女子高生と七人のジョーカー   作:ふぁいと犬

78 / 91
Act.77 飛べ

 広がり続ける血の海は未だ広がり続けている。

 頭が揺れる。

 霧が掛かったような脳内にぐらりと体が揺れる。

 思わず地面へ刃を突きたてる。

 びちゃりと辺りに血が飛び散るのも気にせずに剣へと体重をかける。

 何とか体制を立て直しながら、ファランは強い意思と共に顔を上げる。

 

 その瞳は、死んでいない。

 

 空いた手は既にボロボロのダッフルコートのポケットへと入れられる。

 そこから取り出されたのは一つの錠剤。

 

 ずっと、ずっと大事に持っていた。

 未熟な自身が、彼女を傷つけてしまわない為に。

 こんな風に、守る為に使う日が来ると思っていなかった。

 その錠剤を口に放り込むと、口の中に広がる血と共に飲み込む。

 鉄の味が流れ込む。

 

 同時に彼女の周りの青い光が強く増して行く。

 

 彼女自身の根本が、強く、強く、力へと変わる。

 

 辺りの青い粒子は形を変えていく。

 フォトンの刃は増えることを止めない。

 彼女の頭上に、周りに、数十、数百、数千と数が増して行く。

 重なる刃は幾重にも何重にも重なっていく。

 青く、閃光が辺りを包む。

 それ程の光の粒子の塊。

 

 それらは一つの固体へと変貌する。

 

 龍のような巨大な生き物が宙孤を描きながら空へと舞っていた。

 

 FBFと刻印された錠剤。

 

 彼女の能力である感知の能力、それを弱らせる為、フォトンを一時的に吐き出す薬。

 つまり力を垂れ流させる。

 力が暴走した時に、無理矢理に力を吐き出し無力化する。

 

 それは流血を続けている事と変わらない、蛇口を開いたままにする薬。

 本来は、ヴォイド達が検査を使う時に使う程度の物。

 

 それを使い、彼女は蛇口を思いっきり捻る。

 身体の中の全ての力を吐き出す為に。 

 

 粒子となり外に出るだけのフォトンを彼女の精神力が無理矢理に形作る。

 ブレーキを掛ける必要は無い。

 全てを。

 私の全てを。

 

 無くなった腕の部分から大量の血を流しながら。

 

 残った腕を前方へと向けた。

 瞳は下を向かない。もう下を向かない。

 臆病者は化け物たちを見据えて、声を挙げる。

 

「帰るんだ!! 帰るんだ!! 私は!! あの人と!!!!」

 

 蒼く輝く龍が空を走る。

 彼女の雄たけびに呼応し、口を大きく開き仮面へと一直線に飛ぶ。

 

 その巨大なサイズは、通るだけで辺りのダーカー達が巻き込まれる。

 一瞬にして駒切りにされていくダーカー達を通り過ぎ、その脅威は一直線に、化け物は化け物へと走る。

 

 迫る巨大な龍を前にしても仮面はたじろぐ様子を見せない。

 

 ファランと同じ様に手をかざすと黒い粒子が瞬時に集まっていく。

 それは形を作り上げる、同じく自身をゆうに超えるサイズ。

 出来上がったのは自身の身体の何倍もある黒い盾。

 奇しくも龍と同じサイズの巨大な盾が現れていた。

 その盾をファランは知っている、守りを主体としたダーカーが持っていた割れる事の無い盾。

 驚異的な防御力を示すその盾を持つダーカーと戦う時、誰もが回りこんで戦う絶対防御壁。

 その盾が目の前に存在していた。

 盾を翳しながら仮面は衝撃に備えてヒザを曲げる。

 壊れる事をしらないダーカー至上最大の防御に、ファランの全てを注いだ巨大なフォトンの龍がぶつかる。

 

 盾と矛が、巨大な衝撃音を響かせる。

 

 衝撃で木々が大きく揺れる。

 砂が捲り上がる。

 

 フォトンの龍は止まる事も無く仮面の盾に強烈な圧力を加えていた。

 

「あ、あ、あああああああああああああああああああああ!!!」

 

 上げた事も無い無様な雄叫びが上がる。

 それに呼応するように龍の勢いは上がる。 

 削り取る音を零しながらも盾が壊れる様子は無い、踏ん張る仮面の足は地面を削り後退して行く。

 フォトンの龍は大きく口を開けたまま止まる事を知らない。

 

 押している。

 曲がりなりにも、ジョーカー。ファランの振り絞った全て。

 

 届け。届け。届け。

 

 強い思いとは裏腹に、ゴポリと口から血が噴き出す。

 同時に明らかに竜の勢いが弱まる。

 浮遊していた巨大な体は徐々に落下しながら、象るフォトンの刃が消えていく。

 

 それは、本来のアークスが出力しては行けない範囲。

 それが化け物と言われたジョーカーであろうと例外では無い。

 フォトンという生命力を吐き出す自殺行為。

 体の中が締め付けられる感覚。

 臓器が潰れているような感覚。

 それは既に人の限界を超えていた。

 口からゴポゴポと零れる吐血は止まらない。

 

 仮面自身も圧力が弱まっているのを理解していた。

 

「ま゛っで」

 

 膝を付きそうになる足を堪える。

 

「後、後、すこ、後、少じ、で!!!!」

 

 下がりかけた腕に力を加える。

 

「飛ん、で……」

 血反吐を吐きながら望む。

 

 飛べなくなったハミングバード。

 

 力を、力を、力を。

 地面を擦れ始めていた竜が落ちる事を止める。

 

「飛べ」

 

 飛べなくなったハミングバード。

 

「飛べええええええええええええええええ!!!」

 吼える彼女の声に応えるように、龍が青く光る。

 青いフォトンの刃が爆発を繰り返す音を響かせ、更に速度を上げる。

 慌てて仮面が盾を両手で持ち変える。

 その瞬間に、ぎりぎりと削るような音が変わる。

 ピシリと、小さな割れ目。

 割れ目は広がる。

 龍は飛ぶ、届かなかったその先を超える。

 割れた事の無い盾が、粉々に音を立てて砕け散った。

 フォトンの龍が、彼女の思いが絶対の盾を突き破る。

 あらわにされた仮面の身体に巨大な龍は口を開けながら、その速度のまま仮面の身体を飲み込んだ。

 仮面の身体が何千ものフォトンの刃に切り刻まれながら吹き飛ばされていく。

 10メートル、20メートル、地面に一度落ちるも衝撃が終わる事も無く飛ぶ。

 森を超え、巨大な砂漠に落ちても勢いは止まらない。

 砂煙を上げながら巨大な岩を当たり砕け散りながら、ようやくその勢いは止まった。。

 鎧は粉々に砕け散り、体中から黒い血を流し。鎧と共に身体の至り所の肉片がひき肉のように切り刻まれていた。

 辛うじて人の形を保つそれは、何度か動こうとするも、指先や頭が辛うじて動く事しか無く、仮面はゆっくりと瞳の光を失う。

 

 

 吹っ飛ぶ仮面に、フォトンの龍が追い討ちをする事は無く、空中で孤を描き、空へと上がる。

 何処までも空へと飛びあがっていく。

 その体を青い光の粒子へと霧散させながら。

 ファランの口から、鼻から血が吹き出していた。

 異常な量のフォトンをコントロール等元来出来る物では無い。

 それをファランは無理矢理の精神力で押さえ込んでいた。

 

 その代償は大きい。

 

 竜の威力は空を覆う雲を晴れさせ、明るい空が広がっていた。

 空を仰ぎ、震える手を下ろす。

 

 優しい光に、眼を細める。

 

 綺麗な、青空。

 

 飛び続けていた、昔から変わらない空。

 

 そこには静けさしか無い。

 

「……終わっ…………たァ……」

 零れる声。

 優しく紡ぐ声は続く。

 

「お家に、か、か、か……かえ、ろぉー……」

『疲れちゃった』そう零し彼女は微笑む。

 健在している手で頬に触れる。

 腕が切れている事よりも、頬が切れている事に気づいたのだ。

 クスリと笑う。

 体中の傷よりも、無くなった腕よりも、またカナタが絆創膏を張ってくれるかな……と考えていた自分に笑ってしまった。

 

 ずるずると身体を引きずりながら後ろの洞窟へと踵を返す。

 

 虚ろな瞳は何度も何度もぶれる。

 生命に必要な物を吐き出した代償は、既に視力が狭まっていた。

 手足が重い、息をするのはこんなに辛いものだったろうか。

 何も聞こえないのは、きっと、とても静かだから。

 

 そんな状況でも、臆病者は優しい笑みを零す。

 巨大な力を持っている少女は、唯の子供の様に笑う。

 

 頭で浮かんだ言葉は酷く単純な事。

 

 

 ―褒めてくれるかな。

 

 

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 フォトンの手錠が突然音を立てて砕け散った。

 砂だらけの身体は慌てて立ち上がり出口へと走る。

 突然の手錠が外れた事が、色々と模索へと繋がってしまう。

 脳裏を過ぎるのは胸を締め付ける不安。

 只々必死に走る。

 

 出口の光が強くなる中、洞窟の入り口の手前に影が見えた。

 

「ファランちゃん!!!」

 近づいて行くと、彼女の身体が血だらけだと言う事、腕すら無い事に気づいてしまう。

 ゆっくりと倒れようとしていた彼女を間一髪抱きとめる。

 身体を預けるファランの表情は穏やかで、自身の事が理解出来ていないのか、少し呆けたような表情。

 

「ファランちゃん!! ファランちゃん!!」

 慌てて再び名前を呼ぶ。

 声が、震えてしまう。目の奥が熱い。

 カナタの言葉に、ファランは空ろな声を漏らしていた。

 

「あ……あー……カナ、タ、さん」

 嬉しそうにカナタの名前を呼ぶ。

 その声は無邪気で、カナタの胸に顔を摺り寄せる。

 

「ファランちゃん!! しっかりして!!」

 

 空ろな瞳に必死で語りかける。

 その声を、嬉しそうにファランは聞いていた。

 止まらない血をカナタは自分に巻かれたマフラーで根元から強く縛る。

 少しでも流れ出る血を遅らせようとする。

 傷口を強く触れているにも関わらず、彼女の表情の笑みは変わらない。

 既に、痛みすら感じない状態だと理解する。

 

「誰か!! 誰か助けて!! この子を助けて!!」

 洞窟の奥に声が響き渡る。

 見上げる洞窟の直ぐ入口は、あまりにも静かで、木霊する声にカナタの血の気は引いていく。

 彼女達以外に誰かが居るわけが無い。

 解っていた。それでも、誰でもいいから、彼女を助けてほしかった。

 助けられない自分の代わりに、何も出来ない自分の代わりに。

 カナタの頬を伝う涙を、ファランの無事である手がそっと拭う。

 

「大丈夫だ、よ……死なない、から、ぁ……」

 伝う彼女の指は、カナタの頬に赤い鮮血をなぞっていた。

 ファランは優しく笑う。

 

「やりたい事……いっぱい、あるか、ら……」

 同じ台詞を聞いた。

 彼女の瞳は温かい。

 怯えていた瞳を見慣れていたカナタには、見慣れない綺麗な瞳。

 

「ねぇ……カナタ、さん……あの、ね、あのね」

 ファランは子供のように、カナタに縋る。

 

「うん……なあに……」

 どうする事も出来ない彼女は、ファランに微笑む。

 彼女の話を聞く事しか出来ないのであれば。

 彼女を少しでも安心させようと、涙を零しながら笑う。

 

「もし、もし……カナタ、さんが……世界に帰れなかったら……一緒に、私達の所へ、帰る事になったら……」

 ファランはそこで少し区切ると、視線を逸らす。

 頬が赤らめ、そして意を決したようにポツポツと零す。

 

「ま……また……い、一緒に暮らして……くれますか?」

 

 ぎゅっと眼を瞑る彼女を、カナタは少しだけ不思議そうに見つめる。

 意を決するものなのだろうか、そんなの答えは決まっている。

 視線には、彼女の腕があった場所が映る。

 それはカナタを守る為に戦った犠牲だろう。

 自分の為に、ここまで戦ってくれた。

 傷だらけになってくれた。

 その小さな身体で、勇気を奮い立たせてくれた。

 

 ……もし、一緒に帰れるなら、彼女の全てを受け入れる。

 ファランと、最後まで一緒に居る。 

 

「ファランちゃん」

 名前を呼ぶカナタの声に、ファランは恐る恐る、と言う具合に眼をあける。

 その眼を真っ直ぐと見つめ、飛び切りの笑顔を向ける。

 それで彼女が救われるなら。

 

 

「一緒に、暮らそう?」

 

 

 カナタの言葉に、ファランは一瞬固まる。

 眼を見開き、その眼から涙がポロポロと零れる。

 怖くて、悔しくて、悲しくて流してきた涙。

 今流れている雫は、唯只嬉しくて。

 

「ほ、ほんとに?」

 

 聞き返すファランに、カナタは頷く。

 

「うん」

 

「ッ!! あ、あ、あ、あうううう~~~~……」

 カナタの顔に再び顔を埋める。

 ファランの小さな泣き声が静かな世界に響いていた。

 胸に感じる暖かい雫に、ファランの気持ちが強く伝わってくるようで。

 そんな小さな少女を、カナタもぎゅっと抱きしめる。

 

 本当は、それどころでは無いだろう。彼女が今恐れるのは、その事では無いだろう。

 それでも彼女が今恐れているのがそれなら……カナタのやれる事は解っている。

 

 無邪気な笑顔を上げ、ファランはカナタに向けて満面の笑みを向ける。

 臆病ではない、本当の姿の彼女の笑顔がそこにあった。

 

「あの、ね? あのね? 一緒に、ま、町を、回りたいの、美味しいパン屋さんがあるんだ、よ!!」

 

「フフ……良いけど、パンばっかはダメだからね?」

 

 カナタの言葉にファランは少しだけ視線が泳ぐも、またカナタの瞳を暖かな眼が見返す。

 

「うう……でも、カナタさんの料理なら、食べる……よ?」

 

「料理だってまだ教えてるの途中だからね。その腕じゃ、ご飯作り難いかもしれないけれど、一緒に作ろっか」

 こくこくと力強く頷く彼女の頭を優しく撫でる。

 

「楽しみだな、楽しみだな、ずっと、ずっと一緒にいてね」

 

 一緒に居てあげたい。

 だけれど、血が止まる様子は無い。

 

 このままでは……このままでは!!

 カナタの脳裏に浮かぶのは残酷な現実ばかり。

 それなのに笑顔で語りかけてくるファランに、我慢が出来ずに心が大きく揺れてしまう。

 作っていた笑顔は崩れ、涙が溢れる。

 

 助けて、神様……この子だけでも……お願い、お願い、お願い……!!

 強い思いを込めて彼女を抱きしめる。

 

 誰か、誰か、誰か……!!!!

 

 

 

 誰か。

 

 

 

 声が、聞こえた。

 

 

 ファ……ン……。

 ナ……タ……。

 

「ッ!!」

 

 ばっ! と顔を上げ慌てて空を見上げた。

 辺りを覆い隠す大きな船が空に浮いていた。

 それは彼女達が移住していた巨大な船。

 巨大な船から、手を振る数人の影は、懐かしい見覚えの有る人たち。

 

「ファーーラーーンーー!!! カーーナーーターー!!」

 

 大声で彼女達を呼ぶ声に、確信した。

 

 助かった。

 

「死なない……って、言った、でしょ……?」

 腕の中で笑う少女に、カナタの涙は止まらない。

 この子が助かる事が嬉しかった。

 この子が生きてくれている事が嬉しかった。

 この子と、また一緒に入れる事が嬉しかった。

 

「ファランちゃん!!! 助かったよ! 私達助かったよ!! ファランちゃんが頑張ってくれたから助かったんだよ!! ありがとう! ありがとう!」

 

 強く抱きしめる彼女に対し、ファランは恥ずかしそうに笑う。

 

「…………エヘヘェ、カナタさんが褒めてくれたァ、ニヤけちゃうなァ、大好き、カナタさん……大好き」

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。