ベジータ王は自身が最強であると自負していた。サイヤ人は宇宙最強の戦闘民族であり、自分はその頂点に立っている。
故に、自分こそ最強なのだと。
そういった自惚れが、彼のプライドを強固なものにしていた。
サイヤ人のプライドこそが、彼の原動力であった。
そのプライドが揺るぎ始めたのはいつの事だっただろうか。
フリーザにこき使われた時だろうか。破壊神ビルスに足蹴にされた時だろうか。
しかし上記の2人では、彼のプライドを砕く事は出来ない。反骨精神の塊であるベジータ王は彼らへの復讐を誓い、怒りを内心で育て、眼をギラつかせていた。
今は敗北してもいい、自分は戦闘民族サイヤ人だ。サイヤ人の王だ。すぐに奴らより強くなり、奴らを地獄へ叩き堕としてやる。
ベジータ王にとって敗北による激情は強みであり力の源でしかなかった。
彼女が目覚める、その日までは。
惑星サダラ。
ベジータ王は地上げする星の視察、及び歴史的文化財の調査という名目で、かつてのサイヤ人の母星を訪れていた。
フリーザの部下の科学者を強引に拉致し、数人のサイヤ人で調査団を編成。惑星サダラに眠るとされている“伝説”を捜しに来たのだ。
それは、拍子抜けするほど呆気なく見つかった。
惑星サダラは酷い有様であった。もはや惑星とは呼べない残骸が其処彼処に散らばり、かつての内紛の激しさを物語っている。
しかしその中にあってなお異彩を放つものがあった。
残骸の中心に位置するような建造物。まるで揺籠のように星屑の中を漂っている。
それこそが、ベジータ王が探し求めていたものだった。
彼とてサイヤ人。同じサイヤ人にすら恐れられたという“エミューゼ”の伝説は、子供の頃から何度も聞かされて育った。
悠久の時を巡り眠り続ける古代種。何があろうと決してその眠りを妨げてはならないと。
眉唾だ。ベジータ王はお伽話など信じてなどいない。
しかし、サイヤ人最強の自身が勝てない相手が存在し、いいようにこき使われ、足蹴にされる。フリーザの存在それすなわちサイヤ人全体の危機であると彼は考えていた。
そう、ベジータ王は藁にもすがる思いであったのだ。
エミューゼの眠る遺跡を見つけたとき、ベジータ王の心は少年のように高鳴った。
伝説は本当であった! あのお伽話に登場する最強の存在は実在していのだ!
遺跡を進んでいくにつれ、ベジータ王の歓喜は勢いを増した。まるで珍しい虫を見つけた虫取り少年のように、その足取りは軽く、浮き足立っていた。
反面、無理やり連れてこられたフリーザ軍所属の科学者の顔色は悪くなる一方であった。
この遺跡からは、エミューゼに対する畏怖とその奥にある恐怖心が読み取れる。
彼は、遺跡の端々に存在する碑文を読み解き、過去に何があったのかある程度理解していた。
永き眠りについてなお、凶悪なサイヤ人に慰霊の遺跡を自主的に造らせる存在がここにいる事を、彼だけが理解していた。
「いよいよですな、王よ」
深奥の扉を前にして、ベジータ王のそばに控えているサイヤ人が声を上げる。
絞り出すような声だった。
この扉を抜ければ、そこは玉座。
眠りについた死の具現が座している空間がそこにある。
単なるお伽噺でしかないと、軽いピクニック気分に考えていたサイヤ人達も、深奥から漏れ出す異様な雰囲気に呑まれていた。
「先祖の墓だ。仮に遺体しかなくとも土産話にはなるだろうよ」
己を誤魔化すように冗談を飛ばすサイヤ人もいたが、王はそれを咎める気にもならず、険しい表情で扉に手をかける。
その扉はゆっくりと開いていく。重厚な扉に相応しく、厳かな速度で開いていく。
そこは、間違いなく玉座の間のはずであった。しかし、玉座の間と呼ぶにはあまりにも不釣り合いな空間であった。壁の基調は暗く、絢爛であっただろうシャンデリアも、幻想的であっただろう絵画も、中央を彩る真紅の絨毯も、水晶で形取った玉座も、彼女が好んでいたとされる調度品の数々も。
その全てが朽ちかけていた。
一部が腐り落ちて穴だらけになった壁や天井。
床は荒れ果て、柩の近くに置かれた水瓶は割れている。そこら中が埃まみれだ。
ベジータ王が壁にかかる旗に手をかけると、手の中で脆くも千切れてしまう。
尋常ではない風化具合。やはり伝説は伝説。この様子ではエミューゼも生きているはずがない。ベジータ王の顔に陰りが差した。
「………信じられん」
静寂を切り裂いたのは、無理やりに連れてこられた科学者だった。
何事かとベジータ王が視線を向けると、おそらくは知的好奇心に負けたのだろう、柩を開ける科学者がそこにいた。
勝手な事を、サイヤ人の祖先の墓だぞ、という身勝手な怒りを飲み込み、柩のそばへと歩みよる。
そして、息を飲んだ。
柩の中では、美しい少女が眠りについていた。
比喩表現でもなんでもない。少女は規則正しい寝息を立てて。慎ましい胸を呼吸で上下させて。当たり前のように眠っていた。
その姿は、まさしく伝承にある通り。
サイヤ人らしからぬ白く柔らかな髪。シルクのような玉肌。緑を帯びた白銀の長い尻尾。
間違いなく、エミューゼその人だった。
「信じられません…眠っているだけです…コールドスリープでも何でもない……この悠久の時を、ただひたすらに、ただただ眠り続けてきたというのか?」
ありえないと、首を振りながら科学者は簡易メディカルチェック機器を何度も確認している。
しかし、この風化具合からして、おそらく間違いない。少なくともここ数百年で、この空間の中を移動した存在はいない。目の前の白い少女は、ただひたすらに眠り続けたのだろう。
「……しかし、スカウターの数値では戦闘力たったの1ですぜ。迷い込んだだけのガキじゃないのか」
「…いえ、しかし。身体を軽くスキャンしてみましたが……この肉体面から予想される身体スペックでは戦闘力1なんてありえません。おそらく、戦闘力をコントロールしているか、エネルギーの消耗を極限まで抑えているのではないかと」
科学者もここにきて興が乗ったのか饒舌になり、連れてきたサイヤ人達と口々に意見を交わしている。
「……それで。どうすれば目を覚ますのだ?」
ベジータ王が気になっているのは一重に、如何にして目覚めさせるかである。
伝承が本当であれば、自身と同等かそれ以上の力を持っている。古代人であれば碌な知識もあるまい、うまく利用すればフリーザと戦うための戦力になるはずだ。自身の統治を見せ、うまくおだてれば、自分の地位を脅かすこともないだろう。
そう考えていた。
「……生半可なことでは起きんでしょう。何せ億単位で眠り続けているような生物です」
難しそうに唸る科学者だったが、不意にもしかしたら、と呟いた。
「道中あちらこちらにあった碑文の通りだとするならば…強い戦闘力を感じ取れば目を覚ますのではないかと。エネルギー波をぶつけてみるのがよろしいと思います」
果たしてそれは科学者の嘘でもあり、真実でもあった。
メディカルチェックから予想されるスペックをみた科学者は、こんな存在を目覚めさせてはいけないと考えていた。目を覚ませばフリーザ様ですら危ういかもしれない、ここで始末してしまうしかない。
そう考えていた。
ベジータ王達は疑うこともせず、一斉にエネルギー弾を寝息を立て続けているエミューゼに向かって放つ。
この程度で死ぬならば、そもそも必要ないという考えからであった。
「……俵六玉の言う通りだ、たしかに戦闘力1なんてありえねぇな、こりゃあ」
無傷。意に介さず、眠り続ける少女。サイヤ人達は情けない気持ちになると同時に、意地でも少女を起こしたくなった。
科学者はもう泣きたくなった。
「……パワーボールだ。大猿になりゃあ、流石に無視できねぇはずだ」
この場にいるサイヤ人達はみなエリートである。大猿になっても理性を保つことができるため、誤って暴れ尽くすこともないだろう。
彼らの行動は迅速であった。科学者が巻き込まれないように、見張りのナッパと共に宇宙船へと返すと、ベジータ王がパワーボールを作り出し、一斉にサイヤ人達が大猿へと変化する。
その時だ。
うっすらと、少女は目を開けた。
8体の大猿の戦闘力に反応したのだろうか。
否。少女は作り出された月をぼんやりと眺めていた。
ベジータ王達は知る由もない事だが、パワーボールの放つ微弱なブルーツ波こそが、彼女の目を覚まさせたのだ。
エミューゼは大きく欠伸と伸びをし、ふらふらと近くの調度品へと手を伸ばす。
しかし風化しきったそれは呆気なく形をなくし、彼女を困惑させた。
しきりに首を傾げる彼女を、なんとも言えない面持ちで見つめるサイヤ人達。
「……あれが、伝説のサイヤ人、エミューゼか?」
「超サイヤ人と並ぶ伝説としては、間抜けに見えるな…」
「ま、伝説は伝説。所詮は原始人ってか」
寝惚け眼のエミューゼをみて失望するサイヤ人達。ベジータ王も内心で溜息をついていた。
これでは戦力になりそうにない、永い眠りが彼女を弱体化させたのか、所詮はお伽噺でしかなかったのか。
遺跡探索と生きた古代人の発見、貴重な経験が出来たと考えるべきか。古代人を飼い、かつてのサイヤ人の話を聞くのも一興か、フリーザへの言い訳も、奴を見せれば納得するだろう。
これまでのベジータ王の興奮もエミューゼへの関心も、完全に消え失せていた。
ーーーしかし。
「まて、パワーボールをみても大猿にならねぇぞ。髪も変だし、こりゃ、サイヤ人とすら呼べやしねぇnーーー」
最後まで言い切る事は出来なかった。
その大猿の頭は、この世から完全に消え失せていた。
「脆すぎる」
鈴を転がしたような、愛らしい声だった。
しかし、確かな知性と、底冷えするような怒りを感じさせる声だった。
「言うに事欠いて私がサイヤ人ではないだとーーー巫山戯るなよ劣悪種どもが!!」
誰も動く事は出来なかった。
甲高い音が炸裂し、頭部を失った大猿の残された身体が弾け飛んだ。
彼がそこに居たであろうことを、その場に漂う血煙だけが唯一示していた。
いったい何が起きたのか。ベジータ王がそれを理解するよりも早く、エミューゼの姿が掻き消えた。
爆ぜたとしか表現できない速度で、エミューゼが移動したのだと理解した時には、先程にエミューゼを口々に罵った大猿達が消し飛んでいた。
命乞い、という単語が脳裏をよぎった時には、ベジータ王の側にいた大猿の頭にエミューゼが片手をそっと添えていた。
気づけばその大猿は、頭から地面に向けて押しつぶされていた。
首が身体に陥没し、胴体が潰れ、脚がよじれ、音を立てる間もなく全身が圧力によって弾け飛んでいた。
悲鳴をあげる暇すらない、ほんの一瞬の出来事である。
その日。
ベジータ王と、宇宙船へと戻っていたナッパ、科学者を除き。
調査団の構成員全てが死んだ。
ベジータ王「伝承が本当ならワシに並ぶつよさはあるだろうな」キリッ
SSJ4エミューゼ「あ?」
余計な事を話さなかったおかげでギリギリ、ベジータ王は生き残りました。内心に止めた事が命運を分けた感じ。
風化前の部屋が無駄に豪華だったのは、全部よその星から強奪したものです。