく忙しなく。
なんてったって夏が来る!
夏。学生にとっては特別な時期だ。ひと夏の思い出、青い養殖湖、美しい青春。
そう、アツアツな恋人の季節であった。……本当か?
真偽は別として、バンアレン・デイ後の学園都市では、夏季帯に向けて改めて恋人を獲得しようという動きが多々ある。
そして今季もまた、学園都市で自営している生徒たちも、それに乗っかってきた。
カップル向けの養殖湖でのイベント、お祭り、催し。様々な言い換えをしながら、収益を伸ばそうとする耳の早い学生経営者たち。
ターゲット層はもちろん一般教養科を始めとした全生徒だが、その中でも武芸科だ。
特に武芸科の小隊員たちは、一般教養科の生徒たちをはじめ、学園都市でも顔が知れていることもあり特に人気な生徒だ。小隊員の中でも活躍が多ければ多いほど、特にスターダムな人材となる。
「ウォルター先輩!」
以上のことから、小隊員であるウォルター・ルレイスフォーンももれなく対象だった。
「こ、これ……受け取ってください!」
緊張した様子で頬を紅潮させ、強張った身体でこぶりな箱をこちらに差し出してきている女子生徒。震える両手が握りしめている箱は、可愛らしいリボンで飾り付けされていて、女子生徒が一生懸命用意してきたことが伺えた。
ウォルターは今年、すでに三十以上の人間からこういった声がけを受けている。
若干、バンアレン・デイを引きずり過ぎではないかと思ったが、そういう流れの行事なのだから仕方がない。もちろん、プレゼントはなく、夏の養殖湖に一緒に行かないか、祭りに行かないかという誘いだけの声掛けもあった。
いずれにせよ、去年まではバンアレン・デイも夏季帯前の声掛け合戦も、女子生徒の中でも特に熱心な生徒のみからの声掛けだったが、今季のウォルターは色々な意味で一味違った。
廃都市でのことをがあってから態度が柔らかくなり。教室でもずいぶん対応がやわらかいと話題になり。
「あなたのことが好きです! 付き合ってください!」
イベントへ誘う、どさくさに紛れて告白してきたり。
いままで諦めていた生徒たちが、話題のせいで軒並み声がけしてきているのだ。
そっけなく返してはトラブルになるし、マイルドに返すとこちらの意志が伝わらずまたトラブルになる。その繰り返しに多々うんざりしながら、ウォルターは襟髪を触る。
……ということを追加数十回と繰り返し、ウォルターはこれ以上他の生徒たちに捕まらないように練武館へ、途中でウォルターの告白騒動に巻き込まれかけたハイア、ハイアと一緒にいて巻き込まれかけたミュンファと共に避難してきていた。
練武館には同様に訓練に来ていたニーナ、連れてこられたフェリ、シャーニッド、レイフォンがいた。ナルキは都市警、ダルシェナはディンの見舞いと、夏季帯であることもありそれぞれバラバラに活動している面々がこれだけでも集まれたのは久しぶりだ。
「それで、そのひとにはなんて言ったんですか?」
分かりきっている結末に興味はないが、たどり着く過程には興味があると言いたげな視線でフェリがウォルターに問う。
ニーナに頼まれ、練武館備え付けのキッチンでレイフォンが作ってきたサンドイッチを食べながら、ウォルターは視線をあげた。
「ン? 大したことは。『気持ちは嬉しいけど、交際は出来ない。他人の手作りは個人的な主義でもらえない』って全部言ってる」
「マイルドにでもハッキリ言っとくのは大事さね」
「まあ、ハッキリ言わねぇと諦めない相手は多々いるからな……。男も女も」
「シャーニッド先輩なにがあったんですか」
「聞くな。深くは」
「そンなに……。……小隊員として特集とか組まれたりするし、単純に見る機会が多いからってのが理由だろう。適度に知名度もあるしな」
「そうだな。バンアレン・デイにはわたしも……よく女子生徒たちに告白まがいのことは受ける……」
「あ~、なんか想定通りさ」
「ニ、ニーナさん、かっこいいですもんね」
「隊長は大変だなぁ」
軽く笑いながらサンドイッチを食べるウォルターに、ニーナが「そういうお前もこの夏は大変そうじゃないか」とここぞとばかりに言い返す。それをチラチラと見ながらレイフォンもサンドイッチを食べる。
「まあ、イオ先輩も見た目だけで言えば女子生徒たちに人気が出てもおかしくはありません」
「見た目ねえ。重要じゃないとは言わないが、言うほどか?」
「その“言うほど”は自分の容姿が整ってるか整ってないかの話か? お前で整ってないとか言ったらもう後ろから指されるぞ。ブスッとな」
「そンなにか」
「そんなにさ~。……まさかウォルター、自分の顔が整ってる自覚ないのさ?」
「……いや、うーん。整ってるか整ってないかで言えば、たぶん整ってる方なンだろうとは認識してるが……」
「そんな曖昧なんですか……」
「全都市の人間に刺されるぞ」
呆れ顔のハイアとレイフォン、もはやドン引きの域のシャーニッド、困ったように笑うニーナとミュンファ、あまり興味がなさそうなフェリ。
「なんか、グレンダンで一緒にいたヤツらが全体的に整ってるのが多かったから……」
『……ああ~……』
次のサンドイッチに手を伸ばしながら言うウォルターに、レイフォンとハイアが深く頷いた。
思い当たるだけでも、七名以上。いまは老齢となった天剣もいるため、かつての話も加えるのであれば、十一人全員。ところどころ、“身だしなみを整えれば”が付く人間はいるが、それでもだ。そしてもちろんグレンダンの女王、アルシェイラ・アルモニスもそうだ。よく整った、目を引く容姿をしている。
そう言われれば、分かる。
当時はそんなことを考えている暇がなくてそれどころではなかったが、あの面々の中にいたレイフォンも、確かに、と頷いた。
かくいうレイフォンは、自分の容姿が整っているなどとは微塵も思わないが。ついでに言うと、天剣の中にレイフォンの大嫌いな天剣がいるため、その件に関しては一切認めたくないし、そうだとは思わないが。
「つまりなんだ、超強い武芸者の天剣授受者は、容姿も天剣級ってことか……」
「なんか言い方嫌ですね」
「ウォルター、天剣の時代が長かったからあの辺りが基準になるとボーダー高そうさ~……」
「正直あのへんのヤツら基準にしちまうから、とびきり整ってないと思わないンだよな……」
「そんな弊害が……」
「レイフォンはどうだ? そういう感覚あるか?」
「えっ? ……いや、僕は……言われれば“確かにそうだったな”って思いますけど、僕自身が容姿がどうこうって気にしたことないので……」
「じゃあレイフォン、改めてウォルターの顔立ちはどうなんだ?」
「うわおいケチャップが」
勢いにまかせてニーナがウォルターの頭をキュッと動かしたので、ちょうどサンドイッチを噛もうとしていたウォルターの狙いが逸れ、サンドイッチを頬で食べてしまった。ニーナが振った話題には興味なさそうに頬についたケチャップをティッシュで拭うウォルターの顔を見ながら、レイフォンは大きめの口でサンドイッチを噛み、咀嚼した。
「いえ……ウォルターなので。整ってるとか、整ってないとか、そういう話ではないんですよ。僕は別にウォルターの容姿が整っていようといまいと別に関係なくてですね、」
「イエスかノーで済む話をダラダラと長くしゃべるさ~。おれっちはもちろんイエス!」
「そりゃどうも。アントーク、あンまオレの首固定するのやめろ」
「……、……、……ええ、ええ、まあ。強いて言えばイエスでしょうよ。僕も陛下を知っていますし、他の天剣の方も知っていますので、どちらの方が優れているとは言いませんが」
そっけなく言葉を吐くレイフォンに、ウォルターはサンドイッチを咀嚼しつつ視線だけを送る。
「僕には“どうも”とかないんですか!?!?」
「ン、いや、イエスで来るとは思ってなかったから……」
「なんで絶妙に自信がないんですか? ……そういう括りで言えば、整っているでしょうに。それこそ、他の天剣の方と並んでも見劣りしないと思いますよ。庶民ながら」
「そういうモンか……」
「……“どうも”とかないんですか!?」
元々、以前の世界で錬金術師に創り出された身であるが故に、どういう理由であれ、整っていると思われるのはそう創られたからだしな……と思っていたら、待っていた返答が来なかったレイフォンに非難される。
ニーナの手から逃れてサンドイッチを食べきり、もう一つ手に取る。
「そういうのは良くないですよ! 平等にどうぞ!!」
「あ? ああ、まあ、どうもな」
「適当過ぎる……!」
「言ってもらったんだから大人しくしとくさ~」
「ウォルターさん、元々あんまり興味なさそう……ですもんね」
「そうだな。わざわざもっとよくしようとか、必要以上に整えようとかいう気持ちはないな」
「これですよ……」
「お前、前のバンアレン・デイはともかく、今回は何回も告白されたんだろ? 一人くらいカワイイなって思う子、いなかったのかよ?」
シャーニッドにそう言われ、少し考える。
しかしすぐに頭を振った。
「全然相手の顔を覚えてない」
「ひどすぎる」
「ひどい」
「さすがにひどいだろう」
「らしいと言えばらしいですが」
「散々な言われよう」
「ウォルターらし過ぎるさ……」
自分以外の全員に「は~あ」みたいな顔で視線を向けられ、ウォルターはため息を吐く。
「矢継ぎ早に話持ち込まれりゃ、相手の顔見る余裕なンてほぼないだろうが。大体……恋愛とか? しようとか思わねぇし……。向こうだって、オレの戦績とか顔見て来てるだけなわけで。そもそも、一人も十七小隊みたいに馴染みってわけでもない。マトモに取り合うだけ無駄だろ」
ウォルターとこのひと夏の思い出を作ろうとする面々は本当に多かった。そしてかなり熱烈な勢いだった。
女子生徒に小箱を差し出されるたび、告白をされるたび。それに比例するように、『箱』の中でルウが相手を消すと言って聞かないので、そちらをなだめる方に注力しすぎて、相手の言ったことはほとんど覚えていない。
顔を見ていないというよりは、見る余裕がなかったというのが本当に正しい。
好きじゃないという話でいけば、十七小隊のことも、ウォルターへの態度という理由でルウは好いてはいない。
が、しかし、今回に関しては熱烈な告白をしてくる女子生徒たちと比べて、十七小隊の面々の方が断然マシだった。
そう考えていたところで、ニーナたちが沈黙した。
ウォルターがサンドイッチから視線をあげると、ニーナは緩みそうになる口角を手で揉んで堪えていて、レイフォンやハイアはじんわり嬉しそうな顔で視線を逸らし、ミュンファは嬉しそうに笑っている。シャーニッドはニヤニヤと笑い、フェリは気にした様子もなくサンドイッチを食べていた。
「……どうした急に黙って……」
「い、いや、まあ……まあな、ふ、ふふ」
「隊長、笑い方が気持ち悪いですよ」
「まあ気持ちは分かるけどな」
「……まあ、はい。まあ」
「ホント……や、これはたぶん言わない方がいいんさね……」
「そうだね……」
「なンだ本当に」
先程とは表情が多少違うのに、再び「は~あ」みたいな顔をされた。
手早く食事を終えたシャーニッドが席を立ち、ニーナがそそくさと自身の分の片付けを済ませて席を立ち。そうして次々と席を立つ中で、ウォルターは片眉をあげてサンドイッチの最後のひとくちを食べきる。
それを横目で見、片付けをしながら唯一残っていたレイフォンはこの話の初めからずっと気になっていたことを口にした。
「……あの、聞きたいことがありまして」
レイフォンに問われ、ウォルターは自身の分の片付けをしつつ問い返す。
どう言葉を始めようか悩んだ末に、レイフォンはもごもごと口の中で言葉を転がした。
「……その……、……サンドイッチ、は、口に合いましたか……」
「ン? ああ。いつも通り美味いけど、なンか?」
「……そうですか……」
「どうした、急に」
「……いいえ、特に……」
おそらく、多くの女子生徒たちの熱烈な告白を、ただ体よく断るための文言のチョイスだったのだとは思う。大した意味はなく、額面通りの言葉の受け取りでまったく問題がないのだと思う。
なので、本当に必要以上にウォルターの言葉を気にする必要はないはずだ。理解している。
それでも意味もなく気にしてしまう。
すでに片付けられてはいるが、レイフォンがウォルターたちに用意したサンドイッチのケースは、もれなく全員分きれいに空っぽになっている。
――――……まあ本当に、体の良い断り文句だったんだろうけど……
少なくとも、ウォルターが「まあいいか」と思えるくらいの関係の扱いをしてもらえているのかな……と感慨深くなりながら、レイフォンは「それなら良かったです」と返した。