ポケットモンスターORAS 高校二年生の戦い 作:タイタン2929
人とは違うことをやりたい
1
桜が満開! の季節も終わり、梅雨に入ったある日の午後。
高校生活も慣れてきて友人も二人ぐらい出来た俺。
人生とは何か、生きる意味とはなんぞや、とかなんとか哲学的な理論を考えていた。
今日は学校が休みで、やる事がない。完璧にない。
決して、暇人なわけではない。
友達にマックへ行こう! とか誘ったが、全員断られ、俺は少々やる事がないだけだ。
「そういえば今日って…………ポケモンの発売日だよな」
ポケットモンスター。略してポケモン。
ゲーム自体の名称を指すが、ゲーム内に出現するポケモンと呼ばれる生物を指す意味でもある。
主人公が数々のポケモンを捕まえ、ジムと呼ばれる対戦施設へ赴き、バッジと呼ばれる物を手にする。
そしてそれを八つ集め、ポケモンリーグという世界で一番強いトレーナーを決める場所へと行く。
見事ポケモンリーグマスターになれば、ゲームクリアという訳だ。
アニメも長年放送されており、国外ではかなりの人気を誇っている。
「昔は友達とよく対戦して、遊んでいたりしたっけ」
俺は嘗ての自分を連想し、思い出に浸る。
幼稚園の頃は沢山の友人がいて、先生や家族とも仲が良かった。
自由に生き、自由に笑い、人目を気にすることなく自我を貫いた。
――でも今は違う――
教室内では常に気を張り巡らせ、運動部の機嫌を伺う。
決して対等ではない関係だが、表面上は対等と偽り、日々を過ごす。
思っていた学校生活とは違い、なんの面白味もない。
「……はあ」
気が付けば俺はため息を吐き、立ち上がっていた。
そのまま自分の机に置いてある財布を手に持ち、部屋を出る。
気分は憂鬱だが、なぜだか無性にポケモンを購入したい衝動に駆られた。
十六歳になってもポケモンだなんて恥ずかしいが、俺はポケモンをやりたい。
最新のPCゲームやソーシャルゲームなんかより、底知れぬ面白さがある気がするからだ。
課金もないし、五千円だして二ヵ月ぐらい遊べれば十分だろう。
大して面白くなくても、自分が買いたいと思って買った商品。
つまななくても悔いなんかない。
「おっといけねえ。傘持ってかないと」
外は一定の間隔で鳴る雨音で賑わい、家とは一線を隔している。
玄関にまできた俺は、傘立てから自分用の傘をとり、玄関の扉を開ける。
引き籠っていたニートではないが、なぜだか外の空気は新鮮に感じた。
雨が降りやむ気配はないけれど、俺もコンビニへ着々と歩いていく。
2
コンビニでダウンロード版のポケットモンスターORを買い、自宅へ一直線に戻った。
OR、ASのどちらにしようか迷ったが、差はあまりない。
きのことタケノコ程度の差だ。
個人的には水より火の方が明るいイメージがあって好きなので、ORにした。
3DSのソフトなんて買ったのは久しぶりで、幼稚園の思い出にまた浸ってしまう。
今ではゲームのやり込み要素も増え、ポケモンの種類は七百を超えたらしい。
時代の流れってもんは、意外とはやいんだなと思ってしまう。
「コードの入力は完了っと。後は……ダウンロードが終わるまで待つだけだな」
SDカードの容量はまだあるので、ゲームはダウンロードできる。
暫く3DSの画面を見ていたが、一向にダウンロードされる気配がない。
ふと机に置いてある時計を見れば、もう既に七時を回っていた。
今日は土曜日ではなく日曜。明日は学校がある。
考えただけでも嫌になるが、我慢して行かなければならない。
「ダルイな~」
一旦、3DSを閉じ、自分の部屋を出る。
そろそろ夕食の時間で、席に着くのが遅れると母さんがうるさいからだ。
「そういえば……姉さんはまだ帰っていないのか」
俺の姉さんは、今年で大学一年生。
栗毛色の長い髪が印象的で、明るく活発な女性だ。
おそらく、今日も友人たちと夜遅くまで遊んでいるんだろう。
大学生になれば、バイトも初めて自然と遊ぶ機会が多くなる。
と、聞いた事がある。
「ちゃちゃっと食って、ゲームするか」
今後の予定を見据え、飯を早食いすることにした。
ゲームをじっくりやりたいタイプなので、なるべく時間が欲しい。
そうと決まれば、俺はすぐに行動を開始する。
一階への階段を下り、食卓にある自席へと流れる動作で座る。
親父はスーツ姿のまま椅子に座っていて、テレビを見ていた。
定番のニュース番組だ。
「ご飯できたわよー」
キッチンの奥から声をかけてきた母さんは、夕飯の皿を並べ始めた。
どうやら今夜はピーマンの肉詰めのようで、親父は渋い表情をしている。
亭主関白ではない内では、母さんの特権が強い。
親父はピーマンは嫌いらしいが、母さんは無理やり食べさせる。
苦手を克服してほしいんだそうだ。
「分かったよ。食べるよ……はあ」
「…………あ、そういえば由梨は? まだ帰ってないみたいだけど……?」
ビクッと肩を震わせる親父。
母さんの声音は、優しいが、僅かな怒りが籠っている。
生物的に危険を感じた親父は、恐怖を抱いたのだろう。
哀れなり。
「今日も荒れそうだな」
ポツリと呟く俺。
昨夜も姉さんは母さんに怒られていた。
確かに俺も、少し姉さんは遊び過ぎだと思う。
いくら日本が平和だといっても、夜道は危ない。
美人な姉さんが、襲われないという保証はない。
「ゆ、由梨なら……近場でポケモンGOでもやっているんじゃ……?」
親父の視線は母さんではなく、俺に向いている。
察するに、同意を求めたいのだろう。
だがしかし、嘘がバレれば、ただでは済まない。
一時間のお説教と、反省文を書かされる可能性もある。
近場でポケモンGOをやっている等と、甘い嘘をつく親父には悪いが、
――今日はポケモンをプレイする予定――
残念ながら同意は出来ない。
可哀想だが、一人で犠牲になってもらう。
「母さん、由梨姉は外で友達と遊んでいるんじゃない? 銀行で金を下ろすとか言っていたし」
前半部分は俺の憶測だが、後半は事実だ。
今朝、銀行に金を下ろしに行ってくるから、母さんには内緒ね? と促された。
ま、裏切った俺が一番悪いけどね。テヘッ
「今日も由梨は夜遊びしているのね……」
母さんは腕を組み、小言を一人でブツブツ言っている。
これは近寄らない方がよさそうだ。
ささっと自分の食器を流し台に持っていき、洗う。
そして俺は何食わぬ顔で自室へと戻った。
罪悪感はあるが新作のポケモンをプレイするというワクワク感が上回っている。
たかがポケモンかもしれないが、されどポケモン
海外で不動の人気を誇るだけの面白さはある筈。
「ダウンロードも完了したことだし、じっくりとプレイしていきますか」
3DSのホームメニューに新しく出現したポケモンのアイコンを押し、ゲームをスタートする。
最初の御三家はなににするか、しゅじんこうの容姿はどんな風貌なのか、一体どんなポケモンが出てくるのか、
俺の頭の中は、それらの期待で一杯だった。
3
「お、早速ニックネームの入力だな。えっと……俺の名前は……」
ゲームを開始してからまだ一分。
俺は最初の初期設定を決めあぐねていた。
「せ、折角だし、カッコいい名前も悪くないよな」
ゲーム内でずっと呼ばれるであろう名前だ。
少し主人公っぽくしたくなる。
「う~ん。やっぱり……俺の名前でいっか」
主人公風の名前にしてもいいが、やはり本名の方がしっくりくる。
ニックネームの入力を済ませ、いよいよゲーム本編の開始だ。
「ふぁ~。なんか、眠くなってきたぞ」
ズボンのポケットに入っているスマホを取り出し、正確な時刻を確認する。
「じゅ、十時半? も、もうそんな……時間……か……よ」
ゲームをやりたい気持ちは十二分にある。
しかし、体は睡眠を欲しているようだ。
凄まじい睡魔に逆らえない俺は、スマホを片手に目を閉じた。
手足の感覚は徐々に無くなっていき、頭は真っ白。
俺の意識は完全に飛び、深い眠りへと落ちていった。