幻想郷は全てを受け入れるのよ。それはそれは残酷な話ですわ……いや割とマジで   作:とるびす

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別称:ユカニウム


八雲紫物質(ユカリンオブジェクト)

 

 

 誰かが息を呑む音がする。

 静寂を破り声を発する事ができない。

 

 この世界では無い何処かの隔てられた場所で繰り広げられる美技の応酬は、感性の肥え太っていた幻想郷の修羅人達をして余りに刺激が強過ぎたのだ。

 

 一瞬でも目を瞑ればその間に状況は二転三転し、下手すれば決着となってしまうかもしれない死闘。見逃す訳にはいかず、食い入るように画面を一心不乱に見つめる。

 これが頂上の戦いなのだろう。

 

 

 そこまで大きくない博麗神社の境内は、古参から新参まで分け隔てなく集まった人妖に埋め尽くされ、過密状態になっている。その盛況たるや、つい先程まであうんが必死に並びを整理していたほどだ。ほんの些細な衝突で此方まで殺し合いが起きては堪ったものではない。

 

 その場の全員が見ていたのは、博麗神社のお賽銭箱──ではなく、その上に据え置かれた三枚の水晶である。

 吸血鬼異変や『幻想郷弾幕コンテスト 紅魔杯』で使用されたパチュリーお手製の魔道具であり、最も鑑賞し易いアングルでの中継を半自動で多角的に行ってくれる優れものだ。

 もっとも、境界の隔りによって通常での中継は不可能だったが、そこは念写を得意とするはたての協力により実現する運びとなった。

 

「……これ、勝ってるん、ですよね?」

 

 静寂を破ったのは、この中で最も戦闘経験が少ないだろう早苗。彼女の視点からすれば、まさに霊夢は圧倒的だった。多人数の強者に囲まれても、それをものともせず跳ね返し、さらに躍動する。

 流れは完全に霊夢のものだった。

 しかし周りの雰囲気は弛緩する事なく緊張感を保っている。だから、もしや状況は思わしくないのかと不安になったのだ。

 

 答えたのは、意外にも小傘だった。

 

「みんな吃驚してるみたいだね。紫さんが妙な事をしてるのもそうだけど、一番はやっぱり霊夢さんの強さ。あれは尋常じゃないよ」

「あの人はいつだって常識で測れるような人じゃないですし……」

「そうなんだけど、今日のはなんか、こう……なんか違う気がする!」

 

「霊夢が強いのは当たり前。それはみんな分かってる。だけどまさかここまで圧倒的な力を出してくるとは思ってなかったんだろうよ。しかもアレでまだ本気じゃないな」

 

 知ったような口をきくのは魔理沙。

 後方親友面をするだけあって、霊夢の真価を誰よりも近い領域で感じていたからこその余裕だった。

 だが、分かっていたとはいえ、いざ目の当たりにすると圧倒されてしまうのは他の皆と同じだ。動きのキレや、霊力の規模が普段とはまるで別人である。

 まるで後ろに目が付いているのかと疑ってしまうほどに、霊夢は戦場の全体図を把握しているようだった。

 

 博麗霊夢とはここまでの領域だったのか? 

 今もまた、ビルの間を疾駆しながら的確に敵を分断して叩きのめしていく様を見てつくづく思う。あれだけの存在を相手に多人数で囲まれたにも関わらず、霊夢の舞は止まらない。

 

「思えば霊夢が最後に真面目に戦ったのなんて数年前だしな。それだけの期間があれば地力は格段に上がってるだろうし、運が良いことに今日は霊夢にとってベストコンディションだ。マイペースなあいつには珍しい」

「えっと、いつ以来の状態なんです?」

「永琳との戦い……そうだな、お前(早苗)がやって来る一年前の異変だぜ」

 

 苦々しい思い出と共に呟く。なお当の永琳もこの場におり、話も聞いているのだが、大して気にした様子もなく興味深げに画面に見入っている。

 

「なら霊夢さんは勝てるんですね!? それでお師匠様も、諏訪子様も! みんな連れ戻して……」

「そう上手く事が運べば良いんだけどな」

 

 一応だが、この場にいる者全員が霊夢の勝利を、紫の敗北を願っている。紫の利己的な目的など到底許せるものではない。

 それに紫が使役している者達の安否もある。命蓮寺の面々や地底妖怪、そして他ならぬ早苗と神奈子が。消えてしまった筈の家族の帰還を願う。

 

 と、この決して悪くない筈の展開に対し、我慢ならない様子で地団駄を踏む者がいた。

 レミリアである。発生した地響きにより、観戦に集中していた者達から非難の視線を向けられるも当人はどこ吹く風といった態度で身体を揺すっている。苛々は増していくばかりだった。

 

「ええい何をしているの霊夢! 悠長に戦っている場合じゃないでしょうに……!」

「どうされましたかお嬢様」

「どうしたも何も、あの巫女、力を温存して機を探ってるのよ。勝手に独りで乗り込んだくせして日和るなんて信じられないわ。不甲斐ない。やはり私が一番に行くべきだった!」

「行っても殺されるだけよレミィ」

 

 穀潰しの要らない一言で更に不機嫌になっていく。緊張感の無い連中である。

 だがレミリアの指摘はある意味で的を射ていた。これが今の戦況を楽観視できない理由。

 

 ぬえ、こいし、諏訪子。いずれも死力を尽くさねば勝ちの目を掴むことすらできない強敵であるのは間違いない。異変の黒幕を務めても違和感のないような存在共だ。

 それを相手取れている霊夢は確かに凄まじい。

 

 しかし、親玉はあくまで紫。幻想郷最強と謳われる妖怪が最後に控えている。あの3人との戦闘で力を浪費してしまうのは下策。

 更に言うなれば紫擬きを葬って以降、藍の動きが一切ない。主従揃って、霊夢の足掻きを他人事のように観察しているのだ。紫側が余りにも大人し過ぎる。

 

 間違いなく何かまだ隠し玉がある。

 霊夢もそれを警戒しているからこそ、半ば様子見しているのだろう。

 だが時は決して霊夢に味方しない。宇佐見菫子との同化は今も進行しているのだから。

 

「古明地! まだ新しいゲートは開通しないの!?」

「無茶言わないでください。何もかもが足りていない状態なんですから」

「早くしないと間に合わなくなる!」

 

 レミリアの焦燥が、霊夢の敗北──ひいては幻想郷の終焉を指しているのは言うまでもなかった。良からぬ運命が迫ってきているのは明白である。

 

 当然、霊夢を助ける増援が必要だ。

 そのためにさとりや幻想郷の賢者達、さらにパチュリーに咲夜、永琳に神子など、専門の知識を有した者達で戦場に繋がるゲート開通に向けて、戦況を確認しつつ試行錯誤を重ねていた。

 しかし『無』からではキッカケすら掴めない。

 

 紫擬きが言い残した、境界を越えるために必要となる二つの要素。

 八雲紫と縁深き物──八雲紫物質(ユカリンオブジェクト)

 そして概念改変に片足を突っ込むレベルの空間操作能力。

 そのどちらともが足りていないのだ。後者についてはまだやりようがあるのだが、問題は前者である。

 

「いまナズーリンに『八雲紫と縁のある物』を捜索させてますが、もう暫く時間が掛かると思います。もはや幻想郷にそれらは殆ど遺されていないようですので」

「紫と一緒に作った酒饅頭も、繋がりとしてはちょっと弱いみたいで残念だわ〜」

「幽々子様、だからっていま食べなくても……」

 

 八雲紫に関係しているのだとしても、基準に満たない程度の物ではダメだ。

 紫が手塩にかけて作った酒饅頭や、はたてが密かに集めていた紫の秘蔵盗撮写真でも、異界との間にある境界を破壊するには心許ない。

 常日頃から身に付けていた物、本人が大切にしていた物などがあれば話が早いのだが、そうはいかない。

 

 紫擬きが看破した境界の特性を、他ならぬ八雲紫が見過ごす筈はなく、幻想郷を離れる前に徹底的に対策を施していたようだ。おかげで幻想郷からは紫のいた痕跡が悉く消え失せている。

 残っていたのは精々消耗品かガラクタくらいだろうか。八雲紫物質(ユカリンオブジェクト)は希少なのだ。

 

「まあ、あの紫がそんなあからさまなミスをする訳もないよな。やっぱり一からルートを開拓するしかないか。でもそれじゃ時間が……」

「待って魔理沙、そう判断するのは早計だわ。この一連の動きが入念に練られた計画的なものであったとしても、絶対に何か見落としがある筈よ」

「でも紫だぜ?」

「紫だからこそよ」

 

 アリスの言葉に強く頷いたのはさとり。彼女らがユカリンオブジェクト探しに奔走するのは、言い換えれば紫の粗探しである。

 あの八雲紫が考えた計画に粗が無い筈がないのだ。

 

 それに月から帰還した後の紫の行動は、はたての念写で逐一監視されている。その全てを改めて見返してみれば、かなり突貫的な準備だったのは明白だ。

 何かある筈。致命的な何かが。

 

 

「そういえば……」

 

 自信無さげに呟く声。阿求だった。

 この状況下においてはどんな些細な情報でも値千金の価値になり得る。「あくまでも参考までに」と前置きした上で語られたのは、ほんの数日前の出来事。

 

「紫さんが人里の復興確認という名目で突然我が稗田邸に来訪されまして。話もそこそこに幻想郷縁起の改訂の為に原本を寄越せと言われ、渋々渡したところ一部ページを千切られた、という事がありました」

「なるほど、回収作業の一環かしら」

「でも結局紫のやつに奪われたんじゃどうにもならなくないか?」

 

 ところがどっこいである。阿求は昏い笑みを浮かべる。

 

「実はですね、そのまま渡すのも癪だったので、こっそり鈴奈庵で刷ったばかりのコピー品を渡しておいたのですよ。原本はまだ私の手の内にあります」

 

 常日頃から紫に振り回され続けてきた阿求にとって、それはほんの細やかな仕返しであった。また、あの時の紫の様子を少々疑わしく思い、咄嗟に機転を利かせた結果でもある。

 これが何らかの突破口になってくれるのなら、阿求も大満足だ。

 

「よし早速確認しましょう。咲夜、すぐ取ってきて」

「かしこまりました」

「ではこの委任状を使用人に渡してください。すぐに幻想郷縁起を用意致しますので」

 

 まだ確たる結果には至っていないが、ようやく示されつつある閉塞からの脱却に、場の雰囲気がやや和らいだ。上手くいけば最低でも1人を戦場に送る事ができる。

 反撃の時は間近に迫っているのかもしれない。

 

 

 だが運命は絶え間なく流転する。

 そう、時間は決して幻想郷に味方しない。

 

 水晶を通して戦場を眺めていた幾人が騒めいた。驚き混じりのそれは、徐々に不安そのものへと変わっていく。

 霊夢を取り巻く状況が更なる苦境へと突入した分かりやすい合図でもあった。

 

 地獄はより深みへ。

 

 

 

 

 *◆*

 

 

 

 

「本当に末恐ろしい子よねぇ。神代含めて霊夢以上の輝きを放った傑物は果たして存在するのかしら」

「居ないでしょうね。唯一無二の才能かと」

「これも貴女の計算通りだった?」

「……まことに恥ずかしながら、私の想定を大きく越えていると言わざるを得ませんね」

 

 僅かに目を伏せ、申し訳なさそうに藍は言う。

 別に責めている訳じゃないのよ。むしろ共感しかないわ。霊夢の凄さと煌めきを改めて見せつけられた。当然、私にとっても想像以上。

 べ、別に怖くなんかないけどね? このくらいじゃまだまだ負けないしー? 

 

 震えてる? 武者震いですわ! 

 

 初めの予測では、さしもの霊夢といえど、ぬえと諏訪子のタッグで十分対処可能な範疇という考えだった。それにこいしちゃんまで加えてしまえば勝ち目はない。

 しかし蓋を開けてしまえばこの通り。私の自慢の分身達は撃破され続けている。

 霊夢の成長スピードと潜在能力が藍の計算を狂わせたのだ。流石は霊夢ですわ。

 

 いや、この点において褒めるべきはAIBOかしら。彼女は博麗霊夢の爆発力を高い次元で理解していた。故に無謀とも取れる単独突撃を止めずに、むしろ手伝ってあげたんだろう。

 それに霊夢への対応のせいで菫子への干渉が弱まってしまった。おかげでスケジュールに若干の歪みが生じちゃったわ。もう少しだったのに。

 

 ……第一ラウンドは貴女達の勝ちね。流石はAIBOですわ。

 

 だけど何度でも言いましょう。

 この程度の頑張りでは所詮、消滅前提の自己満足止まりよ。私を止めたいのなら、もっともっと上を見せてもらわないとね? 

 

 私が念じれば、半壊した我が分身達の身体はみるみる修繕されていく。

 実体のある幻想が彼女らであり、我が傀儡たる本質。滅ぼす事なんてできないわよ。

 

 あの3人を同時に捌けるのは確かに凄いけど、それだけじゃ私の下に辿り着く事すらできません。

 

 強敵達の今日何度目かの完全復活に霊夢は苛立たしげに舌打ちし、此方を睨み付けると再度戦闘を開始する。目線だけで殺されそうですわ! 

 まあ元気なのはいい事よね! だから霊夢がまだ元気なうちに、やる事は全部やってしまいましょう。このまま時間切れで私の勝ちなんて味気ないもの。

 

「さて、藍。貴女ならもう、この善戦の絡繰に気付いているんじゃなくて?」

「無学の身であります故、確証は持てませんが」

 

 貴女が無学なら私はバクテリアかしら? 

 謙遜の姿勢に半ば呆れつつ、答えを促してみる。

 

「夢想天生を使わずしてあの立ち回り。古明地こいし、封獣ぬえを相手して己を失わぬ理由。……恐らくですが、霊夢以外の視点、思考が存在しているものかと」

「流石ね。この快進撃の秘訣はまさにその通りで、全ての鍵を握るのはあの陰陽玉よ」

 

 博麗の秘宝、陰陽玉。

 私個人として把握していた効力は『使う人の力に影響されて、その力を吸収。十分に力を吸収した陰陽玉は、その絶大な力を1回だけ放出する』というもの。霊夢含め、歴代の博麗の巫女にも同じような説明をしていたわ。

 

 しかし、その真価は別にあった。かつての私の中に存在した知識から知り得た情報よ。

 

 あの陰陽玉は本来、封印を目的として作成された呪具だった。博麗の巫女の調伏をより高度に成す為、そして博麗の血を絶やさぬ為の最終兵器である。『夢想封印』が封印なんて呼ばれてるのはその名残ね。

 

 しかし、皮肉にもその役目は初代である博麗靈夢の時代に一旦の終わりを迎えている。

 

 陰陽玉に封じられし意思。

 幽幻魔眼、魅魔、エリス、菊理、矜羯羅、サリエル。

 

 地獄と魔界にかつて存在していた超越的な神々、妖怪、怨霊。それらの封印で陰陽玉の容量を全て使い果たしてしまったみたいなのよね。

 それに初代はサリエルと相討ちで死んじゃったみたいだし。死なば諸共ってやつ? 

 

 それ以来、彼女らは陰陽玉の中で眠ったままであり、本来の用途は失伝してしまった。博麗の技術が一子相伝だったのが災いしたわね。それに、その経緯を知っていた八雲紫は滅んでしまったし。

 一応博麗神社に住んでる例の亀爺も知ってたみたいだけど、初代の死を引き摺ってるせいで伝えず終い。このまま技術と力は失われるだけだと思われていた。

 

 しかーし! 綺羅星の如く現れた才能の塊、私の霊夢が見事陰陽玉を使いこなした事で封印が軟化。結果として『夢想封印』の使用で陰陽玉に眠るいずれかの意思を我が身に憑依させ、力を自在に振るえるようになったのだ! 

 やっぱり霊夢がナンバーワンですわ! 

 

 で、そんな陰陽玉の特性が上手い具合に今回の戦いに合致しているのよね。

 

「並列思考で3人の動きを完全に把握し、尚且つ自己への干渉を断ち切るべく全身の細胞の隅々にまで意識を向けている。あれでは古明地こいしの能力も形無しですね」

「意識の隙間を上手いこと補っているのよね。それに天性の勘かしら? アレが霊夢に最善にして最高の選択を取らせ続けている。そりゃ押し切れない訳ですわ」

 

 こいしちゃんの能力は幻想郷の基準を遥かに上回るほど凶悪だ。

 少しでも彼女から意識を外せば存在は忽ち世界からフェードアウトし、再度認識する頃には既に手遅れ。しかも理や概念の外側からの干渉だから、能力や結界まで貫通しちゃうのよね。

 なんなら対象の無意識行動まで掌握できるからこいしちゃんにだけ意識を向けていればいいって話でもない。気付いたら窒息していたなんて事もあり得る。

 

 でも霊夢に対しての相性は最悪だったようだ。メタられてるからね。

 これに関してはぬえも同様で、不利気味。諏訪子とはイーブンって感じかしら。

 

「さて、もう様子見もいいでしょう。切るべきカードはしっかり消費しないとね」

「よろしいかと。では、誰を?」

「そうねぇ……次はこの2人」

 

 頭の中で境界を結び、形を整える。

 次に2人の心を曖昧に抽出して、後は印を通じて出力するだけ。要領は先の3人と何も変わらない。

 

 霊夢の対応策は一時凌ぎに過ぎないわ。だって、所詮は力技でしかないもの。

 残念ながら、ゴリ押しについては私達の方が遥かに有利なのよね。

 

 混沌とした世界に狭間を与えよう。

 貴女達の感じた虚無と絶望が、願いの力を更に強くする。大義は必要ない。あるのは、救われたいという利己的で切実な願い。それだけで十分ですわ。

 

 

「擬似式神『フランドール・スカーレット』」

 

 

「擬似式神『藤原妹紅』」

 

 

 さて、更なる悪夢にどう対処する? 霊夢。

 これでもまだ、希望と輝きを失わずに舞えるかしら。

 

 

 

 

 *◆*

 

 

 

 

「くっそぉ人間の分際でいい気になりやがって! 妖雲『平安のダーククラウド』ッ!」

「調子に乗ってるのはそっちの方でしょうが。悪霊『夢想封印 魔』」

 

 スペルの詠唱から数瞬を待たずに曇暗の空が激しい豪雷と爆熱に彩られる。

 これで何度目の相殺になるのだろうかと、影と衝撃の合間を縫って飛来する超高密度の鉄の輪をいなしながら、ぼんやり考える。逆に言えば、それ以外の思考が全て状況把握に費やされているため頭が纏まらない。

 

 魔理沙や紫は、霊夢の現状を「余裕がある」と評したが、もしそれを霊夢が知ればいつもの顰めっ面で2人の顔にお祓い棒を振り下ろすだろう。

 切り札を温存している事と余裕は決してイコールでは無いのだ。

 

「まだ粘るのー? そろそろ退場しちゃいなよ」

「アンタ達が往ねばいい」

「此処は私達が唯一自由に存在できる場所。そこから出ていけっていうのは死ねって事かい? そりゃないでしょう、巫女が神に向かって」

「死にたくないならさっさと降参して道を開けなさい。私は紫を引っ張り出す為に遥々ここまで来たのよ。傀儡のアンタらに用はない」

「その物言いが生意気でムカつくんだよ。意地でも通してやらないもんね」

 

 小休止。

 苛烈な波状攻撃を中断し、3人が等間隔に霊夢を取り囲む。陣形を組み直す心算なのか。

 

 各々がエゴイズムの塊のような能力を保持しているくせに、妙な連携を取ってくる点も厄介だ。

 

「正直、アンタらを見てると物悲しさを感じるわね。紫の言いなりになって、こんな使い捨てみたいな役目を負わされて満足なのかしら? どいつもこいつも、生前は名のある存在だったでしょうに」

「言いなりじゃない!」

「そうは見えないわ」

 

 ぬえが怒り立つ。

 

「私は仕方なく協力してやってるだけだ! 本当は今にも紫の奴をブチ殺したくてウズウズしてるんだよ。何たってあいつは私を背後から不意打ちしやがったんだからな!」

「あーゴメンネぬえちゃん。それやったの私ー」

「よし、お前(こいし)も後で殺す! くそ……思い出しただけでも腹が立つ。とんでもない裏切りで、あんな体験は初めてだったのよ。私を串刺しにした挙句、手籠にしたんだからな! 責任を取ってもらわないとな!」

「キショいよぬえちゃん」

 

 身をくねらせながら熱弁を始めたぬえに、一同ドン引きであった。

 しかしその一方で、思いの外自我がある事に霊夢は内心驚き、そして一息吐いた。

 感情の無い戦闘マシーンと殺し合うよりは幾分マシだ。

 

 もっとも、この感情の吐露の全てが紫の『調整』によるものだとしたら、甚だ悪趣味でしかない。

 傀儡の仕組みは既に紫擬きやさとりから聞いているので、判断に困る。

 

 

 

「そう、私達はただの操り人形って訳でもないのよ、霊夢。この身体や本質は作り物だけど現の私そのもの。口から出る言葉は決して本音ではないけれど、心に秘められた確かな願い。紫はそれを形にしてるの」

 

「……やっぱりアンタもいるのね、フラン」

 

 ぬえ達と同じように、形の無い影が幾重にも重なり像を結ぶ。荒れ狂う妖力と共に降り立ったのは、悪魔の破壊神フランドール。

 さらにその少し後ろ、輪から外れた場所には、俯いてうわ言を呟く妹紅の姿があった。

 

 どちらも見知った顔ではあるけれど、嬉しさは微塵も無い。霊夢をして「できれば出てくるな」と考えていた連中ばかりだ。

 

「レミリアが怒り狂ってたけど?」

「そう」

 

 分かりきっていた事だ。驚きは無い。

 

 そもそも、紫に合力したのはフランの意思によるものだった。形は違えど諏訪子やこいし、ぬえですらそうだ。唯一違うのは妹紅くらいか。

 

 全員、現状を割り切ってはいたのだ。自分に命が無くても家族が幸せに暮らしてくれたならそれで良かったし、ドン底の頃に比べれば雲泥の差だ。

 

 それでも、心の奥底では満足できなかった。最高ではなかった。本来望んでいた未来は別にあった。

 諦めきれなかったのだ。

 

「さあやろうか霊夢」

「これで戦力差五倍だけど、卑怯とは言うまいね」

「こんな陰気臭い所に引き篭もって妙な事してる時点でアンタら全員卑怯者よ。何度でも言うけど傀儡に用はないわ。同時にかかってきなさい」

 

「威勢のいい人間を見てたら無性にぶっ壊したくなってくるわ。なあ、もこたん?」

「殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ」

「もこたん殺る気満々じゃん! 私もテンション上がるなぁ〜!」

 

 狂人達の口からは理解不能な言葉ばかりが垂れ流されていく。だがその反面、霊夢を追い詰める為の動きは整然としていて、傀儡らしさを引き立てている。

 フランとぬえが隣り合い、妹紅を前面に出した諏訪子が呪を蓄え、こいしの姿が消える。

 

 そして繰り出される飽和攻撃。

 霊夢の対応能力を超える密度の嵐だ。

 

「……! ぐ、ぅ!」

 

 ぬえの三叉槍を躱した途端、間髪を容れず眼前へと迫る炎剣。受ける他なくお祓い棒で鍔迫り合うが、骨と肉の軋む音が大きくなっていく。

 さしもの霊夢といえど、吸血鬼の馬鹿力を真っ向から受け止めるには種族として限界がある。こんな衝撃を受け続ければ身体が持たない。

 

 無理な拮抗は余計な消耗を生む。そう判断し、力を受け流し距離を取らんとするが、途端に真下から噴き上がった爆風に煽られ、ビルの側面へと叩き付けられた。咄嗟に展開した結界が間に合わなければ足を失っていた。

 まだだ、動きを止めてはならない。

 壁を蹴り宙を一回転。数瞬前まで霊夢が居た場所には、無機質なナイフが生え出ていた。室内に待機していたこいしの仕業か。

 

「っと、見えてんのよ!」

「あらら、ちぇ残念」

 

「次は私の番だ! 喜べ巫女!」

「この……っ!」

 

 禍々しいスパークを迸らせ、横薙ぎに放つ。ぬえの得意とする広範囲殲滅の妖術であり、妖怪の山の面々を屠った大技だった。

 その背後ではフランが。また、無数の火の鳥を展開する妹紅に隠れるように諏訪子が。次なるスペルの準備を着々と進めている。

 

 思考の膠着は死を意味する。

 足を止めるな、手を動かせ、詠唱を続けろ。1人をマトモに相手すれば忽ち袋叩きにされる。

 

 だが相手が5人に増えた事で、連携の質が上がった。

 2人同時に仕掛けられた場合、片方をいなしても、もう1人の相手を強いられ受け止めざるを得なくなる。そして、その僅かな膠着を残りに狙い撃ちにされてしまうのだ。

 しかも復活する仲間に遠慮などする必要がないから、手加減無しの最大火力。結界で受けに回ればその時点でゲームオーバである。

 

 唯一嫌々戦っているのか、得意の接近戦を仕掛けてこない妹紅が綻びになるのだろうが、それでも中距離から放つ炸裂する火焔弾が厄介だし殺意は本物だ。

 

「私とお姉様を倒した時の貴女は全てを破壊する目をしていたわ! その頃を思い出せ! 私達を殲滅してみせろ! 禁弾『スターボウブレイク』ゥ!」

「だっ、から! そんな暇ないんだってば!」

 

「楽しんでるとこ悪いけど、そろそろ終いだってさ。源符『厭い川の翡翠』」

 

 水平に放たれたフランのスペルが前方に存在する限りの悉くを薙ぎ払う。

 さらに、灰燼と帰したビル群を諏訪子の吐き出した濁流が押し流し、そのまま水没させた。閑静な無人の都市は既に壊滅の様相を呈している。

 世界そのものを呪で飲み込み、霊夢を徐々に圧殺する心算か。可動域をこれ以上奪われては対抗手段の殆どを失うことに直結する。そうなれば詰みだ。

 

 噴き出てきた汗、そして口の端から流れる少量の血液を拭う。

 

 

(もう、夢想天生しかない……! けど)

 

 唯一の打開策として思い浮かぶは、博麗霊夢の究極にして最強の奥義。

 しかし、このタイミングでの発動が勝利に結び付かないと、自身の勘が訴えかけてくる。

 ここで力を使い果たしては紫を連れ戻せなくなってしまう。それ以前に、紫の下に辿り着くことすら不可能だろう。これ以上の消耗は許されない。

 

 自身の命惜しさに夢想天生を発動すれば、その瞬間、霊夢の負けが決定する。

 

 悪条件に悪条件が重なり、遂に霊夢の足が止まる。次の一歩を踏み出せずに、飲まれていく世界を見届けるしかなかった。もう、道が無い。

 立ちはだかる妖怪小娘達は霊夢のそんな様子を見て、半ばガッカリしたように、けれど勝利の笑みを浮かべた。順当な結果だった。

 

 

 ──『お願いっ……紫さまを助けてあげて!』

 

 ──『霊夢。だから貴女じゃないとダメなのよ』

 

 ──『もしも私が死にたいって言ったら、貴女はちゃんと殺してくれる?』

 

 

「うるさい」

 

 煩しい思考を振り払うように頭を掻きむしる。

 

 とうに分かっていたのだ。

 紫の言葉に乗せられ、らしくもなく張り切ってしまった。現在進行形で冷静でなくなっているのは百も承知。いつだってあの妖怪に掻き乱されている。

 

 でもだからこそ。

 一度でも『待ち』に回ってしまえば、二度と紫に追い付けなくなる気がした。博麗霊夢の歩む道が、底無しの谷を臨む崖にしか通じていないのだとしても。

 

 進み続けるしか無い。

 

 

 ──『博麗霊夢の選択は全てが正解なのです』

 

(そうなんでしょ? 紫)

 

 心はちっとも折れてなんかいない。むしろ追い詰められてなお、熱く沸るばかりだ。

 

 踏み出す一歩は貴女の為に。

 

 

 

 

 運命は絶え間なく流転する。

 それはとても気紛れで──諦めの悪い者にだけ微笑んでくれる。

 

 

「やはり貴女は最高よ。霊夢!」

 

 

 天が砕けた。

 

 鬱屈とした星空を叩き壊し、緋色のノクターナルデビルが戦場に舞い降りる。

 破滅の先へ、新たなる運命を切り拓く為に。

 

 霊夢も、フランも、傀儡達も。そして紫さえも。境界を踏み越えた侵入者に対し、唖然とするしかなかった。

 

「こんな所で死なせやしない。貴女の描く最高の未来は、この先にあるんだから」

「アンタ、どうやって……」

 

「貴女が意地で貫き通した運命が私を引き寄せたのよ。喜びなさい霊夢。これは必然であり、誰が欠けても成し得なかった奇跡だ」

 

 この瞬間をずっと待ち侘びていたのだ。

 幼い頃、初めて運命というものに触れたその瞬間から。

 

 今、レミリアの本懐は果たされた。後は次へ繋ぐだけ。

 

()()で貴女の運命を紡ぐわ。ここまで来たら、もう誰にも止められないわよ」

 

 




伊弉諾物質(イザナギオブジェクト)に謝れ

急に生えてきた靈異伝キャラの紹介をするぜ!

・幽幻魔眼…デバフ、バインド担当。シャイで引っ込み思案。ロリコンを一喝する
・魅魔…精密魔法、アドバイス担当。加虐大好きな魔理沙のお母さん。幽香に頭が上がらない
・エリス…ステゴロメルヘン魔法担当。古いタイプの吸血鬼でレミフラの遠い祖先
・菊理…結界、治癒担当。身体も存在も薄い。影で支えてくれる縁の下の力持ち
・コンガラ…近接担当。頼りになるみんなの纏め役。多分一部地獄の支配者とかやってた。霊夢が好き
・サリエル…暴力担当。靈夢を相討ちで殺しているため実は調伏できてない。捻くれてる。神綺様の先輩



今話最後のシーンは萃無双編の最後のセルフオマージュだったり……(小声)
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