幻想郷は全てを受け入れるのよ。それはそれは残酷な話ですわ……いや割とマジで 作:とるびす
「遥々ようこそ永遠亭へ。あら、屋敷の主人が直々出迎えるのは不自然とでも言いたげね。ふふ、聞くところによると私って里の人間達からレアキャラって認識されてるみたいだし尚更かしら?」
「ごめんなさいね。今日はイナバ達が何やら慌ただしいみたいだから、私が応対役よ。……へえ、私に用があったの。それは運が良かったわね」
「本日の御用件は……並行世界の話が聞きたい? 幻想郷の安全保障と後学のため? それはなんとまあ、殊勝な心がけですこと。らしくもない」
「嫌そうに見える? まあねぇ。正直、あまり気乗りはしないわ」
「私が一番詳しく知っているのは一つ前の世界線なんだけど、アレを一から語るのは相当な体力が必要になるのよ。それなりに長いし、鬱屈とした物語なんて語り部も疲れるわ。……えっ違う? そっちじゃない?」
「ふーん、へえ、消滅した筈の八雲紫の半身が現れたの。不思議な事もあるものねぇ。なるほどそれで慌てて私に相談を持ち掛けたと。うん、貴女達の懸念は理解できる。あの時のように八雲紫が狂ったら大変だものね」
「でも大丈夫。それは多分、私達と地続きの未来からやって来た方だと思うわ。数十年後か、はたまた数百年後からの来訪者よ。悪夢が復活した訳じゃない。いま優先して解決すべき問題ではない、というのが私の判断」
「あら適当じゃないわよ。絶対的な直感と、一応の根拠があって言っているの」
「一つの世界に同じ人間は存在してはならない。それがあらゆる並行世界に共通する禁忌。侵せば、本来の形へと是正しようとする働きで良からぬ事が起きる。八雲紫の存在が重なってしまった数多の世界線の話は、もはや言うまでもないわね」
「でもこれって、別の捉え方もできると思うの」
「元々確かに存在していた人間が何らかの特異的な理由でその世界から居なくなってしまった時、それもまた見方によっては歪みになる。だから抜け穴は代用できる物で補充されなければならない」
「こういうのって何て言うんだっけ。質量保存の法則? コリオリの力? ホーキングの時間矢? ……まあもっと詳しい事を聞きたければ永琳にでも聞いてくださいな」
「極まれば似たようなのを何処か別の場所から引っ張ってくるような荒技が可能になるかもしれないわね。ほら、ただでさえ八雲紫関連はイレギュラーの塊なんだし」
「そうそう、私と永琳のホムンクルスの……十六夜咲夜だっけ? 彼女が度々やっていた別世界線の自分を召喚する命知らずなスペルも同じ原理なんでしょうね。私もちょいと工夫すればできなくもないけど、不死人でもまだ命は惜しい。いや、命というよりは健やかな生活かしら」
「何だか話が逸れちゃったわね。まあ全部私の勝手な推測でしかないから、心配なら貴女が見守ってあげなさいな。無関係じゃないんでしょう?」
「……兎に角。忘れてはならないことが一つ。これまでの世界線は八雲紫を起点として根元から歪んでいた。言うまでもなく健全な形ではないでしょう。だからといって、それが是正された今の世界も健全とは言い難い」
「歪みこそが本来あるべきものと設計されていた。それを強引に取り払った現状こそ、正しく無秩序と混沌が溢れ出る世界なのです」
「私達が生きるこの世界は、憐れな先人達が掴みたかった未知の先にある。ここから先は誰も体験したことがない故に予測は不可能。何が起きようと、なんら不思議な事ではないのだから」
「さて、私から話せるのはこれくらいだけど、満足いただけたかしら? ……そう、なら良かったわ。ご期待に添えたようでなにより」
「ところで私からも一つ貴女に聞きたいのだけれど。まあまあ、時間は取らせないわ。どのみち私に抵抗する力なんて有りはしないんだし、口封じは簡単よ?」
「それじゃあ質問。──この異変が始まってからずっと不思議に思っていたの。
「何故今更になって覇権を望むのかしら? あのね、私が疑問に思ったのはその目的じゃなくて、どうしてこのタイミングで動き始めたのか、なのよ。やるならもっと早ければ良かったのに」
「今の幻想郷は盤石に近い。たとえ月の都が総力を上げて攻略に取り掛かろうが、逆に報復で攻め滅ぼされてしまうだろうくらいにはね。せめて八雲紫が自身の事も含めた諸問題に悩んでいた頃ならば……うん?」
「……ふぅん。なるほど。確かに、それが動機であるなら今しかないわね」
「でもそれは貴女達、ではなく貴女の願いね? ふふ、分かりました。私も満足したわ。さあこの口を塞ぐといい」
「……先程も述べた通り、私に貴女達の異変を止める手立てはありません。でもなりふり構わなければやれる事はあるわ。これはまあ、一種の警告ね」
「イナバは私の大切な家族なの。手荒な真似はしないでちょうだいね」
*◆*
大昔の頭の良い人が言うには「人が空想できるすべての出来事は起こりうる現実である」とのことらしい。これは私も激しく同意するばかりである。
そもそもの話、私こそが摩訶不思議の塊である妖怪の一人であり、現と幻の狭間に潜む楽園の管理人をやってるんですもの。当然よ。
故にね、どんなに奇天烈で摩訶不思議な出来事も受け入れられる自信があった。そんくらいの度量が無いと幻想郷の賢者なんてやってられませんわ。
でもね……蓮子は反則だと思うのよ。
こんなのお出しされたら私の脳みそが爆発してしまう!
「メリーったら! 何も言わないで走り出すのはやめてってば! どこ行くのさ?」
「南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏ッッッ!!!」
「何それ念仏?」
稗田邸を飛び出し人里の通りを疾駆する私を易々と追いかけてくる蓮子の亡霊。一心不乱にお経を唱えてるけど全く効き目がありゃしねえ!
道行く人々は私達の姿を見て顔を青ざめさせると、慌てて道の端へと逃げていく。やはり人間達にも分かるのね。この世の者ならざるオーラが! 誰か助けて!
どうする? こうなったら命蓮寺にでも駆け込んで本場のお経を唱えてもらおうかしら。
それどころか、寺生まれのTさんが如く気功波的なやつで成仏させてくれるかもしれない。ほら、寅丸さんだっけ? あの人こそ正しくそれでしょ!
「だあああ捕まえたっ!」
「ひぃ!?」
命蓮寺へと方向転換する間もなく私は蓮子に捕獲された。しっかりと手首を掴まれて、ただでは逃さないという意志を感じたわ。
まあ蓮子が私に引導を渡すというなら仕方がない。私も年貢の納め時かと、彼岸への連行を受け入れようと心が折れかけた、その時だった。
蓮子から体温を感じた。
この極寒の中なら尚更である。
こうなると話が違ってくる。
「あれ……あったかい……」
「そ、そりゃいきなり走らされたら身体も熱くなるわよ。貴女の奇行は今に始まった話じゃないけど、ちゃんと私に相談してからやってよね」
「え? 貴女本当に生きてるの?」
「おっ喧嘩ならいつでも買うわよ」
亡霊の親友がいる私なら分かる。このじんわりと感じる温かさは、生者にしか出せないものだ。
ついでに実体がある事から幻覚の類いでもない。念のためこいしちゃんを通して私の状態をチェックしたが、何か変な術がかけられた痕跡もない。
つまり目の前の少女は確かに存在している。
「えっと、貴女の名前は宇佐見蓮子?」
「当たり前でしょ。まさか私の顔を忘れた訳でもあるまいし」
「で、私の名前は?」
「……マエリベリー・ハーンでしょうが。えっと、大丈夫? もしかして頭でも打った?」
蓮子は私のことをメリーとして認識しているようだった。まあ顔は殆ど一緒だからね。
という訳で今までの私の行動を全てメリーがやったものとして振り返ってみた。うん……頭の心配をされても仕方がない有様ですわね。
まだ見ぬメリーに心の中で謝っておきましょう。ごめんなさいねてへぺろ。
「ねぇ本当に大丈夫なの? 結構マジな方で心配になってきたんだけど」
「あー、えっと、うん大丈夫! 大丈夫ですわ!」
「……ですわ?」
訝しげに此方を見る蓮子を誤魔化しつつ、混乱する頭を鎮めるべく考えを巡らせる。
目の前の蓮子が本物かつ、私の知る蓮子ではない事は確認できた。幻想郷の知識も皆無みたいだし。多分だけど私の知る菫子の家系に生まれる予定の蓮子なのだろう。
つまり、彼女は時を遡ったのだ。
非常に不可解な邂逅ではあるものの、実はあり得ない話ではない。前例がある。
私が生まれる契機となった出来事。八雲紫とメリーが時空を越えて出会ってしまったあの瞬間。あの時、メリーは間違いなく時を遡っていた。
蓮子の言葉を鑑みるに、恐らく今回も同じような流れでメリーは境界突破を試みて、それにどういう訳か蓮子が巻き込まれちゃったって話なんでしょうね。
ふふ、素晴らしい推理ですわ。ていうか秘封倶楽部に対する私の理解度が深すぎる。
ここまで分かっていれば私の対応は自ずと決まってくる。兎に角、蓮子を保護しなければ。
一度深呼吸して心を落ち着かせると、記憶と感覚を頼りに別人を演じる。
「ごめん蓮子、嘘。実は大丈夫じゃない」
「へ?」
「実は境界を越えた影響なのか記憶が沢山抜け落ちててね。しかも幻想郷に来てからそれなりに時間が経ってたから……。さっき貴女の顔を見て記憶を僅かに思い出したの。驚かせてしまってごめんなさい」
「そ、そうだったの。だから私の顔を見て混乱しちゃったのね。納得」
「髪の毛の長さが貴女の記憶と違うのはそういう理由よ」
「境界突破のタイミングがズレちゃっただけでそんなに時間差が生じちゃうのか」
ヒッグス場に局所的な歪みがどうのこうのと、独りで考察を始めてしまった蓮子を適当に囃し立てておく。何言ってるのか分かんないし。
蓮子に私の正体を告げる必要はない。
馬鹿正直に「私は前世界線の貴女とメリーが悪魔合体した妖怪の抜け殻なのです」なんて伝えたところで余計に混乱させてしまうだけだ。
私ってつくづく面倒臭い設定の妖怪ですわ!
なので私が自分をメリーであると偽り、蓮子を宥めつつ行動をなるべく穏便にコントロールするのである。私のメリー力が試される!
蓮子はね、メリーの為ならどんな死地にだって飛び込んじゃう子だから対応に気を付けなきゃいけない。メリーが今どこに居るのかは分からないけど、彼女と合流する為なら蓮子は幻想郷中を探し回るだろう。
そんな無謀を許す訳にはいかない。彼女を自由にさせてはならないのだ。
……だけど同時に、蓮子に幻想郷を嫌いになってほしくない。
幻想郷が誕生した理由の一つには蓮子の生前の願いに報いようとした八雲紫の想いがある。それが全てだったとは言わないけれど、その側面があったのは事実だ。後継である私にその想いを無碍にするなんて選択肢はない。
できれば彼女のストレスになるような過度な束縛はせず、良い思い出だけを作ってもらってから帰ってもらいたいのよ。ついでにメリーもね。ほんとついでに。
だからこの手段しかない。蓮メリを満足させ、無事に元の世界に送り届けるのだ。
あの2人の『今』は、かつての八雲紫やAIBO、他にも沢山の人達が掴ませてくれた幸せなのだ。
絶対に私が守ってみせる。それが唯一、
「記憶障害かぁ。私の事とか自分の事とか、どのくらい覚えてる?」
「蓮子は……私と一緒に京都の大学に通ってて、遅刻癖のある自称プラトン級の頭脳を持つ行動派才女よ。あと月やら星やらを見るだけで色々わかる便利な眼を持ってる」
「うん。続けて」
後は何があったかな。
「超統一物理学を専攻してるんだっけ? それと確か実家が東京の方にあったわよね。一緒に墓をろくろ回しした記憶もあるわ」
「ふむふむ、大体合ってるわ」
「そして相方のメリーが大好きなのよね。勿論メリーも貴女が大好き♡」
「……自分で言ってて恥ずかしくないの?」
私の中に残っている秘封倶楽部の記憶などたかが知れているが、当人達しか知らない情報を伝えれば付け焼き刃でも何とかなりそうね。
ただあまりにも客観的に答えすぎたせいでとんでもない情報を開示してしまったような気がするけど、まあ気のせいだということにしておくわ。
蓮メリは至高だから仕方がない。
「なんか語尾が変だったり一人称が時々メリーだったり……やっぱり錯乱してるみたいね」
「記憶が戻った拍子に湧き上がる情報量に脳が耐えきれず奇行に走ってしまう事例はまま見られるわ。まあその類いなんじゃないかしら? 多分」
「へえ、やけに詳しいのね」
「相対性精神学を専攻してるもんで」
「ふーん」
さりげないマエリベリーポイントですわ。まあその相対性精神学とやらがどんな内容なのかは知らないんだけどね。
ちなみに奇行云々の話はつい昨年の体験談ね。その節はお世話になりました。
さてと、それじゃ引率を開始しましょうかね。
「まあ落ち着いた事だし、ひとまず先ほどの屋敷に戻りましょうか。あそこに居着かせてもらえば暫くの生活には困らないし、何より暖が取れるわ」
「了解。そういえばさっき屋敷の主人の……阿求さんだっけ。あの人と揉めてなかった?」
「さあ何のことやら」
そんなこんなで戻って参りました稗田邸。
寒天の下、門前で出待ちしていた阿求と慧音は私達2人の姿を認めるや否や、早急に隔離された。何だか病原菌みたいな扱いをされてる気がしなくもない。
そして蓮子の相手は慧音が請け負う事になり、私は別室で阿求から散々の苦情を受けるのだった。
屋敷で強行突破を図った事、阿求を異変の下手人だと疑った事、蓮子を前にして逃亡した事、ついでに今日の賢者会議に出席しなかった事。まあ色々ね。
彼女の指摘は至極当然の内容なので私から言うことは何もない。ただ平謝りしながら嵐が過ぎ去るのを待つだけですわ。
そして阿求のボルテージが低下したのを見計らい、私はビビりながら更なる要求を突き付ける。
「──という訳で、蓮子を暫くの間保護してあげて欲しいの。私の屋敷や博麗神社でも良かったんだけど、立地的に滞在に向いてないから」
「それは構いません。むしろ私もそれで考えていました。霊夢さんは異変で多忙ですし、貴女は……言いにくいのですが、少々外聞が悪かろうかと」
「前科があるので仕方ないわ。それに、蓮子にはなるべく不便をさせたくないの」
自らも多忙の身であるのに頼みを引き受けてくれた阿求。マジ聖人ですわ! 目が笑ってないけども。
と、阿求は蓮子の居る別室を一瞥しつつ、声を潜めて私に問う。
「その、紫さん。蓮子さんを前にしても身体や心は変わりないですか?」
「……安心してちょうだい」
当然の不安だった。なんなら私だってその事が一番の懸念材料ですわ。
菫子の中に眠る宇佐見蓮子の力を手に入れる為に幻想郷を相手取り、これまでの歩みの全てを無に還そうとした私の妖生最悪の黒歴史。アレの再来である。
ただそれは杞憂だと判断した。
「今の私に完璧になろうなんて欲は無いわ。憑き物が落ちたというか、まあ自分の中で一区切り付けたつもり。それになにより、今の状態で蓮子を吸収しても意味がないわ」
「そうなんですか?」
「今の私は空っぽですもの。使用している能力はメリーの置き土産に過ぎないわ」
「……では」
「心配はいらないと思う。……恐らく幻想郷にやって来ているであろうメリーが揃わない限りはね」
私が自身をメリーであると偽った理由として一番大きいのがこれだ。
蓮子とメリーが合流し、揃いも揃って私の目の前に現れた時、果たして私は今のままでいられるだろうかと、ほんの少しだけ不安に思った。
今は大丈夫でも、真実はいざその時にならないと分からない。私は自分が信用できないのだ。
そんな万が一を考えると、少なくとも幻想郷に居る間は2人を一緒にしてはならない。別々に元の場所へと帰還させるのが一番リスクが低いと判断した。
まあそもそもの話、未来の外の世界にどうやって送るのかについては別に考えなきゃだけど。
「でしたら早急にメリーさんを探さねばなりませんね。ただでさえ異変の真っ最中で幻想郷の環境が厳しくなっている。遭難でもすれば凍死しますよ」
「ありがとう。そう言ってくれると助かるわ」
「それに場合によってはメリーさんを害そうとする妖怪も少なくはないかと」
「……私に似てるから?」
「正解です」
私は泣いた。
私って恨まれる要素皆無な筈なのに、何故か周りからのヘイトが高いのよね。理不尽ですわ。
あの殺意がメリーにも向けられるのだとしたら、とんだ貰い事故である。メリーの事はあんまり好きじゃないんだけど、流石に可哀想に思えてきた。
「取り敢えず、蓮子とメリーの件については賢者の皆様を緊急招集して話し合いましょう」
「ええ。はたてさんあたりが捜索に協力してくれれば簡単に見つける事ができそうですしね。念写能力と動員人数を鑑みれば、あの方こそ幻想郷で最も優れたサーチャーです」
「ふう、メリーが死んでいない限りは何とかなりそうね」
私なんかよりよっぽど探偵向きの能力よね、念写って。羨ましいですわ。
ま、まあ幻想郷の真の名探偵は私ですけども! 探偵の適性とは能力優劣にあるのではない。真相追求を諦めないド根性と推理力が大切なのです!
何はともあれ、これでほっと一安心ですわ。
まあ念写した写真に妖怪に食い散らかされたメリーの姿なんて映ってたら卒倒しますけど。
そんな結末は真っ平御免なのでさっさと見つけて回収しましょうね。
さてさて賢者の皆様宛ての令状を作成しに阿求は席を外した。その間に私は軽くイメチェンしておこうと思いますわ。
金の瞳を閉ざし、念じること数秒。再び
夜中の海のように深い青。
瞳から伝播するように姿が滲んで変質していく。長髪を纏めていたリボンが消失し、肩口までの短さに。複雑な意匠が簡素な無地に。
夢と現の境界を弄る事で姿をメリーに変更しましたのよ。白玉杯以来のトゥルーメリーフォームね。
こっちの姿の方が蓮子も受け入れ易いでしょう。
「はぁいお待たせ」
「あら見覚えのある格好になったわね。良かったの? せっかく綺麗にイメチェンしてたのに。リボンと金色のカラコン、似合ってたわよ」
「ありがと。実は幻想郷デビューを目論んでたんだけどね、貴女と合流しちゃったら意味ないなって思って」
「なんじゃそりゃ」
互いに顔を見合わせてケラケラ笑う。若人のノリに着いていくのは少し疲れるけど、ナウでヤングな紫ちゃんは適応してみせるわ。
あと会話の節々で八雲紫ファッションを褒めてくれるのめっちゃ嬉しい。
と、阿求と同じように私の様子を心配そうに窺っている慧音へと目配せする。
「それで蓮子はそちらの方と何を話してたの?」
「あっメリーは初対面かな? この人は上白沢慧音さんって言って、境界を越えた先で彷徨っていた私を助けてくれたのよ」
「そうだったの。よろしくお願いしますね」
「よ、よろしく」
慧音からよそよそしい態度で会釈された。演技とか苦手そうだもんね。
「それでこの幻想郷について色々教えてもらってたわ。成立からの大まかな歴史とか、あと各地の地名ね。そうそう遭遇したら絶対に逃げなきゃいけない化け物の事も軽く」
「なるほど。それは大切ね」
「特に八雲紫ってのがやばいらしいわ。メリーも見るからにヤバそうなのが居たら逃げなきゃダメよ?」
「き、肝に銘じますわ」
「また変な語尾」
思わず慧音を睨んでしまったが、彼女は「何も間違った事は教えてない」とばかりに睨み返してくる始末。こうして私の間違った風評が拡散されていくのね……!
拉致監禁したお前が悪い? 仰る通りで……。
ただまあ、蓮子にとって私が危険な存在である事は間違いないし、何かの拍子に蓮子が八雲紫に興味を持たないよう釘を刺しておくのは大事だ。
私がメリーを演じる間、蓮子が八雲紫の影を感じる事はあってはならないのだから。
「ほらメリーも座って座って! 一緒に慧音さんから色々教えてもらおう」
「そうね。……いいの? 時間をもらって」
「今日のところは構わないよ。寺子屋は夏季休暇を口実にして臨時休校中だからな」
「えっ今って夏なんですか? この寒さで? もしかして幻想郷って南半球に……」
「そのあたりの説明もしておこう」
こうして慧音先生による幻想郷の一般常識講座が幕を開けた。世の不可思議を解明する学究の徒である蓮子は興味津々に傾聴している。
ただ幻想郷の賢者である私にとってはどうしても今更な話な訳で、慧音の語り口調も相まって船を漕いでしまうのは仕方がない事なのだ。
慧音にバレたら容赦のない頭突きが飛んできそうなので、その度蓮子に起こしてもらってますわ。私の方が介護されてるような気がしない事もない。
「ほら起きな」
「うぅん……こりゃ催眠の類いですわ」
「おはよう。寝坊助メリー」
「お母さん……」
「あはは寝惚けてら」
不思議な事もあるもので、蓮子が声を掛けてくれるだけで意識がハッキリするのだ。微睡みから揺り起こされるような安らかな感覚だった。
きっと私の身体はそういう風にできているんでしょう。蓮子の声が私を夢の世界から引き戻すのだ。
感心すると同時に少し困ってしまう。だって私はメリーじゃないのにね。
と、慧音が解説に夢中になっているのを見計らって蓮子が私の耳へと口を寄せる。
「面白そうな場所、いっぱい教えてもらったからさ。後で探索しに行こうね」
悪そうな顔をしながらコソコソとそんな事を言う蓮子に呆れつつも、まあ人里内だけなら防寒対策をすれば大丈夫かな、なんて事を思う私なのでした。
どうか『私の蓮子』が成せなかった冒険の続きを存分に堪能して欲しいわね。
*◆*
「しっかり意識を保って! 死んじゃダメだよ華扇様! 鬼はこの程度じゃ死なないでしょ!?」
「……」
「くそぅ、早く処置しなきゃいけないのに……!」
薄暗く瘴気立ち込める洞穴の最奥部。荒々しく削り取られた岩肌からは、つい最近人為的に生み出された空間である事が窺い知れる。丁寧に人払いの結界も用意されているようだった。
そこに2人の賢者が転がされていた。
1人は姫海棠はたて。両手両足を蜘蛛糸に縛られ身動きが取れず、芋虫のように蠢きながら同居人の安否を都度確認するため声を上げている。
もう1人は茨木華扇。ヤマメに勝利した直後、背後から何者かの不意打ちを受け胴が泣き別れていた。よって上半身のみ、縛られたまま捨て置かれていた。
さしもの華扇といえど、身体を二分割にされた後、念入りに痛め付けられ、挙句にヤマメの能力によって病漬けにされてしまってはどうしようもない。意識なく生死の境を彷徨っている。もっとも、これでまだ息があるというのも驚きだが。
なんとか這うようにして華扇に近付いたはたては、自身のなけなしの妖力を譲渡する事で容態の改善を試みている。そのくらいしか自分にできる事はない。
忸怩たる思いだ。屋敷で襲撃を受けた時からずっと、はたては何もできない無力さに打ちのめされていた。この惨事が自分の敗北を皮切りにして加速し始めたのは明らかだったからだ。力の無さが恨めしい。
ああ、目の前で謎の熱病に苦しみ倒れていった部下達が心配だ。椛は最後まで立ち上がって抵抗していたが、それ故に一層痛め付けられてしまっていた。
はたては病に苦しみながら、その様を眺める事しかできなかったのだ。
自分に文ほどの力があればと、何度悔やんだ事だろう。しばらく忘れていた鬱屈とした気持ちが徐々に込み上げてくる。
争いに溺れる醜い残酷な世界で、唯一の安息地たる場所を作りたかった。天界も地獄も関係ない。悲しむ者、貧する者、苦しむ者……みなを等しく受け入れる、そんな優しい世界を。
その想いは紫と意気投合したあの日から忘れた事はない。大切な誓いだ。
しかし、結局のところ力が無ければ夢を抱くことすら許されないのが、この世界である。ここ最近の平和に浮かれていた自分が恨めしい。
暫くして、結界を踏み越え何者かが現れる。一瞬だけ仲間達による助けを期待したが、それはやはり裏切られる事になる。
現れたのはヤマメと、もう1人。
「追加で一名様ごあんなーい」
「痛っ……か弱いレディなんだからもうちょっと丁寧に扱ってよね」
「歳を考えて発言しな」
「老体を痛めつけるもんじゃないよ。労りな」
「それでいいのよ」
はたて達と同じく岩肌に転がされたのは、同僚である因幡てゐだった。華扇のような目立った外傷は無いものの、例に漏れず手足を拘束されている。
妖怪の山に続いて永遠亭への襲撃まで成功させたとなると、いよいよ一大事だ。
改めて観察してみると、ヤマメの妖力が益々膨れ上がっているように感じた。もはや単純な力比べで彼女に勝てる妖怪は殆どいないだろう。
てゐの誘拐もまたもやヤマメがやったのかと目を凝らせば、居たのは彼女だけではなかった。
結界を越え続々と現れる死の気配。あまりに濃密なそれに、はたては思わず身震いした。
「あんまり無茶しちゃダメよ〜。彼女達を食べちゃうのは手順の一番最後でしょ?」
「それはそうだけどさぁ、生きてればいいんだから少しくらい痛め付けても問題ないってば」
「計画の進行と共に力加減は難しくなっていくわ。手元が狂って殺しちゃったら大変よ」
「そうだよヤマメ」
「ちぇっ我が王がそう言うなら自重するよ」
口を尖らせるヤマメの隣には、普段見ない顔触れがあった。しかし太古を生きた妖怪にとって、その組み合わせは最悪以外の何者でもない。
事実、はたては卒倒しそうになっていた。
(また1人増えてる……!)
レティ・ホワイトロックとリグル・ナイトバグ。どこの組織にも属さない野良妖怪である2人が肩を並べていたのだ。しかもレティに至っては隠岐奈に殺されていた筈だ。
はたてが捕獲された時はほぼヤマメの単独犯だった。しかし華扇と対峙した際は戦力としてリグルが増え、永遠亭襲撃時にはレティも加わったと見える。
賢者が斃れる度に幻想郷に仇なす妖怪が増えていく。
その意味をはたては不吉なものに感じた。
「これで残る賢者は3人! 次は誰に行こうか」
「そうね〜。順当にいけば最弱の稗田阿求なんだけど、アレはいま八雲紫と行動を共にしているみたいよ。早速やりあってみる?」
「怖いからいやだ!」
「私もイヤー」
「まあ八雲紫を当初の予定通り最後とするなら、狙いは
「私達の前で堂々と計画を話し合うなんて良い度胸じゃない! お前達の企みを紫になんとしても伝えてやるんだから! そうすればこの異変も終わりよ!」
「でも君らもう何もできないでしょ? 私の蟲達よりも雑魚だったし、唯一強かったそこの仙人も不意打ちでなんとか倒せたしね」
普段虐げられている側の妖怪に位置するリグルは、山の支配者たる天魔を地に這い蹲らせた現状に満足しているのか、やや挑発気味にそんな事を宣う。
若干の小物臭が漂っているが、身に漂う妖力は大妖怪の域を遥かに逸脱しており、これは平安期に蟲妖怪の頭目として暴れ回っていた頃のリグルに肉薄する。
天狗にとっての悪夢の再来だった。
「ふん、知ってるのよ。私が子供の頃、日本中で暴れ回ってた
「へーそうなの? 私ね、まだその頃の記憶が戻ってないんだよね。だから反応ができないの。懐かしい力は湧き上がってくるんだけど」
「まあまあ、こんな鴉の言うことなんか気にしなくていいよ我が王。力と共に記憶はいずれ蘇るさ」
「う、うん。ちょっと心配だなぁ」
この一連の流れで大体の経緯は掴める。人心掌握に長けたてゐなら尚更だ。
大方、リグルはヤマメに唆されて助力しているのだろう。思い返してみれば、平安期に華扇に敗北したヤマメは渋々リグルの傘下に身を落としている。取り敢えず困ったらリグルを利用しようとする傾向が見える。
ヤマメは海千山千の妖怪ではあるが、悪意が先行している為に分かりやすい。
全くもって謎なのがレティだ。
完全消滅した筈のコイツが目の前に存在している道理が分からない。
もっとも、その現場に居て生存しているのは隠岐奈と文のみ。どちらとも正直者とは言い難い厄介者だ。その証言はデマだったと判断すれば辻褄は合うが……。
何にせよ探りは必要か。
「私に仕掛けてきたことで大体分かったよ。幻想郷で起きている酷寒異変はお前達の仕業だね? 黄泉の国からどうやって冷気を運んだのかは知らないけど、その狙いは黒幕たる
「頭が回る兎ね〜。素晴らしい、半々分だけ正解」
「へぇ。それで答えは?」
「教えてあげない。どうせ牢にいる間は暇なんだから、その時間で考えてなさい」
「さあ敗北者共を虐めるのはこのくらいにして、次行こう! 次! ほらさっさとしてよ我が王」
「ちょ、ちょっと急かさないでよ!」
「それではごゆっくり〜」
どいつもこいつも巫山戯た態度である。
既に降した賢者など何の脅威にもならない事を強調した上で、悠々と姿を消してしまった。
また賢者狩りに勤しむ心算か。
「アイツらの狙いの少なくとも第一段階は、全盛期の力を取り戻す事だと思う。それが私達、賢者の襲撃に直結している」
「私も何となくそんな気がしてたんだ。だって私がヤマメに降参した瞬間、側にいるだけだったリグルの妖力が桁違いに膨れ上がったんだから」
てゐとはたては互いに転がった状態で頷き合う。
かつて、リグルは前天魔の擁する妖怪の山との間に大戦争を引き起こし、結果敗れた。そして力と記憶を失い『上澄みの底辺』という微妙な立場の妖怪にまで衰えたのだ。
その経緯を踏まえた上での今回の出来事である。やはりリグルが力を取り戻したのは、現天魔であるはたてが屈したからに他ならないだろう。同じくヤマメも、前回敗北した華扇を今回降した事で更なる強化を遂げたのか。
妖怪は伝承、認識、実績で格付けが行われる分かりやすい生き物である。己を退治した者への復讐を完遂すれば強さが増すのも理屈としては理解はできる。
しかし、だとすると
ならばやはり『賢者』を倒す事に意味があるのだろうか。黒幕も依然不明なまま。異変の完全解明にはまだまだ情報の持ち札が足りない。
と、はたてが不安げに声を上げる。
「ああいう連中があと何人増えるのかは知らないけど……勝てるよね? みんななら」
「どうだか。アイツらの強さは私の想定以上だった。何たって、3人がかりだったとはいえ永琳を退けてるからね。それがもしかするとさらに強くなるんだ」
「あの永琳さんが……!?」
今まで得た情報の中で最も衝撃だったかもしれない。はたては震え上がるしかなかった。
永琳といえば、そこそこ長い幻想郷史の中で最も秩序側を苦しめた存在としてヘカーティアや紫と並んで名前が挙がる程の化け物である。
なお何故か隠岐奈の名前が挙がることは少なかったりする。情報操作の賜物なのは言うまでもない。
兎も角、あの永琳ですら止められないのなら相当な覚悟を持って臨まねばなるまい。少なくとも妖怪の山に目を向ければ、文と神奈子、あとはネムノ以外では相手すら務まらないだろう。
いや、ひょっとすると彼女達ですら……。
「さてどうなる事やら。生き残ってる他3人が何とか持ち堪えてくれるのを期待するしかないね」
「大丈夫。紫ならきっと何とかしてくれる。今までどんな窮地だって跳ね除けてきたんだから!」
「……まあやる時はやる奴だしね」
幻想郷最古参の2人は誰よりも八雲紫の凄さを理解しているつもりだ。時に敵対を繰り返したり等の紆余曲折はあったものの、それ故に多角的に紫と触れ合う機会が多かったからだ。
それが転じて大きな信頼へと繋がっている。
ある意味で盲目的。
どんなに絶望的な状況でも、八雲紫ならとんでもない方法で解決してくれる。そんな期待がてゐとはたてにはあったのだった。
その頃、八雲紫は呑気に蓮メリしていた。
オッキーナ「私にも期待してくれてよくない?」
はたて「……」
てゐ「……」
はたては強くない(亜光速で飛行可能)
以下ネタバレ
誰が該当するか当ててみよう!(申し訳程度の名探偵要素)
1ボス ???
2ボス ヤマメ
3ボス レティ
4ボス リグル
5ボス ???
6面中ボス ???
6ボス ???
exボス ????
評価感想クレメンスですわ!