女子高生と七人のジョーカー   作:ふぁいと犬

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Act.35「私は絶対に!! この子を裏切らない!!」

桃色の二つ結びが揺れる。

 

「げっほげほ!」

 

 走ったのは何時振りだろうか。

 壁に手を付いて咳き込む呼吸を整える。

 しかし、激しく跳ねる心臓は止まらない。

 顔が熱いのは、走ったからだろうか。それとも、『可愛い』と、言われたからだろうか。

 手の付いた壁。

 ガラスのような光沢を見せる綺麗な壁には、一人の少女が移っていた。

 整った髪を結び、頭に付けている特別製の同化型の猫耳。

 ピョコピョコと彼女の意識で動くそれは、元々感知能力を底上げする物。元から感知能力に長けた彼女にとってそれはプラスしたとして微々たる物でしか無く、唯のアクセサリーと化していた。

 

「か、わ、いい?」

 カナタが言っていた言葉を思い出す。

 両手を頬っぺたに当てその場で蹲る。

 赤く火照る顔を抑えようと触れた顔は、抑えられるわけもなく掌が熱くなるだけ。

 

「わ、わ、わた、し?」

 もう一度恐る恐る光沢の在る鏡を見る。

 まるで自分では無い少女が居るように、おどおどとした少女が見つめ返していた。

 少女の頬は、小さく上がっていた。

 慌てて視線を壁から外した。

 

 笑っていた。

 

 その事実が途端に恥ずかしくなる。

 

 ぎゅっと胸を両手で抑え、歩を進める。

 その光沢のある壁から逃げるように、その場から離れた。

 俯きながら思わず早足になる。

 何でドキドキする。

 こんなのは、始めてで。

 

 寒い、寒い、寒い。

 

 体の奥底から常に沸き起こる、黒くどす黒い冷たさが止まる事は無い。

 

 止まる事は、無い、けれど。

 

 今は。

 

 少しだけ、胸の端っこ。本当に、少しだけ。

 

 

 暖かい。

 

 

 クスリと無意識に頬が動いていた事に、ファランは気づかない。

 頬に貼られた絆創膏を優しく撫でる。

 あの人の、暖かい笑顔を思い出す。

 

「可愛い……可愛い……エヘ……エヘヘ」

 

 笑っている事に、彼女は気づかない。

 

 

 ■

 

「わぷっ!?」

 俯いていたファランは前方に気づかず顔をぶつける。

 そのまま尻餅を付いてしまうと、慌てて謝罪の言葉を口にする。

 

「ご、ごめんな、な」

 そこで言葉は止まる。

 ファランが顔を上げた先、表情が強張る。

 

「……あ?」

 

 低い声と共に、男は振り返る。

 濁った瞳が、ファランを見下ろしていた。

 

「……ヒ」

 

 まるで虫を見るような、汚物を見るような瞳に、ファランは小さく悲鳴の声を上げる。

 小太りの、身長の低い男。

 その男と対比するように隣に並んでいる細身の男も振り返る。

 同じく、汚い瞳。

 

 良い人間では無い事を意識的に感じ取る。

 

 それで無くてもこの男の事は知っていた。

 

 ガルダと言う名前のジョーカー。

 ジョーカーを枷に好き放題をしているという乱暴者。

 引きこもっているファランの耳にも聞こえてくる程に傍若無人。

 

「てめぇガキいぃ!!」

 上から降りかかる怒声に対してファランは悲鳴を挙げながら、反射的に顔を守るように両手を挙げてしまう。

 

「ご、ご、ご、ごめ」

 恐怖で言葉が覚束ないファランに、ガルダの青筋が増える。

 

「舐めてんのかガキィィ!! 俺を誰だと思ってやがる!!」

 乱暴に振り上げる蹴りはファランの横で振り上げられ、脅迫めいた動きは十分にファランの心を揺さぶる。隣のもう一人の男の下卑た笑い声が恐怖を加速させる。

 悲鳴を上げながら体を震わせながら縮こませる。

 いつもの様に、部屋の隅で震えていた時と同じ様に。

 

「ご、ご、ごめ、や、あ、あ、あ、う、い、や」

 言葉の羅列が出来ない。

黒い心の闇が彼女を覆う。

震えながら目が見開いていく。

無意識的に目頭が熱くなる。

 

怖い。怖い。怖い。怖い。

 

 恐怖で震える少女の様子は二人の男の感情を加速させる。

 弱者に大して、ストレス解消道具を見つけたと言うように。

 

「俺はジョーカーだぞ!? この俺にぶつかっておいて何だその舐めた態度はよォ!!!」

 ジョーカーという言葉にファランはビクリと肩を震わせる。

 胸倉を捕まれ無理矢理立たされるファランの足は小鹿のようにガタガタと振るえ、目を見る事も出来ずに必死に視線を外す。ガチガチと音を立てる歯は言う事を聞かずに最早言葉すら発せられない。

 

「面白いぐらいにビビりますねコイツゥ」

 ガルダを調子付かせるように細身の男はまた下卑た笑いを挙げていた。

 ファランの小さな体は乱暴に地面に投げつけられる。

その勢いのまま、非力な彼女の体は冷たい床に投げ出される。

 悲鳴を上げるファランは、自分を守るように両手をぎゅっと体に巻く。

 ただひたすらに言葉を紡ぐ。

 

「寒い、寒い、寒い……」

 彼女の感情の上下で芯まで凍るような寒気が襲われる。

 空ろになっていく瞳は、徐々に思い出していく。

 

 どっぷりとはまる黒い闇。

 彼女にしか見えない暗い世界。

 何も信じられず、何もかもが絶望に染まる世界。

 

 ああ、そうだ。

 

 この広すぎる世界から逃げるように、恐怖しかない世界から怯える様に。

 

 寒い、寒い、寒い、寒い。

 

 嫌いだ、嫌いだ、アークスも、ダーカーも、生きている全ても、そして。

 

 私自身も。

 

 

 

 ■

 

 

 

 

「やめなさいっ!!!」

 遠くで声がした。

 知っている声。

 いつもは優しい筈の、黄色い声には、赤い怒りの色が入っていた。

 ファランは無意識に彼女という存在を察知する。

 誰でも無い、誰にもなれない綺麗な色を持つ彼女を。

 空ろな視線が振り返る先には、怒りに震えるカナタが居た。

 

 

 大股でカナタは近づくとファランとガルダの前に割って入る。

 睨む男に対して、カナタは一切動じる様子も見せずに睨み返す。

 

「ファランちゃんに触れないで!!」

 

 まただ。

 ファランの背中を見たのはこれで二度目だった。

 最初は始めて会った時、まだ名前も知らないファランをカナタは守ろうとした。

 そして今、ジョーカーと言われた生きる災害を前にしても、彼女は動じる事も無くファランの前に立つ。

 何故、この人は、ここまで出来るのだろう。

 強いわけでは無い。戦えるわけでは無い。なのに何故、この人は。

 

「あぁ!? またテメェか糞女!! 殺されてーか!!」

 苛立ちで怒りをあらわにするガルダに真っ向からカナタは睨みつける。

 

「野蛮な言葉を使わないで下さい!! この子が怯えるでしょう!!」

 

「この!! 化け物がァ!!」

 ガルダが容赦なくカナタへと横へ振った腕は、破裂音のような物を響かせる。

 

「っぁ!」

 目の前の現状に、ファランは思わず声を漏らす。

 カナタの顔が横に振られ頬が赤く染まる。

1歩。

彼女がその勢いに負けた1歩を横へとよろける。

 怒りの声を上げていたカナタは顔が横に振られたまま動かない。

 その様子にガルダの頬が裂ける。

 女に手を出さないとでも思ったのか、というような汚らしい笑み。

 戦えもしない女の癖に、手を挙げれば簡単に押し黙る。

 弱者はそうしていれば良い。

 隣の細身の男に同意を求めるように下劣な笑み向けていた。

 そのガルダの顔が突然歪む。

 

 横からの衝撃でガルダは間抜けに尻餅を付いていた。

 

 返す形と言うように、カナタが思いっきり張り手を振り切っていた。

 赤らめた頬も気にせずカナタの鋭い瞳はガルダを睨む。

 

「負けるもんか!子供に手を上げる貴方を私は許さない!!!!」

 

 一瞬ポカン、とするガルダの表情はみるみる怒りで震え出す。

 

「て、てめぇぇぇぇ!!! こ、この俺に!! この俺を誰だと思って!!!」

 

「誰だって良いです!!」

 ガルダの言葉を遮る様な大声を張り上げ、カナタはその場で両手を広げる。

 守るように、体全体で絶対に触らせないという気持ちをぶつけるように。

 

「誰だろうが彼女を傷つける事は許しません!! 私は絶対に!! この子を裏切らない!!」

 

 頬を叩かれている事など触れずに、カナタの真っ直ぐな瞳が睨む。

 

 それは唯、後ろに居る少女の為に。 

 

 その姿は。

 後ろで見つめるファランの目に色を灯す。

 何故他人の為にここまで出来るのだろう。

 こんなにも、最悪で最低の世界なのに。こんな、ゴミのような人間の、為に。

 

 何で。

 

『裏切らない』と言った、カナタの背中を少女は見つめる。

 

 臆病な少女の凍える心に、その言葉が染み渡る。

 

 怒りで顔を真っ赤にしていたガルダは不気味な笑みを浮かべ始めていた。

 その笑みのまま、ガルダの腰にさされた刀がゆっくりと引き抜かれていた。

 

「口では幾らでも言えるよなぁ……気持ち悪い女がよぉぉ……」

 

 その姿にカナタの肩が一瞬震える、それでも視線は外れない。

 広げた両手は下ろさない。

 

「今度は誰もいねぇぞォ? そのムカつく目ほじくっても同じ風に出来るか試してやるよォ」

 隣の男が「流石にそれは……」という焦った声を出すもそれも無視してガルダは一歩前に出る。

 

 一瞬だけ、真っ直ぐだったカナタの瞳がブレる。

 その一瞬をガルダは逃さない。

淀んだ瞳と、汚らしい笑みと共に刀が振り上げられていた。

 

「や、だ、止め……」

 震える、か細い声がファランの口から漏れる。

 嫌だという気持ちは強いのに、体が動かない。

 唯ぱくぱくと魚のように音にもならない開閉を続けるだけ。

 

 臆病者は動けない。

 

 何も出来ないまま、ガルダの刀は容赦無く振り下ろされていた。

 




三人体制でやってます。

小説 ふぁいと犬 ツイッター   @adainu1
http://mypage.syosetu.com/3821/



挿絵担当 ルースン@もみあげ姫  @momiagehimee 


曲  黒紫            @kuroyukari0412
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