耳障りな電子音でカナタは目覚めた。
ベッドと合体している時計に手をかざすと共に響きわたっていた音は止まる。
全くどういう仕組みになっているのか未だに解らないが、1週間も経てばカナタが適応するには充分な時間であった。
チラリと隣のベッドに目を向けると、小さな寝息を立てる少女がそこにいた。
最初は部屋の端から動かなかったが、何とか今では隣のベッドで寝るくらいには警戒を解いてくれているようだ。
茶色いダッフルコートに赤いマフラー。
一体いつ着替えているのか解らないが、いつも同じのを着ている割りにとても綺麗に見える。
いつも同じ色のジャージを寝巻きにしている自分も人の事言えないか、とまだ覚醒していない頭でぼうっと考える。
のそりとベッドから出ると、洗面所へ向かう。
世界を変えてもこういう所は変わらない。
歯を磨きながら、壁から生えるように存在している機械に手に持つ歯ブラシとは逆の手を差し出す。
現れる電子の画面に、これにも最初は驚いた。
今ではもう慣れた様子でスライドしていくと服を選ぶ。
色々な服があるものの、極力、カナタの世界で良く見る服を着るようにしていた。
何だろうこのとんでもない服のレパートリーは。
用意してくれた服はこれでも少ない方らしい、なんかもうアークスって何でも有り。
元々着ていた服によく似ているブレザーの服を選ぶと、決定のボタンを押す。
それと共に服装は電子的な煌めきと共にジャージからブレザーへと姿を変える。
自分の世界では考えられない機能だが、顔を洗ったり歯を磨いたり等は変わらないのは何でだろう、と適当に考えていた。
髪の両端を結び鏡を見る。
小さく「よしっ!」と零すと寝ぼけていた瞳を力強く見開く。
準備を終えると時計を確認した。
丁度午前5時。
まだ寝息を立てているファランのベットへ起こさないようにゆっくりと近づく。
いつも被っているフードが取れ、ピンク色の髪が漏れ出ていた。
同姓から見ても、そのあどけない幼さが残る表情は小動物を見ているような可愛さを感じる。
無防備な寝顔に思わず頬が緩んでしまう。
「ファランちゃんは、可愛いなぁ〜」
上ずる声と共に思わず頭へと手が伸びてしまう。
撫でようと伸ばした手が触れようとした瞬間、がばっと勢い良く布団が動き出した。
そのまま白いシーツがファランの頭をスッポリと覆い隠してしまう。
ファランの怯えるような視線がシーツの隙間から覗き込んでいた。
その動作に、カナタは今日もダメかー、と肩を落とす。
ファランは異常なまでに鋭い。カナタとしては女の子らしく触れ合うスキンシップでもして交流を深めようとしたいだけ。
励ましてくれたあの日、美しい青い花の世界を見せてくれた時は、大きく彼女に近づいたのだと思っていたのだが……。
少し寂しい気持ちが残るものの、気持ちを切り替えて外に出るドアへと歩を進める。
「行って来るね! ファランちゃん!」
元気良くそう言った後少しだけ待ってみる。
特になんの反応も無いいつもの状態に軽く苦笑を零すと、自動ドアを潜った。
カナタが部屋を出た数秒後、のそのそとファランはシーツから顔を覗かせる。
出ていったドアをジッと見つめた後、ゆっくりと口を開いた。
「いって……らっしゃい………カナ、タさん……」
震える言葉をこぼした後、彼女は俯く。
「あ、明日、こそ言う、いって、らっしゃい……い、いってらっしゃい……」
届くはずの無い言葉に、ピンク色の髪の少女は何度も何度も同じ言葉を繰り返していた。
節約の為か、廊下はまだ薄暗い。
この暗闇も既に慣れたものだ。
目的地へ向けて歩いていると、薄暗い廊下の先から人影が見えていた。
ゆらゆらと動くそれは暗がりのせいで顔は良く見えない。
「後何人、殺す……?」
耳に残るような妖艶な声を零す。
薄暗い暗がりに目を凝らすと、そこにルーファが立っていた。
いつもの制服では無く、カナタの世界で言う所のジャージ。
しかも可愛らしいピンク色。
そんなルーファに、カナタは脅える所か肩をすくめて見せる。
これも慣れた物の一つ。
「またですかルーファさん……」
つかつかと近づくと鼻ちょうちんをプラプラとさせているルーファの手を取る。
「ほら、ベッドに帰りますよー」
「私の眠気を妨げる奴は……むにゃむにゃ……ぶち殺しますゥ……」
子供の用に前を先導して歩くと大人しく後ろをついてくる。
「お願いですから寝ぼけて外歩き回るのやめてくださいよ……最初死ぬほどびっくりしたんですからね……」
「善処……します……むにゃ」
「善処じゃなくて、止・め・て・下さい」
寝ぼけながら可愛い声を零している彼女にため息を付く。
どうせ後から聞いても覚えてないと言われる事を知っているカナタはそれ以上何も言わない。
物騒な事をつぶやきながら徘徊する彼女をベッドに戻すのも最早日課になっていた。
「眠ィ……ぶち殺しますぅ……」
「はいはいそんな理不尽な理由で殺さないで下さいね」
呆れながら彼女を部屋に連れていくとフラフラとベッドへと勢い良くぼふっと、倒れ込んでいた。
暫く、その寝顔を見つめてみる。
子供っぽくベッドにくるまる姿はジョーカーと恐れられた彼女とは程遠い。
「こうやって見たら、ファランちゃんと同じで可愛いのになぁ」
思わず視線を落としてしまう。
「……ロ、ラ……ン」
思わず視線をあげてしまった。ルーファの口から出た言葉に、その表情に固まる。
「まだ、まだ……甘い……ですねェ……」
子供のような屈託の無い笑顔を零す寝顔に、心臓を掴まれたような感触を感じていた。
それは見てはいけない物を見てしまったような、そんな感覚。
「行かなきゃ……」
慌ててその場を離れる。
ぼんやりとカナタは考える。
ロランの死について、そういえば彼女の口から何かを聞いたことがないと。
カナタを守って死んだ彼の事を聞いたことがない。
恨んでいるのかと、聞いたことがない。
モヤモヤと残る物を振り払うように頭を振って、足早に食堂へと向かった。
三人体制でやってます。
小説 ふぁいと犬 ツイッター @adainu1
http://mypage.syosetu.com/3821/
挿絵担当 ルースン@もみあげ姫 @momiagehimee
曲 黒紫 @kuroyukari0412