幻想郷は全てを受け入れるのよ。それはそれは残酷な話ですわ……いや割とマジで   作:とるびす

125 / 151
【悲報】幻マジ、サザエさん時空じゃなかった


藤原妹紅と宇佐見菫子の奇妙な冒険①

 

 凄惨な異変の裏で一つの小さな転機があった。

 

「ほら早く早く! とっても賑わってるよ!」

「見れば分かるって。あんまり人混みではしゃいでると迷子になるぞー」

「わぁ何アレ!? 美味しいの!?」

「八目鰻だな。食ってみるか?」

「いいの!? ありがともこたん!」

「もこたんやめい」

 

 こうやって笑いながら話すのはいつ振りだろうか。

 消沈の不死人、藤原妹紅は人里を闊歩していた。荒んでいた頃とは違い、今は安らかな気持ちでいられる、そんな平穏を噛み締めながら。

 

 全ては慧音と、目の前で喜びの感情を爆発させている少女のおかげだろう。

 

 人妖の手により急ピッチで人里の復興が進む中でも人々の営みは続く。

 今も倒壊、または焼失した店舗の代わりに露店として品物が売りに出されており、お祭りのような賑やかさが辺りを包んでいる。

 

 人間達には絶望に沈む暇さえなかった。

 聞くところによれば、最近活動し始めた宗教家達の影響が大きいらしい。縋る対象が確立される事で、最低限の安心を確保できた為だろうか。

 世情が不安定になればいつだって力を増すのが宗教だ。妹紅はそれを良く知っていた。

 

「いらっしゃいませー……って妹紅さん。なんだかお久しぶりなような気がする」

「よう。今日は連れの為にわざわざ表に出てきたんだよ。早速だけど、八目鰻ニ本貰えるかい?」

「はーい。響子ー!」

「あいよー!」

 

 しれっと復興作業の合間に自分の店を再開させているミスティアとお手伝いの幽谷響子。

 ノリで草の根に与したためペナルティーを受ける事になってしまったけれど、人里へ簡単に出入りできるようになったのは2人にとって好都合だった。

 最近は表通りで夜な夜な珍妙な歌を叫び散らかしていると聞く。一部から熱狂的な人気があるようだが、妹紅はプリズムリバー派なので見向きもしていない。

 

「はいおまち。妹紅さんの復調祝いでもう一本オマケしちゃうよ」

「太っ腹。どうもありがとう」

「今後とも御贔屓に。……ところでそちらのお嬢ちゃんは? 人里じゃ見ない顔だけど」

「ああ、迷い子だ」

 

 興味津々な様子で八目鰻を眺めている少女へと目を向ける。初めて見る物らしく、匂いを嗅ぐなどして「グローい!」なんて言いながら楽しそうにしていた。

 

 彼女の名前は宇佐見菫子。歳は九くらいと聞いている。

 

 ただの子供とは思うなかれ。

 幼子とは思えないほど利発で聡明、さらに好奇心旺盛であり、非常にアグレッシブなスーパー女学生。赤縁のメガネが探究心の深さを窺わせる。

 

 迷いの竹林をパジャマで彷徨っているのを発見した時こそ怯えていたが、此処が幻想郷だと分かった時の喜びようは尋常じゃなかった。どうやら最低限の事前知識があるようで、ずっとそんな調子だ。

 

 菫子は幻想郷の住民である妹紅に強い憧れを抱いており、保護してからというもの、ずっとべったりだ。非常に懐いていた。

 そして当の妹紅もそんな菫子を結構気に入っている。

 

「あー外来人か。なら博麗神社に連れて行ってあげないとね。このままじゃ私やルーミアに食われても文句言えないわ」

「そうなんだがちょっとばかし面倒な問題があってな……」

「問題? それって異変の件?」

「いやそれもあるんだけど……まあ時期が来たら博麗神社に行かせるさ。取り敢えずこいつの事はそんくらいだ」

 

 

「なんの話してたの?」

「何処ぞのジャジャ馬家出娘についてだよ」

「むぅ……家出じゃないってば!」

「始まりは不可抗力でも、帰りたがらないんじゃ家出も同然だよ。そろそろ家が恋しくなる頃じゃないか?」

「ぜーんぜん。だってまだ竹林と町しか見てないんだよ? 全部見たいの!」

「そりゃ贅沢が過ぎるってもんだ」

 

 菫子を帰せない理由その1である。

 とにかく外の世界に帰りたがらない。家庭環境に何か問題があるようでもなく、ただ単純に幻想郷が楽し過ぎるだけなのだと思われる。

 もちろん妹紅が無理やり博麗神社に連れて行けば済む話ではあるだろうし、実際そうしようとした事もある。しかし、その際に菫子から強烈な謎の反撃を受けてしまい、それ以降話は流れたままだ。

 

 現代っ子は手を使わずに物を叩き潰せるらしい。勉強になった妹紅であった。

 

 さて、この変わり者がいつまで幻想郷に居たがるのかは知らないが、取り敢えず衣住食は提供してあげなければなるまい。特に衣。

 そんなわけで、あの妹紅が重い腰を上げて人里までやって来たのだ。

 あと慧音への相談は必須だろう。

 

 

「それでさそれでさ、もこたん!」

「うん?」

「ゆかりんにはいつ会えるかなぁ!」

「……」

 

 菫子を帰せない理由その2。これが一番の問題。

 なんでこの幼子の口から、あの醜悪な妖怪の名前が出てくるのか。妹紅は理解に苦しんでいた。

 

 八雲紫に対する恐怖は未だに妹紅の心を強固に支配していた。あの顔を思い浮かべるだけで身が竦み、息が上手くできなくなる。

 自分がかつての無力な小娘だった頃と、何も変わっていない事を否応無しに自覚させられた。紫の存在は妹紅の弱さとイコールなのだ。

 

「ゆかりんはね、いつも夢でお喋りしてくれたんだー。幻想郷のこともいっぱい教えてもらったの。私のステキなお友だち!」

「……そうかい。私はそんな妖怪知らないな」

「そっかー。パソコンがあればマミさんやHEKAさんに聞けるんだけどなー。幻想郷にパソコンないかなー?」

「さあなぁ」

 

 ここは上手く誤魔化すが勝ちだ。

 

 妹紅にはある種の確信があった。

 絶対に、菫子をあの妖怪に会わせてはならない。故に博麗神社にも迂闊に近付けないのだ。

 

 何故かと聞かれれば、妹紅にもいまいちよく分からない。紫に対する嫌悪がそうさせる面もあるのだろうが、それを凌駕し得る何かが菫子にはあった。

 マエリベリー・ハーンとの一幕が脳を何度も過ぎる。目の前の少女を見るたびにあの悪夢がより鮮明になって、妹紅へと警鐘を鳴らすのだ。

 

 紫はきっと菫子を喰おうとする。それは妹紅の中での半ば確定事項。

 

 万が一、目の前で紫の手により菫子を喪う事があれば、妹紅は二度と再起できまい。

 

「どうしたの? ……ねえってば!」

「ああ。ごめん。行こうか」

 

 いつの間にか足が止まっていた。菫子に先を促され、漠然と足を前に進める。

 周りの喧騒も耳に入らなかった。

 

(私は、もしかして、メリーと菫子を重ねているんだろうか。……まさか、全然似てないのに)

 

 歳や背格好、人種すら違う赤の他人である筈の2人。強いて言えば出会いのシチュエーションがほぼ同じだが、それがどうしたという話だ。

 自分の身も蓋もない仮説を振り払うように頭を叩く。

 

 この怯えが如何なる理由で湧き上がるものなのかは、この際どうでもいい。

 守ればいいのだ、今度こそ。

 もうあの妖怪には何も奪わせない。

 

(もう二度と負けたくない……!)

 

 拳を強く握り締め、血を滴らせる。

 

 妹紅の燃え尽きた心に炎を再び灯すのは、いつだって外の世界からやってきた不思議な少女だった。

 

 

 

 *◆*

 

 

 

 燃え尽きたわ……真っ白に……。

 

 人里のとある一室に、FXで有金全て溶かした顔をした女が1人。そう私は八雲紫。

 簡潔に結論を話すと、この1時間で八雲家の全財産が吹き飛んだ。全てだ。

 

 普段は資産に無頓着な私も今回の件の不味さは考えるまでもなかった。脳裏では藍と橙の途方に暮れる顔がビュンビュン過りまくっている。

 とんでもない事になってしまった……。

 

 そして、そんな私に向かって必死に頭を下げているのは、我が愛弟子である早苗。

 半泣きになりながら私へと謝罪を繰り返している。

 

「本当にごめんなさいお師匠様っ! このお返しはいつか絶対にしますから……!」

「うふふいいのよ別に。元からこうするつもりだったから気にしないで」

「き、気にしますよ!」

 

 そう、全ては早苗が始まりだった。

 彼女に付き纏う古くからの因縁、それが遂に牙を剥いたのだ。私もこの『爆弾』の存在を完全に失念していた。不覚ですわ。

 

 そんな私達の姿を嘲笑うかのように、上機嫌な笑い声をあげる畜生集団は流石という他あるまい。

 

「ふぉっふぉっふぉ。まあまあ、払える範疇で済んでよかったのう。スキマ殿と儂の仲、特別出血大さーびすじゃ」

「うふふありがとうございます」

「お前さん良い師を持ったのう。もしびた一文でも足りなかったら怖いお店で働いてもらうところだったぞい」

「こ、怖いお店……!?」

「早苗を脅かすのはやめて頂戴」

 

 わざとらしい悪どい笑みで早苗を揶揄っているのは、佐渡狸の大親分こと二ッ岩マミゾウ、通称マミさんである。私のチャット友達であり、早苗の債権者。

 本日、初めての幻想入りを果たしたそうだ。

 

 仕事用だろうか? 立派な着物を着ている。大正ヤクザスタイルですわ! 

 

 数年前の事なので私含めお忘れだった方も居るかもしれないわ。

 そう、モリヤーランド建設の資金は、マミさんの運営する『二ッ岩ふぁいなんす』からの融資により調達されていたのよね。

 世間知らずかつ追い詰められていた早苗の弱みに付け込んでの契約だったわけだ。

 そして本日、突然早苗の前に現れて利子込みでの一括払いを請求したのだ。しかもご丁寧に保護者(神奈子)の居ないタイミングを見計らって。

 や、ヤクザ……! 

 

 という事で、早苗から念話でのSOSを受けて慌てて参上したのだ。

 結果、連帯保証がどうとかって話で現物現金マヨヒガに至る私の財産全て差押されましたとさ。

 容赦なさ過ぎる……! 

 

 ここで良い子のみんなへゆかりんからワンポイントアドバイス! 『保証人にはなるな!』

 まあ早苗を見捨てることはできないので回避できない話ではあるんだけどね。とほほ……。

 

「それにしても、もしやと思ったが本当に神社まるごと幻想郷に移っておったとはのう。しかも湖やれじゃーらんども込みじゃろ? 外の世界は大騒ぎだったぞい」

「優秀な者が居てくれましたので」

 

 青娥娘々って言うんですけどね。

 

「まあ儂としては結果おーらいじゃな。こうして懐は潤ったし、念願じゃった幻想郷への参入も穏便に済ませることができた。礼を言うぞスキマ殿」

「……目敏い貴女の事です。何か企みが?」

「お見通し、という訳じゃな」

 

 これからマミさんじゃなくて越後屋って呼ぼうかしら。

 あと穏便とは……? いやまあ確かに、マミさんほどの大妖怪が現れた時って大抵異変が起こるけど、今回は私にしか被害が出ていない。穏便だわ(錯乱)

 

「なぁに、幻想郷は異変の影響で大きく揺れている最中じゃろう? 爪痕も至るところで散見できる。こんな時こそ儂ら新参の妖怪が大きく伸びる機会になろうて。現に、表通りの露店の3割は『二ッ岩ぐるーぷ』の傘下じゃしな」

「お手柔らかにお願いします」

「今回スキマ殿から返済してもらった資金だって、慈善事業を通して巡り巡って幻想郷復興の一助になる。いい話じゃろ? ぼらんてぃあというやつじゃ」

「へえーマミゾウさんって良い狸さんなんですねえ」

「よく言われる。早苗お嬢ちゃんもまた金が必要になったらいつでも言っておくれ」

「はい!」

 

 はいじゃないが。

 どうやら早苗は化かされやすい体質みたいね。

 

 私あんまり経済に詳しくないんだけど、これって大丈夫なんだろうか? 幻想郷の市場全部マミさんに独占されたりしない? 

 いや、幻想郷にも海千山千の守銭奴達が沢山いるし、マミさん一強にはならないと思うけどね……。あのウ詐欺や天狗河童も相当なものだもん。

 

 

 

 ひとまず重苦しい返済の話は終わったので、外に出て世間話がてら露天を見て回る事になった。私は賢者として復興具合の視察、早苗は露店を楽しみながら神社とモリヤーランドの宣伝、マミさんはみかじめ料の徴収。

 

 あと秘密裏にルーミアに連絡を飛ばして、藍に現状の説明を依頼しておいたわ。だって流石に怒られそうで怖いんだもん。

 藍なら家とかが換価売却される前に買い戻す為の資金集めくらい楽勝だろう。多分。

 

「それにしても流石の手腕よな。あの神社を救っただけでなく、幻想郷にここまで馴染ませるとは。スキマ殿の人徳が為せる技かのう?」

「いえ、どちらも私だけの力ではありません。大きな犠牲を払い、今があります」

「ここだけの話じゃがな、儂が早苗お嬢ちゃんに金を貸したのはあの神社が目当てだったからなんじゃ。……正確には、あの土地と住まう神」

 

 楽しそうに表通りを駆けている早苗を眺めていると、マミさんがそんな事を言い出した。

 なるほどね、納得したわ。諏訪湖周辺は古来から霊験あらたかな地として信仰の対象となっていた。簡単に言ってしまえば巨大なパワースポット。妖怪としてその地に手を伸ばすのは当然と言えるかもしれない。

 

「まっ、スキマ殿と狙いが被った以上は無駄骨だったがの。それに儂の想定よりも遥かに良く活用しておる」

「しかし完全ではなかった」

「ん?」

「力不足を痛感するばかりです。今も昔も」

 

 早苗の笑顔を嬉しく思う気持ちはあるけれど、それが完全なものでないのが私はどうしようもなく悔しいのだ。諏訪子が居てこそ、あの子は本当に救われるのだから。

 

 返済の肩代わりなんて、そんなの何の償いにもならないのに。

 

「……変わったのぉスキマ殿」

「そうかしら?」

「儂とスキマ殿が初めて出会った時を覚えているか? あの時の主は……」

「ぬえの紹介だったわね。そういえば」

「うむ。なんじゃこの話は嫌か」

 

 ……。

 

「思えば、ぬえとはかれこれ800年は会っていない。てっきり幻想郷に来ているものかと考えておったが、どうやらそうでもないらしい」

「確かに、来てないわね」

「死んだんじゃろうな、人知れず何処かで。……彼奴ほどの妖怪が前触れもなく簡単に殺られるとは到底思えぬ。不可能なんじゃ、普通なら」

「……」

「ありえん……儂は信じない」

 

 マミさんは徐に眼鏡を外すと、指で瞳を拭う。色々と誤魔化しが利かなくなったのだろうか、懐からキセルを取り出して煙を浮かせた。

 人里に禁煙区域は無い(豆知識)

 

「もう随分経った筈なのにな、歳を取ると涙脆くなっていかん」

「仲が良かったものね貴女達。変幻自在の化け狸も飢えてしまうなんて」

「歳を取った妖怪ほど寂しさを恐れるのは常じゃろうて。ちゃっとを始めたのもそうじゃよ。こんな事になるなら、さっさと幻想郷に来てしまえばよかったのぅ」

 

 どうしようもない気持ちになった。

 もしかしてマミさんはずっとぬえの安否を探っていたのかしら? だから幻想郷への誘いにも中々乗ってこなかった。事業を畳む準備とか、そういうのは言い訳で。

 

 私から彼女に掛ける言葉は無かった。

 

「HEKAさんは死んだんじゃろう?」

「え?」

 

 あらら、ばれてーら! 

 マミさんったらどこまで情報を掴んでいるんだろうか。借金の件といい油断ならない人……もとい狸だわ。涙をアピールしたのも私のペースを崩すつもりだったりしてね。

 長閑な人里を歩いている筈なのに、空気がヒリついてきたような気がする。

 

「かの女神でさえ死んでしまうのだ。この世の中、何が起きても不思議では無い。不可能を可能にしてしまう妖怪が居る限りはの」

「恐ろしい世の中ですわね」

「儂もいつ餌食になるか……恐ろしゅうて恐ろしゅうて堪らん」

「幻想郷では何が起きても文句は言えません。戸締りはしっかりとしておくといいでしょう」

「意味あるのか? それ」

 

 マミさんと顔を見合わせて、何故だか笑いが溢れた。互いにだ。

 可笑しくて可笑しくて仕方がない。

 

「盛り上がってますねー! 私も話に混ぜてください!」

「大した事じゃないわ。ただの昔話」

「そうじゃ、ほれ駄賃をやるから何か好きなのを買ってくると良いぞ」

 

 楽しげな雰囲気を感じ取った早苗を金で黙らせるマミさんの図である。恐ろしい妖怪ですわ! 

 まあ早苗はめちゃんこ喜んでるのでいっか……。あっ、はしゃぎ過ぎて人とぶつかってる。落ち着きのない子ですこと。

 

 と、マミさんが手を叩く。

 

「そうじゃ。菫子もスキマ殿の仕業か?」

「え? 何がです?」

 

 唐突に出てきた名前に思わず困惑してしまった。

 

「なんじゃ知らんのか。彼奴、いま行方不明になっておるぞ。捜索願が出されておる」

 

「はぁぁぁ!?!!?」

「うお!?」

 

 思わず大きな声が出てしまった。マミさんのみならず、離れてた早苗や周りの通行人達までビックリして私を凝視している。そしてそそくさと距離を取った。

 ごめんなさいねオホホ! 

 

 でも吃驚したのは私だってそうだ。まさに青天の霹靂というやつである。

 

「ご、ごめんなさい。それで一体どういう事? 菫子が失踪?」

「うむ。ちゃっとでも反応無しじゃ」

「もしかして……誘拐とか?」

「一応失踪前から彼奴の自宅を部下の狸に張らせて居たが、怪しい出入りは無かった。煙のように消えてしもうた。儂はてっきりスキマ殿の差し金かと……」

 

 神隠しの主犯(濡れ衣)ですわっ! 

 ていうかマミさんったらまだ菫子をストーカーしてたのね。なんでか彼女を危険視してる節があるようなんだけど、なんでなんだろう? 

 

 まあいいや。それはひとまず置いといて、今は菫子の安否確認が最優先だわ。

 

「私も菫子の自宅を確認してこようかと思います。何かが分かるかもしれない」

「うむそれが良かろう。ほれ、これが菫子の住基でーたじゃ。出生地から転居履歴、家族構成に戸籍情報まで全て分かる」

「どこから手に入れたのこれ……」

「役所にも儂の部下狸がおるからのう」

 

 もう終わりですわこの国。

 やっぱり現代情報戦に優れているマミさんは幻想郷にとってかなりの脅威なのかもしれない。これまでとは別ベクトルのね。

 しかし今回ばかりは感謝させてもらいますわ! 

 

 マミさんからペラ紙を受け取る。

 なになに? ……東深見か。

 

 よし、行きますか! 

 いやけどその前に幻想郷を空ける旨を賢者の皆様に通達しておかなければ。

 月でサボってたのがバレてからというもの、不用意に幻想郷を出るなって釘刺されてるのよね。私は肩身の狭さから従うしかなかった。

 

 あと私1人だけだと単純に寂しい、もとい危険だから誰かに付いてきてもらわないとね。

 

「なんじゃもう行くのか。慌ただしいのう」

「ええ。これ以上あの子を放置する訳にはいきません。……何としても菫子を取り戻します。私の手で」

「まあまだ誘拐とは決まっておらんがな」

 

 それもそうだ。

 でも早めに何があったかを確認するに越した事はないわ。

 

「まったく……前回と同じじゃな。菫子のことになると途端に怖い顔になる。そんなに気に入ったのか? あの小娘を」

「だって可愛いでしょう? それに……」

 

 スキマを開きながら、私はただ当然のことを言うのだ。

 

「あの子は私の大事な人なんですもの」

 

 ()()()()()()()()()()()()大切な、ね。

 

 

 

 *◆*

 

 

 

「それにしても、この時期に外来人か。十中八九異変の影響だとは思うけど……」

「うん、私もそう思う」

「正規の方法で帰してあげるのが一番良いんだろうが……お前の懸念を聞いた以上は私からは何とも言えない」

 

 慧音は困ったように項垂れた。

 外の世界との行き来は博麗の巫女を通すのが常だが、八雲紫のチェックが入る可能性は高いだろう。独自の方法を持つ天狗、河童、吸血鬼などもここ最近は紫と連携を密にしている為、露見の恐れがある。

 

 妹紅と紫の因縁はよく聞かされている。紫がかつてのように凶行に及ぶとは思えないが、ありえないと断定する事ができないのも事実。

 あの妖怪の謎はあまりに深い。

 

 それにあの妹紅がここまで必死になって守ろうとしているのだ、あの菫子という少女には何かがあるのだろう。

 

「取り敢えずこの子の事については承知した。私も何かと気に掛けておくよ」

「本当にごめんね慧音。人里の事でとっても忙しいのに」

「妹紅が気にする事じゃない」

 

 露店で買った菓子を頬いっぱいに詰め込んでいる菫子を見て、2人揃って穏やかな笑みを浮かべる。

 この時点で慧音は腹を括っていた。何よりも妹紅からの頼みだ。

 

「じゃあ今から食糧を買いに行ってくるから、少しの間お願いね」

 

 

 

(慧音には悪いことしちゃったな……でも、あれ以外に方法が思いつかなかった)

 

 いくら暇人の妹紅といえど、四六時中菫子を見守るのは不可能。あの好奇心の塊のような子供だ、目を離せば何処に行ってしまうかわかったもんじゃない。

 なので買い物や情報収集の間は慧音に見ててもらうしかなかった。

 

 寺子屋の教師をやっているだけあって子供の扱いにおいて慧音の右に出る者は中々居ないだろう。

 なんなら慧音に保護してもらうのが良いかとも思うが、先に述べた通り慧音は阿求の補佐を始めとして人里の運営に手を尽くしている。妹紅のような暇人ではない。

 それに万が一八雲紫に嗅ぎ付けられた時、慧音の立場が悪くなるような状況はなるべく避けたかった。

 

 先の異変の結果、幻想郷は一つに纏まっている。それが妹紅のようなはみ出し者にとってはこの上なく活動しにくい環境と化していた。

 

(一昔前なら永遠亭の連中や兎を巻き込む事もできたけど、今はどうなるか全く分からない。……つくづく厄介な妖怪だ)

 

 関係ないところで紫への鬱憤を募らせながら大通りへの路地を抜け──。

 

「きゃっ!」

「あいた」

 

 出会い頭にぶつかってしまった。

 普段ならそんなヘマをするような妹紅ではないのだが、考え事をしていたせいで注意力が落ちていたようだ。

 当然妹紅の方が体幹が強いので、相手はカエルのようにひっくり返っている。

 

「ごめんよ。立てるかい?」

「お、お気になさらず! こちらこそすみませんでした!」

「怪我が無いなら良かった。……守矢神社?」

 

 相手──緑髪の女は珍妙な旗を持っていた。どうやら博麗神社以外の、最近山に建てられた方の神社らしい。引き篭もりの妹紅は初見だった。

 

「あっはい守矢神社です! 奇跡をお求めなら是非とも参拝にいらしてくださいね! 近くにテーマパークもあるんですよ!」

「じ、時間があるときにね」

「お待ちしてます!」

 

 それだけ言うと緑女は忙しい様子で駆けて行ってしまった。どうやらまた幻想郷に変人が増えたようだ。

 

 ふと、自分の進行方向。緑女がやって来た方へと視線を向ける。

 

「……ッ」

 

 奴がいた。

 今ぶっちぎりで会いたくない妖怪、八雲紫。

 

 詳しい会話の内容は上手く聞き取れなかったけれど、時折大声を出しているようだった。周りの通行人が怯えて傍に逸れている。

 対話相手は見たことのない女だったが、妖力を感じるので間違いなく妖怪だろう。八雲紫の一派だろうか。

 

 妹紅は極限まで息を殺し、群衆に紛れて接近を試みる。全ては会話内容を聞き取るためだ。

 爆音のように鳴り響く心臓を殴り付けた。

 

 そっと耳を澄ませる。

 

 

「これ以上あの子を放置する訳にはいきません。……何としても菫子を取り戻します。私の手で」

 

 

 

 

「ちくしょう的中かよ……! くそ……!」

 

 悪態が止まらない。

 群衆の合間を縫うようにして人里を駆ける。

 

 やはり自分の勘はよく当たるようだと、妹紅はこの世を呪った。もしこの運命を司っている者が居るのなら、とんだクソ野郎だと吐き捨てる。

 

 紫が菫子を狙っていると判明した。

 それは自分が再びあの妖怪と敵対し、相見える未来が確定した事と同義だった。

 

(まさか私が菫子を連れている事にも気付いているのか? ……事態は私の想定よりも遥かに悪いものなんだろうな)

 

 紫の口振りからして、菫子が誰かの手に落ちたような言い方だった。奴が菫子を匿う存在に勘付いていると見ていいだろう。

 慧音に預けるなどと悠長な事を言っている場合ではなかったのだ。

 

 

 

 この日を境に、妹紅は竹林から姿を消した。

 それは引き篭もりにとっては苦難続きの逃避行──菫子にとっては楽しい幻想郷観光ツアー開始の合図に他ならなかった。

 

 後日、ことの成り行きを聞いた蓬莱山輝夜は床を叩いてバカ笑いしていたそうな。

 




もしかして
→弾幕アマノジャク&秘封ナイトメアダイアリー
死んじゃった挙句に主役の座を盗られちゃう正邪ちゃん可哀想……

一応現在の時系列は、原作での東方地霊殿あたりになります。つまり東方深秘録から6〜8年前です。つまりその分だけ菫子が幼くなります
霊夢と魔理沙が三十路越えになる?……神主に聞いてくださいまし……!一応幻マジ内ではその辺りの矛盾を補完する設定があったりなかったり

次回、あの名探偵が6年100話ぶりに帰ってくる……!


温かいお言葉と高評価がたくさんで筆が止まりません!ありがとうございます♡

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。