幻想郷は全てを受け入れるのよ。それはそれは残酷な話ですわ……いや割とマジで   作:とるびす

144 / 156
あと2話


Phantasmagoria*

 

 

 マエリベリー・ハーンは夢を見た。

 自身の体が不治の病に蝕まれ、果てた時の事。

 

 科学神秘主義の跋扈する世界でさえも手の付けようのない、境界となる為の未知の病。メリーを終わらせる為だけに存在する予定調和。

 歩く事ができなくなり、白い病室に押し込められた。高熱にうなされ、肉は削げ落ち、呼吸だけで全身に凄まじい痛みが走る。

 

 縋っていた相棒の声は、もう聞こえない。

 メリーの短い生涯は、相棒の天寿と共に尽きた。

 

 

 

 

 

 マエリベリー・ハーンは夢を見た。

 冒険の末に谷底に叩きつけられ、殺された時の事。

 

 メリーは激痛に悶えながらも身動ぎし、潰れていない右目の眼球で、自分とは違い即死した相棒を見る。濁った紅い瞳の中に映る自分の色。

 やがて時が経ち、自分と相棒の身体から蛆が湧く。飢えを満たすために肉を貪るそれらをメリーはぼんやりと眺め、自らの飢えを自覚した。

 

 湧いた蛆を噛み潰す。生き残る意志も、目途もなかったけれど、飢えを癒す為には仕方ない行動だった。

 腐り、朽ち果て、蟲に喰われていく相棒を見ながら、メリーもまた長い時間をかけて事切れた。

 餓死だった。

 

 

 

 

 

 マエリベリー・ハーンは夢を見た。

 白銀の幻想に抱かれ、ゆっくりと死に至った時の事。

 

 突然の事だったように思う。廃材の山と化した文明の残骸を寝床にしながら、相棒と身を寄せ合い明日を目指した。雪が降り、氷に閉ざされ、熱が奪われていく。

 生きて生きて、必死に生きて。力尽きた。

 

 どちらが先だっただろうか。地に伏せた自身を覆う雪の塊の中、微かな温もりが感じられなくなると共にメリーの心は幻想に還った。

 美しい死に様だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 繰り返す。デジャヴのように何度でも。

 

 

「何で人を食べないの?」

「……きっと味に飽いたから」

「それは嘘。口に含んだ事すら無いのに、味なんて分かるはずがない」

「分かりますとも。今も口の中に感触が残っています。到底食えた物ではなかった」

 

 ああ言えばこう言う。阿呆らしい。

 妖怪の本懐を果たさずして何が妖怪の賢者か。

 

 ルーミアは心の中で賢者を小馬鹿にしながら、摘んでいた肉を口へと放り込む。筋が多くて味も悪い。この質から察するに、碌な人生を歩んでいないようだ。

 つまらない人間は味もつまらない。

 

 だが、それが良い。

 人を喰らう事こそ『恐怖』の真髄。

 

「私を連れて行けば、また思い出せるよ」

「何を?」

「親友の味。自分の味。忘れてしまった罪の味」

「ふふ……貴女、自分が捨てられた理由をよく分かっているのね。どれも不要ですわ」

 

 少量の妖力を纏った人差し指。これが僅かにでも揺らげば、ルーミアの生命は無い。

 賢者がルーミアを殺す理由は無数にあるし、逆に殺さない理由は皆無に等しい。

 

 ルーミアの口が真っ赤に裂けて笑みを深める。

 それも良い。

 

「覚えてるなら別にいいよ。それが確認できただけでも、私のお腹は膨れるから」

「悪趣味ねぇ。まるでタチの悪い寄生虫……生まれ方は私の姉妹のようなものなのに」

「生みの親を食い殺したのはそっちでしょ?」

 

 

 2人が生まれた記念すべき日。

 

 彼女は因果の流れに逆らい、この世界に辿り着いた。長旅を終え、まず一番にした事は、自分の傍らに転がっていた物を貪る事だった。

 身体を突き動かしたのは食欲では無かったように思う。もっと原始的なものだ。

 

 覚えている。

 握り返してくれた愛しい手。

 抱きしめてくれた愛しい腕。

 血に濡れて台無しになった綺麗な茶の髪。

 驚くほど脆い骨。

 誰の物かも分からなくなった五臓六腑。

 彼女の物になった特別な紅い目。

 食べられない物はそこらに捨て置いた。

 

 とても酷い味だった。もう二度と味わう必要はないと心の底から思った。

 故に、生まれたその日に衝動を捨てたのだ。

 

 ルーミアになるのは、半ば必然だったのだろう。

 

 今ではそれら全てルーミアの物。

 八雲紫が思い出すだけで、ルーミアのお腹は膨れて、闇が濃くなっていく。

 

 だから何度だって意地悪な言葉を投げ掛ける。

 

「蓮子は美味しかったでしょう?」

「知らない名前ね」

「ゆめゆめ忘れるな」

 

 何度だって釘を刺す。

 

()()はマエリベリー・ハーンの恐怖と絶望から生まれた。逃げられないのよ、決して」

「脅しのつもり?」

「なんて事のない、ただのスパイス」

「ゲテモノが好きなのねぇ。下衆には相応しい」

 

 

 

 

 *◆*

 

 

 

 

「──しっかりしなさい。ゆっくり息を吸って」

「う、うぅん……頭が、いたい。此処は?」

「私にも分からない。でも絶対にお家に返してあげるから大人しくしてて」

 

 椅子に座らされていた菫子の意識が覚醒したのを確認し、霊夢は頷く。

 力を抜き取られた影響だろうか、ぼんやりとして目の焦点が合っていない。体調も悪そうだ。しかし命まで取られていないのなら無問題。

 

 ひとまず安静にするよう伝えた。これ以上の役割が彼女に有るのかは分からないが、もう二度と戦闘には巻き込まない方がいいだろう。そう霊夢は判断した。

 

 もっとも、これからどう状況が動くのか霊夢には見当も付かない。取り敢えず自分にできる事をと思い、混乱の最中に菫子を救出しただけだ。

 安否確認を終えると、厳しい目付きで混乱の発端へと視線を向ける。

 

 

「それにしても、やはり顔は良いのだよなぁ顔は。あの頃と何も変わっていない。心を共にした今こそ、古明地さとりの気持ちもよく分かる。この顔であんな心をぶつけられたら温度差で風邪を引いてしまいそうだ」

 

 返り血で真っ赤に染まった己の体躯を気にする事なく、掌に乗せた首をじっくり眺めている。和やかな笑顔を浮かべて、愛おしそうに。

 その傍らには首のない身体が転がっていた。

 

 秘神──摩多羅隠岐奈の裏切り。何の前触れもなく鮮やかに行われた謀叛。

 紫が全く対応できていなかった事から、まさに青天の霹靂だったのだろう。無抵抗なまま死んでしまった。

 

 霊夢は心を落ち着けると、敵意を剥き出しに隠岐奈と向かい合う。念のため菫子との間を遮るように位置取りを意識しながら。

 

「何故、紫を裏切ったの?」

「ふむ。その前に初めましての挨拶だな。私の名は」

「摩多羅隠岐奈でしょ。さとりと紫擬きから聞いたわ。前の異変で無様にくたばって紫に喰われたって」

「あいつらめ好き放題言いおって……」

 

 不満げに呟く。

 ただ嫌われている理由は心当たりがあり過ぎるため、ぞんざいな扱いについては目を瞑った。

 

「てっきりアンタも、フランや天子みたいに紫の言いなりになってると思ってたんだけど」

「言いなりさ。私は今も忠実な紫の式神よ」

「どこがよ」

「これもまた紫が望んでいた結末の一つだった、と言っても納得しないか」

 

 そろそろ我慢の限界かと、隠岐奈は目を細める。

 霊夢の目的は紫を連れ戻す事であり、殺す事ではない。隠岐奈の行動は霊夢にとって明確な敵対行動に当たる部類のものだ。

 あまりにも見通しの甘い目標だと言わざるを得ないが、それが幻想郷、引いては世界にとって最善であるのは言うまでもない。成せるのならそれが一番良いに決まっている。

 隠岐奈にはどうでもいい話だが。

 

 さて、このままでは霊夢との戦闘が勃発しかねない。それは誰の得にもならない不毛な諍いだ。

 なので隠岐奈は生首に口を近づけ、囁いた。

 

 

「で、いつまで死んだふりをしているつもりだ?」

 

「……ふふ。貴女には通用しないか」

「うわ!?」

 

 流石の霊夢も仰天した。これが人生で一番驚いた瞬間かもしれない。菫子も思わず写メを撮ろうと、ふらつきながらポケットを弄っていた。

 

 真っ青だった顔にみるみる生気が戻り、桔梗色の瞳が開かれる。首を切り離されても紫は健在であり、死に絶える素振りは皆無。

 ルーミアや萃香なんかの不定形の妖怪であれば首だけになっても平気なケースはままあれど、紫の姿でそれをされると違和感が凄い。

 

「完璧な偽装だと思ったんだけどねぇ」

「手応えの有無くらいは分かるさ。しかし不意を突いて、しかも致命傷を負わせても殺せないか。まったく、理不尽な因果だな」

「無意味ではなかったわよ。現にこうして私に恥辱を与える事に成功している。スキマ妖怪から飛頭蛮に退化したみたいになってるし」

 

 赤蛮奇が聞けば顰めっ面になりそうな会話である。

 

「確かに生首でそうペラペラ喋られるのは奇妙だな。まるで、ほら、外の世界で有名な……」

「あれね、何でも実況してくれる饅頭」

 

 幻想郷の賢者はネット文化にも理解が深かった。

 だが和やかな会話もここまでという事で、空気のひりつきが徐々に強くなる。

 

「で、この裏切り者。よくもやってくれたわね」

「まあやるなら今しかなかろうよ。九尾や猫又が側にいたのでは選択肢も限られるのでな」

「……よくよく思い返せば、さりげなく私の思考を誘導していたわね? 全ての手札を使い切るように」

「流石にヘカーティアの相手は手に余る」

「幻想郷に押し付けちゃったわね」

「問題なかろう。この程度の危機であれば容易に撥ね返してくれるさ」

「先の異変で立証済みってわけ」

 

 答え合わせのようにすらすらと言い当てていく。瞬時に答えを導き出しているのか、それとも最初から隠岐奈の叛心を見抜いていたのか。

 知ったかぶりをしているだけかもしれない。

 判別は付かないが、それはこの際どうでもいい。

 

 それよりもまだ肝心な部分がある。

 

「アナーキーな混沌を好む摩多羅神、それを手の内へ加えるにあたって相応の準備はしておいたわ。貴女は私に不都合な行動を取る事はおろか、その計画を思考することすらできないよう術式を組んだ」

「うん、今も作用しているよ」

「なら何故裏切ったの。どういう絡繰で」

「お前が私と同じだからだ」

 

 回答にならない言葉だったけれど、紫は隠岐奈の意図をそこそこ正確に理解した。なるほど、そういう事もあるのかと1人納得するまである。

 

 摩多羅神とは一つの体に数多の神格を宿す闇鍋の神。神格の数だけ思惑があり、当然行動理念も違ってくるし、紫への想いの種類もそれぞれだ。

 それと同じだという事。

 

「今、お前を突き動かすのは誰の想いだろうな。マエリベリー・ハーンか? 宇佐見蓮子か? 融合した傀儡の誰かか? それとも……かつての紫か?」

「……私の心は私の物ですわ」

「そういう事にしておこう。つまり、私がお前の死を願った理由が逆説的に証明されたな」

 

 隠岐奈の行為が意味するもの、それが指し示すのはたった一つのシンプルな答え。

 

 八雲紫は()()()()()()()()()()()()()()

 

「死を望む心が何処かにあるのだろう。まあ、死を実感できないお前には幻想のようなものだ。それ故に生まれた死への憧れ(ネクロファンタジア)か?」

 

 全てが正しかった。紫もそのあたりはヘカーティアと対面した時から既に自覚していたので、無言の肯定を貫いた。訂正の余地も無い。

 霊夢も納得した。紫が乱心する少し前、自分に向けて言い放った言葉を思い出す。

 

 ──『もしも私が死にたいって言ったら、貴女はちゃんと殺してくれる?』

 

(本気だったのね……)

 

 ならば紫は、自分が殺されるようにわざと仕向けているのかとも考えたが、それにしては抵抗と幻想郷の破壊に対しての手心が無さすぎる。間違いなく、紫は己の用意できる限り最高の迎撃を用意していた。

 その点が違和感として残る。

 

 いや、そうか、そういう事か。

 隠岐奈の言葉通りだ。

 

 紫は目的の完遂、そして自死。どちらも本気なのだ。

 どちらに転んでも紫の勝ち。

 

「死を望む心、幻想郷を切り捨てる行為、それら全て本来のお前が望むものではない。今の世界に未練がないのならお前の行動はもっと違っていた筈だ。目を覚ませ紫」

「……」

「あんな小娘達など放っておいて、私とこれからも愛すべき幻想郷を導いていこうじゃないか。私達の創る理想はまだまだ道半ばなんだから」

 

 本来の紫は自分の保身を第一とする薄汚れた性根を持った妖怪だった。その生き汚さは幻想郷でも一二を争うだろう。

 そして、大切な者を失う事を忌避する気持ちもまた強かった。思わず自分の身を差し出してしまうほどに、喪失を酷く恐れていた。自他の境界が薄い紫ならではの利己的本性。

 

 今の紫とは大違いだ。ちぐはぐ過ぎる。

 何かの異物に影響されていると隠岐奈は考えたのだ。

 

「断れば?」

「残念だが……お望み通り殺すしかないな」

「貴女ってやっぱり真面目ね。律儀だし」

「むず痒い。まあそれはそれとして、裏切りという行為自体に興味があったのも事実だがな。あの時、私を裏切ってくれたレティ・ホワイトロックの心境もきっとこれだ。なるほど確かに、これは快感。スカッとした」

 

 まるで先の敗北も計算のうちであったかのように語る様に、紫は苦笑を浮かべる。

 隠岐奈のようなある種開き直りのような考え方ができれば自分の無様な今も変わっていたのだろうかと、ぼんやり考える。しかしそうはならなかった、紫はそれほど器用ではなかった。

 

「では殺してもらいましょうか。殺れるものなら」

「そうか……是非も無し」

 

 悲しげな表情は一瞬だった。紫の望み通りに隠岐奈は動くのみ。

 強力な因果を纏う紫を消し去るには、それに匹敵する因果を以って制すしかない。

 八雲紫に並ぶ因果を持つ物とはなにか。八雲紫と同等の宿命を位置付けられた存在とは。

 

 それは宇佐見蓮子、引いては、その少女を生み出す全てを持つ宇佐見菫子に他ならない。

 

「我が手には菫子から抜き取った力の全てが集約されている。これをお前に叩き込めば安らかな死へと導くことができよう。良かったな」

「首を切られても死ななかったけど?」

「私が作り出すのはきっかけだけだ。締めは然るべき者にやってもらうさ」

 

 2人の目線が霊夢に集中する。

 紫擬きが今際の際に言っていたように、霊夢に纏わり付く因果もまた特別。彼女もまた、紫を殺害し得る可能性を持った存在。

 

 隠岐奈が紫を殺そうとするならば即座に制止に入ろうと考えていたが、まさかボールが自分に投げ渡されるとは思っていなかった。

 

 眉を顰め、首を横に振る。

 

「そいつを殺す気はないわ。そして殺させもしない」

「だが紫は全てを振り出しに戻すまで止まらんぞ。幻想郷の巫女としてやるべき事は明白だろう」

 

 死こそが救済などとベタな事を言うつもりはない。

 倒すべき敵が居るから戦うだけ。それくらいの心構えの方が幾らかやり易いだろうという、ある種の気遣いである。余計なお世話だ。

 

 

「内輪揉めは結構だけど、私もそろそろ動いていいかしら? 貴女達が何を想い、何を為すために動こうが、私の返答は変わらないわよ」

 

 

 闇が溢れる。

 

 切断面から流れ出る血液が漆黒に染まり、隠岐奈の手を忽ち飲み込んだ。

 顔を顰め、もう片方で弾幕を放たんと力を込めるが、身体が硬直して上手く動かせない。まるで氷に閉じ込められたように、頭から爪先までの制御を失いつつある。

 術式に逆らった事による式縛りであった。

 

「む、ぅ」

「貴女の身体は変わらず私の影響下にある。式神の使い方は貴女の愛した八雲紫の知識から沢山勉強させて貰ったわ。逆らう事は無意味よ」

「この程度のクオリティで自慢されても反応に困る」

「ま、まあ応用技術は追々ね。そんなことより──菫子の力を全て渡しなさい」

 

 技術もクソもない権能の力任せな行使といえど、完全な上下関係が決定付けられている隠岐奈に抵抗の術は限られている。全権を掌握されるのは時間の問題か。

 

「お前にしてはヤケに力があるな。この闇といい、さては私達に何か隠していたな」

「家族や親友にも知られたくない秘密の一つや二つ、誰にでもあるでしょう? 私もあんまり使いたく無かったんだけど、隠岐奈が悪いのよ。私を裏切るから」

 

 咄嗟に霊夢へと目を向ける。

 当然異変を感知して此方に駆け出していた。しかし首のない紫の身体に行手を阻まれている。

 その異様な姿に困惑を隠せていない。

 

「博麗の巫女よ惑わされるな。戦闘において紫はズブの素人、簡単に倒せる!」

「そ、そうなの!? 紫なのに!?」

「怖気付かなくていい、こいつは顔と詭弁と雰囲気だけで窮地を切り抜けてきた雑魚妖怪だ。一度でも紫が戦っているところを見た事があるか? それが答えだ」

「ひ、酷い言われようですわ」

 

 言われてみれば、確かに。

 戦うのはいつも自分や藍ばかりで紫は後方に引っ込んでた。紫が本気を出すと幻想郷が壊れるからと、藍や顔見知りの妖怪、人間に教えられたから自然と霊夢もそう思うようになっていた節はある。

 もしかすると、自分はとんでもない思い違いをしていたのか? 

 

 試しに身体へと近寄り、お祓い棒を振り下ろ──。

 

「ッ……っ!」

 

 脳を埋め尽くす膨大な不快感に従い、思わず仰け反るのと同時だった。致命の風が鼻を掠め、世界が断たれた。

 境界操作を殺傷力に全振りした一撃。

 反応が僅かに遅れていれば、紫と同じく首と胴が泣き別れになっていただろう。指を横になぞるだけで起こされる現象としては余りにも釣り合っていない。

 

 更なる追撃を横っ飛びで躱しながら、怒り混じりに叫ぶ。

 

「強いじゃないの! 普通に!」

「うん? こうはならん筈だが……事は私が思っているほど単純ではないのか……?」

「自信失くすな!」

 

 全てを二つに捌く境界の前には霊夢の反則結界も意味を為さず、ほんの僅かの拮抗もなく砕かれてしまう。

 指の軌道を見切る事でなんとか躱せてはいるが、射程が無限である関係上、菫子を巻き込まないよう立ち回らねばならない為に次に繋がる有効な選択が取れない。

 

 と、一瞬の空白を利用した身体がスキマを開き隠岐奈の背後へと回る。そして羽交締めにする事で首と身体でサンド。より効率的に隠岐奈を飲み込んでいく。

 秘神が再び紫の手に落ちるのを危惧した霊夢は、即座に陰陽玉を展開し夢想封印の準備に入る。隠岐奈と紫を諸共吹き飛ばす為だ。

 

「やめなさい霊夢。その攻撃は私には届かないし、隠岐奈の身体が滅べば宿主を失った菫子の力は私を次の止まり木とするでしょう」

「……じゃあ言わなきゃいいじゃない」

「痛いのが嫌なの。それに衝撃で取り零しが発生したら面倒だし」

 

 本来であれば『取り零し』が発生した時点で紫の計画は破綻するのだが、自身の中枢たる心奥まで引き摺り込んだ今なら話が別だ。ここで霧散した力は後で余す事なく回収する事ができる。

 今はとにかく、少しでも八雲紫としての力を取り戻すのが先決なのだと判断しているのだろう。

 

「さあ隠岐奈、そろそろ年賀の納め時よ。儚い三日天下だったわね」

「ふむ、確かに事の成り行きで衝動的に裏切ってしまった点については、明智何某と同じかもしれんな。だが、私は奴とは違って根回しの時間と仲間に恵まれている」

「……時間ですって? ずっと私の心の中に居た貴女にそんな物は存在しない──」

 

 言葉が最後まで紡がれる直前。

 耳をつんざく爆音が鳴り響き全てを掻き消した。突然の出来事に霊夢は思わず耳を塞ぎ、菫子は微睡から叩き起こされ椅子ごとひっくり返った。

 

 爆発の発生源は隠岐奈の背中。燃え盛る爆炎が紫の身体を焼き尽くし、闇ごと塵芥に還していた。

 

「流石だ蓬莱山輝夜! 期待通りの働きに感謝しよう」

 

 

 

 紫が菫子を指名手配にかけた際、輝夜は紫が起こし得る行動に当たりを付けていた。

 豊姫を経由して伝えられたヘカーティアとの戦いの顛末。狭間の存在を己と同一として取り込んでいく性質。そして別世界線での出来事と、その末路。

 それらを鑑みれば可能性として十分存在すると判断したのだ。

 

 紫の思惑が菫子確保になるのなら、間違いなく『アイツ』は紫に歯向かうだろう。そして無様を晒した挙句に、吸収されてしまう。

 どの時空でも傍迷惑な奴だが、輝夜はこれに活路を見出した。

 

 獅子身中の蟲という訳でもないが、爆弾を一つ送り込めるなら儲け物だ。

 

 紫は輝夜への警戒を疎かにし過ぎたのだ。

 自身の脆弱さを自分(八雲紫)とは違い前面に押し出し、八意永琳と因幡てゐという最高の隠れ蓑を駆使して能力をひた隠しにした輝夜の立ち位置は、事ここに至った紫にとって脅威に映らなかったから。

 

 そして、脆弱な者の足掻きは巡り巡った果てに、紫の計画を破綻一歩手前まで追い詰める事になる。

 

 ()()()()()()()という結果を以って。

 

「も、もこたん!!!」

「……私の力が足りないばかりに、ごめんな菫子。今度こそお前を守ってみせるよ」

 

 焼け落ちた隠岐奈の後戸を蹴破り、颯爽と現れる蓬莱人。白銀の長髪を爆風になびかせ、場を見据える。

 斃すべき巨悪と、守るべき命を確認した。成長して姿が変わっていても、自分と共に過ごしていた童である事を一瞬で把握する。

 

 恩人の無事に菫子は大きな歓声を上げるのだった。

 

「どうやら上手くいったようだな。狭間の楔から解き放たれた気分はどうだ?」

「最悪だね。頭の中にありったけの情報をぶつけて術式を無理やり押し潰したんだ、普通なら死んでるぞ。あと輝夜のヤローは後でぶっ殺す」

 

 輝夜の能力により、並行世界に存在していた妹紅の情報、記憶、経験を詰め込み、永遠に近い年月をかけて紫の呪縛を中和するという力技である。

 当然ながら想像を絶する苦痛と負担が心身を襲うが、そこは蓬莱人クオリティ。普通に耐え切った。

 

「悪いな八雲紫。アンタの操り人形もここまでだ」

「貴女、いい加減しつこいわ。これまで何度退けたと思ってるの? 通算5回よ5回。そろそろ諦めてよ」

「アンタが死ぬ時まで死ぬ気は無ェな」

「そんな格好良いこと言っても靡かないけどね」

 

 爆発のどさくさに紛れて隠岐奈の手から逃れていた生首がスキマを転がり、焼き焦げた自分の身体へとドッキング。妖力の漲りと共に薄い黒膜が剥がれ、煤一つ無い体躯への再生を遂げる。

 

 八雲紫完全復活。

 

 しかし、もう笑みはない。今この状況下において、紫の望んだ結果は一つとして無かった。

 如何に完璧なプランと備えを披露しようが、幻想郷は更にその上をいく。

 嬉しいのやら悲しいのやら、はたまた恐ろしいのやら。

 

 どちらにしろ、挑戦者(チャレンジャー)としての立場が逆転したのは言うまでもない。

 ここからが紫にとっての正念場か。

 

「よくよく考えれば、圧倒的有利からそのまま勝ち切ったことなんて私の妖生で一度もなかったわね。そういう星の下に生まれたと諦めるしかないのかしら」

「そこからなんだかんだで趨勢をひっくり返してくるのがお前の恐ろしいところだろう」

 

 どれほど窮地に追い込まれようと、八雲紫は何度でも這い上がってくる。その恐ろしさは霊夢、妹紅、隠岐奈、全員が心得ている。

 故に油断はない。

 目的を達成するまで死力を尽くす。

 

 と、隠岐奈の能力により空間の至るところに魔力回路となるドアが展開される。その様相は徐々に後戸の国の風景へと近付いている。

 世界そのものへの侵食。

 

「ここから私は紫との綱引きに入る。この世界の主導権を巡っての争いだ」

「するとどうなるの?」

「奴をこの世界から引き摺り出し、幻想郷へと叩き込む。成功すれば霊夢(お前)の一人勝ちだな」

「……幻想郷全員の勝ちよ」

「まあ、そうだな。それでも良かろう」

 

 当然、隠岐奈への式縛りは継続している為、このままでは万に一つも勝ち目はない。

 だが数の利はもはや紫にはなく、対して隠岐奈には幻想郷でも最強クラスの前衛が2人もいる。

 

「私達のやるべき事は?」

「とにかく紫を攻撃しろ。奴の力を少しでも削いで、世界に対する影響力を弱める。何も難しい事は考えず、攻めて攻めて攻めまくれ」

「単純で助かるわ」

「やる事が明確なのは良い事だ」

 

 この世界に来てから、毛色が違う何人もの猛者達と即興で共闘してきた霊夢にとって、これまで幾度と殺し合ってきた事で手の内が分かる妹紅との連携は比較的容易な部類。

 長かった戦いが終わろうとしている。

 

 後もう少し、もう少しなのだ。

 

「あんだけ傀儡を召喚して好き勝手やってきたんだもの。文句は言わせないわよ」

「3人同時でも卑怯とは言うまいね」

「言わないけど、なんというかこう……手心というか」

 

 何やら言っているが無視。

 霊夢と妹紅は互いに目配せし、役割を構築。一気呵成に攻めかかった。温存の必要はなく、己の持つ全てを幻想郷最強の妖怪へとぶつけ勝利を掴み取らんと沸る。

 

 対して紫は、不規則かつ奇妙な挙動で迎撃。四方八方から迫る不可視不可触の境界を放つ。

 とにかく手数と射程で優位を取って攻撃の構えを崩さないという、八雲紫にしては些か脳筋に寄り過ぎている身も蓋もない戦法。

 

「奴の姿と動きに騙されるなよ。この世界にいる以上、八雲紫は何処にでも偏在している。見てくれに気を取られると痛い目を見るぞ」

 

 隠岐奈の助言が全てを言い表している。

 境界に潜むスキマ妖怪は、もはや境界そのものと言い表しても差し支えないほどの存在。故に変幻自在。

 固定された姿で認識すると思わぬ攻撃を喰らう。

 

 不変の蓬莱人と不変の巫女には水と油である。

 

 

「邪穢『夢想封印 靈』!」

「『こんな世は燃え尽きてしまえ!』」

 

「貴女達ったら相変わらずスペルカードの使い方が……いやまあ、いいけど……」

 

 紫が何か言いたそうな顔をしていたが、無視。

 肉体のみならず心を含む本質さえも断たれようが、藤原妹紅は止まらない。過密に詰め込まれた経験と想いが人形の身体を前へと押し進めていくのだ。

 

 細胞の全てを燃焼させ、ありったけの妖力を噴出させた結果、引き起こされたのは未曾有の至近距離大自爆。

 菫子に届かないよう調節されているとはいえ、1人に対して使用するにはあまりにも過剰な火力だろう。だが相手が八雲紫ではそれでも足りない。故に自爆に躊躇は無かった。

 

「だあああぁぁああアああアアァッ!!!」

 

「あっづぁ! 溶ける溶けるっ! もう! こんな奴仲間にするんじゃなかったわ!」

 

 命には届かないが手応えあり。

 しかし、地獄の業火に炙られながらも紫は力の指向性を一定に保っていた。

 蓬莱人の攻略方法は分かっている。魂となった瞬間に結界で囲い込んで封印してしまえばいい。

 突然の自爆には驚いたが、それはチャンスでもある。

 

「境符『四重結界』」

 

「見え見えよ。神技『天覇風神脚』」

 

 妹紅の魂が囚われ──それを見越していた霊夢が結界をサマーソルトで蹴り破る。どんな結界も問答無用で解いてしまう博麗相伝のインチキ技だ。

 有機物を融解させるであろう温度の中でも霊夢は涼しい顔で、次なる一手を構えている。

 その髪は白に近付き、背中からは翼のように六対の魔力が垂れ流されていた。

 

 かつて初代博麗の巫女と壮絶な死闘を繰り広げ、その命と引き換えに陰陽玉へと封じられた存在(サリエル)。それをこの身に宿した結果がこれだ。

 意思の疎通ができない為に矜羯羅や魅魔を降ろすよりも危険が伴うが、最も強力な攻撃を出せるようになる。妹紅の熱が届かないのはその副次的な効果。

 

 最早我が身の消耗を気にする必要がないのなら、使うしかない。

 我が身、倒れ逝くその時まで。

 

「夢想天生以外にも手札を揃えていたのね。なんかあまり身体に良くなさそうな技だけど」

「奥義に頼るなって『別の八雲紫』から教えてもらった結果よ! おかげでエライめに遭ったわ!」

「……なるほど納得」

「そう言うアンタはどうなのよ!」

 

 横振りのお祓い棒が、熱波により炭と化した腕を粉砕する。

 皮膚が炭化した事で思うように関節が曲がらないのか、動きがぎこちない。

 

「どう、とは?」

「簡単すぎるって言ってるの。お前の能力はこんなものじゃない筈」

「手を抜いているって言いたいのね」

 

 砕け散った空白に境界が集約し、新たな腕となる。だが続いて肩を砕かれ、更には妖力を纏った妹紅の蹴りが腰を消し飛ばした。

 再生の精度は高いが、スピードはそれなり。霊夢と妹紅の猛攻を相殺できるレベルではない。

 

「AIBOのように戦えって事でしょう? 確かに、境界を操る力の使い方の理想的な形はあのようなものを指すのかもしれないわね。この窮地の打開策にもなり得るかも」

 

 素っ気ない言葉だった。

 境界を自在に敷く事とは、この世の理を書き換える事と同義。概念への干渉など御茶の子さいさいで、まさしく何でも有りな能力。

 霊夢が紫と戦う上で最も警戒していた事項の一つである。

 

 しかし、それは他ならぬ紫の手によって否定された。

 

「それでは換骨奪胎の域を出ない。あの人にはあの人の、私には私なりの戦い方があるのよ」

「つまり更に嬲られるのがお望みってわけだ。ならお言葉に甘えさせてもらおうか」

 

 まだまだ仕返し足りないのだろう、妹紅が肉薄し顔を殴り飛ばした。

 困惑しつつも手心は不要だと身に染みている。霊夢もまた高密度の弾幕を雨霰のように叩きつける。

 当然紫の反撃は苛烈だが、妹紅相手には決定打にならず、霊夢は持ち前の勘で掠りもしない。

 

 一つの結論だ。紫は強い事には強いが、どうしようもないほど強大というわけではない。

 

 身体の崩壊と共に紫の影響力が削がれ、後戸の占める空間が急速に増えていく。

 幻想郷は近い。もうすぐだ。

 

「一気に畳み掛けるぞ霊夢!」

「ええ」

 

 次の大技で勝負を決める心算だった。

 紫を完膚なきまでに破壊し、隠岐奈の支配を確実なものにする。恐らくもう一度、致命的な傷を与えればそれも可能だと霊夢と妹紅は判断したのだ。

 

 勝利は目前。

 しかし、故に霊夢はどうしようもない違和感を抱えていた。紫相手に優勢を取っている間ずっと。

 

 あの紫が果たして、そんな簡単に自分たちを勝たせてくれるだろうか? 

 

 否。断じて否。

 

 考えろ。紫に残された勝ち筋の全てを。

 

 

「一手、遅かったわね」

 

 

 世界の完全掌握よりも早く、霊夢が結論に辿り着くよりも早く、忍ばせていた策が成就する。

 

 本体は、囮。

 

 霊夢と妹紅を止める事はできない。ならば脅かすべきは後方の要にある。

 紫の狙いは最初から最後まで隠岐奈だった。

 

 内部から炸裂した鋭利な闇が秘神の神格を喰い破り、身体をズタズタに刺し貫く。

 神格の叛乱、或いは目覚め。

 摩多羅隠岐奈が幻想郷の賢者として名を馳せる為に必要だった神格が牙を剥いた。

 その正体は、とある大妖怪の残滓。

 

「ルーミアと約束しちゃったのよね。私は置いていかないって」

「……分の悪い契約だな」

「それも私にとっては今更な話ですわ」

 

 隠岐奈の力が急速に弱まり、狭間が増大する。一度均衡が崩れてしまえば脆いものだ。

 支配の大方を取り戻した今、馬鹿正直に霊夢と妹紅の相手をする必要性は限りなく減した。本当の力さえ、この身に取り戻せば決着がつく。

 

 間髪を容れず叩き込まれる熱線、殺到する御札の嵐は、自らの右腕をスキマと化し飲み干してしまう事で回避。接近戦に移るまでの僅かな時間、紫に与えてはならなかった自由時間が生じた。

 

「さあ頂こうかしら、私の原石を!」

 

「……」

 

 互いの中に存在していたルーミアを介し、菫子の力を抜き取りに掛かる。

 隠岐奈にそれを防ぐ手段は無く──。

 

 

 八雲紫は『無』を手に入れた! 

 

 

「ふぁ?」

 

「かかったな阿呆め」

 

 勝ち誇るは秘神。

 隠岐奈の中に菫子の力など微塵も存在していなかった。どれだけ彼女の中身を弄り、星々の如く存在する神格をチェックしても、無いものは無い。

 

 妹紅に殴られた衝撃を殺しきれず蹈鞴を踏みながら、紫はそもそもの状況設定から考え直す。

 

 自分の認識が狂ったのはいつだろうか? 

 そもそも隠岐奈が自分の命令に従い抽出作業を行っていたという前提から間違っていた可能性。

 いや、抽出自体はしっかり行われていた筈。でないと、自分は兎も角として、藍の監視の目を誤魔化す事なんて幾ら隠岐奈でも不可能だ。できる訳がない。

 

 ならば命令完了後の何時か、となる。

 

 そうだ、謀叛を起こし首を叩き切ってくれたあの瞬間。隠岐奈はさも自分が菫子の力を持っている風に振る舞い、紫の命を狙う姿勢を見せた。

 八雲紫の数少ない殺害方法を霊夢へと開示しつつ、その力を持っていると見せびらかす事で、無意識に隠岐奈もそうであると思い込ませるのが狙いだったのか。

 

 謀叛後の行動、全てがブラフ。

 

 つまり隠岐奈は、紫が己の式達と応戦してる間に抽出作業を完了させ、力を隠したのだ。ハリボテ用に極少量の力のみ自らに習合して。

 

 ならばその隠し場所は……元の鞘。

 全ての力を抜き取られた事で疲れ果て、椅子で眠っていると思い込んでいた、あの少女。

 

 

「ッ、菫子!!!」

 

「──ごめんっ、ゆかりん! 念力『サイコプロージョン』!!!」

 

「ぐぇえっ!?」

 

 因果が紫の背に炸裂した。

 

 椅子に目を向けた瞬間の出来事だった。そこに菫子は居らず、代わりに背後から聞き覚えのある声と共に、強い衝撃と凄絶な痛みが襲いくる。

 

 テレポーテーションとサイコキネシスの合わせ技か。

 激痛に悶えながら、苦しみの正体と裏を取られた理由を瞬時に察する。

 

「菫子! 体調は大丈夫?」

「うん治った。さっきまでヘロヘロだったんだけど」

「……なるほど、あのドア女が回収していたのは菫子の純粋な体力と精神力か」

「ここからは私も戦う! ゆかりんを止める為に!」

「そうか。立派になったな」

 

 

 

 趨勢は決した。

 

 自身を守る因果の大半を掻き消され、返して貰わなければならない力は未だ健在な菫子の手にある。

 中途半端な力では霊夢にも、妹紅にも勝ち切れない。その間に隠岐奈は自分をこの世界から叩き出そうとするだろう。猶予などあってないようなもの。

 

 潰えてしまう。

 みんなの想いに応えられない。

 

 やっとの思いでここまで来て、あと少し手を伸ばせば届くのに諦めなければならないなんて、残酷過ぎる。

 

 所詮は紛い物。ここらが限界だったのだろうか。

 そう思うと諦めの気持ちを少しだけ許せる気がした。

 

 

「どうやら……ここまでのようね」

 

 遂に膝から崩れ落ちた。

 

「持てる力の全てを結集したけれど、やはり身の丈に合っていなかったのでしょう」

「まあそうだなぁ」

「当たり前よ! 散々手こずらせてくれて」

 

 隠岐奈は苦笑し、振り回され続けた霊夢は憤った様子で一喝する。

 空気が弛緩しても油断はない。その間にも後戸の侵食は続いており、幻想郷との開通も秒読みに入った。

 

「よもや幻想郷がこれほどの団結を見せるとは。この八雲紫の目を以てしても見抜けませんでした。やはり共通の敵という劇薬は幻想郷にとって必須なのかしら」

「耳の痛い話だな」

「でも、これで良かったのかもね。最期の最期に有り得ないものが見れたんだもの」

「死ぬ事前提で話するな。アンタは幻想郷に帰るのよ」

 

「いえいえ、死ぬのは貴女達ですわ。邪魔者が居なくなって、それで終わり」

 

 てっきり降伏の意を示すつもりなのかと考えていたものだから少々面食らった。

 冗談では無く本気。

 紫はまだ進む事を諦めていない。

 

「確かに、今の私では貴女達を相手取るのは厳しいでしょう。仲間もいないし、これ以上後退できる場所もない。それも時間制限付きのクソゲーですわ」

「クソゲー?」

「だからこそ私、必死に考えました。この限りなく詰みに近い状況を打開する一手を」

 

 有り得るのか、そんな事が。

 自信満々に言い放つその態度に警戒が募る。

 

 紫の策動はいつだって諸刃の剣だった。流動性を失った状況を、激流が如き急変へと導き、破壊してしまう。

 良い方向にも、悪い方向にも。

 

 その計算され尽くした一撃は、博麗霊夢にも、摩多羅隠岐奈にも予測は不可能。

 

 いざ明かされたその正体は──。

 

 

 

「もう自爆するしかない!!!!!」

 

「「「「!?」」」」

 

 

 やはり、斜め下に駆け抜けた。

 

 心臓を起点に袈裟懸けのように亀裂が走る。

 万象を捌く境界。それを自らに打ち込む事で擬似的な自害を引き起こす。

 

 きっと死ぬ事はできないだろう。かつての八雲紫が自身を境界で破壊した時、蓮子を失ってもなお、身体が滅びる事はなかった。

 しかし教訓は得られた。

 

 命に届かなくとも、心身の一時的な破壊は可能なのだ。

 

 それ即ち、狭間世界の崩壊を指し、そこに存在する異物もろとも消失させてしまう。

 

 活路を開く手段として自爆が有効であることの前例を妹紅が示していたのも不味かった。

 望まずして紫にインスピレーションへ至る蓄積を与えてしまったのだ。

 

「あの野郎やっぱり正気じゃねえ! 伏せろ菫子!」

「ひえぇ!」

 

 異物達の行動は早かった。

 矢面になるべく前に躍り出た妹紅が全員を不死の炎で包み込み、その範囲を後戸の領域に定めた隠岐奈が保持に死力を尽くす。更に内側から結界を補強し、菫子を守る霊夢。

 全員が自分にできる最大限を発揮した結果だが、誰が望んだ訳でもなく、期せずして最高の対処と相成る。

 いわば、擬似的な極小の幻想郷を作り上げたのだ。

 

 しかし紫の身体が爆散すると共に空間が270°拉げ、残された領域をも食い潰す。

 

 誰の声とも知れぬ絶叫があたりに響き渡り、幾つもの宇宙を押し潰してきた因果の波が全てを押し流した。

 

 




全然強くなさそうで本当はちょっと強い、でもやっぱり微妙なゆかりん
実のところ身体のスペック自体はEXボス並みですが、戦闘経験が壊滅的なのとゆかりん補正でその真価を殆ど発揮できませんでした。しかも相手が菫子を除いて百戦錬磨の古強者ばかり。
これにはルーミアも呆れ顔。

・生産元同一の存在を吸収する事で完全体を目指す。
・余裕ぶって淑女っぽい態度を取る。
・追い詰められると自爆する。
・未来版と現代版で複数個体いる。
・cvが若本○夫

つまりそういう事です。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。