女子高生と七人のジョーカー   作:ふぁいと犬

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「……う、うん? 身体は良好なよう?」

 白衣の女性は口でそう言いながらも首を傾げる。
 カルテを見つめながら、何度も首を傾げていた。
 今、台の上で寝ている少女の健康状態は、決して良好になる筈は無い。
 精神的な心の闇は、消える事が無い。
 数週に一度の身体検査でしか部屋から出る事も無かった。

 しかし、以前よりも十分に精神的にも、身体的にも良好になっていた。
 最先端の技術でも治る事が無いとまで言われていた筈であった。

 首を傾げるレターに、服を着直している桃色髪の少女は、ぼそぼそと言葉を紡ぐ。

「あ、あ、あ、の……お願いが、ある、ん、です」
 覚束ない言葉を言いながら、ファランはレターに視線を向ける。

「あの……く、薬、頂いても、良い、ですか」
 ファランが指をさす台の上に乗っている青と白の錠剤。
 それはフォトンの力が暴走するようなアークスに対して、治療や実験によって暴発を防ぐ為の薬だった。
 無論、精神的不安定なファランもその錠剤を使っていた。
 それはフォトンを抑える、というわけでは無く、外へ危険の無い状態でフォトンを分子化して吐き出す物。
 言うなれば、一時的にフォトンが極めて0に近い状態を作り出す。
 暴走を抑える為にも使われる薬。

「何に使うの?」
 レターの言葉に、ファランはマフラーで口元を恥ずかしそうに隠す。

「傷、付け、たく、無い人が……居る、んです」
 それは、最近一緒にいると言われている、あの少女の事だと直ぐに気づいた。
 レターは優しい笑顔を向けると、数個の錠剤をファランの手へと渡す。
 びくりと一瞬硬直するも、その薬を大事そうにファランは胸元へと抱きしめる。

 彼女は、変わりたい。



Act.39 カナタの能力

「…………身体は良好」

 

 カルテを除く白衣の少年、ラックルは言葉とは裏腹に大きな溜息を零していた。

 その姿にいつもの高い興奮は見られない。

 

「別に良いことじゃないですか」

 少年の様子にカナタはムッとしながらも診察台から体を起こす。

 数日に一度検査を受けるように言われていた。

 夕飯の仕事も終わり、時刻は夕暮れ程だろうか。

 ファランと一緒に来たは良いが、あまりに扱いが酷い。

 

 ジロリとラッセルの視線が向けられる。

 その瞳には最初向けられていた嬉々とした様子は見られない。

 

「居る筈の無い、謎の女……一体どんなファンタスティックかと思ったのにが開いてみれば特に変わりようの無い唯のアークスじゃ面白身無いわけ! ああ~もうさァ新種のダーカーでも世界を滅ぼす悪でも良いから!! 何でも良いからいい加減正体見せてよ!」

 

 そんな声を荒げられても知った事では無い。

 

「もう! 毎回同じやり取りさせないで! 私は普通の女子高生なんです!! 正体なんて何も無いんだから!」

 

「そう、それ!」

 ラッセルは失礼に指をずびし、と向けてくる。

 

「君の言う別の世界! もしそれが合ったとしてもだ!! この世界に君が居る理由が解らない! フォトンというアークスにしか無い筈の力を持っている時点でダーカーという線は残念ながら霞む!!」

 

「残念がるんだ……」と、げんなりとした様子でポツリと零すカナタを無視して、少年は興奮するように続ける。

 

「構造はアークスに似ているがどぉーーも何かが違う! 何だ! 何だー? 解らない事はとっても楽しい! けれど全然進まないのはつまらない! あー解らない解らない!」

 ぶんぶんと頭を振る彼を他所にカナタは俯く。

 

「つまり……私はまだ元の世界に帰れないって事ですよね……」

 何も解らない。

 それはつまり、そういう事なのだろう。

 

 この世界に来てから、一月が経とうとしていた。

 17歳。

 しっかりとして見せようとする彼女の心は、まだ幼い。

 

 検診室を出た所で、マフラーで口元を隠す少女が壁にもたれて座っていた。

 

 少女の手元は青白い光を放っていた。

 薄く発光するそれは青い糸のような物。

 輝く輪を、両手で器用に弄ぶ動きは、カナタの世界にもあった遊び、あやとり。

 

 待っててくれていた。

 

 熱心に手元しか見ていない桃色の髪の少女。

 その揺れる髪に、カナタは優しく微笑み掛ける。

 先程の心の揺らぎを、忘れようとしているかのように。

 

 

 

「なーにやってんの?」

 

 少女、ファランに密着するように隣に座るカナタに、ファランは大きく肩を揺らすも逃げる素振りは見せない。

 

「あ、あの、あやと、り、です」

ファランの手には青く光る綱のような物が絡まっていた。

 糸というには酷く幻想的な光を放つそれにカナタは思わず目を奪われる。

 近くで見れば、その青い発光の美しさには何処か見覚えがある気がした。

 

「綺麗な糸だね?」

 

「フォ、フォトンで作った糸、なん、ですよ?」

覚束無いながらも何処か胸を張っているような様子にカナタは頬が緩む。

 フォトンでの形造の技術。

 威力としての特化よりも、形を作ると言う繊細な技術は難しい。

 しかし、そんな事はカナタには知った事では無い。

 それよりも、控えめながらも自慢げにチラチラと視線を向けて来るファランに頬が緩む。

 

「フォトンってそんな使い方も出来るんだねー」

 

 そういえば部屋に咲く満開の花と漂う蝶も青一色であった事を思い出す。

 ああ、その優しい色は、見たことがある色は、あの時の青だ。

 

「私も出来るのかなぁ」

 

「特性にも寄ります、けど、カナタ、さん、にもフォトンは、あります……奥底に、存在しているのは、確か、です……私に近ければ、きっと出来ます、よ?」

 

 フォトンとは戦う力だと聞いていた。

 もし、そんな風に使うだけなら、特別な力というのは良いかもしれない。

 あちらの世界では弟が集めていた漫画や雑誌は読んでいた。

 何となしに再び思い出した事をぶんぶんと首を振って掻き消す。

 

「その、特性?っていうのどうやったら解るの? ファランちゃんと一緒なら良いなー」

 

 カナタの言葉にファランは目を見開き、その後嬉しそうに細める。

 首元のマフラーで口元を隠しているが、その頬は解りやすい程に紅葉していた。

 

「そ、そうです、ね……せ、先生に、聞くの一番、です、けど……その特性を、やってみるのも、手……ですよ?」

 

 たどたどしい彼女の言葉にカナタは腕を組む。

 先生、と言うのはあのちびっ子の事だろう。

 本人の前では絶対言わないけれど。

 

「うーん、特性かぁ。皆どんな感じでフォトンを出しているんだろう? ファランちゃんはどんな感じなの?」

 

「わ、私、ですか? ええ、と……最初は……フォトンを手で握っているような……そんな、感覚で、出来た、かなぁ……」

 

「手で、握る」

 

「あ、あ、で、でも、私はあまり詳しくなく、て違う、かも」

ぶんぶんと慌てて手を振るファランにカナタはニッコリと笑うと、祈るように両手で手を組み目を瞑る。

 

「カナタさん……?」

 

 思わず首をかしげるファランを他所に、カナタは小さな声で、言葉を繰り返していた。

 

「握る……イメージ」

 

 ふわりと、カナタの髪が舞う。

 

 それは白い粒子。

 色は違えど、アークスのみが使えるフォトンの光。

 ファランは思わず固まる。

 アークスがフォトンを使えるようになるまで、長い訓練が必要だ。

 厳しい環境でのみ、更なる一握りに絞られるアークスの力。

 勿論、曖昧な説明如きで出来るわけが無い。

 

「カナタさん、貴方は……」

 

 呆然とするファランを他所に、白い粒子が彼女の周りを舞う。

 粒子は一点に、カナタの握る手元に集まる。

 象る色は、美しい白の色合い。

 

 同時にカナタは目をゆっくりと開く。

 手元に握られていたのは、白い布。

 長く手元に垂れる二本の布。

 

 その布を、カナタはパチパチと動揺を隠せずに凝視する。

 

「で、出来た?」

 みるみるうちにカナタの顔が笑顔へと変わっていく。

 

「出来た!! 見て見てファランちゃん!! 私にも作れたよ!!」

 

 嬉しそうに見せるカナタとは違い、ファランは表情を強張らせたままその布を見つめていた。

 フォトンを造形させて戦うアークスはファラン以外にも多く存在する。

 しかし、彼女が手にしている布は、どう見ても『物体』。

 フォトンという粒子の塊では無い。『物』として存在していた。 

 

 そんな力等、彼女は見た事が無い。

 

「ファランちゃん? どうしたの?」

 在っていい筈の無い白い布を握りながら、カナタは首を傾げる。

 

「……カナタ、さん……この、力は、誰にも言わないで……」

 

 いつにも無い真剣な様子にカナタは首を傾げてしまう。

 その様子はいつもの怯えた様子では無い。

 

 説明なんて出来ない。

 直感のような物をファランは感じていた。

 この力は使っては行けない。

 

 きょとんとしていたカナタだったが、その表情は直ぐに笑顔へと変わっていた。

 

「うん解った! ファランちゃんが言うなら使わないよ!」

 

「……理由を、聞かない、んですか?」

 

「ファランちゃんが駄目だって言うなら、私は信じるよ」

 

 裏表の無い直線状の言葉。

 心に響く本心の言葉。

 悪く言えば天然、けれど、それこそがファランが好きな彼女の純粋さだった。

 

「でもこの布どうしよう……」

 ううん、と首を傾げるカナタにファランはハッと我に返る。

 

「う、うう、ん……どうしま、しょう」

 同じように首を傾げるファラン。

 誰にも言わないとするのであれば。証拠のように残ってしまった白く長い二つの布。

 消える様子も無く、出したカナタが消し方を知っているわけも無く。

 二人してうんうんと唸っていると、カナタが小さく「そうだ!」と声を挙げる。

 

「じゃあコレ、ファランちゃんにあげる!」

 

「え、あ、ええ!?」

 

 そう言いながら手渡された布を見た後、困ったような視線をカナタへと見つけていた。

 

「リボンに使おうよ! 今髪を止めてるのって只のゴムでしょ?」

 

 困惑するファランを他所にカナタは髪へと手を伸ばす。

 

「ほら! かわいい!!」

 白いリボンが左右にふわりと舞う。

 その言葉にファランの頬が一瞬で赤くなると思わず俯く。

 

「か、かわ、かわ……」

 

「やっぱフードで隠したら勿体無いよぉー! あーたまんねぇ」

 一瞬語尾が変わった気がするもファランはその事に気づかない程にカナタの言葉で頭がいっぱいになっていた。

 

「じゃあ帰ろ……って、ン?」

 カナタの耳元。

 仕事で付けたままになっていたインカムから高音の着信音が響いていた。

 目の前で開かれる電子の掲示には『ユラ』という文字が描かれている。

 不思議に首を傾げながらも通話を繋げるボタンを押す。

 

「もしもしー? ユラさーん?」

 

『カ、カ、カ、カ、カナタか!? 至急部屋に来てくれ!』

 いつもの低く落ち着いた様子とは違った声色。

 その必死な声の後に直ぐ通話は切れる。

 思わず首を傾げてしまう。

 

「んー……? ごめんねファランちゃん! ちょっと私呼ばれたから先に部屋に帰っててくれる?」

 

 俯きながらもファランはコクコクと頷いてみせる。

 ふわふわと揺れる左右の白いリボンにカナタは満足そうに笑うとファランに背を向けて早足で歩き出した。

 

 俯いていたファランは慌てて顔を上げた。

 思わずカナタの背中に手を伸ばす。

 

「あ、あ、カナ、タ、さ……」

 

 呼び掛ける声は、言い終わる前に聞き取れない距離まで離れていく。

 掲げた手をゆっくりと胸に戻すと、既にいない彼女に向けてファランは小さく言葉を続ける。

 

「あ、りが、とう……」

 いつも言えずにいる言葉。

 何度目か解らない伝わらない謝礼。

 

 何で、いつも、言えないのだろう。

 

 頭のリボンに思わず触れながら、ファランは再び俯く。

 

 

 

 

 

「のォーーーーろォーーーーまァーーーー!!」

 

 

 

「ッヒ!?」

 

 突然の後ろからの言葉にファランは慌てて飛びのく。

 振り向いた先に、逆さまになっているユカリがそこにいた。

 

 器用に天井近くのパイプに足を引っ掛けながらぶら下がっている。

 長い髪は、地面に付いているものの、彼女がそれを気にする様子はない。

 逆さまのまま淀んだ瞳をファランへと向けるユカリは、裂ける笑みのままゲラゲラと下卑た笑みを浮かべる。

 

 その笑みに対し、ファランは体を強張らせながら数歩後ろへと下がる。

 

 瞳に映る色は恐怖と、そして、大きな嫌悪感を示していた。

 異様で、異常な彼女の事をファランも良く知っていた。

 

 ユカリは器用に一回転して見せながら着地する。

 

「い、いつか、ら……」

 

「いつから? いつから? ? 昨日? 一昨日? 今? さぁ~どうだろ? ね? ね? ねえ? いつかなぁ? クズキカナタの手が光ってた時ぃ? あれあれ? いつだろ? 凄いねぇぇぇアレ凄いねぇぇぇ」

 不気味な笑い声を高らかに上げるユカリに恐怖の色を浮かべていたファランは、きゅっと目を瞑る。

 開いた瞳。

 紫色の瞳に、恐怖とは別の色が浮かんでいた。

 

「……わ、私、は、貴方が、嫌いだ」

 

「うへぇ?」

 小首を傾げるユカリに、ファランの瞳は鋭く向けられていた。

 

「気持ち悪い、貴方の、中身は、気持ちが、悪い」

 震えながらも、ファランの言葉は酷く冷たい。

 ユカリが異常で異様であれば、ファランもまた異常で異様な感覚を持っていた。

 無意識に数キロ以上先をも感知するその力は、引いては人の中身すらも感知してしまう。

 思考を読むわけでは無いが、怒っている事も、悲しんでいる事も、嘘をついている事すら解ってしまう。

 

 だから、人を信じるなんて言う事は不可能に近い物だった。

 だから、純粋なカナタの事が信じられた、裏表の無い言葉が染み渡っていた。

 だから、ユカリという女が嫌いだった。

 ユカリの中身はぐちゃぐちゃだった。感情も、感覚も、心も、全てが無茶苦茶だった。

 気持ち悪い、気持ち悪い。

 同じ人だと思えない程に、ファランが出会った生き物の中で最も不気味。

 

 そんな彼女を睨む。ファランの気弱な表情からも、精一杯の強い瞳が向けられる。

 

「カナタ、さんに、何かすれば……わた、私は、ゆる、ゆる、許さ、ない……」

 ファランもアークスとして、フォトンを操る端くれ。

 強い意志が、その瞳には込められていた。

 

 きょとんとしていたユカリの表情は再び割れるような亀裂な笑みを浮かべる。

 響き渡るゲラゲラとした汚い笑み。

 

「誰が? 誰が? 許さない? 誰に言ってるの? ああ! 私かぁ! 凄い凄い! とっても凄い! かっこいーなー! 惚れちゃうなァー!!」

 その場でパチパチと手を叩く喝采をしてみせるユカリはピタリと動きを止める。

 

 ファランに向けて、体を揺らしながら歩を進める。

 一瞬ビクリと体を震わせるファランを馬鹿にするように、ユカリは弧を描くように歩を進める。

 ファランの周りを、スキップをするように周り出す。

 

「ハミングバード♪ ハミングバード♪ 臆病物のハミングバード♪ ノロマで怖がりハミングバード♪ 飛べなくなったハミングバード♪ 飛べない鳥は怯えてろ♪ 空を見上げて震えてろ♪ いつか動けなくなるその日までェ♪ いっつかな? いっつかな?」

 

 歌うように紡がれる言葉。

 

 回る弧は徐々に小さくなる。

 それをゆっくりとファランへと近づいていく。

 体を震わせるファランの目の前、目と鼻の先。

 ユカリは止まるとべろりと長い舌を吐き出していた。

 馬鹿にするように、身長の低い彼女を見下す。

 

「明日? 明後日? ……今ァ?」

 

 見開く瞳のまま、ファランは数歩後ろへと後ずさる。

 

「ッヒ……ヒィ……」

 悲鳴と、無意識に零れる涙。

 不気味などす黒い殺意が彼女を襲う。

 そのまま尻餅を付く彼女は慌ててフードを深く被る。

 まるで頭の布を見せないと言う様に、せめて、それだけは見せないと言うように。

 そのまま彼女はブルブルと震えていた。

 下を向き、いつものように、唯、ひたすら震える。

 

 寒い、寒い、寒い。

 

「お空は広いよねぇ! 見上げるのは! 疲れたねぇー! 下向くのはとぉーっても楽だねぇーー!!」

 声は離れていく。不気味な笑い声と共に。

 ユカリが離れていくのが解っていても、ファランはその場で動けなかった。

 咽び泣く。

 何度も嗚咽を零しながら、誰に聞こえるわけでも無い言葉を紡ぐ。

 

「わ、私、は、か、か、か、変わる、んだ……変わる、んだ……」

 

 光輝く、あの人のように。




三人体制でやってます。

小説 ふぁいと犬 ツイッター   @adainu1
http://mypage.syosetu.com/3821/



挿絵担当 ルースン@もみあげ姫  @momiagehimee 


曲  黒紫          
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