【短篇集】明星の虚偽、常闇の真理   作:長閑

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夏季帯の間の話

・オリモブ出ます


スキル・オーバー・クッキーズ

 

「ウォルター・ルレイスフォーンくん!!」

 

 訓練後の反省中に、意気揚々と練武館に乗り込んできた男に全員がギョッとして扉側を見る。

 名前を呼ばれたウォルターを、知り合いか? という他メンバーからの視線にウォルターは頭を振る。

 

「ぜひ我々のモデルを勤めてほしい!!」

 

 用事を聞かれる前から答えてくれるだけ、まだマシか……という顔をして、ウォルターはため息を吐いた。

 

 男はロドリー・ディエクと名乗った。年次は五年。

 一般教養科の制服を着た男……ロドリーはニカリと笑い、大きなスーツケースを引いてきていた。

一般教養科には服飾の専攻があり、ツェルニの制服もかつてその服飾部門にいた方がデザインしたものになっている。彼もおそらくその流れに身を置く生徒なのだろうということは、少ない自己紹介でも十七小隊の面々には分かった。

 ひとまずロドリーの話を聞くためにベンチに移動した十七小隊を尻目に、練武館の床に大きなスーツケースを広げて膝をつき、中の大量の布地を漁る男の目は爛々と輝いている。

 それを気まずく見ながら、ウォルターは襟髪を触った。

 

「それで……なンだ、モデル?」

「そう!!」

「声デカ……」

「おおっと、すまない。……ンン、実はな、ウォルターくんは一般教養科の服飾部門で開催されるファッションショーのことはご存知か?」

「ああ、まあ……そういうのがあるってのは知ってるが」

 

 売り出そうとするデザイナーであればあるほど、周囲に認められる必要がある。自身のうちに秘めたものを籠もらせていては、さらなる洗練は得られない。互いに手掛けた服を評価しあい、ブラッシュアップを繰り返す。そのために服飾部門ではシーズンごとにファッションショーが開催されている。

 とはいえ、これは大きな催事などではなく、あくまで彼らの内々で行われているものだ。他の生徒たちも観覧しようと思えばできるが、ウォルターたちには縁遠いものであった。

 十七小隊で観覧に参加したことがあるのは、ロドリーの言葉に大きく頷いたシャーニッドだけのようだった。

 

「あれはいいねぇ! ファッションの詳しいことはおれも分からねぇが、目の保養になる」

「モデルの良さを引き立てるファッションも、我々にとっては重要なことだ! キミ、いけるね?」

「そうでもないぜ。だが前回の大トリの生徒の衣装はめちゃめちゃよかった」

「おお! ……ぼくの作品だよそれは……!」

「なんてこった! ありゃよかったな! 衣装の露出バランスがめちゃめちゃよかった、出せばいいってもんじゃねぇんだよな……!」

「顔が怖い」

「ウォルターが割と真剣に怖がってるぞ、そのあたりにしてやれ」

 

 シャーニッドとロドリーが盛り上がり始めてしまったあたりで、すでにフェリとダルシェナは興味を失った様子で息を吐いて立ち上がり、着替えに向かってしまった。

 ついでに席を立てばよかった……と思いながら、レイフォンはニーナにフォローされたウォルターに視線を向ける。

 

「……で、なンだ、オレにそれに出ろと?」

「そう!!」

「声デカ……」

「しかしまたなんでウォルターなんだ。もっと……モデルらしいヤツは一般教養科の方が多いだろうに」

「昨今のツェルニは、度々汚染獣の襲撃を受けているだろう。だからこそ、武芸科のイメージアップも兼ねて武芸科から打診を受けていてな、今回は大々的に行うことになった。……普段のぼくら服飾部門は、いかにファッション性を突き詰めるかということをメインに行っているので、そういうことは初挑戦だ。だが、挑戦なしに発展は存在しない! このビッグストームに乗らない手はない!」

「……前半と後半で職人気質とスポンサー欲しい欲が戦ってるさね……」

「まあどこも資金が潤沢ってわけではないからな……」

 

 デザイナーとして引き受けるという気持ちは本物だろうし、服飾部門として今後もご贔屓に……という気持ちも本物だろう。どちらが欠けても、いずれ立ち行かなくなる。ハングリーマインドはどこにでも必要だ。

 ハイアの言葉に唸るように頷いたニーナも同じだ。

 十七小隊はウォルター、レイフォンが来たことで戦力が膨れ、ダルシェナ、ハイア、ミュンファの参入もあり現在の小隊戦でも勝ち進んでいた。元々小隊員には一定の名声があるが、順調に小隊戦での功績をあげていることも相まって、大々的な催事に呼ばれても充分な名声がある。

 

「……でもそれなら十四小隊がいるはずさ~。あっちの人たち……なんだっけ、漆黒の三鬼神……? とかって、なんかそういう演出やってただろ? ああいう人の方がステージは向いてると思うさ~」

「確かに……あれ、中継で見ると華やかですごいよねぇ」

 

 そうハイアとミュンファに言われたロドリーは一瞬表情を硬直させる。そうして悔しそうな表情で俯くと、強めに拳を握りこんだ。

 

「……十四小隊……」

「どうしたんですか?」

 

 意味深に唸ってみせたロドリーに、レイフォンは首を傾げる。

 

「……十四小隊の衣装は確かに戦闘用だ。武芸科だから戦いで使えなければ意味がないからな。……元々のデザインはミ・ユーさんのデザインで、戦闘衣に落とす際のベースの仕立ては我々のチームが行わせていただいたんだ……」

「え!? そうなんですか!? だったらなおさら……」

「先手を取られたんだ!! 別のチームに!!」

「と、取られた?」

「我々がお声がけをするより先に、別のチームに申し込みをされてしまったんだ!! 致し方ない! 我々のことだけを優先してもらうわけにはいかない、当然だ!! 彼らはとても誠実だから、我々の依頼も受けたいが、引き受けると言った以上断ることも出来ないとのことで……! 当然だ!! 引き受けた以上、きちんとこなすのがプロというもの!! 彼らはプロフェッショナルだ!! 我々もそうありたいものだ!! そのせいで、引き受けた依頼の納期が超絶短くて血と涙と汗を垂れ流しながら引き受けたことを後悔しながら仕事をすることもしばしばだ……!」

「なんか怖い話も出てきちまったな……」

「あ、ああ、そういうことか……」

 

 元々十四小隊の小隊員だったニーナがようやく合点がいった様子で頷いた。

 ニーナ以外の面々は十四小隊のことはあまりよく知らない。知っていても、小隊戦での戦歴や武芸者としてのスタイルくらいなものだ。

 しかし十四小隊の面々を知っているニーナとしては、それだけ世話になった人間を不誠実に扱う人たちだとは思えず、大人しくロドリーの話を聞いていた。

 

「それは確かに仕方がないかもしれないな……」

「だろう!? ……彼らがチームの華やかさで勝つなら、こちらは一点突破!! そこでキミだ!!」

「うわびっくりした」

「本当にびっくりしてるぞ、ちょっとペース落としてやれ」

「キミほどの人材は一般教養科にもほとんどいない! こちらとしてもぜひ、ぜひに頼みたいのだ! 我々の中で勝敗が決まることではあるが、ツェルニの人々を楽しませ、催事を成功させる! それが一番の目的だ! そのためにもキミの助力を頼みたいのだ!」

「……そう言われてもな……」

 

 難しい表情で視線を逸らすウォルターに、ロドリーは愕然とした表情でよろめいて練武館の床に雪崩れた。まだ清掃の済んでいない床なので、かなり汚れがついているとは思うが、そんなことを気にする余裕もなくロドリーは床でのたうち回る。

 

「まさか……もうすでに声掛けを……!?」

「いや、それは受けてないが」

「だろうな」

「でしょうね」

「そうだよな」

「この流れでウォルターが受けてるって言ったら、おれっちたちがひっくり返っちゃうさ~」

「……あはは……」

「ンだコイツら。……オレ程度じゃどうにもならないだろ」

「……“オレ程度”!?!?!?」

 

 驚愕の表情で顔をあげたロドリーが上体を起こし、これで!? とあんぐりと口を開けて信じられないものを見る目でレイフォンたちに視線を見た。

 指されている部分が分からず怪訝に首を傾げたウォルターに、唸りながらロドリーは床に両手をついて項垂れた。

 

「原石が過ぎる!! これで!? 正気か!? これほどの顔と身体の造形よし、バランスよし、高身長の体幹よしが都市のあちこちに散らばってたらぼくたちは生きる価値なんてないだろうが!!」

「そ、そこまで悲観する必要はないと思うぞ……」

「この人、元々いた都市で超絶べっぴんさんたちに囲まれてたから、美の基準がめちゃくちゃ高いのさ~」

 

 ハイアの言葉に、ようやく容姿のことを言われているということに気づいたウォルターは「ああ」と頷いた。

 てっきり、モデルとして魅せる能力を求められていると思っていたので、どうも会話に齟齬があるなと思っていたところだった。

 ちょうど先日、夏季帯アツアツ声掛け合戦を受けて出た話題にウォルターは頭を掻く。

 言葉を受けたロドリーはというと、そういうことか……と険しい表情を浮かべつつも頭を振った。

 

「自信を持ってくれ、この都市でその造形よしと戦える人間は片手で数えられる程度だ。技術に関しても、我々のチームが指導できる。……頼む! 引き受けてくれ! もちろんお礼金も出る!」

「ボランティアかと思ってたら、ちゃんと報酬出るんさね」

「当然、労働力を提供してもらう以上きちんと報酬は用意されている。服飾部の方からではあるが、武芸科にもきちんと許可されている。優遇するというわけではないが、ボーナス的に小隊の活動費用として支払われる予定だ」

「……なるほど……」

 

 十七小隊は、このところ小隊戦で順位をあげてきているが、それでもトップの第一小隊と比べれば小隊として使用できる費用はかなり少ない。

 元々上流階級の出身であるからこそ、余計に日々その厳しさに打ちのめされているニーナがごくりと真剣な表情でウォルターを見た。

 その「できれば受けてほしい」と露骨に言う視線に再度頭を掻き、ウォルターは渋く視線を細める。

 

「……オレはそういうの向いてないンだが」

「仏頂面だもんな……」

「エリプトン先輩が出てもいいんですよ」

「なんでそう言うときだけ流暢なんだよお前は! おれじゃ意味がないだろ、お前がやるからみんな見たいんだろうが」

「……そうか?」

「“そうか?”!?!? そこで疑問形になることないだろ!!」

 

 二人のやり取りに少し考えた様子で顎を摘んだロドリーは、この場にいる十七小隊を見渡して……そしてミュンファを見た。

 

「キミ、キミも出ないか!?」

「……えっ!?」

 

 食いつくように声をかけられたミュンファが目を丸くし、隣に座っていたハイアの方へ軽く身を寄せる。隣のハイアも大きく瞠目してロドリーを凝視していた。

 

「ウォルターくんとキミが並ぶとバランスがとてもいい! 最高だ! その雰囲気! 容姿、武芸者!! 我々の用意している衣装にピッタリだ! 素晴らしい!! ぜひどうだ!?」

「あ、え、えぇ……? ……わ、わたしは……」

 

 混乱した様子でミュンファの視線がハイアに向けられる。視線を向けられたハイアはというと、困惑を隠しきれない様子でまばたきを繰り返し、グッと口を閉じて視線を逸らした。

 

「……ミュンがやるってんなら、おれっちに止める資格はねぇさ~」

 

 ミュンファはハイアの幼馴染であり、ハイアが初めて教導することになった団員だ。

 けれどすでにハイアは傭兵団の団長ではなく、ミュンファも団員ではない。旅の同行者で、ハイアの幼馴染で、友人で……ロドリーの申し出はハイアにとっては非常におもしろくないが、それでも引き止める権利はハイアになかった。

 

「う、うう……」

 

 唯一の味方になるはずだったハイアがミュンファに権限を託してしまったため、ミュンファはぎゅっと両手を握りしめて泣きそうな顔になってしまう。

 そうして何度も呼吸を繰り返したところで……ギュッと表情を引き締めた。

 

「わ、……わたしには……あの、荷が重くて……。人前に出るのも、苦手……で……」

「そこをどうか……! ともにツェルニを盛り上げて欲しい!」

「ま、待て待て。わたしだってツェルニが活気づくなら嬉しいが、しかし本人が嫌がっていることを無理にやらせるのはな……」

「……わたしは小隊の訓練を嫌がっているのですが?」

「フェ、フェリ。……そ、……それは……それだ……」

 

 シャワーと着替えから戻っていたフェリが、錬武舘の入口で鋭くニーナを睨みつけていた。

 その鋭さに視線を逸らしながら、ニーナはできる限り身体を小さくして俯いていく。隣でフェリに問い詰められているニーナを見ながら、ウォルターは「ふむ」と顎に手を当てた。

 

「……アントーク、お前は小隊にボーナスが入るならやってほしいンだよな」

「き、金銭が目的のような言い方はやめろ。わたしはツェルニのためにだな、」

「ああそういうのいいから」

「お前な……」

「だったらお前がやればいいだろ」

「……は?」

「おお、そりゃそうだ。言い出したのは隊長だからな」

 

 ニーナを指すウォルターと、名案とばかりに手を打ったシャーニッドに、ニーナは信じられないとばかりに目を剥いた。

 

「な、なぜだ!? それならフェリやダルシェナ先輩の方が向いているだろう!?」

「オレに出てほしいのはお前だし、一番助かるのもお前だろ。……オレだけに労働させたボーナスを小隊に全還元っていうのもな~」

「うぐ……」

「……それもそうさね~、ウォルターだけ労働して小隊に報酬ってのも、隊長さん的には体裁が悪いんじゃないのさ~?」

「うぐぐ……」

「そうそう。武芸科イメージアップなら、小隊員だって増えるかもしんねぇしよ。結果的にプラスになるだろ」

「ぐうう……」

 

 ここぞとばかりにウォルターの言葉を援護するシャーニッドとハイアに、今度はニーナが困惑して視線を泳がせ、そうしてレイフォンを見たが……やや瞠目すると、レイフォンはそそくさと視線を逸らした。

 

「ンじゃ決定だな」

「なっ!? ……お、お前こそ、モデルをやるでいいのか。一番……嫌がりそうだが」

「十七小隊として……というか、アントークとしては、ツェルニのメリットになるなら引き受けるンだろ?」

「っそ、……それは、そう……っだが……!」

「なら腹括れ。なぁに、ひとりじゃ心細いンなら手伝ってやンよ」

「……ウォルターお前な……!」

 

 さり気なく主役から脇役で移動したウォルターを睨みつけながら、ニーナは唸る。

 ロドリーが反対する様子はない。ウォルターはステージに立つ、催事は盛り上げられる、武芸科のイメージアップにはつながる。多少テーマの変更はあるかもしれないが、ロドリーが反対する必要はまったくなかった。

 腕を組んで唸り、頭を悩ませ……ニーナは意を決して頷いた。

 

「いいだろう。十七小隊としてその依頼、引き受けよう」

「なんかおれらも巻き込まれたか?」

「当然だ! 相手はあのシン先輩だ。全力で当たらねば失礼というもの! そうだなレイフォン!」

「えっ!? えっ、は、はい?」

「よしお前も参加だ!!」

「ええ!?」

「いや、我々の枠は二人までの枠だからそれは無理なんだ、すまない」

 

 無慈悲なロドリーの言葉にニーナが絶句し、ウォルターは肩を竦めて笑った。

 

 

 

 

 

 

 ということで一通りのレッスンを受けたウォルターとニーナに待ち受けていたのは、本番より先に撮影だった。

 

「さ、撮影……」

 

 緊張した様相でロドリーを見たニーナのつむじを見、それからウォルターもロドリーを見る。

 

「参加する生徒たちに配るパンフレット用の写真だ。衣装の調整は済んでいるから、二人とも着替えてきてくれ」

 

 そう言うと、ロドリーはカメラを始めとした機材の準備を班員とともに始め、狼狽えているニーナのことには気づいていない。

 両手を握りしめたまま立ち尽くしたニーナは、いまになって事態の大きさに慄き始めている様子だった。

 

「……大丈夫か」

「だ! ……だ、だだ、大丈夫だ。ああ、もちろん。大丈夫だ。大丈夫大丈夫……」

「本当かよ。あンま無理そうなら……」

「大丈夫だ! だ、だい、大丈夫だ……」

 

 機械のように同じ言葉を繰り返し、ぎこちない動きで更衣室に向かう背を見送りながら、ウォルターは頭を掻いた。

 

 そして戻ってきたニーナは、大丈夫すら言えなくなって戻ってきた。

 

「……こ……、……こ……」

「鶏か?」

「失礼な!」

 

 反論のために一瞬自我を取り戻したニーナだったが、腕を振ったことで自身の状況を思い出し、再び放心する。

 普段のニーナは、黒を基調とした動きやすさ重視のスポーティな服装が多い。そうでなくとも、装飾は最低限、質素過ぎず、簡素ながら質の良いシンプルな服装が多かった。

 それがなんということでしょう。

 首元から胸元までを覆うぎっしりとした厚みのあるプラストロン付きのふわふわのやわらかい生地、大きなリボン。数枚のパニエの入ったボリューム満点なスカート、袖、裾、胸元のふりふりひらひらフリル。いつもはピンと跳ねている髪もきれいに整えられ、肩ほどまでのヘアーエクステンションでアレンジを加えられた髪には、薄く繊細な造花のアクセサリーが添えられている。靴はつやつやの厚底ヒールで、服とは対照的に最小限の意匠が施されたものだった。メイクまで施されて、傍目から見れば……上流階級のお嬢さまというか、フリルたっぷりのゴシックロリータのような。

 さすが、体幹はあるので歩くことに支障はなさそうだが、現状を受け入れきれないらしいニーナはいまにも倒れそうな顔色だった。

 なんともまあ……女の子らしく仕上げられてしまって。

 それが素直なウォルターの感想だった。

 『箱』の中で大笑いするルウに内心苦笑しながら、ウォルターも自身のセットを崩さないように頭を掻き、すぐ側にあった姿見を見る。

 ウォルターはというと、そう大して華美なものではなかった。

 ひとくちに言ってしまえば、豪華な装飾品が数点だけつけられた、大変質の良いスーツ。

 槍殻都市グレンダンで着ていたスーツのことを思い出す。アルシェイラに「いいから買え」と言われて渋々買い、王城でなにかがあるたびに着てこいと言われて着ていた、王家の人間の前に出ても恥ずかしくない仕上がりのオーダーメイドのスーツと、ハイアとヴィートに金額を見せたらひっくり返られた金額の装飾品が数点。そういえばあのスーツは、グレンダンの外縁部に突如現れた老生体の対応をした際に色々あって汚れてしまったので捨ててしまったな、ということをぼんやり思い出した。

 グレンダンでも着ていた覚えのあるタイプの衣装に、ウォルターはニーナへ視線を戻す。

 相変わらず硬直した様子で狼狽えているニーナが、「どう考えてもこれはミュンファだった……」と呟いている。

 ウォルターにそういった感性はないが、確かにミュンファのやわらかい感じと、ふわふわな服装はあうのか、と思った。

 例えるなら、シフォンケーキと生クリームのような。

 そう考えると、いまのニーナの状況は……いささか、そうとは言えないような。クランチクッキーに添えられた生クリームのような。合うには合うが、なんだかミスマッチのような。もっと合うものがあるのでは、と思ってしまうような。

 確かに、この衣装の準備をしていたら、あのメンバーの中からミュンファに声をかけたロドリーは英断だっただろう。

 ニーナも決して似合わないわけではない。

 それこそ、黙ってお澄まし顔でもしてシャンと立っていれば、それらしく見えるものだが、しかしウォルターたちやニーナ自身が“ニーナ・アントークはこういう格好をしない”と考えているための違和感だった。

 

「笑うなら笑え……」

「……いやまあ、笑ったりはしないが」

「笑ったっていいんだぞ……」

「それはそれで怒るだろ、お前。……まあ、お嬢さまみたいだぜ」

「……お世辞はいい。分かっているさ、ははは、わたし自身が一番な。女性らしくてふわふわで、庇護欲がわくような……、そうだな、ミュンファや……レイフォンの同級生の子のような、彼女らの方がな……」

 

 遠い目で言葉を零すニーナが現実を振り払おうとしているのか頭を振る。ヘアーエクステンションの毛先が控えめなグロスがつややかなニーナの唇に張り付く。それを軽く取り払ってやりながら、ウォルターは自身の顎を摘む。

 

「……ディエク……」

「……ああ、きっと同じことを思っているね」

 

 もっと似合う服装、あるだろう。

 というかこの状況、どう考えても想像できたろう。

 

(アッハハハ!! 似合わな~~~!!)

(……ルウ、本人一番ダメージ食ってっから……)

(アハハ、アッハハ、アハハ! はーアハハ! そうなんだけどさあ、あ~あはは、も~お腹痛い……ッフ、笑わせないでほしい、んだけど……ンッフ……んふふ、あはは!!)

(楽しそうでなによりだよ……)

 

 それはもう楽しそうに大爆笑するルウに、珍しいな……と内心少しほっこりしてしまって、意味もなく咳払いをしたウォルターは、ロドリーに向き直る。

 

「それで、どうするよ。パンフレット撮影はもうしなくちゃなんだろ?」

「撮影タイミングも限られているからね……、ひとまずウォルターくんの撮影を済ませてしまおう。その間にぼくは……」

 

 大きなスーツケースをいくつも広げたロドリーは班員に声をかけ、手早く折りたたみ式のテーブルの上に箱をいくつも広げていく。

 そのうちの一つの箱を手に取り、裁縫道具を手に取ったロドリーは覚悟を決めた顔でニーナを見た。

 

「こちらを仕上げる」

「職人の顔をしている……、……まあ……なンだ、アントーク、頑張れよ」

「な、ウォルターお前、わたしを見放すな!」

「見守ってるぜ、そのへんから」

「物は言いようとはよく言ったものだな!!」

 

 貴様~ッ! と叫んだニーナに背を向けて、ウォルターは別の班員の指示に従って撮影スペースに入った。

 

 そうして戻ってきたニーナは、感動した面持ちで戻ってきた。

 

「ウォルター、どうだ!?」

「……おお」

 

 感動と興奮で弾けたテンションのまま、ニーナがウォルターに詰め寄ってきた。

 上半身のひらひらふわふわの量と、布地のフリルの量は減らされて、首元から胸元を覆うベースの布地はそのままに、胸元を厚く覆っていた布のほとんどが取り払われ、首前と首後ろを覆う身頃を残し、袖の部分を首の付け根から脇の下当たりまでカットされていた。先程まではその上に、これまたふわふわの生地で出来たカザカン型の上着を着用していたが、いまはつやりとしたボレロタイプのシアー生地のレイヤードに変更されていた。

 スカートに入っていたパニエは抜かれ、武芸者らしい、腰から足までをみせるしっかりとしたラインがマーメイドドレスを思わせる。大きなスリットが入っていてタイツに覆われたしっかりとした太ももが時折視界に映る。

 足元も、先程ニーナが履いていた厚底のヒールとは違い、セパレートタイプのパンプスになっていた。つま先の尖った形状が、なんだかフェリに履かせたらレイフォンが泣きそうな靴だな、と思いながらニーナの服装を頭の先からつま先まで見る。

 なんだか全体的に、先程とは打って変わって控えめながら引き締まった本人のボディラインが如実に出ていて……なんだか、なんだか。

 

「……ええと……」

「に、……似合わないか」

「いや、……じゅうぶん……ああ、似合ってンじゃないかとは思うが」

「どうして言葉尻に疑問が残るんだ」

 

 ニーナ自身も、まさかウォルターから手放しの称賛が返ってくるとは思っていない。

 しかし先程まで、違う意味で窮屈だったニーナは開放感に満ち溢れていて、ウォルターがひとり撮影している間の短い時間にここまでを仕上げてくれたロドリーたちの腕に大興奮だった。

 それに対してウォルターはニーナを見つめ、顎を摘む。

 

「その……、そのタイプはいいのか」

「“そのタイプ”とはなんだ?」

「……や、まあいいや。お前が満足してンなら」

「なんなんだ……」

「まあ、その調子で撮影もうまくやれよ」

「……むう」

 

 衣装の出来栄えに撮影のことをすっかり忘れていた、と言わんばかりのニーナにウォルターは苦笑する。なんのためにその衣装を着たと思っているのか。

 ウォルターの言葉に緊張が戻ってきてしまったのか、先程までのキラッキラな笑顔はどこへやら、強張った表情で顔を顰めてしまった。

 

「……そう緊張すンなよ。わりとすぐ終わるぜ」

 

 ウォルターの言葉通り、ニーナがひとりで被写体となる時間はすぐに終わった。

 撮影テーマが若干変更したことにより、ニーナは被写体として、カメラの前でお澄まし顔をしてシャンと立っていることが要求され、ほとんどを引き締まった表情で撮影を終えた。

 しかし問題はそのあとだった。

 ウォルターとニーナのペアでの撮影だ。

 こればかりはロドリーの“ゆるくでも笑顔のショットがほしい”という要望があり、ひとりでの撮影のようにはいかなかった。

 何度か撮影にトライするも、ニーナは笑顔をと言われるとどうしても強張ってしまい、ギチギチとぎこちなく表情筋を動かしてしまって何度もボツをくらっている。

 武芸と同じだ、同じだ……と自身に言い聞かせてみるものの、身体を動かす全身運動と、表情を動かしてポーズを決めて、ということは似ているようで仕様が違うため、ニーナはひたすら手こずっていた。

 

「ぬう……」

「うまくいかないな」

「……すまんな、わたしさえうまくできていれば、お前はもう帰れていたろうに」

 

 ウォルターは単に『大変だな』くらいのニュアンスで言葉をかけたつもりだったが、それを『何度やっても上達しないな』ととったらしいニーナは表情を曇らせた。

 いまのところ、ウォルターはロドリーからボツを食らっていない。

 ペアでの撮影で指摘されるのはニーナの表情やポーズのことばかりだ。撮影側もニーナを和ませるため様々な手を打ってくれている――若干赤子の撮影会のようだなと思ったが黙っておいた――が、それも大した効力は出ていなかった。

 一度休憩しよう、という提案を受け入れたウォルターとニーナは、ロドリーの班員が撮影スペースに置いてくれたハイスツールに腰掛ける。ほぼスペース内の立ち位置そのままにおかれたハイスツールに腰掛けて、ほんの少しひとごこちついた様子で息を吐いたニーナに、ウォルターはハイスツールのフットレストに右足をかけて、軽く頬杖をついた。

 

「まだ緊張すンの?」

「む、むう。その、……うむ……」

「まあ慣れてないことだろうしな」

「……お前は慣れているのか? あまりそうは思えないが……」

「こういう仕事という意味でなら、お前と大差ない。……が、グレンダンの方では王城で仕事もしてたし、天剣としてパーティの出席もさせられてたからな。一通りは嫌でも覚える。下手打つと政治問題になることがあるかンな」

「なるほど、そういう感じか……」

「……お前は、実家の都市でそういうの出てなかったのか」

「その、……察しのとおりだ」

「ああ……」

「その顔はやめろ」

「まあ、らしくていいと思うぜ」

「言うな……」

 

 気まずそうなニーナの視線にウォルターは苦笑する。

 そうして視線を逸らし、少し考える。結局、カメラを意識しすぎているのが緊張に繋がっているのだろうな、と。

 ウォルターは視線をニーナに戻して、ふ、と息を吐いてかすかに口角をあげて見せた。

 

「……ンなら、これが終わったら技のひとつでも教えてやろうか」

「ほ! 本当か!?」

「ああ。鉄鞭で知ってる技はオレも少ないが、まだもう少しある」

「……、……ふふ! 楽しみだな!」

 

 心底嬉しそうに、両手を握りしめたニーナが表情を緩めてみせる。それに薄く笑い返すと、スペースの向こうからシャッター音が連続で鳴り響いた。

 それに気づいたニーナが硬直し、カメラとウォルターを交互に見て、そして険しい表情でウォルターを睨んだ。

 

「だ、騙したな!?!?」

「なンも騙してないぜ。ただまあ、思ったより効果があってちょっと面白かったが」

「っお、お前……!」

「技は教えてやるよ。ご褒美にな」

「お……おま、」

「ッ素晴らしい!!!!」

「声デカ」

 

 ロドリーが大声をあげて拳を突き上げた。

 それに驚いてウォルターがロドリーを睨むように見たが、本人は気にした様子もなく手を叩いて涙を流している。

 

「信頼と安心の表情! 自然にはにかんだ表情!! 素晴らしい!!」

「ポージングはいいのか」

 

 ハイスツールに腰掛けてはいるもの、上半身はいまにも駆け出しそうなポージングだったが。

 ウォルターの言葉に、ロドリーの背後で「確かに……」と言いたげな班員を大げさな両腕の動きで制した。

 

「ポージングだけがすべてではないのでな! まして、この学園都市ツェルニの小隊長だ、今年は武芸大会もあり幾度も小隊戦が行われた関係も相まって、多くの生徒たちが十七小隊の面々については存じているだろう。……だからこそだ!」

「声デカ」

「我々はテーマに縛り付けられ踊らされていた哀れな創作者であった……! すべてを型にはめるべきではないだろう! 昨今のアニメイションには清楚だけのキャラクターではなく、美しさと強さを兼ね備えた魅力的なキャラクターも多く存在する! ウォルターくんとのバランスを考えて仕様を整えていたが、方針の変更も衣装の変更も大正解だ!! すべての計画がうまくいくわけではない! やりたかったことがすべてできることなどない! だが、最終的に想定していた以上の『至高』に出会えることもある!! ああなんて素晴らしいんだ創作活動!!!! 生きててよかった~~~ッッッッ!!!!!!!」

「……な、なんだか分からないが、とりあえず……うまくいったということで、いい……のか?」

「いいンじゃないか、喜んでるみたいだし……」

「大喜びだとも!! 嬉しすぎてハグして飛び回りたい気持ちだ!! ぼくが五歳児だったら飛び回って床でのたうち回って大の字で転がっているところだぞ!」

「勢いの感覚的にはもうしてンだよな……」

 

 ハフハフと興奮した細身の大型犬のように床を指すロドリーに苦笑し、ウォルターとニーナは顔を見合わせて息を吐く。

 再びシャッター音が響く。ロドリーの意図ではなく班員の判定らしい。

 不意を突かれた再度の撮影にニーナがギシリと緊張する。その、カメラを覚えているようで忘れてしまうのはなんなんだろうなと思いつつ、ウォルターは力を抜いて笑った。

 

(この男、超絶うるさいけどウォルターのいいところ引き出してくれて、まあ悪くないね)

(嬉しそうだな……)

 

 大好きなウォルターが褒められて悪い気はしないらしいルウはご機嫌に頷いた。

 必要以上に突っかかってくることもなく、嫌味な態度もない。そう考えれば、ルウが毛嫌いするタイプではないことは察するに容易い。

 

(僕がデータをもらえないのが悔しいくらいだよ。僕もウォルターのところだけパンフレットほしいのに)

(オレがもらっておくよ。サンプルくらいは手元に来るだろ)

(やった~! 一緒に見ようね)

(ああ)

 

 やはり嬉しそうに『箱』の中で両手を上げて喜んだルウに内心で笑みを浮かべながら、ウォルターは再び緊張してしまった隣のニーナと、カメラの横で大興奮のロドリーと班員たちを見る。

 ウォルターが目指している目標に対する計画は多々変更されている。

 最初期に立てた予定などとうに狂っていて、もはや初期の予定との整合性など取れていない。

 それでも最後に勝つ。勝たなければならない。

 勝利して、そう、この変更ばかりの予定の果てに、想定していた以上の良いエンディングを迎えられるように努力するしかないのだ。

 こうして関係ないところで生きている人間のほうが、それをよく分かっているのがなんだか皮肉にも思えて……ウォルターは少しだけはにかんだ。

 それに気づいたニーナは、理由もわからないのになんだか嬉しくなってしまって、つられてはにかむ。

 それを再度激写されて、大興奮のロドリーの声量にウォルターとニーナはまた苦笑をこぼした。

 

 

 

***

 

 

 

「集まったな」

 

 神妙な表情のニーナに、レイフォン、ハイア、ミュンファは内々に呼び出され、カフェの隅の方の席に座っていた。

 ウォルターとニーナが参加することになった催事は無事に行われ、パンフレットも発行された。

 催事の当日は、十七小隊の他メンバーも観覧席にいた。

 その時のレイフォンたちが案内されたのは、関係者が座れるステージの全体が見渡せるいい場所で、シャーニッドが喜び、ハイアとミュンファがウォルター──とニーナ──が現れた時に大きめの歓声をあげたのがレイフォンには印象的だった。

 フェリ、ダルシェナ、レイフォンは場所にも催事にもあまり感慨はなく、レイフォンに関してはすごいな~と他人事のように──他人事ではあったが──思った程度だ。

 二人の前にステージに上がった(格好と設定が)新生十四小隊の盛り上がりは凄まじく、彼らに比べると、そうした人気の少ない十七小隊の盛り上がりは──色めいた一部の生徒や無骨なファンは別として──劣るかと思われたが、ウォルターとニーナは意外にもきちんとパフォーマンスのプランを組んできていて、武芸者らしく剄を使用した技による演出だった。

 レイフォンはそういったことに詳しくないが、グレンダンでもそういうことを主軸にして戦う武芸者はいたし、派手な技で会場を盛り上げる天剣授受者の化練剄使い、トロイアットなどはその部類に入っていただろう。

 錬金鋼を復元するタイミングと復元光すらも演出として取り入れられていた。ウォルターの剄弾が上空で弾けて観覧席には光が降り注ぎ、ニーナは鉄鞭を用いずにウォルターの剄弾に自身の剄技をぶつけて火花を散らし、会場に花火のような演出を加えた。

 結果的に大盛況で催事は幕を閉じた。

 にも拘らず、神妙な表情のニーナは三人――レイフォンとニーナが並んで座り、正面にハイアとミュンファがいる――を呼び出し、テーブルの中央には先日配られたと思しきパンフレットがソッと差し出された。

 しかしレイフォンはそのパンフレットに違和感を持つ。

 パンフレットは観覧席に入ったレイフォンたちにも配られた。表紙を大々的に一般教養科の女生徒二人が飾っていて、裏面は十四小隊が占めていた。

 しかしニーナが差し出したパンフレットの表紙にはウォルターとニーナがいて、パンフレットの中を読んだレイフォンも見覚えのない、二人がハイスツールに腰掛けてはにかみ合う写真だ。

 二人を知らない人が見たら、恋人だと勘違いするような。

 パンフレットを穴が開くほど読み込んでいたハイアが、ジッと表紙を凝視して首を傾げる。

 

「この写真……、……前回のパンフレットでは使われてなかったヤツ……さね?」

「わたしも見た覚えない……と思う……から、きっとそうだと思う」

「……僕もです。隊長、これは?」

「このパンフレットは、催事の後に発行されたものだ。……催事後、服飾部の中でお互いの評価をし、表立って点数やランク付けというものは書かれていないが、ランキング付けした結果……、発行されたのがこのパンフレットだ。こちらは基本参加した服飾部の班員用だが、ロドリー先輩がわたしとウォルターにも、渡してくれたのだ」

 

 ほう、とレイフォンも頷く。

 会場の全体的な盛り上がりでは、やはりパフォーマンス慣れしている十四小隊に軍配が上がっていたように思えたが、服飾部では会場パフォーマンスだけではなく、衣装の出来やデザイン性なども複合的に評価したということだろう。

 そして、その結果が……

 

「……隊長と、ウォルターが一位だった、と……?」

「……ページの占有率と順からして、おそらく……」

「褒められるのはいいことだと思うさ~。なのになんでそんな神妙な顔なのさ?」

 

 いい写真なのに、と呟くハイアは、おそらくウォルターの表情のことをメインに言っていて、この恋人のように思えてしまう写真のことを言っているのではないのだろうな、とレイフォンは思う。

 

「それでこれが?」

「……いや、これはまあ、中身が……」

「で、でも……皆さんで撮影したものが掲載されている……んですよね?」

「ああ。だが一位から三位までは……オフショットというものも掲載されていてな……」

「それがなにかあんのさ?」

「……いや、なんでもない。わたしもまだまだ修行が足らなかったということだろう」

「どうしたんですか隊長……」

 

 レイフォンの苦笑いに、ニーナは頭を振って「ともかく」と言葉を繋いだ。

 

「パンフレットの件はまあいい。本題はそこじゃないんだ」

「明らか本題みたいな顔してたくせに違うのさ?」

「ち、違うんだ。お前たちを集めたのはそれとは別件で……、……お、お前たちは、ウォルターと関わりが多いだろう。槍殻都市グレンダンで……以前から関わりがあるはずだ」

 

 話の意図が読みきれず、レイフォンたちは顔を見合わせる。

 そうして一番初めに口を開いたのはハイアだった。

 

「……あの人が傭兵団に来たのもたまにな話で、正直あんたが思ってるほどの関わりはないさ~。そりゃ、よく前団長について行って手合わせなんかはしてもらってたけど、いつも会話とかすることなく手合わせだけして解散だったさ~」

「わ、わたしも……ハイアちゃんと一緒にいるとき、時々お話をすることはありましたが……、これといって、すごく関わっていたというわけでは……」

「僕もです。僕は天剣授受者決定戦で戦って、天剣をもらって……その後は、全然。王宮で時折見ることはありましたが、好き好んで関わろうとは……当時は特に思いませんでしたので」

「……そ、そうなのか……」

 

 少々落胆した様子で考え込んだニーナに、三人は再び顔を見合わせる。

 そしてハイアが若干ピンと来た表情になり、ニーナを指した。

 

「あんた、ウォルターのことが聞きたいのさ?」

「……そういうこと、では、あるのだが……」

 

 ニーナは口ごもる。聞きたいなら聞きたいことを言えばいいのに、と思いながらレイフォンが首を傾げていると、ハイアは「ははーん」と言って自身の顎に手を当てた。

 なんだか、レイフォンはそのハイアの表情がくだらないことを考えているように思えて顔をわずかに顰めた。

 

「ひょっとしてこの写真が勘違い(・・・)されたらどうしようとか、そういうことさ~?」

 

 パンフレットを突いたハイアの表情は、どう見てもいたずらっ子というか、いじめっ子みたいな顔をしていた。

 激鈍超絶朴念仁と言われたレイフォンですら、この表紙を見て“なんだか恋人みたいだ”と思ったということは、知らない人間などもっとそう思うだろう。なんなら、それが事実だと思う人間もいるはずだ。

 だが、ウォルターのことをニーナが聞きたがった理由をレイフォンは推し量れない。

 どうして聞きたがったのか……そう考えながらパンフレットの表紙に視線を向けて、ふと思った。恋人のように見える写真。もしかしてそこでトラブルが起きているのか? とレイフォンが懸念した。学生に人気のあるウォルターに、ニーナがすり寄ったと思われたか? そうレイフォンは懸念した。

 ハイアはというと、シンプルに“ウォルターのことを好きになってしまったが、そう勘違いされるのが照れくさいとかそういうことか”という言葉だったので、レイフォンとは若干すれ違っていたが、それは些末な問題だ。

 三人の視線を受けながら沈黙していたニーナは、ややあってようやく意を決した様子で口を開いた。

 

「……小隊の入隊希望が殺到しているんだ」

「え?」

「へ?」

 

 レイフォンとハイアの素っ頓狂な声が被ってしまった。

 一瞬視線をかち合わせて、咳払いをし、レイフォンは控えめに口を開く。

 

「ええと……詳しく聞いてもいいですか?」

「……ああ。……そもそもあの男、学生たちに人気があることは知っているか?」

 

 そう言われ、三人は少し前の夏季帯入りたての声掛け合戦ことを思い出す。それはもう、同級生はおろか、上級生からも下級生からもお誘いと告白とプレゼントの嵐で繰り返されるお断りの挨拶に疲弊していたウォルターを思い出す。

 

「ええ、まあ……」

「あれはすごかったさね」

「だろう。……先日の催事で大々的に“ああいうこともするヤツだ”と思われたことと、このパンフレットの前のパンフレットでも似た写真が出されたことも相まって……勘違いが横行していてな……」

 

 ニーナの言葉を脳内で逡巡させ、三人は戸惑う。

 明らか、三人が考えていた“勘違い”とは違う系統の“勘違い”という言葉に、違う答えを返さねばならず、三人はしばし考え込む。

 そうして一番初めに口を開いたのはミュンファだった。

 

「……ひょっとして……あの、普段は優しくて強くて……みたいな……」

「……守ってくれそうとか、守られたいみたいな、そういうのが横行していて……」

「ああ……」

 

 ミュンファに続いてニーナが口にした言葉に、そこまで言われてようやくレイフォンとハイアも理解した。

 要するに、不純な理由で入隊希望を出してくる学生がほとんどだと。お姫様のように扱われる自分を夢に見て、その先にちょっと大人な関係になれたら……というような。

 レイフォンとハイアはようやく合点がいって頷いた。

 グレンダンでのことを聞きたがったのは、そういうときの対応をしてきていたか、手加減ができるかを聞きたかったのだろうと。

 結論として、グレンダンではさして関わりのなかった三人でも言える。

 そんなことはない。

 柔らかくなってきた最近ですら、そんなことは決してないというのに。

 もしそうなら、先日の戦闘訓練でハイアは左腕をポッキリ折られていないし、レイフォンも右頬をパンパンにふくらませることはなかったろうし、ニーナも腹に強烈な蹴りをいれられて肋骨を二本も折ることはなかったろう。

 そうして四人は大体同じことを考えて、このメンバーの中では手合わせを免れていたミュンファだけが困り顔で眉を下げ、ほか三人は渋く顔を顰めた。

 

「いかんせん、ウォルター自身が先日の夏季帯入りたての件で痛い目を見たと言うか、抵抗を諦めてしまったらしくてな……すべて知らぬ存ぜぬを決め込んでいるんだ。そのせいで誤解だけがどんどん広まってしまって……、なぜか男子生徒もかなりの数申し込んできているのだが、とにかく女子生徒の申し込みが多くてな……」

 

 多くて、と言っても、いままでほぼ申し込みがスカンピンだった十七小隊としては、の規模だろう。そして男子生徒に関してはニーナの方だろうなと思いながら、レイフォンたちは沈黙して頷くに留めた。

 十七小隊として申し込みが多いのは嬉しいが、そもそもすでに小隊員の枠はほとんど埋まっていて、小隊のバランスとしてはじゅうぶんだった。ハイアとミュンファは一時的な加入だが、それを差し引いても小隊の戦力は潤っていた。

 にべもなく申し出を突き返すのは簡単だが、どういう理由であれ意欲を持つ人間をニーナとしては無碍にしたくないのだろう。

 少し考えたレイフォンは、軽く手を叩いて笑ってみせた。

 

「……普段の小隊の訓練風景を見せましょう。僕らの手合わせも見せましょう。希望者がいれば、レオのときのように簡単な基礎訓練に混ぜましょう」

「……ああ、酷かもしれないが、わたしもそれがいいと思っていてな……、先にお前たちに相談しようと思って呼んだんだ」

「それならそうと真っ先に言えばよかったのさ~。……生半可な気持ちで来ようとする半端者なんざ、叩き潰してやればいい」

 

 事情を理解したハイアが制服のシャツの袖を捲りながら笑う。

 グレンダンの、そして傭兵団の団長として練磨をしてきているハイアからすれば、このツェルニの武芸者など大した実力もない意志もない半端者ではあるが、それはまだ発展途上の人間であるがゆえに、その点に関して指摘する気はないだろう。

 しかし、ウォルターに憧れ、武芸者としては強い上昇志向を持つハイアにとっては、今回のあまりに不純さが目立つ事情は腹に据えかねるだろう。特に、そういうことを好まない憧れの人に群がる有象無象をひとり残らず叩き潰してやる、くらいにギラついた表情で腕を組んだ。

 

「徹底的にやっていいのさ?」

「……ああ、……酷だが……」

「その件……あの、ウォルターさんはなんて……?」

「……『放っておけ』の一言で終わらされた」

「ああまあ、ウォルターはそうですよね……」

 

 想像に難くない。むしろ容易く想像できる。いくら態度が柔らかくなってきたとはいえ、今回のような件に関しては、顔全面に“鬱陶しい”を貼り付けて大きなため息を吐いて言うだろうな、ということも。浅い付き合いでもあればすぐに分かる。

 

「んじゃ、徹底的にぶっ潰すさ~。……ついでにぶっ潰される覚悟もいるさね……」

「……そう……ですね……」

「……ああ……」

 

 今回の件を解決するために、申し込んできている不届きな生徒にレイフォンたちが技術を見せつけるのはもちろん、ウォルターの武芸に関する容赦のなさを見せつける必要があった。

 それはつまり、レイフォンたちがボコボコに打ちのめされる覚悟が必要だった。

 いや、打ちのめされなくてもいいのだが、手合わせが苛烈になればなるほど、かすかな隙を突かれて腕を折られたり、蹴りを入れられてあばらを折ったりしてしまい、結果的に打ちのめされた状態になってしまう。三人の経験的に、無事で終えられた回数の方が圧倒的に少ない。

 

「てか、それがおれっちたちを呼んだ理由なら、なんでパンフレットなんか持ってきたのさ?」

 

 ニーナがテーブルの中央に置いたパンフレットの表紙を摘み、ハイアが開く。

 あっ、とニーナが引き止めるよりも早く表紙がめくられ、二ページ目がテーブルの上に広がった。

 カラー印刷でページ全面を占領しているそれは、なんともまあふわふわひらひらな衣装に身を包んで少し項垂れた様子のニーナの口元にウォルターが手を添えている写真だった。

 

「……あ……う……ああ……」

 

 止めようとした手が空中をさまよい、ニーナはたまらず顔を真っ赤にして俯いた。

 さすがのレイフォンも、ギョッとして紙面を食い入るように見て、顔を真っ赤にしたニーナを見て、紙面に視線を戻した。

 よく見れば、別にウォルターは笑っていない。

 ウォルターのことを知っている面々から見れば、おそらく“なんかすごいことになってんな……”みたいな感情だったことだろう。

 実際紙面に映るニーナはすごいことになっている。こんなニーナをレイフォンたちは見たことがない。

 元がいいので、決して似合っていないとは思わないが、普段のニーナを知っているレイフォンたちは強烈な違和感に晒される。本番のあの衣装は、ここから作り変えられて仕上げられたのか、あの短期間で……? それともこれはオフショット用……? と三人の脳裏に様々な感情が巡る。

 ともあれ、ウォルターをよく知らず、特に二人をよく知らない人間であれば、まさに仲睦まじい、と称せる写真であった。

 ジッと紙面を見つめていたハイアがペラリとページをめくる。

 次のページにはウォルターのピンショットが右紙面全面に、左側に別のピンショットが掲載されている。髪のセットを変えたり、ジャケットを脱いでいたり、袖を捲っていたり、ネクタイを緩めていたり。紙面の配置が、シャーニッドに見せられたグラビアっぽいな……と思ってしまったが、レイフォンはなにも言わずにおいた。

 もう一ページめくる。撮影に参加した班員と話している写真、ふわふわひらひらのニーナと話している写真。衣装が変わったことを喜んでいるらしくきらきら笑顔のニーナと話している写真。ニーナがぎこちなさ過ぎる笑顔の写真。

 

「……あんた、よくこの表紙みたいな表情出来たさね……」

「そ、それはその、……色々あってな……」

「ウォルターというと……お菓子とかですか?」

「……いや、菓子の類ではなく……、……」

「……? お菓子ではないんですか?」

 

 三人が不思議そうに首を傾げ、ニーナを凝視する。気まずそうに視線を泳がせまくり、そうしてニーナはそっとパンフレットを閉じた。

 

「……鉄鞭で……扱える新しい技を……教えてくれると言われて……」

 

 先程のふわふわひらひらのかわいらしい服装の写真を見られたことよりも気恥ずかしそうに視線を伏せるニーナに、特にレイフォンとハイアが眉間を押さえて渋い顔をした。

 

『……ああ……』

 

 ニーナらし過ぎる言葉に、なんだか安心したような、それでいいのかと思うような、複雑な気持ちになりながら、ニーナを見る。

 そうして渋い顔で眉間を押さえていたレイフォンはそれを苦笑に変え、ハイアは神妙な表情になり、パンフレットを指した。

 

「ちなみにこのパンフレットっておれっちももらえるのさ?」

「気になるのそこなんですか?」

 

 

 後日、入隊希望の武芸者、念威繰者にはレイフォンの宣言通り、普段の小隊の訓練風景を見せ、十七小隊の――正確にはウォルター対レイフォン、もしくはハイア、もしくはニーナの――手合わせも見せた。

 訓練風景はまだしも、手合わせに関しては一般生徒にとって驚愕のものというよりも、ドン引きの域だったようで、過半数の生徒がそこで辞退した。

 残った生徒も訓練に混ぜられて脱落し、それでも残った生徒に関してはなぜか(・・・)異様に機嫌のいいハイアに叩きのめされ、「失格!」と宣言されていた。

 

 今回の話題の中心人物であったウォルターはというと、訓練後自室にて、ロドリーたちから受け取った二冊のパンフレットをルウがとてもご機嫌そうに――ニーナが写っていることに写真には不服そうだったが――見ているのを嬉しく思いながら、一緒にパンフレットの写真を見つめていた。

 




 漫画版でモデルのバイトを検討していた回があったので、そのネタです。物的証拠が残りましたね。
 レイフォンが言っていたレオも漫画版に出たキャラクターです。どこかで出したいなの気持ちですね。
 一応、十四小隊の衣装チェンジは本来、次の春以降にあるんですが、ネタ的に都合が良かったので先んじてやってしまいました。後先考えてないですね。
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