終末、カルデアの技術者達 作:うんでるすたんど
先ほどから机に伏して起き上がらない男がいる。
服装はいかにも科学者のもので、汚れの多い白衣に安いシャツとズボン。
顔には薄い無精髭、荒れ放題な眉。
髪は自らの油で練られて、ワックスでも付けたように固まっている。
そして何より臭いこの男。
実は自らのの見目とは裏腹に、美しい芸術が大好きで堪らない、感受性の高さを持っていた。
ドロドロに煮詰まった脳を刺激し、酩酊させるような美しいものたち。
形の有る無しでは無い、夢見の中のような幸福と総毛立つような歓喜の浮遊感を感じさせる作品が、男にとっての心臓であった。
やがて、身を伏せて十分余り経つその男のズボンのポケットで震える通信機が軽やかなワルツを刻み、漸く男はその身体をを起こした。
彼は椅子の背に身を投げ出して欠伸を一つ嚙み殺す。
辺りを光が薄い瞳で眺める姿はぼんやりと鈍く、今にも落ちそうな瞼を僅かに上げて止めているせいで頗る目つきが悪い。
不機嫌である自覚はあるようだ。
男は今日も檻のような棚に囲まれて、腰掛けた安いプラスチックの椅子から立ち上がり、真四角の部屋の中で暮らしている。
日の光が届かぬ、白い壁に囲われた部屋の中では朝も夜も無いが、それでも日が過ぎると出会える物を男を待っているのだ。
そう考えるべきだと思う。
もしそう思えるなら、監獄のようなカルデアの研究所も少しばかり希望に染まるだろう。
そんな気がする、と、男はわざとらしく笑ってみせていた。
鏡が無いのが残念だな。
誰へとも無く呟いた先は壁である。
一人には広く思える部屋に、ベッドなんてものは存在しない。
この部屋はカルデアにある、研究室の一つである。
そんな、世紀末を憂う基地の一室にも、毎日朝は訪れて時を刻むのだ。
男が呟いた。
その朝を何度となく迎えた俺がこの地に拘留されて何年経っただろうか?
するりと滑らかな肌触りだった筈の靴下に、小さな毛玉が出来て爪を引っ掛けたのを期に、男は思った。
去年の冬は見送った、その前の夏も見送った。
指折り数えて四半年。
過ぎ去ったと知った年数に口の恥を歪ませる。
いや、今更ながらに自分が外に出たって待っている者も居ないけれど、寂しいと悔しいからは逃れられるわけもない。
己の意思での別れならともかく、そうでは無いなら殊更に胸へ溢れる感情が心臓を締め付ける。
はぁ。
音を立てて漏らした息に有りっ丈の苦言を込めて、男は意識を過去から現在へと揺り起こした。
腕を高く上げて身体を捻り一呼吸。
眠れなかった夜を惜しみながら、机に溢れた製図の幾つかを丸めて紐で留めて数えて抱え持つ。
この製図を、技術班の検問所に渡して、彼への説明が終わったら、問題が発生しない限りは、それから五時間ばかし寝てしまおう。
そんな考えを一度は肯定して、男はいやいやと頭を振った。
今は朝である、幾ら研究所のお厳しい検問所だろうと朝食を取りに食堂へ出払っているはずだ。
ならいっそ、俺も食堂へ行って、設計図を渡すついでに腹へ物を詰め込んでしまったほうが効率はいいはずだ。
その考えに一人で頷く。
そして、男は特に身嗜みを整える事も無く、そのまま部屋から廊下へと足を運ぶのだ。
さて、
この粗雑な男の頭に浮かんでいる検問所とは、ある成人男性のあだ名である。
技術班の中で幾人かいる、専門を持たない技術者の一人。
彼より幾つか歳若いスイス人の青年は、頭の固い技術製作班と説明下手な設計図師の間を取り持つにつれ、口喧しくも不精な設計図師に食ってかかるようになった為に、このあだ名を献上されたというわけだ。
まぁ、設計図を読み解く事には優秀で、それを製作する者にピッタリとイメージ通りに伝える事が出来る才能を持つ技術者ってのは希少なんだがな。
と、設計図師の男は語る。
カルデアにも今までその役割を果たしていた者が数人居たが、今はいけすかない裏切り者の幹部がテロを起こしたせいで、若い彼以外の仲介者たちは皆コールドスリープの箱で危篤のまま眠らされているのだ。
結果としては、まだ何とかなる一歩手前で踏みとどまってはいるものの、ジリジリと迫る崖下を見ながら、落ちないようにアイスピックを雪へ突き立てている、そんな感じか。
如何ともし難い、俺には手に負えぬ案件だ。
男には世界の危機など良くわからぬ神話のようにさえ聞こえたと言う。
しかし、やれる事が無いわけではない。
彼にとっては、その結果がこの設計図の束であった。
とか、ぐだぐだと男が考えてる間に脚は食堂に辿り着き、煩わしい朝の人混みを抜けながら、彼は検問所を探す。
食堂に賑わう人は基本的に人として数えて良いかわからぬ存在ばかりだ。
既に死んだ過去からサーヴァントとして喚ばれた英霊、噂で聞いたパラケルススが作ったらしいホムンクルス、最早人かもわからぬ者、研究所の試作オートマタ、そして技術班の改造人間共。
前は広くガランとした印象を与えていた食堂も、此処まで人が多いと賑わうというより騒々しい。
俺とすれ違う幾人かの女の形をした幽霊達が鼻を顰めるのに疎外感を感じつつ、グルリと席を見渡せば目的の青年がスプーンを落としながら席を立ったのを見つけた。
金の髪の優男。
検問所である。
隅に居た俺に慌てて奴が駆け寄ってくるせいで、辺りの視線が此方に集まるのが煩わしい。
食堂で走るなよ。
そう俺が口にするより早く、検問所が口を訊いた。
「匠さん!食堂来るなら風呂に入ってから来て下さいよ!」
眉を吊り上げて俺に向かって指を指すお前はなんなんだ。
相変わらず口煩い奴め。
あとその渾名は辞めろ。
誰が匠だ、恥ずかしい。
「良い大人なら渾名を気にする前に、まずご自分の体臭を気にして下さい。何徹目なんですか、まったく。」
呆れたと言わんばかりだな。
そんなに臭わないだろうが?
ん?
何徹か?
…いや、覚えてないな。
三日くらいか。
「貴方が部屋から出て僕の前に来たのは一週間ぶりですよ。兎に角、話すなら廊下に出ましょう。折角の美味しいシチューもパンも蕩けたチーズも、ドブ川に浸かった犬の臭いを嗅ぎながら食べるもんじゃありませんからね!」
そう怒るなよ、後で風呂に入ればいいんだろ。
「そんな時点はとっくに通り越してます!」
やれやれ。
肩をすくめる俺を食堂から無理矢理に押し出した検問所は、嫌そうに鼻を摘んでから俺に先の話を促した。
俺が風呂に入ってる間に飯食ってても良かったんだぞ?
俺としてはそう重要な話では無かったし。
「良いから早く要件を話してください。」
わかったわかった。
そう怒るなよ。
頼まれていた設計図だ。取り敢えず十五、此れだけ有れば一つか二つは通るだろ。
そう言って押し付けた作図。
検問所がモゴモゴと紙の向こうで何か言うのを無視して部屋に戻ろうとして、足を止める。
俺の部屋に続く廊下の向こうから、カルデアでは見たことのない奇抜な四人組が現れたのだ。
先頭にいた少年が俺を見て鼻を摘むと、後の三人も揃って同じ動作をして俺たちを見て立ち止まった。
大袈裟な奴らだな。
まぁ先頭にいる人間が誰かは何となく検討がつく。
白いカルデアの戦闘服を着た少年だ。
その手の甲に浮かぶ赤い紋様、極めて一般的で魔術を習得するための素養が見受けられない少年だ。
ジッと見てやると、何やら訝しげな顔をしてゆっくりと距離を取るので、何となく面倒になって後の三人の顔を見る事にする。
一人は銀より蒼い瞳と光が透明感を透かして煌めく蒼の髪を持った子供だ。
彼は先頭の少年が青年に見える程小さく、眼鏡越しに俺達二人を観察しているらしい。
一人は蒼い少年の背後に立つ緑の上着を着た茶髪の髭もじゃ。
旧ヨーロッパ貴族のような服にブーツ、何故か両手にはメモを持ち、しきりにペンを動かして離さない。
最後の一人はとても形容し難い。
長い薄金の髪を下げていて、ギトリと塗られた紫のコートを翻し、中の服は中世ヨーロッパを魔改造したような奇抜さで、片手にタクトを構えて笑っている。
はっきり言って不審者だ。
三人に後ずさりのを止められた哀れなカルデアの戦闘員、もといマスターらしき少年は、不承不承ながらも意を決したのだと丸わかりな表情で、まず俺へ話しかけてきた。
[技術班の方ですか?/凄い臭いですね。]
否定はしない。
其方は噂のマスター君であっているか?
[はい。どうも、ぐだ男です。/いつも礼装をありがとうございます]
そうか。
なら背後の三名はサーヴァントだな。
[ぐだ男with愉快な芸術家達です。/個性的なキャスターの見本市みたいな]
「おい、そこの編集者。俺達を一括りにするだと?良い度胸だ、口喧嘩なら買ってやろう」
「まぁ、僕はなんでも構わないよ?」
「ふむふむ、言われてみればその通りな例えではありますな。まぁ表現としては些か没個性と言いますか雑過ぎるきらいがあるとは思いますが、それもマスターの個性からすれば味があるのやもしれませんぞ!はっはっは!」
…。
[賑やかですいません。/どやあ]
何と言うか、凄いな。
と、そこまで話した俺の背後で。検問所が小さく足を蹴り出して、彼のつま先を俺の脹脛へ当てる。
目上を足で呼びつけるとは良い度胸だな。
「いえその、かの英霊にそんな態度で良いんですかと」
ん?
「右から、童話作家のアンデルセン、オペラの巨匠シェイクスピア、音楽の天才ことモーツァルトさん達ですよ。貴方確か芸術鑑賞に傾倒するタイプだったでしょうが」
そう言われて、俺は改めて三人の英霊に目を注ぐ。
なんだろう、そう言われると確かに凄くそれっぽい。
約一名を除いて、だが。
動揺する俺に、マスターくんが首を傾げて問う。
[お好きなんですか?/この中で誰が一番好きですか?]
アンデルセンが特に!!ハッ!?
思わず言ってしまった言葉は戻らない。
マスターくんの目線は、既に蒼い少年へと向いていた。
英霊、童話作家のアンデルセンがニヤリと笑って語り始める。
「なに?俺か?ハッ、いい歳をしたおっさんがファンとは考えただけでもゾッとする。それがわざわざ目の前に現れて、かのモーツァルトやシェイクスピアと俺を比べるとは、お前、相当な悪趣味だな?」
[嬉しそうな顔しやがって/筆が進みそうですか、先生?]
「喧しいぞマスター!」
おお、かの作家の生会話とは。
カルデアに来て良かったと始めて思ったぞ。
しかし、見た目少年でその声は違和感があるな。
確かに没したのは七十歳だと…。
ん?まて、ま執筆ということは新作があるんですか!!?
わあ!
なにそれ読みたい。
凄く読みたい。
何処にあるんだろうか?
「いや、惚けてないで匠さんも自己紹介したらどうですか?」
おっと、失礼した。
「俺は技術班作図係のーーー・ーーーー。国籍は日本。一応はクォーターですが四分の一の血についての質問は受け付けておりません。」
何卒宜しくお願い致しますと、偉大なる芸術家の方々へ深く深く頭を下げ、ふと、下げた目線の先にある、かの!シェイクスピア様のメモに挟まれた礼装が目に入った。
細やかに輝く魔力の光。
あの色と形は…あれは確かフォーマルクラフト、だったか?
[どうかしましたか?]
…!
マスターくんに尋ねられて、不躾に相手を眺め過ぎたと謝罪する。
そのままの流れで、失礼ですがシェイクスピア様のお手元にある礼装を拝見しても宜しいかと、それと無く尋ねてみた。
「吾輩の礼装ですかな?はて、構いませんぞ。」
差し出された手にはしっかりついたペンだこがあった。
成る程、らしい手だ。
感慨深い気持ちに浸りながら俺は恭しく礼装を受け取って、角度を幾つか変えながら表記されているカードの絵を見てやる。
それは、俺の知る限りでは間違いなくフォーマルクラフトという礼装。
だがしかし、礼装からは何処かしら変な気配がして、俺を落ち着かなくさせるという不可思議な存在だった。
はて?こんな作りだったかな?
もしや不備があったのではと心配になり、解析魔術を掛ける。
効果は装着した者の魔力充填率を25パーセント上げる事、このパーセントはコードの改造で30にまで上がり、装着によるマスターへの回路負荷は固定12、そして…。
俺はひっくり返したカードの背面に魔力を流して、その補填率を確認する。
魔術概念、異常無し。
魔力循環、好調。
強化材質、設計通り。
基礎回路、…おいこら。
ただでさえ眠気に負けそうな瞼がひくついた。
そういえば俺がシェイクスピア様からカードを受け取ってから、妙にゴソゴソしてやがる奴が背後にいたなぁ。
なあ?検問所?お前知ってたか?
この概念礼装の基礎回路が、俺の設計図より概略されてるって事。
正直に言わないとお前が抱えた設計図を全て破り捨てるからな。
カードを目の前に翳して見せると、奴はゴクリと唾をのみこんだ。
「じ、実は、レオナルドさんが後からいらして、魔術概念的な所の一部を、その、素材で補えるかと、実験されまして…」
口籠る検問所に、へえ?と、笑顔を浮かべてみせる。
奴の口の回転が速くなった。
「実際にやってみた結果、効率が上がりはしなかったんですが機能に問題は無かったんで、そのままお渡ししました!」
…変更した構成を戻さずに?
「…はい。」
製図描いた俺に連絡無しか?
「す、すいません」
すいません、ね。
項垂れた検問所に頷いて、俺は改めてシェイクスピア様に礼装をお返しした。
成る程、人の作品に勝手に手を加えた挙句そのままにしたのか。
そうかそうか。
俺の憧れの作家の前で、俺に恥をかかせたと。
…。
「検問所。悪いが少し用事があるから、レオナルドが死んだらまた話しかけろ。その時には俺は奴の工房に居るだろうからな。」
そりゃあお前、戦争だろうが?
幾ら天才とはいえ、断りも無しに人の作品改造するとかあのホモ野郎ゆるすまじ。
ぶっ殺す。
そう決めた。
そう言えば技術班の修理係曰く、殺す決めた時には行動が終わっていなければならない、らしい。
ので、俺は設計図抱えたままのせいで腕が使えない検問所を置き去りにして、真っ直ぐにカルデアの廊下を疾走した。
後に残されたのは、俺を引き留める検問所の声ばかり。
これが俺の近況である。
ダヴィンチちゃん「ヘイ!チェリーボーイ!」
製図係の匠「煩え!このショタコンホモ野郎!!」