【短篇集】明星の虚偽、常闇の真理   作:長閑

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ウォルターが天剣授受者をやめてすぐ、「何事もないその日」と同じ軸の話。
レイフォンとは接触しないのでレイフォンは出てきません。



いつも通り、変わらない日々

 

 ふわぁ、と夜空が闇を落とす王宮の屋根の上でウォルターは大きなあくびをこぼしていた。

 いま、王宮のエントランスホールでは盛大な宴会がひらかれている。理由としては至極簡単で、授受式だ。

 アルニモス戴冠家出身、アルシェイラ・アルモニスによって主催される天剣授受者決定戦、そしてその授受式とくれば、女王に次ぐ権力者をつくりだしたということだ。

 レイフォン・アルセイフ。いいや、いまはもうレイフォン・ヴォルフシュテイン・アルセイフだ。

 サイハーデンという少数派の刀を扱う武門出身でありながら、刀を使わず剣を扱って天剣となった。ウォルターが座していた天剣、ヴォルフシュテインの後釜だ。

 天剣授受者決定戦は、死ぬか生きるかという戦いではない。だからこそ、天剣の授受式では後任の天剣授受者に対し、前任の天剣授受者が女王の眼の前で渡す。

 だが宴会の前アルシェイラに渡せと言われたものの、面倒くさがってウォルターはそれを拒否した。

 それでも誰が渡したのかは不明だが、天剣は授受された。必要なのは授受されることであって、ウォルターが渡すことではない。

 

「ふぁ~……あ……眠…」

 

(ウォルター、もう帰ろうよぉ)

 

「せめていろって言われたンだから…いないとだめだろ…ふぁ…」

 

(えぇぇぇ~…相変わらず律儀だなぁ。いいじゃない、あんなヤツのことなんてぇ)

 

 ぐずるルウをなだめながら、ウォルターは再びあくびをする。

 まったく、よくこんな面倒くさい事ができるものだと思いながらウォルターは屋根に寝そべり、頭の後ろで手を組んだ。

 ウォルターも天剣になった時にしたものだが、あの時はいまからすれば随分と昔だった。だからそんなに仰々しくは感じなかったが、その代わりかなり行われた時間が長かったという覚えがある。

 グレンダンが設立されアルシェイラが王位を戴冠するまで、ずっと天剣は5人程しかいなかった。時に6、7と人数が増えたことはあったが、すぐにいなくなった。ある者は退位し、ある者は死んでいく。そういう世界だ。

 長くいたのは、ルッケンスから輩出されたあの天剣授受者程度だろう。念威操者の方は天剣ではなくただの知り合いで、仕事上付き合いがある程度だった。

 だが、いまはどうだろう。天剣授受者は12人に膨れ上がり、ウォルターが抜けたことで開いた穴は新たな子どもが埋めた。

 ウォルターは、ここに必要ない。あれだけのちからを有した子どもが現れたということは、おそらくそうなのだろう。

 だが、不可思議だった。

 あの子どもは、十年程前からそれなりに気にかけていた子どもの片割れ。

 メイファー・シュタット事件。

 あの事件の際に見つけられ、デルク・サイハーデンによって保護された。

 しかしウォルターが気にかけている理由は、その事件に関わっていたからではない。もっと深い部分だ。

 

―――――まさか、あの子どもが

 

 エルミア。未だにその名を覚えている。

 彼女はあの都市、天蜘都市アトラクタで狼面衆に追われ、夫であるタウランに追いやられた。そして最後には、都市から出て別の都市へ。

 ……だが、おかしいと気づいている。

 あの時にはすでに出産されていた彼女の子どもだ。それにもかかわらず、ウォルターがメイファー・シュタット事件でその存在を再び確認した時、彼はあの時と変わらない姿だった。

 あの都市からエルミアが出たのは、ウォルターがディックと共に学園都市ツェルニに滞在していた時のことだ。もう数十年前の話。それにも関わらず、なぜなのか。

 

「はぁぁ」

 

(どうしたの?)

 

「んー…疲れちゃった」

 

(帰ろうよ)

 

「……そうしようか」

 

 

 そろそろ、夜が明ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ウォルターはなぜか、侍女の格好をした女性と共に古びたアパートにある、ある一室の扉の前に立っていた。

 女性は長い黒髪を頭の上で一つにまとめ、楽しそうに掃除機を持っている。口紅が引かれた唇を楽しそうに引き伸ばし、彼女は意気揚々と扉を開け放った。

 

「わぁ、酷い有様」

 

 室内でソファに寝そべっていた、ウォルターの元同僚であるリンテンスにそう口を開きながら、女性……この都市の女王陛下であるアルシェイラは掃除機を持って部屋へとずかずか入っていく。

 ウォルターはといえば、部屋から漂うにおいに顔をしかめ、部屋へ立ち入らず入り口に立っていた。

 

「ちょっとウォルター、どしたのよ」

「…アルモニス、オレ言ったよな? 用事があるンだって」

「知ってるわよ? でもほら、せっかくじゃない?」

「なンのだよ」

「ウォルターの方が掃除上手じゃない!」

「じゃあ最初から行くなンてほざくなよ」

 

 くそ、と小さくウォルターが呟き、渋々部屋へ足を踏み入れる。

 部屋は独特なにおいで満たされている。それはリンテンスの吸っている煙草のにおい。ウォルターはそれが嫌で仕方がない。

 あまり深く息を吸わないようにしつつリンテンスが寝そべるソファまで足を進め、窓に引っかかった鋼糸を引きちぎる女王へ気だるく視線を向けた。

 

「おいお前……本当オレを早く帰せ」

「嫌よ、手伝って」

「ヤだね、お前がやれ」

 

 ウォルターは腕を組んでアルシェイラにそう言い、溜息を吐いた。

 ソファで寝そべるリンテンスはと言うと、酷く鬱陶しそうな顔をしてアルシェイラを見ている。

 

「……くそ陛下が」

「まったくだ。……つかハーデン、そのソファ座らせて」

「……お前もお前だな」

 

 リンテンスの先程より三割増し程に機嫌の悪くなった視線を受けながら、開けてくれたスペースに座り込んだ。

 目の前でがさがさと動くアルシェイラに軽く指示を出しながら、ウォルターはちらとリンテンスへ視線を向ける。口から紫煙を吐き出しながら苛立しそうにアルシェイラを見ていたリンテンスの金色の眼が、ウォルターを見た。

 

「なんだ」

「いや? 別に」

「……ふん」

 

 面倒くさい、と言いたげに息を吐きながら、リンテンスが煙草を消した。先程つけたばかりだったらしい長い煙草は、ゴミ箱へと葬られる。

 アルシェイラによって窓が開け放たれ、においの発生源がなくなった部屋の空気は風によって運ばれ、その独特なにおいを消していく。雑誌を崩すアルシェイラがまた埃をまき散らして、掃除機をかけた。

 ウォルターの“中”でルウが眉根を寄せて、ぎりぎりと歯を鳴らしながら言う。

 

(…なにぃ…? キザなの、キザを気取ってるの? 消したい、すごく消したい)

(ルウ、何でそンな怒ってンだ…?)

(あぁ、ごめんね? キミの隣に座るヤツに激しく殺意抱いちゃって)

(……よくわからないンだが……)

 

 内心で首をかしげながら、ルウが怒っているらしいと言うことだけ悟る。

 ウォルターが腕を組んで考えていると、掃除機の音には負けるが、武芸者には十分な音量の声でリンテンスが話しかけてきた。

 

「お前、どうして天剣を手放した」

「ん?」

「あのガキの実力はお前との戦いを見ていて分かった。だが、お前には到底及ばない実力だ。あの程度、必要は無いだろう」

「オレが譲る必要が、ってことか? それはオレが判断する。あいつは伸びるぜ?」

 

 けらけらとウォルターが笑うと、リンテンスは先程より更に眼に鋭さを宿し、ほんの少しだけ怒りの感情をその瞳にのぞかせた。

 

「そんなことを言ったのではない。お前が、むざむざその才能を腐らせるのがおれは腹立たしい」

「それ、ルッケンスにも言われた」

「あいつと意見があうと言うのはなかなか腹立たしいが、同意見だ。……先程も言ったが、」

「分かった、分かったって。けど、オレだって考えなしにグレンダンを出るわけじゃない。色々とやることがあるンだよ」

 

 ウォルターの発言に対し、リンテンスがやはり鋭い目つきのまま腕を組んだ。

 肩をすくめるウォルターはソファの肘掛けに肘を置き、頬杖をつく。組んだ足先を上下に揺らしながら、せっせと動く最上級権限保有者を見つめる。

 腕を組んだリンテンスが、指先でアルシェイラに千切られていく鋼糸を回収しながらウォルターに口を開いた。

 

「お前の“やること”を否定する気はない。…しかし、その地位を捨てる必要はなかったはずだろう」

「さてね? オレもどこまでかかるかわからない現状じゃ、事を進める為に最善だと思える策をとるしか無い。それが、今回は“こういう事”だっただけだ」

「……どういう理由だろうと、お前は腐ることを選ぶということか」

「だから違うって言ってンじゃねぇか。随分と怒ってンだなお前」

 

 当然だと言いたげにリンテンスは息を吐く。その行動にやはり肩を竦めつつ、ウォルターは組んでいた足を崩して組み直した。

 アルシェイラは先程から2人で話し込んでいる事が不服らしく、掃除機を両手で構えてウォルターへにじり寄ってくる。

 

「ねぇウォルター、手伝って! この部屋ものすごく汚いのよ、1人じゃ手が足りない!」

「…えぇ…、ヤだって」

「どうしてよー!」

「だから、おまえがやるって言い出したンだろが…オレが手伝う義理は無いだろ」

「やだあああ手伝ってえええ」

「うるせぇ」

 

 ウォルターが苛立たしいとばかりに言い放ち、突き出された掃除機を足で突き返す。

 やはり不服そうな顔でウォルターを睨め付けるように見るアルシェイラに溜息を吐きながら、ウォルターは、掃除機は突き返しながらも彼女が腰に差していたはたきへ手を伸ばした。

 

「っとに」

「さっすがウォルター! やっぱりやってくれるのね」

 

 嬉しそうに手を叩いたアルシェイラに眉を寄せながらウォルターはやはり溜息を吐く。

 はたきを手にばたばたと部屋の角でリンテンスがつけている鋼糸ごと埃等を払っていると、後ろからアルシェイラに声をかけられる。

 

「ねぇねぇウォルター、ウォルターは本当に良かったの?」

「お前まで言うか。しつこいぞ。……お前こそ怒ってないのか?」

「怒ってないわよ。だって、あんたのしようとしてることを止める方が大変だもの」

「…止められるかどうかを抜いたら、怒るンじゃねぇのかよ」

 

 息を吐きながらそうアルシェイラに言い返す。アルシェイラは小さく「うーん」と唸り、どうだろう、と呟いた。

 

「わからないわね。あんたが地位に興味無いことは知ってるし、何よりあんたを特別待遇程度で捕まえられるとは思わないし」

「ふーん?」

 

 やけにあっさりと言ったアルシェイラに、ウォルターは片眉を上げてどこか怪訝な顔をした。

 

「なによ」

「いや…、お前のことだから軽く何か言うと思った」

「別に? だって、一応“あんたのこと”知ってるんだし…、つべこべ言っていられないでしょ。どうせ、なんで、って聞いても言わないのがあんたでしょうし? だったら意味ない」

「……まぁ、確かに言われても聞かないが」

「はいはい、聞かなくても知ってるから。さっさとしてちょうだい」

 

 やはりそう言うアルシェイラに、大人になったなぁというか、よく分かっていらっしゃると苦笑を浮かべ、はたきを動かした。

 そんなアルシェイラの態度に対してもやや不服な天剣は半分以上だろうが、それでもウォルターは構わない。必要なのは、ウォルターが“目的を達成することが出来る”事。

 その他は必要ないのだから。

 

「まぁ、面倒なのは確かだけどね~。最近、変な動きもあるみたいだし」

「そうだな」

「ウォルター、どうせ暇でしょ? しばらく身を潜めてていいから、王宮にいてくれない?」

「はぁ? 面倒くさいから嫌だけど」

「だーめ! グレンダンにいる以上、あんたはわたしの管轄でしょ。ってことで、よろしくね~」

「……だったらはじめから疑問形にするなよ。オレが断ることくらい分かってンだろうが」

「てへ」

「かわいくないぞ」

 

 ウォルターがさらりと言い返し、アルシェイラはむすっと頬をふくらませる。

 ソファに寝転がり直したリンテンスの頭を、ウォルターがはたきでぱしぱしと叩くと、不機嫌そうな眼が返ってきた。それにけらけら笑いながら、ウォルターは言う。

 

「まぁ、ひとつだけ言っておきたいンだけどさ、ハーデン」

「……なんだ」

「アルセイフの事、ちっとでいいから気にかけてやってよ。…騒動が起きそうだからな。面倒事はすぐオレに回ってくる」

「……………………それは、おれに片棒を担げと?」

「さすが理解が早い」

 

 軽く肩を竦めてそう言いながらはたきを髪に落とすと、リンテンスは先程より二割増し機嫌の悪い顔でそれを払いのけながら視線を逸らした。

 

「ふん。お前は見通しがいいのかいいのかわからん」

「良くも悪くもない」

「つまり微妙、と」

「酷いなおい」

「ちょっと働きなさいよ! 女王ばっかりに働かせてー!」

「お前はいつも働いてないンだからこういう時くらい働け」

 

 そう言いつつウォルターは、またはたきを動かしはじめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一ヶ月が経った。

 本日は老生体がグレンダンへ向かってきていて、新しく天剣授受者になったレイフォン・ヴォルフシュテイン・アルセイフ初の戦いだ。

 グレンダンの空中庭園、そして王宮には濃い汚染物質の雲の合間から暖かな日差しがちらちらと降り注ぐ。木陰ではないが、軽い屋根の陰に少し強めの風、軽く混ざって鼻につく汚染物質のにおい。これで汚染物質のにおいがなければ最高の場所で、ウォルターはうたた寝をしていたのだが、突如、王宮を震わせるほどの轟音が響いた。

 それのせいで、オレは溜息を吐く。轟音が響く前から女王の剄の昂ぶりは気づいていたし、やるだろうとは思っていたが、本当にやった。

 高圧縮の剄を放って中庭を壊して、後悔するのは女王の方だというのに。

 ひょいと屋根の上から中庭を覗きこむ。

 破砕した回廊の石柱、円形にえぐられた中庭の中心に立つ流麗な女性に視線を向けながら、オレはぼぅっとした眼でその状況を見る。

 女性はこのグレンダンの女王、アルシェイラ・アルモニス。

 そしてその周りにいるのは天剣授受者のカルヴァーン・ゲオルディウス・ミッドノット、サヴァリス・クォルラフィン・ルッケンス、殺剄で少しだけ分かりにくいがカナリス・エアリフォス・リヴィン、そして三王家の一つ、ユートノール家最後の1人、ミンス・ユートノールだ。

 

 この騒動の目的はおそらく女王の殺害だろうが、なぜこのメンツなのかと考える。

 

 ミンスはユートノールという三王家のひとつに属する家名の出で、天剣の座を狙っていた。だから、今回レイフォン・アルセイフに天剣が授受された事が気に食わないのだろう。単純に。だが、手順も踏んでいないミンスに天剣が授受されることなどまずない。レイフォンはなんだかんだいってきちんと手順を踏んできた。彼が同じようにしていたならば、ウォルターが天剣を譲るかどうかは置いておいて、試合は行われたのだ。

 一番の原因は自分にあるというのに、ミンスはのんきだと思う。ユートノールというぬるま湯で甘やかされたミンスには、自分の非を認めるというのはなかなか難しいことかも知れないが。

 

 それにしても、カルヴァーンはミッドノットという現在最も栄えているだろう武門の当主であり創始者。現在も天剣授受者を続ける50代とは思えない強靭な肉体と剄密度を誇る武芸者である。実力も申し分ない。それなのにいまミンスといるというのは、苦労性とプライドの高さが相まってミンスにうまく乗せられ、乗ったのだろう。

 一番の理由は、天剣の年齢が幼すぎるということだろうが。天剣の地位もへったくれもないのが女王だとわかっているくせに、苦労性のカルヴァーンはやはり貧乏くじを引くようだ。

 

 サヴァリスはサヴァリスで、天剣を授受した際にウォルターと戦闘になり女王に手がとどく前に叩き潰された。だが、そう言っても特に根に持つような人間ではない。常に戦いを求め、上昇志向にあるというだけで。となれば、ただ戦いたいという考えで乗ったのだろう。

 となれば、サヴァリスに構うのはあまり意味のない行為だということだろう。サヴァリスもややウォルターと似たところがあって、出来るくせに政治的な事に関わるのを好まない。やろうと思えば出来る知能はあるくせに、だ。

 まぁ、ウォルターも人のことは言えないが。

 

 では、カナリスはなんだ? 三王家の亜流武門リヴァネスの出身。彼女の出身の武門は、大抵王宮警護の任や王自身の警護、公式式典……少し前にあった天剣の授受式のようなときには護衛の任もつく。カナリスは実力を見ぬかれ、幼いころからアルシェイラの力添え……もしくは影武者となるよう教育を受けて天剣となった。

 ……ただ正直、あの女王に必要かどうかは定かではないが。

 公にはあると公表されていても、事実上使っていなければそれはないのと同じだ。彼女はそれを危惧しているのだろうか。

 

 ミンスが騒動を起こした理由はわかっている。

 一ヶ月前の、レイフォン・アルセイフの天剣授受者任命式、と言うよりはレイフォンが天剣になるというその事実に対して異議の申し立てだろう。

 彼の性格からして、アルモニス戴冠家の陰謀だとかよくわからんことを言いそうだが。

 

―――――あー…、くだらねぇー…

 

 ばかげた政治的な論議に付き合う気はないというのに。

 あぁ、まったく……くだらない。

 つい先程の轟音で飛んでいた眠気が返ってきた。ウォルターは大きくあくびをしながら屋根の上で屈んだ体勢へ動いて、巻き込まれる前にさっさと逃げようとした。のだが。

 

「ちょっとウォルター?! あんたもいるくせに何シカトしよーとしてんのよー!」

「うげー…、面倒なのに捕まった」

「うるさい、殺剄もしてないくせに見つけにくいのよあんたはっ! さっさと降りて来なさい!」

「ヤだね、子どもの喧嘩ならオレ巻き込まないでクダサーイ」

「なぁんですって?」

 

 こりゃだめだ。

 直感で感じたウォルターはしょうがないとばかりに後方へ回転しながら中庭の回廊手前へ飛び降りる。

 ぼろぼろになった4人を前に平然と腰に手を当て、ウォルターにむすっとした顔を向けるアルシェイラ。しょうがないとばかりにアルシェイラの両頬を片手で掴んで、膨らんだ頬をしぼませながら、屈みこんでいる周囲のヤツらへ気だるく視線を向けた。

 

「で、面倒なことはゴメンだ。全員手短に言え」

 

 そう言ってさらさらと話を聞いていくが、やはりウォルターの想像通りだった。

 ミンスは自己中心的な考え、サヴァリスもまた然り、カルヴァーンは仲裁がてら異議申し立て、カナリスは自害しようとする。

 鬱陶しいとばかりにカナリスの両手を腕輪から展開した鋼糸で止めつつ、ウォルターは腕を組む。

 どうしようかと考えていると、ミンスが叫ぶようにウォルターに言う。

 

「あなたもあなただ! あんな子どもに、天剣を授けるなど!」

「あぁ?」

 

 ウォルターが怪訝にミンスを睨む。その睨みにたじろぎながら、ミンスが口を開いた。

 

「わかっていないのですか。あなたが自分勝手な理由で天剣の座を降りたことで天剣という名を貶めたのですよ? それも、あんな形であんな子どもに譲れば、約束されている地位は……」

「うるせぇな」

 

 ミンスに対し嘲笑を浮かべ、ウォルターは冷め切った眼で言い放つ。

 

「オレのモンをオレがどう扱おうとお前に関係ないだろ。名を貶めるだ? こンな女王が上に立った時点で地位も名を貶めるもあるかよ、ンなモン。ばかばかしい」

「……どういう意味よ」

「お前は黙ってろ、ややこしくなるから」

 

 むっと唇を尖らせたアルシェイラの鼻をつまみながら、ウォルターはそう言い返す。

 摘まんだ手をばしばしとはたき落とし、アルシェイラがしょうがないとばかりに口を噤む。

 だがウォルターの言葉はすでにミンスを怒らせるには十分だったようだ。

 

「天剣はグレンダン王家のものであって、あなたのものではない! なにより、どうあろうと陛下の有り様を否定することは、天剣授受者として……いいや、グレンダン市民として恥ずべきだろう!」

「アルモニス殺そうとしたお前が言うな。大体オレはもう天剣授受者じゃないし、好き勝手言ってるのもいつもだろ。今に始まったことじゃない。……天剣なら全員知ってると思うけど…って、あぁ、お前は三王家の1人であって天剣じゃないのか」

 

 は、と小さく嘲笑すると、ミンスはやはり眉をしかめる。

 

「わたしを天剣にしなかったのはあなた達で、わたしを試合に出さず子どもを試合に出したのはあなただろう!」

「オレにそンな決定権はないし、あったって捨てるっての、そンなくだらねぇ権限は。あったって生ごみ回収の日に生ごみと一緒に出すわ」

「権限と存在の重要性をわかっていないのか、あなたは? 女王に唯一干渉できるのはあなただけで、女王を動かせるのもあなただ!」

 

 子供かと思いながら呆れ混じりにウォルターはため息を吐いた。

 ミンスの言葉の端々には、「気に食わない」という感情があふれている。

 

「要するにオレが気に入らないってことだろ、それ。…だいたい、…権限だろうと天剣だろうとオレが受け取ったものを、オレが誰にやろうと関係ない。少なくとも、お前のようなヤツに渡しはしないな」

 

 そう言ってミンスの言葉を鼻で笑い飛ばすと、ミンスの顔に明らかな怒りが見えた。

 だがその程度だ。ウォルターはすでに興味が失せた顔でサヴァリスやカルヴァーンの方へ視線を向ける。

 

「で、そっちにまだ言いたいことはあるのか? ミッドノットが三王家について不満があることは分かった。だからそれはアルモニスとその他の頭のヤツらはそれなりに動かすとしても、それ以外で現時点解決策が見えることは何かあるのか」

「僕は済んだよ。戦いたかっただけだから」

「…あぁ、そうだろうな。お前は聞くだけ無駄だ」

 

 ウォルターが呆れた表情を浮かべてそういうと、サヴァリスは眉根を寄せて苦笑した。

 腕は折れているようで、若干額に汗が浮かんでいる

 

「酷いなぁ」

「酷くない。事実だろが。だからお前はいいンだってどうでも。お前じゃなくて、リヴィンとか、ミッドノットは」

 

 わなわなと肩を震わせ、カナリスは絞りだしたような声で言った。

 

「やっぱり…わたしは必要ないんですね。陛下にも、ウォルターがいますし…」

「オレ関係あるか? お前はお前だろ、しつこい」

「…いつも、そんなふうに言うのね。……あーん、もう死んでやる!」

「だぁからやめろっての。言うこと聞けばか」

 

 鋼糸で固定している腕を無理に動かそうとする。無理に動かすとさすがに手首が切れてしまう。ウォルターはカナリスの両手首を掴んで鋼糸を解き、頭を抱え込むようにしてよしよしと撫でる。

 まったく手のかかる同僚ばかりだと、大きくため息を吐いた。

 

「それで、ユートノールは。まだ、何か言いたいことが?」

「…あるとも。あるに決まっているだろう」

「ま、そういうのもいい。…だが、オレ達は武芸者だ。どうせなら、剣で戦うべきだろう?」

 

 そうウォルターが言うと上空に巨大な陰が差し、中庭が大きな黒に覆われる。

 それに眼を奪われていると、中庭の中央部へそれが落ちてきた。

 

「はは、派手にやるねぇ。…リヴィンは落ち着いた?」

「……なんとか……。ウォルターはいいので?」

「まぁ、別になんとも。中庭がこれだけ壊れたとなれば、なかなか修理も出来ないだろうし…巻き込まれるのはヤだなぁ…」

「かつて、あなたがしたことよりは派手じゃないと思いますが」

「ん~…? なんのことだ?」

 

 ウォルターはとぼけた顔で肩を竦めつつ、カナリスから離れる。

 若干苦笑交じりにカナリスは腕を組んだ。

 

「忘れたとは言わせませんよ。あなたは不可抗力だったとはいえ、サヴァリスと喧嘩して王宮をあなたの剄で半壊させ、中庭まで壊したことは」

「……うん、そんなこともあったな」

 

 遠い目をしながらウォルターは回廊の方へ下がりつつそう返した。

 

 サヴァリス・クォルラフィン・ルッケンス。今回の騒動を起こした1人でもある。

 彼は天剣授受式の際に、女王へ喧嘩を売ろうとした。だが、ちょうどアルシェイラ護衛担当だったウォルターが彼のそれを阻止した。そこまでは良かったのだが、そこからがいけなかった。

 ウォルターとサヴァリスがやや組み手を繰り返していた途中、アルシェイラの野次を飛ばしにウォルターが言い返していると、サヴァリスが天剣を復元、手甲のついた拳で剄技を放ったのだ。

 それに本人が言うには驚いたらしい――周囲は絶対にわざとだという噂で持ちきりだった――ウォルターは、いきなり衝剄を放った。しかも膨大で、密度の高い衝剄。瞬時に練られたらしい剄は王宮を半壊させ、中庭までも破壊した。

 サヴァリスはウォルターが取り押さえたもの、お気にいりの中庭を壊されたアルシェイラは呆然としていた。

 だがカナリスにとっては王宮を半壊させ中庭を壊したことより、「しょうがないだろ」の一言でアルシェイラの文句をすべて一蹴したのが印象的だった。

 なんとなく思い出していたカナリスは、息を吐きながらウォルターを見る。

 

「7年前のことですが、あれは衝撃的でした。わたしは天剣になって1年目でしたし、余計に」

「あー、そういえばそうだな。あれはびっくりしたから、咄嗟になっただけだ。瞬発的なもので」

「咄嗟、とか瞬発的な剄で、とかで王宮を半壊させ中庭を壊した事をすませられるのはあなただからでしょうね。知っていましたが、天剣授受者は本当に化物揃いだと思いましたよ」

「っは、そりゃあ我らが女王サマは化物集めをお望みなンだからしょうがないだろ?」

 

 ウォルターがにやりと笑みを浮かべ、そう言う。カナリスは怪訝な顔をしつつも頷いた。

 

「それは…そうですね。……天剣授受者のような属に『化物』と呼べるような実力を兼ね備える武芸者を、なぜ陛下は…」

「そういうことは、言わぬが花。それ以上は、知らぬが仏、ってな。天剣で居続ければ、いずれ必ず知ることだ」

「…そうですか」

「あぁそうだ。……さて、オレは捕まる前に逃げるよ。三十六計逃げるに如かずって言うし。ごちゃごちゃ考える前にとんずらすることにする」

 

 けらけらと笑いながら言い、ウォルターは髪をかき混ぜながら踵を返す。

 その背にやや眉根を寄せながら、カナリスが声をかける。

 

「今日は上機嫌ですね。言葉がスラスラ出てきてます」

「そうか? 普通だろ。じゃあ、後始末頑張れー」

 

 ひらひらと手を振ったウォルターが、跳躍して姿を消した。

 降ってきた塊から出てきたのは新参者のレイフォン・ヴォルフシュテイン・アルセイフで、ウォルターとの確執がある子どもだ。その「面倒くさいこと」を避けるため、ウォルターはさっさと去っていったのだろう。

 

 だが、とカナリスは思った。

 

『後始末頑張れー』

 

「……………………やられました」

 

 完全にやられた。

 レイフォンとミンスの一騎打ちが決まったのは言いが、それにしても、完全に逃げられた。

 なんとも思っていなかったため逃してしまった。

 半壊した中庭、三王家に課された事柄の調整。すべて放っていった。

 

「……まぁ、もう天剣ではありませんし、しょうがないですが……」

 

 もう少しいてくれても良かったのに。

 そう思いながら、カナリスはため息を吐いた。

 

 




カナリスカワイイデス。
アルシェイラ様以上の自由っぷりを発揮するウォルターさん。
時たまツンデレらしきものを発揮するカナリスさん。
グレンダンの女性陣可愛らしくてすきだなぁ(末期)
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