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雲は見渡す限りほとんど無く、青空にイワシが二、三匹。
水面は凪ぎで風は極微風。
妙高型のお姉さま方なら喜んで昼間砲雷戦を挑みかかるだろう天気だが、駆逐艦にとってはもうちょっと荒れて欲しいくらい。
そんな中を4隻の駆逐艦娘で編成された駆逐隊が、原速黒20の14ノットで突き進む。
吹雪、白雪、初雪、深雪。
彼女たちは今、哨戒任務の最中だ。
黎明と共に鎮守府を出て、早7時間が経過した。
出撃のときには紫のグラデーションを描いていた太陽は、今や中天に昇って激しく燃え、
――また半袖焼けしちゃう。
吹雪は頭上の太陽を睨みつけた。
ただでさえ、芋っぽい、田舎くさい、しばふ、だとか言われる身である。
この上さらに小麦色にでも日焼けしようものなら、より一層の田舎っぽさが漂ってきて目も当てられない。
「外洋は苦手だぜー、揺れる揺れる」
「酔った……船酔い……」
「もう初雪ちゃんたら、また夜更かししましたね? 船酔いには大敵なのに」
とはいえ旅は道連れ世は情け。
日焼け仲間たる11駆逐隊の面々もまた、炎天下に身を晒している。
特に初雪などは暑さと船酔いのダブルコンボで息も絶え絶えで、戦いもしない内から中波判定が出そうなほどだ。
「休憩を……具申する……」
「だそうですよ? 吹雪ちゃん?」
「さんせーい! あたしもお腹空いたしな!」
「それじゃあ、両舷前進・微速・赤10。お弁当食べつつのんびり行こうか」
「「「了解っ!」」」
艦隊速度を微速6ノットに設定し、そこから更にプロペラ回転数を10下げる。
民間輸送船にすら追い抜かれるレベルのスピードは、まさにのんびりだ。
この程度の速度なら、木の葉のようなと揶揄される駆逐艦でもほとんど揺れる事はない。
マトモな駆逐艦娘であれば、この状態で昼寝だって出来てしまう。
もっとも、本当に寝るのは極一部の艦娘だけだけれど。
今も眠そうにしている初雪をぼんやり眺めながら、背中に装備した缶(背部艤装ユニットの通称だ)に吊るした飯盒を取り外して、手元へ持ってくる。
「今日のご飯は何だろなーっと!」
深雪が一番最初に蓋を開けると、潮風の中へ微かな酸味が広がった。
中蓋を抜いた飯盒の中には、竹皮に包まれた大振りなおにぎりが2個もごろり。
「あちゃー、ジャングル飯だぁ」
「仕方ないよ。この暑さだもん」
頭を抱えた深雪を、吹雪は嗜めた。
米飯は腐りやすい。とても。すごく。
だから気の利いた調理係は米を炊くときに水を少なくし酢を混ぜる。
こうすると雑菌の繁殖が抑えられ、炎天下でも長持ちするのだ。
もともとは南方熱帯地域のジャングル戦線に送られた陸軍がはじめた手法なので、海軍っぽい組織に属する艦娘たちも、この米飯をジャングル飯と呼んでいた。
「理屈はわかるけどさー、やっぱり美味しくないよなぁ」
「そう……? 麦が入ってないから……意外と好き……」
「それに今日はあきつ丸さんが作ってくれたおにぎりですから、陸軍ならではの工夫があるかもしれませんよ?」
「そーかなー? まぁいいや、いただきまーす!」
「「「いただきます!」」」
揃って合唱し、まずは竹皮を取り除く。
すると中から現れたのは、黄色の粒々が混ぜ込まれたおにぎりだ。
ちょっとクセのある萎びたような香りもする。
「たくあんおにぎりだ!」
叫ぶように言った深雪が、とにかくがぶり。
残った三人も負けじとおにぎりへ齧り付いた。
たくあんがパリポリと小気味良く弾けて、あまじょっぱさを振りまく。
「おいしい……!」
「これ、ジャングル飯ですけど酢飯っぽくしてますね」
「ごはんがちょっと黄色っぽいのは、たくあんの漬汁も使ってるのかな」
シンプルだが飽きのこない、お茶が欲しくなるような懐かしい味だ。
漬汁に含まれるカツオ出汁がしっかり旨味を出していて、余計な付けあわせが無くてもバクバクいける。
「お! 次のは梅おにぎり!」
真っ先に食べ終えた深雪が、次のおにぎりに手を伸ばす。
剥かれた竹皮の裏から淑やかに姿を現したのは、桜色に染まったおにぎりだ。
梅干ではなく、梅酢に漬けた小梅を砕いたものが混ぜ込まれている。
「これも酢飯になってるね」
酢飯の甘さと小梅の酸っぱさがちょうど良い。
気取って梅ばかりたくさん入れたものと違ってご飯が多めで、梅はあくまでアクセントになっているのも嬉しかった。
やっぱり米だ。おにぎりの主役は米なのだ。
「力になりそう」
「でもちょっと梅が酸っぱいです」
「白雪ちゃんは……酸っぱいの苦手だから……」
梅干のような皺を刻んでしかめ面になった白雪を、初雪が笑う。
性格は一番大人っぽいが味覚は一番子供っぽいのが、白雪という艦娘だった。
そのため普段は彼女に敵わない初雪や深雪は、こういうときにだけ逆襲に出る。
「へへん、白雪はお子様だなぁ」
「苦いのも苦手だよね……ピーマンたべられるようになった……?」
「ちょ、ちょっと? 深雪ちゃん? 初雪ちゃん?」
「む~。そんなこと言う二人には、これ、あげません。吹雪ちゃんマグカップ出して?」
「あぁ、うん」
保温水筒を掲げる白雪に言われるまま、アルミメッキのチェーンをジャラジャラいわせて、缶に吊るしたマグカップを引っこ抜く。
「はいどうぞ」
トクトクトクと注がれる液体は、炎天下だと言うのにさらに熱を感じさせた。
「あれ、ほうじ茶だ! ん~、いい香り!」
「暑気払いには熱い飲み物が良いんですって」
「それ、なんかの本に書いてあったかも……でもお茶なんてどこで?」
深海棲艦による海上封鎖によって、茶の輸入は大きく減少している。
そのため国内の主要生産地のみで需要を賄うことになったので、茶葉は高騰していた。
だから重巡洋艦より上の主力艦のお姉さま方ならともかく、駆逐艦ごときが手を出せるものではなくなっているのである。
「それはほら、ちょっと倉庫から頂いてきたんです」
「ぎ、ギンバイ……!」
「ふふ、さぁどうぞ」
「い、いただきます」
一口含むと、燻った茶の芳ばしい香りが鼻腔へ抜けた。
米飯を掻き込んだときに起こる息のつまりがさっと洗い流され、ほう、と息を吐く。
余は満足であるぞ。気分はそんな感じ。
「いやぁ、やっぱりおにぎりにはお茶だよね」
「緑茶にほうじ茶に麦茶。嗜好は結構分かれますけどね」
とはいえお茶であることには変わりなく、おにぎりにオレンジジュースとかおにぎりにラムネとか言う人は少ないだろう。
おにぎりにはお茶。
これこそ正しい組み合わせだと、吹雪はそう思う。
「ちょ、ずるいぞ! あたしにもくれよ~!」
「私にも……!」
「ふんだ。私をからかうお二人にはあげません」
「あやまるからさー!」
「右に同じく……!」
「ふーんだっ!」
お茶欲しさに謝り倒す二人を見て、吹雪はおかしそうに笑った。
これなら午後の哨戒任務もしっかり頑張れそうだった。