ゴトン─ゴトン─と水車の音が規則正しく響く中、工房の窓を開け、朝日を浴びながらベビーピンクの髪をとかし、檜皮色のウエイトレス風の制服に袖を通す。身仕度を整えると工房から店先へ出て《close》と書かれた木板を裏返す。大きく息を吸い込み、爽やかな笑顔を意識しながら一気に吐き出す。
「おはようございます!お待たせしました、リズベット武具店へようこそ!」
毎度お馴染みの挨拶も今朝で何度目だろうか、48層の主街区《リンダース》に店を構えてから随分たつが現実では真面目な性格でバイトもしたことがなく、言わばこの《営業スマイル》に慣れたのも実はつい最近だったりする。
一通り挨拶や接客を終えると、後はNPCの店員に任せて店の奥の工房へ戻る。注文が溜まってしまっているオーダーメイドの武器を仕上げるためだ。金属素材を炉で溶かして頃合いをみて取りだす。一度小さく深呼吸心をしてから愛用の鍛冶専用ハンマーを振り降ろそうとした──その瞬間。
「リズー!おはよー!」
「んわっ!?」
勢いよく工房のドアが開いて思わずハンマーを取り落としそうになる。
「…おはよう、あんた毎度わざとやってるんじゃないでしょうね」
「ごめんごめん、気を付けます」
そう言うと白と赤を基調にした制服を着た栗色のロングヘアーの少女は照れ笑いしながら軽やかにこちらへ歩いてくる。
制服と同じく白と赤をギルドカラーとするアインクラッド屈指の攻略ギルド、血盟騎士団の副団長《閃光》アスナだ。この武具店をはじめるときに、制服や髪色をコーディネートしてくれたのも、親友でお得意様である彼女だったりもする。
「今日はどうしたの?剣も防具もこの前ピカピカにしたばっかじゃない」
「今日はメンテじゃないんだ、キリトくんからの伝言でちょっとリズに聞きたいことがあって」
「聞きたいこと…?」
この質問がどんな意味を含んでいるのかを、アスナも、もちろんあたしも分かってはいなかった。
「…ということらしいんだナ」
《情報屋》のアルゴはゴツゴツした木製のテーブルの上にある器をひょいと持ち上げ、中の冷たく赤いトロッとした液体を飲みほした。
それにつられるように俺も手元の器に残っていたアルゴのと同じ何かのスープらしい液体を一気に飲み干す。匂いよりも甘味は薄く、ハッキリ言ってマズい。お世辞にもウマいとは言えない。
「で、明日のエリアボス討伐から攻略に参加するってのはどんな奴らなんだ?」
「全員装備は攻略組としては最低限のラインだろうナ、でもお互いの連携は悪くないし性格も良い奴ばかりだから攻略集団に溶け込むのに問題ないと思うゾ、どっかの誰かと違ってナ。なぁ?キー坊」
ニヤニヤ笑いながら俺を見るアルゴの視線から逃れるように窓の外に光る星を見上げる。星といっても正確に言えば上層、72層の底面に写し出される《星空風の映像》なのだが、そうは思えないほど見事な星空である。
そう、この上にはまだ29も未攻略の層があるのだ。1層からこの71層まで登ってきたことを考えれば楽に思えるかもしれないが、層を重ねるごとに強くなる敵MOBや数字が増えれば増えるほどプレイヤーのレベルが上がりにくくなることを考慮すると決して容易でないことは明らかだ。その証拠に最近のフロアボス攻略ではじわじわ死者が増えてきているため、今話に出たような新たに攻略に参加したいというプレイヤーは歓迎すべき状態だ。だがそれと同時にメンバーの選別や編成は厳しくやらねばならない。なぜならこの浮遊城での死は現実での死と同義だからだ。そんな俺の思考を知ってか知らずか、アルゴは尚もニヤニヤしながら言った。
「ま、明日になれば分かることだしオイラが話すよりも本物の攻略組が直に見た方が良いだろうしナ。今回の代金はこのスープってことで、それじゃまたナ」
そう言うと板張りの床をパタパタと鳴らしながら足早に店を出ていってしまった。相変わらず素早いことだと内心で関心しながらNPCの店員を呼び勘定を済ませ─
「…!?」
二人分のスープの料金を見て暫く絶句してしまったがNPCの店員に何を聞いても無駄だと判断し、そのまま支払いを済ませ、最前線の街へ観光に来たプレイヤー達に紛れながら部屋を借りている宿屋を目指す。
「あんな店二度と行かねぇ……」
そう呟いてからふと気付く。だからあの店いつも人がいないのか…。
お疲れ様でしたー!