「っあ!」
俺はそんな声を上げながら飛び起きる。
それと同時に何かがはらりと落ちて、そこに視線を向けた。
「……布?」
それは、大きな一枚の布。
改めて周囲を見回すと、どうやら屋内のようだ。
今俺が寝ているのはベッドのようで、扉は一つしかない。だが、ベッドの近くに窓があった。
自分の体を見ると、ほとんど皮膚が見えないくらいに包帯が巻かれていた。
そこまで理解したとき、全身に痛みが走る。
「ぐっ………ぁあああっ!」
引き裂かれるような痛み。おそらく、この傷を付けたあのクソ狼が原因だろう。
そうやって痛みに堪えていると、突然扉が開く。
出てきたのは白髪ながらも屈強な見た目と、昨日見た王と差があまり無い威圧感を持ったジジイ。
そいつは頭をガリガリとかきながらこっちまで歩いてきて、
「ったく…やっと起きたのかって、何起きてんだゴラァ!!」
俺の状態を見ると同時に頭を掴んでベッドに叩きつけた。
「ゴブハァッ!!?」
想像以上の威力で、俺はそのまま気を失った。
* * *
目を覚ますと、木の天井だった。
木造…俺の家じゃないのは確かだった。というか、視界の左端にいる筋骨隆々のジジイの存在感がやべぇ。昨日見た王以上な気がしなくもない。
つか、さっき俺をベッドに叩きつけた奴だよ。ヤベェよ、俺殺されんじゃね?
「おいガキ。起きてんのは分かってんだ。起き上がらずに質問に答えろ」
バレテーラ。
つか、質問? こっちがしたいわ。どこだよここ。
「ここは俺の家だ。ネロウルフの死体の山からお前を引きずり出して連れてきたんだよ」
こいつ…心の中を読みやがった…!? なにこいつ怖い!
と、とりあえず、ここはこのジジイの家で、俺はこのジジイに運ばれたってのは理解した。後、ネロウルフってのはあのクソ狼だろうってのも想像できる。
よしオーケー。大丈夫。
「んで、質問なんだが」
本題だな。まぁ、何の質問かにもよるけど、一応助けてくれはしたんだ。答えるくらいはしてやろう。
「お前、どこから来た?」
「城」
「城、ねぇ。ってことは、アヴァロニア王国か。んじゃ、次の質問だ。なんで出てきた?あそこが一番安全だぞ?」
「安全…? 何言ってんだ。あの腐った目をしている奴等と一緒にいて安全だと? ハッ。そんなわけあるか。王が一番腐ってたじゃねぇか。あんな所で奴隷のように生かされるくらいなら自分で喉を切り裂いて死ぬわ」
「ほぅ? つまり、お前は王の目を見抜いたと。そういうことか」
「さぁな、どうだか。お前がそう思うんならそうなんだろうさ。俺は思ったことをそのまま信じただけだ。俺はもう自分の信じること以外は信じない」
あぁ、そうだ。自分の思ったことしか信じない。
自分の信じる俺を信じて、俺は生きるんだ。
まぁ、このジジイは信用はできると思う。あのクソ野郎達と違って澄んだ目だからな。だから一応は信じる。裏はまた後で取るけどな。
「そうか。ならいい。じゃ、最後の質問だ。お前、どこの出身だ?」
は? 出身地? なんだそんな事を――――!?
「どうした? 出身地を聞いてるんだ。答えられるだろう?」
「……断る」
俺がそう言うと、なぜかニヤリと笑うジジイ。
「…………そうか。まぁ、それでも良いさ。大方、逃亡中って事か? 今代勇者」
「テメェ…!」
「ハッハッハ! そう結論を急ぐな。俺は敵じゃねぇよ。安心しな」
「安心? 出来るかよ。今の俺は怪我のせいで動けない。だから、お前が城に連絡を入れればすぐに騎士が来る。その状態で安心しろだと? 無茶言うな」
「ふむ…そうだな。確かに安心させられる材料はないな。なら、武器をやろう。そうすれば俺を殺して出ていくことも出来るし、騎士から身を守ることも出来るだろう?」
「それだけの余裕がある時点で、暗にお前には俺を殺せないって思ってるんだろ?」
「否定はせんよ。経験の差がすぐに出るからな。ま、俺に挑めばそれなりに強くなれるだろうよ」
見下すような言い方にイライラする。
バカにしやがって…目にもの見せてくれるわ。
……まぁ、実力差が分からないほど俺もバカじゃない。王の時は意地になってたが、必要ないなら挑むもんじゃない。
それに、仮にも助けてもらっておいて、殺しにいくとか、ねぇわ。そんなの、クソ野郎共と変わんねぇじゃねぇか。
「まぁ、どのみち剣は渡すつもりだったがな。魔物の群れの中に素手で放り込むとか、流石に出来ねぇしな。さっさと寝て怪我治せ。寝てりゃ直ぐに治るだろうよ」
ジジイはそう言って扉から出ていった。
俺は扉の閉まる音を聞きながら意識を落とすのだった。
* * *
目を覚ますと、部屋は真っ暗だった。この部屋に照明器具はなかったので、ただ単に夜になったのだろう。
別に暗いところが怖いとかは思わない。むしろ落ち着く。嫌なやつらの顔を見なくてすむし、攻撃も当たりにくくなるしな。
なんて事を考えていると、扉の前に何かが来た。俺は咄嗟に身構えるが――――
「ッ……あぁ、ジジイか」
俺の呟きと共に扉が開き、ジジイが入ってくる。
「扉を開ける前に気付くか。本当にお前、召喚されたばかりか?」
「むしろなんでテメェはそこを疑問に思うのか気になるんだが。で、何の用だ?」
「用ってほどでもねぇが、起きたから腹空いてるんじゃねぇかって思っただけだ。で? どうなんだ」
ふむ。飯。そう言われると、確かに腹は減った。丸一日何も食ってないからな…流石に厳しい。
ただ……
「なぁ…なんでテメェは俺に色々するんだ? 俺は何もしてないし、むしろ迷惑をかけまくってる自信もあるぜ? なんか理由があるのか? 俺は使えねぇぞ?」
疑問だった。
そもそも、俺はここで寝ているだけで、なんでここまでしてくれるのか。俺は本気で何もしていないのに。
「はぁ…お前、自分のやったことを覚えてねぇのか?」
「あ? 何もしてねぇだろ?」
「……本気で言ってるみたいだな」
疑問しか浮かばない。俺は何をしたんだ? 俺はなんでここに運ばれたんだ…? 俺は……
「……まさか、クソ狼を殺しまくったのに原因があるのか…?」
「なんだ、分かってんじゃねぇか」
「いや…いやいやいや。あれは俺のためにしかやってないぞ? 感謝される理由がねぇだろうが!」
「お前があの周辺のネロウルフを狩りまくったから街道の安全性が上がったんだが?」
「はぁ? それこそ知ったことじゃねぇ。俺がやりたいようにやっただけじゃねぇか」
「そうか…じゃあ、今すぐ治した傷をもう一度開いてから追い出すか」
「すいません俺がやりました」
「ふん。それで良いんだよ。黙って好意に甘えてな」
不機嫌そうにジジイは言うが、俺としては、人の好意に甘えるって…どう言うことだろうか。と思う。
生まれてこの方、優しい人間に会ったことがない。甘えてろと言われても、意味こそ理解できるが、どうすれば良いのかは分からないのだ。
「……好意に甘える……難しいな…」
「何言ってんだよ。簡単だろうが。いや、まぁ、見ず知らずのジジイの好意に甘えろって方がおかしいか。まぁ、とにかく飯だ。起き上がれんだろ? さっさと来い」
「ん…あぁ」
まぁ、別に今知る必要はないか知る必要はないか。
とにかく、今は飯を食う方が先決だ。
* * *
今日の夕食は、『フェザーラビットのシチュー』らしい。
ちなみに、フェザーラビットは、ウサギの背中に羽が生えてるだけの、危険度の低い魔獣である。
肉は取れ立てらしい。俺が寝ている間に全部準備したとかなんとか。純粋に凄いと思った。
シチューはホワイトソースで、ジャガイモ、ニンジン、玉ねぎが入っていた。
本当は三つとも名前が違うらしいが、分かれば良いから、今はスルー。後で色々教えてもらうことにしよう。
……あれ?これが好意に甘えるって事じゃね?
「……お前、寝起きでよく食うなぁ…」
「んぁ?」
「いや、別に構わねぇけどよ…焦って喉に詰まらすなよ?」
「? ……ウッ!?!?」
「ほら言わんこっちゃねぇ!」
「! ……! ……まぁ、嘘なんだけどな」
「テメェぶっ飛ばすぞ!?」
「ハハハ。怖い怖い。そんなに怒るなって」
「怒るわ! せっかく面倒な思いをして助けたのに料理で窒息死なんかされてたまるか!」
「おぉぅ。ドストレートに言うねぇ…まぁ、俺としてはこんなうまい飯で死ねるんなら本望だわ」
「はぁ? 何言ってんだお前。素材が少ないからほとんど余り物で作ってんだぞ? そんなにうまいか?」
「あぁ、うまいとも。なんせ、俺が食う初めての温かい飯だからな」
「? どう言うことだ…?」
「……気にしなくても良いさ」
別に、家で出されたのが全部冷めた料理だったという意味ではない。温かい飯は出てきた。けれど、そこには温かみがない。制作者の心は無いわけだ。なんせ、あいつらは兄貴のために作ってたしな。
だから、俺は今日、初めて温かい飯を食った。
本当に、泣きたいほどにうまいよ。なんというか、このために生まれてきたんじゃないかってくらいな。
「はぁ…ご馳走さまでした」
「ん…お粗末様」
……日本の言葉が通じた。というか、返された。
ここでも言うのかね? そう言えば、食べ始めにも言っていたような…?
……不思議だな。この世界は唯一神崇拝だと思ったんだが。
「んじゃ、片付けるか」
「ん? あぁ、手伝うよ」
「怪我人は寝てろ。代わりに明日はしっかりと働いてもらうぞ」
「……はいはい。分かりましたよ。そうさせてもらうよ。おやすみ」
「夜更かしするなよ」
「しねぇよ」
俺はそう言って、部屋に戻った。
* * *
翌朝、まさかの完治。俺の体は再生能力がバカみたいに上がってるらしい。
んで、包帯を取った後、案の定本当に手伝わされた。
「薪割りって…案外…キツイんだな…」
「そりゃそうだろう。なんだ? 楽観視してたのか?」
「ウググッ…ここで終わるかよぉ!!」
もう自棄だった。とりあえず全力で斧を振るって、叩き割っていく。
というか、力もバカみたいに上がってた。なので、薪自体は割れる。問題は体力が続かないことだろう。
あのクソ狼をひたすら殺しまくった時のような持久力は無かった。たぶん必死さ加減の違いかな。と思いつつ、無理に体を動かしてノルマを達成する。
「っあー! 終わった! これで良いだろ!」
「ん~…これでしっかりと真ん中からキレイに割れるようになれば完璧だな」
「お前は俺にどこを目指させたいんだ!?」
「とりあえずまともに薪が割れるだけの体力と集中力は持ってろよ」
「……まぁ、必須技能か」
体力が無きゃ死ぬし、集中力が無きゃ無駄に体力を消費する。まぁ、訓練には最適…かな?
ま、現実的にどうかって言うのは知らないけども。
「ふぅ…次は何するんだ?」
「そうだな…いや、まだ休憩しとけ」
「あ? なんだよ。まだ動けるぞ?」
「頼むようなもんがねぇんだよ。つか、さっきまでヘトヘトだった奴が何言ってやがる」
「いや、確かにそうだけども。でも、何もしないのはある意味苦痛なんだよ」
「働いてなきゃ死ぬのかお前は」
「……休んでるわ」
「そうしろ」
こっちに来る前は働かないというか、息を潜めて生きてきたからな…なんとなく、動いていたい気分だった。何もしないのは来る前と変わらない気がして嫌だから。
まぁ、それで倒れたら意味がないことに変わりはない。渋々俺は家の中に戻る。
「……まぁ、それなりに楽しいけども…いつまでもここに居るわけにはいかないよな…」
しかし、だからといって直ぐに行動できるわけではない。そもそも情報が無いんだ。
大陸、地名、通貨、情勢、勢力、魔物…後はなんだろ。魔法とかあるのかな?
とにかく、それを知らなきゃ何も出来ねぇ。まぁ、ジジイに聞けば教えてくれるかもしれないが、いつまでもそれじゃあダメだろう。必要最低限だけ聞いて後は自力で頑張るか。
「……そういや武器もねぇや。素手で戦うのはキツイなぁ…」
「そもそも素手で勝てると思うなガキ」
やれやれ。と言いたげな声が聞こえ、俺は目を向ける。
「……じゃあどうしろってんだよ、ジジイ」
「これでも使えや」
そう言って、ジジイは棒状の物を投げてくる。
咄嗟に受けとると、それはカチャンッ! と金属音を立てる。
そして、重量と感覚から、それが剣ということをなんとなく理解する。
「これは…?」
「剣だよ。それで身を守れ。しばらくはその剣で足りるとは思うが、どうせ雑な扱いをするんだろうからこまめに俺に言え。メンテくらいはしてやる」
「良いのか? お前にとっても見ず知らずのガキだろ?」
「良いんだよ。どうせ俺が持ってても使わねぇんだ。使う奴に渡すのが一番だろ?」
「それもそうか。まぁ、ありがたく使わせてもらうよ」
俺はそう言って、しかし、やはり疑問に思った。
街道の安全性を上げたからといって、ここまでしてくれるのは不思議で仕方がない。
しつこいかもしれないが、どうしても信じられないのだ。
「なぁ…なんでこんなに助けてくれるんだよ」
「またか? ったく…しつけぇ奴だな…良いじゃねぇか、街道の安全を確保した礼って事でよ」
「それじゃあどうしても納得できねぇんだよ」
「めんどくせぇ…じゃあこうしよう。テメェの狩ったネロウルフの素材売却分の値段でテメェを養ってんだよ」
「…ネロウルフの素材売却? え、あいつらって金になるのか?」
「は? …いや、なりはするが…まぁ、お前としてはそれが一番いい稼ぎ方か」
「発言の意図を察してくれてありがたいぜ。で、その言い方をするってことは金になるんだな?」
「…そうだな。金になる。素材にもよるが、そこそこの値段だ」
「へぇ…詳しく教えてくれよ」
「あぁ、分かった」
ジジイは、俺の対面の椅子に座り、話し始める。
「まずは、魔物と魔獣の区別を付けなきゃだな。差は分かるか?」
「いや、全く」
「だろうな。まぁ、比べ方は単純だ。目が紅いかどうか。外見上はそれだけだな。内部的なものだと、『魔石』の有無だ。更に、魔法を使うかどうか、というのもある」
「『魔石』?」
「あぁ。魔石ってのは、紅い石だ。そりゃもう綺麗なんだが、その石は『魔物の核』とも呼ばれている。魔石を破壊された魔物が尽く動かなくなることからそういう異名になった」
紅い石か…ジジイが言うくらいなら、たぶん相当綺麗なんだな。と思い、何時か見たいとも思いつつ、もう一つの特徴を聞く。
「へぇ…で、魔法を使うかどうかってのは?」
「文字通りさ。魔物は魔法を使う。だが、魔獣は魔法を使わない。魔獣はただの異形の獣さ。昨日のシチューに入っていたのだって魔獣だろ?」
「ふむ…あ、魔獣は食えるってのはわかった。魔物も食えるのか?」
「それは無理だ」
「即答か。なんでだ?」
即答されたことに面を食らいながらも、次の言葉を聞く。
「魔獣と魔物は違う。魔物は魔石のせいで肉が硬くなるし、魔力が大量に混ざるから、毒になるんだ。それを食べると、体組織が破壊されて死に至る。実際に死んだ事例もあるから、迷信とは言えねぇ。事実だ。魔獣は魔石が無いから普通の獣と変わらねぇ。手頃な食材として使われてる。まぁ、普通の獣と違って危険性は高いからその分値段は高くされるがな」
「そうか…ってか、普通の獣は、それはそれで居るんだな」
「当たり前だ。通常がいないなら魔獣ってカテゴリが生まれるかよ。とにかく、そんな感じだ。他に質問は?」
普通の獣も居ることを知り、知っている動物もいるだろう。と考えると、ちょっと気が楽になった気がした。
とりあえず、なにか質問は無いかと考え――――
「そうだな…ネロウルフとか言う奴は、アレはどっちだ?記憶が曖昧で憶えてねぇんだ」
「ネロウルフは魔獣だな。だが、肉は普通に不味いぞ?」
「別に食う訳じゃねぇよ。金にはなるのか?」
狼だから不味いのか? 肉食獣はあまり美味しくないって言うしな。まぁ、今の俺からしたら金の方が重要なんだが。
「牙は売れる。アイツ等は害獣指定だからな、別金も発生したりする。まぁ、別金が発生するのは稀だがな」
「なるほどな…ありがとよ。とりあえずはもう大丈夫だ。また聞くかもしれないからよろしく」
「あぁ…まぁ、素材を持ってきたら買い取ってやるよ」
「マジか。ってか、鑑定できるのか? して大丈夫なのかよ」
「任せておけ。昔、少しな」
「……マジで何者なんだよ、ジジイ」
「ただのジジイだよ。テメェもそう言ってるだろうが」
「言ってねぇよ。こんな筋骨隆々なジジイが居てたまるか。城の騎士共より強そうじゃねぇか」
「ハッハッハ。そんなこと無いさ。俺より弱いわけがない」
「それはどうかね…じゃ、ちょっと出掛けてくるぞ」
「気を付けてな。夕食までには戻れよ」
「…………あぁ」
小さく、だが聞こえるくらいの声で返事をして、俺は外に出た。
……いやぁ、あの目はやろうとしてることが分かってる感じだったなぁ…ジジイ、絶対ただ者じゃねぇ。あの性能がただのジジイなら、この世界の平均は化け物しかいないことになるっての。
ったく、ジジイも冗談キツいぜ。設定に無理があるだろ。筋骨隆々で、俺よりも体力があって、素材の鑑定ができて、色々と知ってるみたいで。何よりも飯がうまい。
……あれ?ジジイ、スキル高過ぎじゃね? 本気で何者?
まぁ、いいか。俺に分かるくらいならここにいないだろうし。とりあえず訓練だ。
* * *
俺は考えていた。
今いるのは木の上だ。
何を隠そう。ネロウルフに囲まれて逃げ場を失ったのだ。気合いで切り抜けられるが、疲れたので休憩しているとも言うが。
「ふむ。調子に乗りすぎたな…反省反省。次はやり過ぎない程度に煽ろう」
まぁ、原因は自業自得だった。バカにして倒せるような敵ではあったが、集めすぎるとロクなことにならないと言うのを理解したので、次はしない。各個撃破を通常にしないとそのうち足を掬われる。
ということで、若干赤みがかり始めた空に舌打ちをして、俺は木から飛び降りる。
着地地点は見事に狼の上。落ちる勢いで頭を貫き一撃で絶命させると、そのまま周囲の狼に目を向ける。
数匹は一瞬怯えたような表情を見せたが、すぐに別の視線を送ってくる。
その目は訴えていた。伝えていた。お前は、獲物だと。
敵ですらない。その視線は、俺を苛立たせる。人として、やはり見られていないのだと。生物として見られていないのだと。
すぐに俺は剣を引き抜き、それと同時に飛びかかってきた一匹の狼を縦に一撃、切り捨てる。
反転して背後から来た狼を横薙ぎに、一歩下がって左右の挟撃をかわし、すれ違うところを突いて貫き、引き抜くと同時に正面から来た狼を右に避けて上から下に勢いよく剣を降り下ろし叩き切る。
まだ残る狼をさっと見て、数を数える。
「……大体5~6匹か」
剣を軽く振って血を払い、次は誰だと目を向ける。
その視線で、狼共は逃げていった。
うん。まぁ、苦労するような敵じゃない。それが確信できたからよしとしよう。
確か剥ぎ取り部位は牙だったな。剣で叩けば折れるかな? あ、折れた折れた。
…………帰るか。
そう思い、自然と足はジジイの家に向かった。
* * *
こんなに軽い気持ちで帰る日が来るとは思わなかったな。と思い、俺は玄関を開ける。
中にはジジイが居て、俺を見ると、
「案外遅かったじゃねぇか。寄り道でもしてたのか?」
「どこに寄る道があるんだよ。囲まれたから木の上に上って休憩してたらこの時間になっただけだ」
「そうか。怪我ぁしてねぇだろうな?」
「してねぇよ。っと、とりあえず今日の成果な」
「おぅ。置いておけ。後で鑑定してやる」
「なんだよ、今じゃないのか」
「飯が遅れて良いならそうするぞ?」
「すまん。後で良い」
ジジイが立ち、逆に俺が座る。それなりに疲れたので、今日はしっかりと眠れそうだ。
「あぁ、そうだ。人族の話もしないとな」
「人族?」
唐突に響いたジジイの言葉に、気になる言葉があった。
ジジイは料理を続けながら続きを話す。
「文字通りだよ。人族。人の形をした種族のことだ。聞くか?」
「……そうだな。教えてくれ」
「了解。じゃあ話そうか」
食材を切る音をBGMにジジイは語り出す。
「まず、この世界には『人間族』『魔族』『獣人族』『魚人族』『竜族』『妖精族』の六種族だ」
「ふむ。違いは?」
「まぁ待て。順番だ。まずは『人間族』から説明するぞ」
「まぁ、妥当か。分かった。教えてくれ」
「あぁ。まず、前提として、お前は『人間族』だ」
「お前は…? 待て。ジジイは違うってのか?」
「む。言葉を間違えたな。一応俺は『人間族』だった。今はちょっとした事情があって人間とは言えないがな」
ふむ。これは驚いた。ジジイは人間じゃないらしい。
じゃあ何なんだ。と聞きたいが、深くは追求しないでおくことにした。
「とにかく、『人間族』の説明だ。さっき言った通り、お前は『人間族』だ。分類上どの種族と比べても秀でたところの無い平均的種族と言ったところだ。代わりに、物を作る技術に長けている。器用ってことだな。質問は?」
「無し。次に進んでどうぞ」
「あいよ。じゃあ、『魔族』だ。『人間族』との違いは、魔力量と魔法構築速度、頭に生えた角だ。『魔族』の角は総じて黒く、美しい。クズ共はその角を狙って『魔族』を襲ったりするらしい。全くもって嘆かわしい事だがな。『魔族』にとっても角は誇りであり、折られることは最大の侮辱だ。また、大罪人は片角を折られて追放される、というのも聞いたことがある。会ったことはないがな」
「ふむ。角自体には何かあるのか?」
「そうだな…魔力貯蔵器官と言われたり、魔法構築速度を上げるための器官と言われたりしているが、事実は分からない。誰も調べたことがないからな」
切る音はいつの間にか焼く音に変わっていた。良い匂いが漂う。
「そうか。まぁ、道徳的にどうかって話だからな。オーケー。次に進んでくれ」
「分かった。じゃあ『獣人族』だ。この種族は魔力を持ってないという特徴がある」
「魔力を持ってない? どういうことだ?」
「文字通り、魔力を持ってないんだ。稀に持っている個体もいるが、異端として群れから追い出される。群れってのは、彼等が身を守る手段の一つだ。彼等は魔力を全く持たない代わりに、獣のような力を持っている。危機に対して敏感だったり、物音一つを聞き分けたり、臭いを区別したり、剛腕を持っていたり、夜でもはっきり物を見ることができたり出来るわけだ」
「へぇ。そんなにデメリットは無いように思えるな。魔法以上のアドバンテージがあると思うんだけど?」
「そうでもない。当たり前だが、『獣人族』は小さな種族の総称だ。今みたいに大きく言えば強いように思えるが、一種族につき一つくらいしか特殊能力のようなものは無い。一つ一つが秀でているってだけで、万能性のある魔法とは比べ物にならないさ」
「そんなもんか? 連携すれば最悪の相手だと思うんだが」
「好戦的な種族は総じて恐ろしいが、逆に戦闘を毛嫌いする種族もいる。千差万別の性格のせいで、連携が取れるところと取れないところがあるんだ」
「なるほどな。そりゃ、ダメな部分をあるか。次行こう」
焼く音と一緒に今度は何かを揚げる音が聞こえる。
何が出てくるのか、楽しみだ。
「次は『魚人族』だな。これは、単純に『獣人族』の水性生物版だな。水掻きがあったり、水中呼吸出来たりってのは共通だ。それ以外にも種族特徴を持つのがいるが、大まかにはその部類に当てはまるだろう。後は『獣人族』と同じと考えてくれれば良い」
「ん~…部類分けをする必要はあったのか?『亜人族』でまとめてもよかったと思うんだが」
「そこら辺の理由は知らん。学者にでも聞け」
「まぁ、そこまでは分からんか。よし。じゃあ、次」
「『竜族』だな。最強種且つ今は無き種族だ」
「む? 今は無き? どういうことだ?」
「いないんだよ。絶滅したって言われてるな」
「は? ってことは、実質五種族なのか?」
「いや、『妖精族』も似たようなものだ。何せ、姿を見ることが滅多に無い存在だからな。人生に一度見つけられれば良いってくらいだ。幸運の前兆扱いされてるな」
「ふぅん? 『竜族』はそういうのは無いのか?」
「不幸の前兆。そう言われてる」
「マジかよ…カッコいいと思うんだけどな」
「そんな事を言っていられるほど弱くないってことだ。大国一つが一夜にして滅ぼされたなんて、よくある話さ」
「なるほどな。天災ってことか。確かに不幸の前兆だ。末恐ろしい悪魔だ」
料理が完成したようだった。
ステーキらしい。鉄板に乗せてくるとか、スゲェ。何より、鉄板を持ってるってことに驚いた。
下には玉ねぎが敷かれて、ニンジンやハッシュポテトのようなものもあった。
肉は柔らかそうに見える。かなり旨そうだ。
ゴトリと音を立て、肉が置かれる。ヤバイ、米も欲しい。
ジジイも対面に座り、自分の前に皿を置いた。
「いただきます。まぁ、『竜族』はもういないからな、半分伝説になってる存在だ。気にすることはない」
「そうか…ファンタジー王道を見れないとは、残念だ。いただきます」
「まぁ、会える会えないは置いておいて、説明は聞くか?」
「…あぁ、教えてくれ」
「分かった。まず、『竜族』は、竜であり、人の形を取ることの出来る種族だ。ワイバーンなど、人になれないものは含まない」
「ん…? あ、『竜』と『竜族』は別の存在なのか」
「あぁ、すまない。説明してなかったな。『竜』はいる。彼等は名目上は魔獣だが、一部は魔法を使うことの出来るという、特殊カテゴリーの存在だ」
「面白い分類になってるな。『魔物』『魔獣』『竜』の三分類ってのが大雑把な分類ってことか」
「まぁ、そんなもんだ。ちなみに、『魔族』には竜騎士とかいう職業があるとか。見たことは無いけどな」
「へぇ。そりゃ見てみたい。面白そうだ」
「そうとう実力が無いと就けないらしいから、会うのは全面戦争の時くらいじゃないか?」
「そうか。そりゃ残念。会う機会はないかもな」
肉は想像通り柔らかい上に、口の中で解ける感じがし、溢れる肉汁も加味して、言うこと無しの旨さだった。
「『妖精族』ってのは?」
「純魔力体と呼ばれる特殊生物だ。一体一体が一つの属性を司って、その属性の色と同じ色をしている。服や髪の毛、目の色だけだがな。大きさとしては、様々だ。十五センチくらいから、小さな子供レベルまでは観測されたらしい。もちろん、本当に見たのかは、誰も分からないが」
「へぇ…幽霊みたいだな。見える人と見えない人がいるって点は」
「ちなみに、『妖精族』は、子供がよく見るらしい。子供は、精神と肉体の境があやふやになっていて、精神体に近い『妖精族』を見ることが出来る、というのが通説だ。誰もいないのに笑ったりしている子供は、『妖精の加護』が付いていると言われたりする。まぁ、実際は遊んでもらっているだけだと思うがな。ちなみに、成長しても見ることの出来る人間もいる。そういう人間は、『妖精使い』として重宝されたりする。魔法使いからすると、夢のような存在らしい。なにせ、その妖精の司る属性の威力を跳ね上げることが出来るらしいからな」
「おぉ。『妖精族』は結構面白そうだな。会ってみたいぜ」
「……まぁ、居たとしても見えないんだろうがな」
「なんだよ。そんなはっきり断言しなくても良いだろ?」
「まぁ、何時か気付くさ。それより、さっさと食べろ。冷めるぞ」
「そりゃ困る。じゃ、食わせてもらうぜ」
俺はそう言って、残りの肉を食べるのだった。
ジジイは優秀。