広いドーム状のトレーニングルーム。
カナタが遠くから見つめる二人。
ルーファとサーシャの距離は大体10メートル程。
揺らりと構えるルーファに対してサーシャは楽しそうにふわふわと体を揺らすだけ。
そんなサーシャに向けて、ルーファは瞬間的に低い姿勢へと切り替える。
同時に聞こえたのは空を斬る高い音。
いつのまに抜いたのか、速過ぎる瞬間速度から放たれる空気の斬撃。
それに乗せる彼女のフォトンが斬撃の威力を後押しさせ、それがサーシャへと迫る。
小さな体が喰らえば粉々になるであろう驚異が近づいているにも関わらず、サーシャは優しい笑顔を浮かべながら驚異に向けて左手を突き出していた。
その左手が残激に触れるか触れないかの瞬間、斬撃は跡形もなく消え去っていた。
サーシャの後ろで弧を描く長い二つ結びの髪が小さな衝撃波を残しフワリと髪を浮かせていた。
もう数度目になるその光景は何度見ても肝が冷えてしまう。
最初は思わず慌てて止めようとしたカナタだったが、「だいじょおぶだよぉー」という気の抜けた声と共に手を振るサーシャに止められてしまったわけだが。
「あのねぇーぇ? サーシャはねぇ! フォトンを消し去る事が出来るんだよー!すごいでしょ!すごいでしょおー!」
自分の事のように自慢気なアスの頭を優しく撫でる。
「そうだねー? 凄いねー? でもそれって特別な事なの?」
「アリス知ってるよー? カナちゃんみたいな人ねぇ? お馬鹿って言うんだよー?」
「ウフフフフ! 少女の言葉は悪口でも心に響くわぁ」
そう言えば、とカナタは言葉を続ける。
「リースさんは?」
「んとねぇーゆかりちゃんを捕まえに行ったのー」
「ああ……あの人かぁ」
「すぐ逃げちゃうからねぇーリーちゃん大変さんだね!」
「アリスちゃんはいっつも楽しそうだねー?」
「うん!うん!とっても楽しいよ!しあわせ!」
少し拙い言葉に思わず頬が緩む。
けれど、満面の笑みを向けてくる少女にカナタの瞳は少し曇ってしまう。
『欠落品』と呼ばれた少女。
エスパーダ。
不良品の集まり。
この、目の前で笑う少女も。
「本当に、幸せ? 辛く……ない?」
「うんー!」
自分は今どんな顔をしているのだろう。
複雑で曖昧で。善人である彼女の心にモヤが広がる。
アスは楽しそうに笑いながら、言葉を続けていた。
「あのねー昔はしあわせじゃなかったんだよー、いっぱい人を殺してたの」
「……え?」
「それがアリスの生きる意味だって言われてたのーそれ以外はねーなんのかちもないんだってー? 何もないんだってーアリスはねーぇ……」
汚れの無い瞳は空を見つめる。
「大きな人にね? うらぎりもの、って人を殺せって毎日言われてたんだよー殺さないとご飯貰えなくてねーみぃーんな殺さないでーって言うんだけどねーアリスはごめんねーごめんねーって言ってからいっつも殺してたんだー。あ! ジョーカーも1回殺したんだよー? アリスは強いんだよー!」
自慢げに胸を張る少女。
「……そうなんだ」
目の前の無邪気な少女。
罪悪の感性すら理解出来ていない少女もまた、力を持ったアークス。
そんな少女の掌を優しく握る。
小さな子はまた続ける。
「毎日毎日同じことばっかりで楽しくなかったなー。でもアリスは考えちゃダメだって言われてたから何も言わなかったんだー。とーっても暗くて寒い所がアリスの知っていい世界なの」
「……うん、それは嫌だね」
何となく、想像してしまう。
毎日武器を持ち、言われた通りに血しぶきを上げる少女。
それはまるでただの兵器でしかない。
使い終われば暗い所に閉じ込めて。
個人の尊重なんてある筈も無い。
……こんな小さな子を。
カナタはそっとアリスの頭を撫でる。
嬉しそうに目を細める少女。
「でもね!そんな時お姉様に会ったんだぁ!」
嬉しそうに彼女は声を上げる。
「その時の『うらぎりもの』だったんだけどねー? もう全然歯が立たなくてね! それでね! それでね! お姉様はね! ご飯をいっぱい食べさせてくれたの!! それでねー大きな人も倒してくれたの! 暗い所からアリスを救ってくれたの!」
嬉しそうに話すアリスを見てカナタも嬉しくなる。
また容易に想像出来る。
ルーファがめんどくさそうに刀を振るう姿が想像出来る。
「そっか、だからルーファさんはアリスちゃんにとってヒーローなんだね」
「うん! 大好き! スープがね? 暖かいって事教えてくれたんだよ! 空は青いって教えてくれたんだよ!」
ぐっ、とカナタの目頭が熱くなる。
良かった。この子が今救われていて、良かった。
ルーファという女性は少し苦手だけれど、アリスを助けてくれたのは心から感謝していた。
「後ね! カナちゃんも大好き!」
「ぐはっ!?」
ぐらりとカナタが揺れる不意打ちのラブ直球。
そんなカナタの様子等気にせずアリスは嬉しそうに続ける。
「リーちゃんも! サーちゃんも! ジョーカーのお兄ちゃんも! ユラちゃんも! せんせーも! みぃーんな! みぃーんな大好き!」
「…………アリスちゃんは、ここが好きなんだね」
荒っぽい人もいるけど、このシップの人たちは優しい人も多かった。
年端も行かないアリスやサーシャに優しい人も勿論いた。
少女にとって、ここが居場所なんだ。
「うん!」
アークスの世界が、酷く残酷であることは理解している。
それでも……この子の笑顔がいつまでも続くこの小さな世界だけでもずっとそのままでいてほしい。
「さ、てと、それはそうと……」
「んー?」
「も、も、も、もう1回大好きって言っていいんだよ? ね? ね? おねーさん期待しちゃうなぁ!?」
「……やぁーカナちゃん怖いー」
「は!? いかんいかん!」
慌てて垂れるヨダレを拭う。
「カナちゃんは時々変な人ー」
「……あ、あれ引かれているのかな、さ、流石に自重しようかな私」
一人反省していた時、カナタの背筋に寒気が走る。
それと共に、突然後ろからの奇声。
「ねぇ! ねぇねぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
ビクリと肩を揺らし後ろを振り返る。
目に映るのは紫色の長い髪。
裸足でピョンピョンと楽しそうに跳ねているグラマラスな大人な女性。
「私は!? ラーイク!? あーはぁぁぁぁぁん!? ラァーーブ?」
見た目からは想像出来ない残念な様子で両手を広げているユカリ。
ああ……またこの人か……。
カナタの胃が勝手にキリキリと痛み出していた。
「うーんー!ゆかりちゃんも大好きだぁよー!」
「おーけー!おーけー!皆大好きゆかりちゃん!!ここに推☆参!!」
謎ポーズを決めている。どこかで見たことがあるような。
どこぞの特撮ほにゃららライダーのような休みの朝の日にやっている魔法少女モノのような。
「あなたの瞳にイソギンチャク♪」
謎の投げキッスと共に謎の決めゼリフ。
「……リースさんが探してたみたいですけどー」
「おーけー!おーけー! 皆まで言うな! サインは事務所を通してね!」
「意味が到底解りませんよ!!」
そこでふと気づく。
珍しく長い髪を後ろでまとめていたユカリの髪。
長くしなやかなポニーテール。
そこだけを見ればただの綺麗な姿でしかない。
問題はそれを結っている白いシュシュ。
見覚えのある柄に、カナタの顔がみるみる強ばっていく。
「わー!髪止めてるのかぁいーねー!」
「ムッフッフッ! 見えない所にも気を使いますから☆」
そんなカナタの事など知らずに楽しそうに会話をしているユカリへと震える人差し指を思わず向ける。
「そ! それ私のパンツじゃないですかーーーーー!!!!」
「くっ、バレたか」
しゅるりと外す髪留めは器用な螺旋から元の形へと戻る。
白い女性用の下着。
「わぁー!ユカリちゃんすっごーい!」
「良いから返して下さい!! 何やってんですか!!!!」
声を荒らげるカナタを他所にユカリは微笑を浮かべていた。
「確かに……正しい使い方をしなければ怒るのは無理もない……」
何で穏やかになってるんだこのわけわからん人は。
手の中にあるパンツをカナタは両手で掴むと、ゆっくりと頭上へと掲げる。
優しく細めていたユカリの目が力強く見開かれていた。
「カナタ!! レプカーーーー!!!!」
雄叫びと共に掲げていたパンツが勢いよく下ろされる。
カナタの可愛らしい白色の下着はその伸縮性を最大限活用され、ユカリの頭へと装着されていた。
「ギャアアアアア!!!! 本当に何やってんですかーーー!!!!」
三人体制でやってます。
小説 ふぁいと犬 ツイッター @adainu1
http://mypage.syosetu.com/3821/
挿絵担当 ルースン@もみあげ姫 @momiagehimee
曲 黒紫 @kuroyukari0412