あと、幕間など話の並び替えを行いました
地球を訪れた時、エミューゼは実のところ、カカロットに対して愛情を持っているわけではなかった。
カカロットやベジータ、バーダックに興味こそ抱いたものの、やはり彼女にとっては彼らも惰弱な現代サイヤ人……憎き同胞が遺した負の遺産に過ぎず。
マイナスが少しゼロに近づいただけのことであったのだ。
さりとて、殺意を抱くほどではない。もう何をする気力も湧かず、これから続くであろう闘いのない地獄のような日々を過ごす上での、手慰みになれば上々だと考えていた。
そう、彼女は当初、カカロットをただの玩具としか見ていなかったのである。
ただ淡々と栄養を与え、下の世話をする。
そこに感情などなく、ただの作業でしかなかった。
「びーびーぴーぴー…良くもまぁ泣き喚くものですね」
「赤ん坊は泣くのが仕事ですからのう。おーよしよし、お腹が空いたのか悟空や」
休眠期間を除いたとしても、それでもなお永きを生きながら、エミューゼには子育ての経験はない。
彼女にとってカカロットは、自分のことすらままならずに誰かに任せ、頼り切ることしかできない脆弱で未熟な生物…見苦しい存在でしかなかった。
「何という面倒な生物なんでしょうか…サイヤ人が聞いて呆れます」
「サイヤ人が何かは知りませんが、どんな生き物でも赤子は皆こんなものじゃよ…」
しかし。
カカロット……悟空とて、サイヤ人。
地球人である孫悟飯老人だけでは手を付けられない事も多々あり、自然とエミューゼが、悟空の世話をする事が多くなっていく。
ある期を境に悟空が大人しくなるというちょっとした事件もあったが、エミューゼは変わらず淡々と、ただ機械的に悟空の世話をこなす日々が続き、悟空はすくすくと育っていった。
ーーーそしてまた月日が流れ。
「えぇい、そっちに行くんじゃありません! 先日も崖から落ちたばかりでしょうが!
あぁ…もう、はいはいが出来るようになってからというもの、本当に落ち着きのないにも程があります!」
「悪戯には気をつけないと。歩き始めたら行動範囲が広がりますからのぅ」
「悪戯って……あぁっ、私の花壇が……!?」
げんなりと肩を落すエミューゼを、孫悟飯老人が微笑ましく見守る日々が始まる。
はいはいが出来るようになってからと言うもの、とにかくエミューゼは忙しく走り回る羽目になった。
「って、そっちは崖! どれだけ崖に心惹かれてるんですか、獅子だって自ら崖には落ちませんよ!」
「聡い子になったのう…あぁ、捕まえるなら気をつけて抱くんじゃよ、座りが悪くなりまーーー」
「わかっていますから、早くこの子の替えのおしめを用意して下さい!」
孫悟飯は、かつて感情なく悟空を抱くエミューゼを見た時の事を思いだし、朗らかな笑みが浮かぶ。
「エミューゼさんやーーー」
「あっ、こら、頬をひっぱるんじゃ……何ですお爺様、見てのとおり忙しいのです、小言は後にしてくれませんかーーー」
「ーーー楽しそうじゃのう」
「ーーーっ!?」
パシャリ、と音がした。
「ーーーーーーへっ?」
エミューゼの呆けた顔を、孫悟飯は微笑ましげに見つめながら、カメラを仕舞う。
完全にからかわれたと察したエミューゼが、慌てて顔を引き締め(悟空に引っ張られたままではあるが)老人を睨みつける。
「ち、違います、悟空には強くなって私をころしーーー」
してもらわなければならないから、仕方なくーーーと言い切る前に、すっ、と悟飯老人がエミューゼの背後を指差す。
「あ、悟空が腕を抜け出してまた崖にーー」
「ひきゃああああ!? 何回性格変えるつもりですか、戻りなさいったら!!」
今までのエミューゼでは考えられない事であった。
孫悟飯老人は武術の達人である。エミューゼが危険な存在である事はわかっていた。
しかし、その孫悟飯が、エミューゼをからかったのである。
そして、エミューゼは自然とそれを受け入れた。
慌ただしく騒がしい日々が、エミューゼをゆっくりと変えていったようであった。
そして、ある日。
その変化は確実な形として現れる。
「ーーー心臓病?」
「……心臓の鼓動がおかしいのじゃ。気も乱れておる。都の医者も見た事がない症例だと」
エミューゼの視線の先には、苦しそうに喘ぐ悟空の姿ある。
額にびっしりと汗を流し、ぐったりとしている。
呼吸は乱れているが、ひどく弱々しいものだった。
エミューゼは得体の知れない感情の畝りに戸惑う。それは彼女が未だかつてないほどに感じた焦燥であり、初めて抱いた未知なるものであった。
しばらくの間、ただひたすらに、胸の奥で荒れ狂う感情の嵐を堪え続ける。
これはなんだ。いったい自分はどうしてしまったというのだ。
分からない…分からないが、確実大きくなってくるのがわかる。
不安、焦燥……そうか。
今まで感じた事がないはずだ。
これはーーー恐怖だ。
私は怖いのだ。
カカロットを……悟空を失うのが、堪らなく怖いのだ。
あぁ、そうだ。認めよう。私は悟空を失うのが今や何より恐ろしい。
「……要するに、乱れを正せばよいのでしょう。心の臓の気の乱れを正す秘孔は…これです」
私はサイヤ人だ。ならばやる事は決まっている。敵は撃ち倒す。恐怖という敵とて例外ではない…!
流石と言うべきか。
エミューゼの治療は適切であった。かつて侵略した星の戦士から盗んだ技術は、悟空の心臓の鼓動を正常に戻す事に成功する。
とはいえ、実のところは一時的に抑え込んだだけであり、このウィルス性の心臓病が完治するには、後に未来からやってくる少年が持ってくる特効薬が必要となるのだが、今のエミューゼが知る由などありはしない。
さらに付け加えるなら。事態はそこで終わりなどしない。
エミューゼは、その強さとサイヤ人に対する認識から、赤子である悟空の体力を考慮していなかったのだ。
「……まずい。熱が下がらん…かなり衰弱しておる」
「そんな…間違えた…何て事はないはずです!」
「いや、気の乱れは収まっておる。しかし、悟空の身体が弱りきっておる。病が治ったとて、体力が回復するはずもなし…」
再び例えようのない感覚がエミューゼを襲う。うなされる悟空の吐息を聞くたびに。リンゴのように真っ赤に染まる悟空の頬を見るたびに、ノイズがエミューゼの脳裏を走る。
「どうすれば……いったいどうすればよいのですか!? 」
この子を助けるにはーーー。
そう訴えるエミューゼを孫悟飯はある種の納得を持って見つめ返した。
そうか。底の知れない少女であるが…彼女もまた子供なのだ。それこそ、産まれたての。“感情”といったものを初めて持ったかのような。
孫悟飯老人は、ここにきてようやく、エミューゼに対しての警戒を完全に解く事になり、そして。
自身の子に諭すように語る。それが、自分の役割であると悟ったからだ。
「……酷く汗をかいておる。水分の補給と、何とかして栄養を摂らせねばならん」
「わ、わかりました、すぐに手配をーーー」
「それから。一番大事なのは、悟空から目を離さず、逐一様子を見る事じゃ。声をかけて、励ますこと……これはエミューゼさんにしかできん事なのじゃ」
「励ます……たったそんな事で…いえ。わかりました」
この日。エミューゼは初めて自分以外の誰かを頼った。
初めて、祈りというものを捧げた。
汗を拭き、寝巻きを変え、とにかくつきっきりで看病をした。
そして、やがて夜が明ける。
「…熱も下がったようですね。よかった…本当にーーー」
悟空の容体は回復した。峠を越え、ほんの少し寝顔が安らかになり始めたのを見て、エミューゼはほぅっと一息吐いた。
「……良かったのう悟空や。もう大丈夫じゃ。エミューゼさん……いや、お前のお母さんが助けてくれたんじゃよ」
不意に、悟空がうっすらと目を開ける。
悟飯老人が、起こしてしまったか、と反省するも。
「だぁう……かぁ たん ?」
「………へっ?」
「………たまげた。いま、悟空のやつ、喋りおったぞ」
「………喋っ…た?」
数瞬後、悟空はぱっちりと大きな目を開き。
エミューゼを見て。
「かあ…たん!」
その時。
その言葉を聞いた時。
エミューゼに電流のようなものが走った。
その時の感動を、エミューゼは深く刻み込んだ。
押し流されるような感情の奔流。これも、エミューゼは今まで感じた事のないものであり。
「………えぇ。そうですーーー」
その日こそ、真にエミューゼが誕生した日であり。
「ーーー私が、あなたの母ですよ」
エミューゼが、初めて愛情という“感情”を知った日であった。
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「あのぅじゃな。少々過保護すぎやせんか、エミューゼ」
亀の甲羅を背負った老人は、何故か“過保護”という部分の語気を強めながら溜息をついた。
「まあ。何を仰るのですか、武天老師。世の中何があるかわからないのですから、準備をして、過ぎることなどあるませんよ」
「いや、まあ。その通りなんじゃがな? だからと言って、流石に殺し屋を送りつけるのは“ない”と思うんじゃが、これいかに」
ちなみに、送りつけた殺し屋が桃白白という名前を知って亀仙人が慌てるのはもう数刻ほど後のことである。
エミューゼが頬を引っ張られている写真は、四星球と一緒に飾られています。
あと、悟空の心臓病ですが、北斗神拳の力を持ってしても数十年抑えるのが精一杯…超サイヤ人になろうものなら症状が現れるでしょう……という設定です。
あと、復活のfの後編はいま執筆中です