幻想郷は全てを受け入れるのよ。それはそれは残酷な話ですわ……いや割とマジで   作:とるびす

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結構長いです


東方星憐殲*

 

 

「どこもかしこも地獄ばかり……幻想郷はこれ以上とない混沌に満ちている。いやはや、ここまでのものを見せてもらったのだ、少しばかり奴への評価を改めねばならんよな。恐るべきはその執念よ」

「奴というと、正邪様の事ですか?」

「そうだ。偶々見つけて数合わせに用意しただけのどうでもいい存在だったが、思いの外よく働いてくれている。これで私の敵になってくれれば言う事なしだ」

「えー戦うんですかー? あんなに仲良くしてたのに? やめましょーよ、無益な争いは」

「甘ったれるな、戦乱の世とはそういうものよ。下剋上が成った後はその権力を維持する為の戦いに奔走しなければならん。奴の選んだ道に平穏などありはしないのだ。生まれながらにして一生の闘争(逃走)を宿命づけられるのが、天邪鬼という妖怪だからな」

 

 さも悲壮げに隠岐奈は目を伏せた。それに共するニ童子もしくしくと悲嘆の涙を流すのだった。そしてそんな人形劇を冷めた目で見る妖怪が一人。

 以上四人が後戸の世界の総人口である。

 

 客人レティ・ホワイトロックの態度は一貫して冷たいものであるが、その実言動は非常に忠実だった。数十年にわたって四季の力を集め続けたのもそうだし、隠岐奈の依頼により吸血鬼異変や春雪異変に参加したのもそうだ。

 そして今も、計画の最終段階に嫌な顔ひとつせず参加している。彼女に与えられた役目はそれほど大きなものではないが、隠岐奈個人の思惑としては重要だ。

 

 奮闘している天邪鬼の話は終わったとばかりに、吊り下がっていた口端が再び吊り上がる。結局『思いの外面白かった』以外の感想はないのだろう。

 

「まあ正邪殿の事はこのくらいで良い。彼女の処遇は後ほど決めるとして、次は我々が動く番だ。妙な邪魔だてが入らぬうちに懸念を片付けておく」

「幽香のことでしょ?」

「そう、四季のフラワーマスター風見幽香。奴の保持する『夏』の力を回収すれば四季を司る主神としての力が我が身に戻ってくる事になる。貸したものは返して貰わなくてはな」

「だから()()()()()()()()()()()()()()()()()()ってわけね〜。自分の力まで取られちゃ困るものね?」

 

 レティの言葉に妖しげな笑みを深める。

 現在、打ち出の小槌と正邪の能力により、紫側の大妖怪達が軒並み力を発揮できない状態になっている。──()()()()()()()を除いて。

 

 一人、風見幽香は隠岐奈の妨害による結果。

 そして()()()()は完全に誤算だった。

 

「幽香についてだが、この後すぐに後戸の世界に呼び込んでお前(レティ)に殺してもらうことになる。まあ元はと言えば、お前が私に協力してくれていたのは奴に引導を渡す為だったし、長年の功に報いねばな?」

「どうも〜」

 

 寛大な風を装っているが、実際はただの前提条件の確認である。

 

「そして後一人、小槌の力から逃れた厄介な奴がいる。コイツを野放しにしておくのは正邪殿にとっても些か厄介だろう。よって里乃と舞、お前達に始末してもらう。そいつの狙いは私か正邪殿の首だ、余計な事をされる前に潰すように」

「小槌の魔力から逃げ切ったって……そんなとんでもない妖怪に勝てるんですか? 僕と里乃が?」

「まあ奴も幻想郷に名だたる大妖怪だが、実力で逃れた訳じゃない。裏技を使われたのよ」

「裏技?」

 

 元来、フルパワーで振るわれた小槌の魔力から逃れるのは容易ではない。少なくとも事前の準備無しには回避できぬ初見殺しの秘技といえよう。隠岐奈やレティでさえ例外ではない。

 小槌の願いの対象になっていない者も殆ど役には立たない。意志薄弱な者、理性を持たぬ者、何にも興味を示さぬ世捨て人、心を折られてしまった者などは力を保持したままだが、幻想郷の大勢を左右する影響力は皆無だ。

 

 故に、力がありながら、峻烈な意志の強さを持つあの妖怪が無事なのは隠岐奈にとって懸念事項と判断するに足る恐ろしさがあったのだ。

 

 その名は射命丸文

 彼女だけが力の減衰なく、体制側の妖怪として猛威を奮っている。

 

「射命丸……確か天狗でしたよね?」

「私、あの天狗もチェックしましたけど今朝までは力が落ちてましたよ? 例外なく」

「そうだな。奴はそのあと自分に作用する小槌の魔力を強制解除したのだよ。河童の科学力を使ってね」

「か、河童ですか!?」

 

 考えてみればあり得る話だったのだ。

 抜け穴を想定できなかったのが不服だったのだろう。隠岐奈はつまらなそうな顔をしながら椅子に座り直した。

 

「打ち出の小槌とは元々小人族が保持していた宝物。ではその前は? 誰が小槌を所持していたと思う? 小槌を作ったのは誰だ?」

「ええと……鬼、でしたっけ」

「あっ! 一寸法師!」

「そう、小槌の元々の所有者、及び製作者は鬼だ! そして河童はいずれ鬼が地上に戻ってきた時に備えて、鬼の魔力を打ち消す装備の研究を進めておったのよ。伊吹萃香の能力に抗えないのなら万に一つも勝ち目はないからな……それが転じてこのような結果を生み出したのだ」

 

 鬼の干渉を受け付けない装備。それは小槌相手にも十全に効力を発揮した。

 幸いにも数は一つしか用意できなかったようだが、それでも射命丸文という存在を呪縛から解放されたのは痛恨の出来事だといえよう。

 

 しかも文は妖怪の山を侵略する月軍に目もくれず、恐るべき素早さで幻想郷を飛び回り、暴れ回る妖怪を蹴散らしながら黒幕の情報を収集している。

 恐らく、既に後戸の国、若しくは輝針城への侵入方法を探っている段階だろう。

 

(天魔め、やりおるわ)

 

 昔なら山の防衛を第一に戦力を運用していた筈だが、紫と和解してからというもの、恐ろしく思考が読みにくくなっている。今回の思い切った采配もまた、虚を突かれた。まさか山よりも幻想郷を優先するとは。

 だが隠岐奈にも考えがある。

 

「という訳だ。よって天狗に対し特攻の性質を持つお前達の出番だろう?」

「なるほど分かりました! それでは早速、射命丸文を討ち取って参ります!」

「舞と一緒なら負ける気しないしねー」

「ねー」

「まあ、とは言っても相手は幻想郷最速の妖怪。そう簡単にいかんのは容易に想像がつくからな。最悪、レティが幽香を片付けるまでの間、時間を稼いでくれればいい。決着を見届け力を万全な物にした後、私直々に葬ってやる」

「「げー」」

 

 舞と里乃は顔を見合わせた後、恭しく首を垂らしてドアの奥へと消えていく。隠岐奈からのこれ以上の小言を嫌ったのだろう。どうせまた実力不足がどうのと言って詰られるに違いないから。

 幻想郷の賢者の中でも主従の関係がここまで壊れているのは隠岐奈くらいなものだろう。だが当の本人は満足げに手を振って見送る始末だ。

 

「仲睦まじいようで何より」

「使えん部下共だが数百年使い倒していれば自ずと愛着も湧くものよ。まあ、此度の異変を最後にあの二人には暇を与えてやるつもりだがな」

「あらお優しい〜」

「ふっ、よく言われるよ。さて後任だが……お前と風見幽香でどうだ?」

「断る」

「はっはっは! まあそう謙遜するな。答えは風見幽香との殺し合いが終わった後でいいから、良い方向に考えておいておくれ」

 

 答えが変わる事は決してあるまい。だがそれで納得する秘神ではなく、どうせ何らかの形で取り込もうとしてくるのが想定できる。里乃と舞だって元は奴の勧誘に乗るような考え無しの人間ではなかった筈だ。

 正邪のように、長く協力関係にあった者に対する考えもそういうものなのは既に分かっている。冷め切った心は何ら変わらない。

 

「では……そろそろ風見幽香を後戸に呼び込むとしようか。恐らく入ってくるや否や仕掛けてくるだろうが、準備はいいか?」

「どうぞ〜」

「気が抜けるなぁ。ほれ開いてやっ──」

 

 

 出現したドアが瞬時に眩い閃光に包まれ、そして爆ぜた。すかさず放たれた高密度の妖力弾が数千年侵される事のなかった後戸の国を蹂躙し、形ある物を片っ端から消し飛ばす。

 執拗な破壊だった。あまりの徹底ぶりに呆れを通り越して寧ろ感心すらしてしまった。

 

 耳を劈く爆発音が収まると、後戸の国に再び静寂が蘇る。

 舞い上がった土煙や残骸に咽せた隠岐奈はバックドアを開いて適当に外界と繋げ、換気を開始した。引きこもり故の誤算である。

 

「年甲斐も無くはしゃぎ過ぎだとは思わんか? ノックも無しに暴れ回りおってからに」

「品性〜」

 

「あら、蟲のさざめき」

 

 吸血鬼異変以前の全盛期には及ばないとはいえ、やはりこの妖怪は──頗る強い。

 後戸に踏み入るは、幻想郷最凶の座を欲しいがままにする最恐の暴君。

 鋭い相貌が格下どもを睥睨する。

 

「この世界には生きてる奴なんて一人も居ない筈なんだけどねぇ。ゴミ蟲が二匹も」

「良く勉強しているようで感心したぞ。その通り、生命は此処に居る我々だけだ。選ばれし者しか入れぬ神聖な領域だからな」

「あら、ゴミの囀り」

「まあまあ〜アレに構ってても話が進まないわ。私とお話ししましょ」

「今から死ぬ奴と話す事なんてある?」

「殺せると良いわね」

 

 昔から全くというほど噛み合わず、今も既に火花を散らしている幽香とレティだったが、隠岐奈を無視するという点では一致した。歴史的快挙である。

 まあ舞台のセッティングはこのくらいで良かろう、と。隠岐奈は上空に小さな足場を作り、そこに腰掛けた。文字通りの高みの見物。

 

 二人にはそれなりに因縁があった。

 

「懐かしいわね、最近めっきり遊んでくれないんですもの。紅い館の住人と優雅な隠居生活を送ってる貴女なんて目も当てられない。とっても寂しかったわ」

「孤独を力の糧とする妖怪が何の戯言? 遊んでいたのはお前でしょう。チルノ……妖精達と随分仲良くやってたみたいね?」

「あの子、可愛いでしょう?」

「思考の薄い生き物は苦労が少ないからね。花と一緒」

「ふふ、違いないわ」

 

「おーいまだ始めないのかー?」

 

「……なんでお前ほどの妖怪があんなのに従ってるのか、不思議でならないわ」

「ホントにね〜。妖生なにがあるか分からないものよね〜。まあ、私たちが台頭してた時代から今も現役バリバリなのは八雲紫くらいだし? 私もそろそろ引退試合を考えなきゃいけない頃なのよ」

「それで私に引導を渡してもらいに?」

「さあ? 格下に殺されるほど落ちぶれてないし」

 

 懐かしい時代だ。妖怪の山が成立する遥か昔──鬼が形作られる前──天地開闢の前か後ろか曖昧になってしまう頃。

 それがレティの生まれた世界だった。

 

 寒気を操る程度の能力。それは、動植物全ての万物に等しく恐れられた死の足音。

 曇天の下、凍え死ぬ恐ろしさを生物は遺伝子の根幹に刻み込まれている。レティはその恐れを糧とするのだ。原始の恐怖を元とする存在。

 かつて四惶と恐れられた大妖怪でもある。*1

 

 そんな彼女からすれば幽香を始めとする幻想郷の妖怪達なんぞ、存在としては格下に過ぎない。確かに過去の栄光ではあるのだが、それでもレティを落ちぶれたと判断するにはあまりにも早すぎる。

 力そのものは全盛期から全く変わっていない。

 

「それじゃ、始めましょうか。どちらか一方の命か、幻想郷が潰えるその時まで」

「そんなチープな最期で満足なのか」

「なら更に上を見せてくれるの?」

「お前にその気があるのなら」

「随分と丸くなったのね〜。退化? 成長?」

「何も変わってなんかないわ。幻想郷で唯一不変の花、それが私よ」

 

 

 

 *◆*

 

 

 

 湿っぽいかと思えばカラッとして、急に澄んだ空気になる。守矢神社から博麗神社に移動するまでに何回季節が変わっただろう。数えるのも億劫になってしまう。

 眼下では見た事のない妖怪や、それの成り損ないと思われるモノが暴れ回っており、これが幻想郷全体で起きているのだとしたらとんでもない事だ。

 

 一刻も早くこの異常を正さなければお師匠様の愛した幻想郷が破壊し尽くされてしまう。だから大人しくしている暇なんてないのだ! 山のみんなだって、力を失っても必死に戦っているのに! 

 私を制止した神奈子様の気持ちは痛いほど分かる。つい最近まで幻想の存在も知らなかった小娘に何が出来るのかと言いたいんだろう。でも……何もせず指を咥えて見てるだけなんて耐えられない。

 

「さすがに不味いよ早苗ぇ! 今回の異変は洒落にならないよっ、大人しく紫さんや霊夢さんに任せておいた方が良いってば!」

「そうやって二人にばっか頼ってるからこんな事が起きたんですよ! 残された私達が頑張らずして誰が幻想郷の強さを証明するのですか!」

「す、少なくともわちきじゃないもん……」

「弱音を吐かない! 私と一緒に頑張るんですよ!」

 

(早苗と一緒に異変解決なんて絶対無理だ……! でもこのまま早苗を行かせて怪我でもさせたら紫さんと霊夢さんにへし折られる……! わちきは一体どうすれば!?)

 

 たまたまそこら辺を飛んでいた小傘さんを無理やり連れ出したものの、こんな調子で大丈夫なのかと逆に心配になってしまう。でも彼女くらいしか頼れる(妖怪)が居なかったんですよね……。

 霊夢さんが紹介してくれた殆どの方々は力が出せずに困ってるし、無事だった人も異変を解決しに出て行ってしまった。お師匠様の家族である九尾さんにも「何もしなくていい」とか言われちゃうし。

 

 空飛ぶ船は今も博麗神社近くの上空で呑気に停泊しており、次の行動を見せる様子はない。今のところ実害が出てないので放っておかれているのが現状だ。

 しかし私に言わせればそれこそ罠だ。こういうメインクエストから外れてるサブクエっぽいものこそ大本命だったりするのである。

 実際、小傘さんが言うにはかなりの力を持った妖怪の人達が何人か乗り込んでるようだし、神奈子様は強く警戒してた。

 

「小傘さん、先手必勝です。あの船底にどデカい穴を空けてやってください」

「まず話し合いから始めるんじゃないの!?」

「こんな大変な時に船を浮かべてるような方がマトモな筈ありません! 相手が非常識を突き通すなら我々もそれに応えましょう!」

「うぅ……もう袋叩きは懲り懲りなのに……」

 

 元気のない小傘さんに発破をかけるが、中々エンジンが掛からないみたい。

 なんでも、ちょっと前に起きた異変で友達に大見得を切って鬼に挑んだはいいものの、コテンパンにやられちゃった事があったらしい。それ以来何をするにも自信を無くしちゃったんだとか。メリーちゃんと萃香さんの一件ですね! お師匠様から聞きました。

 

 さてどうしましょうか。弾幕の扱いに慣れてない私では少々火力に不安が残る。船に穴を空けられないんじゃ相手に舐められてしまいます。

 是非とも開幕の一撃は小傘さんにお願いしたい……。

 

 ふと思い浮かぶはお師匠様の姿。私がどれだけ絶望に打ちひしがれても、立ち直るよう励ましてくれた。あの人の言葉を聞くだけで勇気が湧いてくるんです。

 きっとそれがお師匠様の最たる魅力であり、私に起きた素敵な奇跡の正体。

 

「──ねぇ小傘さん」

 

 あの人と同じような奇跡を起こしたいと想い続けた一年間。幻想郷は私の願いを聞き届けてくれたんです。

 

「いつも無茶言ってごめんなさい。私、与えられてばっかで貴女に何も返せてない事に気付いたんです。今更ですよね」

「え? い、いやぁ……気にしないで」

「気にしますよ! いつもありがとうございます」

「えへへ急にどうしたの?」

「お返しがしたくなったんです。いつも私の為に頑張ってくれてる小傘さんに」

 

 よっぽど褒められ慣れてないのか、恥ずかしげな様子で傘に隠れてしまう。

 逃がしません。私は無理やり傘の柄を掴むと、勢いよく身を寄せる。話術は眼力! お師匠様もそう言ってました! 

 

「私にできる事なら何でもしてあげます! 貴女が諦めてたどんな願いだって叶えてみせます! 守矢の風祝に不可能はありません」

「早苗……」

「貴女の元気を取り戻す為なら何だってしますよ。そうすればきっと、あの空飛ぶ船だって怖く無くなる。一緒に戦おう」

 

 お師匠様は相手に決断を迫る時、まず一番に対価をその身で示して、その後は相手に全てを委ねている。お師匠様ならなんだってできちゃうから。

 その点、私には大した物なんて用意できない。お師匠様に比べれば大した事のない話しかできない。だからこそ、相手を想う気持ちだけは強く持ち続けたい。

 

 大きな目をまん丸に見開いて私を見ていた小傘さんは、やがて思い詰めた様子で俯くと、泡のようにか細い声を漏らした。

 

「私、ずっとずっと昔からお願いしてた事があったの。何でも叶えてくれるならそれがいいな。でも──これは異変が終わった後に言うよ」

「えっ? 今でも良いんですよ?」

「今言っちゃうと決意と勇気が鈍っちゃうから」

 

 顔を上げて朗らかに笑う。なにやらよく分からないけど、当人がそれで満足したなら結果オーライというやつですね。それに異変解決へのモチベーションも上がってくれたようで一安心! 

 やはりお師匠様の教えは偉大です! 

 

「じゃあわちきがあの船に渾身のスペルをぶつけるよ! そうね、今の私なら穴を空けるどころか船丸々ぶっ壊しちゃうかもだけど!」

「おお自信満々」

 

 変なスイッチが入っちゃった感じがするけど、まあテンションが高いに越した事はないと思うので私もその流れに乗っかる事にした。

 オンボロな唐傘が勢いよく開かれ、凄まじい勢いで回転を始める。すると周りの大気が捻じ曲がっているのか、虹色に輝き出した。ゲーミング! 

 

「いくよー! 虹符『アンブレラサイクロン』ッ! 堕ちろカトンボ!」

 

 小傘さんとはこれまでに何度も弾幕勝負を繰り返してきたが、こんなに派手で攻撃に特化したスペルは初めて見た。死合い専用のスペルって事なのか。

 虹色に発光する弾幕の群れが空飛ぶ船に殺到し、雨粒のように船底を打つ。中々に頑丈な造りなようだけど、耐えられなくなった外壁がどんどん剥がれ落ちている。この調子なら穴が空くのにそう時間は掛からないかもしれない。

 つまりつまり、異変解決第1号は私と小傘さん、という事になりますね! 

 

「いいですよその調子でいきましょう!」

「もうちょっとで──いやダメだぁ! 一旦退散!」

 

 イケイケだった筈なのに急に慌て出した小傘さん。スペルを無理に中止すると唐傘の舌を私の腰に巻き付けて、そのまま後ろへと飛び退く。

 破廉恥な行為を咎めようと口を開いたその瞬間、鼻先を黒々とした巨大な(いかり)が掠めた。その暴力的な鍛鋼は紙のように大地を引き裂き、地中深くへと埋まっていく。

 

「な、何事!?」

「くるよ早苗! まず二人──いや、三人!」

 

「ちょっとちょっと、急に攻撃だなんて穏やかじゃないわね。話に聞いてた通り、地上も地底も治安は変わりないのね」

「地上の人達とはなるべく穏便に事を済ませるよう星には言われてるけど、大事な船を壊そうとするような狼藉者には容赦できません」

「何を言いますか! 先に仕掛けてきたのはそちらの方でしょう! おかしな船を空に浮かべて何がしたいんですか」

「いや、仕掛けたのはわちき達の方かな……」

 

 小傘さんの攻撃に耐えかねて船から二人、降りて来たようだ。尼僧の姿をした人と、水兵服だかセーラー服だかよく分からない物を着てる人。

 多分、妖怪ですよね? なんか錨鎖を担いでるし、変なピンク色の雲を纏ってるし。

 

 何にせよここからが本番って事ですね。

 ならば先手必勝っ! 

 

「おりゃ食らえー! 神徳『五穀豊穣ライスシャワー』! 蜂の巣になれ!」

「うわァいきなり撃ってきた!? なんて野蛮な連中だ……! 時代を重ねて人間はここまで落ちたか!」

「どうやら手加減無用のようね……一輪、私達もやってやろう。船が動き出すまでもう時間がないし、さっさと蹴散らさなきゃ」

「オッケー! サモン雲山!」

 

 一瞬の攻防だった。

 不意打ち気味に放ったスペルは彼方に到達する前に錨で蹴散らされ、その間に膨れ上がった雲が実体と化し拳を形作って攻撃、小傘さんが殴り飛ばされた。

 負けじと小傘さんと共にスペルを放つが、それに対応した二人の弾幕が厚すぎてまるで突破できない……! 拳弾幕と錨弾幕なんてどう対応すればいいか分かりません! 紅魔杯でもあんな奇怪な弾幕は見なかったのに! 

 

 私達のスペルを突き破って雲の拳が私達に降り注ぐ。慌てて霊夢さん直伝の結界を張るも四発目には破壊されてしまい、またもや小傘さんがタコ殴りにされた。

 なすすべなく、どんどん追い詰められていく。

 

「さ、早苗……あの雲、自我があるよ。この戦い、人数でも質でも負けてる」

「ぐむむ確かになんという手強さ! ……あの、それ前見えてます?」

「何も見えねぇ」

 

 可愛いお顔が腫れ上がるくらいボコボコにされて、早くも戦意を喪失しかけている小傘さんに檄を飛ばすも、状況は全く好転しない。このままではあの船を止めるなんて夢もまた夢だ。

 というより小傘さんの消耗が激し過ぎる。まさか私を守るように立ち回ってくれてるのだろうか? 私、今のところ無傷だし。

 ……それにしても被弾し過ぎのような気がしますけれども。

 

「くぅぅちょこまかと鬱陶しいわね! 雲山、村沙! もう一気に決めよう!」

「任せて。この攻撃の後、すぐに船まで戻るよ。魔界への道はもう拓かれる」

 

「優勢なのに何故か逃げ腰のようですね。逃げられるわけにはいきませんが、船を放ったらかしに戦い続けては本末転倒。どうするべきか……」

「……わちきに考えがあるよ」

 

 ごにょごにょひそひそ。

 

「っ!? しかしそれでは貴女が!」

「わちき一人であの二人を道連れにできるなら出来過ぎなくらいだと思う。多分そんなに上手くはできないから、早苗は後ろを向いちゃダメだよ」

「でも……」

「考えてる暇ない!」

 

 空飛ぶ船と尼僧水兵コンビが動いたのは同時だった。山のような質量を伴った拳が空から、凄まじい速度で地を這う錨が側面から私達を狙っている。これで私達を仕留める、若しくは封殺して、その間に船に飛び乗ろうという魂胆でしょうか。

 ……やるしかないんですね。

 

「開海『モーゼの奇跡』……!」

 

 スペルの詠唱とともに空間に亀裂が走り、迫り来る全ての脅威を別つ。諏訪子様と戦っていた時のお師匠様の防御法を真似た渾身のスペルカードだ。

 自慢の一撃を容易く捌かれた事に流石の二人も動揺を隠しきれない様子で目を見開いている。意識を一瞬でも外してしまえば、後は小傘さんの独壇場だ。

 

「恨めしやあああぁ!!!」

「うわっ吃驚した!?」

「ぐむ……ほ、解けない……!」

 

 背後に回り込むと、尼僧の人にしがみ付き、水兵の人には唐傘の舌が巻き付いている。本体(小傘さん)は兎も角、あの舌はかなり厄介だ。水兵の人の腕や脚が茄子傘の舌を引きちぎろうと蠢めくが、伸縮性に優れているから完全に張り付いて離さない。

 あの拘束技、時々組み手で使ってくるのだが、逃れられた試しがない。しかも未知の感触だから結構戸惑っちゃうんですよね。

 

 っと、そんな事を考えている暇はない! 小傘さんが二人を縛り付けているうちに私は早く船に乗り込まなくては! 

 

 見ると、巨船が唸りを上げながら空間を引き裂いている。ラグのようなものを走らせながら、ゆっくりと歪みが広がっていく。あれが先程水兵さんの言ってた『魔界』とやらへの入り口なんでしょうか? 

 魔界……字面からして世界征服を企てる大魔王が君臨してるか、もしくはS級妖怪が跋扈しているとんでもない場所なのだろう。つまり、あの妖怪達の狙いは仙水さんと同じという事……!? 

 何としても阻止しなければ! 

 

 もう船の中ほどまでが別世界へと突っ込んでいる。かなりシビアだが、なんとかギリギリ飛び込めるかもしれない。

 だが敵の皆さんは当然ながらそれを望まないようで、ピンク色の雲が私を追いかけてくる。尼僧の人を拘束してても別個に動けるとは……! 

 

「雲山! 絶対にその巫女を船に乗せちゃダメよ!」

 

 小傘さんの悲鳴や戦闘音混じりにそんな檄が背後から聞こえて来る。

 何という執念だろうか。それにあの船に乗っている人達も、幻想郷に二人を残して計画を続行しているようだ。そこまでして達成したい目的なのだろうか? 

 いや、そんな事を考えてる暇なんてない! なんとかして雲を張り切らないと! 

 

 飛行はまだまだ不慣れだ。諏訪の地で燻ってた頃に比べれば雲泥の差だけども、霊夢さんを始めとして幻想郷の方々には遠く練度が及ばない。今だって雲にどんどん距離を詰められてるし、船は遠ざかっていくばかりでもう船尾を残すだけとなっている。

 覚悟を決めるしかない。どんな痛い目にあっても船に飛び乗ってみせる! 

 

「諦めてたまるもんか! 小傘さんの犠牲、絶対に無駄にはしないんだからっ!」*2

「よし間に合ったッ叩き落とせ雲山!」

 

 もう少しで縁に手が届くというところで、私の身体を影が覆う。頭上の拳を避ける余地はない、完全に直撃コースだと直感で分かった。

 咄嗟に星弾を放って軌道をズラすことに成功したのだが、二撃目はもうすぐそこだった。結界を張っても衝撃そのものは殺せないから、地面に墜落してしまうだろう。

 少しの骨折で済めば良いが、それよりもこれでは船に絶対追いつけなくなってしまう。解決の糸口が思い浮かばない。

 

 あまりに無力だ。

 諏訪子様を喪った時から何も変わっていない。

 

 ああ、お師匠様。

 神奈子様。諏訪子さ────。

 

 

 

「操符『マリオネットパラル』」

 

 

 

 僅かな軋みとともに、船が静止した。

 それと同時に迫っていた雲は散り散りとなって空へと溶けていく。まるで何かに刻まれたように等間隔で切り離されていた。生き残った、のでしょうか? 

 

 私は何が起きたか分からず惚けてしまうが、場の急転はそれを許してくれない。船尾が僅かに発光した瞬間、凄まじい速度でレーザーが縦横無尽に放たれる。敵対する者全てを薙ぎ払おうとしているのか、それとも彼方も計画が中断された原因が判っていないのか、ひたすら無差別に攻撃を仕掛けている。

 

 と、惚けて動けない私を誰かが見かねたのだろう。背中を引っ張られる感覚と一緒に視界が後退していく。そして気付けば博麗神社の屋根に着地していた。

 

 そこにはボロ雑巾のようになった小傘さんと、あと一人。見たことのない女性がいた。

 ウェーブのかかった金髪と碧眼。青を基調とした西洋チックな服を着ていて、肌は透き通るように白い。まるでおとぎ話の中からそのまま飛び出してきたかのような雰囲気を纏っている人だった。

 

 私を助けてくれて、さらに船を魔界への入り口で留めているのはきっとこの人なのだろう。味方、でいいのだろうか? 

 

「ありがとう、ございます。貴女は一体……?」

「何者でもないわ。本当の名を忘れてしまった流浪の魔法使い──ほんの少しだけ、幻想郷と魔界に縁のあるただの魔法使いよ」

「こ、東風谷早苗と申します」

 

 か、かっこいい……! 

 

「見たところ、貴女も幻想郷にやって来たのはつい最近のようね。霊夢と同じような巫女服を着てるけど……神社が増えたの?」

「あ、はい。妖怪の山にある守矢神社で神に仕えています。霊夢さんとは色んな意味でライバルです」

「そう。──霊夢と魔理沙、おまけに紫と幽香は、どうやら幻想郷には居ないようね。随分と良いタイミングで戻って来れたみたい。いや、バッドかしら?」

 

 ともに頭上を見上げる。

 相変わらず巨船はけたたましい音を立てながら魔界に突っ込もうしているが、未だに動かせていないようだ。よく見ると透明な線があちこちに繋がっていて、それが行動を阻止しているようだった。

 小傘さんの拘束から逃れた二人が復旧作業に当たっているが、慌てているのもあって復帰はなかなか進んでいないみたい。

 とんでもない力です! まだこんなに強い人が居たなんて、幻想郷はやはり凄いところだ。

 

「私、あの船が開けたゲートから数年ぶりに帰ってきたものだから、いまいち情勢が掴めてないのよね。ひとまず直感で貴女達が正義側だと思って行動したけど、それは合ってるかしら?」

「正義云々の話になるとなんだか拗れそうな気がしますけど、お師匠様の為に頑張ってる私達こそ幻想郷の善玉菌だと言えると思います!」

「お師匠様って?」

「八雲紫さんのことです!」

(また妙なことやってるのね……)

 

「早苗の言ってることは本当だよアリスさん。いま幻想郷が大変なの!」

「うん、それは分かるわ。ちょっと魔力を感じてみたけど、各地でとんでもない事が起きてる。そして此処はまだ未遂の状態みたいね」

「魔界に行くことが目的だと言ってました!」

 

 小傘さんは顔見知りだったようで、気さくに話しかけている。アリスさん、ですか。お師匠様から聞いたことのあるお名前ですね。

 っていうか、この方ってあの童話の主人公そのままだ。

 

「魔界と幻想郷を繋ぐゲートを増やされるのはまずいわね。食い物にされるわ」

「人が、ですか!?」

「いや経済が。姉が厄介な人でね……」

 

 困ったように呟くその様からは苦労が滲み出ていた。よく分からないけどアリスさんもなかなか大変な人生を送ってきたのかもしれない。

 まあそんな話はさておき、船を見遣る。

 

 船は相変わらずアリスさんの拘束を引き千切ろうともがいており、その一方で慌てていた尼僧さんが降りてくる。仕切り直しと言わんばかりの澄まし顔だ。

 

「なんで邪魔するのさ。見たところ此処にいるみんな人間じゃない、妖怪だろ? 姐さんの復活に力を貸すのが道理じゃないか?」

「あっ、私人間です」

「姐さんはいつだって妖怪の味方だ。幻想郷は妖怪の楽園で、どんな過去だって受け入れてくれるなら、拒まれる謂れはないと思うけど」

 

 むぅ、無視されるのは嫌です。

 

「そう、幻想郷は全てを受け入れる。だけど、それを同じように許すほど此処に住まう者は寛容ではない。特にこんな状況じゃね。異変に与している以上、その姐さんがどんな人であろうが、まずはお前達を半殺しにしなきゃいけない。話はその後聞くわ」

「この野蛮人ッ! やはりナズーリンの判断は正しかったようね!」

「あら失礼ね。都会派魔法使いに向かって」

 

 飄々と罵声を受け流すその裏で、アリスさんの指先が細かく動いているのに気付いた。意味がないように見える細かな造作でも彼女や魔理沙さん程の魔法使いともなれば、相手を追い詰める一手の前準備になるのだろう。

 そして相手もそれを許すほど、甘い妖怪ではなかった。チラリと船を一瞥する。

 

「水蜜は船の細かな操縦で必要……ナズーリンは頭がキレるから多分要る……星は聖復活に必要不可欠……要らないのは私達だけ! いこう雲山、最高のフォルムで連中を捻り潰すよ!」

「……なるほど、見上げ入道。無限に巨大化していく無敵の妖怪ね」

「ご名答。だけど本気の雲山はその無限すらも超えていく! ちょうどこの幻想郷には、所有者の居ない魔力がうようよ浮いてるからねぇ!」

 

 尼僧さんが手を掲げると彼女に纏わりついていた雲が肥大化して空を舞う。魔力の渦がどんどん雲と尼僧さんに集中していくのが分かる。幻想郷中の雲を片っ端から吸収している……? 

 季節の数だけ雲の形はバラバラだ。うろこ雲にかすみ雲、乱層雲、積乱雲と、種類を問わずそれらを食い尽くしてどんどん力を増している。

 

 そして一瞬、あたりの空全てを覆ったかと思うと、急速に収縮し、凝固する。

 ピンクの体躯は何処へやら、黄金色に染まった雲爺が恐ろしい形相で私達を睥睨する。思わず身が竦んでしまいそうです……! 

 

「想像以上のパワーだわ! 幻想郷の空がこんなに素晴らしい魔力の坩堝になっていただなんて! ……雲山の力はもはや御仏をも凌駕する。後光により輝く身体がなによりの証拠!」

「ただ光ってるだけじゃないの? 体積もなんだか縮まってるし」

「いえ決して気を抜いてはいけませんっ! 金色に染まった者が弱くなった試しはありませんから! 覚醒の証である金色ですよ金色!」

「早苗?」

「しかも雲のお爺さんで金色なんて、相手のトラウマを刺激しようとしてるとしか思えない! かなりのやり手です!」

 

 それこそ数多の子供達を泣かしてきた糞ボスそのものではないか。あいつのせいで暫く積みゲーになってたんですよドラ○エ7! 暇してた秋さん達やお師匠様にレベリングお願いしてなんとか勝てましたけども! 

 

「ちょっとよく分からないけど、あの見上げ入道が中々に厄介なのは確かにそうね。──それに、船の拘束だってもうそんなに保たない。……幾つかの犠牲を選択しなければ、私達は何もせず終わってしまうわ」

 

 アリスさんの簡潔な説明は今の状況を的確に捉えていた。

 此方は私、アリスさん、満身創痍一歩手前の小傘さん。対して彼方側は尼僧さんと雲爺さんに水兵さん、そして姿を見せていない二人がいるらしい。

 数では完全に負けてるし、流れも頗る悪い。

 

 船の破壊は敵の妨害を考えると短時間では無理だし、今からじゃ魔界侵入を防ぐには至らない。つまり、魔界側で決着をつけることになる。

 そう仮定した上で考えなきゃならないのが、目の前に立ち塞がる尼僧さん&雲爺を相手する者、そして魔界に突入した者が帰還するまで魔界のゲートを封鎖しつつ維持する役割。これらが必要だ。

 特に後者は大変なもので、ゲートの管理に失敗すればあの魔界に入った者は船もろとも時空の彼方へ呑まれてしまうし、逆に抑えられずゲートが開き切ってしまえば魔界人の侵略を許してしまうらしい。

 

 つまり、魔界に突入できるのは一人だけ……!? 

 

「早苗にはメインをお願いするわ」

「望むところ! ……ではありますが、本当に私で大丈夫でしょうか?」

 

 アリスさんからのまさかの推薦に胸を叩くが、すぐに不安が押し寄せてくる。私なんかにそんな大役が務まる気がしないのだ。なにせ彼方には三人もの強い妖怪がいるのだから。

 でもアリスさんの考えは非常に合理的であり、賭けでもあった。

 

「貴女に見上げ入道を止める力は多分ない。ゲートを管理する技量も無いと思う。なら消去法でメインを張ってもらうしか無いわ。同じ理由で小傘は足止めしかできないだろうし」

「待ってよアリスさん! 早苗を一人でそんな危ないところに行かせるなんて……。この子はまだ霊夢さんのようには」

「いえ寧ろこの子が一番適任なまであるわ。それに一人じゃない、私も同伴する」

「「へ?」」

 

 一同首を傾げた。なんなら時間稼ぎできて好都合なのか作戦会議を黙って見てた尼僧さんまで首を傾げている。

 

「小傘には上海人形と蓬莱人形を付けておくわ。この子達がいれば千人力、そこらの大妖怪にだって引けは取らない」

「よ、よろしく?」

「それと貴女の能力は恐らく見上げ入道と相性が良い。とにかく風雨と七色のスペルを乱発して奴等の力を削ぐことに専念しなさい。少しすれば藍あたりがアシストしてくれると思う」

 

 眩い魔法陣と共に現れたのは可愛らしい二組のお人形。どうやらこの子達は完全に自律して動いているようで、アリスさんの操作なしにクルクルと飛び回って小傘さんで遊んでいた。

 

「次に魔界のゲートだけど、これは私の手持ちの人形の9割と、魔力の半分を使う。本体(アリス)は貴女と一緒に船へ。これでなんとかなると思う」

「アリスさんの負担が大き過ぎませんか!?」

「他に頼れそうな連中もいないし、魔界と幻想郷で戦争なんて起きたら堪んないもの。それなりに頑張らせてもらうわよ」

 

 素直に凄い人だと思った。自らの手で窮地を打開する力と知恵に溢れている。精神もなんて高潔なんだろうか。まるで今の私が望む姿そのものだ。

 私では……到底及ばない。

 

 スタートラインに立つことを望み続けた人生だったが、いざその願いを叶えると更に上を望んでしまう。より欲深く、ちっぽけな奇跡では到達し得ない姿に。

 

「行くわよ早苗。妨害はなるべく私が捌くから、攻撃を躱して船に乗ることだけを考えて」

「は、はい」

「早苗気をつけてね!」

「小傘さんこそ!」

 

 慌てて思考を振り払い、一目散に巨船を目指す。

 当然、尼僧さんと雲爺がそれを見過ごす筈もなく苛烈な追い討ちを仕掛けてくるが、人形に護衛された小傘さんにより生成された突風スペルのお陰で狙いが定まらないのか、すんでのところでなんとか躱せている。

 

 デジャブを抱くほどに繰り返す。前だけを見てひたすら飛び続けているが、それでも私の周りで凄まじい戦闘が起きているのはなんとなく分かった。アリスさんが、小傘さんが必死に守ってくれてるんだ! 

 

「船から攻撃が来る! レーザーの複雑な動きに注意!」

「はい!」

 

 事前にアリスさんが敵の狙いを看破してくれるから、余裕を持って回避に備えることができる。敵も私達を近づかせまいとなりふり構わず弾幕を展開しているが、アリスさんの対応能力が更に上をいっています。

 アリスさんの人形で、私の結界で、アリスさんの障壁で、私のスペルで。次から次に敵の防衛策を突破していく。

 さっきまでの悪戦苦闘が嘘のようだった。

 

 そしてついに、船尾へと手を掛ける。

 こうなってしまえばこっちのものだ。一気に甲板へと降り立ち、妨害の少なそうな船内へと侵入する。私達の事前の目論見通り、船への攻撃を避けるために迎撃がピタリと止んだ。

 

 古い板張りの通路に背中を預け、なんとか息を整える。微かに香る線香の匂いが敵地だというのに心を和ませる。

 

「やりましたねアリスさん。これで第一段階クリアです」

「ほんの少しばかり手こずっちゃったけどね。敵も中々やるみたい」

 

 困ったように笑いながらアリスさんが左手を差し出す。夥しい出血、血肉の焼け焦げた臭い。生々しい銃痕のようなものが掌にあった。思わず息を呑んでしまう。

 また物理的な怪我だけでなく、他にも何か良からぬモノがアリスさんを苦しめているのだろうと、直感で分かった。諏訪子様の呪いが私や神奈子様を蝕んだあの時みたいに。

 

「あれだけの密度だもの、一つや二つの被弾は覚悟してたわ。ただあのレーザーにこんな厄介な能力があるとは思わなかった。妖怪が聖者の力を振るうなんて」

「聖者……そうか! これは神仏の力!」

「ええ。悪き妖怪を正義の下に滅する法力ともいうべき理。この灼かれるような痛みから察するに、どうやら私は"悪"に該当するみたい」

「……何か後ろめたいことでも?」

「長く生きてればね。まあこの程度なら支障はないわ。気にしないで」

 

 手製の人形で手当てしながら、アリスさんは淡々と語る。大して動揺してないので、多分その答えについてはとうの昔に辿り着いているのだろう。

 私から言うことは何もない。

 

「でも貴女が居てくれてよかったわ。おかげでこの異変も何とかなりそう。やはり紫の弟子を名乗るだけはある」

「えっと、確かにお師匠様は凄い方ですけど、私は別に……。アリスさんが居なければこうして船に辿り着くことすらできませんでした。今からの戦いにもどれだけ貢献できるのか……」

「自身を構成する色は自分からじゃ観測できない。見出してくれる者がいるからこそ、より一層輝くものなのよ。……貴女には幻想郷の連中に負けない力があると思う。紫もそれに惹かれたんじゃないかしら」

「そう、なんでしょうか」

「アイツって少しでも見所のある女の子にはちょっと粉をかける感覚で好き放題していくからね。そんなアイツの弟子をやってるんだもの、期待ぐらいしちゃうわ」

「あはは、霊夢さんと同じこと言うんですね」

「……」

 

 そう言うとアリスさんは気難しそうな顔をしながら押し黙ってしまった。不快にさせてしまったのだろうか? あの人を比較対象にされるのは私も嫌ですし。

 咄嗟に謝ろうとしたが、それには及ばないと言わんばかりに手で制止された。その直後、船体の揺れが規則正しいものになった。

 

 よくよく感じてみると、空気の質が変わったような気がする。諏訪から幻想郷に移った時の感覚に近い。何というか、レトロな感じ。

 

「そろそろ甲板に出ましょう。きっと敵も待ちくたびれてる頃」

 

 静かに頷いて、室外へと歩みを進める。

 外は一変していた。赤褐色の不気味な光が辺りに満ちていて、空の概念が消え失せてしまったようにどこまでも禍々しい風景が広がっている。

 眼下には何処の国の言語かも分からないスペルが地を這っているように見えた。

 恐ろしい場所です。

 

 

 

 私達と相対するのは二組の妖怪。片方は一目で鼠の妖怪だと分かったのだが、もう片方はよく分からない。その出立ちはまるで荘厳な仏像のような印象を受ける。槍と宝物を携えて殺る気満々といった様子だ。

 私は無言で祓串を構えた。隣ではアリスさんが人形を数体展開している。

 争いは避けられない。

 

「まずは名乗りましょう。私の名は寅丸星、こちらの者はナズーリン。互いに言いたい事が多々あるかと思いますが、まず初めにこれだけは言わせて欲しい──我々の勝手な我儘に巻き込んでしまい、申し訳ない」

 

 深く頭を下げられた。まさか一番に謝罪を受けるとは思ってなかったので吃驚しました。流石のアリスさんも少し動揺しているようだった。

 星、と名乗った女性は酷く辛そうな顔をしながら噛み締めるように語る。

 

「悪に利用されているのは承知の上で、今回の作戦を決行しました。幻想郷と魔界を繋ぐ事で何が起きるのか、全てを把握した上で今に至っています。貴女方に幾ら謝ろうが、到底許される罪ではない」

「ヤケに素直ね」

「我々は聖を救い出したい一心で幻想郷に生きる者達を天邪鬼に売り渡してしまいました。千年来の悲願をどうしても叶えたかった。……もはや私に毘沙門天の一門を名乗る資格はありません」

 

 言っている意味はよく分からなかったが、まあ誠実な人なんだろうなって思った。言葉の節々から罪の意識を十二分に背負っているのが窺い知れた。

 でも、目は据わったままだ。

 私達に対する殺気は変わらない。

 

「故にほんの僅かな罪滅ぼしですが、聖を救出した後、幻想郷で起こっている異変は我々が責任を持って鎮圧します。そして私は自らの身を地獄に堕とし、罪を永遠に贖い続けよう。……本当に申し訳ない」

「何故異変に加担したんですか!? それならお師匠様を──幻想郷の方々を頼れば……!」

「私は見失ってしまったのですよ。正義も、人を信じる心も。それに八雲紫には……私達も少々思うところがある。ならばまだ打算と下心の分かる天邪鬼や邪仙、邪神に与した方が幾分か心が楽だった。私は欲に負けたのです」

 

「早苗、無駄よ」

「でも……納得できません」

「どんなすれ違いがあったのだろうと、幻想郷にとっての害になっている以上戦う以外に道はない。例え連中に不動の大義があったのだとしても」

 

 その通りだ。星さん達にどのような思惑があろうが、幻想郷崩壊の片棒を担いでしまった時点で私に選択の余地はない。彼女らの言う聖さんがどんな人物であろうとも、これ以上幻想郷を窮地に陥れる可能性があるのなら、その切なる願いを私達は踏み越えねばならないのだから。

 

 でも、なんかモヤモヤするんです。納得できない何かがある。

 

 尼僧さんに水兵さん、星さん。

 きっとみんな縋りたいだけなんだ。私と同じ……いや、それ以上に酷い環境で、気の遠くなるような長い間、ずっと『(救い)』を求めている。

 私にはお師匠様が居た。

 でも彼女達から『それ』は奪われている。

 

「では、参ります。正道無き戦い──だが宝塔よ、どうか最後に力を……!」

 

 悲壮な決意だった。

 星さんは携えた宝物から夥しい数のレーザーを発しながら接近。アリスさんを封じ、私へと横薙ぎに槍を振り払う。所作に全く無駄がなく、私の目では朧げにしか捉えられなかった。

 背面跳躍と同時に巫女服の端が切り裂かれる。

 

「早苗ッ……戦符『リトルレギオン』!」

「スペルカードは君たちだけの専売特許じゃないよ。守符『ペンデュラムガード』」

 

 私を守る為のものだろう、十数体の人形による波状攻撃が振り子のような未知の金属物体に阻止された。この船を動かしている妖怪達はスペルカードルールを知らないとばかり思っていたが、鼠さんはそれに該当しないらしい。

 

「どうやらそちらの巫女には宝塔が効かないようですね。それは貴女の正しさが『正しい』ことの何よりの証左。しかし、宝塔の力は衰えていない。この世界は聖白蓮を必要としている……!」

「私は無知なだけです!」

「只の愚者が私と戦えるものかっ!」

 

 疾風怒涛の突き技に翻弄されながらも、叫ぶようにして問答を続ける。

 実力があまりにも隔絶しているからなのか、完全になすがままだ。動きが何も見えないから一から十まで勘で戦っている。

 

 でもどうしてだろう。身体は昔と何も違わない筈なのに、感覚だけがどんどん深みに落ちていくような。

 

「ご主人ッ手を抜くな! 幻想郷に残った一輪や、不完全な聖輦船を必死に制御してる水蜜の想いを無碍にはできないぞ!」

「分かってる! 次で決めます!」

 

 

「神奈子様……諏訪子様……! どうか私に、二度と後悔しないだけの力を!」

 

 神奈子様はこの場に居ない。諏訪子様は死んでしまった。でも二人への願いが私に力を与えてくれるような、そんな気がするのです。

 

 そうだ。

 こんな時、仏教ではこう言うんだったか。

 

 私は心に巣食うモヤモヤを吹き飛ばすように、あらん限りの声量で叫んだ。

 

 

「いざ、南無三──!」

 

*1
命名:稗田阿礼 原初の恐怖から生まれた和製四凶枠 レティの他に3人いるかもしれない

*2
小傘「死んでないよー!」




一輪「ごめーん!お酒買ってたら遅くなっちゃった」
村沙「めんごめんご!」

星「なんで聖輦船に酒があんだよ!
教えはどうなってんだ教えは?!
わかってんのか?!
人々が命蓮寺を受け入れたのは
戒律を守る理性を期待したからだろうが!
酒取んのかよ!
くそったれ!」
ナズ「ご主人!?」

早苗「船を真下からどついてやりましょう」
小傘「わちゆる!」

アリス「あの子一回も被弾してないのヤバくない?」

一輪と村沙が買い出しに出てたり、ぬ正体不明えさんが居ないせいで飛倉の部品集めが捗らず出発が遅くなってたらしい。なお未完成な模様。久々の地上で舞い上がってるからね、仕方ないね!
ちなみに黄金雲山、Aクラス級の糞強妖怪です。

今のところ幻想郷に居てパワーダウンしてない仲間妖怪は文、幽香、アリス、小傘のみ。これは勝ったな!!!
他にもルーミアやらミスティアやらも弱体化はしてないけど、別に異変を邪魔するような子達でもないので放置されてます。むしろ暴れる側。


ゆかりん流交渉術 壱の型 土下座
ゆかりん流交渉術 弐の型 丸投げ→さとり
ゆかりん流交渉術 参の型 物釣り→早苗
脈々と受け継がれてるんですよね……(負の遺産)

あと出だしは調子良いのに強い相手が出てくると急にヘタれるのも早苗さんとゆかりんの共通点。本来早苗さんは自分の力を過信する系女の子なので、今までの体験との中でせめぎ合いが起きてるのですね!
ゆかりんは素直に考えが足りないだけ

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