慌ただしい食堂の朝。
「おばちゃーん!! タレたっぷりのキャタ丼3つーー!! 勿論全部俺のなーー!!」
数日前に救護室で寝ていたのが嘘のようにレオンはいつもの調子で台座に手を置きながら奥の食堂へと叫ぶ。
「毎回声が大きいのよアンタは!!」というおばちゃんの声がお返しで返ってくる。「アンタも十分デケーよ!!」という何時もの返しをしつつ身を乗り出してグルリと調理場内を見渡す。
いつもなら一声掛けてくるカナタが見当たらない事に気付いた。
まぁそういう事もあるだろうと特に考えずに次の注文をする人間の為に横にずれて気長に待つ。
軽く肩を回すレオンは数度手を開け閉めしてみる。
念のためにだという事で数日無理矢理寝させられていたがやはり動けないというのは性に合わない。
「本調子にもどさねーとなぁー」と独り言を零すレオンの背に、声が掛けられる。
「おま、たせ、しまし、た」
辿々しい高い声に、レオンは振り返る。
カナタ以外は味の利いた皺女しかいないと思っていたレオンは、当然カナタが話し掛けてきたのだと思っていた。
しかし、見えた先は白い三角巾を巻いたであろう頭だけ。
「あんれカナタちゃん身長下がった?」等と有り得ない事を言いながら更にレオンの視線は下に落ちる。
紫色の怯えた瞳とご対面。
そこには、巨大などんぶりを乗せた盆を、プルプルと手を振るわせながら持っているファランが居た。
「……」
「……」
一瞬の沈黙。
「ファ、ファラァーーーーーーーーン!?」
盛大なリアクションのレオンに合わせるように、ファランの目もぎょっと見開く。
「ヒ、ヒィィィィィィィィィィィィィ!!」
思いっきり万歳の形になっているファランの手の上にあった盆と巨大なドンブリは宙に浮く。
「なァんだよお前ー! いつから部屋出れるようになったんだよ久しぶりだなオイー!!」
「すすすすす少し前からァァ……」
満面の笑顔で近づいてくるレオンにファランは後ずさりながら何とかもごもごと答えようとしていた。
「お! なんだ! 相変わらずビビッてんのか! ギャッハッハ!! ダッフルコートにエプロンって相変わらず滅茶苦茶だなオイ!!」
ゲラゲラと笑っているレオンは楽しそうに、懐かしむように笑顔を振り撒く。
ファランはレオンと違い恐怖で顔を引きつらせ、必死にマフラーで少しでも顔を隠そうとしていた。
笑いながら、レオンはその様子を懐かしむように、優しく目を輝かせる。
そして、身なりが少し変わっている事にも気づいた。
可愛らしくふるふると震えながら伏せられている獣耳と同じく体の震えに合わせる様に揺れる二つ結びの髪。
ビクビクと体を震わせる姿は変わらないが、逃げ出そうとしていない事に気づく。
何があったのかレオンには解らない。
しかし、彼女が前に進んだという事は理解する。
「お、逃げねーのか! 何だ何だ~? 抱きついちゃうぞこの野郎!」
ワキワキと手を動かすレオンの嫌らしい手つきにファランの表情が青ざめていく。
「ヒィィィ!?」
昔となんら変わる様子の無い彼に対して、それが冗談では無いのはファランも良く解っていた。
ヨロヨロと再び数歩後ずさり視線はキョロキョロと誰かを探すようにせわしなく動く。
目の前まで近づくレオンの視線は年齢ながらに大きく膨らんでいるファランの胸を凝視していた。
「ほうれほうれぇ~逃げないと大変な事になっちゃうぞ~?」
ゲヘヘヘと下劣な笑い声を上げるレオンの肩に、突然軽い重力を感じた。
反射的に振り向いた先、肩には手が置かれていた。
斜線的に下斜めから肩に置いたであろう人物はレオンよりもずっと小さい身長だった。
低い身長の主は、上から下まで黒一色の姿。
真っ白である筈の頭の上には巨大なドンブリが乗っかり、体中にぼたぼたと汁やご飯の粒がまんべんなく振りかけられていた。
ドンブリから見えるニッコリとした笑みには暗みが掛かり、除く色違いのオッドアイがギラギラと輝いていた。
それを見た瞬間のレオンのにやけ面は固まる。
「逃げないと……大変な事になっちゃうぞ?」
誰かの声真似をしたであろう台詞は低く、見事にドスが利いていた。
「ち! 違うぞ師匠! それやったのはファランで」
「いーえ! レオンさんが自分でブン投げたんです!!」
声がした先、レオンが再び前を見ると、ファランと同じ白いエプロンに三角巾を付けたカナタが立っていた。
キッ! とレオンを睨むカナタは腰に手を置き仁王立ち状態の勇ましい姿。
そんなカナタの後ろに隠れるようにファランが覗いていた。
「ファランちゃんに何しようとしてんですか!!」
「え、嫌、ちょ、違うって! ちょっと触……」
慌てふためくレオンの脳天に強い衝撃が走り言葉はそこで止まる。
ガイン! という間抜けな音はホルンが取り出した青白い槍によって思いっきり叩かれていた。
見事に脳天直撃を食らったレオンは目に星を瞬かせその場に倒れていた。
ホルンは強い舌打ちをした後、槍は元の小さな姿に戻り、腰へと収まる。
頭のドンブリを外し、色違いの瞳をカナタ達に向けていた。
「何やってんだお前ら」
冷たい言葉にカナタはニヤリと笑いながら後ろに立つファランを無理矢理に前へ押しやる。
ワタワタとしているファランを無視してカナタは胸を張っていた。
「どうです!? 可愛くないですか!? やばく無いですか!? エプロンですよ!!」
「ンなもん見りゃ解るわボケ!!」
「あ、やっぱり解ります~? このピンクのエプロン選んだの私なんですよぉ~超似合いません!? 」
「ゲロ甘女ボケコラァ!! お前マジで頭おかしいんじゃねーのか!? そういう事言ってんじゃねーよボケェ!! 何で臆病女がそこに居ンだって言ってんだよ!!」
ホルンの口の悪さにはカナタももう慣れていた。
一々怒るつもりも無く、謎の自信に満ち溢れた笑顔を向ける。
「うっふふ~! まずは出来る事から少しづつお仕事ってね! 一緒にお料理してるんです! ファランちゃん料理の覚え良いんですよ~?」
「……フン」
視線は次にファランへ向かう。
ホルンの目にファランはビクリと肩を揺らす。
体を震わせながらも、目はホルンを見る。
怯えながらも珍しく視線を逸らす様子を見せない。
「わた、し、あの……がんば……る」
言い切ろうとする声は徐々に小さくなる。
「……から」
最後に付け足し、何とか言葉を言い切るも、その姿は後ろで胸を張っているカナタとは正反対で自信なさ気に見えていた。
俯く臆病な少女を、ホルンは見つめる。
彼女もまたホルンの弟子の一人だ。
変わってしまった弟子の一人。
二つの視線が交差し、数秒の沈黙。
先に口を開いたのは大きな溜息を零したホルンだった。
「……ファラン、ハンバーグ定食くれ」
その言葉に、ファランは顔を上げた。
パーッと明るくなったファランの表情は見上げるように後ろのカナタにも向く。
カナタも見下ろしながら笑顔で頷いてくれていた。
「ファランちゃん! じゃーゆっくり作ってみようか!」
「う、うん!」
仲良さげに離れていく二人のエプロン姿を見送っていたホルンはもう一度大きなため息を吐き出した後、罰が悪そうにバリバリと頭を掻いていた。
「師匠ー……」
声は下から、倒れているレオンは目を細めホルンを訝しげに見つめる。
何か言いたげなレオンの視線にホルンは視線を逸らしぶっきらぼうな声を返していた。
「何だよ……」
「頭にカツ乗せて何カッコ付けてんの?」
「よぉーしそこ動くなよ狙いぶれるからな」
「待って師匠! ランチャーのゼロ距離ショットはマジで死んじゃうから!! 思い出してここ食堂だから!!」
三人体制でやってます。
小説 ふぁいと犬 ツイッター @adainu1
http://mypage.syosetu.com/3821/
挿絵担当 ルースン@もみあげ姫 @momiagehimee
曲 黒紫 @kuroyukari0412