両手で砕くオーバーロード   作:デトロイト

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1話

蝋燭に火を灯し火種の火をふっと息を吹きかけて消す。一瞬部屋は暗闇に染まり、私は消えかけた蝋燭の火が勢いを取り戻すのを待った。ぼぅとまだ弱い蝋燭の火が薄暗く部屋全体を照らしている。私はもう一本の蝋燭も火を移そうかと考えたがそこまで掛かる用事ではないのでやめることにした。

 ギシと軋むロッキングチェアに腰かけ私は机の上に置かれた数十枚の貨幣を眺める。そしてその中から1枚を手に取り、じっくりと模様を眺め凹凸の変化に気を配る。そして、机の端にかけられた袋の中に手にした貨幣を入れた。そしてそれを繰り返す。模様の乱れた物、銀や銅の比率のおかしいものは全て邪魔にならない様に端に置いていく。時折ジジッと蝋燭の火に羽虫が焼かれる音を聞きながら私はこの作業に没頭する。額を伝う汗を袖で拭きながら私は最後の1枚を袋に落とした。

 

「まぁこんな物か。今日はいつもよりも多かったな」

 

 誰もいない自室で私はそう独り言を述べた。私の前には質の悪いと判断した数枚の貨幣が置かれている。普段は先ほど鑑定した数十枚から1,2枚といった所なのに今日は5枚も出ている。偶々私が鑑定した物に不良な物が固まっていたのか、それとも造幣所が銀をケチっているのが判断はつかない。私は不良の貨幣に錐で印を付けてから、部屋の隅にあるベットに横になった。ガラス戸の外からは日が暮れてからも未だ活気のある街並みの様子が見て取れる。日中仕事もあるというのに夜になっても元気な人たちを羨ましく思いながら私は消し忘れそうになっていた蝋燭の火を消し眠りについた。

 ユグドラシル、それは私が心血を注いできたゲームだ。社会人となり独身の私はあまりある時間と少しの自由に出来るお金をそのゲームにつぎ込んだ。仲間たちとあーだこーだと話し合い、強敵との戦いに一喜一憂していた。しかし、時の流れとは残酷で有り如何に素晴らしいゲームであろうと終焉の時は訪れる。私は過ぎ去りし楽しかった過去の感傷に浸ろうと友人には何も言わずに一人、ゲーム内を巡っていた。誘えば当時の仲間も数人は集まっただろうがあの時の私はとにかく一人でゲームの終焉を楽しみたかった。友人を誘ってギルドを組む前はずっと一人でプレイしていたのだ。始まりが一人だったのなら、終わりも一人というのが一種の礼なのではないのか、当時の私はそんな考えだったのだろう。

 そしてサービスが終了する午前0時を過ぎても、ゲームが終了することは無かった。いや、終わったのは割かし幸福だった私の今までの人生だろう。頭を鈍器で殴られたような衝撃、絵具を混ぜた様に私の視界が混ざり合い気が付くと私は林の中に立っていた。ゲームキャラクターと同じ見た目となった私はどうにかして事態を収めることが出来ないか悪戦苦闘していたが、結果は徒労に終わった。何がどうしてこうなったのかは分からないが、私はゲームの世界?に入ってしまったのだ。いや、正確にはよく似た別の世界なのだろう。幸いにも時間を掛けて研鑽を積み重ねたスキルや道具などはゲームと何も変わらず、腕っぷしだけはそこいらのモンスターを蹴散らせる位にはあった。そして右も左も分からない私は、怪しい商人たちからあれこれと言われあやうく身ぐるみ剥されそうにもなったが、偶然助けられた恩人に仕事も住処も用意してもらい今に至る。

 

 朝、といってもまだ日は昇っておらず遠くの山際が暁に染まっている頃、私はベットから体を起こし換気の為にガラス戸を開けた。スーゥと肌寒い朝の空気が入りこみ、まどろんでいた目が覚める。パンパンと私は2回腿を掌で叩き立ち上がる。そして、家の外にある井戸から水の入った桶を引き上げ中の水を掬い顔を洗う。態々こんなことをしなくても、貯めこんであるアイテムの中には永久に水を出し続ける水差しもあるのだがそれでは味気ないと思い出来る限り、アイテムは使わずに生活をしている。案外牧場物語みたいで個人的には嫌いじゃない。

 顔を洗い終わり、家に入ると私は鍋に火をかける。鍋の中身は豆と豚ののスープだ。ゲームキャラと同じ性能になってしまったが為に食事も睡眠も本来は必要ないのだが、自分が普通の人間であった事を忘れないためにどちらも必ずしている。なにより料理はいい。食事が必要でなくとも味覚が無い訳ではなく、むしろ以前よりも味覚が繊細になったようにも思える。生来貧乏舌ということもあり、こちらに来てからというもの食べるもの全てが美味しくてしょうがない。ぐつぐつと煮えるスープを椀に装い、私は箸で椀の中の豆を掴み口に運ぶ。よく煮込まれた豆は噛むとふっくらと潰れ淡泊ながらも深い味わいを楽しませてくれる。豚も少し固くなっているもののそれが逆にいい歯ごたえとなり良し。食べ終えた椀を水の張った桶に沈め、私は昨日仕分けた貨幣の入った袋を手に家を出る。今日の用事は午前中に鑑定した貨幣を依頼人に渡すことだけだ、それが終わったなら久しぶりに街を見て回るのもいいかもしれない。

 日が昇り爽やかな風が私の頬を撫でる。しかし、その直後に不快な風が私の全身を包んだ。この時私の直感は、嫌な予感と言う物をひしひしと感じていた。

 街は今日も人々の熱気と活気に包まれていた。大通りには店が立ち並び、その隙間を埋めるように露店が立ち並んでいる。子供と手をつなぐ女性、鎧を身に纏い帯刀した男、豪華な服を着て商品を値切る商人、大通りだけでもこの街が如何に発展しているかが見て取れる。道中、話しかける露店の商人たちを適当にあしらいつつ私は目当ての民家の前に立ち、ドアをノックする。どたどたと中から動き回る音が聞こえ、その音は玄関にたどり着くとピタリと止んだ。そして玄関を上け現れたのは妙齢の女性だ。

 

「早かったのね、午後からだと思って油断してたわ。さ上がって」

 

 そういってまとめた髪からはみ出た髪をゆっくりと再びまとめた女性は、私の恩人であるシュトーさんだ。口八丁で私から装備をはぎ取ろうとした商人から私を助けてくれた人であり、仕事に困っていた私に仕事を斡旋してくれた人だ。

 私は軽く会釈し、シュトーさんの家に上がる。相も変わらず部屋の中は色々な物が散乱し、中には瓶詰めの魔物の眼球まである。彼女は古今東西あらゆる珍品を収集するコレクターであり、部屋に散乱する物全てが一般庶民の年収を遥かに上回る逸品らしい。彼女がいったいどこからこれらを買う金を稼いでいるのかは、まったくもって謎である。シュトーさんが家に唯一あるテーブルの上を綺麗に横にばら撒き、山となっている珍品の中から椅子を一つ取り出しテーブルの前に置き、シュトーさんは珍品達の上に座る。私は置かれた椅子に座り、頼まれていた貨幣の入っている袋をシュトーさんに差し出す。シュトーさんはテーブルの上に、中の貨幣をばら撒き数を数える。

 

「5つ、足りないね。不良品?」

 

「はい、どれも彫りが違っていたり銅の比率が高かったりと粗悪な品です。こちらがそれです」

 

 私はシュトーさんに残りの貨幣を渡す。シュトーさんはそれを受け取ると、自分のポケットを探りメモ帳とペンを取り出しそこにさらさらと何かを書いていく。そして書き終わるとそれを破り私に手渡す。

 

「じゃ、報酬はいつものとこで。今回は金額がいまいちだからまたしばらくすると何か依頼するよ。あんた腕っぷしがいいみたいだから、魔物退治でもお願いしてみようかね」

 

「シュトーさんからの依頼ならなんでも受けますよ。いい加減に部屋も片付けた方がいいですよ。次会う時は荷物に潰されてたなんて御免ですから」

 

「これは、これで、計算され尽されてんのよ。ほら、用がないならさっさと出なさい」

 

 私はシュトーさんからのメモを受け取り家を後にする。通りに出た後シュトーさんのメモを見るが相変わらず私にはまるで何を書いているのか分からない。でも、これをギルドに持って行くだけでまとまった金額が手に入るのだから私は気にしない。そして私は寄り道せずにまっすぐにギルドに立ち寄る、ここはいつでも冒険者たちがおり街の中でも独特な雰囲気となっている。私は受け付けにシュトーさんのメモを渡すと、受け付け嬢はにっこりと笑うと係の者に声を掛けた。

 

「少しお時間がかかりますのでサロンでお待ち下さい」

 

 そう言われ、私は適当にサロンのソファーに座る。何度かここに来たこともあるが私はこの場の雰囲気が結構気に入っている。何かに挑もうとする人々の熱気、誰かと背中を預け合える信頼感、様々な事がこのサロンでは渦まいている。そしてそれらを眺めることが、私の楽しみの一つだった。その中で、私はサロンの2階の一組に目が行く。数人のパーティみたいだが、その中の2人は初めて見る人だ。一人が黒いフルプレートの鎧を着こみ大剣を2本も背負っている。隣にいる女性はその騎士の連れだろうかキッとした瞳と黒髪が特徴的で、気の弱い人だったら思わず気おくれしてしまいそうだ。そしてその2人を囲むのは、たしか漆黒の剣というパーティだ。冒険者たちの中でも彼らはかなり仲が良く、依頼終わりの度に楽しそうにサロンで談笑していた姿が記憶にある。

 私はなんとなく彼らの事が気になりソファーから腰を上げ、2階に上がる。私を見つけたリーダーのぺテルくんがおーいと手を振ってくれる。そしてそれに続いてルクルットくんやニニャくんも手を振り、ダインくんはうん、と頷いた。

 

「これから依頼かい、こちらの人は?」

 

「お久しぶりですね、こちらは今回一緒に依頼をこなすモモンさんとナーベさんです」

 

 ぺテルくんはそういって、鎧姿の騎士とお付きの女性を紹介する。

 

「只今ご紹介に預かりましたモモンという者です。こちらは私と旅をしているナーベと言います。以後お見知りおきを」

 

 そういいモモンと名乗る鎧騎士は立ち上がった会釈をした。かなり大きい、鎧込みでもかなりのガタイの良さだ。そしてその隣にいるナーベという女性はまるで虫を見るかのような視線をぶつけてくる。

 

「モモンさんですか、私はハシンという者です」

 

 お返しに私も自己紹介し右手を差し出す。するとモモンさんは一瞬動揺したようにすると、私の右手を握った。

 

「ハシンさん、よろしければ依頼の後お話をしたいのですが大丈夫でしょうか」

 

 初対面にしては積極的だなこの人。

 

「ハシンさん、ご用意ができました。受付までお願いします」

 

 1階から受け付け嬢の声が聞こえてくる。私はそれに返事をし、漆黒の剣やモモンさんに別れの挨拶をし1階に降りる。受け付け嬢から報酬である大袋いっぱいの銀貨を受け取り、私はモモンさんの事を思い出し、2階を向く。

 

「モモンさんさえよろしければ、直ぐにでもお話しできますが」

 

 そういうとモモンさんは少し考えた後、ぺテルくんに何かをいいナーベさんと共に1階に降りてくる。まさか本当に直ぐ来るとは思っておらず、私は少し困惑する。1階に降りて来たモモンさんは私の前まで来るとナーベさんに何かを伝える。するとナーベさんは直ぐにギルドを出ていってしまう。

 

「ハシンさん、すいませんがあまり人に聞かれたくない話ですので、近くの酒場にでも」

 

「あぁ構いませんよ。見ての通り収入もありますから久しぶりにお酒も飲みたいですし」

 

 こうして私とモモンさんの2人は近くの酒場に立ち寄ることにした。適当に店を選び、店の門をくぐる。そして店主に適当にお酒と料理を見繕ってもらい、私とモモンさんはテーブルに座った。特に会話はなくモモンさんは料理が来るまで待つつもりのようだ。それなら私も気が楽で助かったと感じる。そして、程なくして私の注文したお酒と料理が運ばれてくる。が、昼間という事もありモモンさんの様な冒険者ならこんな時間にお酒を飲む訳にはいかないだろうと、自分の気の利かなさを恨んだ。

 

「すいません、これからぺテルくん達と仕事に行くんでしたね。良かれと思って頼んでしまいましたが要りませんでしたね」

 

 そういってモモンさんの分のお酒をキャンセルしようとした時だった。

 

「単刀直入に聞きたい、ユグドラシルというゲームを知っているか」

 

 想像外の事を聞かれ、私はモモンさんを睨み付ける。

 

「・・・知っていたとしたら、なんだ」

 

「私もその一人だと言えば、理解してもらえるだろう」

 

 モモンはそういうとフルプレートの兜の一部を私に見せる。彼の素顔?はユグドラシルで何度も見た骸骨の姿であった。彼が私に何を聞きたいのかは知らないが、私に言えることは何もない。私は今までシュトーさんからの雑務を受けギルドで報酬を得てそれで生活していただけなのだ。彼がどこから来たのか知らないが、この世界に付いては私などより彼の方が詳しいかも知れない

 

「残念だがモモンさん、私から言えることは何もない。別にもったいぶってる訳でも君を陥れようとしている訳ではなく、私はこの世界で只々生活していただけだ」

 

「いやそうではなく、どうだろうか。私と協力してはくれないだろうか、この世界の事を知る為に冒険者ギルドに登録したが手っ取り早く金策を得る意味でも私とあなたならミスリルクラスに行けるのではないでしょうか」

 

「ふふ、随分な事を言う。アナタが何者かは知りませんが私はそこまでのプレイヤーじゃありませんよ」

 

「ユグドラシルに貴方以上のプレイヤーは数える程しかいません。ゴッドハンドのハシンさん」

 

「随分昔の通り名をよく覚えていますね。確かその名前はユグドラシル後期だと死語同然だったと思いますけど」

 

 ドンと彼はテーブルを叩いた。周りのお客達が奇異の目で私達を見ている。私は彼を宥めてジョッキに注がれたお酒を飲む。この体になった数少ないデメリットは普通のお酒では酔えなくなってしまった事だろう。

 

「確かに私も昔はゴッドハンドなんて名前もありましたけど、貴方の買いかぶり過ぎです。現に私は過去何度もワールドチャンピオンのたっち・みーさんに挑みましたが、一度でも彼に勝てたことが無い。かつての栄光も地に堕ちたという事ですよ」

 

「だからですよ。私はハシンさんがどれだけ強いか知っています。貴方の強さは、当時を知る私が一番身をもって知っています」

 

 彼はそう熱弁する。そして私は記憶を巡らせる。ユグドラシルでスケルトンでおまけに私とたっち・みーの関係を知っている人なんて何人もいなかった。モモンガ、ギルド アインズ・ウール・ゴウンのリーダーであり、過去私が何度も討伐しようとした人物だ。実際数度討伐には成功したことがあるが、現在の大墳墓に拠点を移してからは一度も彼を倒した記憶がない。まさか、私の仇敵とも呼べる存在が私と同じ境遇であることに一種の運命を感じる。

 ここで出会ったのも何かの縁なのだろう。なおも熱弁を続ける彼を見ると、おそらくアインズ・ウール・ゴウンで私と同じ境遇なのは彼だけなのかもしれない。邪険に扱うのは簡単だが、共に歩むことで何か進展があるかもしれない。不確かな希望ではあるが完全に行き詰まった現状を変えるにはこうした冒険こそが正解なのかもしれない。私はジョッキを掴み、中のお酒を一気に飲み干す。果実の汁をアクセントにしたお酒は喉の奥にさわやかな風味をもたらす。

 

「・・いいでしょう、しばしの間だけモモンガ、貴方と協力します。しかし、私は今の生活が気にいっていますから突然に抜けるかもしれませんよ」

 

「それで構いません。少なくとも金策が安定するまでは、お願いするつもりですが」

 

 私は店主に頼み特大のジョッキにありったけのお酒を注いでもらいそれを私とモモンガの前に置いた。

 

「少し俗っぽいですが契の盃です。お互いを浸食しない限り、この契は有効です。では、同志モモンガに」

 

「同志ハシンに」

 

 お互いにジョッキを傾け、最後の一滴を飲み干した所でテーブルに叩きつけるように置く。周りの冒険者達は奇異の目線から驚きの眼差しを私達を見ていた。当然だが、あれだけの量のアルコールを摂取してもお互い一切酔った感じはない。そして私は手付かずの料理を急いで食べ始める。美味しい料理に対して冒涜的な行為だが、モモンガと協力関係になった以上、この後の漆黒の剣との依頼にも私は参加しなければならないだろう。漆黒の剣の皆に話を付ける為にも、彼らを待たせる訳にはいかなかった。がつがつと料理を食べる私を他所にモモンガは今来たお付きのナーベを連れて店を出ていく。料金を払っていかなかったが、彼は何も頼んでいないので当然だ。そして、私は最後に冷たい水で口の中を綺麗に洗い流し、店主に料金を支払い、皆が待っているであろうギルドへ向かうのであった。

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