幻想郷は全てを受け入れるのよ。それはそれは残酷な話ですわ……いや割とマジで   作:とるびす

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ポロリもあるよ!


迷探偵八雲紫の事件簿:東深見幼女密室神隠し事件

 

 むせる!!!!! 

 

 都会の空気は相変わらず濁りに濁っている。排気ガスと鉄錆の匂いだ。

 外の世界の人達はよくこんな環境で生きていけるものだと感心しますわ。しかも日本って世界に比べればこれでもマシな方らしいし……修羅の国は幻想郷ではなく、外側なのかもしれない。

 

 いや、それはないか! 

 

 というわけで私、ただいま外の世界に来ています。

 目的は言わずもがな、失踪した菫子の行方につながる痕跡を探すためよ。

 名探偵の血が騒ぐ! 真実はいつもひとつですわ! 

 

 ふっふっふ……フランDV事件以来となる名探偵ゆかりんの活躍、とくとご覧に入れましょう。私の辞書に迷宮入りという文字は無い! 

 

 ただ今回はかなり高度な捜査が求められそうだったので、優秀な助手(ワトソン)を用意しました。

 私には過ぎたる右腕こと藍姉ちゃん……もとい、八雲藍様である! あと左腕の橙もいるわ。

 久々の3人行動ね。八雲一家全員集合だ。

 

 当然、妖怪だとバレるわけにはいかないので2人は耳と尻尾を術で巧妙に隠している。身なりも現代に合わせたカジュアルな洋服に着替えていて、ちょっぴり派手な超絶美人三姉妹の誕生ですわ! 

『三姉妹』……ここ重要ね。

 

 ちなみに博麗大結界の管理は華扇と霊夢に丸投げしてきたので安心して欲しい。

 

「橙、あんまりキョロキョロしていると不審がられるよ。気持ちは分かるが決して隙を見せずなんでもない風を装いなさい。紫様に近付く輩を即無力化できるよう常に警戒を怠るな」

「はい! 万全を期して臨みます」

 

 式2人による恐れ多い警備も未だ健在だ。

 橙は外の世界での活動経験が少ないから、周りに気を取られてしまうのは多少仕方ないと思うんだけどねぇ。藍ったらスパルタなんだから。

 

 

「紫様、此処で合っているかと」

「そうみたいね。なんというか……普通の家ね」

 

 塀から僅かに顔を覗かせて宇佐見宅の様子を伺う。まあ第一印象としては先に述べた通りである。我が愛しき八雲邸に比べれば豆粒のような普通の家だった。

 まあ刃牙ハウスみたいなヤバい感じじゃなくて一安心だわ! 

 

 では行きましょうか。ぬらりひょんも吃驚な不法侵入の妙技をご覧あれ! 

 スキマ開く! 中に入る! 菫子の部屋! 

 ふう……ミッションコンプリート!!! こんな時だけスキマ妖怪に生まれて良かったなって心から思えるのよね。それ以外はよく分かんないけど。

 

 ではでは早速、菫子の部屋を物色させてもらいましょうかね。ぐへへ。

 

 ちなみに多分菫子のお母さんは在宅中だと思うので、橙に人払いの結界をお願いしているわ。これぞ完全犯罪よ! 

 

「それじゃあ少しの間だけお願いね橙」

「お任せくださいませ!」

 

 昔からそうなんだけど、特にここ最近の橙の活躍っぷりがヤバい。頼りになり過ぎる! 

 可愛いし一生懸命だし万能だし、隙がない……! 

 もういい加減『八雲』の名前を与えてもいい頃だと思うのよね。スパルタ教育お母さんの藍と、意地悪姑気分のAIBOから何か言われるかもしれないけど。

 

 っと、その話はまた追々ね。今は菫子失踪の痕跡探しを急がなきゃ! 

 

 藍と手分けして部屋の隅々をしっかりと見て回る。机の中、クローゼット、天井裏、全てである。

 幸い菫子の部屋は物が少なくあっさりしていたので、そこまで難航した作業にはならなそうだ。

 可愛らしいぬいぐるみなんかも殆ど置いてないし、正直、女子小学生の部屋とは思えないわ。ちょっと心配になってきた。

 

 勝手に保護者面しつつ机の中身をひっくり返していく。あまり使い込まれていない教材が山積みになっている。

 

 おっと通信簿を見つけたわ。どれどれ? 

『勉強はできるが授業中の居眠りが多く、友達と話している時間が少ない』と。協調性に難ありってやつね。そういえば夢の中やチャットでもナチュラルに同級生を見下してたし、色々危うさを感じる。

 

 いじめとかは流石に無いと思いたい。早苗の例があるからどうしても心配してしまうわ。今度こっそり授業風景を覗いてみようかしら? これも探偵事業のひとつよね! 

 

 他には……うん? 

 クレヨンで絵が描かれた画用紙を発見。線の拙さから見て、恐らく今より数年前に描かれたものだろうか。その内容は──。

 

「……」

 

「紫様、少しよろしいですか」

 

 藍の呼び掛けに応えて思考を中止する。画用紙を持ったまま彼女の下へ。

 

「僅かにですが、残っていた霊気の残滓を辿りました。どうやらその菫子なる少女がこの部屋で消えてしまったのは間違いないかと」

「消えたにしてもその手段と結果が問題ですわ。そのあたりはどうかしら?」

「……手段に関しては、状況証拠が少ないため如何とも。ただ行き先については判りました」

 

 部屋の隅に備え置かれたベッドの横、つまり壁を指でなぞる。すると忽ち空間がひび割れて、もう一つの世界が姿を現す。境界の先には竹林が見えた。

 これが意味する事とは、即ち──。

 

「菫子は幻想郷に居る……という事ね」

「はい。恐らく異変中の、結界の管理が最も緩んだ瞬間に侵入されたものかと。自身の力によるものか、若しくは何者かの手引きか……」

「大手柄よ藍。幻想郷に居るなら話は早い」

 

 ほっと一安心ですわ! これぞ灯台下暗しってやつかしら? 

 いやしかし、菫子が幻想郷に来ているのならまず私にコンタクトを取ってくると思うのよ。だけどそれがないという事は、やはり菫子の身に何かが起きていると考えるべきだろう。

 私が信用されてないって? 泣きますわよ? 

 

 ……裏に何者かの暗躍がある可能性、か。

 まさかとは思うけど、私と菫子の関係を把握した者による犯行だとしたらこの上なく厄介だわ。更に幻想郷に居ながら私達に菫子の存在を悟らせない秘匿能力。

 さて、誰が怪しいかしら? 

 

 

 なるほどね(超速理解)

 

 

「謎は全て解けました」

「「!?」」

 

 回りくどい策を弄して捜査の撹乱を目論んでいたようだが、大賢者八雲紫の目を誤魔化す事はできないわ。

 はてなマークを浮かべているワトソンちゃん達に犯人を教えてあげよう! 

 

「犯人は──上白沢慧音ですわ」

「あの守護者が、ですか?」

「なんか意外ですねー」

 

 いまいちピンとこない様子で首を傾げている。私も彼女の不審な点に気付くまでは容疑者の候補にすら上がらなかったわ。人格者で有名だしね。

 

 彼女が容疑者として最有力な理由を羅列するわ。

 まず第一に、慧音は隠蔽工作のスペシャリスト! 菫子を監禁した後、能力で隠すのも容易だし、博麗大結界への理解が深いから神隠しもやろうと思えばできる。

 次に昨日マミさんと別れた後、慧音と顔合わせしたんだけど妙によそよそしかったわ! 私に何か負い目があったと考えれば納得できる。

 次! 菫子の部屋と迷いの竹林が繋がっていたのは先ほどの通りですけど、実は慧音って何か荷物を持って竹林をコソコソ出入りしているっぽいのだ。拉致の下準備を整えていたのだろう。

 

 以上の点から慧音が怪しいと判断したわ! 

 教職を務める彼女なら子供の1人や2人を甘い言葉で連れ去る事も容易いだろうし、周りも不自然に思わない。これはもう言い逃れできないわよ……! 

 

「しかし慧音は異変時、私と共に人里を守っていました。アリバイはそれなりにあろうかと思いますが……。それに動機が分からない」

「あっ、そうなの?」

「はい」

 

 ……。

 ま、まあ可能性があるってだけの話だし。

 

「あっ」

「どうしたの橙?」

「永夜異変の時、妨害してきた慧音と戦ったのを思い出したんですけど、そういえば紫さまを警戒している風ではありましたね。信頼できないって」

 

 橙ナイス証言! 

 つまり動機は私への私怨ということか。心当たりないけど。百歩譲って私を恨んでいるのだとしても、その矛先を菫子に向けるのは許せないわ! 

 

 ふっ、悲しい事件だったわね。

 

「得るべき情報は得た。引き上げるとしましょうか」

「かしこまりました。橙、撤収だ」

 

 会話だけ聞くと盗賊団か何かでは? 私は訝しんだ。

 おかしい、私は名探偵の筈。誰が何と言おうと名探偵ですわ……!

 

 1人で勝手に悶々としていると、不意に橙が覗き込んできた。

 

「……あれ? 紫さま、その絵って」

「ああ、菫子が描いたものだと思うわ。これは、多分だけど私のつもりかしらね」

 

 肩を竦めながら、指で画用紙をぶら下げる。

 黄色で塗り潰された髪、紺色の身体。茶髪の少女がそばに居るので、恐らく夢の中でのワンシーンを切り取ったのだろう。

 お世辞にも上手いとは言えないが、心は伝わってくる。2人とも笑顔だ。

 

 ふと、橙が首を傾げる。

 

「でも紫さまにはあんまり……似てないのかな?」

「子供の絵だもの。仕方ないわ」

 

 橙の言う通り、私はこんな姿じゃない。

 私の瞳は青色じゃないし、髪はこんなに短くない。紺色の服なんて着た事もない。

 

 ……菫子には私がこう見えていたのか。

 

 私の、夢の姿。いえ──正しくは、私の夢見た姿と言うべきなのかもね。

 今なら、ドレミーがわざわざ私の為に造られた夢を用意してくれていた理由が分かる。私に"それ"を自覚させたくなかったんでしょう。

 

 指先に妖力を集中させ、画用紙を焼き払う。

 念入りに灰も残さない。

 

 不愉快なまやかしなんて不要だから。

 

「紫様……」

「え、えっとぉ」

 

 戸惑っている2人を安心させるように笑い掛ける。別にとち狂っちゃった訳じゃない。ちょっと腹立たしくなっただけだ。歳を取ると気が短くなるからダメねぇ。

 

 でもこういう黒歴史は積極的に消していかねばなるまい! これは私と菫子だけの秘密にしておくわ。もっと燃えるがいいや! 

 

 

 その後、火災報知器が作動したため、逃げるようにスキマに飛び込んだわ。

 式からの呆れの視線を感じたけど、まあ今更よ。それはそうとごめんなさいね(土下座)

 火遊びダメ、ゼッタイ。

 

 

 

 

 〜少女移動中〜

 

 

 

 

 サマーシーズン到来! 

 

 夏といえば海。海といえば水泳。水泳といえば八雲紫ですわ! 

 

 菫子の家から慌てて退散した私達だが、そのまま直行で幻想郷に帰るのもちょっと味気なかったので、休憩がてら海水浴にやって来たのだ。

 私と藍はともかく、橙にとっては初海! 周りを気にせず伸び伸びと遊べるように、離島の無人ビーチをチョイスしたわ。

 

 うーみは広いーな、オッキーナー! 

 そうそう、摩多羅神と同一視されている秦河勝がさらに神格化された大荒神社明神は、坂越の船乗り達の神である。つまりオッキーナは航海安全豊漁の神でもあるのだ。

 これ唐突なゆかりんの豆知識ね。

 

 

 ハイウエストビキニとビーチスカートで海コーデもばっちり。幻想郷には海が無いものだから殆ど死蔵状態だったんだけど、無事お披露目できて一安心だ。ふっふっふ、魅惑の悩殺マーメイドとは私のことよ! 

 橙もフリル付きの可愛らしい水着を着て泳ぐ気満々! 猫なのに泳ぎが得意とはこれ如何に! クッソ可愛いから写真に撮っておきましょ。

 

「これが海……! 魚獲ってきてもいいですか!?」

「いいけど式が剥がれないように気を付けるんだよ?」

「はーい! 行きましょう紫さま!」

「あらあらそんなに急かさなくても海は逃げないわよ。ねえ橙ちょっと待って落ち着いてこれやばガホボボあば、あばばば」

 

 橙に連れられ、もとい引き摺られ頭から勢いよく着水。トップスピードで遊泳する橙の津波に飲まれ、そのまま沖まで流された。

 おかげで身体中海水と砂塗れよ! 

 

 まあ私は泳ぎの達人だから海岸まで泳いで帰るなんてお茶の子さいさいだけどね。死を覚悟したのは秘密ですわ。

 這う這うの体で藍がセッティングしたパラソルの下に辿り着く。

 

「酷い目に遭ったわ……」

「も、申し訳ございません紫様! 橙にはよく言って聞かせておきますので……」

「いいのよ別に。初めての海ですもの、存分に楽しんでもらわないと」

 

 遠目からでも橙が大暴れしているのがよく見えた。水爆実験でもしてるのかってくらい水面が爆発してる。大はしゃぎしてるみたいね。

 気に入ってもらえたようで何よりだわ。

 

 ちなみに藍はハナから海に入るつもりはなかったようで、カジュアルな服装のままだ。

 ……勿体無くない? 何がとは言わないけど。

 

「しかしよろしかったのですか? 幻想郷に帰って菫子なる少女の行方を追わなくても」

「幻想郷に居るのなら問題ないわ。私が恐れていたのは、彼女が私の手の届かない場所に行ってしまうこと。むしろ好都合ですわ」

「……恐れながら、そこらの妖怪に喰い殺される危険があろうかと。上白沢慧音が犯人なのならば可能性は低いと思いますが、万が一もございます」

「それも大丈夫。彼女は死なないから」

「八意永琳や藤原妹紅と同類なのですか?」

「違う違う。あの子は特別なのよ」

 

 私が死ねない理由と同じだ。

 菫子に死が許されるのは()()()()()()()()だと決まってるの。そしてそのタイミングは全て私が握っている。何を恐れる必要があろうか。

 

 それに、もう既に手は打っているしね。幻想郷出立前に如何なる変化にも対応できるよう、とあるスペルを発動しておいたのだ。なにせ監視の目は幾つあっても余ることはないわ。

 ヘカちゃんリスペクトなこのスペル。名前は……『トリニタリアンファンタジア』にしましょうか。地獄センスが迸るわよん! 

 

 という訳で、今日は八雲一家の休暇日よ。

 

「諸々の問題は一旦忘れてしまって、今は海を楽しみましょう。貴女も橙も、ここ数日働き詰めだったんだから」

「そんな滅相もございません。紫様の苦労に比べれば私共など……」

「みんな苦労してるって事でいいじゃない」

 

 我が式達の苦労と比較されては私の尊厳が粉々に破壊し尽くされてしまう! 

 ずっと前から2人のことを労ってあげたいって思ってたし、良い機会かなって思ったのよね。橙は言わずもがな楽しそうで、藍はそんな橙の姿を見て笑顔を浮かべている。一応成功ってことで! 

 

 いやー海を気に入ってくれて良かったわ本当に。

 いいよね海……いい……。

 

「藍。私ね、海が好きなの」

「それは……初耳でした。理由をお聞きしても?」

「んー、何故かしらね」

 

 問われてみて今一度考えてみる。

 海を見ていると何故だか無性に心が弾む気がするのよね。私が泳ぎを得意としているのはこのためだ。

 

 幻想郷に引き篭もっている限り、この海原は見られない。決して触れる事ができない。普段とは違う非日常的な気分を味わう事ができるから? でも幻想郷ができる前から海は好きだったと覚えているので、多分違うわね。

 

 そうそう、海は海でも月で見たアレは何とも思わなかったわ。むしろ、見てて気持ちのいいものではなかった。状況も状況だったし。

 

 以上を総合すると──。

 

「……魚がいるから?」

「へ?」

「ふふ、あんまり理由が思いつかなかったわ」

 

 月と地上の海の違いなんて生物の有無くらいしかないし? 

 私の投げやりな回答を聞いた藍は、切れ長の目を真ん丸に見開いた後、クスクスと笑みを溢した。ちょっと回答が幼稚だったかしら? 

 

「ごめんなさい。紫様が橙みたいなことを仰るものですから、つい」

「あら褒め言葉ね?」

「そう受け取ってもらえると幸いです」

 

 これ実はとんでもない高評価なのよ。

 藍にとって橙は絶対の存在。それと並び評されるというのはあまりに名誉な事なのだ! 

 

 

「紫様──もう一つ聞きたい事が」

「うん?」

「月で何かありましたか? いえ、何というか……申し上げにくいんですが、ここ最近紫様が少し思い詰めているように見えまして」

 

 うっ。

 

「私が不審に見えるのね」

「そのようなわけでは……」

 

 藍が慌てて首を振るが、それが世辞なのは分かっている。というより自覚してるわ。

 

 うぅ……なるべく普段通りを装ってはいるんだけど、やっぱりどことなく違和感が出てしまうのね。もしやかなり変に見えてたりして。

 

 ほら、藍に迷惑かけた記憶とかがいっぱい蘇ってしまったから、無意識でよそよそしくなっちゃうのは致し方ない事ですわ。やば死にたくなってきた。

 

「さとりにはもう相談したの?」

「ッ……ご存知、でしたか」

「別に隠さなくてもいいのよ。貴女には知る権利があるわ、幻想郷の誰よりも」

「……」

「さとりを頼ったのは流石よ」

 

 やはり情報という点ではあの性悪ロリがずば抜けているもんね。

 

 早苗を連れて幻想郷に帰ってきた頃くらいから、藍の私に対する態度が露骨に変化したのを覚えている。私が守矢神社で奮闘している期間に、さとりから私の情報を得たのだろう。

 

 私の目の前では連携の素振りなんか少しも見せなかったから、2人の繋がりに気が付かなかった。でも聡明な藍が、私の隠し事への不信感を高めない筈がないのだ。

 

 先述の通り、藍は知らなければならないだろう。八雲紫に最も近い彼女だからこそ。

 よって藍の行動について私から思う事は何も無い。むしろ申し訳なさすら感じる。

 

「で、さとりは何と?」

「……いつも通りだと申していました。私の勘違いだと……」

 

 めっちゃオブラートに包んでくれたわねこれ。

 あの鬼畜ロリのやる事だ、どうせ脳内お花畑とか厨二病とか、散々な表現をしたに違いあるまい。許せねえですわ! 

 大賢者の思考はそう簡単に理解できまいよ! うん。

 

 それにしても、やっぱり探ってきてたか。

 流石、策士だわ。

 

「まあそうでしょう。私はいつだっていつも通りだもの。さとりの心配は杞憂よ」

「……」

「まずは貴女の勘違いを解きましょうか。ほら楽に座って? 橙が戻ってくるまで時間もある事だし、ゆっくり話をしましょう」

 

 取り敢えずさとりから植え付けられた私への散々な風評被害の払拭からだわ。

 あと「さとりの情報は嘘が混ざる時があるからあんまりアテにならないよ」とそれとなく伝えておこう。先人の教えというやつである。

 

 藍は物憂げな顔で私を見つめている。

 

「さとりは誰よりも私の事を知っているわ。いま存命の中ではね。でも、全てを知っているわけではない。貴女に伝えられた情報だって酷く限定的よ」

「……」

「例えば、あの水辺で貴女と初めて出会った時、かつての私が何を考えていたのか──とかはアイツも知らないと思うわ。知りたい?」

「……知りたくありません」

 

 僅かな戸惑いの後、藍は微かな声で答えた。端正な顔には陰が差している。

 唇が震えていた。

 

 良かった。これについては私もあんまり伝えたくないものだった。

 

 藍自身、知りたい気持ちは十分にあるだろう。でも、最悪の回答になる可能性を考えると足を踏み出せなかったんでしょうね。

 ……実際、彼女にとっては最悪の答えになると思う。

 でも藍に答えを望む気持ちがある以上、問い掛けない訳にはいかなかった。

 

「野暮だったかしらね。でもそれが貴女の勘違いに対する答えなの。確かに私には心境の変化があるかもしれない。しかしそれは、元に戻ったというわけではないの。もう居ないのよ、この世界の何処にも」

「そう、ですか。……残念です、さよならの一言も言えないままでしたので」

「私が生まれると同時に、彼女は死んでしまった。……失われた心は回帰しない。二度と戻る事はない」

 

 さとりが恐れていた事とは、恐らく藍が一番最初に出会った私、私から見れば諸悪の根源のような八雲紫が復活する事なのだろう。

 若しくは私がそっくり別人になってしまう事。

 だから私の機微にかなり敏感になっていた、と考えればこれまでの言動の辻褄が合う。

 

 でも藍はそうじゃない。藍はきっと、かつての私が帰ってきている事に一抹の希望を抱いていた筈なのだ。だってあんなに慕っていたんですもの。

 私への想いなんて所詮オマケに過ぎない。

 

「ごめんなさい」

「……」

 

 この口から発せられた謝罪が何に対してのモノなのか、私には分からない。

 

 彼女の運命を数奇なものに塗り替えてしまった事? 彼女の恩人の抜け殻に生まれてしまった事? 彼女を勘違いさせたまま何百年も振り回してしまった事? 

 

 罪は尽きない。

 遡るだけ、彼女への後ろめたさが募る。

 

「私なんかで本当にごめんね。藍」

「紫様……」

「どうして私は、貴女の想いをいつも無碍にしてしまうんでしょうね」

 

 互いの顔を眺める。

 なんて酷い表情なんだろう、こんなの橙には見せられないわ。

 

「でも安心してちょうだい。こんな馬鹿げた話は全部幻になる。もう二度と、貴女が涙を流さなくてもいいようにね」

「まぼ、ろし?」

「だから貴女はもう私に縛られる必要はない。私の事は忘れて、どうか後悔のないように生きて欲しい」

「何故そのような事を仰るのですか紫様っ!」

 

「貴女のことが大好きだから」

 

 嘘偽りのない私の言葉に藍は顔をさらに歪ませ、三角座りのまま俯いてしまった。微動だにしない。

 

 あの気丈な藍がこんなに弱ってしまっているのは珍しい。だけどこの姿を見たのは初めてじゃないわ。埋もれた記憶の中に、今と同じ彼女の姿があった。

 ……ああそうか、永琳の攻撃から藍を庇って死んでしまった時か。

 でも今この時だけは違う。私がこうして寄り添ってあげられる。僅かな時間かもしれないけれど、藍を抱き締めてあげられるのだ。

 

 ふと遥か彼方の海面へ目をやると、橙がこちらに向かって手を振っている。ぷかぷかと浮かんでいて気持ちよさそうだ。

 

 よし、体力も回復した事だし行きますか! 暗い話ばかりしててもアレだし! 

 

 藍の腕を引っ張ってあげる。

 

「ほら立って。一緒に泳ぎましょ」

「私は水着を持っていませんので……」

「私のを貸すわよ。ほら──」

 

 たしかもう何着か在庫があった筈だと思い、スキマを開く。

 出てきたのは何というか、めっちゃ際どい水着だった。何ていうんだっけ……マイクロビキニってやつ? 

 過去の私は何を思ってこんなものを購入したのだろうか。マジで記憶にない……! 

 私と藍の間に微妙な空気が流れたのは言うまでもないだろう。

 

 まあ、服が海水に浸かっても境界操作を行えば簡単に水と塩を弾けるし問題はないわ。

 藍の手を引きながら、足首からゆっくり入水していく。

 冷たくて気持ちがいいわー。

 

「藍さまー! 紫さまー!」

 

「もうあの子ったら元気いっぱいね。私達も行きましょう、藍」

「……はい」

 

 藍は私の手を離さなかった。

 

 

 

 

 

 

 夜の浜辺を独り歩きながら、月が巡る一つ前を思い返す。……本当に楽しかったわ。

 得意な泳ぎを披露するつもりが不発に終わってしまったのは唯一の心残りだけど、それでもお釣りが返ってくるほどだ。

 

 ああ、さざなみが心地良い。

 

 何もかもが私には勿体無いわ。

 

 

 

『後悔なんてございませんよ、紫様。たとえ違う生き方と名前があったのだとしても、今の自分を捨てようだなんて思いません』

 

 

『私はいつだって一緒ですから。この心が消え去るその時まで、ずっとお仕えいたしますから』

 

 

『たとえこの世界の全てを敵に回しても』

 

 

 

 心が温かくなる。

 やはり、藍は私なんかよりずっと頭が良い。

 

 きっと彼女は私の願う『幻想のカタチ』に勘付いている。菫子を求めて外の世界にやってきた時点で、藍には想定の一つとしてあったのだろう。

 

 八雲紫が生まれ、滅びる過程。

 これを辿るには菫子の存在が不可欠だった。彼女と私が居る限り、破滅への道が閉ざされる事はない。私が歩まなければならない道。

 

 さとりからそれに類する情報を聞かされている以上、聡明な藍が私如きの考えに気が付かない筈がないんだから。

 

 

 もしかすると私は、心の何処かで藍に止めて欲しいと願っていたのかもしれない。

 死ぬ事が許されるのなら、藍か霊夢に殺されたいって常々思っているから。

 

 でもそうはならなかった。

 藍は結局、八雲紫の呪縛を心から振り払うことができなかったのだ。

 

 醜悪なことに、私はそれを──とても幸せな事だと思ってしまった。

 

 

 

 

 何度だって宙を見上げる。

 

 月も星も、私には何も教えてくれやしないのに。

 

 

 

 

 





※ゆかりんははたての能力を知らない

名探偵要素少ないな……?なので唐突なビーチ回を挟んで水着ゆかりんでお茶の間を癒していくって寸法よ!ゆかりん策士ッッッ

ゆかりんにとって一番身近なのは藍様。やはりその存在は大きかったようです。実はゆかりんが珍しく激重感情を向けている数少ない相手なのかもしれない。なお


評価、感想による沢山のご声援ありがとうございます♡もっともっと頑張ります♡

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