幻想郷は全てを受け入れるのよ。それはそれは残酷な話ですわ……いや割とマジで   作:とるびす

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亡き王女の為の核爆弾*

 私の最初の記憶は幼少期──二、三歳頃だと思う。

 別に大したことを覚えているわけではない。得るべきものばかりが溢れていて……そう、つまらない……周りの全てがつまらないのだ。

 紅い館で毎日を過ごしてきたが、あの頃を色に例えるのなら……灰色だ。

 

 高貴な一族であることを日々教え込まれ、スカーレット家長女としての矜持を持つため、側仕えの者、メイド、時には父や母から様々なことを教わった。

 

 曰く、「我々は最も高貴だ」

 

 曰く、「我々は支配者だ」

 

 曰く、「お前は逸材だ」

 

 ──もういい。何も言わなくていい。言われなくても全部分かっているから。

 

 毎日がこれだった。当時の私からすればその環境に適応するまでは地獄のような日々だっただろう。今の私からすれば思い出しただけでも虫酸が走る。

 だが情けないことに、幼い私は順応してしまった。それを当たり前と受け入れてしまった。

 あれは一種の洗脳に近い。知らず知らずのうちに、今の私にまで影響を及ぼしているのかもしれない。

 周りの言うことを鵜呑みにし、自分は絶対の存在であると思い込み、それが己の全てだと思い込んで自分を作り変えてゆく。

 私はスカーレット家の人形だった。

 魔力は日々増大してゆき、私はどんどん強くなった。従者たちの私を見る目が恐怖に染まっていったのもこの頃。だけど途中で全ての力は出さないように調節することにした。能ある鷹は爪を隠す……って本に書いてあったから。

 今思えばこの選択が私とあの子の別れ道だったのかもしれない。

 

 そんな毎日を過ごしていた。

 だけどただ一つ。館の連中に抱いた変わらぬ懐疑だけは、決して失わなかった。

 生まれてから置かれ続けたこの環境に対する拭いきれない違和感だけは、絶対に忘れなかった。

 

 

 

 

 

 あの子と出会うことがなければ、今の私はないだろう。

 

 

 

 

 

 五歳の頃だ。

 妹が生まれた。

 名はフランドール・スカーレット。その輝く金色の髪と、背中のモノ以外は全て私にそっくりで……まさに生き写しだった。

 フランが生まれたその日から、母を見なくなった。誰もその行方を教えてはくれないし、何も答えてくれないから私は適応した。少し思うところはあったけど……やがて母がいないことを受け入れた。

 

 フランは隔離されていた。館の一室に閉じ込められ、体には封印が施されている。面会すら許されない。部屋には簡単な家具とベッドがあるだけ。そして一つしかないドアには二十四時間の監視が付いている。

 酷い環境だ。

 隔離されている理由は、その能力と異形の証(羽の宝石)

 フランは家族じゃなかった。周りに、世界に……そして自分に拒絶され、生まれてきた。

 

 父や皆はフランのことを「狂っている」などとほざいていたがバカもいいところだ。フランは狂ってなんかいなかった。むしろ彼奴らと比べるのも烏滸がましいほどに、あの子は周りの状況を把握し、自分の力に溺れることなく、純朴に生きていた。私は誰よりもフランのことを分かっている。

 あの子は耐えていた。

 全てが脆い。砂よりも、雲よりも……さらに脆い。そんな環境下で、倫理観で、あの子はひたすらに何かを耐え続けていた。

 

 私にそれを理解する術はなく……だけどそのナニカが気になって、毎日とは言わないけどフランの元へ通った。

 見張りは幻影魔法で撹乱させて、幻影魔法が効かなければ殴って昏倒させて、フランの元へと通い続けた。

 父にばれたら大目玉を食らうけど、それを差し引きしても私の行動にはナニカ意味があるように感じた。目覚めつつあった運命を操る能力の一端だったのか……今でも分からない。

 

 あの子は私が来るたびに笑っていた。

 決して喜び一色ではない。様々な感情が混ざり合った、悲しいものではあったけど、あの子は笑えていたんだ。

 妬みの一つや二つはあったはず。理不尽を嘆く怒りもあったはず。だけど…あの子は私に、どこまでも笑顔だった。

 何かをして遊んだわけでもない。あの子は本でしか外の世界を知らないから、共通の話題ができるはずもなかった。だけどフランといると楽しくて、嬉しくて……あの子は作り物の私を壊してくれた。

 あの子は優しくて、可愛くて、愛おしくて……私の足りない白を満たしてくれた。

 安らぎを与えてくれた。

 私を姉として、レミリアとして見てくれた。

 

 だから会うたびに私の……奥底から込み上げる分からない思いは強くなる。周りはフランを拒絶し、否定する。

 だけどフランは私を受け入れ、満たしてくれる。

 私は甘えていた。フランに私を委ねていた。フランに依存していた。

 誰よりも辛いのは、他ならぬフランだったはずなのに。私は自分の都合しか押し付けることができなかったのだ。

 

 そう思い始めたのは実に数年後のことだ。

 

 私の心に残っていた懐疑と違和感がここぞとばかりに私の心を埋め尽くす。なぜ、フランは悲しんでいるのか。なぜ、私とフランはここまで違うのか。

 ……言うまでもない、この環境がいけないのだ。

 フランを恐れるあまり、こんな封印まで施して、隔離して……優しいあの子に気づきもしないあいつらが悪いんだ。

 周りへの不信感は募り続け、周りの従者たちも……メイドも……父でさえも、私には酷く醜く見えた。下賤だと思った。

 

 

 

 

 

 ──泣いた。

 

 フランを助けようと決心したあの日。私はフランにこう言った。

「フランには幸せに生きて欲しい」って。

 けどあの子には幸せっていうのがなにかよく分からなかったみたいで、「幸せってなぁに?」と無邪気に問い返した。

 私は悲痛な思いを抑えながらフランに

「悲しみも、不安もなくて…なによりも気持ちが満たされるのよ」

 ……そう答えた。

 

「お姉様は…幸せ?」フランが言った。

 私は少し考えて、こう言ったの。

 

「私は、幸せを感じたことはない。フランと話すことは楽しいし、気持ちも満たされる。けど、それは真の幸せではないと思う。だって……貴女が悲しそうなんだもの」

 

 フランは目をぱちくりさせながら私を見ていた。その目は…深い憂いを湛えていた。

 けど、私は気にせず続けた。

「貴女が幸せになることが私の幸せなのよ。だから…悲しまないで?もう、貴女をこんなことにはさせないから。貴女を拒絶するやつはみんな私がやっつけてあげるから……。貴女を────」

 

 

 

 

「お姉様は…私が悲しんでるから、幸せになれないの?私がいけない子だから、幸せになれないのね?………そっか……」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ひ、ガァ……あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”ァァァッ!」

 

「フ、フラ……?」

 

 フランは壊した。

 自分の悲しみを壊した。

 例え負の感情だとしても、悲しみは自己を形成する上で大事な役割を果たす。フランはそれを自らの手で壊してしまったのだ。

 

 叫んでのたうちまわるフランを見るのが辛くて……なにより怖くて。私は後ろを振り向きもしないで、部屋を出て、自分のベッドに潜り込んだ。一晩中震え続けた。

 外から奇妙な音がたくさん聞こえたけど、私にそれを気にする余裕は少しもなかった。

 

 その日を境にあの子は姿を消した。もといた部屋のどこを探しても、屋敷中を探しても……フランを見つけることはできなかった。

 従者も半分以上いなくなっていたし、父も凄まじく消耗していたけど……そんなことはどうだっていい。あの子はどこに行った?

 フランがいなくなるだけで私の世界は目に見えるほど狭まった。こんな毎日になんの意味があるというのか。

 

 最初は何かが怖くて怖くて……ただ泣き続けた。その頃の私は、胸の内に渦巻いているドス黒いそれを形容する言葉を持っていなかった。

 ぐちゃぐちゃに掻き乱されている頭で必死に考える。なんでこんなことになってしまったのかをただただ必死に。

 

 やがて懐疑は怒りに変わり、違和感は憎悪へと変貌した。

 

 頭が妙に冴えた。いや、冴えているような気がするだけだ。頭の中に広がる道を辿ってゆく。その先にフランがいるような気がした。

 誰だ…誰がフランを壊した?

 誰がフランの幸せを奪ったの?

 父か?……そうか、父だ。

 

 

 父を殺した。

 だけどフランは帰ってこない。

 そうか、ならば従者か。

 

 

 館からは私以外の命が消えた。

 だけどフランは帰ってこない。

 

 ああ、フラン。あなたはどこへ?

 憎い奴らはみんな私が殺したよ?さあ、早く出ておいで?また…昔みたいに────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 地下にあの子はいた。

 いや、いなくなっていた。

 

 

 ──誰だお前は。

 

「お久しぶりねお姉様。見て?私いまとーっても幸せなの!嫌なものは全部消しちゃった!悲しみも不安もなくて、とっても満たされてるのよ!ねぇ、お姉様は幸せ?幸せだよね!私が幸せになるのが幸せなんだもんね!アハハハっ!」

 

「……」

 

 違う、お前はフランじゃない。

 あの子はそんなおぞましいものではない。

 やめろ、やめて…

 

「ねぇ、お姉────」

「黙れッ!黙れ黙れッ!!」

 

 フランが伸ばした手を振り払って、私は叫んだ。

 

「貴様……!私の……私のフランをどこへやったあああぁぁぁああぁ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 自分でも気づかないようにしていた。

 気づいたら私は狂ってしまう。

 

 

 

 そうか、フランを壊したのは……

 

 

 

 

 

 私か。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 私は結局フランを受け入れることができなかった。あの子はそんな私の姿を見て、何を言うでもなく地下へと閉じ籠ってしまった。

 いっそ、罵倒してくれた方が楽だった。いっそ殺してくれたら────

 

 日光を浴びて死のうと思ったけど、私がいなくなった後のあの子を思うと……死ねなかった。フランはもう私を必要とはしていないのに。

 本当、虫のいい話だ。

 

 やがて運命をほぼ完全に掌握することができるようになったが……私には悔恨の念しか生まれない。この能力をあと少しでも早く身につけることができていたなら……フランを救えたかもしれない……いや、確実に救えた。

 

 

 紅魔館は一から出直しだ。

 私は拒絶することを恐れ、全てを受け入れようと思った。贖罪にもなんにもなりはしないけど、もう何かを拒絶するのは嫌だった。

 やがては欧州で知らぬ者はいないほどの大勢力へと紅魔館は発展した。

 別に嬉しくともなんともない。こうなることは分かっていたのだから。

 

 その結果、私は心の底から信頼し合える仲間を得て、心の底から語り合える友を得て、心の底から大切と思える従者を得て……

 

 

 最後までフランを取り戻すことは、できなかった。

 

 

 美鈴は危険なフランに対しても分け隔てなく接してくれる。時にはフランの過激な戯れにも付き合ってくれていた。

 パチュリーは一見無愛想に見えるけど、私の相談に乗ってくれるしフランを心配してくれていた。

 咲夜は私に対するものと変わらぬ忠誠心をフランにも示している。

 

 だけど、そんな彼女たちにもフランは何も思っていない。関心を装っているだけなのだ。あの子からは……心が消えてしまったのかもしれない。

 

 フランは狭間の存在だ。

 私たちからの干渉はほぼ不可能。

 現に、あの子の運命は不規則すぎて捉えることができない。その行く末も闇とも光とも言えないナニカに包まれている。

 もう、あの子は私では決して手の届かない場所まで行ってしまったのだろう。時折顔を合わせても話すことは何もない。

 

 私には断罪されねばならないほどに、あの子に対して罪を背負った。私の一生をかけても償いきれないほどの罪だ。

 

 ああフランドール。

 私を許さなくてもいい。私を想わなくてもいい。だから……どうか……救われてくれ。

 

 貴女と志を共にできる誰かを……どうか。

 

 

 *◆*

 

 

 霧散した。

 先ほどまで渦巻いていた魔力の奔流はどこへともなく消えていってしまったのだ。

 それと共にグングニルも役目を終えたかのように掻き消えていった。

 

 投擲した体勢のままレミリアは固まる。

 運命を貫くグングニルは、対象を捉えれば外れることは決してない。レミリアは確かにグングニルを放った。その瞬間に霊夢を貫くという運命は確定したはずなのだ。

 だが、グングニルは消え、霊夢は今もレミリアの眼の前で浮いている。霊夢を見ると変わったところはある。

 体が半ば透明になり、目を瞑った状態で宙に浮いている。レミリアの第三世界までを見通す目を持ってしてもその姿を捉えることは困難を極めた。

 

「これは一体……?」

 

 戸惑いつつもレミリアは魔爪の斬撃を霊夢へと放つ。しかしそれらは透過し、はるか遠方の木々を粉微塵にするのみ。霊夢への一切の干渉が許されていない。

 だがレミリアを驚愕させた最たるものはそれではないのだ。霊夢には…

 

「うそ……運命が……ない?」

 

 何も見えなかった。

 先が見えないだとか、予測不能な動きをするだとか、そんなものではない。ただ純粋に運命がない……これに尽きた。

 運命がないものなど存在するはずがない。この世に在る限り、存在とは運命の支配下にある。運命の奴隷なのだ。

 美鈴でも、パチュリーでも、咲夜でも…フランドールや紫でさえも運命という決められたレールを歩いている。

 

 この巫女は……なんだ?

 

「……ッ、紅符『スカーレットマイスタ』!」

 

 レミリアより膨大な数の弾幕が放たれ、霊夢へと次々に殺到してゆく。

 だが霊夢には何一つ被弾しない。霊夢の背後が粉微塵になってゆくばかりだ。

 レミリアは後ずさろうとして、踏み止まった。

 未知のものを恐れ、気後れするなど自分が許さない。自分は能力だけで生きているのではない。能力だけでここまで上がってきたのではない。全てを受け入れるには全てを守り抜き、皆の誉れであることが求められる。自分はそれを全て満たさなければならない。

 

「……上等じゃないの……!」

 

 レミリアがスペルカードを握りしめるとともに、霊夢の目が開かれた。

 

「紅魔『スカーレットデビル』!!」

「夢想天生」

 

 レミリアから放たれた波状の紅い魔力波は、霊夢を中心にして分身した陰陽玉からばら撒かれる弾幕と正面からぶつかり合った。

 そして両者のスペルは拮抗した……のだが、衝突規模とは意に反し、その決着は早かった。夢想天生は密度も威力も桁が違い過ぎた。

 ガリガリと何かが削れるような音がしたと思えば、『スカーレットデビル』を打ち消した無数の弾幕がレミリアの視界を埋め尽くし、彼女を飲み込んだのだ。

 

「────ッッ!!?」

 

 息をつく暇もない。

 次から次に高威力の弾幕が殺到し、レミリアの身体のみならず体力までもを削り取ってゆく。さらにそれらの弾幕は全て自動追尾型(ホーミング弾)である。吹き飛ばされながらもその体は弾幕に晒され続け、紅魔館の門付近へ堕ちてなお、弾幕を撃ち込まれ続けた。もはやレミリアの意識は途切れかかっていた。

 しかし一瞬だけ、弾幕の波が途絶えた。その瞬間にレミリアの前へと弾幕を遮るように立つ人物が一人いた。

 

「発ッ!」

 

 門番……改めて、紅美鈴だ。

 美鈴は己の能力を発動させ、霊夢の弾幕を霧散させてゆく。時々消え切らず何発かの弾幕が倒れ伏すレミリアへと降り注ぐが、それらも全て美鈴がいなして弾き飛ばす。

 

「お嬢様ッ!意識はありますか!?」

 

 美鈴は弾幕を弾きながらレミリアへと問う。それに対して、レミリアが返事のように返したのは地面を打ち付ける拳の音だった。

 安否を確認し、美鈴が安心した束の間。ついに抑え込んでいた弾幕が溢れ出し美鈴を激しく打ち付ける。生物最高峰の強靭な肉体を持つレミリアの抵抗力でさえも奪ってしまうその弾幕は、美鈴には十分すぎるほど効果があった。

 

「あぐっ……!ぐぅぅ……!!」

 

 だが彼女は踏み止まった。

 ──私がここで吹き飛べば、再びお嬢様があの弾幕の嵐に晒される。それだけは見過ごすわけにはいかない。私ができることなんてお嬢様にしてみればほんの些細なことだけど……私は私の恩義を通す!

 

「はああぁぁああッ!!」

 

 いなし、打ち消し、時にわざと体へ被弾させる。美鈴が常時展開している能力の壁が弾幕の嵐を幾分か和らげるが、それでも凄まじい勢いなのには変わりない。

 弾幕が体を打ち付けるたび、美鈴の体力は磨耗されてゆく。それほどまでに陰陽玉から放たれる弾幕の威力と密度は高い。

 だが美鈴は守りに長けた紅魔館一の年長妖怪である。身の丈を超えた強大な力の前にも臆せずぶつかった。

 奮迅する美鈴の姿は、その背後で地にしっかりと足をつけ立ち上がるレミリアにはとても頼もしく見えた。

 レミリアは薄い……しかし壮絶な笑みを浮かべると美鈴を横から突き飛ばした。美鈴の防御がなくなったことにより、レミリアは再び弾幕の嵐に晒されることとなる。

 

「お、お嬢様!?」

「門番のくせして私の相手を勝手に盗るんじゃない。まあ……それとは別に貴女には頼みたいことがあるのよ」

 

 激しい弾幕に晒されながらもレミリアはしゃがみガードで持ちこたえつつ、命令を淡々と美鈴に述べる。

 

「あと十数秒後に紅魔館が吹き飛ぶわ。パチェは大丈夫だろうけど……咲夜は満身創痍だから助けに行ってあげて。十秒以内よ」

「……五秒で充分です!」

 

 レミリアの言葉を疑問に思う前に美鈴は踏み込み、駆け出した。そして壁を突き破り一直線に咲夜の元へと向かう。

 それを見届けたレミリアは視線を霊夢へと戻す。なお一層攻撃は激しさを増していた。だが今のレミリアには大いに余裕があった。

 確かに霊夢の運命は見えない。そしてその霊夢に攻撃を受けている自分の運命もまた、凄まじい早さで変動している。制御するのはかなり困難な状況であるといえよう。しかしその全ての運命の先には……一つの結末があった。

 

 紅魔館爆破。

 

 何がどうして紅魔館があと数秒で爆発するのかは分からない。パチェが原因なのか、あの白黒魔法使いが原因なのか……フランドールが原因なのか。

 いや、原因や過程はどうでも良い。大切なのはそれによって引き起こされる結果だ。紅魔館の爆発は一つの起点となる。

 

 ──三……二……一………!

 

 レミリアは咄嗟に莫大な妖力を練り込んだバリアーを作り上げ、己を包み込む。

 それとほぼ同時だった。一瞬の眩い閃光が紅い夜空を照らし────

 

 

 

 

 

 

 199X年、紅魔館は核の炎に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 核の熱波と衝撃は辺りを蹂躙し、破壊してゆく。現代社会最強・最大にして最恐の一撃は、紅魔館をいとも容易く吹き飛ばした。

 それは見境なく全てを巻き込み、バリアーに包まれているレミリア、透明状態の霊夢……全てを飲み込んだ。

 なんとか破壊から逃れることができたのは禹歩(うほ)による高速移動で場を離れた美鈴と、美鈴に抱えられた咲夜のみ。しかしその二人も熱波からは逃げ切れず、美鈴は気絶させていたチルノを盾にしていた。

 

 

 

 

 爆発と熱波が収まると、レミリアはバリアーを解く。まるでもう一つの太陽だな……とレミリアは先ほどの爆発を皮肉った。

 嵐のように飛来していた弾幕は飛んでこない。霊夢の姿もない。取り敢えず一息つく暇は与えられたようだ。レミリアは軽く息を吐き出した。

 如何に桁外れの再生能力を持っているレミリアだとしても、あの猛攻の前に消耗しきっていた。足は少しばかり震え、立つのがやっとだ。

 すると、少し遅れてレミリアの近くにドチャッと何かが落ちてきた。レミリアはその奇妙な……黒い物体に眼を細める。

 物体は暫く静止していたが、やがてもぞもぞと動き出した。そしてぱかっと割れた中から出てきたのは────

 

「……む?規模が小さいな。幻想郷を吹き飛ばしてもおかしくないと思ってたんだが……図書館の連中が思いの外抑えてくれたみたいだな。おかげで威力がよく分からん」

 

 真っ黒な翼を背中から生やした魔理沙だった。

 どうやら自分の翼に包まっていたらしい。流石のレミリアも、これにははてなマークを浮かべるしかなかった。

 

 

 *◆*

 

 

 紅魔館爆発五分前。

 

 フランドールは炎剣、レーヴァテインを魔理沙に向けて勢いよく振り下ろした。

 灼熱を放ちながら高速で動く長々しいそれは熱膨張で膨れ上がった空気を切り裂き、凄まじい爆発力を生んだ。

 そして身構えた魔理沙へと衝突し、大図書館を衝撃が駆け抜ける。

 大図書館の原型がついに崩れ去ろうとしていた。

 

「こ、こんなのどうすればいいんですか〜!パチュリーさまぁ〜!!」

 

 図書館を守るべく一人で結界を展開していた小悪魔が泣き言を言う。しかしそれに答える声はない。パチュリーは先ほどフランドールの手によって破壊されてしまったのだ。

 死人が指示を出せるはずがない。

 結界はどんどん拉てゆく。もう小悪魔ではいっぱいいっぱいであった。

 

「も、もうダメ……!」

「情けない使い魔ね」

 

 瞬間、頼もしい声とともに崩れかけていた結界がより強固なものへと強化された。結界を張り直したのは……もちろんパチュリーである。

 

「お目覚めが遅いですよ!」

「いや、長いことあの肉体で生きてきたから今の肉体に親和性を持たせるのに苦労したのよ。ていうか使い魔風情が生意気ね」

「ぎゃふん!」

 

 パチュリーは小悪魔を蹴っ飛ばした。ちなみにこれはDVではない。パチュリーの筋力などたかが知れているので、小悪魔にダメージなど通るわけがない。恐らくあのリアクションはノリだろう。

 ちなみにパチュリーについては…簡単に言えばクローンみたいなものだ。魂を割くことによって自分と全く同じ存在を作り出しておく。そして割けることによって減ってしまった魂は魂魄魔法で補う。

 勿論その難易度は高いどころの話ではないが……パチュリーならではの芸当だ。フランドールを相手にするならばこれほどの対策は必須になるだろう。

 ちなみに記憶は引き継ぎである。

 

「それで、あいつ(魔理沙)は?」

「あー…くたばったかもしれませんね」

 

 濛々と立ち込める黒い煙を見ながら小悪魔が言う。それほどまでにフランドールの一撃は強力だった。しかも恐るべきことに能力なしの攻撃でこの威力である。魔理沙の原型が残っているかどうかも怪しい。

 

 だがフランドールはレーヴァテインを握りしめたまま、ただジッと煙の先を見ている。その瞳が愉悦へと歪んでいた。

 

 ──ピキピキ……

 

 何かが割れる音が大図書館に響く。やがてその音はだんだんと大きくなってゆき……フランドールのレーヴァテインが砕け散った。

 魔剣の有様にパチュリーはその双眸を見開いた。

 現在ではフランドールの手に渡ったことによって魔剣と化してしまったレーヴァテインであるが、かつては神剣として世にその名を轟かせていたほどのものである。

 そのレーヴァテインが……砕け散ったのだ。

 

 瞬間、煙の中より巻き起こった旋風が煙を吹き飛ばした。吹き荒れた黄金の風は蔓延していた煙と炎を掻き消し、どこからともなく星屑が飛来する。

 小悪魔は「ほえ〜」と感心したような声を漏らし、フランドールは好奇心が赴くままに星を握りつぶしていた。もっとも、パチュリーから言わせれば子供騙しの安い演出である。

 

「いや〜効いた効いた。ほんの少しだけ暑かったぜ?まあ、秋の日差し程度にはな」

 

 現れた魔理沙は…どことなく悪魔っぽかった。

 背中から漆黒の羽が生え、その存在感はかなり大きい。右翼には青い星、左翼には紅い月が描かれている。ペイントだろうか。

 そして何よりの違いが……その身から放たれる並外れた莫大な魔力。

 

「……魔力の塊を羽として……。なるほど、それでレーヴァテインから身を守ったのね。けどどれだけの莫大な魔力を……」

「なんか色々と豪華ですねぇ。羽とか生えて……うちの魔界神と同じようなものなのかな? ……あ、魔力うまっ!?」

 

 二人は見た感じの感想を率直に述べる。しかしそんな言葉とは裏腹に魔理沙から感じるこれまでとは桁違いの魔力から一波乱ありそうだと、二人は焦りながら結界をさらに強化してゆく。

 

 フランドールは魔理沙の姿を見て眼を細めると……にっこりと笑顔を浮かべた。同類の存在に歓喜しているような目だ。

 

「紛い者ね! 貴女はまだまだ光と闇を捨てきれてない! だけど半分は私と、同じ狭間の住人……! あー面白くなってきた!」

「……私は敢えて何もつっこまないからな?」

 

 魔理沙は苦笑すると格段に上がったその機動力を発揮しフランドールへとあっという間に詰め寄る。そして箒でフランドールを突き飛ばした。だが自分に及ぶと思われるあらゆる痛みを壊してしまったフランドールには全く効かない。

 それは魔理沙も百も承知である。今のはフランドールがどこまで自分を壊しているかの実験だ。その結果、色々なことが分かってきた。

 

(あいつには痛みを与える攻撃が通用しない……。衝撃や熱線は検証済み、恐らくだが斬撃でも無理だろうな。他にも色々と試してみたいことはあるが……それらも通じないと仮定しよう。ならばフランに決定打となる攻撃方法を私は持っていない。そんな多岐に攻撃方法を持っているわけでもないし。だが、この世の法則はちゃんと奴に働いている。私が殴れば奴が飛ぶ……その力そのものは消せれてないんだ。あいつの弱点は経験不足ってことか)

 

 一瞬で今までの検証を纏め上げ、考察する魔理沙。彼女の観察眼は並のものではない。

 フランドールは「495年お休み中」と言っていた。つまりその間の情報は地下にあったものを除いて皆無ということだ。彼女が壊しきれていない事象が一つや二つはあるはず。

 

「アハハ、その調子その調子! どんどんスピードを上げていこうよ! 禁弾『スターボウブレイク』!!」

 

 フランドールがスペルを発動するとともに光を射抜く勢いで弾幕が射出される。だが魔理沙はそれを瞬時に見切り、次々と躱してゆく。その動きはまさに神がかっていた。

 どうやら羽が生えてからは動体視力も多少上昇しているようだ。

 

「これならどうだ?」

 

 魔理沙は弾幕の間を縫いつつ、帽子から筒状のものを取り出すとそれをフランドールへと投擲した。その物体の正体は…ナパーム弾である。魔理沙の魔法実験の副産物として生まれたものだ。

 ナパーム弾はフランドールへとぶつかると、油が飛び散った。それと同時に魔理沙は八卦炉よりマジックファイアーを放つ。すると瞬く間にフランドールの体が炎に包まれた。

 

 肉が焦げる音ともに、フランドールが顔を顰める。熱線は対策済みだったようだが、延焼までは視野に入れていなかったらしい。

 

「っ……! 邪魔」

 

 フランドールは体から妖気を放出させ炎を消し飛ばす。そして掌を掲げると……握った。

 

 ──ぱりん……

 

 何かが砕けた。

 また一つ、自分を壊した。

 それと同時にフランドールが絶叫する。痛みに悶え苦しむ悲痛な叫びだ。それにはさしもの魔理沙もぎょっとするしかなかった。

 

「……いやこれ絶対体に悪いだろ」

 

「ぐっ……これで、もう熱くならないよ? 禁忌『フォーオブアカインド』!!」

 

 スペル発動とともにフランドールの体がブレ始める。そして段々とブレは大きくなってゆき……ついには四人に分かれた。

 これがパチュリーの言っていた分身型スペルか……と魔理沙はそのスペルカードのクオリティの高さに舌を捲く。

 

「なあ、そのスペルってもしかして力が四等分になったりするのか?」

 

「なるわけないでしょ」

「そんな技使い道がないじゃない!」

「きっちり私が四人分!」

「弾幕ももちろん四人分だよ!」

 

 フランドールは一斉に弾幕を放った。

 魔理沙は回避であれば幻想郷トップクラスの技術を有するだろう。しかし回避とは攻撃が躱せることを前提として行う動作である。つまり……一片の隙間なく敷き詰められている弾幕を回避するのは無理な話だ。

 魔理沙は苦笑しながらマスタースパークを放ち、弾幕を掻き消してゆく。その際にフランドールの分身が何体か飲み込まれるが…もちろん効かない。

 うち飲み込まれたフランドールの一体がマスタースパークを無視して突激してくるが、魔理沙は軽くあしらい下へとはたき落す。ダメージはなくても慣性の法則は働いている。

 

「こんなのはどうだ?」

 

 魔理沙ははたき落したフランドールの真上に魔法陣を生成する。その中から放たれたのはブリザード。チルノのものと同程度の冷気が放出されたのだ。

 凍てつく冷気はあっという間にフランドールを凍結させ、氷の中へと閉ざした。

 

「お前さんたちの力ならこんだけ分厚い氷も楽々ぶっ壊せるだろうな。だが八方ふさがりならどうだ? 力も思うように出せないんじゃないか? それに凍ってちゃその自慢の能力も使えまい」

 

 新技、コールドインフェルノはまずまず成功か……と魔理沙はほくそ笑んだ。

 もっとも、ならば他三体がさっさと能力を使うなりして氷を破壊すれば氷に閉ざされているフランドールも再び戦闘に参加できるのだろうが……魔理沙がそれを見過ごすわけがない。

 掌を握りしめようとした、うち一人のフランドールへとスペルを発動。光符『ルミネスストライク』によって放たれた巨大な星がフランドールを弾き飛ばす。そしてその吹き飛ばされている先に魔法陣を設置。コールドインフェルノによって無力化した。

 

「これで半分! 今の私は少しばかり目がいいんでな、お前らの動きを見てから動くことが可能だ。掌を握るまでの時間さえあればどうとでもできる」

「「むぅ…」」

 

 一見、羽が生えただけに見える魔理沙だが、その能力は飛躍的に上昇していた。パワーはともかく、スピードと動体視力においては元吸血鬼であるフランドールに追随を許さない勢いだ。

 もっとも、フランドールは495年間お休み中だったので体がなまっている、さらには先ほどの能力の使用で弱っている……という理由もあるが。

 

「「ならこんなのはどうかな!? 禁忌『レーヴァテイン』ッ!!」」

 

 残された二人のフランドールが先ほどと同規模の炎剣を召喚し、図書館を再び灼熱に染め上げると、思いっきり振りかぶる。

 単純に威力二倍の一撃が一斉に襲いかかる……が、魔理沙は二対の羽で剣を受け止めた。だがパワーアップしている魔理沙といえど、元吸血鬼の二倍パワーには流石に敵わない。徐々に体を押されてゆく。

 しかし魔理沙は考えなしにフランドールの攻撃を受け止めたわけではない。背中の翼で受け止めた…ということは今、魔理沙の両腕はガラ空きだということなのだ。

 

「黒魔『イベントホライズン』ッ!」

「「ッ!!?」」

 

 スペル発動とともに魔理沙が手を翳す。それとともに宙に浮いていた二体のフランドールがガクンと地に落ちた。それどころかどんどん床に沈み込んでゆく。

 今、フランドールには数千倍、数万倍もの重力がかかっている。それでも肉体が壊れないのは、流石元吸血鬼ボディと言ったところか。

 

「どうだ、降参した方がいいんじゃないか? 窒息で息もできんだろう?おっと、降参の言葉も言えないか」

「「ぐ……ぎぃ……!」」

 

 能力を使用することができれば重力を壊す。または重力に囚われるという事象を壊して脱出することができるだろう。しかしその強力な重力下では満足に掌を握ることすらできない。

 

「これって……妹様に勝っちゃうんじゃ……」

「……」

 

 小悪魔が呟いた。

 魔理沙は物の見事にフランドールをあしらっている。信じ難き光景だ。しかしその一方でパチュリーは……難しい顔で戦況を見つめていた。そう、フランドールはこの程度で終わる存在ではない。

 

「ほらほら、降参しろって。お前の負けだ」

 

 勝利を確信し、フランドールへ降伏を勧告する魔理沙だったが……

 

 ──ぱりん……

 

「ッ!?」

 

 魔理沙が懐に入れていたデコイ人形が粉々に砕ける。破壊されたのだ。またそれと同時に再びぱりんという音が響き、重力が壊れる。

 急いで後ろを振り返ると氷に閉じ込めていた二体のフランドールが脱出していた。先ほどのレーヴァテインの熱で溶けたのだろうか。

 

「くそ、油断した!」

「……ふぅ」

 

 急いで距離を詰めようとする魔理沙を尻目に、二体のフランドールは掌を握った。

 

 ──ぱりん、ぱりん……

 

「ひ、ぐぅぅ……!!」

 

 苦痛に顔が歪む。痛みを受けないフランドールでも自分自身の根幹を破壊すればダメージを受けるらしい。

 結果、フランドールはさらに消耗したものの、プカプカと宙に浮き始めた。

 一つ目に壊したのは自分が重力に囚われるという事象。そして二つ目に壊したのは……自分が固形物に覆われて動きを阻害されるという事象。これによってフランドールは重力や氷だけならず、水の中、土の中でもそのポテンシャルを十分に発揮できるようになったのだ。

 魔理沙と戦えば戦うほどフランドールは強く、そして本来のものから離れてゆく。

 

 ここで三体のフランドールが靄となって空気に溶ける。スペルが解けたのだ。

 

「ふぅ……ふぅ……さぁ、どんどんいこうよ!」

「そこまでよフラン、やめなさい!」

 

 今もなお結界を張り続けているパチュリーがフランドールへ叫んだ。フランドールは煩わしそうにパチュリーを見る。

 

「パチェは、黙ってて」

「黙るわけにはいかないわね。私はレミィに貴女のことを頼まれているんだから」

「……ははは、無理してそんな綺麗な言い方しなくていいのよ? つまりはただの監視でしょ? 私はよーく分かってるもの」

 

「違う、それは違うわフラン。レミィは──」

「煩い」

 

 フランドールは爪を振るいパチュリーへと斬撃を飛ばした。しかし小悪魔がパチュリーを身を挺して守る。小悪魔は弾けたが、体が魔素でできているので何ら問題はない。

 

「フラン、貴女はよく分かっているでしょ? レミィがどれだけ不器用なのかを。どれだけ貴女のことを想っているのか────」

「……はぁ」

 

 フランドールは深いため息を吐いた。瞳は淀み、濁っている。彼女に嬉々とする表情はない。あるのは……無だった。

 

「いい加減にして。私はもうどうでもいいのよ……お姉様から想われていようと、憎まれていようとね。うん、私はもう何もいらないのよ。何も欲しくない」

 

 ──だから……

 

「……もう私は────」

 

 

 

 

 

「おいおい何だそりゃ」

 

 魔理沙はフランドールの言葉を遮った。痛烈な視線が魔理沙に集中する。

 

「妖怪、生が長いんだ。うじうじ人間みたいに悩むなよ。らしくもない」

「……悩んでなんか……」

 

「お前と私は妖怪退治ごっこをしている途中だろ。せっかく遊びに付き合ってやってるんだ、どうせなら楽しみながらやれよ。この世は楽しんだもん勝ちだぜ」

 

 それにな……と付け加える。

 

「いいじゃないか。一人でも自分を想ってくれている奴がいるなら胸を張れ。それだけで生きている価値は生まれてくる」

「……」

 

 フランドールは無表情で魔理沙を見つめ、何の予備動作もなく殺傷弾幕を放った。魔理沙は羽でペシッと弾き飛ばす。

 そしてそれ以降両者に動きはなく、落ち着かない沈黙が辺りを支配した。

 ……暫くして業を煮やした魔理沙が帽子を外し、その裏地をフランドールへと向けた。

 

「……さて、ここで魔理沙さんからの出血大サービスだ」

 

 魔理沙は劇前の口上を述べる道化師のように饒舌に語り始めた。テンポに合わせて帽子をくるくると回す。

 

「私は収集家でな、色んな物を拾い集めたり、人から貰い受けたりしている」

「へぇ、モノ拾いで生計を立ててるのね」

「そ、そういうわけじゃない。趣味の一環に決まってるだろ! ゴホン……それでだな、その集めたお宝の中にとんでもないモノが紛れ込んでいることがごく稀にある。今からお前に見せてやるこれも、そのうちの一つだ」

 

 帽子の裏地が変色し、歪んでゆく。空間魔法によってどこかと繋げたのだろう。

 

「これは外の世界で教授とかいう職についている奴から貰ったモノだ。使ってみるのは初めてだが……なぁに忘れられない思い出にはなるだろうな」

 

 チラッと魔理沙がパチュリーを一瞥した。パチュリーは……身震いし、結界をより一層強化する。そしてそれをさらに重ねがけ。鉄壁の布陣の完成だ。

 

「パチュリーさま、どうされました?」

「……自分にも結界を何枚か張ってた方が身のためよ。ていうか張っておきなさい」

「は、はぁ……?」

 

 疑問符を頭に浮かべ、パチュリーに言われるがまま小悪魔は自分の周りにシールドを数枚展開した。

 魔理沙は笑みを深めると埃を落とすように、帽子をポンポンと軽く叩いた。その行動に何の意味があるのかは分からないが、フランドールはますます帽子へと集中を高める。

 

「さぁて、しっかりと瞼に焼きつけろよ!今年一番の大花火だっ!!」

 

 魔理沙の宣言とともに帽子からにゅっと金属の塊のようなものが高速で飛び出した。

 先端は丸みを帯びているが出っ張っており、赤く塗られている。そして鋼でできた棒筒状の部分には何故か顔が描かれており、この物体が秘める力を考えれば実にミスマッチ。尻の部分からは炎が噴射し、主が示した対象物に向けて一直線に飛来する。

 

 大陸間弾道ミサイル(ICBM)……通称ミミちゃん。数メートルの体躯に鈍色の光を映し出すそれは、まごう事なき核ミサイルであった。

 

「……!!」

「え?」

 

「わっ!?」

 

 

 

 

 

 

 ────199X年、紅魔館は(以下略

 

 

 

*◆*

 

 

 

「うおろろろ、えれえれえれぇぇ……」

 

 もう、限界……。

 ここまで私はよく頑張った、よく頑張ったよ。けど限度っていうのは誰にしも必ずあるものであってね?重度のハードワークからの度重なる精神攻撃、限界を超えて身体を酷使しすぎた結果がこれである。

 

 私は心に誓った。絶対にもう地底には潜らない。絶対にね!!どんなことが起こっても二度と地底なんか行ってやるもんですか!!

 今回の私の決心は固いわよ!

 

 以上、地霊殿のトイレにて今日食べたものの全てを口から吐き戻している私の心の叫びでした。うおっぷ……。

 

 

 

 口元をちゃんと拭いた後にトイレから出た。

 吐瀉物を顔に引っ付けての登場は常識的にいけないことよね。うん。幻想郷の賢者としての何たらかんたら以前の問題よね。

 

 古明地さとりとの会談は私の胃腸を除いて無事に終わり、後は旧地獄参道の視察を行うだけ。それが正真正銘最後の仕事だ。

 あともう少し……あともう少しで全てが終わる……!帰って眠れる……!こんなに、嬉しいことはない……!

 まあ旧地獄参道にもたくさんの危険はあるのだけどね。例えば鬼とか鬼とか鬼とか。

 並大抵の鬼ならば藍が睨みを利かしてくれるだろうから関わってくることはないと思うけど……問題はあの二匹。彼奴らを躱さないことには私の今日二度目のリバースは確定的なものになる。

 

 さてどうやって躱そうかとふらつく頭で考えながらえっちらおっちら地霊殿の廊下を歩いていた。すると視界の隅にちらりと黒い帽子が映る。

 あ、いたのね。

 

「あらあらこんばんわ。久しぶりねこいしちゃん」

「……ん、私? えーっと、どなたでしたっけ? ってゆかりん! 貴女はゆかりんじゃないの!」

「どうも」

 

 未だにゆかりん呼びはビクってなるわ。まああっちがそう呼びたいならそれでいいけど。

 この子は古明地さとりの妹である古明地こいしちゃん。姉とは対照的に元気発剌って感じの活発的な女の子。性格もまた姉とは違ってすこぶるいい子なのよ。

 あー……やっぱり妹はいいわねぇ。みんな素直で私に優しくしてくれるんだもの。

 全く……それに比べてレミリアといいさとりといい……なんで姉はあんなに性格が悪いのばっかりなのかしら?妹の爪の垢でも飲みなさいよ!

 

「もー! 来てるなら来てるって早く言ってよぉ〜! 私が歓迎してあげたのにさ! どうせまたお姉ちゃんからいじめられたんでしょ?」

「ごめんなさいね。ちょっと色々と立て込んでたから」

 

 ホントいい子!幻想郷中どこを探してもここまで私に優しくしてくれるのはこいしちゃんぐらいよ。本当にこの子はあのさとりと血を分けているのかと疑ってしまうほどだ。

 

「ま、いいよ。それじゃあさ、ゆかりんに見せたいものがあるから一緒に来てよ! 多分すっごくびっくりするよ!」

「それは魅力的な提案ね。だけどごめんなさい、この後も色々と立て込んでるから急いで次の場所に行かなきゃならないのよ」

 

 体力的にも厳しいしね。それになにより玄関で藍を待たせてるから……。

 ごめんねこいしちゃん。

 

「えーそんなー……むぅ」

「またの機会にお願い? またいずれ来ると思うから」

「……分かった、そういうことならいいよ! 今度は絶対に来てね!」

「ええ。それじゃあ御機嫌よう」

 

 別れを惜しみながら私はこいしちゃんに背を向けた。あの子の好意を無下にするのは辛いけど、藍を待たせるわけにはいかない。機嫌を損ねた日には……ブルブル……。

 ……って、もう二度とここには来ないって誓ったばっかりなのに「また来る」って言っちゃったよ!?……うわぁ……。

 

 

 

 

 

 

 

「……残念だったなぁ。死体で着飾った私自慢の部屋を見せてあげようと思ったのに。ゆかりんもいつかは着飾る予定だから一回は見せとかなきゃダメだよね、うん」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめんなさい。待たせたかしら?」

「滅相もない。それでは行きましょうか。……それにしても奴ら、見送りにも来ないとは……!」

「いいのよ。私が断ったんだから」

 

 ぶっちゃけさとりの顔は二度と見たくない。好き好んであいつに会いに来る奴なんかいるはずないわ。ぼっち乙ってところね!

 

「それじゃあ、早速────」

「ッ! 紫さまッ!!」

 

 藍の叫びが届くか否かのところだった。

 頭上から爆音が聞こえ、驚いた拍子に上を見渡すと……視界を埋め尽くすほどに巨大な岩盤が落下してきていた。天井そのものが落ちてきているような……そんな悍ましい光景だ。

 

 ……これは死んだかな?

 あぁ、八雲紫の一生は岩盤に押し潰されて幕を閉じるのか……惨めね……。

 悲観よりも先に諦めが湧いた。

 来世ではもっと優しい妖生をプリーズ。そう心に思いながら潔く目を閉じて……

 

「式輝『プリンセス天狐 -Illusion-』」

 

 凄まじい轟音を聞いた。

 いや、私は実に運が良かった。助かったとか藍が側にいたとかそういう意味じゃなくて……

 もし目を開いていたら恐らく、いや確実に失禁してしまっていたから。

 






質問、意見等あれば。

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