幻想郷は全てを受け入れるのよ。それはそれは残酷な話ですわ……いや割とマジで   作:東方兎流陽寿

15 / 82
過去話となります。いわゆる噛ませ犬の皆様に頑張っていただきましょう。なおグロ注意……かな?




吸血鬼異変──前哨の蹂躙

「……レミリア様。此度の遠征におきまして我々のような凡百の者を選出していただき、一同感激の極みでございます」

 

 十数人の男たちが一斉にこうべを垂れた。深い彫りの刻まれた厳つい顔は、男たちの迫力に拍車をかける。その一人一人が百戦錬磨の猛者であり、欧州に名を轟かせた伯爵級の吸血鬼たちである。

 そんな屈強な男たちが恭しくへり下っているのは、ひとえにその相手が格上……いや、別次元の存在であるからに他ならないからなのだが、その相手は外見にして10数歳程度の幼き少女であった。

 

 字面にしてみれば実にシュールで滑稽な光景であるが、その場においては誰もが瞬時に理解する。その少女の絶対性を、圧倒的カリスマ性を。

 少女がその気になればこの男たちの命は1秒とかからず摘み取られてしまうだろう。従う他に生きる道はない。

 

 少女の名前はレミリア・スカーレット。

 齢10と半ばほどにして己の父スカーレット卿を討ち取り、紅魔館を手中に収めた。そしてその圧倒的カリスマによって配下を増やすと次々に敵対勢力を屈服させ、欧州での覇権を揺るぎなきものへ。

 レミリアが一声かければ世界の情勢が一気にうねり出す。その影響力はアメリカ大統領をも遥かに凌ぐだろう。彼女は……ヨーロッパを、世界を手にしたのだ。

 

 だがレミリアにとってそのようなものに価値などない。なるべくしてなったのだから別段凄いことでもあるまい。

 レミリアが望むのは自分の好奇心を満たしてくれるような超越的な存在の出現、そして妹の安寧と平穏だけ。その望みを叶えるべく幻想郷へ来たのだ。

 前々から幻想郷を狙っていた一応の配下に当たる吸血鬼たちの方は、レミリアが幻想郷征服という自分たちの要請に応えてくれたと歓喜したが、彼女の真意に気づいた者はいない。

 

「……で、他に用は?」

 

 跪く吸血鬼たちを一瞥もせず、レミリアは冷たく言い放った。

 その底冷えするような短い言葉はそれの真の意味を十分に吸血鬼たちへと伝えていた。

 

 ────胡座をかいている暇があるなら、さっさと行け

 

 ゾワッと鳥肌が浮き立つ。吸血鬼は慌てて立ち上がり我先にと部屋から退出してゆく。非常に滑稽な有様だった。

 全員がいなくなったのを見計らい、レミリアはパチンと指を鳴らす。それと同時に傍にメイドが現れ、レッドワインをグラスへと程よく注いだ。

 

「……咲夜。首尾の方は?」

「滞りなく。パチュリー様が開かれた魔界へのゲートは既に紅魔館八方に配置済み、お嬢様の一声で数千の使い魔が一斉に侵撃可能な状態を維持しております。些かオーバーな戦力であるとは存じますが、しっかりと幻想郷を制圧するには十分な……」

「いいえ違うわ。これより行う有象無象による第1波はあくまで斥候、吸血鬼連中も含めてその全てが捨て駒よ」

「左様でございますか」

 

 レミリアのあれほどの大軍勢を使い捨ての駒と称した衝撃的な発言にも、咲夜は平然と答える。レミリアがこうなると言えばそうなるのだ。たかが一人の従者である自分が気にすることではない。

 だが少しばかり不思議に思ったことも事実。主人の言うことを疑っているわけではないが、あれだけの戦力を一蹴するほどの力をこの幻想郷という土地が有しているとは些か考えにくい。

 

 その咲夜の思いを知ってか知らずか、レミリアはクイっとワインを口に流し込むと気分良く語った。

 

「まあ見てればいずれ分かるわよ。この幻想郷という土地がどれほど異質で可笑しな場所であるかね。────パチェ、映し出してちょうだい」

 

 レミリアが虚空に話しかけると、少しして空中に何枚かの水晶が生成される。そして少量の魔力が流し込まれると、外の世界で俗に言うテレビのように、映像が映し出された。

 

 

 

 ────────────────

 

 

 

 紅霧異変より10年ほど前。

 幻想郷では外来の妖怪による襲撃を受けるという異変が発生していた。規模、被害ともに幻想郷へと過去最高をもたらしたそれを俗では『吸血鬼異変』と呼んでいる。

 命名の理由は、ひとえにこの異変の首謀者が吸血鬼であったからだ。

 

 始まりは紅い館の出現だった。

 霧の湖のほとりに唐突に現れたそれは、数分の静観を保ったのちに大量の妖を放出した。

 当時の賢者たちはその前例なき事態に衝撃を受け、混乱の収束に勤めていた。ある者は迎撃の準備を整え、ある者は自分が幻想郷の存続の為にすべきことを熟考する。

 それはかの幻想郷の最高権力者であり、ポンコツ賢者である八雲紫も変わらぬわけで。

 

「ちょ、何よあの数! 色々とおかしいでしょ! バカみたいに戦力をひけらかしちゃってさ! しかも外見がやたらグロテスク! てかあの館、趣味悪すぎじゃない? 真っ赤って……」

 

 ……かなり狼狽していた。

 彼女の能力を活かした遠方からの偵察であるが、それは敵勢力の規模を表面的には正確に伝達させた。

 それでいくつか把握できたことがある。

 まず敵勢力のそのほとんどが西洋妖怪と下級使い魔系で構成されている。ちらほら幻想郷の妖怪の姿も見えるが……恐らくそれらは相手へと降った弱小妖怪だろう。元締めへの忠誠心は不明。

 次に気になるその数だが、これは幻想郷の妖怪・人間の総数を遥かに超えていた。地を埋め尽くすほどにぎっしりと敷き詰められた妖怪たちのその姿は、もはや百鬼夜行という言葉すら生温く感じるほどの歪さである。

 

 その圧倒的戦力に紫は戦々恐々とし、ふとあることに気づいた。

 

 取り敢えず紫はその状況を確認しながら、何故か無駄にいい頭を回転させる。

 地理、戦力比、進軍方向、……()()の今日に至るまでの統計。

 その結論として導き出された答えを頭で反復させ、計算に問題がないことを確認した紫はなんとも言えない表情を浮かべた。

 紅魔館が建っている場所は幻想郷のほぼ中央に当たる。全八方に進軍するつもりだろう敵にしてみれば当然の布陣であるが……。

 そこは最悪だ。完全に囲まれているのだから。

 

「……戦後処理の準備をしときましょうか。なんていうか、その、御愁傷様」

 

 紫はそっと進軍中の吸血鬼たちの冥福を祈り、スキマへ潜っていった。

 

 

 ────────

 

 

 悪魔とは闇の存在だ。

 高位悪魔の一種である吸血鬼はその存在意義上、闇の化身として人間たちから恐れられたこともある。

 宵闇からフラッと現れると心の闇を瞳で増幅させ人間を操る。そして恐怖に震える人間の姿に愉悦を感じながらゆっくりと、優雅に捕食するのだ。

 

 闇は己だ。己は闇だ。

 闇でしか生きられぬ吸血鬼にとって、闇とはともにあるものだった。

 

 

 

 なぜ闇しかない?私は、なぜいないのだ?

 

「〜♪〜♪」

 

 闇の中に浮かぶ光のような明るい金髪。そしてそれに結び付けられた赤いリボン。流れる可愛らしい鼻歌から、ソレが少女であることが分かる。

 だが彼女に似つかわしくない肉の裂ける音と咀嚼音が、その認識を全否定していた。アレは……自分たちよりも悍ましい何かだ。

 

「んぐ、んぐっ……ごくん。美味しい! やっぱお肉は生に限るよね。あんまり強すぎず弱すぎずでちょうどいい感じ! 散歩してたら手軽にお肉が手に入るなんて……幻想郷もいい世の中になったものね」

 

 意味の分からないことを言いながら肉に食らいつく。辛うじて意識のあった比較的若い吸血鬼は、闇は決して自分たちとともに在ったものではないことを知った。その認識がどれほど愚かで身分不相応なものであったのかを身を以て感じていた。

 

「……ば、かな……こんな、ことが……あっていいはずが……」

「ん?」

 

 その視線に気がついた彼女は、にこりと可愛らしい笑みを浮かべると、その吸血鬼の首を躊躇いなく踏み潰した。

 パキッ、と太い枝を折るような音が闇に響き、吸血鬼はしばらく小刻みに震えた後、二度と動かなくなった。

 

「〜♪〜♪」

 

 滴る血を身体中に浴びて、上機嫌な彼女は夥しい数の死体や半死体を引きずりながら、住処へと帰って行った。

 

 

 ────────

 

 

「転居早々に騒がしいわね……。もしかしてこれが幻想郷流のお祝いだったりするのかしら。まあ、あっちよりも賑やかそうでいいじゃない。すこぶる田舎だけど。……殺っちゃったけど、別にいいわよね?あっちからやってきたんだもん」

 

 幻想郷東北東部に位置する陰鬱な森、通称『魔法の森』。今日より華々しい幻想郷デビューを飾った都会派魔法使いが、ズタズタに切り裂かれた吸血鬼と使い魔の死体を冷たい目で見下ろす。

 まるで大勢のリンチにあったかのような有様であったが、そこに立っていたのは魔法使いただ一人。周りに可愛らしい人形が浮遊していること以外は、いたって普通の少女である。

 

 すぐに吸血鬼たちへの興味をなくした魔法使いは人形たちに片付けを命じると、自分の新居へと引っ込むことにした。こんな大人数で迎えてくれたのだ、これから様々な来訪があるかもしれない。

 

「うふふ……念のためクッキーでも焼いてましょうか。やっぱりあの人との初対面は大切よね。私の幻想郷生活のスタートダッシュは順調に決めないと」

 

 魔法使いは一人で静かに微笑むと、部屋の掃除を開始した。なお彼女の家への来訪者は年数人にとどまったという。

 

 

 ────────

 

 

「イェーイ!今日は私たちのゲリラライブに来てくれてありがとー!本日のフィナーレは私たち幽霊楽団のテーマだよー!果てるまで騒いでいこー!」

「メルラン。もう誰も聞いてないわ」

 

 紅魔館にほとほと近い廃洋館。そこでは久しぶりの来客に興奮したとある騒霊たちのゲリラライブが行われていた。

 吸血鬼は3人のふざけた態度に激昂し、襲いかかろうとしたが……それは叶わなかった。

 

「んもーメルラン姉さんはすぐにはしゃいで観客を駄目にする! こんなんだからファンが一向に増えないのよ」

「楽しくない音楽には何の意味もないわ! もっと心を躍らせて! 貴方の心はフリーダム! 自分を解放させるのよ!」

「貴女は地に足をつけることをいい加減覚えなさい。もっと落ち着いて丁寧に……」

「ルナサ姉さんは足が地中に埋まっていってるじゃない! そんなんだから観客がすぐに鬱で死んじゃうのよ! そんなの音楽じゃないわ!」

 

 演奏を聴いた吸血鬼の反応は様々だった。急に頭から血を吹き出してパンクしてしまったり、口から吐瀉物と血を吐き出してそのまま死んでしまったりと。ただ()()は躁状態になってしまって死んだ人数が鬱状態で死んだ人数よりも多いだけ。メルランのフライングによるものである。

 彼女たちは直接的には何もしていない。ただ思い思いに自分の楽器を演奏していただけだ。

 

「鬱で死ぬのは私のせいじゃない。豆腐メンタルなあの人たちが悪いのよ」

「なら今のも私のせいじゃないわ!」

 

 いがみ合う姉二人を他所に、末女は端でふつふつとその不満を募らせていた。

 

(やっぱあいつら(愚姉ども)と一緒じゃダメね。そろそろ見限ってソロコンサートでも始めようかしら。私だけなら一定数のファンもいるし)

 

 狡猾な妹リリカ・プリズムリバー。特徴がないのが特徴であるが、常人受けする彼女の演奏は、それなりに人気であった。

 

 結局彼女たちは閑古鳥となってしまったライブ会場で死体相手にフィナーレを演奏することになる。聴くだけで致死量の心の緩急をもたらすその音は、吸血鬼の被害を増させるばかりであった。

 てててて♪

 

 

 ────────

 

 

「はあ……お師匠様もウサギ使いが荒いもんだね。サボる暇もありゃしない。バカな契約をしてしまったもんだよ。若気の至りってやつかねぇ」

 

 1匹のウサギのため息が響いた。

 ここ迷いの竹林では単調な風景と深い霧、地面の僅かな傾斜で斜めに成長している竹等によって方向感覚を狂わされるという。また、竹の成長が著しい為すぐに景色が変わり、目印となる物も少ないので、一度入ると余程の強運でない限り抜け出せないという幻想郷屈指の危険スポットである。

 

 その迷いの竹林では大規模な戦闘が行われた跡が点在していた。ある使い魔は身体が見えなくなるほど矢に貫かれ、まるでハリネズミかヤマアラシのような有様。ある使い魔は落とし穴に落ちて、飛ぶ暇もないままに身体中を竹槍に貫かれた。ある吸血鬼はたった今、ウサギの杵つきで肉塊と化した。

 『竹林のトラップマスター』因幡てゐ。彼女の手により吸血鬼と使い魔の一団は完膚なきまでの全滅を喫した。

 

 本来なら部下の妖怪ウサギにこの案件を押し付けて、自分はのうのうと高みの見物といったところだっただろう。因幡てゐとはそういうウサギだ。

 しかし今回の相手は部下たちには少しばかり厳しいと感じた。流石のてゐも部下を無駄死にさせるほど鬼畜ではない。さらには協定者が武器の供出はできないと言う。なんでも誰かの目があるそうで。

 よって仕方なしにてゐ自らが出てきたのだ。

 

「……たった数百年とちょっと生きただけのひよっ子コウモリが、迷いの竹林を攻略できるなんて……ましてや幻想郷を陥せるなんてよく思い上がれたもんさ。現に貴方たちは私に兵器の一つを使わせることなく、部下を使わせることなく全滅した。貴方たちが何処へ逝くかはしらないけど、来世じゃもう少しマシな生物に生まれ変われるといいね。私が祈ってあげよう」

「そりゃ大層報われないだろうな」

 

 南無南無と2拍1礼するてゐに、ゆらりと声がかけられる。怪訝な顔をしてそちらを向くと、そこには赤いもんぺのようなズボンをサスペンダーで吊った白髪の少女がいた。背後の空間がゆらゆらと陽炎のように揺らめいているのは、その身体から放出されている圧倒的妖力によるものだ。

 彼女はてゐにとって、協定関係の(一方的な)仇敵に当たる。しかし明確な敵対関係ではない。言うなればご近所さんだ。

 手にはナップサックのように何かを掛けていた。

 てゐはその姿を視界に捉えると、何故か手を揉みながらゴマをすり始めた。

 

「これはこれは、今日も壮健そうでなにより」

「うまい皮肉だな。まあいいけど。それでだ……こいつらに何か心当たりはあるか? いきなり見ず知らずの奴に攻撃されてたまったもんじゃないよ」

 

 少女は手に掛けていたモノをてゐへと投げ寄越した。それなりの質量と滴る赤い液体、至る所に生えた茶色の毛、そして眼球。

 それは獣の首であった。

 

「えっと……狼かな?」

「狼かこれ? 二足歩行で立ってたんだがなぁ。どうにも妖獣の類とは少しばかり違うようだし……」

 

「あー……割り込んで悪いけどそれって人狼じゃない? 正確に言えば狼男。多分だけど西洋の妖怪ね」

 

 ぬっと竹林から新たな人物が現れた。

 一番に目につくのは頭から生えているそのオオカミ耳。そして服の間からチラチラと見える茶色の体毛。だがその一方で顔は普通に人間をしている。彼女もまた、生首の獣と同じような雰囲気と妖力を醸し出していた。決定的に違うのはその内包する魔力の量であろう。

 

「おっ、奴さんたちの仲間かな?」

「違う違う」

 

 てゐが杵つきを構えると狼女は血相を変え手と首を横に振った。彼女は竹林に住んでいるのだ。竹林の元締めであるてゐと敵対関係になるのはどうしても避けなければならない。

 

「いやあね。私は純日本製の狼女よ。この通り私も手を焼いててね、ハンティングしてたのよ。ま、こんな連中とは格が違うわ」

 

 狼女もまた、手に持っていた生首をゴロゴロと地面に転がした。初めて見る妖怪の顔ぶれに白髪の少女は「ほう」とつぶやく。

 

「ふーん。こりゃまた大量」

「ふふん、どんなものよ。こいつなんて手から雷を出したりしたんだから。すっごく派手だったわね。……弱かったけど」

 

 得意げに胸を張る狼女をてゐは一瞥する。確かに彼女も相当数の西洋妖怪を狩ったみたいだが……やはり一番倒したのは自分だろう。

 

「まあ、何にせよこの中じゃ私が一番だね。何てったってここら一帯のやつは全部私のだからさ。MVPは間違いなく私」

「私も燃やし尽くした分を合わせたら結構殺ってるぞ? 数比べなら負けないな」

「わ、私は今ハンティングを始めたばっかだから! 次のが来たら私が全部倒しちゃってもいいのよ?」

「「よろしく」」

「ちょっ!?」

 

 やはり二人とも今回の件は面倒臭かったようだ。○チョウ倶楽部に似たノリで狼女に面倒ごとをキラーパス。

 殺伐とした惨殺空間の中、どこか和気藹々とした会話を交わす3人であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これは……」

「フフ……流石は幻想郷。運命に違わぬ理想郷ね。まさかここまで完膚なきまでに叩き潰すとは」

 

 映像はその後も流れ続けた。

 ある部隊はとある妖怪と戦闘、僅か2秒で敗北という体たらく。またある部隊は可笑しな妖怪と遭遇、一喝により全滅というふざけた結果に。挙げ句の果てには存在そのものが消えてしまっている部隊まである。運命を見通すレミリアがいなければそのままその部隊はなかったことにされていただろう。最後の映像には氷漬けにされた吸血鬼を湖に浮かべ、談笑する妖精2匹と人魚の姿が映し出された。

 

 もちろん全ての部隊が負けているわけではない。レミリアからすれば有象無象にすぎない吸血鬼たちであるが、普通ならば大妖怪の端くれ。無難に勝利している場所もある。つまり幻想郷という場所はふとしたところで強大な存在が跋扈している可笑しな空間であり、パワーバランスが大きく崩れているのだ。

 

 だがレミリアは全く焦らない。むしろ歓喜した。これでこそやりがいがあるというものだ。ただでは終わらせない。

 

「咲夜、図書館に行くわよ。そろそろ前哨戦を始めましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「レミィ。もう始めるの?」

 

 眠たそうな目をする日陰の魔女パチュリーは怠そうに問いかけた。今回の異変は彼女にとってただ怠いだけの出来事なのだが、他でもない親友からの頼みとあっては気のいい?彼女は断れない。取り敢えず適度に協力している。

 

「ええ。思ったよりも早く彼奴らが全滅してしまったからね。そろそろ奴らに一発入れてやらないと」

「一発入れるのは貴女じゃないでしょうに。まあ私でもないからいいんだけど。……こあ、準備できてる?」

「いやまあ……できてるんですけど……その」

 

 パチュリーの使い魔であり司書である小悪魔はなにやら複雑な魔法陣が描かれた床の上に立っていた。その魔法陣の正体は転移魔法陣であり、それはどんな検知魔法を妨害する術式であっても決して妨害を受けないという優れものだ。どうも小悪魔を何処かへと送り出そうとしているらしい。当の本人は納得のいかない表情だが。

 それにいち早く気づいたレミリアが、小悪魔への威圧を強め、目を細めた。

 

「……どこか不満げね。貴女は我が紅魔館の記念すべき第一の尖兵になるという名誉を得たのに。その不貞腐れた表情はなに?」

 

 あくまで先ほどの吸血鬼たちを戦力としてカウントしていないのが実にレミリアらしい……とパチュリーは思った。

 小悪魔は不満の表情を崩さず、毅然として呟く。

 

「いやだって私司書ですし、あくまで非戦闘員なんですけど……。ていうかこんなの契約外っていうかなんというか」

「つべこべ言わない」

 

 分厚い魔導書の角でパチュリーが小悪魔をどつく。普通の人間ならばここで昼間の刑事ドラマのようなことになるのだが、小悪魔は丈夫なのでそんなことにはならない。だが痛がるフリをするあたり、かなりノリのいい悪魔である。

 

「もう……。なんなら美鈴さんでも送ればいいじゃないですか。私を送っても幻想郷に紅魔館の恥を見せつけるだけですよ」

アレ(美鈴)を送るのも恥よ。それにあいつは門番、やるべきことがあるの。あいつはあいつで戦力になるからね。貴女もそろそろ、いい加減腹を括りなさい」

「えぇ〜……」

「貴女以外に適任がいないのよ。私はボスだから最後に決まってるでしょ? 咲夜がいなくなったら色々と困るし、パチェは面倒臭いって動いてくれないし。美鈴は今言ったとおりでフランはもってのほか。ほら貴女以外に誰が行けるというの?」

 

 ポンッとレミリアが小悪魔の肩をたたく。それはまるで新入社員にさりげなく無理難題を言い渡す社長のようだった。そしてそれを無機質な目で見つめる同僚の咲夜とパチュリー。ブラックな紅魔館は序列に厳しいのだ。

 

「……分かりましたよ。その代わり、あっちで私が何をやらかそうと不問でお願いします。それだけがこの契約の条件です」

「別にいいわよ。ねえパチェ?」

「契約を履行したわ。逝ってよし」

 

 足元の魔法陣が輝きを増す。それすなわち転移の準備が完了したということだ。そして小悪魔はそれから先の発言を許されることなく、敵の本拠地のど真ん中に送られることになる。

 

「はぁ……私の扱い────

 

 

 

 

 

 

 ────酷くないですか……って、もう送ってるし。しかも山中って」

 

 景色は光とともに移り変わっていた。

 先ほどまでそこらじゅうに匂っていた黴くさい臭いとは打って変わり、自然の爽やかな風がスゥーと体を満たしてゆく。悪魔は陰湿な空気を好むので小悪魔は別にどうとも思わなかったが。

 

 まずは手始めに状況確認。あたりをキョロキョロ見回した。

 乗り気ではなかった小悪魔だが、いざ送られて潜入となると気分も上がる。

 

「ふむむ……こちら小悪魔。現在目的地と思われる場所での索敵を開始。現時点では敵対勢力とみられる存在は見受けられません」

『いちいちそんなことを報告しなくてもいいわ。つべこべ言ってる暇があったらさっさと進みなさい。サーチ&デストロイよ』

「好きにさせてくれるんじゃなかったんですか? まあ、私もちょっとふざけただけですけど」

 

 すかさず念波を飛ばしてくるパチュリーに小悪魔が飄々と答える。やはり常日頃の鬱憤が多少はあるのだろう。

 と、ここで小悪魔の高等検知魔法が幾つかの反応を捉える。魔力・妖力は……中の下といったところか。なお、凡百の中での中の下である。

 

「やりましたねパチュリー様、早速第一村人発見ですよ。最初はなんて声をかけましょう? 極東風に『やあやあ〜我こそは〜』みたいな?」

『だからいちいちくだらないことで念波を飛ばしてくるんじゃないわよ。さっさと暴れなさい』

「はいはい」

 

 小悪魔は適当に返事を返してその検知した方向を見る……と同時に、胸を数本の矢に勢いよく貫かれた。練りこまれている妖力が小悪魔の筋繊維を引きちぎる。

 その衝撃に小悪魔は後方へと吹っ飛び、背後の岩肌へと身を打ち付けた。そしてずるずると重力に従い項垂れてへたり込む。

 

 死亡を確認し、藪から弓矢を携えた三人組が現れる。山伏姿と高い下駄。そして白髪の頭から生える白いオオカミ耳。妖怪の山を常に哨戒している白狼天狗の部隊だった。

 

「……排除確認。姿形を見るに異変の一派と見られます」

「ふむ……その割には弱かったな。各地では大きな被害が出ているらしいが。まあ、なんにせよ首印を挙げれたのはいいことだ。隊長にさっさと報告しよう。報酬は……少ないだろうがな」

「こんな感じでどんどん弱い妖怪が侵入してきてくれると我々の懐事情も潤うんですけどねぇ。今日の一杯の酒ぐらいにはなってくれるといいんですが」

 

 まさに棚から牡丹餅。特別手当という臨時収入に期待する若手の哨戒天狗たちは小悪魔の首を取るべく死体へと近づく。

 うち一人が小悪魔の髪を掴み、頭を上へと向かせると鉈を首へと当てた。

 そして鉈を引いて────

 

 

 

 黒い墨汁のようなものが弾けた。

 

「ッ!? ひっ……」

「こ、これは……?」

 

 鉈を引いた者はそれをモロに被り、残る二人は何事かと急いで距離をとる。

 全身を黒に染めた哨戒天狗は「ウヘェ〜」とドブにはまったような心持ちだった。着物を人差し指と親指で摘み嫌悪感を露わにする。

 

「き、汚い。外国の妖怪の血って黒いんですねぇ。まるで墨汁みたい……。だけど生臭い臭いはしないので獣よりかは楽に捌けそうです」

 

 同僚二人に軽い口調で話しかける哨戒天狗だったが、同僚の呆気にとられる顔を見て何事かと首をかしげる。

 ただ黒い血を被っただけではないか。

 

「ああ、服についた血ですか? 汚れくらいは勘弁してくださいよお」

「ひ、ひぃっ!?」

「お、お前……」

「だから、どうしたんんでぇぇぇ────」

 

 哨戒天狗は地面にぐしゃりと潰れた。まるで完熟したトマトが地面に勢いよく落下したかのように、黒いシミが地面に広がった。

 哨戒天狗は溶けていたのだ。ぐずぐずになった死体は煙を上げながらなおも朽ち果ててゆく。肉塊の一つすら残らなかった。

 

 その突然の衝撃的な死に、残る二人はただ呆然とその光景を眺めることしかできなかった。この時、二人の運命は確定した。すぐにでもその異変を察知し、体に鞭打ってでも場を離れるべきだった。

 そうすれば……一厘にでも生存の可能性はあったかもしれない。蜘蛛の糸のような細い細い命への道筋ではあるが。

 

「いきなり女性の髪を掴むなんて……極東の妖怪は野蛮なんですね。おまけに獣くさい。あっ、獣くさいのはうち(西洋)も一緒か」

 

 その声に二人は肩を震わせた。

 へたり込んでいた小悪魔がなんでもないように立ち上がる。胸に空けられていた風穴はすでにない。

 哨戒天狗の黒いシミを一瞥した。

 

「さて、お味の方は……」

 

 小悪魔が空気を掬うと、黒いシミは空中へと浮き上がり小悪魔へと降りかかる。そしてその身へと染み込み、消えていった。

 吸収し終わった小悪魔は視線を泳がせると、値踏みの独り言を始めた。

 

「ほうほう、獣くさい妖怪ではありますが味はそれなりに美味ですね。ただ肝心の品格が足りない。年が足りないせいでしょうか?」

 

 ぐりん、と首を曲げる。

 その瞳は残る二人を捉えていた。あれは上位者の……捕食者の目だ。哨戒天狗の二人は身を凍らせた。

 

「やはり食べ比べてみないと分かりませんね。さて、どっちからいきますか」

 

 小悪魔が交互に視線をやる。今すぐ逃げるか戦うかをしなければならないのに、全く動けない。だが、やらなきゃ殺られる────。

 

「こっちですね。はい、一本」

 

 風が頬を撫でる。

 小悪魔の声に少し遅れてボト、と何かが落ちる音がした。そして鮮血が噴水のように噴き出した。落ちたのは腕だった。

 

「う、ぐぅ!? うぐぉぉ……!」

「せ、せんぱい……っ」

 

 切られた方の哨戒天狗がもう一人を後ろへ突き飛ばす。そして小悪魔の前へと立ち塞がるようにして立った。

 小悪魔は気にする様子もなく、落ちた腕を拾い上げると溶かして吸収している。

 

「俺が時間を、稼ぐ。お前は、その隙に応援を……いや、隊長を呼べ! こいつは、本気でヤバイ!」

 

 実力差は歴然。

 この状況では助かることはできまい。だが、哨戒天狗としての誇りかけて、しなければならないことがある。

 残った一本の腕で太刀を持ち、構えた。

 

「行けッ! 早くッ!」

「は、はいぃ!!」

 

 後輩天狗は決死の思いで背を向けて駆け出し……ピタリと立ち止まった。駆け出すための勢いは完全に霧散しピクリとも動かない。その体たらくにしんがりを務めた白狼天狗が激昂する。

 

「なぜ止まっている!早く────」

 

 振り返り、その姿を見た哨戒天狗は思わず絶句した。言葉が詰まる。

 後輩天狗は貫かれていた。地面から飛び出している黒い尖ったものに股下から脳天までを一直線に。ぷらん、と無気力に垂れ下がる手足から即死であったことが見て取れる。

 その黒い尖ったものは小悪魔の影だった。影操作は闇魔法の一種であり、高位の悪魔ならば誰でも使える。しかし一切の予備動作なく、一瞬の間に貫いたその俊敏性と攻撃力は従来のものを逸脱していた。

 

「みすみす逃がすわけないでしょう? それにあなたたちのお仲間なら呼ばれずとも私がいくらでも呼んであげますよ。それっ」

 

 小悪魔は掌から一つの妖力弾を作り上げると、それを上空に向かって放り投げる。そして妖力弾は炸裂し、夜空を紅に染め上げた。

 妖怪の山の至る所でその花火は見えるだろう。これは侵入だとか潜入だとか、そんな話ではない。全面対決の合図だ。

 

 目の前の存在の規格外ぶりに、理不尽に、哨戒天狗は絶望した。残された片手が震え、太刀がカタカタと音を鳴らす。

 だが、それでも震える体に鞭打ち、小悪魔へと斬りかかった。せめて白狼天狗の誇りにかけて一矢だけでも報い……

 

「あ、そういうのいいです」

 

 腕を軽く横振りすると首は断ち切られた。堅き意志も空しく、哨戒天狗の体は泥土に沈んだ。さぞかし無念であっただろう。

 小悪魔は何を思うでもなく哨戒天狗たちを残らず吸収すると、改めてパチュリーへと念波を飛ばす。

 

「こちら小悪魔、こちら小悪魔。3人ほど仕留めましたよー。なお味はイマサンです」

『味なんて聞いてないわ。それに中継で見てるから。まあ、その調子でどんどん暴れ回りなさい。奴らを滅ぼす勢いでね』

「いえっさー」

 

 パチュリーとの念波を切ると同時に矢が雨のように降り注いだ。おそらく近くにいた哨戒天狗が一斉に集結しているのだろう。その光景に小悪魔は深い笑みを浮かべると、手を掲げて一身にそれを浴びるのだった。

 

 




色々明るい話でした。映像に映し出された幻想郷の猛者たち……いったい誰なんだ……!?

吸血鬼たちは前々から幻想郷を狙っていました。なのでこの度に幻想郷侵略にあたってレミリアの力添えを希望しました。なおレミリアは色々と違う意味で狙ってました。なんで咲夜がいるの?とかいう質問はナッシング!

本編にて戦闘のなかった小悪魔の活躍?から始まるかと。なおゆかりんは賢者たちと色々話してます。[てゐ様は本当に頭のいいお方]なのでスルー。
まあ吸血鬼異変は要するに蹂躙vs蹂躙ですね。

 ▲ページの一番上に飛ぶ
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。