女子高生と七人のジョーカー   作:ふぁいと犬

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Act.88『といといとい』

 

 

 何処に向かっているのだろう。

 

 ぺたぺたと、素足のまま暗い廊下を歩いていた。

 

 自分がどこにいるのか、何をしているのか、何も見えていない。

 

 時間は深夜だろうか、誰ともすれ違う事なく彼女はゆっくりと歩を進めていた。

 

 勝手に動いていた足は止まる。

 

 ゆっくりと見上げた先に、大きく『食堂』と書かれた看板が見えていた。

 

 彼女の職場で、最も足蹴なく通った場所だ。

 

「今更……なんで、こんな、所に……」

 

 カナタの呟く声は誰にも聞こえる事は無い。

 暗がりの広がる食堂の中へと足を踏み入れていた。

 がらんとした食堂の中、使われていない椅子は全て机に乗せられている。

 そんな中、中央の机だけ椅子が下ろされていた。その場所は良く知っていた。

 カナタが、皆と食事をしていた場所。

 

 そして、そこに座る人物も良く知っていた。

 

 ふらふらと中央に近づくと、椅子に座る少女の前で立ち止まる。

 

「何、してるの、サーシャ、ちゃん……」

 

 名前を呼ばれた少女はカナタを見上げる。

 いつものニッコリ、という擬音が聞こえてきそうな満面の笑顔をカナタへと向けていた。

 いつも通りの。

 

「あー! カナちゃん! あのね! あのね! お願いをしてるんだよ!」

 

「お願、い?」

 

 うつろな瞳のカナタの様子等、気づいていないのか、気に知る様子も見られないのか、サーシャは明るく答える。

 

「アりスちゃんや皆がねー! 早く帰ってきますように! って! お願いしてるんだよ!」

 

 罪悪感の無い子供の言葉が突き刺さる。

 

「こうやってね! 机をとんとんとん! って叩くの! トイトイトイ! っておまじないするんだよー!」

 

 サーシャは両手を小さく丸め、片方づつ順番に机を叩いていた。

 

「トイトイトイ! だよ!」

 その言葉に合わせるようにリズミカルに動くその手の動きに、カナタは少しだけ小さく微笑む。

 

「そう、だね、早く帰ってくると……いいね」

 

「うん!!」

 元気よく答える少女の小さな拳は赤くなっていた。

 一体彼女はいつからここでお願いをしているのだろう。

 いつまで叶わないお願いをする気だったのだろう。

 

「今日は、もう……お部屋に、お帰り……」

 

「うん! 分かった!」

 サーシャは元気に応えると椅子から飛ぶように立ち上がり、そのまま振り返る事もなく出口へと消えていった。

 あまりにもアッサリで少しだけ拍子抜けしてしまう。

 ふらふらとカナタはサーシャが座っていた椅子へと腰掛ける。

 暫くまた、虚空をぼうっと見つめてしまう。

 

「トイ、トイ、トイ、かぁ……」

 試しに机を叩く。リズミカルに、ゆっくりと。

 机を叩く小さな音が響く。

 

「帰って、おいで……おいで、ほら、ここ、に、居る、よ」

 がらんどうの中でその音は、その声は、彼女自身の中でも大きく響く。

 

 唯響く。

 

 唯、響く……。

 

 

「は、はは……」

 お願いごと。

 叶う訳もない。

 叶う訳がない。

 何をしているのだろう。

 乾いた笑みが続く。

 

 未来に生きたいと言った少女は死んだ。

 

 彼女をそうさせた自分は生きている。

 最後に希望を持たせた自分が生きている。

 最初から希望など与えなければ、彼女はもう少し生き永らえたのだろうか。

 

 偽善者。

 

 私だ。私だ。

 

 私なんかを。

 

 私なんかを助けなければ、生きていてくれたのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ふと、手に握っている物に気づいた。

 いつから握っていたのだろう。

 封筒。握り締めてくしゃくしゃになっている。

 

 封筒を開く、折り畳まれた一枚の紙。

 

『かなた さん へ』

 

 最初に見えた文字に、目が見開く。

 

 震えた字。綺麗とは言い難い字が綴られていた。

 

『 おたん じょうび おめで とう 』

 

 何度も何度も消した跡。

 何度も書き直したであろう跡

 

 彼女は、震える手のせいでフォークだって持つのを苦手なのを知っている。

 そんな彼女が一生懸命書いたのが伝わっていた。

 

 震える唇をきゅっと結び、立ち上がる。

 ふらふらとしていた足取りは徐々に何かを求むように早まっていた。

 

 彼女が、朝の仕事の後、台所に残って何かをしていたのは知っていた。

 おばちゃんと一緒に、何かをしていたのは知っていた。

 一緒に居ようとすると困った顔をされたのを知っていた。

 

 久しぶりの台所は暗くて、それでも目的の場所は解っていた。

 

 大きな冷蔵庫を開くと、その奥の奥。

 隠すような奥に、小さなお皿にのったショートケーキ。

 形も覚束ない、綺麗とは言えない見た目。

 それを震える手で取り出す。

 

 思わず手紙の方へもう一度視線を向けていた。

 

『 いつも いつも わたしと おはなし してくれてありが とう

 

 こんな わたしに やさしく して くれて ありが とう

 

 かなた さんに なにか おかえしが した くて いっしょうけんめいかんがえま した

 

 それで おばさんが おしえて くれ ました

 

 かなたさんがよろこびそうな もの とってもあまくて ふわふわ だよ 

 

 きっとえがおになってくれるとおもって れんしゅう してまし た

 

 だまっててごめんなさい よろこぶかお みたくて まだまだ へたくそ だけど がんばりました

 

 これからも なかよく して ください 

 

 こんどは いっしょにつくりましょう ね

 

 であってくれて ありがとう

 

 わたしをみてくれて ありがと う

 

 そばに いて くれて ありがとう

 

 いっぱいいっぱい かぞえきれないくらい ありがとう

 

 これからもなかよく して ください 』

 

 最後の部分を横線で何度も消した後。

 その焦ったような横線に掠れた文字は、まだ辛うじて見えていた。

 

『だいすき』

 

 

 …………………あァ。

 

 …………ああああァ。

 

 震えながら、添えられたフォークを、ショートケーキに差し込む。

 ゆっくりと、それを口に運んだ。

 口の中に甘いものが広がる。

 混ざりきっていない卵白が妙に油っぽくて、時どき卵の殻のような妙な感触まで感じてしまう。

 

「…………まだ、まだ、だねぇ……もっと練習……しなきゃ……」

 ボロボロと涙がこぼれる。

 

「ケ、ケーキ、なのに、しょっぱい、んだもん……また、一から教えてあげなきゃ、ね……」

 覚束ないケーキに雫が落ちる。

 

「う、うう……」

 鼻水が、涙が、ぐしゃぐしゃになりながらもカナタはケーキを口へと運んでいた。

 一人で作った彼女が簡単に想像できてしまう。

 

「うううううううう……」

 

 がんばったね、がんばったね……。

 

 

 雫でキラキラと光る瞳は、彼女らしい色を取り戻していた。

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