女子高生と七人のジョーカー   作:ふぁいと犬

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Act.79 正反対の思いが

「ハァッ……! ハァッ……!!」

 

 息が荒い。

 体中を土で汚し、彼女の制服は所々が破けていた。

 そんな事を気にする余裕等無い。

 拘束されていたソレが突然砕けた途端に走り出した。

 最悪が脳裏にチラつく。

 それを否定するように必死に足を動かす。

 

 洞窟の入り口から出たカナタの瞳に最初に映ったのは。

 

 大量のダーカーの死体。

 

 そして、頭をこちらに向けた状態で倒れるファランが眼に映った。

 ファランを中心に流れる赤い何かに、カナタの背筋が寒くなる。

 次に、ファランの近くに黒いクモのような物が見えた。

 一本は破損しているのか、残った三本の爪のような足で、何とか二本でバランスを不安定に取っていた。

 そして、残りの1本が、ファランに突き刺されていた。

 

 おぞましい脈動がされたその爪は、まるで、何かを送り込んでいるようにも見える不気味さ。

 

「イヤアアアアアア!!」

 

 悲鳴を挙げながらもカナタは走る。

 ファランへと足を突き刺すクモに、その脆弱な身体を思いっきりぶつけていた。

 バランスが悪いクモはカナタの脆弱な力で簡単に崩れ、爪を抜きながら後ろへとたたらを踏んだ。

 

 荒い息を繰り返しながらカナタは無我夢中でファランへと駆け寄っていた。

 足を踏み込み血の海が飛び散る。

 

「ファランちゃん!! ファランちゃん!!」

 声を掛けるも、返事は無い。

 良く見えないでいたファランの姿は、その時全て眼に映る。

 

 片腕が無くなり、左目の部分に穴が開いていた。

 そこから今も血は垂れ続け、残った瞳は生気を感じさせずに上を向いていた。

 

「そ、そん、な、ファ、ファランちゃん!! いや! いや! いや!!」

 血の海の中、身体に血が付く事も考えずに尻餅をついてしまっていた。

 

 キリ、キリ。

 

 呆然としながらも、奇妙な音に振り返る。

 先程バランスを崩していたダーカーが直ぐ後ろに。

 自身の身体程のサイズのダーカーの赤い目は確実にカナタを捕らえていた。

 

「ッヒ……」

 短い悲鳴を零しながらも、カナタはファランの身体を守るように立ちはだかる。

 ガタガタと体を震わせながらも、既に生きていないファランの前で両手を広げる。

 死体であろうと、これ以上傷つけたくなかった。

 これ以上、彼女の身体に傷を付けてほしくなかった。

 カナタの思いなど、ダーカーに解るわけも無く、その長い爪をカナタに向けて振るう。

 迫り来る爪に彼女が逃げる事は無い。

 

 目の前で爪が飛ぶ。

 

 血しぶきを挙げ、呆然と飛んでいく爪を目で追ってしまう。

 その先に、刀を振るい血を飛ばす人を見つける。

 何故だろう久しぶりに感じる彼女は、その服装を血で染め上げ、表情は酷く無機質で、感情すら見えない瞳は淡々とカナタを見つめていた。

 

「アナタは本当……死体に縋り付くのが、好きですね……」 

 

 カナタの耳に、聞き覚えの有る声。

 冷めたような声は、呆れていた。

 黒い髪の毛を靡かせ、ゆっくりと低い姿勢を戻していた。

 

「ルーファ……さん」

 

「……久しぶりですね」

 淡々とした言葉には色が無い。

 その様子から、その体にある血は、返り血なのだろうと解る。

 誰の返り血なのか等、解るわけも無いけれど。

 神妙な顔でカナタを見つめ、視線は次にファランの方を向く。

 

「ファ、ファランちゃんが……ファランちゃんがァァァ……」

 咽び泣くカナタに、ルーファは首を横に振る。

 認めたくなかったそれが、それだけで胸に意味を刻まれる。

 

 現実が、脳内を駆け巡る。

 

「いや!! いやあああああああ!! そんな!! そんな!! アアアアアアアアア!!!!」

 

 叫び声は響き渡る。

 胸を突き上げてくる気持ち。

 闇雲に涙が溢れて行く。

 思いは止まらない。

 

 悲しくて、苦しくて、悔しくて、辛くて。

 どうすれば良いか解らない。 

 胸から込み上げる物を吐き出し続ける。

 

 始めに会った時は、怯えた小動物のような子だった。

 不安だった感情は、彼女と居る時は忘れられていた。 

 自分が自分で居られたから。

 臆病で、怯えていて、だけど凄く優しい子だという事を知っていた。

 少しづつ、心を開いてくれた彼女が大好きだった。

 

 彼女の味方でいようと誓った。

 

 カナタもまた、依存していた。

 

 彼女はもう居ない。

 最後に見た笑顔が何度も頭を掠める。

 

『カナタさん……』

 

 頭の中で、彼女との思い出が、カナタを呼ぶ声が、何度も繰り返される。

 

 

 どれだけ泣こうと彼女は帰っては来ない。

 

 もうカナタの名前を呼ぶ事は無い。

 

 

 ■

 

 

 咽び泣く彼女を他所に、ルーファの視線が辺りを見渡す。

 黒い霧へと消えていく筈の大量のダーカーの死骸は、その量から今も消え去る事に時間を掛けていた。

 地面は抉れ、木々は倒され、巨大な何かが暴れ回ったような、のたうち回ったような凄惨な状況。

 

 次に視線は、再び倒れているファランに向く。

 周りの姿と、彼女の凄惨な姿とは裏腹に、ファランの死に顔は酷く穏やかな物だった。

 眉を寄せ、唇をへの字に曲げる彼女の姿ばかりを見てきた筈だった。

 その笑顔は、ルーファには新鮮な物に感じる。

 

 笑って、逝けたのね。

 

 敬意を示す様に、ルーファはゆっくりと目を閉じる。

 

「よく、頑張りましたね……」

 

 臆病者だと下げずんでいた。

 この子が立ち上がる事はもう無いと思っていた。

 心の折れた人間など沢山見てきていたから。

 戦えない臆病者は、今、腕を無くし、体中から血を流しながら倒れている。

 

「アナタは勇敢だった。立派な、戦士でした……」

 

 ルーファの言葉に、泣き崩れていたカナタはぴたりと止まる。

 

「何が……何が!!! 戦士ですか!!!」

 振り返るその形相は怒りで染まっていた。

 カナタの顔は、涙や泥、血や鼻水で汚れていた。

 そんなものを気にする様子もなくルーファを睨みつける。

 

「この子は!! この子は戦いたくなかった!! 唯寂しくて!! 一人になりたくなかっただけなのに!! なんなのよこの世界はァァァァァ!! なんで!! こんな子が死ななくちゃいけないのよ!! 何で!! 何でェェ!!」

 

 捲し立てる言葉には嗚咽が交じる。

 怒りを込められた視線をルーファは、ひるむ様子も無く真っ直ぐと見据えた。

 その視線は、熱いカナタの視線に対し、酷く冷たい物。

 

「その選択肢を選んだのはファラン自身でしょう……それがいつか死に繋がると解っていても、戦うのが私達でしょう。いつまで貴方は、自身の甘い世界と違うと気づかないのですか?」

 冷淡な台詞に、カナタの怒りは更に燃え上がる。

 

「そんな事……!!」

 

 立ち上がり食ってかかろうとするカナタはピタリと止まる。

 奇怪な音が彼女の足を止めていた。

 その音は、すぐ後ろから。

 

 キリキリキリキリ……。

 

 その音をカナタは知っていた。

 あの時は、ロランが居た。

 凄惨なその姿を、カナタが忘れる事は無い。

 

 ルーファの目が細くなる。

 手がゆっくりと鞘へと伸びていた。

 

 カナタが振り返った先。

 

 ファランが立ち上がっていた。

 確かに命は事切れていた。

 呼吸は止まっていた。

 彼女はもう笑えないと思っていた。

 なのに、今その彼女が立ち上がる。

 

 穴が空いた目から、赤黒い霧が漏れ、それが体を覆う。

 赤黒い霧は、無くなった腕の部分に集中して集まり始める。

 その手に、人の手とは思えない形をした腕が現れていた。

 異様なまでの長さ、指の部分には鋭い爪が並ぶ。

 

「ファ、ラン……ちゃん?」

 

 呆然とするカナタを余所にルーファは柄に手を添えたままファランへと近づく。

 ッハ、と我に返ったカナタは慌ててルーファの前に立つ。

 

「………なんのつもりですか」

 

「こちらの!! 台詞です!! 」

 

「退きなさい!! 侵食が早すぎる!!」

 

「嫌です! 侵食とか知った事ですか!! 他に何か助ける方法があるかもしれないじゃないですか!」

 

「知ったふうな口を!! 受け入れなさい! 彼女はもう死んでいるのよ!!」

 

 カナタが一瞬言葉を詰まらせる。

 そして、すぐに唇を震わせながら、言葉を続けた。

 

「だって! だって動いてるじゃないですか! 立ってるじゃないですかぁ!」

 子供のように駄々をこねる彼女は、涙を流しながらもファランの前から退く気配は無く、ルーファを苛立たせる。

 

 苛立つルーファの赤い瞳が、ゆっくりと座り始めていた。

 カナタの背中に、寒い物が走るのを感じる。

 

「……もう一度言います。退きなさい……貴方毎斬りますよ……」

 低く下がる姿勢に、空気が変わった事を感じる。肌に刺さるような殺意が伝わった。

 脅しでは無いと解らせる。

 戦闘経験の無いカナタでも感じ取れる、巨大な殺意。

 唇を震わせ、息を呑む。

 

 それでも、カナタはファランの前から離れようとしない。

 

「こ、この子を……これ以上傷つけないで……」

 

 ぎゅっと目を瞑り、振り絞った言葉。

 何もかもが終わっていても、それでも、それでも。

 彼女は守りたい。

 

 震える声に、カナタは「そうですか」と、妙にあっさりと答える。

 元の姿勢に戻り、柄から手が離れる。

 それだけで押し潰されるような殺意が消え去った。

 震えていたカナタは、手を広げながらも、ほっと胸を撫で下ろす。

 

 そんな彼女を余所に、ルーファはその場で回転する。

 片足を軸に、もう片方の足が横へと振るわれる。

 0から10になるような突然の瞬間的速度にカナタが対応できるわけもなく、ルーファの回し蹴りがカナタの体を横からなぎ払った。

 

「かっぁ……!」

 何かが折れるような音。

 無理矢理に息を吐き出され、口から胃液が漏れる。

 軽いカナタの体は、そのまま横へと吹っ飛んで行く。

 二回ほど地面に叩きつけられた彼女の身体は大木に当たるとようやく止まっていた。

 

「か……ハァッ………ァ、ァ、ァ……」

 言葉にならない声をあげ、無意識に腹を守るように両手が動き、体が蹲る。

 

「命を掛けて貴方を守ったファランに免じて……命は取らないであげます。しかし、私の邪魔をする以上それ相応の対価は必要だと思いなさい」

 遠くから聞こえる言葉は、カナタの耳に最早入ってはいない。

 目を見開き、言葉にならないうめき声を上げ、唯唯悶える。

 ただの女子高生でしかない少女には重すぎる一撃。

 一般の生活では、与えられる筈も無い強烈な痛みが彼女を襲う。

 横腹の部分が燃える様に熱い、骨が折れている事など、彼女には解るわけもない

 

「ブァ……ラ゛ン……ち゛ゃ……」

 うめき声を上げながらも、彼女の思いは折れない。

 涎を垂らしながらも、近くの木に手を掛け、無理矢理立ち上がろうとする。

 腹部の激痛を感じながらも、ギュッと目をつむり、必死に木にしがみつく。

 

「や゛………め゛でェェ……」

 

 遠くで聞こえる声にルーファが耳を貸すことはない。

 冷たい視線が、立ち上がろうとするカナタを見据える。

 

 その視線とは裏腹に、彼女の心には苛立ちが煮えたぎっていた。

 

「何故、そこまで……」

 その姿は、ロランを瞬間的に殺したルーファを攻めているようにさえ感じていた。

 首を振るい、浮かんだ思いを消し去り、刀を引き抜く。

 異様な姿に変わっていくファランを見据えた。

 

「……ファラン、幾らでもあの世で私を恨みなさい」

 

 ゆっくりと体の傷が治っていた。いや、それは修復と言った方が良いか。

 穴があいていた筈のファランの目には、ダーカーのような不気味な目が現れていた。

 その赤い瞳は、だらんと上を向いたままの健在であるもう一つの瞳とは違う。

 ギョロギョロと世話しなく動き回る

 

「侵食が、早い……!」

 

 両手で刀を持ち、頭上に高く掲げる。

 

「や゛め゛でエエエエエ!!!!」

 遠くから聞こえる悲鳴に耳を傾けず。

 そのまま躊躇いもなく、ルーファは刀を振りおろす。

 

 その時に、カナタの耳に聞こえたのは肉を切り裂く音では無かった。

 聞こえたのは、金属を叩きつけたような音。

 

 刀は止められていた。

【挿絵表示】

 

 

 人ではない奇怪な腕がカナタの刀身を掴む。

 不気味なそれは、口角を上げてルーファを見つめていた。

 黒く赤い瞳は、ギョロギョロとせわしなくルーファを見つめる。

 刀を、体を、頭を、動き回るその人ならざるそれに、ぞわりと肌が疼く。

 

 

「…………ッ!?」

 

 瞬時にその場から後ろへと飛んだ。

 頭上からルーファがいた場所に、赤黒い剣の形をした物が降り注ぐ。

 

「黒い、フォトンブレード……」

 

 見た事も無いその色合いに、ルーファは確信する。

 大きくため息を吐き、刀を構え直す。

 

「ほぉら……間に合わなかった」

 

 ギョロギョロと動く目は、ルーファを捉える。

 ファランだった何かの周りを、黒いフォトンブレードが次々と出現していた。

 

「キリ………キリキリキリキリ」

 

 絶え間なく溢れる耳障りな鳴き声のような物が響きわたり、赤黒い霧を辺りに舞わせる。

 その姿に、珍しくルーファの背筋を冷たいものが伝わる。

 

「ジョーカー同士の戦いとか……状況じゃなかったら喜ぶんですけどねえ」

 黒い霧を纏い、ファランは身体を宙へと浮かせていた。

 数秒しか持たない筈のそれは、落ちる様子も見せず、更には未だ黒いフォトンの剣は増え続けていた。

 赤い眼球が、ルーファを見下ろす。

 

 異常なまでの殺意がルーファへと注がれた。

 

「侵食されたジョーカー……!! やってやろうじゃない!!」

 その殺意に応える様に、彼女が柄に触れた。

 元仲間に対し、彼女は容赦無い殺意を撒き散らす。

 

 二つの殺意が、空気を揺らす。

 

「お願……い……殺さ……ない……で」

 腹部を抑えながらも、一歩ずつ、ヨロヨロとその殺意に近づいていた。

 味方同士だった筈の二人に。

 

 彼女だけは、戦う事を選択していない。

 何処までも甘い彼女は。

 

 救う事だけしか、考えていない。

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