二人の子供。
四つの不気味な瞳が見下ろしていた。
視線の先はガレキの山々。
森を超え、砂漠から飛び出た巨大な岩だった瓦礫達。
瓦礫が音を立て破片を転がす中、のそのそと黒い物体が這い出ていた。
黒い鎧は粉々に砕け塵、腹部から肩に掛けて、ある筈の部分がえぐれていた。
辛うじて付いている腹の残りの部分は、普通であればバランスなど保てるはずが無い。
それでも簡単に立ち上がると、今度は双子を見下ろす形になる。
「随分とやられたねぇー?」
「問題は、無、い、近接戦でのデータは取れている」
仮面β
その顔はまだ幼さが残り、黒く長い髪が流れる。
顔だけを見れば整った顔立ちの少女に見えるだろう。
しかし、その瞳は冷たい。
凍るような冷徹な瞳。
彼女とは同じ顔であるにも関わらず、正反対の感情のない瞳。
「近接ってェー! 最後はビーム撃ってたしー!」
そう言いながら双子はゲラゲラと同じトーンの笑い声を木霊させる。
「『絶対回避』と、い、う、特異、性、遠距、離・中距離で、あれば、敵う物、は、いない、だろう。相手の土俵、では無い近接で持ち込む事で遠距離の油断を作る事に成功したと思われる」
たどたどしく、しかし機械的に紡ぐ言葉。
それは徐々に精密に言葉を紡ぎ始める。
ぐちゃぐちゃだった体が、徐々に、徐々に、鎧までもが、元の形に戻ろうとしていた、
ダブルは仮面に向けて、馬鹿にしたように吹き出した笑い声をあげる。。
「それはねーぇ? 言い訳ーって言うんだよー? 相手はジョーカー。しかもジョーカー専用の武器も持っていないにも関わらずあの戦闘力。 自分がまだまだ弱い事は自覚しようねー!」
容赦なくゲラゲラと笑う双子に仮面βは何も言わない。
無表情が崩れる様子もなく、彼女はダブルを見下ろす。
「さて、僕の、私のβちゃん。二人のジョーカーと戦って、どうかなどうかな?」
「現状では、上、しかし、超えることは、容易い」
最悪に最強で最善であり最害。そして最厄。
ジョーカー。
化物達の隙間に、また別の化物が割り込もうとしていた。
仮面β(ペルソナベータ)。
カナタと瓜二つの、最厄のダーカー。
無音。
そこは二つのベッド。
荒れていた部屋、傷だらけだった部屋は既に修復されていた。
しかし、足りない物がある。
二つのベッド。
近くの椅子に座る彼女は、誰もいないベッドを見つめる。
膨らみも無いベッドを見つめる。
一人で。
一人だけ。
空虚の瞳。光が無い瞳。
頬は少しやつれていた。
いつもの制服では無く、病院服のような服の彼女。
両端を結んでいない髪は、無造作に流れている。
座る彼女の足には枷が付けられていた。
長い鎖状のそれは、彼女の動きを制限をする者。
フォトンの発動を止める特別な鎖。
その大きな鎖を、両足につけられた彼女は動けないだろう。
いや、彼女自身に、既に動く気配は無い。
動く気など、気力など、無い。
見つめる。
誰もいないベッドを見つめる。
ドアの開く機械的な音が無音の中響く、それでもカナタの視線は動かない。
金色の髪を靡かせて中へと入るのはリース。
カナタに近づくリースは、どこか申し訳なさそうな笑顔をカナタへと向けていた。
「カナタ……あれから三日も経ってるよ……そろそろ何か食べなきゃ……」
「………」
カナタに反応はない。
何も言わずに、ただ虚空を見つめたまま。
そっとカナタの手を取るリースを見ようともしない。
「ねぇ、カナタ……このままじゃ貴女死んじゃうわよ……ファラ……ううん」
言いかけた言葉を飲み込む。
「あの子は、あなたのそんな姿望んでないわ。死んで欲しいわけないじゃないの」
カナタは反応しない。
「私達だって一緒よ。貴方はもう拾われた民間人じゃない。私達の仲間よ、これ以上仲間が死ぬのなんて、見たくないの……」
カナタのその姿に、リースのように優しく声を掛けるものがいれば、怒り任せに怒鳴り散らす者もいた。
冷たい視線で下げずむ者もいた、いつものように冗談を話しかける者もいた。
やはり、カナタは反応を示さない。
死んでいない。
生きている。しかし、そこにいない。
心が、壊れていた。
当たり前だ。
リースは涙をこらえるようにきゅっと口を結ぶ。
少女は、ただの少女に過ぎない。
戦いをしないアークス達と変わらない。
民間人と変わらない。
同い年だろうと、ルーファとは生きてきた世界が違う。
そんな彼女には心が壊れるには十分だった。
動かないカナタの頭を撫でる。
持ってきた櫛で彼女の髪を整える。
ただの自己満足でしかない。
アリスも救えなかった。
何も出来なかった自分が悔しくて、せめて、せめてファランが好きだったカナタを汚さないように続けていた。
「また……明日も来るから、ね」
優しくそう伝える。
声が帰ってこないのは分かっている。
今も虚空を見つめたままのカナタを尻目に、思わず逃げるようにリースはその場を離れていた。
友達すら救えない自分が悔しくて。
―――――――――――――
カナタの視線は変わらない。
そこにあるのは皺ひとつないベッド。
皺ひとつない。
シワひとつない。
誰もいない。
視線が手元へ向く。
だらんとしたままの両手がそこにある。
そこにある。
……ここにいる。
彼女はもういないのに、ここにいる。
ここにいてしまっている。
私は生き残ってしまった。
無音の部屋に、突然大きな音が響いていた。
カナタの部屋の天井が、突き破られると大きな物体が落ちてきていた。
「はんぎゃぎゃぎゃぎゃきゃ!?」
間抜けな声と共にカナタの部屋の天井から落ちてきたユカリはその場で身悶える。
「落ちちゃった! 落ちちゃった!」
1人でケタケタと笑いながらユカリはゆらりと立ち上がる。
いつも通りの足取りでタンスへと近づくと、ユカリは勢いよくタンスを開けていた。
ふわりと辺りに舞う甘い匂いにユカリはニタリと薄気味悪い笑顔を浮かべる。
「ゲラゲラゲラゲラ! 今日はどのパンツにしよっかなー♪ んー! 白? やっぱ白?」
楽しそうに鼻歌を歌うユカリは突然タンスの中で動き回っていた手を止める。
「って! これ臆病鳥のタンスかよ!!!」
大声を上げながらさっきまで自分が触っていた引き出しを下から蹴りあげる。
勢いに任せて飛び散る衣服に、またユカリはゲラゲラと笑い声を上げていた。
ピタリと笑い声は止まる。
視線には散らばる衣服の中に混じっていた別の白い物体。
「んー? んんー? 」
それを親指と人差し指で拾い上げるユカリは、何度もその紙切れの前で首を傾げてみせていた。
次に視線は未だ放心しているカナタの方を向く。
「あんれー! いたの!? いたの!? クズキカナターー♪」
スキップ混じりにカナタへと近づくユカリは、そのまま皺の無いシーツへと飛び込んでいた。
綺麗に張られた白は、一瞬で姿を変える。
カナタが見つめる先が、それが正解であったかのように皺だらけの姿へ。
シーツを滅茶苦茶にしたユカリは、そんな事を気に掛けるような様子は見せない。
カナタのすぐ目の前で手を振ってみせる。
それでもカナタの瞳が動く事は無い。
ユカリが目の前にいても、焦点は合わず彼女を見ていない。
汚されたシーツすらも見えていない。
「死んじゃったねー! いっぱい死んじゃったねー! ああ悲ちー! 涙が出ちゃうなー!」
ゲラゲラと馬鹿にした笑い声が響き渡る。
心から馬鹿にしたような、心から卑下した笑い。
それでも、カナタに反応は無い。
笑い声は、停止ボタンを押したかのように急激にピタリと止まる。
「………クーズーキーカーナーター」
間延びした声と共にユカリはカナタの手を取る。
だらんとしている掌に、先ほど手にした封筒を置く。
ゆっくりと、ユカリは優しくカナタの掌を握り締めさせて見せる。
その表情は、先程の下品な笑い顔から優しい笑みへと変わっていた。
「……異世界の優しい子。貴方にはきっとまだまだ辛い事が沢山あるでしょう」
掌を握り締めるユカリの囁くような声が部屋に響く。
「ここで立ち止まっては行けません……少しだけ、ほんの少しだけ後ろを押してあげます」
ユカリの周りに淡いフォトンの光が舞う。
光はカナタを包み、ユカリの握り締める掌へと集まる。
それに合わせ、辺りは再び暗がりへと戻っていく。
ピシリと、音が鳴ると、二つの鎖が音を立てて崩れていた。
数秒の沈黙の後。
ユカリはカナタから離れると、ベッドから音も無く降りる。
そのまま背を向けたまま、歩き出していた。
先程の優しい笑みは見当たらない。
再び不気味な笑顔へと戻っていた。
「ギャハハ!!! すっすめー! すっすめー! どっこまっでもー! ゴールは真っ黒くーろすっけだー! ギャハハ!!!! ギャハハ!!!!」
でたらめなリズムで、大声で歌う彼女は、ただただ楽しそうに笑顔を浮かべる。
開くドアを潜り、チラリとユカリは後ろへと視線を向ける。
「……まだまだ終焉は終わらねぇよぉ、闇夜のスタートはここからだ。玩具が壊れたら悲しくなっちゃうからぁ……もっともぉぉぉぉっと……」
閉じるドアの隙間、ぴくりと、カナタの指が動くのがユカリには見えていた。
「遊ぼうネェ」