ダンジョンに施しの英雄がいるのは間違ってるだろうか 作:ザイグ
「………これはどうしようもないな」
「なんなのこれぇーッ!」
「うざったいわねーッ!」
「……いくら斬っても倒れない」
【ロキ・ファミリア】の面々が悪態を吐く。この異常なヴィオラスの群れはどれだけ攻撃しても暴れ続ける。
カルナが相手をしていた六匹は全て魔石を砕かれ、鋭い打撃に蜂の巣にされながらも平然としている。
アイズが相手をしていたヴィオラスに至っては首を斬り飛ばされながら体だけで暴れている。
もはや植物型モンスターではなくゾンビの類を相手にしている気分だ。
「ふむ……今度は根元から断ってみるか」
アイズに飛ばされた頭は活動停止し、体のみが動いているということは根元から断ってしまえば動かなくなるとカルナは考えた。
襲い掛かるヴィオラスを回避しながら地面から伸びる体の一つに連撃を繰り出す。
『アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ⁉︎』
痛みにヴィオラスが悲鳴を上げるが、人間の胴体より太い幹は複数の穴を開けても中々断つことができない。
時間がかかると判断したカルナは引き千切ろうと幹を掴み、
「ふんっ!」
力任せに引いた。だが、予想より深く埋まっていなかったのかヴィオラスの体そのものを引っ張り上げてしまった。
「とりゃっーーーあれ?」
瞬間、ティオナが蹴り飛ばそうとしていたヴィオラスが引っ張られるように後ろに下がり、空振りに終わる。
だが、その不可思議な動作をカルナは悟った。
「なるほど、そういうことか」
その動作で不死身の仕掛けを看破したカルナはヴィオラスを無視してある地点に移動する。
「ヴィオラスの突き出している位置、移動する範囲、それらの中心となっているのはーーーここだ!」
カルナはヴィオラスの群れの中心部の地面を全力で蹴り砕いた。Lv.7の『力』で蹴られた地面は砕け散り、地下に隠されたものが剥き出しになる。
「……これは」
「何これーっ⁉︎」
「巨大な……球根?」
現れたものにティオナ達が驚愕した。ティオネが呟いたように出てきたのは球根のような物体。その一つの球根から無数に伸びるツルがそれぞれのヴィオラスに繋がっていた。
「カルナ、これって……」
「これが不死身の正体だ。奴らは九匹のモンスターの群れじゃなく、九匹が融合した一匹のモンスターだったんだ。まるで多頭竜(ヒドラ)だな」
カルナはそれぞれが独立しているのではなく繋がっているという事に一匹のヴィオラスを引っ張ったことで他のヴィオラスが動いたのを見て理解したのだ。首を落とされても動いていたのは他の頭が生きていたから、魔石を砕かれても灰にならないのは九匹全てが魔石を共有していたので一つでも残っていれば良かったからだ。
この特異なモンスター、仮称するなら多頭食人花(ヒドラ・ヴィオラス)か?
「種が分かればこんな物。子供向けの手品だ」
だが、それで倒せるかと言えば別だ。
活動不能になるまで破壊し尽くすには巨体過ぎる。魔石を全て破壊するにはどの頭に魔石が残っているか分からない。もしかすると別の頭が地中に潜んでいる可能性もある。
ならば全体を一気に“焼くか”か“凍らせる”か……前者ならカルナの魔法が可能にするが問題がある。
「火力を抑えられる自信が無いな」
実はカルナ、【ランクアップ】してからまだ【アグニ】を使用していない。ダンジョンに潜っていないのだから使う理由もない。
ここで何が問題になるかというとLv.は一段階違うだけでも実力に隔絶した差が生まれる。カルナのように格上を単独撃破するような偉業は本来できることではない。
【ランクアップ】すると【ステイタス】だけでなく魔法の効果も跳ね上がる。只でさえ高火力の【アグニ】がLv.7になった事でどれだけ強力になっているか想像もできない。こんな街中で試すわけにはいかなかった。
「なら、高範囲で街に被害が出ない攻撃が出来るのは……」
アマゾネス姉妹は攻撃魔法を持たないので論外。
アイズの『リル・ラファーガ』は代剣が限界なので使用不能。
ならば、一人しかいない。
「レフィーヤ!」
「……っ」
魔法に反応するヴィオラスに狙われない為に傍観するしかなかったレフィーヤにカルナが呼び掛ける。
「まだ戦う勇気はあるか! レフィーヤの力が必要だ!」
「ーーー!」
その言葉に思わずレフィーヤは涙を流した。恐怖からではない、カルナが自分を必要としてくれた喜びから。
カルナに自覚はないが新人時代から彼はレフィーヤに頼った事がない。そのせいでレフィーヤが自分が必要ないと自己嫌悪になっていたことも知らない。だから、嬉かった。初めてカルナがレフィーヤを頼ったから、初めてレフィーヤの力を必要としてくれたから。だから、
「ーーーやれます!」
断るなんて選択肢はない。
「【ウィーシェの名の元に願う】!」
魔法を発動すればヒドラ・ヴィオラスはレフィーヤを標的にするだろう。でも、関係ない。
「【森の先人よ、誇り高き同胞よ。我が声に応じ草原へと来れ】」
彼が私を頼ってくれたから、その期待に応えたい。
「【繋ぐ絆、楽宴の契り。円環を廻し舞い踊れ】」
今度はレフィーヤがカルナを、いつも守ってくれたアイズ達を助ける為に。
「【走れ、妖精の輪】」
レフィーヤは彼女だけに許された歌を唱える。
「【どうかーーー力を貸し与えてほしい】」
それは特別な魔法。
「【エルフ・リング】」
凄まじい魔力が溢れ、ヒドラ・ヴィオラスがレフィーヤに襲い掛かる。
だが、レフィーヤに恐れはない。
「はいはいっと!」
「大人しくしろッ‼︎」
「ッッ!」
「行かせはしない」
皆が守ってくれるから。
「【ーー終末の前触れよ、白き雪よ。黄昏の前に風(うず)を巻け】」
完成した魔法の後に詠唱が続く。
「【閉ざされる光。凍てつく大地】」
魔法の習得可能数は三種類まで。しかし、レフィーヤの魔法【エルフ・リング】はそれを覆す。
エルフの魔法に限り、あらゆる魔法を発動できる前代未聞の反則技(レアマジック)。
「【吹雪け、三度の厳冬ーーー我が名はアールヴ】!」
召喚するのはエルフの王女、リヴェリア・リヨス・アールヴの攻撃魔法。
それはオラリオ最強の魔導士にのみ許された絶対零度の氷結魔法。
「【ウィン・フィンブルヴェトル】‼︎」
大気をも凍てつかせる純白の光彩がヒドラ・ヴィオラスを氷結の檻に封じ込め、街全体を凍土へと変えた。
「ナイス、レフィーヤ!」
「散々手を焼かせてくれわね、この糞花!」
「化けの皮が剥がれかけてるぞ、ティオネ」
「……」
カルナ達が凍ったヒドラ・ヴィオラスを粉々に砕き、ヒドラ・ヴェオラスは完全に沈黙した。
オリジナルモンスター
ヒドラ・ヴェオラス
一箇所に集められたヴェオラスが偶然、融合してしまって生まれたモンスター。
一つの球根から無数のヴェオラスが生えており、ヴェオラスのどれか一つが本体ではなく全てが本体。そのため、どれか一つでも頭と魔石があれば活動可能。
首を落とされても動くという点は女性型ヴェオラスと同じだが、女性型という本体を持たない分、こちらの方がしぶとい。
もし百匹ものヴェオラスが融合したヒドラ・ヴェオラスが現れた場合、討伐は困難を極めるだろう。