それは突然だった。
最初に気づいたのは、リースと手を繋いでいたサーシャ。
「来る」
ポツリと零す彼女にリースが不思議な視線を送るのとそれは同時だった。
突然の地響き。
ぐらりと地面が揺れた。
咄嗟にリースは目の前のサーシャとアリスを抱きしめるように手を広げた。
体が跳ねる。
傾く廊下に合わせる様にリースの体は二人を抱きしめながら強く壁へと背中を打ち付ける。
「はっ、が……!!」
嗚咽と共にリースの口から息が漏れる。
合わせる様にけたたましく響く警報。
『緊急事態発生!! 緊急事態発生!! 大量のダーカーが向かっています!! 出れるアークスは直ぐに出てください!!』
いつもの録音された音声では無い焦りの声。
その意味が、現在の状況を否応なしに知らしめる。
腕の中の二人へと視線を向ける。
パチパチと目を開ているアリスとは別に、サーシャの顔色が悪くなっているのに直ぐに気づいた。
慌てて優しくその場に寝かせると頬を叩く。
「サーシャ!しっかりしなさいサーシャ!」
顔を酷く赤らめるサーシャの頬をリースは優しく叩く。
しかし彼女は洗い息を繰り返すだけで反応を示さない。
「ねぇ何でサーちゃん苦しそうですか……?」
落ちた声と共に後ろからリースのスカートを引っ張るアリスに、直ぐにリースは振り返る。。
いつもな天津万欄な表情はなく、そこには不安の暗い顔が浮かんでいた。
「安心して、大丈夫……サーシャも感知型だから……今大量に向かっているダーカーが原因だろうから、直ぐにジョーカーや皆が倒してくれる。だからそんな顔しないでアリス」
そこでハッとする。
ファランも高熱を出していたのを思い出していた。
あの時には既にダーカーはシップに向かっていた……?
いや、それよりもあの時点で高熱が出ていた。
だったらすぐ目の前にダーカーがいる今の状態なら、もっと危ないのではないか?
リースはぐっと唇を噛み締める。
駄目だ。サーシャがこの状態では動かす事は出来ないし、放っておけない。
「アリス……お願いファランの事を見て来て貰えない?」
返事は無い。
不審に思うリースの視線はもう一度アリスの方を向いた。
アリスは既にリースの方を見ていなかった。
大きく目を見開き、その表情には、その瞳には怒りの色が写っていた。
その異様な雰囲気は、リースを心配させるには十分だった。
「ア、アリス、何を考えているの? アリス?」
返事はやはり帰ってこない。
代わりに警報が再び鳴る。
『早く! 早くしてください! 今艦長が足止めに!! ジョーカーが今いない状態です!! 直ぐに出動して下さい!!』
響く声と共に、アリスに、何かのスイッチが入ったように見えた。
「……お姉様に、任せるって、言われたんだよ……アリスが! 皆皆ぶっ殺して!解決!! お姉さまの代わりに!!! サーちゃんを!! 皆を助けなきゃ!!」
弾けるようにアリスは走り出していた。
「待ちなさい! アリス! アリ……!?」
止めようと立ち上がろうとしたリースはそのまま膝を着く。
思っていた以上に体を打ち付けていたダメージが体に響いていた。
身軽な彼女は既にリースの声が届かない距離へ。
遠くからでも走り彼女の手の先が淡く光り出すのが見える。
徐々に現れ出す二つの刀身。交差されたそれは巨大な鋏。
背中に担ぐ自身よりも大きな鋏を重荷とも感じない軽やかな走りでアスはシップのドアを次々と潜っていた。
大事な友人を苦しめる化物に、怒りを込めながら鋏の柄を握りしめる。
■
暗い部屋が揺れる。
部屋の住人は揺れに対して楽しそうにキャッキャっと笑う。
うつろな視線はグリン、と不気味に上を向く。その視線の先は天井を通り越し『何か』を見ていた。
「すっげぇーー……やっぶぇぇぇーー……」
長い黒髪を揺らしながら、ユカリはその場でまた大声で笑う。
「えーとぉ? うんうんうん、いーちーにーぃーさーんー? んんんー? いっぱいいんなぁ? お? こいつやっぶぇぇー! うお! こいつもかぁ! んぎゃ!? こいつも気持ち悪いー力持ってんなーーー!すっごーい! 凄い凄い凄い! ぱねぇーーー!」
腹を抱えながら、身体をよじりながら、硬い床である事も無視してユカリは転がりながら笑い続けていた。
ぴたりと、笑い声は止まる。
「さぁどーするジョーカー、それにクズキカナタ。このままじゃ全員死んじゃうぜ」
走るレオンの脳裏に浮かぶ。
過去の記憶、何故今こんな事を思い出しているのか、レオンにも解っていない。
「だぁーーー!! また負けた!!」
レオンが叫び声をあげながら頭を抱えていた。
遊戯室の角で、二人の男が机を挟む。
奇声を上げるレオンをおかしそうに見つめる目の前の男。
「ハハ、レオンは勝負し過ぎなんだよ、確立の問題だ」
手持ちのトランプを組みながら男は笑う。
「うるっせぇ! サバン!! 男がちまちまと確立なんて考えるかよ!!」
「さっすがはジョーカー様だ、言う事が違うねぇ」
そう言いながらサバンと呼ばれた男は切っていたトランプを配る。
「いいかい? レオン。ブラックジャックは21を揃えるゲームだ。元のトランプの数は52枚、そこから確立の逆算だって出来るだろう? もっとも高い確率を考えるのさ。最低でも30%は確立が無いとね」
得意げに言いながらサバンは自分にも枚数を置く。
配られたカードを乱暴に手に取ると、レオンはニヤリと笑う。
「もう一枚!」
「僕ももう一枚だ」
互いに一枚づつトランプが配られる。
「もういっちょぉ!」
「僕はこれでストップだ」
レオンにだけもう一枚。
「もう一回!」
自信満々な彼の言葉にサバンは呆れた視線を送る。
「レオンさぁ、僕の話聞いてた? 全ては確率論だってば」
「シラネーよ。勝負ってのは勝つか負けるかだろ? だったら確立なんてねーよ。1か0だ」
「はいはい」と言いながらレオンに最後の一枚を配る。
「さぁてそれじゃあお披露目だ」
サバンが見せた数字は19。
レオンが見せた数字は24。
21を超えた時点で、レオンの負け。
「がああ! まぁーた負けた!!」
サバンはレオンの枚数を見つめる。
3、4、7、2、3。そして最後に引いた5。
途中まではサバンと同じ19。
最後を引かなければ同点で終わっていた。
サバンは思わず笑ってしまう。
「っく……あはは! 馬鹿だ! 馬鹿がいる!」
「ああ!? 何笑ってやがる! 次だ次!」
「これだから……ジョーカーだってのに嫌いになれないんだ」
「ああ? 何か言ったかよサバン」
ポツリと零した声に、訝しい声を挙げるレオン。
そんなレオンに、サバンは笑いかける。
「いいや? 掛け金は今ので2倍だ。次で3倍、ああ楽しいねレオン」
「…………やっぱもうやめよーぜ」
「おっと男なら確立なんて考えないんだろ? 自分の言った信念を曲げるのかい?」
「じょーとうだ!! さっさと次配れ!!」
「アッハッハッハ! いやぁ丁度欲しい服あってさぁ!!」
仲間との楽しい楽しい思い出。
何で今それが浮かぶ。
■
「おいおい……おいおいおいおい何だよコレ!!!」
辿り着いた先にレオンが見た風景は、ダーカーとアークスとの戦争。
なんていう物では無い。
戦争になっていない。戦いにすらなっていない。
逃げ惑うアークス達。
最初は戦うつもりだったのであろう武器達はそこらじゅうに転がっていた。
戦い倒したであろうダーカーの死体も転がっている。
しかし、押されている筈のアークスの死体がどこにも転がっていなかった。
その謎は直ぐに理解する。
戦うダーカーとは別に、アークスを集めているダーカーが存在していた。
突き刺し引きずる様に。巨大な腕で捕まえて。囲いになっている体に取り込んだり。
死体や生きていようと関係無く、回収していた。
「レオン!! レオン!!」
呆然とするレオンに駆け寄る一人のアークス。
ハッと我に返るレオンは声の方を向いた。
血相を変えた様子の男はレオンの親しい友人だった。
ジョーカーという概念をあまり考えない優しい男。
「おいどうなってやがる!! 何だよこれ!! ユラやルーファの馬鹿はどうした!!」
「艦長もルーファも応答しねーんだよ! ただのダーカーだけなら俺達でも戦えるさ! だ、だがそれだけじゃねーんだよ!!」
がっしりと肩を掴むレオンに男はビクリと肩を揺らす。
「落ち着け! 全員俺がぶっ飛ばしてやるからよ!! だから落ち着いて話せ!!」
震えながらも、その真っ直ぐな瞳に男はたどたどしく口を開く。
「し、自然災害だと思ってたんだ……偶然的に、現れる災害だと、思ってたんだ、な、なのに、それは狙ったように俺達に追撃されていた。か、勝てるわけ無い。」
「ああ? 自然災害? もしかしてダーカーウォールとかの事か!?」
それに答える事も無く男は続ける。
「そ、それに、アイツ等が、い、生きてたんだ、生きてたのに、何で俺た」
そこで男の言葉は止まった。最後に口が「ち」の形で目が見開く。
視線はゆっくりと、下に落ちていた。
合わせる様にレオンも下に視線が動く。
男の腹から、生えるように剣が現れていた。
ぼたぼたと落ちる血の量から、それが突き破っているのだと直ぐに理解する。
男の瞳はまた上がる。
わなわなと震えながらも、レオンの方を見つめていた。
「レ、レ、レオン、に、逃げろ」
その言葉を事きりに腹に刺された剣が引き抜かれる。
ずるずると男が倒れ込むと、後ろにいる存在がレオンの目に入る事になる。
後ろに居た男は笑顔でレオンを見つめる。
「確立の問題だ、レオン」
どこかで聞いた台詞。
目の前の男は血がついた銃剣をレオンの方に向けながらまた笑う。
「幾ら君が強かろうと、この状況じゃ君が力を発揮するのは難しい。そうだろう? レオン」
「サバン……お前……」
かつての友が目の前に居た。
シルカと共に消えた三人の内の一人。
笑顔は変わらない。
口癖も変わらない。
背中から生える様に浮き出る巨大な腫瘍のような赤黒いコア。
そこから蠢く数本の触手が不気味に動いていた。
「『一人大隊(アルバトロス)』その名の通り、大人数に対して発揮される力は裏を返せば味方が入れば巻きこんでしまう程の威力というわけだ。『絶対攻撃力』とまで言われた破壊力は伊達じゃない。流石は『最強(スペシャル)』の一人だ、しかし、しかしどうだ? この状況なら君は唯の多少強いアークスって程度だろう? これじゃ勝率は激減。せめて30%は無いとね」
懐かしい饒舌な様子にレオンは表情を変えずに答える。
「男が、ちまちまと確立なんて……考えるかよ」
思わずどこかで言った事のあるような言葉が出てしまう。
「流石ジョーカー様だ」
レオンはその場で大きく深呼吸をすると、足元に転がっている元友人の死体に目をやる。
そして、視線を再び前へ向けた。
「お前、お前、そうか、お前……敵かよ」
低い声には驚愕の色から、敵意のある色へと変わっていた。
「そういう事さ。さて、君の勝ち目は0.1%ぐらいしか無いわけだが」
「……あぁ? 0.1%だァ?」
ひゅん、と一度槍をその場で回すと両手で黒い槍を持ち直した。
サバンへ、友へ真っ直ぐと槍の切っ先を向ける。
「宝くじ買うよりマシじゃねぇか、それだけありゃあ十分だ」
何処までもブレないレオンの視線。
サバンはまた笑う。
笑い声を上げて、レオンに合わせるように銃口を向けていた。
「これだから嫌い何だよ……ずっと前から!!」
「うぉ! マジか!! 普通に凹む!!」