光線は、砂漠を冷たい結晶へと変えた道を作り、周りは砂煙が覆う。
その凄惨な道は砂塵と、作り出される氷の白煙と交じり合う、先に彼女の姿形は見えない。
仮面βはゆっくりと掌を下ろす。
視線を砂煙から、シップの方へと向けられる。
それは既に跡形も消えた残骸に興味等有る筈が無いと言う事。
表情が動く事は無く、冷たい視線だけが静かに動く。
身体の向きを変え、歩を進める。
……………か?
仮面の動きが止まる。
声が聞こえた。
感情がともらない瞳は、声が聞こえた方へと再び動く。
茶と白が入り混じる煙の中、無数の微細が舞う砂煙にも、揺れ漂う冷たい白煙とも違う色が見える。
赤い二つの光。
二つの色とは違うそれは禍々しい瞳。
その瞳は砂煙の中、酷く残酷に、美しく。
爛々と輝いていた。
「何処に、行く、つもり、ですかァ?」
幾つ物白い直線が、円を中心にするように辺りに走る。
円状に見える程の何十もの一閃。
瞬間的に放たれた斬激である事は、仮面βには解りようも無く茶と白が混じる砂煙の煙幕は晴れる。
赤色のセーラー服は所々破けた姿へと変わるも、白く長いリボンも、ルビーのような美しい赤眼も。
その姿は変わっていない。
しかし、大きく変わっている部分も多く存在していた。
黒く長い髪は純白の姿へと変わっていた。
そして、彼女の周りを覆うように、紫色の光を纏っていた。
無機質だった彼女の表情。
口元が笑みを作る。
楽しそうに「くすくす」と綴る声が風に舞う。
「私にコレを使わせて置いて……何処に行くつもりだって……言ってるんですけれど」
その姿を見た仮面βの表情は変わらない。
一切の感情を見せる事も無い。
仮面βは手を掲げる。
同時に、先程と同じ巨大な時計が仮面βの後ろに薄っすらと現れていた。
合わせる様に、ルーファの身体に再び硬直のような感覚。
ルーファは抵抗すら出来ず、その不気味な笑顔もそのままにまた固まる。
紫色のフォトンだけがゆらゆらと揺れていた。
仮面は先程と同じ様に、作業をするだけだと言うように翳す掌に巨大な黒い収縮がまた始まっていた。
「それで?」
動かない筈のルーファの口は、悠長に開いていた。
ルーファの様子に、無表情であった仮面βの肩眉だけが上がる。
彼女の言葉に答えるように、合わせる様に仮面の上空に幾つ物黒い穴が開く。
穴から現れたのは、巨大な赤黒い大剣。
別の穴からは赤い隕石のような形をした同じく巨大で、尖った岩。
ルーファの身長の三倍以上ある大きな二つの物体は、空に開く大量の穴から、次々と現れる。
空の隙間を埋めていく増え続ける殺意は、静止した状態で全ての切っ先を動けないルーファへと向ける。
それは全て、ルーファたった一人を殺す為だけに向けられた大袈裟な殺意。
動けない状況下に関わらず、ルーファの瞳は更に強く、キラキラと輝いていた。
「はァ……殺す事に躊躇いの無いこのどす黒さ……」
歌うように、嬉しそうに声を漏らす彼女に、大量の殺意が飛ばされた。
たった一人の少女に向けて、何十もの切っ先が空を走る。
ワンテンポ遅れて仮面の手からも巨大な閃光が放たれる。
避ける隙間すら無い程に敷き詰められた攻撃。
それを待っていたと言うように、ルーファは当たり前のように動き出す。
ギチギチと奇怪な音を上げ、ルーファの身体を縛ろうとする何か。
しかし、そんな事はお構いなしに、ルーファの姿勢が低く低く下がって行く。
仮面βが起こしたソレは、確実に彼女の身体の動きを縛る物だった。
それが消えているわけでは無い、それ以上を超える規格外を、彼女、ルーファが起こしていた。
単純な腕力が、その異様な姿によるものなのか、僅かに動きをぎこちなくさせているだけで終わっていた。
迫りくる驚異に対して、ルーファが動く。
刀を引き抜く。
横に一閃。
唯それだけ。
紫色のフォトンを纏った刀は、その一閃の後を追うようにその場で光の腺が引かれる。
同時にルーファに向けられた殺意達に、白く、そして巨大な斬激が走る。
幾つもの空に瞬く閃光のような数々の一閃達が巨大な剣を、巨大な岩達へ走る。
届く筈の無い空中、彼女は刀を振りぬいただけ。
フォトンによる能力の底上げの時にのみ使える彼女の剣技。
次元すらも切り裂き、対象にした存在を切り刻む。
何十もの光の線が巨大な岩や大剣達に向けて走り続け。
一瞬の静止の後、全てが粉々の破片へと切り刻まれていた。
閃光はその衝撃だけで消え去り、反動で仮面が後ろへ弾き飛ばされる。
切り刻まれた岩達は、自然の摂理に従い小さな岩へと変わり風に舞い、砂漠の砂に沈む。
同じく刻まれた大剣達は、金属の破片を空中に舞わせる。
太陽に当てられ、それらが空を美しく瞬かせていた。
絶望が広がる空は、避ける事の出来ない死の世界は。
一瞬にして姿を消していた。
まるで何事も無かったかのように、ルーファは優しい笑みを零す。
すんっ、と彼女は一度深呼吸をすると、ゆっくりと吐き出す。
その仕草は唯の少女でしか無く。
そして、開いた瞳と共に、少女の面影は消える。
輝く紅い瞳は、光が舞う中でルーファは仮面βを見下ろす。
紫色のフォトンは彼女を覆うように、更に大きく広がっていた。
上ずった声で、ルーファの口から言葉が吐き出された。
「次はァー……何ですかァ?」
鮮やかに煌く空。
美しい純白の髪の少女。
笑顔は仮面βへ向けられる。
仮面βに感情があれば美しいと感じる事が出来たかもしれないその幻想的な空間。
人形の様に感情を見せない仮面にそんな動きはある筈も無く、ルーファの異常な攻撃力にも表情を変える事も無く大剣を構える。
怯む事もしない仮面βを、ルーファは愛おしそうに頬を染めて見つめる。
「ああぁ……貴方……最高です、この、この私が、本気を出していい何て……夢を見ているようです」
仮面βに習う様に、ルーファも姿勢を低くする。
歌うように綴る言葉は止まらない。
感情を強く出す事が少ない彼女は割れる笑みと共に噴出したかのように続ける。
「ジョーカーとして私に本気を出させた事を、誇りに思いなさい……沢山沢山沢山沢山楽しみましょう? 足を、首を、腕を、耳を、目玉を、鼻を、耳を、贓物の一つだって全身全霊で動かしなさい……この私に食らいつけ。飽きさせないでね? 飽きさせないでね? 時間いっぱい、一時間でも、一分でも、一秒でも長く、ながぁぁぁく……遊びましょう? そして……そしてェェ……」
彼女はただ、一点を見つめる。
全てを忘れ、仮面βだけを見つめる。
頭の脳内麻薬は止まらずに彼女の高揚は止まらない。
興奮からか、鼻から零れる鼻血を拭う事もせずに眼を見開いていた。
瞳孔が開く。呼吸が荒くなる。神経がジリジリと擦り減る程に、それは研ぎ澄まされていく刃のように。
「死ねェ」
全力でルーファが足元を蹴るだけで地面の砂漠は、その場を大きく陥没させる。
ルーファの姿は既にそこには無い。
眼で追えない速さは消えたようにも見える異常性を示していた。
彼女は止まらない。
自身の身体が壊れるか、目標がこの世から消え去るかしなければ。
彼女が止まる事は有り得ない。
最悪(エンド)の人間失格(ピリオド)
人を止めた存在。人でいられなくなった存在。人でない存在。人である事を、諦めた存在。
人間失格。
人の終着点。
彼女はピリオド。
史上最悪のアークス。