幻想郷は全てを受け入れるのよ。それはそれは残酷な話ですわ……いや割とマジで   作:とるびす

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クリア後特典って感じの話


名探偵八雲紫の事件簿:迷宮入りのトリニティ①

 

 幻想郷において『賢者』と言えば一般的に八雲紫、摩多羅隠岐奈、茨木華扇、因幡てゐ、姫海棠はたて、稗田阿求のいずれかを指す。

 自称と候補なら別にそれぞれ1人ずついるが、公式では上記6人のみとなる。

 

 この面子こそ幻想郷統治の組織図における一応の頂点達である。

 なお少し前に存在した『五賢者』なる括りは、不慮の事故が齎した人員の大幅カットによってメンバーが固定されたため形骸化した。

 

 賢者とは即ち幻想郷を創造し、統治する賢人。その称号は全員に一定の影響力と権限を与え、何より暴力を好む妖怪が幅を利かせる幻想郷において管理を信任されるに足るという一種の箔付けとなる。

 

 賢者とは強さとは別の力、統べる者としての証だった。事実として紫、隠岐奈、天魔、てゐに比肩する勢力は幻想郷成立から吸血鬼異変以前までの長い期間現れていない。

 

 幻想郷成立の初期はこの座を巡って血生臭い抗争が起きた事さえある重要なポストであり、賢者か否かでの線引きが存在していた時代さえあった。

 

 だが、幻想郷の急速な発展によって年々その役割は失われていき、八雲紫が筆頭賢者から降りる頃にはお偉いさん達が駄弁るだけの珍妙な謎組織と化した。

 今となっては賢者の肩書きもただの名誉職だった。

 

 そんな現状に憂鬱な想いを抱えつつも、それが時代の流れであると無理やり納得し組織の形骸化を進めているのが、現筆頭賢者の茨木華扇。問題児だらけの組織において最後の聖域というべき傑物、または堅物である。

 

 紫から筆頭賢者の座を譲られた(押し付けられた)時点で、彼女の担うべき役目は明白だったのだ。

 

 

 

「今日はいつにも増して……少ないですね」

「やれやれ組織の結束はどこへいったのやら。嘆かわしい事だよ」

「結束なんて結成このかた感じたことないわ」

「言われてみりゃそうだ」

「一応隠岐奈から欠席の連絡が来ているわ。その他は知らないけど」

 

 円を囲うように設置された六つのそれは、幻想郷の方針を定める会議において賢者のみ座することを許された席。それぞれ各賢者達の居宅の一画に同じ物が用意されており、今回は稗田阿求の屋敷である。

 

 しかしそんな格式高い席は半分しか埋まっていない。生真面目かどうかは兎も角として、律儀に出席している華扇、てゐ、阿求は呆れるばかりだ。

 

 既に色々と見限っているのだろうてゐはお茶を啜りながら足を投げ出しているのに対し、職務に忠実な阿求の心労は溜まりに溜まり、酒や煙草の量が増える一方である。

 というか現在進行形で煙を浮かせていた。

 

「過度な喫煙は身体に障るよ。ただでさえ虚弱なんだから控えたら?」

「心配はいりません。私の寿命は30歳、つまりどれだけ爛れた生活を送って寿命を削ろうが問題ないのですよ。ならなるべくストレスを減らして少ない人生を面白おかしく暮らした方が良いんじゃないかと思って」

「開き直ってるねぇ」

 

 健康志向なてゐには理解できない感覚だ。これが刹那主義というものか。

 

 と、華扇がわざとらしく咳払いして注意を集める。

 

「隠岐奈は先に述べた通り。どうも異変の対応に動いているらしいわ」

「あの秘神は何事も隠れて、しかも独断でやるからタチが悪い。幻想郷にとっての害にならないことを祈るばかりだね」

「まあアレを気にしたところで仕方ない。紫からは何の連絡も来てないけど、こちらもまた異変絡みでしょうね。……不自然なのは天魔よ」

「はたてさんは真面目な方だと思うんですけど、連絡は届いてないんですか?」

「全く」

 

 幻想郷きっての問題児であるスキマ妖怪と秘神は兎も角、全方位に協力的なはたてが無断で会議を欠席するのは珍しい。もしや何か問題でも発生したのか? 

 とはいえ慌ただしく抜けている面もあるので、会議の存在を忘れている可能性が絶対に無いとも言い切れないのだが。アレは上に立つ者として少々隙が多すぎる。

 あの性質で巨大な妖怪の山をよく纏められるものだと感心するばかりだ。部下の献身とはたての資質が上手く噛み合った結果なのだろう。

 

 何はともあれ来ていないのなら仕方がない。半数が集まっていれば問題ないだろうと判断し、華扇は開式の言葉をいつものように唱え、またいつものように即座に会議を締める。新たに話し合う事など何もないからだ。

 賢者の関係融和に伴って情報交換は滞りなく行われている。昔のように一々発表する必要は無くなったのだ。

 

「ほいじゃ会議も終わったし私は竹林に帰るよ」

「ええ、手間をとらせて悪かったわね」

「本当だよ。このしょうもないお遊戯会も、そろそろやめ時を考える時だよねぇ。おお寒」

 

 

「てゐさんの言うやめ時とは……賢者の事ですよね」

「そういう意見が出るのも仕方がないわ。昔と違って存在意義が薄まっているからね。会議で話し合う事だっていつも正邪の反乱についてばかりだし」

「確かに」

「それも今は寒さのせいか活動が低調だから」

「あの天邪鬼も寒さは相当堪えるみたいですね」

 

 てゐの退室後、居残った華扇と阿求は後片付けをしつつ今後について密かに語り合う。

 

「いま起きている酷寒異変が終結した後、組織存続の是非について議題に挙げるつもりよ。多分賢者そのものが称号止まりになるか、組織が綺麗さっぱり生まれ変わる結果になると思う。貴女の寿命までにはね」

「立場自体は無くならないんですか? まあ私としてはそちらの方が助かるのですが」

「……賢者は()()()()()に意味があるの。だからどんな形であれ残さなきゃならないわ。今は長続きするよう儀礼化を進めている最中ね」

「それが必要のない会議を律儀に続ける理由ですか」

「なんでか興味ある?」

「ええ。是非とも私が生きている間に教えていただけると幸いです」

「いつかね」

 

 世の中に意味を持たない行為など存在しない。如何に無駄に見えても何者かに対して何かしらの意味を持つ事象は溢れかえっている。

 時にはそれが賢者らしからぬ愚かな判断に見える事もあるだろう。難しい話だ。

 果たしてその真の意味を知る者は幻想郷に何人居るのだろうか。無知側に立つ阿求は何とはなしにそんな事を思うのだった。

 

 と、俄かに襖が開く。

 

「阿求様。よろしいでしょうか」

「問題ありません。どうしました?」

「無縁塚を彷徨っていた外来人と思わしき少女を保護したと詰所から連絡がございました。それに伴い阿求様に身元の確認を行なってほしいと上白沢様から要望が」

「私が? 変ですね、いつもならさっさと博麗神社に連れて行くか紫さんに連絡を入れるだけなのに」

「私めに詳しい事情は……」

 

 自分に外の世界の知り合いなど居る筈もないのに身元確認? 

 妙な報告に首を傾げるが、慧音からの頼みとあらば断れない。快諾する旨を言付ける。

 この通り、会議が無くとも賢者は基本多忙だ。全員が何かしらの責任者であるのだから当然といえば当然。更にその中でも特に職務に忙殺されているのが、よりにもよって唯一の人間である稗田阿求なのだ。

 

 華扇は半ば同情的に阿求へと憐憫の視線を向けると、後片付けがひと段落したのを見届けて人里を後にするのだった。

 

 

 

 普段は人里の茶屋等で一服してから自身の住処である仙界へ帰る華扇だが、ここ最近はもっぱら直帰である。茶屋が碌に開いていないのもそうだし、そもそもこんな時期に外を出歩くような輩は不必要に怪しまれてしまう。

 全ては酷寒の影響であり、長引く異変が人々の心に暗い影を落としている最も分かりやすい例と言えよう。強靭な肉体を持つ華扇ならば涼しい程度だが、人間には相当堪えるだろう。

 

 仙界の入口となる妖怪の山の麓に着いて、ついでにはたての様子も見ておこうと思った。筆頭賢者として一言……いや、二言は必要だろう。久々の説教モードである。

 

 

「……ん?」

 

 強烈な違和感。理由は明白だった。

 

 山があまりにも静かなのだ。

 異変の影響で生物の活動が大きく制限されているとはいえ、皆無はあり得ない。なのに天狗の羽ばたく音も、河童の飛び込む水の音も、何も聞こえない。

 

 華扇の尋常ならざる聴力を以ってしても、聞こえてくるのはしんしんと降り積もる雪を踏み締める自身の足音だけ。静寂は危険のアラートだった。

 

 まるで自分だけ、世界から切り離されているような──。

 

「あ゛?」

 

 眼前の白銀が逆さまにひっくり返る。

 

 雪に足を取られたのか? 

 否、崩れたのは華扇の態勢ではなく、眼球だった。白銀は端から紅蓮に染まり、鉛の味を舌全体に行き渡らせていく。

 

 顔の穴という穴から血が吹き出し、ぐずぐずに溶けた眼球だったものと一緒に雪へと落ちていく。

 この時、漸く気が付いたのだ。五感の殆どが奪われ、身体が思うように動かない。

 

「こ、れは……」

 

 即効性の呪い。身体中の細胞が破壊されている。

 山に足を踏み入れた瞬間に華扇をターゲットとした術式が発動されたのか。

 それにしては余りにも鮮やか過ぎる。華扇は呪術への理解が深く、伊吹萃香に比肩する程度の耐性も持っている。それが全く気付けなかった。

 

 いや、下手人の正体は既に看破した。

 華扇は既にこれを体験している。それこそ千年ほど前、仙人としての姿を得る前の話だ。

 

 これは呪いなどという生易しいものではない。

 死に至る病なのだ。

 

「黒谷、ヤマメぇ……ッ!」

 

 

「覚えていてくれたの? 嬉しいねぇ光栄だねぇ」

 

 くぐもった声。そして地底から溢れ出る悍ましい妖気。

 隆起した地面を突き破り現れたのは、太古妖怪世界を牛耳った覇者であり、自らが倒して旧地獄に封じた土蜘蛛。華扇とは因縁深い相手だった。

 

 有史最悪の妖怪は誰かと問えば、あの時代を知る者であれば誰もがヤマメの名を挙げるだろう。何せ当時の世界人口の約1割がヤマメの放った病原体により命を落としている。

 全ては自らの悦楽、そして残虐性を担保するがため。

 

 八雲紫でも、伊吹萃香でも、封獣ぬえでもない。彼女こそが生きとし生ける者達にとっての悪夢であった。

 

 そして、その悪夢に終止符を打ったのが他でもない茨木華扇なのだ。

 

「私を倒した名声で今じゃ賢者なんて呼ばれて慕われてるらしいじゃん」

「……」

「羨ましいや。私なんて今となっちゃ地底の売れないアイドルなんだから。どこで差が付いたんだろうねぇ。パルスィじゃないけど妬ましいわー」

「お前の近況なんてどうでもいい。用件は?」

「さあて何かな」

 

 嘲るような笑み。

 

「今更、復讐戦って魂胆?」

「ふふん! 忘れもしない平安のあの日、お前に敗北した事で私の妖生は狂ってしまった。その憎悪の炎が燃え尽きることは決してないわ」

「ハッ、妙な野心を抱かず地底で大人しく朽ちていればいいのに、馬鹿なことを。千年前ならいざ知らず、力を失ったお前に勝ち目は無いわ」

 

 身体にどれだけの制約を掛けられようが華扇の戦闘能力を完全に奪い去るには至らない。

 千年前だって、同じ状況から華扇は勝利している。分の悪い死闘であったのは否定しないが、それでも悪夢を打倒せしめたのだ。

 

 全力で戦えば勝てる。そう華扇は判断した。

 

 故に警戒しなければならない。華扇の凄まじい戦闘能力は他ならぬヤマメが一番よく分かっているだろう。なのに仕掛けて来たのだから、何か狙いがある筈。

 

 油断なく右腕に力を集約させる。

 

「山がやけに静かなのも貴様が原因か」

「まあね、全員熱病で死にかけてる頃だろうさ。それにしても天魔って結構ヤバい奴って聞いてたのにてんで大したこと無かったわ。仕事が楽で助かったけどね」

「殺したの?」

「さてどうかな」

 

 生死を曖昧にするという事は、多分生きてる。かつて人間のキルスコアを誇示していたヤマメなら殺しを隠すような真似はしない。むしろ積極的に喧伝する側である。

 はたてが生存しているのは幸いだった。この土蜘蛛に襲われて命があるのは奇跡という他ない。

 

 むしろ、これもまた奴の狙いである可能性。人質のつもりか、もしくは──。

 

「この調子なら他の連中も楽勝だね。賢者ってのは雑魚の集まりかな?」

「彼女の専門は戦闘ではない」

「まあどうでもいいよ。何にせよそんな不甲斐ない同僚達のせいでお前は負けちゃうんだよ。唯一警戒しなきゃならないのは八雲紫のみ!」

「舐めるな。貴様のような巫山戯た輩を相手にするのが私の役目だ」

 

 売り言葉に買い言葉の応酬。その裏で華扇はヤマメの真意を探っていた。

 先ほど自分への復讐を仄めかしていたが、ならばはたてや山の妖怪達に手を出した理由が分からない。むしろ幻想郷そのものへの挑戦と見受けられる。

 

 幻想郷全体に対する攻撃として思い付くのは、やはり現在発生中の酷寒異変。もしやこの異変の首謀者はヤマメなのかと考えを巡らせ、思考は中断された。

 戦いのゴングは華扇が山に足を踏み入れた時点で打ち鳴らされているのだから。

 

 僅かに残された五感が空気の揺らぎを華扇へと伝えると同時に、大きく蹈鞴を取る。最早視認する事はできないが、恐らく寸前まで頭のあった空間を何かが引き裂いた。

 その正体はヤマメの背中から伸び出た二対の爪。蜘蛛の足と同じ形状をしたそれは伸縮自在の柔軟性を持ちながら、凄まじい硬度を誇る。

 

「……!」

 

 咄嗟の回避を選択した訳だが、それは正解だった。今の崩壊寸前の身体で受けていれば、その時点で勝敗は決していただろう。

 だが次は避けきれない。今のほんの僅かな動作だけで足がダメになってしまった。

 

「もう躱せないでしょ? 次はその出来損ないの身体で受けてみなよ! 鬼の自慢が身体の強さなら、一瞬で粉々にしてやるからさぁ!」

 

 続いて振るわれた二対の爪。合計四ヶ所を同時に抉り取らんとする捕食者の恐るべき一撃。

 どれか一つに被弾すれば、その部位は泣き別れを起こすだろう。

 

 なるほど、やはり強い。

 流石はかつての頂点に君臨した大妖怪の一人なだけあって、戦闘に熟れている。敵を確実に殺すパターンを確立できているのは強者たる所以だ。

 力を落とした後も旧地獄で密かに、それでいて着実に牙を研いでいたのだろう。

 

 だがそれで容易く落とせるほど賢者の座は──茨木華扇の武は甘くない。

 

「右腕は、私の身体じゃないのよ」

 

 存在しない事で唯一健在だった右腕(包帯)が蠢き、ヤマメの爪を一度に打ち払う。そしてそれだけに留まらず包帯が爪へと絡み付き一つの束へと縛り上げる。

 あとはこれを自慢の剛力で振るい、倒れるまま力任せに地面へと叩き付けるだけだ。

 

 仙人の秘術で際限なく強化された鬼の剛腕、その片鱗をとくと味わうが良い。

 

「ふッ!」

「うわっ──ぐがぁぁッ!?」

 

 華扇の剛力の前にヤマメは虚しく宙を舞い、背中から大地へと帰還する事になる。

 山に劈く轟音。粉塵が噴き上がり、幻想郷ごと沈み込んでいく。そして地底まで届こうかというほど巨大な爆心地からヤマメは動けずにいた。

 たったの一撃なのにダメージが大き過ぎる。物理的に細胞が破壊され、華扇と同じく血溜まりに沈んでいる。外殻はへしゃげ、内部は尽くが破裂した。

 

 と、華扇は不自由な身体をぎこちなく動かしながら彼女へと歩み寄り、容赦なく腹を踏み躙る。

 ぐぇ、と蛙を潰したような声がした。

 

 ヤマメが弱った事により能力は解除され、細胞が急速に治癒していく。後は持ち前の自然回復力で何とかなるだろう。

 病に倒れた天狗や河童達も復活する筈。

 

 これにて決着。後は処分の如何を考えるだけ。

 

 戦闘の快楽に委ねていた思考が冷静さを取り戻す。そうなると込み上げるのは不満だ。

 そもそもヤマメを監視する筈の勇儀やさとりは何をやっているのかと愚痴りたい気分である。

 華扇は相変わらず説教モードのままだ。

 

「次は封印の必要もないわね。お前を霊夢に引き渡し、異変の真相を聞き出した後、確実に祓う。何をしたかったのかは分からないけど、お前の思惑もこれで終わりよ」

 

「ひーっ……ひーっ……」

 

 息も絶え絶えに血塗れの顔を苦痛に歪めている。

 しかし、捕食者の牙は未だ完全には取り除かれてはいなかった。

 

 手首から射出された蜘蛛糸が華扇の左脚に絡み付く。まだ抵抗の意思を残していたのかと、華扇は昏倒させるつもりで拳を振り下ろし──。

 

 

「これで2人目」

 

 

 華扇の胴が上下に引き裂かれた。

 

 

 

 

 *◆*

 

 

 

 

「あら八雲紫。随分と久しぶりじゃないの。我が館になんか用?」

「久しいわねレミリア。ちょっと異変関係で寄る用事があったのよ。それじゃあね」

「いやいや不法侵入だし、ウチ(紅魔館)に来たんなら主人である私に挨拶くらいしに来るのが筋ってもんでしょ。なのに私の顔を見た途端そんな嫌そうな顔して……それに何だか素っ気ない。流石に傷付くわ」

 

 紅魔館の廊下を適当に練り歩いて十六夜咲夜を探していると、丁度そこらへんをほっつき歩いていたレミリアに出会してしまった。

 なんかプリプリ文句言われてるけど実際今のタイミングでは会いたくないのが本音だし。

 それと紅魔館って誰にでも開放されてるんじゃないの? あっ違うんだ……。

 

「まあ別にいいわ貴女と私の仲だもの。許したげる。それで、ウチと異変に何の関係があるって? 悪いけど私もフランも大人しくしてるわよ」

「疑っているというよりは情報収集目当てですわね。未だに犯人像が見えてこない状況だから」

「まだ進展してないの? だらしないわねぇ」

 

 ふっ、返す言葉もないですわ。

 しかしこの様子だとレミリアは異変にあまり関心を持っていないようね。興味があれば直々に動き出すか、鬼畜メイドを派遣する筈だもの。

 

 まあ曇天で太陽が隠れているうちは吸血鬼の天下ですものね。解決したがる訳もないか。

 私達で頑張るしかないわ。

 

「……そういえば、今日はなんだか新鮮ね。貴女とサシで話す事なんて中々ないから」

「言われてみればそうね。いつもは互いに従者が控えているものね」

「珍しい事もあるもんだ。あの無礼な狐はどうしたの? 捨てた?」

「そんな訳ないでしょ。藍は畜生界で異変の黒幕の足取りを調査していますわ」

 

 実は先ほど、紅魔館に向かう前に藍と会って互いに進捗の確認を行ったのだが、まあ収穫無しって感じね。それにしても藍ったら自分から畜生界行きを希望したくせして、やけにストレスが溜まってそうな様子だったわ。何かよからぬ事があったのかもしれない。

 

 軽く視察したところ畜生界って治安悪めみたいだし、ガラの悪い動物霊や奇人で溢れていたわ。『あっ藍! 私のこと覚えてる? 八千慧だよー』なんて事を馴れ馴れしく話し掛けてくる鹿の角と亀の甲羅を生やした面白キメラお姉さんとかね。あれには私の中のぬえも苦笑いである。

 

「そう言う貴女こそメイドが居ないじゃないの」

「咲夜? うーん、何してるんだろ。あの子はどこにでも現れるからね。まあ幻想郷から出ていないなら何しててもいいのよ」

「猫みたいな生態してるわね」

「咲夜は犬でしょ」

 

 まああのメイドは私よりも神出鬼没という言葉が似合う人間ですものね。こりゃ探し出すのは不可能か。そしてアリバイも無し、と。

 

「どうやら此処(紅魔館)ではこれ以上の情報を得られないみたいね。邪魔したわ」

「なんだ咲夜に用があったのか。アレに聞いても何も分からないと思うけど」

「情報があまりにも少ないから話を聞けるだけでもありがたいのよ。地道な作業ですわ」

 

 と、レミリアは真紅の瞳を強く瞬かせ、何かを見透かしたように語り始める。

 

「……お前の立場上仕方がない事なのかもしれないけど、幻想郷全体を見るだけでは把握できないものもある。もう少し足元に注意を向けてみたらいいんじゃない?」

「足元、ですか」

「私みたいな妖怪は日々の変わらない生活に楽しみを見出すのを美徳としている。だからこそ、ほんの僅かな差異にも敏感になるの」

 

 小さな違和感に気を付けろって事か。私の醜態を見てのアドバイスかしら。意味不明だけど。

 本格的に占い師としての箔が付いてきたわね。

 

 だがレミリアにとって気まぐれ故の助言だったらしく、また異変のことも本当にどうでもいいらしい。

 さっさと話題を切り上げて悪どい笑みを浮かべる。

 

「そんなことよりもさぁ、最近また面白い事を思いついちゃってね」

「お断りしますわ」

「ほら、月の馬鹿共との戦争! あれって結局勝敗が付かなかったでしょ? だからそろそろ第三次月面戦争でも──」

「さようなら。また来ます」

 

 なんでいつも私に相談するんだろうか。断るに決まってんでしょうが。純狐さんやヘカちゃんなら簡単に話に乗ってくれるのに……不思議な話である。

 それはそうと月がぶっ潰れた時は祝砲でも打ち鳴らす事にしよう。そうしよう。

 

 

 

 結局、紅魔館に出向いても異変の真相に繋がる情報は見つからず、レミリアと立ち話をしただけで終わってしまった。名探偵ゆかりんの不発ですわ。

 

 うーん……私の名探偵としての勘が紅魔館に何かあると告げていたんだけど、そんな事は無かったようだ。ま、まあ誰にでも不調はあるしね? 

 

 そんな訳で一度八雲邸に戻って出直す準備をしてたんだけど、タイミング良く博麗大結界の新調を終わらせた橙が帰ってきた。

 

 橙は立派に重要な仕事をこなしているというのに、私ときたら何をやってるんだか……。

 くっ、ダメよ! 真実と現実から目を逸らさないと心が壊れてしまう!!! 

 

「紫さま! ただいま戻りましたー!」

「ご苦労様、寒い中大変だったでしょう? お腹空いてるなら何か作るわよ」

「あっ、みすち……ミスティアの所で済ませてきたので大丈夫です! ありがとうございます!」

 

 首に巻かれたマフラーを取り外し、冷え冷えのほっぺを手で温めてあげながら労う。スキマ空間の中は適温で保たれているから、手を突っ込んでおくだけで手袋要らずになるのよねー。なのでこうして妖怪湯たんぽになる事ができるのだ! 

 私の能力が初めて人様の役に立った瞬間かもしれないわね。

 

 夜間は氷点下に達する極寒の中、橙は不眠不休で働いているのだ。そりゃ身体も冷えますわ。

 

「昨夜、大結界の不具合が三件ほど発生しましたが、全て対応済みです! それに伴う影響の方はこの後の巡回点検の際に確認しておきます!」

「……流石に多いわね」

「わ、私では原因が分かりませんでした。力不足でごめんなさい……」

「気にする事ないわ。こういう作業はいつだってトライアンドエラーよ。地道に原因を探していきましょう」

 

 取り敢えず当たり障りのない事を言っておくしかない。だって前に橙と一緒に結界の不具合を確認したけど、全く分からなかったもんね! 

 藍の帰還が待たれる。

 

 ちなみに結界技術の腕は私よりも橙の方が遥かに格上である。ふっ、肩身が狭いですわ。

 

「藍が帰ってくるまで現状維持に努める事が最優先よ。だからあまり無理しないようにね」

「そうですよね! やっぱり一番の部下である藍さまが居ないと困っちゃいますよね! 早く帰ってきてほしいですよね! 側に居て欲しいですよね!」

「え、ええ」

 

 最近の橙は藍を話題に出すとすぐこれである。ふふふ、事実だから否定しないけど。

 ただ目の色が変わってて正直怖いわ。藍が居なくて寂しいのかな? 可哀想に。

 

 そんな感じで、暫しの休息を炬燵の中でまったり過ごしていたんだけど、橙が不意に放った言葉で私の平穏はぶち壊されてしまった。いや自業自得なんだけどね。

 

「ところで紫さま。一つ気になったんですけど」

「うん?」

「今日って賢者会議がある日だったような気がしますが、もう終わったんですか? いつもは夕方頃に帰ってこられるのに、早いような」

「……」

 

 はい、完全に忘れてた。

 だってゆかりんマルチタスクできないの! ヘカちゃんへの謝罪で頭がいっぱいだったから仕方がない! ていうかオッキーナはそのこと教えてくれても良かったのに! 

 

 あと賢者会議って最近は五分以内に終わるのが殆どなんだけど、私に関しては橙や藍にかなり長引いてるって説明していて、その浮いた時間でプリズムリバーのコンサートに出掛けたりしているのだ! 

 ま、毎回じゃないからね? 本当よ? 

 

「紫さま?」

「少し急用を思い出したわ。人里までちょっと出てくるわね」

「えっと、わかりました。お気を付けてください。あと私も後ほど巡回に行きますので」

「うん。そっちも気を付けてね」

 

 橙の怪訝な視線を振り切るように、私はスキマ空間の中へと逃げ出すのだった。

 出口は人里の中心地、稗田家の屋敷である。今回の賢者会議の場所は此処だった筈ですわ。

 

 

 

「こんにちは八雲紫ですわ。稗田乙女様に取り次ぎを願いたいのですけど」

「ひっ……し、少々お待ちを!」

 

 屋敷の適当な部屋にスキマを開通させ、目に入った使用人へと用件を伝える。

 門前から入るのが礼儀なんだろうけど、あんまり人里で私の姿を見せるわけにはいかないのよね。慧音から止めろって言われてるから。

 多分私へのヘイトが高まっているんだろう。辛いわよね、妖生。

 

 突然の来客に顔を引き攣らせた使用人が慌てて廊下に飛び出し、その数十秒後に息を切らせた阿求が部屋に飛び込んできた。

 何事ですの? 

 

「ゆ、紫さん。何の御用ですか?」

「いや、賢者会議の事を完全に失念してたから謝りに来たのよ。あと、ほら、華扇に言ったら怒られるでしょう? なので貴女に仲裁してもらえないかと思って」

「……なるほど、そんな事でしたか。分かりました、後日私と一緒に華扇さんの所に行きましょう。それではお引き取りを」

 

 え、怖。思わぬ快諾であった。

 いつもなら「そんなの一人で行けや何歳だと思ってんだカス(意訳)」みたいな事を凄く嫌そうな顔しながら言われるもんだから、逆に不自然ですわ。

 何回目だよってツッコミは禁止ね。

 

「ありがとうございます、助かりますわ。ところでヤケに慌ただしいみたいだけど、何かあったの?」

「別に、いつも通りでは? お引き取りを」

「そうは見えないんだけど。大丈夫?」

「大丈夫です。帰れ」

 

 何か隠してますわ!!! 

 

 あからさまに私を追い出そうとしている阿求だが、実はこれって私の狙い通りなのよ。

 こいしちゃんの力を駆使して阿求の態度とか心情を無意識に表出させているのだ。こうなっては全てを隠し立てするのも難しいだろう。

 

 阿求の心にあるのは苛つき、焦り、不安。

 ……これ、もしかしてだけど異変の真犯人絡みなのではなかろうか? 名探偵である私に屋敷まで踏み入れられ、異変の解明に繋がる証拠の発見を恐れている可能性。

 まさか黒幕は阿求!? もしくは彼女と親しい人物が黒幕で、阿求は庇っているとか。

 

 ふっ、悲しい事件だったわね(勝ち確)

 

「阿求。何を隠し立てしているのかは知りませんが、私にはお見通しですわ。確認させてもらいます」

「ッ……誰か! 紫さんを止めてください!」

 

 阿求の掛け声と共に稗田の使用人達が大挙して押し寄せた。私の姿を見た者は大きく動揺していたが、当主の命令は絶対なのか決意ガンギマリで突っ込んでくる。

 しかーし! 特別な力を持たぬ人の身でこの八雲紫を止められるものか! 

 

 スペルカードの使用は流石にマズいので、収納用のスキマと移動用のスキマを同時展開し、近付いてくる人を片っ端から飲み込んで庭の池に排出していく。

 ゆかりん無双ですわ! 

 

 こうなると従者達は私に迂闊に近付けず、唯一虚弱故に手荒な事ができない阿求が私に縋り付いて進行を止めようとしている。まあ、いくら私でも身軽な少女一人くらいなら引き摺っていけるわ。

 片っ端から部屋を開放していく。

 

「本当にダメなんですよ紫さん! 貴女の為なんです! 絶対後悔しますよ!」

「まさか盟友である貴女から脅しを受けるとは思わなかったわ。しかし私は幻想郷を守る賢者です。無辜な人々の生活を脅かす異変の解決の為なら手荒な真似も辞さない」

「なに言ってんだ!!!」

 

 阿求、吠える! あの理知的で穏やかな阿求がこんなになっちゃうなんて。異変とは人の心をも狂わせてしまうのですわ!(体験談)

 私が救わねばなるまい。

 

「相変わらず広い屋敷ねぇ。あら応接間。此処かしら」

「紫さんダメ──」

 

 

 

 

 

 

 

 

「え、メリー?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 私は大きな思い違いをしていた。

 

 てっきり、阿求の隠したい物とは異変に繋がる──例えば書状とか、洗脳御札とか、冷気発生マシーンだとか、兎に角何らかの物品だと思っていた。

 でも違った。その正体は人であったのだ。

 

 思考が凍り付くとはまさにこの事なのか。ガツンと大きな衝撃を受けたかのように私の全てが頭から飛んでいってしまった。真っ白だ。

 入り口近くで目を見開いたまま固まっている慧音に対してじゃない。誠に申し訳ないのだが、この時この瞬間において彼女は私にとって居ないも同然だった。

 

 この世に存在しない筈の少女が、私の目の前にいる。私を見て、喜びを爆発させていた。

 

 忘れもしない。忘れてなるものか。

 肩口まで伸びた茶髪に、オシャレな黒帽子。外の世界で流行ってそうな白のブラウスと黒のスカート。顔立ちは最近中学生になったあの子を彷彿とさせる。

 

 そして『八雲紫』を作った両目の紅。星と月を見れば自分の居場所を見失わない異能の力。

 彼女はかつての八雲紫に宿っていた、半身ともいうべき大切な存在だった。己が全てを相方に捧げ、あらゆる意味で私が生まれたのは彼女の死をきっかけにしたものだ。

 

 まるで私にとってお母さんのような女の子。

 

 宇佐見蓮子が其処に居たのだ。

 

「良かったメリーも無事だったのね! いやぁごめんごめん、まさかちょっとタイミングがズレただけでこんな事になるなんて。やっぱりもう少し検証を重ねるべきだったわ。ああ反省してるから怒らないでちょーだいね」

 

 蓮子は別人の名を呼びながら私に近付いてくる。その笑顔は唯一無二の親友に向けられたものであろう。断じて私ではない。

 だがその親友は私と同じ顔をしている。あの子もまた、私の半身だった。

 

「あ、え……れ、れれれ蓮子?」

「それはそうとらしくもなく心配したんだから! ……でもなんか、雰囲気違わなくない? 髪も伸びてるし。さては単独行動中にイメチェンしたな〜?」

「なん、で……」

「まったく、私が必死こいて探してる時に何やってんのよ。まあ、似合ってるから許すけど」

 

 蓮子は快活に笑い飛ばしながら私の肩をバシバシ叩く。だけどなんて答えればいいのか分からなくて、魚のように口を震わせることしかできなかった。

 私の足に縋り付く阿求と、私の登場に未だ理解が追い付いていない慧音を含め、蓮子を除いた全員に方向性は違えどある種の緊張が走っている。

 

 しかし状況が飲み込めていくにつれ、私の中で一つの問題が生じた。この奇怪な出会いをどう対処するのがベストであるのか、その結論を早急に出さなければならない。

 

 私は本能的に、非常に拙い状況である事を感じ取っていた。蓮子?が私の目の前に現れた理由に心当たりがあったからだ。

 

 だから──。

 

 

「メリー? どしたの」

 

 

「くぁwせdrftgyふじこlp!?!!?」

 

 

 故に私は、スキマから取り出した数珠を振り回し、念仏を唱えながら、涙目で敗走するしかなかった!

 

 恐らく彼女は私への恨みのあまり化けて出たのだ!

 

 だって私の身体は蓮子とメリーでできている。いわば彼女達のシェアルームなのだ。なのに後からほいほい入居した私が主導権を握り、前から住んでいた蓮メリはかつての八雲紫に追い出されてしまった。腑が煮え繰り返る想いだったに違いない。きっとそうだわ!

 なんか2人とも良い雰囲気で消えていった気がしたけど、実は気にしてたんだ!

 

 もしくは彼女達に与えてもらった第二の妖生を、あろう事か堕落し仕事もまともにこなせない醜態に幻滅したのかもしれない。

 どちらにせよ申し訳なさと罪悪感で私のメンタルは粉々ですわ!

 

 吹雪舞う極寒の八月。

 従来であれば怪談話真っ盛りな季節に起きた恐ろしい実体験でございます。

 

 

「ちょッ待ってよメリー! どこ行くの!?」

 

「ひぃっ!? 成仏ッ成仏してくださいまし!」

 




後日談?劇場版?

レミリアはゆかりんのことを悪友だと思っているっぽい。萃香の感覚に近いのやも。

ぬえ「(鬼傑組組長を見つつ)属性を盛り過ぎるのは良くないと思う」
諏訪子「うんうん。シンプルで分かりやすいのが一番」
ゆかりん「その気持ち分かりますわ」
こいし「ブーメランが飛び交ってるなぁ」
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