ダンジョンに施しの英雄がいるのは間違ってるだろうか   作:ザイグ

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第二十三話

「ああ、すまない。少し驚いてな」

 

衝撃から脱したカルナはそれを悟られぬようにレヴィスに話しかける。

 

「ふん、まあいい。それで私を買うのか買わないのか」

「まあ、声を掛けられたからには買うのは構わない」

 

ここでカルナの頼まれたら断らない性分が悪く働いた。カルナは潔癖でもなければ、性欲がない訳でもない。断る理由がなければ娼婦の誘いも断らない。

実際、カルナが娼婦を買うのは初めてではない。【ロキ・ファマリア】の仲間に遊びに行こうと誘われて出かけた事があったーーその時のメンバーが男のみで夜に出かけた時点で変だと思ったーーが、それが歓楽街とは考えてもいなかった。

特に拒む理由もないカルナは最初に声を掛けてきた娼婦を抱いてホームに帰った。

余談だが、カルナを歓楽街に誘った張本人であるラウルはリヴェリアにお仕置きされた。

 

「それでは何処かの宿に向かうか」

「ああ、任せる」

 

カルナはレヴィスを連れて宿に入ることにした。しかし、騒動が起こると分かっていながら、宿屋を入るのは迷惑だろう。かと言って人気のない場所に向かうのも怪しまれる。

今更だが、この女性がレヴィスだという証拠は何処にもなく本当に娼婦なのかもしれない。

まあ、宿屋を向かう直前に見せた獲物が罠に掛かったという嘲笑を考えれば九割は間違いないだろうが、確固たる証拠もなしに武器を向けるわけにはいかない。

いまは流れに任せて宿屋を入るしかないと考えたカルナは、

 

「よし、ヴィリーの宿にするか」

 

原作通り、ヴィリーに迷惑を掛けることにした。カルナならハシャーナと違い殺される心配もないないから、いわく付きの宿屋になることもないだろう。……宿屋は荒らしてしまうかもしれないがそこは目を瞑ってもらうしかない。

街の中心部を過ぎたカルナ達は目的のヴィリーの宿に到着した。

壁にかけられた看板に『ヴィリーの宿』と書かれた、洞窟をそのまま利用した宿屋に入る。

 

「部屋は空いてるか?」

「ん……おおっ、カルナじゃねえか⁉︎」

 

客がいないのかカウンターで退屈そうにしていた獣人の青年、ヴィリーが驚く。

 

「ああ、見ての通りガラガラだ。貸し切っても誰も文句は言わねえよ」

「丁度いい。なら、貸し切らせて貰おう」

「………は?」

 

呆気に取られるヴィリーの前に大袋をドンッと置く。

 

「『下層』のモンスターの『魔石』と『ドロップアイテム』数十匹分だ。釣りはいらない」

 

往路は急ぐために倒したモンスターの『魔石』や『ドロップアイテム』は放置したが、帰路は全て回収していた。地上で売れば数百万ヴァリスになる品の数々、こんな洞窟宿を貸し切ってもお釣りが来る額だ。

 

「ヒュー、気前がいいな。理由は………ケッ、リヤ充め」

 

カルナの後ろにいるレヴィスを見て悪態を吐くヴィリー。フードで顔は分からずともよほどの美貌を持つと察したのだろう。

 

「貸し切って構わないぜ。本当に全部、貰っていいんだな?」

「ああ。『迷惑料』だ。好きにしてくれ」

「そうかい。なら、遠慮なく」

 

普通なら受け取るのも躊躇う大金だが、そこは意地汚いリヴィアの冒険者。躊躇うことなく全て受け取った。

大袋を担いだヴィリーは店の前に満室の札を置いて、酒場に向かった。

 

「………まぁ、閨の声なんて聞きたくないよな」

 

ヴィリーは勘違いしていた。カルナの言った『迷惑料』とは貸し切ったことでないことを。その本当の意味を知っていれば絶対に泊めはしなかっただろう。

 

 

◆◆◆

 

 

カルナとレヴィスは貸し切った宿の一室に入った。

カルナはシャクティ・スピアを立て掛け、【日輪具足】を解除した。そして戦闘衣(バトル・クロス)も脱ぐと、細身ながら引き締まった肉体が現れる。

レヴィスもローブを脱いで、艶かしい肢体を露わにした。

 

「さて、どうすればいい?」

 

カルナがベッドに腰掛けて問う。娼婦はアマゾネスのように強い男性に抱かれたい者、体を売ることでしか収入を得られない者、ただ己の欲を満たすために男性を求める者がいる。

娼婦にもそれぞれの事情があり、カルナはどの理由も肯定する。だから娼婦に問い、どのような閨を望むか聞き、その要望を叶えるようにしている。

最も素顔を確認して彼女が本物のレヴィスであると確認したカルナはそんな必要はないと理解しているが。

 

「どうでもいい。とにかく寝ろ」

 

レヴィスも有無を言わさずカルナを押し倒し、覆い被さった。レヴィスからして見ればカルナを早く始末し、『宝玉』を手に入れたのだろう。

 

「承知した」

 

カルナも流れに身を任せ、レヴィスが仕掛けやすいように無警戒を装う。

レヴィスの顔に手を添え、瞳を覗き込む。

 

「良い眼をしているな」

「そうか? 気にした事もないな」

 

レヴィスの細い手がカルナの首へ這わす。

 

「ああーーーーー獲物を追い詰めた猛獣の眼だ」

「ーーーッッ!」

 

カルナの言葉にレヴィスは即座に首を掴み、折るために一気に握り締めた。

 

「っ、大した…握力だ…」

 

だが、カルナはメリメリと音がする凄まじい握力で首を絞められ息ができなくなりながらも表情一つ動かさずに細腕を掴みーーーレヴィス以上の握力で握り締めた。

 

「ぐッ、この!」

 

腕が折れそうな握力にレヴィスは無事な方の腕で殴りかかった。

しかし、その拳をカルナも空いている手で受け止め、包み込むように握られる。

 

「ーーこの、離せ!」

「離すの、は……君の、方だ……」

 

レヴィスがどんなに力を入れても、まるで巨石に押し付けられているようにカルナの腕は微動だにしない。

それどころか首を絞めていた腕を更に強く握られレヴィスの腕に力が入らなくなり、ついには首から手が離れてしまった。

首を解放されたカルナはレヴィスの両腕を拘束したまま、横に回転して逆に押し倒した。

 

「形勢逆転だ」

「ーーーッ、くそ……」

 

拘束されたレヴィスは凄まじい眼光で睨み付ける。

 

「相手が悪かったな。これでも俺は冒険者の中でも最上級(トップクラス)の実力者だ」

「………」

「黙秘か。何も喋る気はないという意味か?」

「………」

 

カルナの言葉を肯定するようにレヴィスは口を閉ざし、睨み続けていた。

さて、どうするか、とカルナは考える。此処で殺すのは簡単だ。だが、彼女には聞きたいことがある。

レヴィスが守護する『穢れた精霊』は何処にいるのか、どんな姿形をしているのかも分かっておらず、謎の部分が多い。

加えて原作にいなかった『ヴォルガング・クイーン』や『ヒドラ・ヴィオラス』などの異常事態(イレギュラー)なモンスター達。『穢れた精霊』側に何が起こっているのか情報を得たいところだ。

だが、どうやって黙秘する彼女から情報を引き出すか。こういう時はフィンのよく回る口が羨ましい。

 

「そうだな……俺の名はカルナだ」

「………は?」

 

レヴィスが何を言っているんだこいつ、という顔をする。

 

「何事も自己紹介は大事だ。俺は君を知らず、君は俺を知らない。ならば名乗るくらいはしよう」

 

カルナは名も実力もオラリオだけでなく世界中に知れ渡っているが、それは地上の話だ。地下ーーーダンジョンから出たことのないレヴィスはカルナの事を知るはずもない。

そしてカルナも知識としては彼女を知っているが、今日が初対面だ。知らない筈の名前を呼ぶのはおかしい。だから、名前だけでも聞き出そうとていた。

 

「君の名は?」

「………」

「………」

「………………レヴィス」

 

ジッと見つめる視線に耐え切れなかったのかレヴィスは名前を呟き、顔を背けた。

 

 


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