【短篇集】明星の虚偽、常闇の真理   作:長閑

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天剣時代とツェルニ半々です。ほぼ追想状態。
ほとんどアルシェイラとウォルターしか出てこない。ちらっとカナリス。

お子様なアルシェイラと平常運行なウォルターのちょっとしたお話。


過ぎ去った、記憶

 

 

 

「ふぁー…」

 

 ウォルターは窓のカーテンをあけて、いつもより遅い時間帯である朝の日差しを浴びた。

 あくびをしながら身体を伸ばし、一息吐く。

 

(おはよう)

 

「あぁ、おはよう。まさかこんな時間まで寝てるとは。休みだからって気をぬきすぎたかな」

 

(別にいいんじゃないかな? たまにはしっかり寝ることも必要だよ。ところで、今日の予定は覚えてる?)

 

「予定? ……………………何かあったか?」

 

 昨日は忙しくて寝た時間がものすごく遅かったのだ。

 だからまさか明朝に寝る事になるとは思っていなかった。

 まぁ、そのせいで起床が遅れたわけなのだが。

 

「…なにがあった?」

 

(レイフォン・アルセイフとシャーニッド・エリプトンと何処か行くって約束してたでしょ?)

 

「……あぁ、そういえば。…まだ時間あるなぁ。来るって言ってたし…、もう一度寝ようかな」

 

(寝るの? 構わないけど……)

 

「寝る。眠たいから」

 

(そう。じゃあ、僕も少し休もうかな)

 

 端的な返事が聞こえて、ルウの声が消える。

 ルウが日常的に騒がしいというわけではないが、やはりルウが言葉を発する……と言うより、ウォルターに話しかけてこない状況では、思考は静かになる。

 なによりもいま自分に考え事をするほど頭が回っていないということもあるけれど、常日頃から2人でひとつの思考を共有していると、こういう時に妙な静けさを感じている、というわけだ。

 ウォルターはゆっくりと息を吐いて、ベッドに横になる。

 

「あー…。体重い…」

 

 まだ疲労が残っているのだろうか。

 異様な身体の重さにウォルターはひとつ溜息を吐いてベッドに体重を預け、意識が落ちる流れに逆らわず、再び眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

「あんた、ねぇ。あんた」

「……………………?」

 

 思考を遮る音の高い声に呼び止められ、ウォルターは振り返る。

 視線の先に居るのは、まだ幼い少女なのだが、その瞳には明らかに敵対心と自らに対する自信に満ちていた。

 少女の名前は、アルシェイラ・アルモニス。

 つい最近、ここ槍殻都市グレンダンの女王に即位したのだ。

 彼女の剄力はかつての王たちを凌ぐ程で、このグレンダンが望んでいた子が生まれたと上層部は喜んだものだった。

 しかし、このグレンダンで天剣として居続けているウォルターから言わせれば、こんなにも幼い少女にいきなり即位させるというのは、ちからが強いからと言って増長させることになりそうで一抹の不安を抱いているのだが。

 だが、少女は無表情で視線を送るウォルターが気に入らないらしく、頬をふくらませている。

 

「ねぇ、あんた、ウォルター・ルレイスフォーンでしょ?」

「…そうだけど…、なンか用事でもあンの?」

 

 少女とはいえ、一応は女王である存在に対してでも、特に臆すことのない話し方でウォルターは肩を竦めた。

 初代グレンダン王の時代から貴族、王族とは関わってきたが、ウォルターが真面目に取り合う事は無かった為、どの王にも諦められたのだ。

 だが、この少女は幼さゆえにそれが許せないらしい。

 絶対として崇めてでも欲しいのか……、そう思ってウォルターは呆れ顔で頭を振った。

 

「で? なンですかね~女王サマ?」

「…あんた、その態度むかつく…」

「悪いけど、これがオレだから」

 

 淡白に言い放つと、アルシェイラは更に不服そうな顔で腕を組んだ。

 

「あんた…、わたしが女王だって分かってるの?」

「もちろん。だが、あんたが敬意を表するに値する存在かどうかは別だろ? なにを言ってンのかね、このガキは」

「……じゃあ、実力勝負」

「はぁ…?」

 

 アルシェイラが拳を構え、ウォルターにそう言う。

 が、ウォルターは酷く鬱陶しそうな顔でアルシェイラを見、飛びかかろうとするアルシェイラの頭を人差し指で突いて動きを制止させた。

 

「面倒くさい、かかってくるな。ガキか……って、まだまだガキか」

「っ……!」

 

 嘲笑混じりに息を吐くと、アルシェイラは更に幼いながらに流麗な表情に苦渋をにじませた。

 “グレンダン最強”を誇るアルシェイラにとって、“ウォルター如き”に人差し指ひとつで制止させられてしまう事が酷く悔しい様だ。

 しかし、アルシェイラをはるかに凌駕する年月を生きているウォルターとしては、それこそ老化していると否めなくなる時期が来ない限り負けることは無いし、この世界に続く運命が終結するまで、負ける訳にはいかない。

 

「それで? やりたいことはこれだけか、クソガキ」

「…………はぁ」

「…溜息吐きたいのはこっちだっての。ンとに、最近のガキは活きが良いなぁ。良すぎるくらいに」

 

 ウォルターは勢いの止まったアルシェイラの頭から人差し指を離して、その手を顎へ持っていった。

 感慨深そうに呟くウォルターの、“隙ができた”脇腹めがけてまだ諦めていなかったらしいアルシェイラが拳を放つ。だがその拳はウォルターが半身を逸らした事により命中せず、そのままアルシェイラの手首はウォルターに掴まれ、引っ張られる。

 

「っ?!」

「ほい、っと」

 

 引っ張られたことで重心を奪われ、顔面から廊下へ向かいそうになるも、開いた片手でウォルターがアルシェイラの襟を掴んだ為転倒は免れる。

 しかし、やはり策が通じないウォルターにアルシェイラは眉を寄せる。

 

「ガキはおとなしくしてろ。……そんなに死にたいか?」

 

 殺すつもりは無い。

 だが、重低音の声音は少女に厳しく現実を突きつける。

 これからまだまだ成長の余地はあるというのにその才能を潰すつもりはないし、先の戦いでの目標達成の為に戦う気はあるがこの世界の事を短命な“子ども”に言われることもばかばかしい。

 結論から言えば、役に立ちそうなのだからその芽を摘む気は無い、が、いちいち突っかかられてもただ疲弊するから鬱陶しいということだ。

 そういう予防線も兼ねて一旦折るわけだが、少女は諦めきれないという瞳でウォルターの萌黄色の瞳を見つめていた。

 そんな少女の瞳に対して、ウォルターは本日何度目かもわからない溜息を吐き、少女を睨め付ける。

 

「お前がもうちょっと腕を上げたら、また相手してやるよ。それまではおとなしくしてろ」

 

 鬱陶しい。小さくそう付け加えて手を離すと、アルシェイラはむすっとしたまま踵を返し、足早に去っていく。

 ふぅ、と再び溜息を吐いてウォルターは頭を掻く。

 

―――――何だってンだ?

 

 まぁ幼心からくる行動だったのだろうが、ちゃんとした意図の読めない行動にウォルターは眉を寄せて頭を振り、思考を放棄する。

 とりあえず、自分はあの少女が来る前まで、なにを考えていたのだろうか。

 本題を忘れてしまったウォルターは息を吐いて新たな思考を巡らせる。

 

―――――確か、どっかに行こうと思ってたような気がする

 

 うん、そんな気がする。

 だが何処へ行こうとしていたのだったか。

 そこが一番大切なのだが、そこが一切思い出せない。

 少し考えていたウォルターはやはり溜息を吐いて、忘れる程度のことなのだと再び思考を放棄した。

 放棄したことによりすることはなくなった。

 それなら、なにをするか……そう考えて視線を動かした先で、剄の弓矢が見えた。

 エア・フィルターに届くかというほど高く、力強く放たれた弓矢。

 あれほどの威力を撃てる人物は、ウォルターを除いてグレンダンでもひとりしか居ない。

 天剣授受者のティグリス・ノイエラン・ロンスマイアだ。

 弓使いの天剣授受者で、念威操者であり天剣授受者でもあるデルボネ・キュアンティス・ミューラとは仲がいいとかいう話を聞くが、ウォルターとティグリスは別にそこまで仲がいいわけではない。

 寧ろ、ティグリスがウォルターを見つけると口を開けば説教ばかりと言ってもおかしくはない為、どちらかと言えばウォルターにやや苦手意識があるというくらいだ。

 

―――――まぁ、別にロンスマイアは変なヤツではない…ンだよな

 

 戦いに全力投球という点では変なヤツではあるが、それはまぁ、ウォルターは人のことを言えない。

 ウォルターこそ、そういう戦いに全力を尽くさなければ気の済まないタイプだ。

 ティグリス本人は、戦いに対してそこまで貪欲な人間ではないが、技術の向上に関してはそれなりにうるさい。

 他を顧みないウォルターをよく咎める役目もティグリスに回っているのだが、それは他の天剣授受者がウォルターに口を出せないからであって。

 しかしウォルター自身、かつてから天剣に座しているが故にそういう状況が出来上がっているなか、それを意にも介さずまっすぐにことをいうことの出来るティグリスのそういうところに関しては買っているつもりだ。

 また、デルボネについても同様のことが言える。

 彼女もティグリスと同じ系統の人間のようで、ウォルターという天剣の中でも頂点に立つであろう存在、そして念威に関しても高い知識を持っているという事に臆さず事をはっきりと伝えてくる。

 自分をしかと見据えている証拠なのだろう、となかなかの良い逸材だとウォルターは見ていた。

 

―――――けどやっぱ、説教は勘弁してほしい

 

 別に自分の実力に自信がない訳ではないが過信しているわけでもない為、そういう指摘を受けることは逆に嬉しいと思う。

 今後に活かせる的確な指摘をティグリスはしてくる。だからいいのだが、話が長いのが難点であって。

 嬉しいのだが複雑な気分だ。

 

「……ま、いいか」

 

 空に咲く矢の花を見上げつつ、ウォルターは口角をあげた。

 

 

 

 

 

 

「ねぇウォルター…暇」

「……仕事しろよ、アルモニス」

 

 大きな溜息を吐きながら、ウォルターは目の前の椅子で不機嫌そうな顔をしてこちらを見る女性へ眼を向けた。

 女性と言っても、見た目は10代後半入りたてか……そのくらいであろうととれてしまうような容姿。だが、実際はもう少し年上だ。

 立派な年齢詐欺をしているウォルターが言えたことではないが、年齢詐欺だと言いたくなる。

 

「ねぇねぇねぇねぇ~」

「うるっさい」

「酷いー、ねぇ相手してよ」

「嫌だ。そんなンだから警護当番のノルネがストライキしちまうンだよ。怒ってたぞ、ノルネ」

「え~、バーメリン? バーメリンはどうでもいいのよ、相手しなさいよ」

 

 不服そうに頬を膨らませ、ここ、槍殻都市の女王……アルシェイラは机の書類を叩く。

 その度にがたがたとインクの瓶が揺れ、ウォルターはインクを零すなよと忠告を零す。

 そう、天剣授受者であり本日の警護当番であるバーメリン・スワッティス・ノルネは、この女王のやる気の無さとあまりの退屈に誰彼なく絡む面倒臭さに耐えかねて、ウォルターに交代を申し出たのだ。

 バーメリンは基本なんだかんだと言って律儀のため、ある程度女王が何かを口走っていたとしても放置なのだが、あまりに絡まれて腹に据えかねたようだった。

 偶然通りかかったウォルターをひっ捕まえて、随分立腹した様子で交代を頼んできたのだ。

 友好関係的には普通のウォルターだが、あまり頼まれごとはしないため驚いた。が、原因がこの女王では仕方ないと半分ウォルターもあきらめている。

 

「そう言うな。お前、自分が退屈だからって人を巻き込むな。他のヤツは忙しいンだよ」

「わたしだって忙しいわよ。こんなに書類に追われて」

 

 ウォルターの睨め付けるような視線に対してアルシェイラは自身の机の端、床に積まれた書類の山々を叩く。

 しかし、そんなアルシェイラに冷たく言い放つのがウォルターであって。

 

「お前な。それだけの量をきっちり整理整頓、処理してってなかったのはお前の責任だろ。きっちり責任持ってやれ」

「むー。納得できなぁい」

「出来ない、じゃない。しろ」

「……冷たいーウォルターがいじめるぅー」

「いじめてねぇよ…」

 

 うそなきを始めたアルシェイラに、ウォルターは呆れ混じりに溜息を吐いて自分の処理が終わった書類をアルシェイラの机にたたきつけるように置いた。

 

「おらよ、追加」

「やー! もういやー!」

「ガキか、とっととやれ。いい大人がぐずるな、うっとうしい」

「おかしい、絶対おかしい。ウォルターなんでこんなに高速で仕事終わるの?」

「オレだからだよ」

「理解できない!」

 

 鼻で笑いながらウォルターが言い、ソファに戻るとアルシェイラが手に持っていたペンをウォルターに向かって投げる、がウォルターはそれを避けて平然と書類を読み進める。

 

「なんで避けるのよー」

「あのなぁ…あの程度避けられなかったら情けなさすぎるだろうが。やるならいっそ剄でも込めて投げろよ」

「そんな事したらペンがボシュッ、って消えちゃうじゃない」

「だからいいンだよ」

 

 やはりアルシェイラは納得がいかないという様子で頬をふくらませてそっぽを向く。

 一向に仕事が進まないアルシェイラに、ウォルターは呆れた溜息混じりに口を開いた。

 

「じゃあせめてそこの机に乗ってる分を片付けろ。そうしたら一旦休憩入れてやる」

「ほんと?!」

「ほんとほんと。ほら、さっさとしろ。早く終わらせれたら、飲みモンと一緒になんか甘いモン出してやるよ」

「俄然やる気出てきた」

 

 きらきらと眼の輝き始めたアルシェイラに、安上がりだなぁと思いつつウォルターは手を動かす。

 ただし、問題はどうやって作るか。

 この女王、眼を離すとすぐ何処かへ行こうとする癖があるので、逃走防止策を出す必要がある。

 しかし特にいい案は出ない。

 アルシェイラの面倒くさい所は、他の天剣のいうことを聞かない所だ。

 ティグリスの言うことはギリギリきくのだが、それはティグリスが怒ると後々ものすごく面倒くさいという理由からであって、また、現在はティグリス王宮に不在。

 わざわざ来てもらう程のことではないだろうし、念威端子を配置した所で無駄だろう。

 

(この上無く面倒くさいな)

(ウォルターの提案だしね、アルシェイラ・アルモニスも絶対出てくるって思ってるでしょ)

(まぁ…)

 

 ウォルターは基本自分から言い出したこと、または約束したことはきっちり守るタイプだ。

 相当疲れていたりどうしても外せない用事が出来る等の問題が発生しない限り、その辺りは守って信頼を得ているつもりだ。

 

(だけど、今回の行動を渋る理由はアルモニスにあるわけであって…)

(そうだねぇ…。わざわざ異界法則を使うのも馬鹿らしいし…どうしようね?)

(アルモニスを厨房へ連行、とか)

(それウォルターだから言うことだね)

 

 ルウがけらけらと笑いながら言う。

 そうかなぁ、とウォルターが書類をひらひらとめくりつつ頭を掻いた。

 

「アルモニス」

「はぁい。まだ終わってないわよ」

「…お前、ちゃんとここで“待て”出来るか?」

「え、出来るわよ」

「え」

 

 珍しくはっきりと返ってきた返事にウォルターがきょとんとした。

 アルシェイラも眼を丸くしたようで、お互いにきょとんとしてしまい、ウォルターが気まずいと頭を掻く。

 

「…ならいいけどな…」

「なによ、またどっか行くとか思ったんでしょ。残念だけど、あんたの武芸者としての腕前と料理と菓子作る事に関しての腕前は認めてるのよ、一応」

「……それは……喜んでいいのか……だめなのか……よく分かンねぇけど」

「素直に喜べばいいじゃない。ほんっと、ひねくれてるわね」

「別にそこまでじゃねぇと思うけどなぁ」

 

 ウォルターが苦笑交じりに再び頭を掻いた。

 そんなウォルターにアルシェイラは呆れ顔で溜息を吐く。

 

「あんたねぇ、わたしが天剣であるあんたとどれだけ居ると思ってるの?」

「お前がそんな歳になるまでだな」

「それは余計」

 

 アルシェイラが笑顔で持っていたペンをぶん投げてきた。

 それを掴んで机に置きながら、ウォルターがはいはいと返事を返す。

 余裕綽々なウォルターに、アルシェイラはあからさまに舌打ちをして見せて溜息を吐いた。

 

「だから、あんたがどういうヤツか、それなりに把握してるつもりよ。ま、武芸のことに関してはやっぱり悔しい面とかあるけど、あんただったらしょうがないし。それに、あんただったら納得できる」

「……まぁ、オレとしては納得してもらってもしてもらわなくてもどっちでもいいンだけどな」

「適当―…。でもま、なによりあんたのその料理の腕前に関しては自負していいと思うわ」

 

 王宮の料理人に負けないくらい美味しいし。

 そう言ってアルシェイラは女王にはふさわしくないであろうが、ひとりの女性としてはふさわしい、快活な笑みを浮かべた。

 

―――――昔はあんなンだったのに、飲み込みと理解が早くなったモンだ

 

 前に、アルシェイラが本来の目的をはっきりと王家から聞いたことと同時にウォルターも秘密裏に彼女に伝えたのだ。

 自らがどういう存在であるか、何のためにここに居るのか。

 それを伝えた際、彼女は酷く驚いていたがそれ以上に納得した顔をしていた。

 

 あんたが強い理由がわかった

 

 そう言って。

 だが、ウォルターは目的等を話したのみであり、最も重要な内容を話しはしなかった。

 彼女には、わかったというのだろうか。

 言わずして、察したとでも言うのだろうか。

 ウォルターは軽く頭を振って、もう少しで終わりそうなアルシェイラに厨房へ行くと一言伝え、移動する。

 

 手を動かしながら、ウォルターは思考する。

 何よりも、あの女王がそういう事に疎い人間だということは分かっている。

 何故か、と言われれば簡単だ。

 彼女は強い。だからこそ、弱者の気持ちを知ることが出来ない。

 人間は自分がそういう立場に置かれたり、自分がそういう人間だということでなければ知り得る事は無いだろうし、彼女はもとより強い存在であれとして生まれた者だ。

 そんな彼女に、弱さを知れといったところで無理なのだろう。

 では、ウォルターは? そう聞かれれば、正直微妙だ。

 素体が違うとは言え、一応は“人間”という事になっていて、人間の様な素振りをすることも出来る。だが、ウォルターはゼロ領域へ入った。

 ゼロ領域はウォルターのすべてを暴き立て、自身の矮小さを思い知らせるに十分な空間だった。

 ある意味思い知っているといえばそうだが、ゼロ領域の使い方さえ知ってしまえばそう脅威ではないその脅威に、ウォルターはいまそこまでの畏怖を抱かない。

 だからといってうぬぼれているわけではないのだが……

 

「なにをしているんですか?」

「…あれ、リヴィン」

 

 思考を遮った声の主は、カナリス・エアリフォス・リヴィンだ。

 アルシェイラの影武者であり、天剣授受者でもあり、女王不在の場合は女王に扮して執政を行っている。

 訝しげな目つきでウォルターの手元を見る彼女だが、ウォルターには何故彼女がここに居るのかがわからない。

 

「リヴィン、どうしてここに居ンだ、お前」

「居たら悪いですか?」

「いや、居るなンて珍しいなと思う程度だ」

 

 カナリスのやや不機嫌そうになった声音に淡々と返事をしつつ、ウォルターは遅滞なく手を動かす。

 その手つきを見ながら、カナリスはウォルターに声をかけてきた。

 

「陛下の提案ですか?」

「いや、今回はオレ。随分アルモニスも飽きてきてたみたいだからな。これでやる気が出るなら安いモンだよ」

「……相変わらず甘いですね」

「甘党なだけにってか。…まぁでも、厳しくするだけが大事ってわけでもねぇし。確かにためてたアルモニスが悪いが、だからってかちかちに詰めても終わりゃしねぇだろ。こういうモンにつられてでもやってくれた方が助かる」

 

 ウォルターの言葉に、一瞬むっとしたカナリスだったが、それでもふっと表情をほんの少しだけ綻ばせた。

 

「あなたは人の扱いがうまいですね」

「そうかぁ? オレはそんなつもりないンだがね」

「いいえ、陛下のような方でもうまく対応出来るその対応力には、感服します」

「オレはそこまであいつに忠義出来るお前の方が凄いと思うけどなぁ」

「わたしはそうなるべくしていますから」

「……そ。じゃあ…」

 

 ウォルターは出来上がったものを手際よく切り分けて、皿に一切れ置いて、フォークと一緒にカナリスに差し出す。

 差し出されたカナリスはよくわからないという顔をしたまま皿を受け取ったが、ウォルターと皿を交互に見やっていて、そんなカナリスが面白くてウォルターはくつくつと笑いを零す。

 

「ご褒美だよ。頑張ってるリヴィンにな。それじゃオレ、アルモニスの方行くから」

「あ、はい…」

 

 厨房に来た理由は特になかった。

 ただ、甘いにおいがしたためまた陛下に頼まれて誰かが作っているのだろうと思い覗けば、彼が居たというだけの話。

 だがまさか、おすそ分けをもらうとは思わなかったが。

 どうやらベリーケーキのようで、ケーキ全体グラサージュされており、光できらきらと赤い光を放っている。

 フォークでひとくちきり、口に入れてみた。

 ふわりと広がる甘酸っぱいベリーの風味とケーキ全体のほどよい甘さ。

 思わず唸った。

 

 

「ふん、ふん」

 

(ごきげんだね、ウォルター)

(おうよ、今日はうまくいったからな~、素直に嬉しい…)

 

 感慨に耽った様子でウォルターが思考する。

 ルウは小さく笑い声をこぼしながら呟く。

 

(良かったね。今日はあのグラサージュ、頑張ってたもんね)

(本当だよー、流した後に綺麗に固まるかどうか、そこが勝負どころだったンだ)

(あはは、勝負どころだったんだ。でも、本当に綺麗な見た目に出来たよね、凄いやウォルター)

(そこまででもねぇよ。ルウだって覚えりゃすぐだ)

(僕はやらないよー。ウォルターのが食べたいんだもん)

 

 そか、とウォルターは上機嫌に頷き、待っているであろうアルシェイラの元へ急いだ。

 

 

 

 

 甲高い電子音が響いた。

 懐かしい夢を見ていたような気がしない事も無いが、その甲高い電子音に鼓膜を叩かれウォルターは眼を覚まさざるを得なかった。

 のそのそと起き上がり、ウォルターは頭を掻く。

 なにが起きているのか一瞬把握出来ず、頭を掻きながらウォルターは当たりを見渡す。

 

『ウォルター、まだ寝ているんですか?』

『おーいウォルター、起きろー』

 

 活剄を使って声を聞くと、どうやら聞こえるふたつの声の主はレイフォンとシャーニッドのようだった。

 そういえば、今日の予定はレイフォン、シャーニッドと何処かへ行くことだった気がする。

 その為に2人が来てくれるはずだからと、もう一度寝たような覚えがあるような。

 そんなことを考えながらウォルターはのろのろと動き服を着替えて、玄関まで移動すると気の緩みきった声を出しながら扉を開けた。

 

「へいへーい」

「ちょっと、遅いですよウォルター。ちゃんと起きてましたか?」

「起きてた、起きてたって。ただ眠たくてな……」

 

 ウォルターがあくびをしながら眼をこすると、シャーニッドが物珍しいような顔でウォルターを凝視していた。

 

「お前も寝不足とかするのか…」

「するよ、普通に…。で? 今日は何処へ行くンだったか」

「フェリちゃんの仕事場だ!」

「……つまり、邪魔をしに行くと」

「嫌だな、応援だよ」

「…どうだか…」

 

 軽く溜息を吐きながらウォルターはシャーニッドに言う。

 レイフォンは眉を寄せてウォルターを見ていた、それにウォルターが訝しげな顔で問うた。

 

「どうした? アルセイフ」

「い、いえ…ウォルターのそういうまともな…というか、ラフな格好初めて見たので」

「……そうだっけか」

 

 基本外出時シャツ系の服を着ている事が多いが、今日は本当にただの私服。

 それがレイフォンには意外だったらしい。

 

「そんなに吃驚することか、これ…」

「でもおれもはじめてみたからちょっと驚いたな」

「…そうか?」

 

 ウォルターは首を傾げながら自身の姿をぐるりと見、しかしよくわからないと肩を竦めた。

 

「さてと、じゃあ面倒だが行くとしますかね」

「そうしようそうしよう」

「はい」

 

 頷いたが、そういえば、と思い出したような様子でウォルターが顎に手を添えつつシャーニッドに声をかけた。

 

「まぁ、そこは当然エリプトン…先輩の奢り…すよね」

「おれは男には奢らねぇぞ」

 

 至って真顔で言うシャーニッドにウォルターは何処か遠い眼で頷き、レイフォンの肩を掴んで踵を返し始めた。

 

「じゃあ行かないでおこう。アルセイフ、映画でも行こうぜ」

「えっ、えっ、えっ」

 

 困惑した様子でレイフォンはシャーニッドとウォルターを交互に見やるが、ウォルターはぐいぐいとレイフォンを引っ張る。

 慌てて折れたシャーニッドに引き止められ、ウォルターはにやりと笑みを浮かべてシャーニッドを見た。

 

「交渉成立だな」

「このあくどさよ」

「…まぁ…ウォルターですし…」

「オレだからってなンだよ。普通だろ? オレは行ってやるンだから、このくらい当然」

 

 シャーニッドがややくたびれた様子で財布を確認する中、ウォルターは揚々と先を歩き出した。

 




ツェルニ軸としてはフェリのバイト話の一歩前くらいです。
やっぱりはじめはツンケンしてたんじゃないかな! って思いましてアルシェイラ様です。
カナリスが登場させやすくて超助かるよ、陛下
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