「第501統合戦闘航空団、ねえ…」
ぼんやりとそんなことを呟く。
思えば、ここにたどり着くまでに随分と時間がかかったな、などとクルト・フラッハフェルトは考える。まあ、当然ではあるが。
「それで、私にどうしてほしいのかな?マロニー大将を抑えろとでも言いたいのかな?」
と、問いかけた先にいるのは、整った目鼻立ちに、引っ込むべきところは引っ込み、出るべきとこは出た理想的な体型に、鮮やかな赤のストレートの長髪を持った美少女。彼女の名前はミーナ・ディートリンデ・ヴィルケ。クルトの幼馴染でもある少女だ。
「そうですね。それも准将にお願いしたいところなのですが、今回は別件です」
「へえ?興味深いね。君が私に頼み事とは。いいよ、幼馴染の好だ。話だけでもいいなら聞こう」
この幼馴染はめったに自分に頼ってはこない。彼女自身の力で何とかできるといったこともあるのだが、恐らく、身内に甘えないという彼女自身の性格による処が大きいだろう。
「ええ、ヒューゴ・ダウディング大将きってのご要望でもあります」
「確認しておくが、それは命令かい?いくら私が彼よりも階級が下と言っても、私も仮にも将校クラスだ。それなりの手続きを踏んだ上でのことでなければ、従えないな。まあ、何が言いたいかというとだね、ミーナ、君の頼みでないのなら、『俺』にとっては聞く価値すらないってことだ」
その軍人としては考えられないほどの身勝手な言葉に、ミーナははあ、と溜息をついたかと思うと、
「もう、クルト、それは流石に意地が悪いと思うのだけれど?」
「そう言われてもね。俺が動くのは、精々、君やJG52のうちの誰かの頼みか、俺自身の昇進に繋がるときくらいだよ。そういう風にどちらかの派閥に属するような真似は本来ならしたくないんだ。蝙蝠であった方が何かと便利だしね」
「そういう風に器用に立ち回れるのはあなたくらいなものよ」
「そうかな?君も個人的な感情さえ捨てれば、出来るとは思うけどね」
「それが一番の問題だとも思うのだけれど」
「まあ、確かにね」
自分は上に上がるためにそれこそ汚いことまで行って、手段を選んでこなかったからこそ、ここまで上り詰めることができたのだ。
基本的にそういった手を使わずに中佐まで上がれるミーナの方が異例なのだ。
「まあ、そういう話に花を咲かせるのも悪くはないけど、本題は?」
「そうね、単刀直入に言うわ。ダウディング大将とともに、私たちの後援となってほしいの」
「ま、そんなとこだろうね。流石に反対勢力が大きかったか。各国も自分が一番可愛いからね。そうなるのも当然の帰結か」
「ええ、その通りよ。あなたほどの影響力が加われば、それが決め手になると思うし」
「ふむ…」
そう言ってしばし考え込むクルト。別に協力すること自体は他ならぬ彼女の頼みでもあるし、どうなっていくかの結果も分かっている以上、構わないのだが、やはり、『
「クルトは反対なの?」
「基本的には。君やトゥルーデ、フラウをより過酷な最前線に置くことになる。本来なら、今すぐにでも軍を辞めて欲しいくらいなんだけどね。まあ、言っても無駄なことは分かってるけど」
「それは、その、悪いと思ってるわ…」
「それは何に対して?俺に心配をかけること?俺がこういう風に軍にいること?前者ならともかく、後者なら、それはお門違いだ。君たちがいようがいまいが、俺は軍に遅かれ早かれ入ってたよ」
守りたいものを守るためには『力』が必要だった。ならば、手っ取り早くそれを手に入れるために、『軍』という手段がこんな時代では最善なのだから。
「……そうね。あなたはそういう人だものね」
「引っかかる言い方だなあ」
「頑固なのはお互い様ってことよ」
「それは否定できないね」
「それで?答えは?」
「まあ、構わないけど、いくつか条件を付けさせてもらう」
「ケチね」
「自覚はしてるよ」
その後、クルトが付けた条件に対して、凄まじく嫌々ながらも了承し、ミーナはその場を後にした。
「はあ…」
「どうした、ミーナ?」
疲れたように溜息をつくミーナに対して、そのように顔に出すのは珍しいと思い、問いかけるのはゲルトルート・バルクホルン。
「いえ、まあ、『彼』のことよ」
その一言で、ミーナの溜息の原因が分かり、同時にバルクホルンも渋い顔となる。隣でゴロゴロしながら聞いていたエーリカ・ハルトマンだけは特に表情を変えることはなかったが。
「ああ、アイツか…」
彼とは、他ならぬミーナの幼馴染である、クルト・フラッハフェルト准将のことである。
ゲルトルートやエーリカともかなり長い付き合いの存在でもある。『友人』と言えなくもないが、ゲルトルート自身は彼のことが苦手だ。手段を選ばず、それこそ汚職すれすれのことまでやってのける彼と、清廉、質実剛健な軍人であらんとするゲルトルートではそりが合わないのも当然のことではある。
それでも尚、彼女が彼のことを『友人』と呼称するのは、その最終的な目的がミーナや他ならぬ自分自身を守るというものであることを知っているが故である。彼にとってはそれすらも計算の内かもしれないが。
ちなみにエーリカは彼のことを気に入っている。曰く、「どことなく自分と似てるから」とのこと。どこかどうとは、本人も明言はしていない。少なくとも普段の生活態度ではないことは間違いないのだが。
「しかし、面倒だな…。他の将校には頼れなかったのか?」
「無理ではないけれど、クルトが一番理想的なのよ。複雑だけれど。権力もある程度持っていて、派閥が形成できるほどの影響力もある。尚且つ、私たちのために掛け値なしで何の見返りも求めずに協力してくれる、ともなればね」
二人して、はあ、と溜息をつく。溜息をついたミーナの手には、クルト・フラッハフェルトの名前と経歴について書かれた書類が握られていた。
◆◆◆
クルト・フラッハフェルト准将。
彼は二十歳にも届かぬその年齢で、異例のスピード出世を遂げている。そして、彼と敵対したライバルたちを、彼は徹底的に相手を叩き潰した挙句、その勢力を吸収しているため、ついたあだ名は『ラプトル(略奪者)』。いろいろと黒い噂が絶えない人物でもあるが、ウィッチたちや民間人のウケは案外良かったりする。
そんな彼は、パ・ド・カレー撤退戦における、「ダイナモ作戦」時に、ウィッチでないにも拘らず、戦闘機でもって、重傷を負った挙句、三日ほど行方不明になりながらも、通常ではありえないほどのネウロイ撃墜数を誇ったことから、頭角を現し始めた。
それにより、彼は民間人にとっての期待の星ともなり、その手腕を見込まれ、カールスラント空軍第52戦闘航空団の支援及び、上層部とのパイプ役を担うと同時に、補給作戦におけるネウロイ襲撃時に再度多大なる功績を幾度かあげることで、昇進を繰り返した。また、対人戦闘におけるプロフェッショナルでもあり、未だ無敗。スーパーエースとも称されるゲルトルート・バルクホルンがその固有魔法『筋力強化』を使って、ようやく引き分けたという話は、今なお伝説として語り継がれている。ちなみに、引き分けることができたのは彼女とヴァルトルート・クルピンスキーのみであり、他のカールスラント空軍第52戦闘航空団のウィッチたちはすべからく足元に転がされたのもまた有名な逸話である。
そんな彼の黒い噂がささやかれ始めたのは、その後本国の軍上層部に勤務し始めたときからであり、曰く、「敵対した翌日には、殉職する」や「失脚したライバルたちの消息がいずれも不明」といったことがまことしやかにささやかれたりもした。
また、謁見した際には現皇帝フリードリヒ四世からも気に入られたことで、彼の地位や影響力はそういった噂も相まって、軍上層部であっても無視できぬほどに高まった。その結果として異例の速さで准将にまで上り詰め、現在に至る、というわけだ。
そんな、ウィッチ体制の反逆の旗印ともいわれそうな彼だが、前述したように、ウィッチたちからの人気は高い。基本的にウィッチたちを危険にさらすような作戦を取らないといったことや、彼女たちに優先して潤沢な補給を回してくれるというのもあるが、何よりも彼が軍人になったとされる理由が大きい。
その理由というのは、優秀なウィッチでもある、ミーナ・ディートリンデ・ヴィルケ中佐との関係によるところが大きいだろう。彼女と彼が幼馴染なのは、周知の事実である。
それは他ならぬ皇帝謁見の場で、
「聞くところによると、お主は音楽家を志していたそうだが、なぜ軍に入ろうと思った?それこそ、音楽家の命でもある手を怪我する可能性が高いにも拘らず」
との問いに、
「ミーナ・ディートリンデ・ヴィルケという、女のためです。それ以上の理由は必要ないかと」
と答えたことで、一気に広まった。その答えに対し、皇帝は腹を抱えて笑った。
後にその話を聞いたミーナは、首から耳まで真っ赤になったそうな。
とまあ、そんな話もあって、恋に恋する少女たちでもある、ウィッチたちは基本的にそんな恋物語の主人公のような彼のことを嫌うはずもなく、彼が支持される一つの要因ともなったわけである。
◆◆◆
クルトのことが書かれた書類に目を通したミーナは、再び溜息をつき、渋面を浮かべながら、
「相も変わらず、ふざけた経歴ね」
「まあ、今更だろうさ。あれでもし魔力を持ってたらと思うと、惜しくもあり、恐ろしくもあるな」
苦笑しつつも、ミーナの言葉にそう答えるゲルトルート。苦手ではあっても、彼女は彼の手腕こそ評価しているのだ。
(やれやれ…まあ、アイツが味方ともなれば、心強くはあるが…)
敵に回ったらこの上なく厄介であり、味方となればこれほどまでに心強い存在もないだろう。彼は裏切ることはしないだろうが、ミーナたちを守るために、必要に応じて敵に回る可能性は十分に考えられたのだから、この成果は上々だろう。ひとまず形になってきたことを今は喜ぶべきだが、まだ残る問題も多いと、ミーナとゲルトルートは気合を入れていた。どこぞのエースは相も変わらずごろごろしていた。
◆◆◆
「ここが正念場だ。背負わせるようで悪いが、頼むぞ、宮藤芳佳軍曹」
呟くクルトの手には、この後のネウロイと人類との趨勢を大きく左右するであろう、『主人公』の資料が握られていた。