「ッハ……ァ……」
冷や汗と共に吐息が漏れる。
目の前でギラつく刃が何故止まったのか、直前でガルダが止めたのか、カナタには解らない。
「おいコラ糞ガキ」
低い声。
その声はカナタの下から。
視線を下ろす先に、黒いマフラーが舞うのが見えた、
白い髪に黒一色の服。
ガルダが振り下ろす太い腕を、下から小さな片手で止めていた。
ホルンの手で止められていた。
低い身長にも関わらず、その瞳から発せられる威圧がガルダへ向けられる。
「何だこのガキ!?」
「この俺を知らねー時点で、お里が知れるな若造が」
後ろに数歩後ずさるガルダに対してホルンはその場で回転する。
回転する黒いマフラーと共に腰から青い物体が取り出されていた。
展開される青い光が舞う。
その手に握られたのは二つの双剣。
「さて、最近調子に乗ってるガキってのはテメーだな? 俺の馬鹿共にまで手ェ出してるらしいじゃねーか」
向けた青の切っ先に対してガルダは苛立ったように舌打ちをする。
「ガキの分際で俺が誰か解ってンのか? あァ!?」
そう言ってガルダが手の甲をホルンへ向ける。
そこに刻まれたジョーカーの黒い刻印。
ホルンは一瞬だけ片眉を上げて見せ、大きくため息を零した。
「ジョーカー……」
ガルダの頬が上へと上がる。
ジョーカーという存在、それを知れば誰もが恐怖に顔を歪めこびへつらう。
それを知っている。
このガキも直ぐにその表情を変える。
「呼び名は」
「は?」
「別名みてーなもんだ」
重苦しい雰囲気を醸し出す目の前の低い身長の子供に対して、妙な威圧感を感じていた。
「な、なに言ってんだテメェ」
ガルダの言葉にホルンは首を振りながら呆れたように溜息を零す。
「ああ……まぁ、仕方ねぇよ。テメーみてぇにジョーカーを勘違いしちまう奴もいるだろうよ」
光る片方の切っ先を、ガルダに向ける。
鋭い瞳が、ガルダを睨む。
「馬鹿を教育するのも俺の役目だ、構えろよピエロ野郎。歴戦を見せてやるよ」
空気が凍る。
唾を飲み込む音は、ガルダの後ろで震えているもう一人の男から。
その小さな体からは考えられないような殺気が廊下を埋め尽くす。
それは呆然と見ている戦闘スキルの無いカナタにも感じる程の威圧。
一秒、一分、十分、はたまた一時間。
時間の概念すら混乱する程の空気。
五分足らずしか経っていない筈の世界は、その小さな彼が掌握していた。
無音の終了を破ったのは、小太りの男だった。
「おい、行くぞ」
ガルダは武器を仕舞うと、ホルンに背を向ける。
慌てて男がガルダの背中を追いかけて消えていく。
闇に消えていくガルダの顔は見えない。
しかし、怒りで握りしめた拳が震えているのだけは、カナタには見えていた。
「あんなのが七人のうちの一人? ギャグにしても笑えねーよ」
ホルンは去っていく男の背中を睨むように見送り、吐き捨てるように舌打ちをする。
「は…………はぁぁ~~~……」
苛立ちの声を漏らすホルンの背中を見ていたカナタはその場で崩れ落ちていた。
その後ろに居るファランは、崩れ落ちるカナタの手が震えている事に気づく。
「カ、カ、カナタ、さ」
震える声を零しながら彼女の名前を呼ぼうとするも、ファランはそれ以上声を出す事も、動く事もできない。
何もしなかった自分が、動いていいのか、そう言っているかのように。
そんな二人に向けてホルンは振り返る。
表情には、先程の怒り等は見当たらない。
何処までも無表情で有り、二つのオッドアイの瞳はファランを冷たく見下ろしていた。
カナタの隣に立つように歩を進め、ファランも見下ろすホルンに気づく。
「あ、う、あ……先、生」
「……まだ、俺を先生と……呼んでくれるかよ」
ホルンのオッドアイは一切の感情を見せずに真っ直ぐにファランを見据えていた。
「いつまで、そうやって震えている気だ。誰かが救ってくれると思ってるのかよ、誰かが手を差し伸べると思ってるのかよ……そんな幻想が現れるまで、ずっとそうしてる気かよ」
「………」
視線は落ちる。
見たくない物から目を逸らすように。
その動作はホルンを苛立たせる。
都合の悪い事から視線を逸らす。
いつまでも進歩しない糞餓鬼。
「救えねぇ」
はき捨てる台詞にファランの肩がビクリと揺れた。
また彼女の目から涙が落ちる。
子供らしく、どうして良いか解らない少女から涙が止まる事は無い。
すんすんと、少女の泣き声が響き、それを少女の師だった男が見下ろす。
「待ってたって、良いじゃないですか」
泣き声を止めたのは、もう一人の高い声。
頬を赤く腫らしながらも、その直線状の目だけは変わらない。
ホルンは小さく苦笑してしまう。
ユラが言っていた。
まるでフィクションの少女だと笑っていた。
先程まで震えていやがった癖に。
「助けてやった俺を睨むかよ」
「感謝しています。ですけどファランちゃんを苛めるのは許しません!」
苛める? そんな簡単な物に見えたのか。
全くふざけた女だ。
……成程。確かに『幻想』だ
■
「救いを求める事の何が行けないんですか! 自分でどうしようも無いから待ってたんじゃないんですか!!」
カナタは疑問に思う。
ファランを見てそう思うなら、何故彼は手を伸ばさないのか。
彼女を見て解っているなら、何故そう思わないのか。
心優しい少女には解らない。
「……そんな甘い事が通ると思っているのか」
「甘くて結構です!! そんな言葉!! 悪意ある人間が考えた言葉です!!」
ぐっ、とカナタは自身の胸に手を当てる。
「貴方が救わないなら! 誰も救わないなら!! 私が救う!! 私が手を差し伸べる!!」
ホルンは苦笑する。
流石は武器を持つ事を拒んだ人間。
馬鹿馬鹿しい。
腸が煮えくり返る程だ。
胃がもたれる程だ。
吐き気がする程だ。
「……腐れ甘党馬鹿ガキ女、てめーが、ご熱心なのは良く解った。だがそれはこのビビリだって変わろうとしなきゃどうしようもねーだろ、何度、手を差し出そうとな」
「10回でも! 100回でも! 何度でも手を出せばいいじゃないですか!!」
ホルンは目を細める。
それは彼女を疑問視する瞳。
傍から見れば、光に目を細めるような仕草にも見える動作。
一度視線はカナタから離れる。
視線はファランへ。
俯いたままのファランは動く様子を見せず、その姿にホルンは小さくため息のような声を漏らす。
「……救えねーよ、そいつは臆病な糞ガキだ」
踵を返し、ホルンはカナタ達へ背を向ける。
まるでもう様が無いと言うように。
カナタは小さな背中を睨みつける。
その信念だけは変わらない。
彼が彼で居る様に。
彼女は彼女で居る為に。
「ふ……ぅぅぅ……」
嗚咽の漏れる声に、カナタは直ぐに我に変える。
慌てて振り返り、尻餅を付いたままのファランの前に座ると優しく声を掛けていた。
「大丈夫!? 怪我とかしてない?」
ファランは顔を上げる。
涙や鼻水でぐちゃぐちゃになった顔を拭こうともせず、ファランの手がカナタへ伸びる。
叩かれたであろうカナタの頬に、ファランの冷たい手が触れる。
「ごめ、なさ……わた、私の、せい、で、わた、し、何も、出来なく、て」
震える手を、カナタはゆっくりと両手で取る。
それを胸元でぎゅっと握り、泣きじゃくるファランへと微笑む。
「うん、大丈夫だよ……」
やっぱり、この子は、優しい子だ。
泣きじゃくりながら、嗚咽を零しながら、ファランはゆっくりと言葉を綴る。
「……わた、し、変わ、り、だい」
カナタは息を飲む。
始めて、彼女から聞いた言葉。
行動を示そうとする言葉。
今も涙でぐちゃぐちゃになりながら言葉を必死に紡ごうとするファランを、そっと抱き寄せる。
一瞬泣き声が強張ると、ファランは離れようと押し返していた。
それはまるで汚いから、と言うように。
負けじとカナタは強く抱きしめる。
変わりたい、と言った言葉に答えるように。
振り向く事もしないホルンの耳にも、廊下に響く少女の声が聞こえていた。
ポツリと、彼女が口にした言葉を、自身でも口にする。
「変わりたい……か」
変われないジョーカーが何を言う。
体の中身をいじくられたジョーカーが、どうやって変われと言うのだろうか。
幻想に取り付かれた弟子を、ホルンは止める事はしない。
廊下で抱き合う二人に視線を向ける様子は無い。
ホルンは歩を進め離れていく。
自分がそこに居るべきでは無いと言うように、廊下の曲がり角から消えていく。
カナタにも曲がり角に消える少年の背が見えていた。
解っている。
ホルンの言葉が全て悪意が込められているわけでは無いという事は……解っている。
それでも彼女は止まらない。
目の前で泣いている子が居るのに見て見ぬ振りなんて出来るわけが無い。
暫く、ファランを抱きしめ続け、廊下に響く泣き声は少しづつ止んでいた。
「大丈夫?」
手の力をゆっくりと緩め、優しく声を掛けるカナタに、ファランはコクリと胸の中で頷く。
「そっか……良かった」
彼女の裏表が無い透き通った声がファランの耳元で囁かれる。
優しい声色に、ファランは目を瞑る。
ファランの中で冷たい物が無くなる事は無い。
今も背筋に続く寒気は終わらない。
それでも、カナタの温もりは、しっかりと感じられていた。
「…………それじゃあまだ服変えて無いから戻ろうか?」
「え?」
見上げた先、先程まで優しかった筈のカナタの目が再び変わっていた。
その目は、涎や鼻血で滅茶苦茶になっていたあの時、始めてファランがカナタに対して恐怖を感じた時の目。
「……カ、カナタさん、ほ、頬が、し、心配だか、ら、先にそっちを」
「ぬふふふふ……頬の痛みなんて可愛いの前には消し飛ぶのよ……まずは水着!! 水着よ!!」
逃げようとするファランを抱き寄せたままカナタは駆けて行く。
そんな二人を見送る二つの影が廊下の影から見つめていた。
■
「おい、あの甘党女キャラ変わってんぞ」
げんなりとした表情のホルンは気持ち悪い物を見るように表情を歪める。
その目はガッシリとファランを抱いたまま駆け出しているカナタの背に向けられていた。
「うむ、偶然私も通りかかっただけなのだが、これはとんでもない発見だな、正に『アツカン』という奴だ、気をつけねば……」
ホルンの上からひょっこりと覗く巨大な身長の女性、ユラは「ううむ」とよく解らない呻きを零し思い出したかのようにブルリと震える。
「いや圧巻な? 何で酒一杯入れてんだよ。いやあの女入れてんのか?」
「して、ここで何をしているのだホルン」
「……何でも良いだろ」
三人体制でやってます。
小説 ふぁいと犬 ツイッター @adainu1
http://mypage.syosetu.com/3821/
挿絵担当 ルースン@もみあげ姫 @momiagehimee
曲 黒紫 @kuroyukari0412