白髪の青年は、何度も声を荒らげる。
腕の中で、事切れそうになる少女に向けて必死に。
横腹からたれ流れる血が止まる様子は無い。血で汚れることも気にせず青年は必死に出続ける傷口を抑えようとしていた。
そんな青年の様子とは裏腹に、少女の表情は穏やかで、潤う色違いの瞳を優しく見据えていた。
「あ、あ……き、れい……」
ぽつぽつとこぼす少女は嗚咽と共に赤い液体を吐き出しながら震える手を青年に向ける。
青年の頬に触れた手は、冷たい。
ゆっくり、閉じようとする瞳。
「お、おい! 目を開けろ!! やめろ! 死ぬな! 死ぬな!」
ボロボロと瞳から流れる雫は少女の頬に当たる。
少女は、それを心地よさそうに、受け入れるように目を閉じていった。
「なぁ!起きろよ!なぁ!馬鹿野郎!馬鹿野郎!馬鹿野郎!!!」
青年の言葉に、少女が応える事は無い。
腕の中で、突然ずしりと重みが増した気がした。
それは、死の、重り。
「馬鹿野郎ォォォォォォォォォォォ!!!!」
青年は少女に顔を埋めながら叫ぶ。
嗚咽混じりに叫ぶ。
「ホルン……」
後ろから聞こえる低い声に、反応するように青年は口を閉じる。
食いしばる歯の音が辺りに響く。
青年は震えながらも少女を優しく地面へと寝かせた。
血で汚れた体を気にする事もなく、流れる涙を拭うこともせず振り返る。
怒りで染まる色の違う瞳はその人物を睨む。
「何人だ!! あと何人死ぬ奴を見なきゃ行けねぇ!!」
身長差の大きな二人がそこに居た。
一人は髪の長い少年。
その小さな身長をゆうに超える刀を地面に垂らすように持つ少年は、ホルンの目から逃げる様に視線を外す。
そしてもう一人。白を主体にした機械的な体。スラリと伸びる鋼鉄の足。二つの機械的な光を放つ目が、ホルンの瞳から逃げずに見据える。
「応えろレギアス!!!!」
機械的な体を持つ男、レギアスが数度首を振るう仕草を見せる。
「誰も死なない世界……か、理想論だな」
堪らず立ち上がる彼の身長はレギアスの身長よりも変わらない。
「そんなこと聞いてんじゃねぇんだよぉぉぉぉぉ!!! 30年!! 何人も死んでいくアークスを見てきた!! なんでアークスってのはこんなに脆いんだよ!!! なんでこんな弱い奴ら闘わせるんだよ!! 」
詰め寄るホルンに対して、レギアスは動じることも無く淡々と続ける。
「……私やお前のように特別では無いのだ、無論、いくら強くても、少ない特別だけで彼等全員を守るのは不可能なのだ」
濡れる瞳は、レギアスを睨む。
アークスのトップ、最強を睨む。
六芒均衡、一の数字の男を睨む。
アークスを纏める長に対して、対等なまでの怒りの視線を向ける。
「だったら!! 俺が特別を作ってやる!! 誰も死なねぇ! 誰も死なせねえ強さを!! それでも死ぬなら俺がもっと特別になってやる!! もっと強くなってやる!!! アイツらが戦わなくていいように!! その理想論って奴を!!!」
・
・
・
あれから何年経ったのか。
未だにアークスが戦う事は終わらない。それでも死亡数はあの時代よりかは大きく変わっていた。
ホルンからすれば数が出る時点で理想とはかけ離れていた。時間が経ち、ただ大切な物が増えていった。
いつからだろうか、その長い生命時間の中、彼の心は徐々に壊れ始めていた。
見た目では解らない。本人すらも解っていない。
死んでいく仲間達の中、自分だけが生きている事に。
彼の心は、疲れていた。
「せんせ、せーんせ」
呟く彼女の胸下で不気味に輝く黒い光。
蠢く触手は彼女の体を纏わり、ゆっくりと腕の方へと移動されていく。
腕に纏わりつく赤黒い触手。
彼女が元々使っていたのは青い光を放つ武器だった。
それをホルンは知っていた。
ワイヤー状の青いフォトンで形成された鞭のようにしなる彼女の武器は、そのフォトンが続く限り何処までも伸びる一級品。
その技を教えたのは、その才能を引き出したのはホルン自身。
「きったねぇ色しやがって……バカが」
目を伏せるホルンは手に持つ両剣を鞘に仕舞うような動作。
そして青い粒子と共に姿を消すと、同時に腰のキーホルダーから取り出したのは彼女と同じ系統のワイヤー型の武器。
両手に持つのは二つの青い取っ手。
それに繋がる同じく青く輝く鎌状の先端。
鎖鎌を両手に持つような形のホルン。
今も不気味に蠢く触手を腕に纏わせるシルカ。
二人が腕を同時に交差する。
奇しくも全く同じ動く。ホルンが教えた動き。
広げられる腕にあわせる様に、二つのワイヤーが孤を描き空中へと伸びる。
片方は青く光る優しい光の跡を残しながら、片方は黒く跡すらも残さず不気味な脈を鳴らしながら伸びる。
まるで個人の意識を持つかのように二人の間でワイヤー同士が激しい火花を散らしながら連続の擬音を響き渡らせる。
二人の間で、円状に広がる目で追う事も出来ない二つの殺意は、空中に飛ぶ石や、砂煙すら切り裂いて行く。
舞うのは黒と青。
煌びやかな空中の光は、徐々に青が押し始めていた。
「偽者なら良かったんだけどよぉ! やっぱおめえはシルカだ!」
叫ぶホルンは素早く動かし続けていた両手の取っ手を後ろへと大きく引いた。
同時に乱舞に舞っていた青は黒の触手へと器用にまとわりつく。
突然の急停止、そして引っ張られたシルカが思わず前へとたたらを踏んでいた。
「シルカァ! 癖は抜けねェなぁ!!」
何度彼女と戦った。何度彼女に苦渋を飲ませた。それでも彼女は付いてきた。
彼女の戦い方は、誰よりもホルンが知っていた。
引っ張った取っ手を放すと瞬時にホルンは再び腰へと手を伸ばす。
先ほど取り出した二つの剣を展開。
そのまま両剣を空中に舞う二つの取っ手の穴へと突き刺す。
砂漠の砂を突き抜ける勢いは、そのまま剣の柄が取っ手に引っかかる形で固定させていた。
立ち上がるシルカは体に繋がる触手を引っ張るも、ホルンのワイヤーが外れる様子を見せない。
ホルンは瞬時に地面を蹴る。
腰から取り出すのは青い刀。
伸びる触手の真横をホルンは駆け抜ける。
駆け抜けた後に、伸びる触手に切れ目の様な物が入っていた。
砂煙を上げて速度を上げるホルンよりも速い斬激が斬った事すら置き去りにしていた。
瞬時に詰めた距離、早すぎる速度を、シルカの視線がしっかりと追っていた。
不気味に笑う目の前のシルカに対し、ホルンは大きく舌打ちする。
「きったねェ笑顔になりやがってボケ! 帰ったら説教だからなアホ! 馬鹿弟子がァァ!!」
瞬間的な居合が振るわれる。
一度しか振っていないような速度は的確に三度、シルカへと伸びる。
胸に付いている赤く光る核の目を丁度切り抜くような三角の切れ目。
核は血を噴出しながらギョロギョロと動いたかと思うと、そのまま地面にぼとりと落ちる。
未だ地面で蠢く目玉をホルンの足が踏み潰していた。
鋭い視線は直ぐにシルカに向けられる。
笑っていた笑顔が崩れ、その視線がホルンを見つめていた。
空ろだった瞳に、明るい彼女らしい青色が戻っていた。
「戻って来い!! 殺してなんかやるものか!! 俺の弟子だ!! 俺のもんだ!!!」
叫ぶホルンに、シルカの瞳が揺らぐ。
青色が揺れる。
「せ、ん、せ……」
片目から、頬を伝うのは赤い真紅の雫。
「シルカ!!」
シルカの唇が反応するように震えていた。
「痛い、よ。せん、せ。助け、て、助けて……」
「大丈夫だ!! 直ぐにシップに連れてってやる! ラッセルやレターが何とかしてくれる!!」
小刻みに揺れるシルカの腕を取ろうと、ホルンの手が伸びる。
「安心しろ! 絶対に助けてやる!! 俺が、お前の師匠が絶対に助けてやる!!」
伸びたホルンの手が、妙な擬音と共に思わずピタリと止まる。
ぐちゃり、とした音。何か肉を突き破るような不気味な音が広がっていた。
そのままの勢いでシルカの頭が思わず上を向く。
天に伸びるのは赤黒い触手。
体の体積以上に伸びるそれをホルンは呆然と眺めてしまう。
肉を突き破る音は一つでは終わらない。
横腹から、内側から穴を広げるように赤黒い触手が飛び出す。
斬り取った筈の胸から、顔から、腹から。
枝分かれするように次々と伸びるそれは、シルカの体に纏わりつく。
触手から次々と開いていく目玉が、ギョロギョロと見渡すように動き回る。
そして、一斉にホルンの方へと向けられていた。
それに合せる様に、上げていた顔がゆっくりとホルンの方へと向けられる。
流れる血涙をそのままに、割れるような笑み。
その姿は、人と呼ぶにはあまりにも不気味で、あまりにも残酷で、あまりにも化け物で。
大量の視線に対して、ホルンは顔を伏せる。
彼の心に押し寄せるは嗚咽が零れる程の闇。
ずっとホルンの近くに居た彼女。信頼を寄せてくれた彼女。
その彼女の変わり果てた姿は、目を伏せていても目に焼きついていた。
心臓をえぐられたかのような、苦しみがホルンに押し寄せる
「ああ、クソ、クソ、クソ……」
続ける言葉は悪態。
何度も、同じ言葉を繰り返す。
シルカにその言葉は届いていない、二度三度、首を傾けるような仕草の後、蠢いていた触手がピタリと止まる。
彼女から生える触手達は、一斉にホルンへと伸びる。
突き刺そうと鋭く形を変える何十もの触手に、ホルンはゆっくりと視線を上げた。
「ざけんなよ」
ギラリと光る色の違う瞳。
赤色の片目が怒りの様に燃え上がり、金色の片目が力強い光を浮かべる。
諦めの色は、浮かばない。
小さな体から巨大な殺気が膨れ上がる。
伸びる触手達に対してホルンが引く様子は見せない。
腰に手を当てると共に展開されるは巨大な大剣。
体に似合わないサイズの青い大剣が触手達へと振るわれていた。
その一度の剣圧で数十の触手が動きを止める。
「諦めるかよ!! 誰が諦めるかよ!! てめーは絶対に連れて帰る!! 諦めるなと教えて来た俺が!!!! 諦められるわけがねーだろーがァァァァ!!!」
振るわれた大剣を器用に回すホルンは、そのまま地面へと突き刺した。
叫ぶ声は続けられる。彼の信念がそうさせる。
「手足もいででも連れて帰るぞ!!」
信念に答える様に、ホルンの周りに金色の光が舞いだす。
彼の特徴的な色合いのフォトンはホルンを中心に弧を描き色合いを濃く仕出していた。
最も輝くのは、彼の背中。
彼の背中いっぱいに刻まれた巨大な入れ墨。
彼がジョーカーである印。
彼が背負った大きさ。
彼が背負った重さ。
彼が、戦う理由。
「限界突破(リミットブレイク)!!!」
ホルンの叫び声と共に、その姿は金色に覆われていく。
舞う金色と共に姿が消えたのは一瞬。
髪も、白いマフラーも、その幼い容姿も変わらない。
しかし、腰に据える小さな武器の色が変わっていた。
優しい青から禍々しい紫へ。
ホルン。『ターミガン(犠牲義損)』
唯一弱体化したと言われたジョーカー。
その莫大な力を戻す方法の一つが、限界突破(リミットブレイク)
彼の中のフォトンを継続的に爆発させ続ける事で当時の力の欠片を戻す彼の必殺。
しかし、それには大きな欠点が付いてきていた。
フォトンの消費量が異常であり、短い時間でしか使えない事。
そのせいか、限界突破を使えばその日彼が戦う事は難しい。
そして、莫大な力は彼の今の小さな体では耐え切れず、身体の一部が機能停止をする事。
どこが機能停止をするのか、彼自身も解らない諸刃の剣。
今回動かないのは、左腕。
自身のだらりと垂れる左腕を見てホルンは舌打ちをする。
「……こういう時に限って目じゃねーのかよ。あんな姿見ながら戦うの何ざ胸糞悪いっつの」
彼の周りに舞う金色のフォトンが揺らぐように舞う。
対照的にヘラヘラと笑う目の前の愛弟子は不気味に触手が揺らいでいた。
腰から取り出したのは大剣。
禍々しく紫に光る武器をホルンは器用に肩で担ぐように持ち直す。
揺れる腕をバカにするように、まるで余裕を見せる様に前に出す。
「さぁ指導してやろうこのバカ女!! お勉強の時間だ! お説教の時間だ! 殺さず死なせずぶっとばす!!もっかい一から指導し直しだ馬鹿弟子がぁ!!!!!」
■
幾年前。
それは酷い荒野だった。
辺り一面に伸びる石柱達の中、白髪の青年は、高い石柱の一つからその世界を見下ろしていた。
色の違う瞳は、ただ視線を向けているだけで、心に見えているのは未だ死んだ者達。
「ターミガンさん」
後ろからの声に青年は振り返る。
そこには少年が居た。
優しい瞳が青年、ホルンを見つめていた。
腰に据える刀を揺らしながらホルンの隣へと来る少年。
かなりの身長差がある程の少年は見た目通り幼く、刀が不釣り合いに映る程。
「……ピリオド、何だ」
冷たいホルンの台詞に少年は子供らしくない大人びた笑みを浮かべる。
「僕も賛成です」
可愛らしい声にも関わらず、少年の言葉には妙な重圧があった。
既にその子供らしくない様子にホルンも慣れていた。
「……」
何も言わないホルンを気にせずにピリオドと呼ばれた少年は続ける。
「誰も死なない世界。もし……もしそんな世界が作れるなら、僕は最後まで守り続ける。全てを守り続ける。この命が続く限り」
済んだ声が辺りに響く。
ゆらりと腰から引き抜かれる刀を前に突き出す。
「この刀が届く範囲は、全て、僕が守る」
「かっこいーねェクソガキ」
「勿論ターミガンさんだって、僕の守る人の一人ですよ?」
そういいながら、少年は隣で突き出した刀を揺らしながら笑う。
「……フハ、言うじゃねえか最悪(エンド)」
「そっちの名前は嫌いなんです最善(ガーデン)さん」
「奇遇だな俺もそっちの名前は嫌いだ」
二人は小さく笑う。
何処か寂しげに、無理に笑うように。
前を見る。
今度は、しっかりとホルンは前を見据える。
少年の言葉は素直に嬉しかった。
それでも、限界があるのは知っていた。
レギアスの言葉は真実。
それも解っていた。
自らを守る力を付けさせる。
そして、誰かを守る力を付けさせる。
いつになるのか解らないだろう。
それでも、守る必要が無い世界の為に。
理想の世界の為に、未来の為に、ホルンは前を見据える。
まだ、彼の心が壊れていない頃。
彼が狂っていない頃。
三人体制でやってます。
小説 ふぁいと犬 ツイッター @adainu1
http://mypage.syosetu.com/3821/
「ぐぎぎぎぎこの忙しいのさえ乗り越えれば!もっと早く更新できるのに!(言い訳)」
挿絵担当 ルースン@もみあげ姫 @momiagehimee
曲 黒紫