女子高生と七人のジョーカー   作:ふぁいと犬

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Act.86 偽物ヒーロー

「ィッ、ガ!!」

 

 ぐちゃり、という潰れるような音。辺りに血が飛ぶ。

 それと共に、カナタの体が宙を浮く。

 勢い任せで放たれた拳にカナタの手から、創世記が思わず離れる。

 長い刀が地面に突き刺さるのと、カナタが地面へと倒れるのは同時だった。

 鼻血を流しながらも、カナタは慌てて立ち上がろうとするも、そのままへたり込むように尻餅をついてしまう。

 目を血走らせながらも、彼女は血だらけで、震える両手を翳す。

 皮が捲れ、動いているのが不思議だとも思える手を、カナタが気にする様子は無い。

 

「殺˝、ず……ごろ、ず……ごろ˝ずごろ˝ずごろ˝ず……あああああぁあぁぁぁあああ!!!」

 

 呪怨の言葉と共に、再びカナタの周りを光が舞う。

 しかし、その光が再び物体を作る事は無かった。

 かざしていた両手を、ルーファが平手打ちのように弾いていた。

 手を付く事も出来ずにカナタは無様に転がる。

 それでもカナタが諦める様子は見せない。

 ぐちゃぐちゃの手で何とか立ち上がり、目の前のルーファへと、ファランを殺したルーファへと、何処か寂しそうな色を浮かべる瞳へと。

 

 手をかざそうとする。

 

 再び光が一度舞う。

 

 一度だけ。

 それ以上、光が強く輝く事は無かった。

 

 始めて使う能力に、カナタが限界であるという事は気づかない。

 

 なればと、散々痛みつけた手のひらで、拳を作る。

 ヨロヨロと血だらけの姿のまま、一歩前へ出ながらルーファへと拳を振りかぶる。

 情けない速度で放たれる拳はルーファに当たる事は無い。

 それは殴ろうとしたと言うよりも、よろめいたと言う風にも見えるような物。

 再び、振りかぶる。

 当たるわけが無い憎しみの拳。

 

「止めなさい」

 

 ルーファの言葉にカナタが耳を傾ける事は無い。

 壊れた機械のように、唯唯よろめくような動作を続ける。

 それでも、その瞳から零れる涙は止まらない。憎しみの瞳は止まらない。

 

「何で! 何で!! 何でよォォォ!! 何でこんな世界があらなきゃ行けないのよォ!!」

 

 うめき声はいつのまにか悲鳴のような叫びに変わっていた。

 よろめく仕草を続けながら、カナタは叫び続ける。

 

「わだ、わだじは、あの子がいだから、私で、い、いられた!! 優しい私で!! 正義を愛して! 平和を望んで! わだじらしく!! い、いられた!! こんな世界にいても!! 私は変わらないって!! そう願って!」

 

 遠くで見守るホルンは、その叫ぶ言葉に思わず俯く。

 

 もう、それは戦いでは無いと悟っていた。

 

 レオンの上に座る少女はタバコを吹かし空を仰ぐだけ。

 

 ルーファは、淡々と前へ前へよろめくカナタに合わせて一歩一歩と後ろへ下がる。

 

「なのに何でよ!! 皆助かってハッピーエンドにならないのよ!! 何で死んじゃうのよォォォ!! 違うの!! 私はこんな世界望んでいない!! こんな世界!! こんな世界!!」

 

 不幸なんて無かった。

 スポーツ万能で、成績優秀で、優しい父と母、そして少し生意気な弟。

 慕ってくれる後輩、楽しい友達。

 これだけ幸せだから、私は不幸な人の為になりたかった。

 フィクションの世界の主人公のように。優しいハッピーエンドに。平和な世界に。

 それが私の宿命で、それが私の生きる意味で、私が、私が私でいられる理由だったから。

 

「貴方に解らないでしょう!? 私の気持ちなんて!! 仲間を簡単に殺せる貴方に何て解るものか!! 返せ!!返せ!! 返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ!!! 『私』を返せよォォォォォォ!!!」

 

 解っている。

 私自身が解っている。

 あの子の為に泣いている? あの子の為に拳を振るう?

 

  よく言う。

 

 私はあの子を利用していただけだろう。

 私で居る為に利用していただけだろう。

 気が狂わない為に依存していただけだろう。

 救っていたんじゃない。救われていたのは……私だ。

 

 上っ面だけの信念が剥げただけ。 

 

 私でいれなくなった象徴が消えたから、私は私じゃいられなくなったんだ。

 だから全てが滅茶苦茶になった。もっと早くから狂ってもおかしくなかった。

 夢を見ているように現実を否定して、見ないようにして、あの子を幸せにしようとする私が居たから私は。

 

 私は……。

 

 血だらけの拳に、始めて感触が伝わる。

 カナタの拳が、ルーファの頬に触れていた。

 べっとりとカナタの血が付く事も気にせずに、ルーファはその手を手に取る。

 

「……私は、貴方が嫌いでした」

 その手を胸に抱くようにするルーファは、淡々と続ける。

 

「青臭くて、嘘っぽくて……貴方には何も視えなかった。フィクションのような貴方が嫌いだった。」

 

「でも」とルーファは付け足してから、言葉を続ける。

 

「今の貴方は嫌いじゃないですよ……始めて、心の奥底の貴方が視えた。やっと本物に会えました」

 

 澄んだ瞳は、カナタを見据える。

 

 いつもとは逆。

 

 二つの瞳が交差する。

 

 目が霞む。

 慣れない力の開放に、彼女の体が限界を向かえた事を彼女自身気づいていない。

 いや、限界など既に超えていただろう。

 それでも、突き動かされていた。

 

「私は……私で、いたかった……」

 

 その言葉を事きりにカナタの体が崩れる。

 支えるように、ルーファはカナタを受け止めていた。

 自分よりも低い身長。

 戦い続けて来たルーファとは違う華奢な体。それなのに、血だらけで、ボロボロで。

 

「カナタ……貴方が貴方でいたように、私は私でしかいられない。貴方が守る『覚悟』をしていたように……私は殺す『覚悟』をしていた。貴方が私になる事は無いでしょう……そして、私が貴方になる事も無い。」

 気を失う少女にルーファが綴る言葉は聞こえている筈が無い。

 それでも、ルーファは言葉を続ける。

 

「ロランは貴方を任したと私に言った。アスに美味しいご飯を作ってくれましたね……ファランが立ち直る事は二度と無いだろうと思っていました」

 

 ッフ、と小さく息を吐く。

 

 弱い癖に。

 

 

「どんな理由だろうと、私の仲間の為にして来た事だけは感謝してやりますよ……偽者ヒーロー」

 

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