まただ。
また人を傷つけてしまった。
だって、だって、だって、怖いから。
いつもなら逃げていた。
その化け物を見るような目から逃げる為に。
今度は自分が傷つけられるのだと怯えて。
寒い。寒い。寒い。
いつも。いつも。いつも。
目が覚めた時、慌てて辺りを見渡していた。
誰かを必死に探していた。
ああ、ああ、ああ、また、消えてしまったのだと、目頭が熱くなる。
居なくなった事に、傷つけられる恐れに対する安堵よりも、先に心に浮かんだのは。
謝りたいと思っている。
私だった。
部屋の自動ドアが開く。
開いた先に、フードを被るファランが立っていた。
不安そうに視線は下を向き、ドアの音に驚いたのかビクリと肩を震わせる。
「あれ? ファランちゃん?」
少女が目の前に立っている事に首を傾げる。
部屋を出る前にいつも以上に深い眠りの彼女は見送っていた。
いつから立っていたのだろう?
いつものように持ってきたバスケットを待っている、という様子は無い。
彼女は目の前で俯き肩を震わせている。
帰るのを、待っててくれた? 都合の良い解釈だろうか。
俯いていた視線がチラリとカナタを見上げ、視線は次に彼女の手の甲へと向いていた。
その紫色の瞳は薄っすらと赤まり、何度も必死で拭ったであろう頬が赤らんでいる事に気づく。
瞳に、強い罪悪感の色がある事にカナタは、ようやく気づいた。
スカートの裾をぎゅっと握る彼女の姿は、何かを必死に堪えているような、そんな様子に見えていた。
「だ、大丈夫だよ?」
カナタの言葉を聞いても彼女の目に溜まる水は収まらず、今にも零れそうな程に潤いを見せていた。
「あ、の、わた、し、ごめ、んなさ、い……」
たどたどしく続ける言葉と共に少女は俯く。
ポロポロとこぼれる雫に対して、カナタの瞳は酷く優しい光を見せていた。
「うーん……どうしよっかなー?」
いたずらっぽく、そういう彼女の言葉にファランは慌てて顔を挙げていた。
不安が入り交じった少女に、カナタは笑顔を向ける。
「じゃー1個だけ、私のお願い、聞いてくれる?」
その言葉にファランの視線は泳ぐ。
右往左往としながらも、結局視線はすぐにカナタの方を向いた。
やはりその表情から不安の色が消える事は無かったけれど、コクリと、カナタは小さく頷いていた。
少し、卑怯かな、という言葉が脳裏を過ぎる。
その気持ちを振り払う様に頭を振ると、笑顔を向ける。
「一緒に行きたい所が、あるの」
手を繋ぎ一緒に部屋を出る。
もっと抵抗をすると思ったけれど、ファランは思いのほか、素直に付いて来てくれていた。
廊下を二人で歩く。
引っ張られるように後ろから付いてくる彼女へ、チラリと視線だけ向ける。
フードを深く被り、更に上から片手で強く押さえていた。
まるで、自分が誰かと解れば、殺されるとまで言うかのように。
廊下を一緒に歩く彼女の手は酷く冷たく、手に震えが伝わっていた。
その震えを上から押さえる様に強く握る。
今、彼女を動かしているのはカナタに対する罪悪感だろう。
その罪悪感を利用しているのは解っている。
それでも、第一歩を。
そこまでしてでも、彼女と触れ合いたかった。
■
大きなシップの中には勿論売店のような物もある。
残念ながら人がいるようなしっかりとした物では無く、機械が並んでいるだけだけれど。
その中でも端、あまり人が居ない所へと彼女を連れていく。
少ない人の中、見知った人を見つけた。
「あれ? リースさん?」
「あらカナタ」
「どうしてこちらに?」
「新しい服が出たみたいだからね、ちょっとウインドウショッピングって感じ? って言ってもウインドウは無いんだけどね?」
その言葉にカナタはクスクスと笑う。
彼女達が元々住んでいたシップではしっかりと服等はウインドウで見れるらしい。
そこらへんはカナタの世界とはあまり変わらないようだ。
残念ながら今では電子的な表示の機械から服を見る、という具合のようだが。
ええと、電子だからエレクトロショッピングとでも言うのだろうか?
等と良く解らない思考に走っていると、後ろからボソリと震えた声が聞こえた。
「ふ……ふ、服?」
高い声にリースはカナタに隠れている少女に気づく。
そして、一目見て表情を強張らせる。
「ファ、ファラン!?」
部屋から一切出ようとせず、人の目に触れる事を嫌がる彼女が目の前に居る事に驚いていた。
名前を呼ばれたファランは小さな悲鳴を上げてその場で蹲ってしまう。
蹲るファランの背中に優しく手を置き、カナタは笑う。
「大丈夫、大丈夫だからね。私が一緒にいるよ。大丈夫」
優しい、母のような瞳。
その瞳は直ぐに変わる。
「ムフ……ムフフ」
ニヤリとした、嫌らしい笑みと共に。
「むっふっふっふ!! 私のお願いはぁ……ファランちゃんをォ……コーディネートさせてって事ォ!! それじゃあ可愛い可愛いファランちゃんを更に可愛くしましょうねェ!!」
「へ?」
間抜けな声を零すファランのフードを掴むと優しくフードを剥がす。
「ほら、可愛い」
にっこりと、笑う彼女の笑顔にファランは思わず目が開く。
綺麗な、本当に綺麗な笑顔だった。
そして、その笑顔を浮かべる頬が更に開く。
「っひ!?」
突然の表情の変わりように思わずファランの口から悲鳴がこぼれていた。
「ちょカナタ!! ヨダレ拭きなさい凄い顔してるわよ!」
「ヨダレ何て出てないですよォうふふふふふふふ!! ほァ!? 涙目上目遣い!! いやん! いやんいやん! やばすぎ!!」
女性にあるまじき声を上げたカナタに、リースは頬を引きつらせる。
「貴方そんなキャラだったっけ!?」
リースは呆れた声も無視して固まっているファランを近くの椅子に座らせる。
いそいそと何処から取り出したのか解らない櫛やブラシでファランの長いボサボサの髪を巧みに伸ばしていた。
「あー……やばい……やっばいわァ……ふわっふわだわァ髪ぃ……この綺麗な桃色の髪触りたかったのよねェ……うひょひょひょ……もう食べたいわぁ口の中放り込みたいわァ」
気味の悪い笑い声を挙げる度に、座っているファランの表情は硬直する。
「ファランを連れ出したのは凄いけど、何やってんのよこの子」
「どゅふふふふふふ!! めんこいのう!! めんこいのう!!」
カナタのハートになっている目は、誰かに似ているような気がした。
スグにその気持ち悪い笑い声が脳裏に該当する。
レオンのバカに悪影響でも受けたのだろうかと頭を抱える。一切話しを聞く様子の無いカナタから、視線はファランの方へ向いた。
「ファランも嫌なら嫌って言っていいのよ?」
名前を呼ばれたファランは突然ピシリと背筋を伸ばす。
「は、う、わた、私」
おどおどとした仕草のファランは視線が右往左往と泳ぐ。
その後、紫色の瞳がリースの方を向いた。
しっかりと、彼女を見る。
リースを見る。
久しぶりに、ファランの目を見た気がした。
「約束、だか、ら」
そう言うとファランはぎゅっと目を瞑る。
声を聞いたのは何時ぶり頃だろうか。
彼女はもっと、生気の無い瞳をしていた筈だ。
怯える姿は変わらない、唯少しだけ、瞳に色を見た気がした。
その瞳に色を付けたのはきっと、彼女だ。
ダラダラと涎を垂らす姿を見て、アレやっぱり勘違いだろうか、という言葉が頭を過ぎるが、……彼女にも、何か考えがあるのかもしれない。
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「こことぉ! ここをぉ!? 結ぶでしょ!? ギャアアアアアア!!! ンがわいィィィィ!!! 視線のエクスプロージョンやァァァ!!」
ピンク色の髪が後ろで二つ結びにされ、可愛らしくツインテールの形へと変わっていた。
とんでもない悲鳴を挙げているカナタに対してリースはニヤリと笑う。
「ッフッフッフ!! 甘いわねカナタ!!」
「何!?」
何故か不適な笑みを浮かべるリースに対してカナタが仰々しい反応を示している。
「え!? そ、そっち側!?」
困惑するファランを置いてけぼりに、リースは電子版をばたばたと叩く。
電子の粒子と共に、リースの手に物体が現れ、その手に握られた物がファランの頭に装着される。
桃色の髪は後ろに綺麗な二つの束を作り、その頭の上には獣染みた三角の耳が並んでいた。
「猫……耳……!?」
ふらりと一瞬頭が後ろへと動く。
「可愛すぎ!!!」
「カナタ! 鼻血鼻血!!」
ボタボタと地面を真っ赤に染める事も気にせずカナタはがっしりとファランの肩を掴む。
「っィ!?」
優しかった筈の彼女の姿はそこには無く、鼻血と涎を垂らしながら荒い呼吸をする姿にファランの表情が引き攣る。
「つ、つ、つ、次は、ふ、服も変えましょうね!? お、お姉さんと更衣室行こうね!? ね!?」
「カ、カナタ乗った私も悪いけど凄く気持ち悪いわよ!!」
「気持ち悪くない!!」
鼻血を飛ばしながら何を言っているんだろうこのムスメは。
言葉を失うリースを無視して再び視線はファランの方を向く。
「ッ!?」
再び大きくファランの肩が揺れる。
「だ、だ、大丈夫だからね! 優しくす」
カナタが言葉を言い切る前に、ファランは我慢が出来なくなった、と言うように思いっきり立ち上がっていた。
「ピ! ィ! うう!」
楽器のような謎の高音を口から飛び出させたかと思うと、ファランは悲鳴を挙げながら飛び出す。
「ヤァァァァァァァァァ!!!!!」
「あれ!? ファランちゃん!?」
「そりゃ逃げるでしょ……」
呆れた声を零すリースの言葉等トリップ状態のカナタには聞こえていない。
「何!? 何!? 私とファランちゃんの逃避行!? よっしゃぁ背景に海用意しなさいよ! キャッキャウフフの追いかけっこの始まりよ!! 待て待てぇー! ふぉひょひょひょ!!」
「落ち着きなさい!!」
「ぎゃん!?」
鼻血と涎をまき散らすカナタの頭上にリースの鉄拳が振り下ろされると、コミカルな音と共に、更にコミカルな音を口から零しながらカナタはその場で蹲る。
「痛いぃぃ……ッハ、私は何を!」
「そりゃ誰だって逃げるわよ、ほら鼻血拭いて」
「す、すみません」
受け取るハンカチを一瞬汚してもいいのか悩んでしまうが、リースの呆れたような視線に大人しくそれを鼻に当てる。
「やりすぎよーカナタ」
リースの言葉にカナタは申し訳ないと言うように笑う。
「ご、ごめんなさい……つい嬉しくて」
「嬉しくて?」
「彼女が一歩前に出てくれたのが嬉しかったんです。チャンスだと思ったんです……」
三人体制でやってます。
小説 ふぁいと犬 ツイッター @adainu1
http://mypage.syosetu.com/3821/
挿絵担当 ルースン@もみあげ姫 @momiagehimee
曲 黒紫 @kuroyukari0412