いつも通りの茶色いダッフルコート。
後ろを向いている内に、あの一瞬で一体どうやって着替えたのか、そもそも着替えているわけでは無く汚れを取り除く機能でもあるのだろうか。
それとも漫画のように同じ服を何枚も持っているパターンだろうか。
またアークスの謎便利機能だろう程度に考えながら慌ただしげなファランの背中を見つめていた。
手を翳すと同時にファランの周りに幾つもの電子的な画面が現れて居た。
しかし映る画面は暗くなっていたりバッテンの表示がされていたり。
その度に新しい画面を展開しているが結果は同じばかり。
「通信系は、どれも、だ、ダメ……プ、プログラム系統まで、反応を示さ、ない、なんて……」
「電波が届いていない所って事?」
「平たく言えば……そ、そういう事、です……外は、森だったと、お聞きして、ます」
「うん」
頷くカナタにファランは「ううん……」と唸る様子を見せると展開している画面が消えていく。
「私達、の、船から、とても離れてる、みたい、です……よ、弱りました……どうしま、しょう」
不安そうなファランとは裏原に、カナタの表情にそういった色は見えていなかった。
下を向いて考えているファランと違い、上をぼんやりと見つめるカナタ。
数分後の沈黙。
その沈黙を破ったのは、『くぅ』という妙に可愛いらしい音。
その音が洞窟内に薄っすら響く。
カナタの視線が上から降りると、音の主の方へと視線を向けていた。
視線を向けられたファランは大きく目を見開き、耳まで真っ赤にしていた。
動物なら毛が先立つような様子にカナタは思わず頬が緩む。
そしてまた音が鳴る。
「みゅッ!?」
今度はファランのお腹だけで無く口からも妙に高い悲鳴がこぼれていた。
「はや、や、えと、あの、こ、これは、ちが、ちがくて」
緊張感の無いそのわたわたとした仕草にカナタはクスリと笑ってしまう。
「うん! まずは! 腹ごしらえってね!」
「ど、どうや……て? ここには、な、何も、無い、ですよ?」
自慢げにフフン、と鼻を鳴らしてみせるカナタは胸を張る。
「最近の現代っ子のサバイバル知識舐めたらダメだよファランちゃん!」
「ゲ、ゲンダイッコ?」
「私にドーンと任せてよ!!」
■
30分後。
「ダメだったーーー!」
森のど真ん中で四つん這いでカナタは最大限にダメだった事を体で示していた。
顔にはずぅん、という解り易い影が乗る。
「う、うう……忘れてた……この世界、私の世界とは違うんだった……」
目の前で天使の羽のような物でふよふよと通過していくシメジに、カナタは横目で溜息を零す。
サバイバルにおいても広い知識を持っていたと思っていたが知らない物ばかり……似ている物はあるにはある。
見つけた池には……目が多いメダカや、蛇のようなサイズだが見た目が明らかに竜であったり、仰々しい同じく見た事があるような無いような魚達がウヨウヨ。
これではどれが食べれる物なのか解るわけもない。
そういえば食堂で調理をしていた時も謎な食品が多かった事を思い出す。
「かっこいい所、見せれると思ったんだけどなぁ……」
はぁぁ……とため息を零すカナタの後ろ。落ち葉を踏む音に振り替える。
桃色の二つ結びが揺れていた。
「カ、カナタ、さん」
弱弱しい声にカナタは慌てて振り返る。
「ファランちゃん!? 歩いて大丈夫なの?」
「わ、私も、何かお手伝い、させてくだ、さい」
おどおどとした様子は未だ少しふらついていた。
単にお腹が減っている。というだけのふらつきでは無いだろう。
そんなファランに不安の視線を向けてしまう。
「だ、大丈夫なの?」
「はい……わた、しも、役に立ちたい……です」
そう良いながら弱弱しげに、だが彼女は笑う。
その思いがカナタは嬉しい。
無下に出来るわけが、無い。
「そ、それで、あの、その目の前の、食べれる物です……」
「……詳しいの? 」
ふわふわ浮いているシメジを思わず指さしてしまう。
「く、詳しいわけではないのですが、わた、私は『悪い要素』が、解るんです」
リースが言っていた異常な感知能力。
ユラが言っていた彼女が船に居る理由。
その能力は、無意識に自身を苦しめる彼女が常に怯えている理由。
見えすぎる才能。
「……苦しくない? 大丈夫?」
「うん……カナタさんの、役に立て、るなら、私、嬉しい」
また笑う。
自分から見せる笑顔は、珍しい気がする。
カナタも釣られるように笑う。
「一緒に探そう!」
「う、ん!」
■
生い茂るジャングルの中、二人で彷徨う。
気温は熱すぎる様子も無く森林をそよぐ風が涼しいと思う程。
「ファファファランちゃん‼ なな何あれ‼ おっきい猫! おっきい猫!」
「ア、アレはファングパンサーって言う、んです、よ……! お、お、お願いですから……静かにしてくだ、さい……! こ、殺されちゃいます、よ‼」
「ありゃりゃゴメンゴメン」
二人だけの森林探索。
「カ、カ、カ、カ、ナタさん! あ、あぶ! 危ない!! です、よ!」
「大丈夫ー! 私だって木登りくらい出来るんだよー!」
「そ、そ、そ、そうじゃなくて、下着が! あの! えと……」
「ファランちゃんしかいないんだから大丈夫だよー!」
「そういう問題じゃ、な、な、無いです、よ!」
妙にテンションが高いカナタと、それをハラハラとしながらも、何処か楽し気なファラン。
知らない事、一つ一つに一喜一憂するカナタ。その度にファランはたどたどしいながらも、丁寧にゆっくりと教えて、少し自慢気。
一緒に歩いて、一緒に走って、一緒に考えて、一緒に笑って、一緒に驚いて、一緒に、一緒に……。
「も、もう、服の裾こんなに皺だらけ、じゃないですかっ」
木から降りてきたカナタに駆け寄るファランは慌ててカナタの服に付いた木の枝や、この葉を落とす。
屈みながら服の裾を伸ばしたり、細かい砂まで払ったりしている少女の頭をカナタは思わず優しく撫でる。
「な、な、なんで、すか……?」
何処か気恥ずかしそうに、困ったように見上げるファランにカナタは優しく笑う。
「……ううん、何でもないよ」
ファランちゃん。
少し硬い子で、結構几帳面だなんて事。
知らなかった。
また一つ、心を開いてくれたような気がした。
これから何があるのか解らない。
こんな得体の知れない森で、安全があるとは到底思えない。
それでも、今は楽しいと思える。
この子と、歩けるのが楽しい。
仲良く二人で。
日が暮れるまで、木の皮で作った手編みの籠がいっぱいになるまで。
笑いながら。
何かから逃げるように、何かを忘れるように。
■
暗い筈の洞窟は二つの焚き火で明るく照らされていた。
洞窟内を香ばしい匂いが立ち込める。
「っじゃーん! 流石わったし! 木の実で作ったスープに新鮮サラダ! 肉を使わないハンバーグ風味に特製デミグラスソース‼」
目の前の湯気が立つ料理。
しっかりと洗われた葉に乗せられたそれらの数々に、ファランが目を丸くする。
「お、お肉も無し、に? こ、こんな事出来る、ですか?」
「ムフフフフー‼ 最早精進料理の領域になっちゃったけど、現代日本じゃベジタリアン専用の料理なんてザラにあるからね~!!」
「ショージン? 二ホン? ベ、ベジタリアン? な、何を仰ってるか解らない、です、けど……こ、香辛料とか、調味料、とか、は?」
「調味料の無い所でこれ程の料理を……なんちてその場で作った! イェイ!」
親指を見せてくるカナタにファランは頬を引きつらせる。
「カ、カナタさんって結構、す、凄い人だった、んですね」
「いやいやそんな事はー!! ……あれ私どんな風に見えてた?」
困った表情を浮かべてしまうファランの脳裏に浮かぶのは、だらしない笑顔で子供や自身に引っ付こうとする彼女のイメージ。
作られた小さなちゃぶ台のような机も、彼女が作った物だった。
本当に器用な彼女。
銀のスプーンやフォークは、彼女が能力で作り出した物。
恐る恐るながらも、ファランは料理を口へと運ぶ。
口に入れた瞬間、大きく目を見開く。
疲労と空腹でふらついていた体が一気に染み渡っていく。
本当に肉の味。一体どうすればこんな事が出来るんだろう。
彼女の手で作られた物。
とても、とても美味しい。
本当に、凄く美味しい。
……暖かい。
チラリと視線を上げると、目の前のカナタが満面の笑みで見つめていた。
思わず視線を落とすファランは、目が泳ぐ。
「美味しー?」
慌ててコクコクと頷くファランにカナタの顔が輝く。
「パ、パンとかもあったら、う、嬉しい、な……なんて……な、なんて……」
「コーラ! 好き嫌いしちゃダメだよー!」
「エ、エヘヘ……」
「じゃあ明日はパンね~」
「え、ええ!? 作れる、ですか!?」
「ジャパニーズ料理スキル~! あっちの世界じゃ手が温かい特殊スキルがアレばどこでも作れるのがジャパ……いやうん何でも無い」
「あ、アハハ……きょ、今日は、カナタさんの、世界の、お、話し、良く出ます、ね」
思わず「あ」とカナタの口から乾いた声が漏れる。
普段そこまで話をする事は無い。
カナタも、今の自分の様子に気づく。
それは、まるで懐かしむように。
「……ゴメン」
「いい、んです……そ、それより、もう明日に、そ、備えま、しょう……」
もう外は既に日が落ちてから大分経っていた。
残念ながら時間すら妙な表記で解らない状況。
体感的には深夜なのだろうか、というぐらいにしかカナタには解らない。
ふとルーファ達の事が脳裏に過るも、カナタはその瞬間を脳内の奥底へと仕舞う。
「……うん、そうだね! 明日はもっとこの森の事とか知りたいし、もっと外に出てみない? もしかしたら森から出れるかもしれないし!」
「そ、そう、ですね、あの、木から見た限りでは、な、何も見えなかったんです、か?」
「ううん更に大きい木達ばっかりで何も見えなかったかな……」
「そう、です、か……で、では、寝ま、す? お疲れ、でしょう?」
「んーだねー」
「あのあの、わた、私はもう大丈夫です、からカナタさんベッド使って、くだ、さい」
そう言いながらファランは両手でおずおずと差し出すような仕草をして見せる。
そんなファランの動作に、カナタは突き返すような動作でお返しする。
「ダァーメ!ファランちゃんはまだ安静にしなきゃでしょー!」
「で、でも、それだと、カナタ、さんが」
「私はいいの!」
「でも……」
ファランの視線が落ちる。
少しの間の後、ファランの視線がちらりと上がる。
「じ、じゃぁ……あの、い、一緒に、ね、寝ませんか……?」
「……え?」
口元を隠すファランのモゴモゴとした言い方にカナタは1度聞き直してしまう。
「……」
ファランがその後に言葉を返す様子は無い。
顔を真っ赤にしながら視線は合わせないようにされるだけ。
触れられるのが嫌いな子である事を知っていた。
そんな子から、彼女から、そんな風に提案してくるとは思っていなくて。
「大丈夫、なの?」
思わず聞いてしまった言葉に、何も言わずに彼女はこくりと頷く。
カナタの心にぐっと込み上げる物があった。
最初に出会った時は怯えさせてしまっていた。
そんな彼女に近づけた事が嬉しくて。
気恥ずかしそうに先にもぞもぞとベッドへ入っていくファランは上からシーツを被り、隙間からカナタを見つめていた。
そこまで恥ずかしそうにされてはカナタまで何かむず痒くなってしまう。
直ぐに視線を外す彼女は、慌てて枕を顔に埋めるようにして表情を見せようとしない。
そして、再び枕越しにチラリとこちらを伺う始末。
……カナタの心に悪戯心が浮かんでしまう。
「ファーラーンーっちゃん!」
ベッドに飛び込むと、枕ごと彼女をギュッと抱き締める。
最後の小さな壁を覆うように優しく抱き締める。
びくりと大きく体を揺らせるファランだったが、抵抗を見せる様子は無い。
「あ、あう、あう」
「んーっ!この愛い奴め愛い奴めー!」
よく解らない鳴き声の様な物が聞こえるが気にせずにカナタは頬ずりをしている。
目の前の子が愛おしくて大切で、大切で。
■
たき火の火は小さく灯ったまま。
洞窟内を薄っすらと照らし、穏やかな暖かさが二人を包む。
先程までじゃれ合っていた……と言うよりカナタが一方的に抱きしめていただけだが、今は二人して洞窟の天井を見つめていた。
「………」
「………」
沈黙が流れていた。
その沈黙は、カナタも嫌いじゃない。
隣にいる暖かい少女も、きっとそう思ってくれていると信じている。
「……ね、ぇ……カナタ、さん」
ポツリと、ファランが零す。
「うん……?」
「ね、寝付けない……から、お話……して?」
カナタが横を向けると、少女も体を横にして、カナタの方を向いていた。
暖かいマフラーで口元は隠れたまま、視線はカナタの方を見つめる。
その瞳はいつもの怯えた震えた瞳。
それでもカナタを見つめる。
「……あの、ね、私、もっと、カナタさん、の……世界の、お話、し、き、聞きたい、な」
「……」
少しだけ間を空けてしまう。
その後、カナタは小さく「うん」と答える。
促されるようにカナタは口を開く。
ため込んでいた何かを、ゆっくりと吐き出すように。
ゆっくりと、言葉を紡ぐ。
ファランへとカナタは語る。
優しい自分の世界を、綺麗で美しい世界を、皆が幸福でいれる世界を。
思い出しながら。
抑えながら話すカナタだが、微笑んでいるファランには解る。
嬉しそうに、彼女が話している事が解る。
カナタも、薄っすらとは気づいている。
心の奥底を、カナタの浮かんでいる今の思いを。
口に出しては行けない何かを察せられているような。
■
話す事も無くなる程に、時間は過ぎ去る。
少しづつ言葉が減っていく。
もうどれだけの時間が経っているのか。
燻んでいた火は消えていた。
もう残るのは、洞窟の天井へと吸い込まれる、緩やかな曲線の煙だけ。
「カナタ……さん……」
か細い声が零れる。
彼女の手が、カナタの裾を握っている事に気づく。
控えめながらも、力強く握られている手は震えていた。
その手をカナタは包む。両手でぎゅっと握る。
震えの止まらない手を温めるように優しく、包む。
「い、行かないで……」
震えた声。
まるで我が儘な子供のような、駄々を捏ねるような。
彼女にしては珍しい雰囲気だった。
その言葉にカナタは優しく撫でていた手を止める。
うん。
瞬間的に出そうになった承諾の言葉を飲み込む。
あの夜のブレインとの会話が浮かぶ。
『まるで信用していないようじゃないか』
……なんて答えれば良いのだろう。
躊躇したのは一瞬。
ファランの耳元で優しく言葉を紡ぐ。
「大丈夫だよ……ファランちゃんは、強い子だから……大丈夫だからね」
胸元で握る手が、また強くなった気がする。
「…………うん」
「そうだ……ファランちゃん、今度はこっちの世界においで……美味しいパン屋さん周ろうよ」
「……うん」
「素敵なお洋服屋さんも周ろう?」
「……うん」
「遊園地も、動物園とかどうかな……もう怯えなくて良いんだよ……いっぱいいっぱい笑いあえる日々が続くから……」
「………………う、ん」
「それとね……? それと、それと……」
叶うわけの無い都合の良い話。
まずこの謎の森から出れるかも解らない。
それでも、優しい問答が続く。
ベッドの中、2人の少女は抱き合うように眠る。
何かを忘れるように、互いが何かを見ないようにするように。
刻刻と時が過ぎる。
「私、最低だ……ずるい、な……」
片方の少女が零した声は誰に聞こえることも無い。
寝息を立てるもう1人に聞こえる事は無い。
■
朝日の光が刺す。
薄らと開ける瞳は、今も横ですぅすぅと眠るカナタに思わず目を細めてしまう。
「カーナタさん……」
思わず名前を呼んでしまう。
別に用事があるわけではない。
ただ、呼びたいと思った。
ふと気づく。
カナタにいつのまにか握られていた掌。
手が震えていなかった。
目頭が熱くなる。
握られていた掌を、もう片方の手でカナタの手を覆う。
抱きしめるように覆う。
暖かい。暖かい。暖かい……。
もう少しだけ、その時間の終わりが来るまで、いつか別れが来るまで。
■
一帯に広がる砂漠の中、そこに存在する森は異様で不釣り合いな世界。
その世界を見下ろす二人の視線。四つの瞳。
紫色のその瞳は、楽しそうに目を細め、不気味な口角を上げる二人。
2人は目を合わせる。
「いい感じ?」
「いい感じ!」
クスクスと笑う楽しそうな子供は再び視線を森林へと落とす。
「もっともっと!」
「もっともぉっと!」
「「遊ぼう遊ぼう!」」